到着したフランス料理店は表通りから少し中に入った所にあった。
ガラス越しに少し中を覗くと、それほど洒落た雰囲気ではないように見える、どちらかと言うと穏やかな空間だ。
客層の大半は少し年配の女性だ、空席も少し見えるので自分達が入っても大丈夫だろう。
と言うか自分が覗き込んでる事で俄かに慌てているように感じる。
「どうです隊長、入れそう?」
「ああ、空席もあるようだから大丈夫そうだ、そこから先は中で確認した方が早いから入ろうか」
「はーい。じゃあ、私が席の確認をしてきますね♪」
飛龍はそう言うと、大神から離れて店の中に入っていった。
店員と朗らかに会話を交わしている、問題はなさそうだ。
と、飛龍がこちらを向いてOKマークを作った、入ってもいいとの事なのだろう。
蒼龍をつれて店の中に入ると、店内の客の視線が一瞬大神に集中する。
だが、すぐに自分の食事・談笑へと戻っていく。
大神と分かりはしたが、だからといってあまり騒ぎ立てるのはマナー違反と言う事なのだろう。
店員に案内された席は四角の四人用のテーブル、どう座ろうか一瞬迷うが、蒼龍が大神の隣に、飛龍が大神の向かい側に座った、予め決めていたのだろう。
席にはランチ用のメニューが置かれていた。
中身を見ようとした大神だったが、蒼龍がそれを横から取った。
「隊長、まずは私が見ますねー。えーと、肉と魚のいずれかのコースが1800円と。あ、両方のコースもありますよ、そっちは2400円ですね。あとスープが別料金で500円と」
「ねえ、蒼龍。コースの中身は~」
「うん、1800円の方は、前菜、パン、メインのお肉かお魚、あとデザートとコーヒーだって。お肉が牛ほほ肉の赤ワイン煮、お魚がスズキのポワレ。2400円だと両方食べられるみたい。どっちも美味しそうで迷っちゃうな~」
「蒼龍~。ねえねえ、スープはなんなの?」
「白桃のスープだって、白桃のスープだなんて聞いたことないけど、どんな味なんだろう?」
小首を傾げてスープの味を想像しようとする二人だったが、まるで想像がつかない。
「ははは、そんなに気になるなら試しに二人で一皿頼んだらどうだい」
「それもそうですね~。よし、きーめたっと。私はお魚のコースにしよう、飛龍はお肉だよね? それに二人でスープを一皿だけ頼もう?」
「うん、私はお肉のコースにするわ。隊長さんは両方のコースにするんですよね。スープはどうします?」
「俺はスープまではやめとくよ。魚と肉のコースにデザートがついてるなら、それでもう十分さ」
そして、店員にそれぞれの注文をすると、先ず前菜の皿が出てきた。
前菜はどのコースも流石に同一らしい。
野菜をメインにした前菜が少しずつ、多くの種類が並んでいる。
中央にはミニトマトのコンポートが飾られている。
「飛龍、長芋のピクルス、初めての味だけど美味しいよ♪」
「あ、ホントだ♪ こっちのスナップエンドウも美味しいね」
そんな感じで舌鼓を打っている二人、大神も中央のミニトマトのコンポートを食べる。
一口サイズのミニトマトだが、口に入れてもトマトの酸味は全く広がらない。
広がるのはアルコール分を飛ばした白ワインの高貴な香り、そして上品に仕上げられた甘み、まさに絶品と呼ぶにふさわしい味だった。
すぐに飲み込んでしまうには惜しい、しばらくこの味わいに浸りたくなる。
けれど、一口サイズのミニトマトではそう長く味わいは続かない。
名残惜しさと共に飲み込む大神、感想が口を吐いて出る。
「これは……このミニトマトのコンポートは、絶品だな」
「隊長、本当?」
思わず絶品と呟いた大神の言葉を、聞いていた蒼龍が尋ねる。
「ああ、本当に美味しいからゆっくり味わうといいよ」
「はーい。んんっ、さわやかに甘くて美味しい~♪ 飛龍も食べなよ~」
けれども、二人の感想を聞いても飛龍は二の足を踏んでいる。
「うーん、私、ミニトマトはちょっと苦手なんですよね……」
「大丈夫だよ、飛龍くん。本当に美味しいし、トマト感は殆ど感じないよ」
「本当ですか、隊長さん? 嘘付いてませんか?」
大神の説明を聞いても飛龍は若干疑いの目を向けている。
どうやら過去に騙された事があるらしい。
かと言って、このミニトマトのコンポート、このまま下げてもらうにはあまりにも勿体ない。
大神は決めた。
「しょうがないなぁ。ほら、飛龍くん、あーんしてごらん」
「え、ええっ? 隊長さんっ!?」
自分のフォークで飛龍のミニトマトのコンポートを取ると、それを飛龍の方に持って行く。
まさか、大神にそんな事をされるとは思っていなかったらしい、飛龍の顔は真っ赤だ。
「飛龍くん、俺を信じて、口をあけてくれないかな……」
「はい……隊長さんがそこまで言うのでしたら……あ、あーん」
ゆっくりと口をあけた飛龍に、大神はミニトマトのコンポートを持っていく。
唇とミニトマトが触れる、その甘さに飛龍は大神とキスをしているような感覚に襲われる。
そしてゆっくりと口の中にミニトマトが入れられる。
恐る恐る、軽くミニトマトのコンポートを噛む飛龍、その瞬間大神が絶品と評した味わいが口の中に広がっていく。
「~っ!」
この味わいは素晴しいとしか言い表す事が出来ない。
飛龍は夢中になって口の中に広がるミニトマトのコンポートを味わう。
そして、ゆっくりと飲み込んで一息。
「隊長さん、これすごいですね! 私、こんなに美味しくミニトマトを食べたの初めてですよ!」
「ああ、間宮さんに再現してもらいたいくらいだよ。これならトマトが苦手な艦娘にも間違いなく好評だろうね」
「ええ! 間違いありませんね! 今度は間宮さんも連れて来ようかな~。あ、でも、間宮さんは隊長さんが連れてきたほうが喜びそうかな」
「え? なんでだい?」
「そんなの、隊長さんにデートに誘われたほうが喜ぶって意味に決まってるじゃないですか~」
「そうか、じゃ、そのうち――」
間宮を誘ってみようか、そんな事を考える大神の左腕に蒼龍が抱きつく。
「え、蒼龍くん?」
「もう、今は私達とのデート中なんです。飛龍ばっかり可愛がって、他の娘のことばっかり考えるのはNGです、拗ねちゃいますよ」
「ああ、すまない。次は君達のスープだったかな?」
そうこうしている間に空いた前菜の皿が取り下げられ、次のメニューである白桃のスープが運ばれてきた。
頼むときは怖いもの見たさ的な感覚も多少あったが、先程のミニトマトのコンポートでこの店の味に関する不安は完全になくなった。
むしろ今はどんな味で楽しませてくれるのか、子供のようにワクワクしている蒼龍と飛龍。
スープ皿から小皿に取り分け一口味わう、蒼龍と飛龍。
「今度は甘くないんだ、逆にびっくりかな、蒼龍」
「ん~、でもビシソワーズのコクに、桃の香りがバッチリ! おいし~♪」
そう好評な意見を耳元で聞かされると、やはり大神も人の子。
一口味わってみたくなるのが常である。
「ふふ、なぁに、大神さん? やっぱり食べてみたい?」
「い、いや、そんなことは……」
とは言うものの視線がスープ皿に向けられている状態では全く説得力がない。
クスクス笑いながら、蒼龍がスープをすくう。
「う・そ・ばっかり。隊長、さっきから目がスープ皿に行きっぱなしだよ。ほら、こんどは私が隊長に『あーん』してあ・げ・る♪」
「いいっ!? いや、スプーンを貸してもらえれば、それで……」
「だぁめ。さっき飛龍ばかり可愛がった罰です、大人しく『あーん』して下さい♪」
そんなこんなで、昼食を堪能する大神たち。
流石にメインの客層は女性が主であるため、大神たちのラブラブな様子に砂糖を吐きはしない。
そればかりか男女のカップルは大神たちに触発されてラブラブし始めていた。
ちなみにメインの牛ほほ肉の赤ワイン煮も、スズキのポワレも絶品であった事を追記しておく。
このペースで最後まで書いてもワンパターンなので途中で割愛(^^;
メインはある意味定番の料理ですし。