自由への脱出-壊滅編
川内以外の4人の判決は決まった。
あとは大逆罪を犯し、そして更なる許されざることをしようとしている川内に天誅を与えるのみ。
まずは速力に勝る者達が海を駆けていく。
大神への好感度が現時点での限界値100に至った艦娘は、その速力さえも向上している。
そう本来低速艦の明石や長門、陸奥、大和、武蔵ですら、今では島風よりも速いのだ。
だが、相手の川内もまたシベリア鉄道、トゥーロンでの生活で好感度は限界値に至っている。
速力においては互角、ならば航空機での索敵こそが勝敗を分けるだろう。
幸い、川内は装備庫に寄らずに脱出した為、偵察機を持ってはいない。
「こんなことなら、アメリカから技術導入して夜間戦闘機とか開発しておくんだったわ!」
「瑞鶴、今そんな事を行っても今更よ。グラーフさんと、アークロイヤルさんはお願いします!」
「了解だ! 艦載機発進!」
残念ながら夜戦を可能とする専用夜間艦載機は現在アメリカでしか開発されていないため、夜間戦闘力を所持している空母はアークロイヤルとグラーフのみである。
なら、そのほかの空母は出撃してもあまり意味がないのではないかと思われるが、
「でも、木刀でボコボコにすることくらいは出来るもんね!」
「ええ、小刀でトスっと」
ぶっちゃけこわい、みんな殺る気満々である。
と言うか、全艦が艤装の他に肉弾戦用の獲物を手に持っている、モーニングスターも何故かある。
砲撃よりも直接痛めつけたいと言うことだろうか、艦娘というより、もはや蛮族娘である。
100を越える艦娘が海を次々と行く様に、事前に連絡を受けているとは言え港湾関係者は何事かと呆けて見ている。
よほど恐ろしい事態が日本に起きているのではないかとパニクる者も居たが、まさか艦娘のただの嫉妬であるとはお釈迦様でも思うまい。
「みんな、川内らしき影を横浜の山下埠頭近辺で発見したが陸に上がったようだ! すまないが見失った! そこまで到着したら大桟橋までは徒歩でも行ける、不味いぞ!!」
そうして居る間にグラーフが川内らしき影を発見したようだ。
だが、目的地である大桟橋からはもうほど近い場所だ、未だアクアラインを超え川崎の海を急いでいるグラーフたちが到着する頃には、大神たちは夜の闇に紛れてしまうに違いない。
そうなったら最後、大神と川内は今夜の内に行き着くところまで行ってしまうだろう。
そして、大神と川内を二人で歩くバージンロードを艦娘たちは悔し涙を流しつつ、ハンカチを噛みながら眺めることと成るのだ。
「そ、そんなー!!」
榛名の脳内にリンゴーンとなるチャペルのベルの下で、ウェディングドレスを着た川内がいた。
どうしたらいいのか分からなくなって、榛名の目が徐々にグルグル巻きになっていく。
「そうです! 大桟橋自体を、飽和砲撃と爆撃で跡形もなく消し飛ばしてしまいましょう!! 落ち合う場所自体がなくなれば川内と大神さんが結ばれる事だって――」
「榛名、何言ってるデース! そんなことしでかしたら、私達大説教物デース!!」
「「「アホかー!!」」」
錯乱した榛名を金剛がスリッパで引っ叩く、ついでに全艦娘が突っ込みを入れる。
いや、それ説教どころの話じゃすまないと思うぞ。
「でも、でもでも、金剛お姉さま、このままでは大神さんが川内さんと……そうです! 横浜近郊のホテルを全て押さえてしまえば、大神さんと川内さんが落ち合っても泊まる場所が、エッチする場所がなくなります!!」
「悪くない考え――いや、ダメだ! 既にホテルを押さえられていたらそれは通用しない!!」
榛名の考えに一瞬頷きかける長門だったが、現時点で一室でも押さえられていたらすべて終わりだ。
「でしたら、えーと、えーと……もうこの際、川内さんが一番最初でも構いません! 皆さんで大神さんのお情けをいただきましょう!!」
「「「……は?」」」
榛名の突拍子もない台詞に全艦娘の思考が止まる。
「加山さんはおっしゃっていたじゃないですか!! 今なら私達の誘惑に応じてくれるかもしれないと。なら、川内さんだけが良い思いをするくらいなら私達も!!」
「榛名ー!? それこそスキャンダルになってしまうデース!!」
「でも、金剛お姉さま! 大神さんが川内さんに手を出した時点でもうスキャンダルです! どうせスキャンダルを止められないのなら、いっそ私達全員で!!」
今度は誰も突っ込まない。
いや、かなりの艦娘がそれ、案外悪くないんじゃねと思い始めていた。
媚薬騒ぎの際に全うな状態の大神と結ばれたいと言っていた大淀さえ、
「……そうですよね。既に奪われた貞操なら、もう遠慮する必要ないですよね」
と呟く始末。
はっきり言って末期的思考である。
このまま川内と大神が合流する前にいずれかを見つけられなかったら、この恐ろしい状況が現実のものとなるに違いない。
一方その頃、川内は飛び交う艦載機の哨戒網を掻い潜りながら、山下公園を走り抜け大桟橋へと向かっていた。
「もう少し……もう少しで大神さんと!」
ぶっちゃけ魔女裁判の正義だなんて川内は完全に忘れていた。
川内の容貌に惹かれ、かけられる声も完全に無視。
会いたい、一刻も早く大神と会って、合体技のように――大神と一つになって――
「でゅへへ……、おっといけない!」
表情が緩んでしまうのを必死に直し、走っていると、大桟橋の手前に寄りかかって立つ一人の人影を発見する。
逆立った黒髪、いつもの私服、その姿を見間違える筈もない。
「大神さーんっ!!」
その声に人影は――
「大桟橋で大神と川内を発見した……二人は既に合流済みだ」
絶望的な報告がグラーフから為される。
艦娘は全員ベイブリッジから横浜港内に入ってはいたが、遅かったか。
流石に外で事に及んでいる事はないだろうから、最悪の事態は避けられたが――怒られる。
沈んだ気分で大桟橋へと上がる艦娘たち。
美しい容貌とは裏腹に木刀やら、メイスやら、モーニングスターを手にした艦娘たちの登場に、愛を語らっていた恋人達が度肝を抜かれるが、艦娘たち167名は川内のところに向けて一直線だ。
「遅かったね、みんな」
寝ている大神を膝枕し、優しげな表情で眺めていた川内が顔を上げる。
大神に何かしたのではないかと獲物を構える艦娘たちだったが、川内からは邪気を感じない。
「大神さんは寝ているのですか?」
「うん、私が到着した頃には寝ちゃってたみたい、スースー寝てるよ」
大淀の問いに答える川内はカラっとしている。
少なくとも残した文書のようにエッチな事をすると覚悟を決めた、挑発的な態度は見られない。
「大神さんと、その、エッチな事をするつもりではなかったのでは? 大神さんをホテルに運んだりはしなかったのですか?」
「それも考えたんだけどね、これを見たらその気もなくなっちゃった」
そう言って、川内は大神の足元に置かれていた複数の紙袋を指差す。
紙袋の中には綺麗にラッピングされた小さな箱が多数入っていた。
「これは、なんですの?」
「開ければ分かるよ」
熊野の問いに、川内は紙袋の中から一つの箱を探して熊野に渡す。
箱には『熊野くんへ』と書かれたメッセージが添えられていた。
メッセージの裏を見ると『みんな仲良く』とも書かれている。
一目で高級店で為されたと分かるラッピングを見ると、この場で剥がすのは勿体なく思うが中身を見てみないことには、何ともいえない。
まあ、メッセージの中身は一人で読みたいので、流石にそちらは開けはしないが。
「これは……カルティエのネックレスじゃありませんの? まさか!?」
「うん、中身は見てないけど、全員分の箱があったよ。日本、欧州、警備府、鎮守府問わずにね」
「……そんな、カルティエでその人数分のアクセサリーを購入したら1000万……いえ、下手したら1億円しますわよ!?」
「それだけじゃないよ、私向けのアクセサリーはイヤリングだったの。多分全員に似合った違うアクセサリーを選んだんじゃないかな?」
「そこまで……」
熊野がポロリと涙を零す。
「あと、詳細は私の宝物だから言えないけど、メッセージ自体にも艦娘みんなで仲良くって書かれてたの。ここまで大神さんに気を使わせちゃってるのに、自分の欲望丸出しになってた私が情けなくなってね。だから、私のほしいものは一回取りやめるつもり。大神さんは大好きだけど、そんな大神さんの負担になるような嫌な女にはなりたくないの」
「川内姉さん……」
「だから、私の勝手な都合でみんなを引っ掻き回すのはもう終わり。良いよ、魔女裁判の続きをやっても。どんな事を言われても、大人しく受けるからさ」
覚悟を決めた川内の様子に戸惑う艦娘たち。
そんなざわめきを大淀が正す。
「いえ、魔女裁判はもう終わりにしましょう。結局私達も、川内さんたちやビスマルクさんたちが羨ましかっただけですから。それに気を取られて隊長に負担ばかりかけて……隊長はいつも私達の事を考えていてくれていたのに、部下失格ですね」
「そうね、私達もイチローを独り占めしようとしたり、人の事いえないわ」
自己を省みる艦娘たち。
「ここからは恨みっこなし。魔女裁判なんてやめて、正々堂々、隊長を取り合いましょう」
大淀の言葉に頷く艦娘たちだった。
「じゃあ、榛名も無罪ですか!?」
「「「それは本当の犯罪だからダメ」」」
再び全員が突っ込む。
結論として再犯は許されないが、大神との接触許可条件はなくなった。
「ひえー……殺されると思いました」
一番割を食っていた比叡は、その結論にホッと一息吐くのだった。
あれ、榛名のキャラが……どんどん……
真面目にフォローしないと不味いな(--;