「あれ?」
睦月の唇を奪った大神の行動に、明石が怪訝そうな顔をする。
いや、確かに大神を癒すため霊力の欠乏で消えかかったとき、大神に自分の唇を奪われたのは事実だし、その後の戦闘に際しても戦意高揚のためにあれやこれやしたのは間違いない。
それにしてもこんな人前で唇を奪うなんて、今の大神は流石に大胆すぎではないだろうか。
「でも、いくらなんでもグラス一杯のビールで、大神さんが酔いつぶれる訳がないし……」
原因を探ろうとする明石の視界に、大神に注ぐためのビールの中瓶にこっそり怪しげな液体を入れている榛名の姿が映った。
榛名自身はカクテルを飲んでいるので、飲ませる相手が大神なのは火を見るよりも明らかだ。
明石に一連の作業を見られている事を悟ったか、榛名が慌てて怪しげな液体を懐に隠す。
……とてつもなく怪しかった。
「榛名さん、大神さんに何盛ろうとしたんですか?」
榛名の肩を掴んで、にこやかに質問する明石。
「え、あの、えーと、榛名は……」
「榛名さーん、大神さんに何盛ろうとしやがったんですか?」
榛名の肩をがっちり掴んで、にこやかに詰問する明石だが、目が全く笑っていない。
もう逃れられないことを悟ったか、榛名が白状する。
「ごめんなさい、大神さんが少し自分に正直に、大胆になっていただければと……少し媚薬を」
「…………」
うわ、こいつマジかよ、マジでやりやがったと言う視線を榛名に叩きつける明石。
しゅんとする榛名はかわいらしいが、同じ女同士、そんなものは通用いたしません。
それよりも、大神の状態が心配だ、明石は大神の方へ向き直る。
ちょうど、地中海作戦後に合流したガングートが改めて大神に挨拶をしようとしていた。
その手には深めの皿を持っている、何かの食べ物だろうか。
「オオガミ! パリの病室では花組との乱闘がメインになって、きっちり自己紹介できなかったからな。改めて自己紹介させてくれ! 私がガングートだ!」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ、ガングートくん。その手に持ってるのは何だい?」
大神の指摘に良くぞ気が付いてくれたと胸を張るガングート、豊かな胸が強調される。
「これか? ふふん、これは私の自慢のボルシチだ! まあ、なんだ、こんな成りでもロシア料理
には少し自信があってな。良ければ食べてくれ!」
「ああ、せっかくだから頂くよ」
そう言って大神は一旦手に持っていたグラスとパーティ料理が並んだ皿を一旦テーブルに置き、ボルシチを一口食べる。
「うん、ビーツの甘みがいいね。シベリア鉄道で食べたのより美味しいよ、ガングートくん」
「そうかそうか、気に入ってもらった様で何よりだ!」
「こんな美味しいものを食べさせてもらったからには、お礼をしなくちゃいけないかな?」
「ん? そんな事は気にしなくてもいいぞ、これからはオオガミの指揮で戦う身だ。仲良くさせてもらえばそれ以上は……いや、望まないわけではないが…………」
急にしおらしく、女の子らしくなるガングート。
先程の睦月へのキスを想像してしまったようだ。
「遠慮しなくてもいいよ、ガングートくん」
「んなっ、何を……んんっ!?」
大神はガングートを引き寄せると、その唇を貪るように奪った。
つい先程まで和気藹々とした会話をしていただけに、周囲の艦娘もびっくりした表情をしている。
睦月のときと異なり、ディープキスのようだ。
二人の唇はしばらくしてから離れる。
「これからも『仲良く』しよう、ガングートくん」
「……分かった、オオガミ…………」
大神の胸に寄り添い、色っぽく呟くガングート。
それで明石は大神の身に起きた異変を確信した。
「ヤバいです! 今の大神さん、榛名さんに盛られた媚薬の影響でキス魔になっちゃってます!」
と言っても媚薬の解毒剤なんて、想定してないので保健室に在庫があるわけがない。
そもそも、媚薬と一言で纏めても、その成分は千差万別だ。
下手な解毒剤を処方したら症状が悪化しかねない。
どうしたものかと迷う明石であるが、それ故に一つ大きなミスをした事に気が付いていなかった。
「大神さんがキス魔……」
「今なら、大神さんと一杯スキンシップできるかも……」
周囲の艦娘に大神の異変を勘付かれた、と言うか聞かれたことである。
今の大神なら、こちらから望めばキスしてくれるということ、こんなチャンス逃す手はない。
「あ、あの、大神さん! 榛名に大人のお付き合いを教えて下さい……」
と言うか、榛名がいの一番に突撃して行った。
オマケに大神に更に薬を盛るつもりなのか、媚薬入りビール瓶をその手に持っている。
おのれ、榛名謀りおったな。
「ああ、いいとも、榛名くん。すまないけど、喉が渇いてしまったから一口何か飲ませてもらってからでも良いかな?」
「でしたら、榛名がビールをまたお注ぎいたしますね♪ どうぞお酌を受けてください」
「ああ、ありがとう、榛名くん」
「ダ、ダメーっ! 大神さん、それを飲んじゃ――むぐぅっ!?」
媚薬を更に盛られたら、大神が何をするようになるか分からない。
万が一既成事実を作られたら色々終わりではないか、そう思って止めようとする明石だったが、何故か回りの艦娘は明石を力ずくで封じる。
「ふっふっふっ~、あの隊長が媚薬を盛られてどう変わるのか楽しみじゃしな。のう、筑摩?」
「ええ、どこまで女性に対して積極的になるのか見てみたいですもの」
面白半分で成り行きを見ている利根や筑摩、深雪やポーラたちがいた。
「ふっふっふっ、去年のクリスマス以来のチャンスです!! 今の大神くんなら……」
「隊長さん……『キスの続き』の、更に続き、したいよ……」
また、割りとガチで既成事実を作ろうとしている鹿島や瑞鶴、朝潮やビスマルクなどもいた。
どうやら明石以外に本気で大神を止めようとするものはいないらしい。
大神の身はコンクリートで固められてしまうのだろうか。
「隊長、そのビールには良くないものが混ぜられております! 先ずはお水をお飲みください!」
否、堅物の代名詞?、大淀が居た。
コップに氷水を用意して、媚薬入りビールを大神から取り上げようとした。
ところがどっこい、今の大神は一筋縄ではいかない。
「なら、大淀くんが口移しで飲ませてくれたら、お水を飲むよ」
とのたまうのであった。
「ええっ!?」
こんな人前で口移しだなんて、そんな恥ずかしい事できないとばかりに顔を朱に染める大淀。
「大淀くん、どうする? 俺はビールでもいいのだけど……」
大淀に再度確認する大神、どちらでもよさそうな表情をしている。
だが、このまま大神を暴走させてはいけないのだ。
万が一、万が一にでも大神がすべての艦娘と既成事実を作ってしまったら――
と、そこですべての艦娘の中に自分も含まれる事に気付く大淀。
「それいいかも……いえっ! 良くないです!! ぜんっぜん良くないです!!」
一瞬気持ちが動きかけて、首を振って否定する大淀。
「隊長とは、隊長がしっかりした意識を持った上で結ばれたいんです! こんなクスリにかこつけた既成事実ではなくて!! ちゃんと愛してるって言われたいんです!!」
「「「ぐふぅっ!!」」」
大声で告白する大淀の想いに、邪悪でみだらな想いを持っていた艦娘たちが揃って血を吐く。
勿論病気ではない。
「隊長、正気に戻ってください!!」
そう言って、大淀は大神に水を口移しで流し込んだ。
「ん……ん? んんっ!?」
水を飲んで大神は正気に戻ったらしい。
自分が今、大淀を唆してキスしている事、睦月やガングートの唇を奪った事、榛名の誘惑に応えようとした事を思い出した。
水を飲ませ終わった大淀が大神から離れると、大神は頭を抱える。
「な、何て事を俺は……」
「すべては悪いお薬のせいだったのです、気になさらないでください隊長」
「しかし、大淀くん、睦月くん、ガングートくんのファーストキスを……」
謝ろうとする大神だったが、それをガングートが止める。
「気にしないでくれ。事故とは言え、ファーストキスの相手がオオガミでよかったと思ってる」
「む、睦月も! ファーストキスを大神さんに捧げられて良かったの!」
「隊長以外の殿方に捧げるつもりはもとよりありません、ただ……」
「ただ?」
含みを持たせた大淀の言葉に、首を傾げる大神。
しかし、罪滅ぼしが必要と言うのであれば、なんでもする覚悟は大神には出来ていた。
「できれば正気の大神さんとキスしたかったので、もう一度キスしてください♪」
「ぶっ」
流石に予想外の回答に吹出す大神。
「おお、それはいいな! オオガミ! 罪滅ぼしすると言うのなら私にも頼む!」
「睦月もお願いするのにゃしぃ♪」
結局、大淀、ガングート、睦月と大神は再度キスするのだった。
二回も、しかも二回目はムード満点のキスをされて、他艦娘がぐぬったのは言うまでもない。
鹿島たちが自分達もと、突撃したのもいつもの事である。
そんなこんなで歓迎会は夜更けまで続くのであった。
次回予告
大神さんの訪欧に始まった一連の出来事も一段落。
しばらくは日常を満喫する私たち。
クリスマスとか、年末年始とか、翔鶴ねえと隊長さんの3人デートとか!
そんな中、突如明らかになる大神さんのお見合い計画。
じょ、冗談じゃないわよー!
そんなのぜったい、ぜーったい認めないんだから!!
次回、艦これ大戦
「閑話集 二」
「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標、大神さんのお見合い会場、やっちゃって!」
感想で榛名の媚薬と聞いて変更プロットをアドリブで仮組み。
こっちの方がおもしろそうなので変えましたwww
すべては媚薬のせいなのですw