地中海の深淵の門を巡る戦いが人類と艦娘の勝利に終わって、一週間の時が過ぎた。
戦いのさなか、地中海水姫により大打撃を受けた艦娘たちであったが、最終的に終わってみれば、本当の意味での死者は0。
むしろ欧州の全ての艦娘が深海より解放された事により、戦力的には大幅なプラスとなった。
また恐る恐る行われた、深海棲艦が制海権を握っていた海域の調査においても、欧州に接する海に関しては深海棲艦は完全に確認されず。
アイスランド、フェロー諸島、スヴァールバル諸島との交信も再開し、ゼムリャフランツァヨシファへの再調査も行われる事となった。
地中海を介した北アフリカとの本格的な海上輸送や、交易も再開され、人々は活気付いていた。
一部、住民を虐殺され深海棲艦に奪われていた諸島の帰属に関しては国同士の利権が対立する地域も出ていたが、パリ公邸において行われた会議により深海棲艦が現れる以前の領土を以って帰結する事となった。
そう、地中海での戦いにより、絶望の中を戦い抜いて欧州に住まう誰もが感じたのだ。
もはや人類で利権を巡っている、争っている状況ではないと。
艦娘だけに戦いを任せ、策謀をめぐらしている場合ではないと。
もしも、ビスマルクたちを指揮していた者が大神一郎でなければ、全ての艦娘は地中海水姫、深淵の門により堕し、欧州全てが深海棲艦に支配される事となっていただろう。
そして、もしも凱旋門支部を指揮するものがダニエル・ベルモンドでなければ、大神たちへの航空支援は間に合うことなく、孤立無援のまま地中海水姫との絶望的な戦いの末に果てていただろう。
大神とダニエルが互いを信頼し、未来を託し、艦娘を率いて命懸けで戦ったからこそ、今の平和が齎されたのだと。
そう、人類は手を取り合って深海の脅威に立ち向かわなければならないのだと。
そんな中、欧州の英雄たちはと言うと、
「全く、戦いも終わりようやく友誼を交わす機会が得られたと言うのに、これでは酒を嗜む事も出来ない。もったいないとは思わないか、オオガミ?」
個室ではなく、複数のベッドが並ぶ一般の病室で地中海での戦いの傷を癒していた。
「そう言うなよ、ダニエル。俺は光武のおかげで地中海水姫の一撃に対しても肋骨にダメージを貰う程度で済んだけど、そっちは凱旋門支部への爆撃で血まみれの重傷を負ったんだ。一時は治療ポッドも用いていたんだろう? こうして戦いが終わって、のんびり話せるだけでも良しとしようじゃないか」
「まあな。病院のベッドとは言え、この数日間で随分と貴公と話を交わすことができた。今はそれだけで満足しておこうか」
そう言って、ベッドに横になるダニエル。
治療ポッドのおかげで大分回復したとは言え、体力は回復しきってはいないらしい。
そんな彼の横には、一人の女性が付き添いダニエルの介護をしていた。
大神にも見覚えのある女性、そう、確か、以前のパリの花屋で見かけた女性だ。
「そういえば紹介していなかったな、オオガミ。妻だ」
ダニエルに紹介され、頭を下げる女性。
「え? 結婚していたのかい、ダニエル?」
「勿論だとも、そう言う貴公はまだ結婚しないのか?」
「いいっ!? いや、深海棲艦がまだ跳梁跋扈し、世が乱れている状態で結婚は流石に……」
まさか、ここでそんな事を言われるとは思いもしなかった大神。
目を白黒させる。
「そうは言うがな。我らのような立場の人間となると、その血を次の世代に繋げていく事も責務の一つだぞ、オオガミ。ああ、そうか、今の花組は幼すぎるから無理か。とは言え、艦娘と結婚するにしても、法制がまだ整っていないな。なら、ミーが女性を紹介しようか? ミーの親戚にも年頃の女性がいるしな。ふむ、貴公と血縁となるのも悪くない」
「ええっ!?」
自分の提案を悪くないと考え始めるダニエル。
常であれば、米田たちがシャットアウトしてきた縁談であったが、病室で直接持ちかけられようとは誰も思うまい。
欧州首脳陣も大神を欧州に留め置けるというのなら、この縁談に表立って反対しないだろう。
このまま大神は身が固まってしまうのだろうか。
「「「ダニエルさん、何を言ってるんですかー!!」」」
ダニエルの言動が不穏なものになっていると察した、花組と艦娘たちが病室に乗り込んできた。
トゥーロンでの生活や地中海での戦いを経て親密となった艦娘と花組は、大神を巡り何度となく病室で激突していたが、ダニエルの言う通り現時点では誰一人として公式に大神の傍に並び立つ事は出来ない。
育つまで、法制が整うまでの時を待つうちに、鳶に油揚げを掻っ攫われてはたまらないと共同戦線を張る事に決めたようだ。
「しかし、オオガミの血は残すべきものであって――」
「残すだけなら法制なんて関係ないじゃない。ねえ、イチロー……私が、一から教えてあげるから――あいたっ! もう、何するのよ! グラーフ!!」
そんな中、一人大神に迫ろうとしたビスマルクだったが、容赦なくグラーフに引っ叩かれる。
「いきなり共同戦線の足並みを乱してどうする! この、バカビス子!!」
「バカですって!? あなただって、昨日イチローの世話をちゃっかりしてたくせに!」
「当たり前だ! 諍いばかりして、お前らはオオガミの胃に穴を開ける気か!!」
今度は艦娘同士でギャースカとケンカを始めてしまう。
「大丈夫だよ! おにいちゃんの胃に穴が開いても――」
「エリカたちがバッチリ直しますから!」
「「ねー♪」」
そしてそれを更に煽る花組たち。
このままだとホントに心労で大神の胃に穴が開くかと思われた、が――
「はいはい、みんな。静かにしとくれ」
グラン・マが病室に入ってくる事で全員が静かになる。
「大統領? 海上輸送や、交易などで活発になった欧州の経済でお忙しいのでは?」
「この時間は大統領業は一休みさ。今は巴里華撃団、いや、欧州華撃団司令として、ムッシュに会いに来たのさ」
「欧州華撃団としてですか? 一体、何が?」
華撃団司令としてであれば、それは深海棲艦との戦いの事に違いない。
大神たちは佇まいを直し、グラン・マの発言を傾聴する。
「マルタ島での戦いで確認された深淵の門だけど、地球上には全部で4つの深淵の門がある事がわかったのさ。地中海の深淵の門はもう閉じたから、残りの深淵の門――私たちの言葉で言うとアビスゲートは、
インド洋――チャゴス諸島、
大西洋――バミューダ諸島、
そして、太平洋――ハワイ諸島、
の3つになる。この3箇所のアビスゲートを閉じる事で地球上から全ての深海棲艦を浄化・消滅させられる筈だ。だけど――」
「欧州における地中海とは海の規模が違いすぎます。恐らく深海棲艦の戦力もそれに応じたものと考えるべきです」
「ああ、ムッシュの言う通りだ。実際問題、計測されている怨念の値を見てもマルタ島のものとは比べ物にならない程の物だ。戦力の大幅な向上が、ブレイクスルーが必要となる。艦娘も、そしてムッシュもね。それまでは攻勢には出られない」
グランマの言葉に大きく頷く大神。
「それは感じていました。実際、今回の戦いは薄氷の勝利でした。艦娘の戦力向上については皆さんに任せるしかありませんが、俺自身も、剣士として、霊能力者として更なる高みを目指さなければいけないことは痛感しています。もし許されるのであれば、暫くの間は司令官代理の地位を返上し、己の研鑽に専念する必要があるとも」
大神の言葉に衝撃を受ける川内、鳳翔であったが、大神の言葉も事実である。
「それは帰国後に、ヨネダたちと相談しとくれ。だけどいいかい、ムッシュ。ここから先は、人類と艦娘、そして深海棲艦の互いの存亡をかけた本当の戦いになる。アビスゲートにおける戦いは今までの戦いとは比較にならないほどの激戦となるだろう。覚悟は出来ているかい?」
「勿論です! 以前言った『すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う』。いえ、『すべての人々と艦娘の幸せを、平和を守るために戦う』。その言葉は今も変わりません!!」
決意も新たにそう言い放つ大神であった。
次回予告
隊長不在の有明鎮守府で発動された渾作戦。
3次作戦からなるそれを無事完了し、山風や春雨、秋月を救出する事も出来た。
そんな僕たちは予想される深海側の迎撃に備える為、パラオ泊地で日々を過ごす。
自らの力で為した大作戦の戦果に沸き立つみんな。
江風や海風が居ない艦隊に、みんなに溶け込む事を恐れていた山風も、
僕や涼風と一緒に居るうちに徐々に警戒心を解いていく。
みんなで一緒に入るお風呂、過ぎて行く穏やかな時間。
僕たちは気付かなかった。
春雨も、秋月も、山風さえも既に死神に魅入られていた事に。
背には、その証が既に刻まれている事に。
次回、艦これ大戦第十四話
「星が輝く時」
「嫌だ……江風も海風も居ない場所で、爆発して死ぬなんて嫌だ! 嫌だー!!」
自らの運命に絶望し、半狂乱した山風の悲痛な叫び声が海に響き渡っていく。
でも、僕たちには何もする事が出来なかった。
大事な妹たちが、山風が死を迎えようとしているのに、ただ涙を流すことしか出来なかったんだ!
「お願い、お願いだよ……助けて……誰か、あの子たちを、山風たちを助けてよーっ!!」
「みんな!!」
西方から希望が現れるまで。
聞き慣れた、愛おしい声が聞こえるまで。
次回予告、最後の下りは付けるか付けないか滅茶苦茶迷いましたが付ける事に決めました。
話重視するなら付けない方がいいのは分かりきっているのですが、先日のアンケートを省みるに、ないと耐えられない人が多く居ると判断しました。
完璧にネタバレしてるけどもう気にしない。
※アンケート前の次回予告案(ボツ済)
「嫌だ……江風も海風も居ない場所で死ぬなんて嫌だ! 嫌だー!!」
自らの運命に絶望し、半狂乱した山風の悲痛な叫び声が海に響き渡っていく。
でも、僕たちには何もする事が出来なかった。
大事な妹たちが、山風が死を迎えようとしているのに、ただ涙を流すことしか出来なかった。
そして僕たちは、罪を、背負った。