艦これ大戦 ~檄!提督華撃団!~   作:藤津明

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第十二話 3 シベリア鉄道の車窓から3

シャワーから流れるお湯が川内の肢体を流れ落ちている。

 

僅かに俯いて、ぬるめ、いや若干冷たくすらあるお湯を浴び、紅潮した頬を、全身を冷ます川内。

それくらいしないと、大神に口封じされてから高鳴りっぱなしの鼓動は、熱くなってしまった身体は、とてもではないが落ち着いてくれそうにない。

 

「はぁ、今日は途中から散々だったよ~」

 

思わずため息を零す川内。

 

まあ、そう零すのも無理はない。

 

実際、午後は大神のことを意識しすぎてどうにもならない状態だった。

 

大神、鳳翔と食堂車で昼食を食べていた際に、『どちらが恋人ですか?』と、近くの乗客に訪ねられて、思わず『ハイッ!』と立ち上がって熱い紅茶を大神に浴びせてしまったとか、慌ててふき取ろうとハンカチをバッグから取り出そうとして、間違って自分の下着を大神に渡してしまったとか。

 

部屋に戻ってからも、正直目も当てられない状態だった。

 

昼食後は文書の再確認が終わった大神たちとカードゲームをしていたのだが、大神を意識しすぎてしまって、手が触れ合うだけで『キャッ!?』と可愛らしい声を上げてしまったり、川内の手札を見透かそうと向けられた大神の視線と自分の視線が絡み合うだけで恥ずかしくなって顔を真っ赤にして目を背けてしまったり、などといくら枚挙してもきりがない。

 

ああっ、もう、自分はいつの時代の恋する乙女なんだ、と自分でツッコミを入れようとしても、

 

『恋』

 

と、考えるだけで即座に大神のことを意識してしまう。

 

自分を引き上げた手を。

 

自分を抱き締めた腕を。

 

自分の唇に触れた指を。

 

思い出すだけで川内は真っ赤になってしまう。

それだけではない。

 

『そういえば、これが私の初恋なのかな……初めての恋と書いて、初恋……えへへ…………』

 

と、急ににやけだしてしまうのを止められなかったり。

かと思えば、

 

『でも、初恋は叶わないって言うよね、……そんな、この気持ちが届かないのはヤダよ…………』

 

と、また急に落ち込んでしまったり。

傍から見れば、ほとんど挙動不審な状態だったに違いない。

 

とにかく、このままの状態ではマズい。

 

一刻も早く元に戻らないと、そう思い川内はシャワーを浴びる。

 

顔から咽喉を伝い、鎖骨を流れ、そして胸のふくらみに沿って下半身へ、床へとお湯が流れていく。

艶かしくすらあるその様子であるが、ここは狭い列車のシャワー室である。

勿論、川内の姿を覗く影はない。

 

「流石に、この状況じゃ覗かないよね……大神さん」

 

今、もし警備府の時のように覗かれたらどう反応するだろうか。

ちょっと残念そうな口調でシャワーを浴び続ける川内だが、この狭い車内、室内で覗こうとしたら即とっ捕まって警察送りだ、いくら大神といえども覗きはしな――

 

と、シャワー室の扉が外から叩かれる。

 

「えぇっ? うそっ!?」

 

まさか、本当に、大神が。

 

もし、一緒に入りたいだなんて言われたら、どうしよう。

 

当然断らないといけない、ダメって返さなくちゃいけない。

 

だけど、もし、本当に言われたら――今、断れる自信が、川内にはない。

 

期待と緊張が半分半分の川内に外から声がかけられる。

 

「川内くーん、ちょっと、いいかな?」

 

その声は紛れもなく大神のものだったが、少し声の様子がおかしい。

けれども、シャワー室の中で一糸纏わぬ状態の川内にそんなことを考える余裕はない。

扉の向こう側に大神が居る、そう考えるだけで落ち着かなくて仕方がない。

思わず手でその身を隠してしまう。

 

「な、なな……何!? 大神さん?」

「いや、あくまで列車の共有のものだから、あんまり長湯はダメだよ、と伝えてなかったからさ」

「うん! 分かった! 手早く済ませるね!!」

 

若干ゆったりした口調の大神に、完全に焦って言葉を返す川内。

 

「分かった、じゃあー、俺は戻ってるから」

 

やがて、納得したのか大神の気配が扉の外から遠のいていく。

大神の気配が完全に遠のいたのを確認して、

 

「……はぁ~」

 

全身から力が抜け、床に崩れ落ちる川内だった。

 

 

 

ちなみに、それからシャワー室を出るまでにはなんだかんだで15分近くかかった川内だった。

シャワー自体は早めに止めた川内だったが、大神と同室なのだ、と改めて考えたら、身支度を何もせずに部屋に戻るなんて無理だった。

あまり化粧っ気のない川内だから、化粧も香水の類も荷物には最低限しか入れてなかったが、

 

『川内くん、汗臭いよ』

 

と、もし大神に言われたら、今の川内はそれだけで死ねる自信がある。

間違ってもそんなことを言う大神ではないのは、少し考えたら分かりそうなものだが。

 

でも逆に、

 

『川内くん、良い匂いがするね』

 

と、もし大神に抱き締められながら言われたら、今の川内はそれだけで天にも昇る心地になれる。

だから、手を抜くことなんて一切出来なかった。

恋する女の子の身支度には時間がかかるものなのだ。

 

 

 

そうして、身体から良い匂いをさせている川内が通路を歩いて自分たちの部屋に戻ろうとする。

その姿にすれ違った男たちが不埒な視線を向けるが、この姿はただ一人、大神だけのもの。

大神が自分を見てどう反応するかな、どう返してくれるかな、とそれだけを考えて通路を歩く。

 

と、途中の開いた扉の中から男たちの声が聞こえてくる、どうやら酒盛りをしているようだ。

どうやら会話の内容は日本語らしい、自分たち以外にも日本の人が居るのかな、と川内が歩きながら視線を運ぶと、

 

「大神さん!?」

 

誰あろう大神が男たちと酒盛りをしていた。

 

「お、川内くーん。ずいぶん時間ー、かかったみたいだねー」

「うわっ!? この部屋、酒臭っ!?」

 

しかも川内がシャワーを浴びて、身支度を整えている間にかなりウォッカを飲まされたらしく、大神は大分呂律が回ってない。

当然、放っておける訳がない。

 

「よーし、川内くんもシャワーを終えたみたいだしー、そろそろ俺は部屋に戻るよ、ご馳走様ー」

 

しかも、そう言って立ち上がろうとする大神を、酒が抜けるまで休んでいけよ、と男たちは引きとめようとする。

それだけではない、男たちは川内ではなく大神に不埒な視線を向けているような気がする。

湯上がりの艶っぽい川内ではなく、酔っ払った大神にである。

 

なんで? と考えて、川内は出発前に秋雲に注意されたことを思い出した。

日本人の男はBL的な意味で向こうでは人気なので、向こうでの大神さんのボディガードをお願い、と言われたことを。

大神さんは私たち艦娘のことにはこれでもかというくらいに注意を払ってくれるけど、自分のこととなるとあまり注意を払ってくれないから、大神さんの貞操を守ってと頼まれたことを。

 

「え? ええーっ!?」

 

その時はまさかと一笑に付し、冗談半分というか全て冗談と思っていたことを目の当たりにして、川内は大声を思わず上げてしまう。

 

「ん? どうしたんだーい、川内くーん?」

「ううん、なんでもない! 大神さん、早く部屋に戻ろ!!」

 

冗談ではない、こんな危険な場所からは一刻も早く大神を連れ戻さないと、と川内は立ち上がった大神の近くに駆け寄る。

酔ったまま立ち上がって、バランスを崩しかけた大神を支えてピタリと寄り添う川内。

湯上がりの身支度を整えたばかりの少女が酒の匂いを漂わせた大神に寄り添う姿を見て、男たちも流石に諦めたらしい。

飲ませすぎて悪かったな、と部屋を出ていく大神に声をかけるのだった。

 

そう言いながらも男たちの視線が大神に集まっているような気がして、川内は気が気でなかった。

そして、大神を一人では絶対に行動させないと胸に決めるのであった。

 

 

 

「大神さん、大丈夫?」

「すまない川内くーん。つい勧められるままー、飲んでしまってさー」

「ああー、もう大神さん、分かったから。早く部屋に戻って寝よう?」

 

それからしばらくして、大神たちは部屋に戻る。

鍵を開け部屋に入ると、鳳翔は既に寝ているようだ、上のベッドから規則正しい寝息が聞こえてくる。

鳳翔には悪いが、大神も自分も下のベッドでよかったと、川内は一息つく。

とてもじゃないがこの様子では大神は上のベッドでなんて寝かせられない、落ちてしまいそうだ。

だからといって、一つのベッドを二人で使うなんてそんな恥ずかしいことできっこない。

 

「はあ、せっかく目一杯綺麗にしてきたのに。大神さんがこんなんじゃ意味ないよー」

 

でも、しょうがない。

今日は大神をベッドに寝かせて、自分も寝ようかなと部屋の扉と鍵を閉める。

 

「大神さん? 部屋に着いたよ?」

「ああ、ありがとー、川内くーん」

 

川内にそう答えて、大神は眠気の求めるままベッドに飛び込んだ。

大神に寄り添ったままの川内に気付かずに巻き込んで。

 

「キャッ!?」

 

視界が一瞬反転し、僅かな衝撃が川内を襲う。

 

「いたた……大神さん――お、大神さん!?」

 

川内が気を取り直してみると、大神が川内に抱き付いていた。

川内の胸元に顔を埋めて。

 

「このまくらー、良い匂いがするなー」

 

川内の胸元に顔を埋めた大神が湯上がりの川内の匂いを感じて、深呼吸しながら呟く。

当然、胸元でそんなことをされたら川内は堪ったものではない。

 

「ひゃうっ、大神さん!?」

 

色っぽい声を上げてしまう川内。

その声に反応して顔を上げる大神。

 

「ん、まくらー? 俺、枕なんて持って来てないよな?」

「(わわつ、大神さんに気付かれちゃうっ?)わ、私は川内の枕デスー」

「なるほどー、川内くんのまくらかー。どうりで川内くんのにおいが……くー」

 

そう言って大神は寝息を立てる。

 

「ど、どうしよう……慌てて、思わず、変な事答えちゃった。でも、あのまま私だって気付かれたら――」

 

大神はどう答えただろうか。

 

『酔って寝ぼけていたとは言え、すまなかった川内くん!!』

 

以前お風呂を覗いたときのように、平謝りに謝るだろう、普通に考えたら。

でも、もし――

 

『川内くん、俺は――』

 

酔っていたとは言っても、大神に。

大神に求められたら――

 

「とてもじゃないけれど、断れる、拒否できる自信ないよ……」

「川内くん……」

 

寝息で川内を呼ぶ大神。

一体どんな夢を見ているのだろうか。

鹿島のように、金剛のように慕っているのだと、好きなのだと気付いてくれているだろうか。

大神の夢の中で自分はどんな姿だろうか、考えが止まらない。

 

「お茶、熱い……」

「ぶっ」

 

色々と台無しであった。

思わず噴出して、我に返る川内。

 

「くかー」

 

そんな川内をよそに、大神は川内に抱き付いて寝ている。

 

「すぴー」

 

盛大に寝息を立てて。

抱きつかれて、押し倒されて、とてもじゃないが眠れそうにない川内を放っておいて。

 

「もぉー、大神さんっ!」

 

そう考えると、今度は何も知らずに寝ている大神に仕返ししたくなってきた。

どうせ胸元の大神が気になって、今夜も寝れそうにないのだ。

寝息が静かに立てる鳳翔と大神をよそに、川内は大神への仕返しをひたすら考える。

 

そして、川内は一つの案を思いついた。

 

川内の羞恥心はそれを実行することに全力で反対していたが、それよりもぐーすか寝ている大神に仕返ししてやりたい気持ちの方が上回っていた。




初期案では、不埒なこと目的な男たちに酔い潰される川内、そしてそれを助ける大神と言う流れだったんですが、川内でも鳳翔でもない、大神のシャワーシーン書いてもなぁ、と言う事でボツ送り

その代わり大神さんの貞操がピンチでしたw(BL的な意味で)
いろんな意味で反応が怖いぜwww

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