艦これ大戦 ~檄!提督華撃団!~   作:藤津明

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第十一話 8 戦場(プール)に向かう者たち

間宮が知恵熱を出した翌日、間宮の姿は大神の部屋にまだなかった。

大神の身の回りの世話を伊良湖が行っていたが、その大多数を占めていた食事を準備する必要がなくなったし、もう大多数のことは大神自身でできる。

 

「大神さん、お茶でも飲みますか? 美味しいお茶お入れしますね」

「大神さん。耳をいじっていましたが、耳垢がたまっているのですか? なら、耳かきをしましょうか?」

 

だが、伊良湖は手持ち無沙汰になるどころか、やることを自ら見つけては大神の世話をしていた。

大神が業務に集中しているときは、その集中を切れないよう洗濯物を出しに行ったりし、集中が切れかかっているときは、そのことを察して気分転換などをもちかける。

間宮がいないから自分がやらなければと、気負いながらも実に嬉しそうに大神の世話を焼く伊良湖の姿は、もう完全に母親。

大神も純粋に厚意でしている伊良湖の行動を制止するをためらっているのか止めない。

 

秘書艦である自分でもそこまでしたことはなかったのに、と大淀がハンカチを噛んで悔しがっている。

また、診察に来た明石が唖然とする程に。

 

だが、こんな生活を続けて、万が一大神が伊良湖に依存するようになったらよくない。

明石は心を鬼にして、伊良湖のお世話をこれ以上はしないよう釘を刺す事にした。

邪念はない、筈である。

 

「伊良湖ちゃん。もう大神さんは動いた方がいいから、そこまでしなくてもいいんです」

「え? そうなんですか? でも、大神さんはまだ……」

「いえ、通常の食事をとっても全く問題ないみたいですし、炎症に関しては完全に収まったようですね。もう健康です。運動についてはもう少し段階的にしてもらいますが、大神さんの看病の方は終わりでいいですよ、伊良湖ちゃん」

 

急に今日で終わりと聞いてショックを受けた伊良湖、

表情に陰りがさす。

 

「え……、あ、はい……分かりました……」

「伊良湖くん、ちょっと待ってくれないか?」

 

傷心のまま立ち去ろうとする伊良湖を大神が呼び止めた、そのまま明石に問いかける。

 

「明石くん、君の体調の方はどうなんだい? 運動をする時に誰かに見てもらった方がいいんだろう? 君でいいのかな?」

「私ですか? 私は、まだ全快にはあと少し……あまり疲れちゃうといけないので、プールに入ったりは出来ないかな。そちらの方はまだお任せすることになっちゃいますね」

「伊良湖くん、そういうことになる。明日からはプールを使っての運動になるから、間宮くんにもそう伝えて欲しい。あと数日間、手伝ってもらえるかい?」

「……はいっ! 分かりました! では、間宮さんにそのことをお伝えしますね」

 

少し元気を取り戻した伊良湖は部屋を出て、間宮のところに向かう。

だが、歩いていくうちに伊良湖は再び元気をなくしていった。

 

「でも……もう、お母さんはお終いなんですよね……」

 

 

 

当の間宮はその頃、自室で療養していた。

熱が風邪によるものではなかったとしても、間宮が甘味処、バーの運営をしていた上、大神の世話をしていたのは事実。

熱が一日で引いたとはいえ、間宮は大神の看病をすることを含め、作業をすること全般にNGを出されたのであった。

 

「やることがないのは、これはこれで暇ね……」

 

自室でため息とともにぼやく間宮。

でも、ある意味よかったのかもしれない。

昨日の今日で大神にどう接すれば良いのか、間宮が迷っているのは事実。

 

昨日発言してしまった『あなた』をなかったことにできれば良いのだが、大多数の艦娘に聞かれてしまった以上それも無理。

開き直るしかないのだが、伊良湖のように母親らしく振舞うことは出来ないし、かと言って金剛や鹿島のように欲望全開で突撃するなんてもっと出来ない。

どうしたものだろうか。

 

「間宮さん……」

 

そんなことを考えていたとき、扉を叩く音がした。

続いて伊良湖が間宮を呼ぶ声が聞こえる、けれども声の調子が良くない。

 

「伊良湖ちゃん、どうしたの?」

「間宮さん。伊良湖、お母さんを解任されてしまいました……」

 

話の内容は間宮の予想の範囲内であった。

もう食堂での食事を普通に食べるようになったため、大神には通常生活での看病はほとんど必要ない。

数日のリハビリ的な運動のサポートを行った後には、間宮たちはお役御免となる。

 

「でも――」

 

そうなる前に、もう少し大神との距離を縮めたいと思うのは我がままだろうか。

間宮はもちろん、そして、おそらく伊良湖も。

 

「伊良湖ちゃん、明日の水着は用意してる?」

「はい、あります」

「可愛いの?」

「え? 可愛いものも持ってますけど、明日は普通の水着を着るつもりで……」

「ダメよ。伊良湖ちゃん、明日は可愛い水着を着てきなさい」

 

恐らく、大神に好意を持つ艦娘たちは、ダメだといわれても来るだろう。

大神の水着姿を見て、自分の水着姿を大神に見てもらう今年最後のチャンスだから。

今朝の食堂の会話で、かなり、いや、大半の艦娘がお台場に水着を購入しに行くことは把握済み。

金剛や鹿島など、艦娘によっては相当気合の入った水着を用意してくるに違いない。

とすると、間宮たちもそれなりの格好をしなければいけない。

 

「私は、そう言えばあれがあったわね……恥ずかしくて使わなかったけど……」

 

一瞬恥ずかしそうに顔を赤らめる間宮だったが、負けまいと探し始める。

 

そして、それを、決意とともに取り出した。

 

「ええっ!? 間宮さん、そんな水着を着られるんですか!?」

 

 

 

そしてお台場では、美人美少女ぞろいの艦娘たちが可愛い水着を買おうと訓練後に詰めかけ、残り少なくなった水着の中で少しでも自分に似合うものを探していた。

 

その集団を運悪く見かけたカップルの男性は例外なく艦娘たちに見とれ、仲に亀裂が走ったという。

 

合掌。


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