艦これ大戦 ~檄!提督華撃団!~   作:藤津明

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第十一話 6 あなた

大神の熱が下がってから約1週間、自室療養を始めてからとなると、約10日が経過した。

回復は順調で、明日からは食堂の食事を室内に持ってきて食べても、食堂で食べても問題ないだろうと明石の診断が出た。

 

「じゃあ、これで完全回復って言っていいのかな?」

 

ようやく、本調子か。

そう喜ぶ大神だったが、逆にそれを聞いた間宮たちの表情は暗くなった。

あと4日ある、そう思っていた大神のお世話が、今日でもう終わってしまうなんて思っていなかったのだ。

 

「いえ。これで数日様子を見て、それで最終判断となります。食事が元に戻ったからと言って、勝手に稽古とか訓練の参加はまだしないで下さいね」

「う……」

 

どうやら明石の危惧は当たっていたらしい。

まだ終わっていないと、訓練禁止と聞いて、今度は大神の表情が暗くなる。

逆に間宮たちはほっと一息ついた。

 

「それに、いきなり激しい運動も許可できません。流石にそろそろ運動もした方がいいですけど……そうですね、軽いストレッチとか散歩に限ってください」

「そっちも制限が入るのかい!?」

 

運動も段階的になのか、驚愕に大神が声を上げる。

 

「勿論ですよ。今日と明日は、それ以上の激しい運動はしないでください。その次は温水プールで運動ですかねー」

「プール、そんなものがここにあるのかい?」

「ええ、ありますよ。屋内の温水プールなので、どちらかというと冬に使うことを想定していたみたいなんですけど、あるんですから、使わない手はありませんね。一応まだ夏口ですし」

「しかし、参ったな……水上では戦闘服での活動を前提にしていたから、水着は単独では用意してないな。まさかプールで運動するとは思わなかったし」

 

そう呟く大神だったが、明石の笑みは収まらない。

 

「大神さんがそういうと思って! 酒保から今年の男物を持ってきました!! どうですか、大神さん? ここで何か購入いたしませんか!?」

 

そう言うと、うきうきとカバンから男物の水着を取り出す明石。さては、最初から売りつけるつもりだったか。

 

「あ、明石くん? 酒保の主担当は風組に任せたんじゃなかったっけ? なんで、そんな話になってるんだい?」

「いやー、椿さんに大神さんに売りつけてと頼まれ――ゲフンゲフン、ちょうど余って――ゲフンゲフン、せっかくだから見繕ってきたんですよ。どうですか? 一着といわず、二着くらい」

「いやいや、一着あれば十分だって! でも、まあそうだね。一つくらいはあった方がいいかもしれないかな」

 

なんだかんだで二人は楽しそうだ。

夕食も取り終えたし、明石の口調からすると、あとは寝かせるだけ。

明石も大分回復してきたようだし、それくらいは任せても問題なさそうだ。

どこか蚊帳の外に置かれたような気がする間宮たちは、部屋の外に出ようとドアを捻る。

 

「「キャッ!?」」

 

そうしたら、可愛らしい声を上げて青葉と秋雲が雪崩れ込んできた。

つい、コミケ前にバーで見て以来、よく見るようになった二人だ。

 

「あなたたち……」

「「あはは……」」

 

ため息をついた間宮のこめかみに大きな青筋が立つ。

何を目的としているのかは、深く考えるまでもない。

大神さんがプールに入るので、みんなプールに入ろうとでも噂を流すのだろう。

秋雲は水着姿の艦娘と大神狙いか。

しかし、間宮が説教する前に伊良湖が青葉たちの前に立ちはだかった。

 

「大丈夫です、大神さん! 伊良湖が、お母さんがついています! 狼藉物の好きなようにはさせません! 青葉さん、秋雲さん、大神さんはまだ病人なんです、プールではしゃがないように皆さんに伝えてくださいね」

「伊良湖くん、お母さんももう勘弁してくれ……」

「伊良湖ちゃん、完全に大神さんの保護者みたいですねー。……こうなるなんて意外にも程があるわ」

 

振り上げた鉄槌を振り下ろし損ねて、どうしたものか迷う間宮がそこに居た。

 

 

 

「あと4日か……」

 

お風呂後、間宮は自室のベッドの上で、物思いにふけっていた。

考え事は大神と、伊良湖についてである。

 

熱を出したあの日以来、伊良湖は、積極的に献身的に大神の看護を行うようになった。

 

間宮が名乗りを上げたから、そのお手伝いで。

 

そういうつもりが見え隠れしていた最初の日からしてみれば、俄かには信じがたい程に。

でも大神のことを心から心配し、世話を焼くその姿には邪念は見えない。

正直なところ、伊良湖に全て任せても大丈夫じゃないかと間宮が思うくらいには。

相手が相手だけにそういうわけにもいかないし、自分から名乗りを上げたことを他の人に任せるのも何かおかしいし、何よりどこか釈然としないので、そう口には出さないが。

 

「はぁ……なんで私、こんなことを考えているのかしら?」

 

いや、詳しく口に出さなくても心では分かっているのだ。

 

『伊良湖は大神さんのお母さん、いえ、ママなんです!!』

 

あれ以来、伊良湖は自分こそが大神を守るのだと、これでもかというくらいに気合が入っている。

どうして自分もあの場に居られなかったのかと、そう思ってしまっているのだ。

熱を出したあの日以来、大神が弱音を吐露したことなどないからなおさらだ。

 

「ダメね。こんなことでは、お世話役失格だわ」

 

弱音を吐くほど体調的に追いつめられていないのはいいことなのに、自分にも弱音を打ち明けてほしいとは思うなんて。

そう自分の額をコツンとたたく間宮。

 

「それに、よくよく考えてみたら『お母さん』と呼ばれるのはちょっと……」

 

ただでさえ年増とか、人妻っぽいとか言われて心の中で泣いたこともあったのだ。

これで『お母さん』と大神に呼ばれて、違和感がないとか言われたら泣ける。

『ママ』なら許せるが、『お母さん』は勘弁してほしいと思うのは乙女としてある意味当然のことなのかもしれない。

 

と、呼び方について、ふと間宮は思いつく。

 

「伊良湖ちゃんと違うように、大神さんの呼び方を変えるのもいいかもしれないわね」

 

とは言うものの、呼び捨てにするのは間宮には難しい。

 

「どういう呼び方をするのがいいのかしら? 少尉さん……大佐さん、なにか違うわね。隊長さん……一郎さん……」

 

大神のことを思いながら、次々と呼び方を変えていく間宮。

でも、次々と呼び方を変えても、どこかしっくりこない。

やっぱり大神さんがいいのだろうか。

 

「……えーと、……『あなた』」

 

『あなた』と呼んでみたとき、間宮の鼓動がトクンといつもより少し跳ね上がった。

大神の傍で微笑む自分を想像してしまった。

 

それだけ。

 

ただ、それだけなのに間宮の顔はあっという間に真っ赤になった。

 

「……って、私、何言ってるんだろう!」

 

自分でごまかすように打ち消す言葉を言ってみても、もう止まらない。

一度、口に出してしまった。

想像してしまった。

言葉に出すことで芽生えてしまった。いや、確認した気持ちはもうごまかせない。

 

大神の傍に居たい。

 

お世話役とか、そんなの関係なく傍に居たい。




雑念の塊、間宮さん。
プール回はあるよ。

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