そして、二人は大神の購入したシャンパンと共に鹿島の手料理を堪能する。
ローストチキンはグレイビーソースも美味で肉質は柔らか。
鳥はと言えばと、大神はとある艦娘のことを思い出す。
「そういえば、艦娘の中には焼き鳥とか七面鳥が苦手な子も居るんだったよね、確か……」
「ダメですっ、大神くん」
どこか不満げな鹿島、何か不味いことを言ってしまったのだろうか。
「今日は、今日だけは、私以外の艦娘の事を考えちゃイヤです。私だけを見てください」
「……分かった。ゴメン、鹿島くん。それじゃあ――」
一年間の、いや初めて会ってから4年間の事を思い返し団欒しながら、食事を進めていく二人。
だが、鹿島は後のことを考えているのか、どこか緊張した様子を見せていた。
やがて、料理を食べ終える二人。
「料理、美味しかったよ。ありがとう鹿島くん」
「どう致しまして。大神くんに喜んでもらえたのなら、腕を振るった甲斐がありました」
「今度は、俺が腕を振るわないといけないかな」
「よして下さい、大神くん。お料理、そんなに得意ではないんでしょう? うふふっ」
どこか寂しげな表情を見せる鹿島。
「それに、もう『次』はないんですよね……」
「鹿島くん……」
「もっと早くこうしていれば良かったかな。クリスマスがこんなに楽しいものだなんて知らなかったから……」
来年になったら、大神たちは卒業する。
そうなったら、今年と同じクリスマスは迎えられるだろうか、いや、恐らく無理だろう。
涙が滲み始めた鹿島の胸の奥が、ぎゅっと絞られるように痛んだ。
「鹿島くん……」
そんな鹿島の目じりの涙を大神は拭き取る。
「そんなことはない、俺も加山たちも鹿島くんを一人ぼっちにはしない。今度は違う場所でみんなでクリスマスを祝おう、鹿島くん」
「……ふふっ、そうですね」
どこか、筋違いの大神の答え。
でもそれが大神らしくて、鹿島は少し吹き出す。
その様子を見て大神の心が少し綻ぶ。
それでいい、鹿島には出来れば笑顔で居てほしいと大神は思った。
そうして、そんな大神の頭の中を閃くものがあった。
今、鹿島を笑顔にする為の切り札。
いや、そのつもりで大神は購入した訳ではないのだが、ここで用いるしかないだろう。
「鹿島くん。はい、クリスマスプレゼントだよ」
「え? わたしに……ですか?」
そう言って大神は購入したラッピングされたイヤリングの箱を差し出す。
「…………」
しかし、ラッピングを解き、箱を開けても、鹿島の表情は無表情のままだった。
時間でも止まったように。
「……鹿島くん?」
箱を開けてからずっと黙ったままの鹿島に、大神が思わず問いかける。
もしかして、気に入らないものを渡してしまったのだろうか。
だから返事に困っているのではないかと懸念する大神。
「大神くん……いいの?」
しかし、大神の呼びかけに、ようやく、時が動き出したように鹿島の視線が大神へと移る。
戸惑っているのだろうか、不安げな表情で大神を見やる鹿島。
そんな鹿島の不安を和らげるように、大神は微笑んで頷く。
「え、うそ? 本当に? やだ、大神くん、わたし、すごくうれしい!」
そうして鹿島は徐々に笑みを作り、やがて満面の笑みを浮かべる。
大神が今まで一度も見たことのなかったほどの笑顔がそこにあった。
「素敵なイヤリング……私、絶対、大切にしますね!!」
「うん、鹿島くんに喜んでもらえたなら、迷った甲斐があったよ」
「うふふっ、ジュエリーショップで迷ってる大神くん、ちょっと似合いませんね」
そう言いながら、鹿島はイヤリングの箱を一度抱き締めて、テーブルの上に置きなおす。
そして意を決した様子で、大神を見つめなおす。
「大神くん、私からも大神くんにクリスマスプレゼントがあるんですけど……少し目を瞑ってもらえますか?」
「目を?」
「はい。出来れば用意するまで見られたくないので……ダメでしょうか?」
そういう鹿島の顔は朱に染まりきっている。
お酒のせいではもちろんない、恥ずかしいものなのだろうか。
「いいよ。後ろを向いたほうがいいかな?」
「いえ、出来れば、そこに居たままで、目だけ瞑ってもらえますか?」
「分かった」
そう言って、大神はすっと目を閉じる。
「大神くん、半目とかにしちゃダメですからね!」
「もちろんだよ、鹿島くん」
「あっ、いけない。お皿を片付けないと!」
慌ててお皿を片付けたり、衣擦れの音がしている。
そう言ってるうちにやがて鹿島も沈黙する。
一体何を用意しているのだろうか、と大神は思うが、鹿島との約束を守り、目を閉じたまま待ち続ける。
そうすることしばらく、「よし」と気合を入れる鹿島の声が聞こえる。
「大神くん……」
何が起きるのだろうか、と思う大神の身体に鹿島がしな垂れかかり、大神の首に両手を伸ばした。
「鹿島くんっ!?」
スーツ越しでもその感触で分かる、分かってしまう。
今の鹿島は――
「もう、目を開けても……いいですよ…………」
「鹿島くん……」
目を開けた大神の瞳に飛び込んできたのは、予想通り、服を全て脱ぎ、リボン一つを首に飾り付けた鹿島であった。
「好きです、大神くん。私が……私自身と私の操が……プレゼントです……受け取って下さい」
「か、鹿島くん……」
その肢体の柔らかな感触に、その匂いに、その告白の言葉に大神の理性は壊れそうになる。
目の前の可憐な花を手折る誘惑に負けそうになる。
だが、鹿島の目はこれから起きるであろうことに若干の恐怖を湛えていた。
身体も少し震えている、やはりまだ、最初に出会った頃から遥かにマシになったと言っても、男性に対する恐怖症は本当の意味で完全に克服は出来ていないのだ。
大神相手であってもこうなのだから。
「ダメだよ、鹿島くん。君自身、怖がってるじゃないか……それなのにそんなこと出来ない」
そのことに気付いた大神は鹿島の身を離そうとする。
このまま、鹿島を傷つけることなんて出来ない。
「でも、今年じゃないとダメなんです! 大神くんの居る今年度中じゃないと!!」
そう言って大神の胸の中で泣き始める鹿島。
「鹿島くん?」
「来年になったら、大神くんは居なくなってしまう! そうしたら、何をされるか分からない! 清らかな身体のままで居られる保障なんてどこにもない! 今は、大好きな大神くんにも最後までされることが怖いのは自分でも分かってるんです! でも、だからって大神くん以外の人にされるのはもっと嫌なの!!」
「鹿島くん……」
「だから、お願い大神くん……私を奪って……思い出をください」
そう言って胸の中で大神を見上げる鹿島。
その目から涙が零れ落ちているのを見て、大神は決断する。
「鹿島くん、やっぱりダメだよ。そんなヤケな気持ちになったら」
「でも!」
「鹿島くん!」
大神に拒否された、そう絶望の表情を見せる鹿島を大神は抱き締める。
「鹿島くん、約束する。俺は一刻も早く提督になる。提督になって君を艦隊の一員として呼びにいく。士官学校から迎えにいく。奪いにいく! だからそれまで待っていて欲しい」
「でも、私はろくな戦闘力もない練習巡洋艦で……」
「そんなの関係ない! 戦闘力不足なら俺の秘書艦になってもいい。ここで俺達が作り過ごした四年間のような環境を、艦娘が楽しく日々を過ごせる居場所を必ず鎮守府で作る! 用意する! だから、俺を信じてくれ!!」
「大神くん……信じていいの?」
「ああ、信じてくれ」
悲しみの涙が止まり、未来の希望に潤んだ目で大神を見つめる鹿島。
鹿島の問いに力強く頷く大神。
「信じて待っていていいの?」
「ああ、待っていてくれ」
再び鹿島の目から涙が零れ落ちる、だが、それは希望の涙、喜びの涙だ。
「ああ……大神くん! 大神くん!! あああああぁぁぁぁっ!!」
抱き締められたまま、泣きじゃくる鹿島。
でも、未来への諦観、絶望はもう鹿島の中にはない、あるのは希望だけだ。
この希望を胸に明日へ歩いていける。
大神を待つことが出来る。
ずっと。
「グスッ、いい話デース。隊長、やっぱりいい男過ぎマース……」
金剛が涙ぐんでいた。
いや、金剛だけではない明石や他の艦娘も涙ぐんでいる、しんみりしている。
「あれ、皆さんの反応が予想と違う……もっと、ぐぬぬって言うのかなーと」
「なんかそんな気分じゃなくなっちゃいました。大神さんがカッコよすぎて……」
みんながしんみりしてる、これはこのまま押し切ってしまうチャンスかもしれない。
鹿島がにんまりと笑みを作る。
「大神くん! みんなの公認が得られましたよ! これからは私たち、公認カップルってことでいいですよね! 早速あの日の、クリスマスの続きをしましょう!!」
「いいっ!? いきなり何を言い出すんだい鹿島くん?」
「あの日は私も急ぎすぎました! だから改めてキスから順にはじめていきましょう!」
「んむっ!?」
そう言って、鹿島は両手を大神の首に回して大神の唇を奪う。
「鹿島ー! 人がしんみりしてるところにいきなり何をするんデスカー!! 公認なんて上げる訳ないデース!!」
「ぷはっ、想い出話の代金ってことで、ダメですか?」
「良い訳ないデース!!」
追記:二度目の出会い
大神との約束から僅か数ヵ月後、鹿島の姿は東京駅にあった。
華撃団の発足、艦娘人権保護法の制定によって、艦娘の立ち位置は絶大に変わった。
悪戯などをされることは完全になくなった。
代わりに告白されるようになったけど、鹿島の心の中にはもう一人の男が住んでいる。
士官学校に残らないかという声を断り、鹿島は想い人のところへと向かう。
ホームに入ってくる新幹線の窓から特徴的な逆立った黒髪が見える。
ああ、それだけで涙が出そうになる。
警備府で艦娘と共に深海棲艦と戦っていると聞いたときは信じられなかった。
鹿島がようやく互角に戦える駆逐艦、軽巡ではなく戦艦とも渡り合ってると聞いたときは何かの冗談かと思った。
次に思ったのは大神の安否である。
深海棲艦と戦って怪我はしていないだろうか、無事だろうかと心配ばかりするようになった。
夜空を流れる流星に大神の無事を祈ったこともある。
大神の死を夢に見て、嗚咽や涙と共に目覚めたこともある。
何度も大神の声が聞きたくなって、電話を取りそうになったこともある。
そこまで望んだ大神の姿が、ある。
でも、ダメだ。
今は再会のとき、嬉しい時間のとき。
涙は似合わない。
全身から嬉しさを総動員して涙を堪える鹿島。
そうしていると、ドアの向こう側に大神の姿が現れた。
一歩ずつこちらに近づいてくる。
その顔が影から現れる。
もう鹿島は自分を止められなかった。
「大神くん! こんなに、こんなに早く、私の事呼んでくれるなんて! 大神くん、わたし、とても……うれしい!!」
そう言って鹿島は助走をつけて大神に飛びついて抱きついた。
ああ……だから、俺はあの時点で提督になれる最短コースだった警備府の着任を望んだんだ。
だから、頼む……鹿島さんをあまり泣かせないでくれ、俺。
あの日警備府の襲撃で死ぬ筈だった――大神一郎より。
ああ……任せろ、俺。
最後の記憶の欠片がはまった。
真っ白に燃え尽きました