朝食時間、食堂の入り口前で一人の艦娘――神通が大神の訪れを待っていた。
警備府の大半の艦娘は朝食を食べ終えて歓談している、教官役たる神通が食事を取らずに大神を待っている事が時間の節目を忘れさせているようだ。
「なかなか来ませんね……工廠に行った方がよかったでしょうか……」
神通としては早めに行動するよう注意したいところであったが、自分自身朝食をとらずに人を待っている以上そうもいかない。
順番を間違えたか、先に朝食をとるべきだったと考える神通だったが、今更行動を変えるには時が経ちすぎている。
時計の針が過ぎていく度に、神通はソワソワと落ち着かない様子で辺りを見回す。
他の艦娘から見ると、男性を待ってソワソワしている神通はいい話のネタになっていることにも気づかず。
そうして時間が過ぎ、朝食時間の終わりまであと少しとなった頃、
「まったく、酷い目にあったよ……」
「大神さんがいけないんですよ、人が必死で整理した荷物を崩すんですから」
大神が明石と共に軽く駆け足で食堂へと向かってきた。
人をこんなに待たせてと思う神通だったが、楽しそうに会話を交わす二人に話しかけ辛い。
男性と気軽に話している明石が羨ましい。
若干人見知りする性格の神通には難しい話だ。
こんな時には姉と妹が羨ましくなるがどうしようもない。
「あ、あの……あの……」
どう話しかければいいだろうか、と考えている内に大神たちは近づいてくる。
迫ってくる二人の姿に神通はテンパり気味となり、余計に声が出しづらくなる。。
(このままだと、二人が通り過ぎちゃいます……あ、ど、どうすれば……)
「神通くんだったね、どうしたんだい?」
そんな神通の様子に気づいた大神。
神通の前で立ち止まると、彼女に話しかけた。
「え? ひゃい!?」
自分から話しかけるものと思い込んでいた大神に話しかけられ、緊張で神通の声が裏返った。
「え、えと……あの……」
自分の出した声に恥ずかしくなり、神通は顔を真っ赤にして俯く。
そんな神通だったが、大神は少し考えると、分かったとばかりに、
「俺に用事なのかい?」
と聞いてきた。
赤面しながらコクコクと神通は頷く。
「俺なら行ったりしないから。ほら、深呼吸して」
「あ、はい……すー……はー……」
大神の声に従い、大きく深呼吸する神通。
やがて緊張がほぐれ、赤面していた頬からも赤みが消える。
もう大丈夫だ。
「すいません、お手数をおかけして」
「別に構わないよ、で、何の用事だったんだい?」
「はい……朝食後、私たち訓練を行いますので、手伝ってはいただけないでしょうか?」
そうして朝食後、大神の姿は演習場にあった。
何故か明石の姿も傍らにある、司令官に付き添う龍田のように。
吹雪が不満そうな顔をしている、今朝はむしろ機嫌がよさそうだったのに何があったのだろうか。
「――で、俺は何を手伝えばいいのかな、神通くん?」
昨晩吹雪の射撃訓練を手伝いはしたが、教官役が正式に居るのなら別に必要ないはず。
今までもやってきた訓練だろうし、と疑問に思う大神。
「そ、それはですね……」
言葉を途中で濁し、再び赤面する神通。
言い難い話なのだろうか。
「天龍くん、何か知っているかい?」
「え、ええ!? オレ? いや、その……なんだ……分かれよ!」
天龍に問いかけると神通と同じく赤面している。
しまいには怒られた、何故だ。
「はぁ、基礎訓練の後にやるからさー、それまでちょっと待ってくれない少尉」
「それは構わないけど」
二人の様子にため息をついた川内が横から口を出した。
司令官に確認した結果正式な業務時間となったので、ここで待つことそのものは問題ない。
皆の動きを知ることも隊長として必要なことだろう。
「では、訓練を始めますね……」
気を取り直した神通が他の艦娘に号令をかけた。
訓練の始まりだ。
準備運動の後、射撃訓練、水上運動などの基礎訓練を始める駆逐艦たち。
それを全体から見渡す神通だったが、一つ疑問が湧く。
吹雪の動きがこれまでとは見違えるほど良くなっていたのだ。
「吹雪さん、動きが良くなっていますね」
「そうですか! 自分でも体が軽いなって、狙いが定まるって思ってたんです!」
嬉しそうな声を上げる吹雪。
神通としても、正直なところ持て余していた吹雪が使い物になってくれるのは嬉しい。
「やった、また命中!」
「吹雪、すごいじゃない!」
喜びの声を上げる吹雪に、感嘆する雷たち駆逐艦。
吹雪は移動標的にこれでもかとばかりに演習用の砲弾を命中させている。
下手をすれば、他の駆逐艦より命中させているかもしれない。
「吹雪さん、どうしてそんなに良くなったのか分かりますか?」
「えっとですね、何ででしょう? 昨日の夜大神さんと訓練したときからかな?」
流石に疑問に思った神通が吹雪に問いかける。
吹雪は少し考えて、思うところを正直に述べる。
が、教官役の神通にとっては聞き捨てならない話だ、男女二人で夜に訓練って何してたのだ。
「大神隊長、どういうことでしょうか?」
振り返り大神に問いかける。
その表情は見えない、はっきり言って怖い。
「いや、大したことはしてないよ! 射撃のアドバイスとか、照準の合わせ方とか」
「そうですか……」
大神の言葉にひとまずは納得する神通。
でも、であれば教官のプライドにかけて余計に放っておけないことがある。
「大神隊長、前言を撤回します。基礎訓練の方も手伝っていただけないでしょうか」
そうして、
「自信失くしちゃいます……」
神通は演習場の隅っこで、地面に『の』の字を書いていじけていた。
大神のアドバイスを受けた雷たち6駆も動きが良くなったのだ、傍からみても分かるほど明確に。
8駆、吹雪以外の11駆はそれほどでもなかったが、4人も動きが良くなれば教官としての自信を失っても無理はない。
「そんな事ないって、神通くんの日ごろの修練が実を結んだだけだって!」
「そうよ! 神通さんの訓練がなかったらこんなには!」
「神通さんの訓練あればこそなのです!」
「でも、大神隊長のアドバイス後、動きが良くなったのは事実です……」
神通を慰めようと、口々に慰めの言葉をかける大神と駆逐艦たち。
けれども、神通は沈み込んだままなかなか復活の気配を見せない。
大神たちは視線を交わし、話題を変えるべきだと判断する。
「そうだ、俺に手伝ってもらいたい訓練があるって言ってたけど、何なのかな?」
「え……それは……」
再び赤面する神通。
雷たち駆逐艦に視線を向けるが、知らないとばかりに首を振る。
「あーもーしょーがないなー、神通は」
「川内くんは知ってるのかい?」
「だって、私と天龍が提案したんだもん。この訓練」
どんよりと影を背負った神通の様子に、再び川内が口を挟んだ。
「その前に確認。大神さん、訓練手伝ってくれるって言ったよね?」
「ああ、言ったよ。間違いない」
男に二言はない、と力強く頷く大神。
「じゃ、神通に抱きついて」
「は!?」
が、続く川内の言葉に絶句するのであった。
ヒント:好感度
あと、基本的に艦娘は改二にはなっておりません。