その頃、ALでは大神の狙撃、重体の報を聞いて、混乱の中にあった。
「響、隊長は大丈夫だよね? どこにも行ったりしないよね? もしも、なんてないよね?」
「分からない……分からないんだ、暁! 私も怖い、怖いんだよ! もしも隊長が、だなんて考えたくもない!! 隊長、行っちゃ嫌だよ……」
「響……」
「ごめん、暁。今は無理、今だけは無理なんだ……」
暁への口調が幾分か辛いものになる響。
心の拠り所を失い、響にも余裕なんて全くないのだ。
「嘘だろ、隊長……あたし、まだちゃんと褒められてない、可愛いって言ってもらってない!」
「摩耶……」
「チクショー!! この作戦が終わったらちゃんと褒めてもらうつもりだったのに!!」
「落ち着きなさい、摩耶」
姉らしく高雄が摩耶を宥めようとする。
けれども摩耶は止まらない。
「落ち着ける訳ないだろ! 重体だぞ、高雄ねぇ! 死んでも死にそうにない素振り見せてたのに、なんで隊長がこんなことになっちまったんだよ!!」
「そんなの私の方が聞きたいわよ! 一刻も早く有明に戻りたいくらいよ! でも、今はそんなことしている場合じゃないでしょ!」
「……高雄ねぇ、すまない。ちょっと頭冷やしてくる」
そう言って摩耶は仮の箔地の外に出ていった。
この様子だと何か物に八つ当たりをするのだろう。
「参ったなー、せっかく心から信じられる隊長に巡り会えたと思ったのに」
「不味いわ、今の状況じゃ深海棲艦の援軍にどうやって対処すれば」
飛鷹と隼鷹も口調こそ平静を装っているが、様々な事があってようやく信じられた人間を失おうとしている事態に多くを語れない状況だ。
しかし、深海棲艦は事実としてAL奪還の為接近している、迎撃しなければいけないだろう。
「艦娘のみんな、今ここでジッとしていても大神の容態が良くなる訳ではない。済まぬが、みんなには迎撃の為出撃してもらわなければならぬ」
「それは……」
永井司令官の言葉に暁が振り向く。
確かにそれはそうだ。
永井の言うことは正しい。
「けれども……」
「私は行くよ。隊長を狙撃したのが深海棲艦だというのなら、深海棲艦に思い知らせてやるんだ。隊長を狙撃した報いを」
「響……」
淡々と言葉を呟く響の様子に、心配そうな表情をする暁。
「大丈夫だよ暁、私のこの身には隊長との絆が満ちている、この絆がある限り私は戦艦にだって負けやしな――え?」
そう胸を叩こうとする響だったが、自らの身から急速に力が消えていく。
「オイ、なんだこれ!? 何が起きたって言うんだよ!?」
部屋に飛び込んできた摩耶も同じことを感じたらしい。
いや、響だけではない、暁も、高雄も、摩耶も、飛鷹も、そして隼鷹もそうだ。
時を同じくして、有明でも、MIでも、いや、有明鎮守府の全ての艦娘が同じ事を感じていた。
「どうして? こんなこと警備府の頃から一度だって起きなかったのに?」
何故かと考える響。
「……うそ…………」
しかし、答えはあっけないほど簡単に出た。
「いや……」
艦娘は大神を想う事で、力を得ることが出来る。
艦娘と大神の魂の繋がりが、艦娘に力を与えてくれる。
「いや……そんなのいや……」
だが、想う相手が居なくなったら、どうなるだろうか?
繋がるべき相手が居なくなったら、どうなるだろうか?
答えは簡単だ、その力は、繋がりは、消えてしまうだろう。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
首を大きく振って、自分の考えを否定しようとする響。
だが、導かれる事実は変わらない。
「いやだーっ!!」
大神は居なくなろうと、否、
大神は息絶えようとしている。
一度気が付いてしまえば、それを顕著だった。
脈動を打つように大神と響の魂の繋がりが薄れていく。
一拍大神の心臓が動くたびに、響の身体から大神との絆が薄れていく。
大神のもとに一歩ずつ死神が歩み寄り、響はただの駆逐艦になろうとしている。
「いやだっ! お願い! お願いだから消えないでーっ!!」
響は自らの身体から消え行こうとしている、大神との絆を留めようと自らを抱き締める。
それでも、響の身体からは止め処なく絆が消えていく、力が消えていく。
「いや、いやーっ!!」
大神が警備府に着任してからの、この半年が幻だったかのように。
大神によって深海棲艦から救われ、送ってきた幸せな日々が幻だったかのように。
「こんなのいやだーっ!!」
そして、繋がりがなくなった。
「あ……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
涙を流しながら絶叫する響。
認めないと、こんなの認めないとばかりに半狂乱になって首を振る響。
だが、思い返せば常に胸にあった暖かなものは、もう消えてなくなってしまった。
「嘘だっ! こんなの嘘っ! 嘘なんだ!!」
「響……響ぃ……」
首を振り乱して叫ぶ響に抱きついて止めようとする暁。
でも、響は止まらない、止められない。
「大神さんが、大神さんが、大神さんが死んだなんて嘘だーっ! 誰か嘘だって言ってよー!!」
だが、暁も、高雄も、摩耶も、飛鷹も、そして隼鷹もただ涙を流すだけで響に答えられなかった。
響と同じ感覚を全員が感じていたからだ。
ぽっかりと胸に大きな穴が空いたような感触、全身から消え去った力。
その何もかもが大神の死を示していた。
有明でも、MIでも、感じ取った大神の死にほぼ全ての艦娘が半狂乱し、泣き叫んでいた。
もはや戦うことを忘れ、力も失った彼女たちは『艦娘』ではない、ただの『娘』でしかなかった。