第十話 1 激震(前編)
「大神さん! お願い、返事をして下さい、大神さん! 大神さん!!」
明石の呼びかけにも、大神は返事することがない。
狙撃され、崩れ落ち意識を失った大神。
明石の手により最低限の止血処理は行ったが、保健室での治療程度ではもう手が及ばない状態なのはどう見ても明らかだ。
急いでデッキに現れた艦娘たちによって、狙撃に対する周囲の警戒、防御は行われているが、一刻も早く専門的な治療を受けなければ、大神の命に関わる。
「明石、大佐を護り移動させる準備は出来た! どこに連れて行けばいい!」
「集中治療室にお願いします! 一刻も早く医療ポッドに入れないと!」
武蔵たちに護られ、大神のために併設されていた集中治療室へと大神は運ばれていく。
明石や最低限の艦娘たちが付き添いながら、その姿は館内、鎮守府内へと消えていく。
そして、残されたのは赤城たち。
大神について行きたいところではあるが、一刻も早く狙撃者を見つけ捕らえなければならない。
「赤城さん、狙撃者は未だ見つからないのですか!?」
「ごめんなさい、大まかな方角だけではもう少し時間が……」
だが、大まかな方角のみでは赤城といえど、発見には時間がかかる。
このままでは逃げられてしまう、赤城たちに焦りが生じる。
「ポイント○△-×◎近辺のビルを探して見て下さい……」
そうしている内に蒼白な顔で現れた瑞鶴がポイントを指定する。
「瑞鶴さん? ああっ、見つけました! 狙撃者はもう見えませんが、設置されたライフルが残されています!!」
「本当か!? 大淀、陸軍に、米田閣下に急ぎ連絡を!! ビル周辺の封鎖と狙撃者の捕縛を要請してくれ!! 海軍にも連絡を!」
「分かりました!!」
大淀と秘書艦が陸海軍に急ぎ連絡をする為に、司令室へと戻っていく。
残された長門、赤城たちは瑞鶴へと視線を向ける。
「なんで……なんで、ポイントが分かったの、瑞鶴さん? まさか、あなた……」
「……ごめんなさい、赤城さん! わたしの……私の警戒ミスです! 違和感を感じながら見落としました!!」
瑞鶴は涙を流しながらその場で土下座して赤城に謝る。
残った艦娘の視線が瑞鶴に注がれる。
だが、もう大神は狙撃されてしまっている。
謝って済む問題である時は優に越えてしまった。
「……分かりました、瑞鶴さん。ビル周辺の監視は私達が継続して行います。貴方は自室に戻っていなさい」
「処罰はしないのか、赤城?」
長門が赤城に問いかける。
「私も独断専行で処罰を待つ身ですから」
「そうか、なら処分は然るべき立場の方に決めてもらう必要があるだろうな」
「敵の編成次第では正規空母である私達が出る必要もあります、だから瑞鶴さん……」
「はい……」
涙を流しながら土下座をした為か、瑞鶴の顔は泥まみれだ。
でも、仮にとは言え制裁一つされない、そのことが瑞鶴に自分の罪の重さをより自覚させる。
「顔を洗って、涙を拭いて、出撃に備えなさい」
「……分かりました」
そう言って自室に戻る瑞鶴。
そして、集中治療室では大神の治療が行われていた。
感染症を防ぐ為の除菌を行った上で医療ポッドに入れられ、治療を受ける大神。
だが、胸部に受けた狙撃の傷痕は大きく、予断を許さない状態だ。
恐らく今日明日中の治療の推移で大神の生死は決まる、決まってしまう。
「これからも私に怒られに来て下さいって言ったじゃないですか……ものも言えないほどの重症にはならないと約束して下さいって……言ったじゃないですか、大神さん……」
涙を滲ませながら、明石は必死に大神の治療を行う。
『ここに来るときは病人らしく君の説教も聞きに来るよ』
そう医療ポッド内の大神が言ったような気がして、思わず医療ポッド内を覗く。
けれど、大神は勿論一言も喋らない。
すぐにそんな暇はないと、必死に大神の治療を続ける。
「死なせない、絶対に大神さんは死なせない……目が覚めたら一杯お説教するんだから!」
自分にそう言い聞かせながら。
また集中治療室の外では、大神を案じる艦娘たちが集まっていた。
「いやぁ……大神くん。大神くん、死んじゃいやぁ……」
日ごろの小悪魔的な態度を完全に投げ捨て、子供のように泣きじゃくる鹿島。
「ふえぇぇぇ……大神さん、大神さぁん……」
「……睦月ちゃん、大丈夫。大神さんはきっと大丈夫だから」
如月に抱きつき涙を流す睦月、睦月をあやしながら自らの涙を必死に堪える如月。
「隊長! 嘘だって言ってよ! こんなの嘘だって言ってよ、隊長!! もう言わないから、もうクソだなんて言わないからぁ……」
そう言って、集中治療室の窓にすがりつく曙。
だれもが、自分の気持ちに向き合うのが、大神を案じるのが精一杯であった。
だから、有明からほっぽが消えていたことに誰も気付かなかった。
同じ頃、有明鎮守府から大神狙撃、人事不省と連絡を受け取った陸軍、海軍でも蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
通常、大神は有明鎮守府に居り、戦闘・訓練に出る際は光武の霊子障壁と戦闘服に護られている。
だから人が携帯できる程度の通常兵器では、今回のような重症を負うはずがないのだ。
しかし、海軍への訪問だけに大神は通常の軍服で出かけざるを得なかった。
そして狙撃は軍技術部で指定した期日の訪問から帰途する上で行われた。
ここまで条件が揃って何も関係がないと考えるほど、米田も山口も愚かではない。
やがて山口が重い口を開く。
『未だ居るということだな、大神君の存在を忌避するものが』
『事はそれだけに及ばない可能性が高い。山口、こんなにタイミングよく深海棲艦が反攻してくると思うか?』
『そこに繋がりがあると言うのか、まさか米田!?』
『いや、あると考えるべきだ。居ると考えるべきだ! 大神を忌避し憎むあまり、深海に魂を売った人間の裏切り者が!!』
急ぎ憲兵達にビル周辺の封鎖と捕縛指示を出したのだが、内部に手引きをした人間が居るのなら捕まえられる可能性は薄い。
いや、最悪――
「米田閣下、大変です! 指定されたビル周辺で深海棲艦らしきものを確認しました! 詰問しようとした憲兵2名が一撃を受け軽傷!」
「ビル周辺で深海棲艦!? その深海棲艦の行方は!?」
華撃団が警戒する陸に深海棲艦が上がり、狙撃ポイントまで誰にも気付かれることなく向かう。
並大抵のことでは出来ない、いや、先ず不可能だ。
恐らく別ルートで入り、その日まで匿われていたのだろう。
「すいません、周辺の水路から滑走された為、見失いました!」
「なら、華撃団に一刻も早い連絡をするんだ! そいつだけは逃がしちゃならねえ! 背後関係を全て吐かせるんだ!!」
「はっ!」
『すまないが山口、話は後で』
『ああ』
そうして、連絡を切ろうとしたとき、今度は山口の元に急報が入る。
「大変です、技術部の方で爆発がありました! 原因は不明ですが、爆発により神谷大佐が骨折の重傷を!同室に居た他数人の技術仕官が軽傷を負いました!!」
「なんだって!!」
神谷は身分こそ大佐であるが、海軍における霊力研究の第一人者である。
大神ほどではないにしろ、重要な人物である事には変わりない。
だからこそ、山口も大神と神谷の顔合わせを行ったのである。
彼が重傷を負ったとなると、今後の艦娘用新兵器の開発に支障が出るのは確実だ。
ここまでの事態が重なれば疑う余地はない。
「くっ!」
山口が唇を噛み締める。
海軍に居るのだ、人類の裏切り者が。
風雲急を告げる