「うーん……どうしたものかな」
海軍からの協力要請を見やる大神。
華撃団は大元帥直下の組織。
故の要請書なのだろうが、明後日を具体的な期日として指定されている。
命令ではないので、断ることも出来なくはない。
だが、艦娘の装備の開発で助力を受けている以上、あまり海軍と関係を悪くすることは避けたい。
現在は敵増援を待つ受けの体勢であり、大神が都内に外出する事による問題もないといえばない。
「私は反対です、隊長。米田閣下の言われるとおり、今はAL/MI作戦の完遂に傾注するべきです。協力要請に応えるのはそれからでも遅くはないと思います」
珍しく迷っている様子の大神に大淀が自分の意見を述べる。
「そうだね、大淀くんの言うとおりだ。AL/MI作戦の完了までは協力できないと、その後であれば問題ないとむこうには返信するよ」
大淀の意見を受け入れ、そう返そうと決める大神。
そこに海軍技術部の神谷から連絡が入る。
『どうしたのですか、神谷さん?』
神谷の顔色は明らかに悪い。
『大神君、頼みがある。海軍からの協力要請の件、承諾してもらえないだろうか』
『それは……』
今しがた、断ると決めたばかりの件についてだった。
『作戦を優先するべきなのは分かる。分かるのだが……正直見ていられないんだ、あの研究を。相手が深海棲艦とは分かっていても。君が不快になるような研究は、当日までに終わらせる。あの子を、早く浄化してあげて欲しい』
『神谷さん、貴方も関わっていたのですか?』
『……ああ、艦娘用の装備を用いての研究内容も多々あったからね』
『やはり、そうでしたか』
先日、米田が強引に話題を変えたことからも、言葉にする事を憚る内容であろうことは予想はついていた。
しかし、当たってしまうとは。
『で、どうだろうか、大神君?』
『分かりました、明後日そちらにお邪魔致します』
「隊長!?」
大神の発言に大淀が驚きの声を上げるが、大神はそれを手で制する。
『すまない、大神くん』
その言葉と共に通信が切れる。
「そういう事になった、大淀くん。明後日は海軍技術部のほうに出向くよ」
「もう、隊長はお人よしなんですから……分かりました、お早いお帰りをお待ちしています」
そして時は過ぎ、明後日を迎える。
大神は海軍の技術部内を神谷と共に歩いていた。
「予め言っておくけれど、この場では怒ったりはしない方がいい。何を見ても耐えてくれ」
「神谷さん?」
「海軍には深海棲艦に、同僚を、仲間を、そして家族を殺された人間も多い。下手に深海棲艦に情けをかけることは君の為にも、華撃団と海軍の関係を維持する為にもよくない。出来るだけ無表情で、速やかに深海棲艦を浄化してくれ。そのプロセスを記録するから」
「……分かりました」
そして、大神は深海棲艦――北方棲姫を閉じ込めた部屋へと入っていく。
出入り口は厳重に警戒されており扉も鋼鉄製の厳重なものとなっている。
部屋は多層構造の鋼鉄で作られており、砲弾の直撃でさえも耐えられそうだ。
そしてその部屋の中に足を踏み入れる。
その部屋の中央には檻があり、更にその中に駆逐艦以上に幼い幼女の姿。
あれが北方棲姫なのだろうか。
「カエシテ……ホッポニ……カエシテ……」
「な……」
そう声色を失った声で呟く北方棲姫。
その子の姿を見て、大神が声を失う。
その姿は凄惨そのもの、人間の正気を疑う所業の結果がそこにはあった。
「おおう、おぬしが大神か!」
そんな声を失った大神に楽しげな声をかけるものが居た。
「矢波博士、まだこの部屋に居たんですか……」
「ああ、これだけやってもこの個体、活動能力についてはまだ維持しておるんじゃ。これだけの存在を活動不能に追い込む英雄の浄化、見ない手はないじゃろう!!」
嫌悪をはらみ呆れたような神谷の声に朗らかに答える老人。
「すいません。失礼ですが、貴方は?」
「おう、自己紹介して居らんかったな。わしは矢波、海軍で深海棲艦についての研究をしておる。大神よ、はようあの糞餓鬼に止めをさしてやれ」
「とどめ? 浄化ではなかったのですか?」
出来るだけ怒りを表情に表さないように、手を握り締めて感情を殺し問う大神。
大神のその様子に気付いているのか、気付いていないのか老人のテンションは高い。
「あ? まあ、どっちでもいいわ。早くその活動停止プロセスを確認させてくれ!」
「……分かりました」
大神が二刀を抜き放ち、北方棲姫に歩み寄る。
「コナイデ……ッテ……イッテル……ノ……」
怯えた様子で檻の反対側に行こうとする北方棲姫。
だが、その足はもう満足に動かない。
ジリジリと人間に怯えながら後ずさる北方棲姫。
これ以上この子に痛みを与えることなど大神には出来ない。
出来るだけ苦痛を与えないように浄化するには、使う技はこれしかない。
檻の外から二刀を振り上げる、大神。
「破邪滅却! 悪鬼退散!!」
そして慈悲の心を以って振り下ろされる二刀から白き光を帯びた剣風が巻き起こり、北方棲姫へと向かう。
「イツカ……タノシイウミデ……イツカ……」
剣風を浴びた北方棲姫の体は砂のように崩れ落ち、代わりに光が彼女を覆っていく。
「おおう、素晴らしいもんじゃ! 莫大なプラス属性の霊力を以っての、マイナス属性の怨念の中和! 怨念で構成された体である深海棲艦本体の分解!! なるほど、これが浄化か!! 確かに艦娘程度の霊力ではここまでは出来ん! 大神、お主にしかできん所業じゃ!! 大神、お主についても研究したいもんじゃ!!」
「矢波博士!!」
「分かっとる、言ってみただけじゃ……お?」
流石に黙っていられないと口を挟んだ神谷の言葉に、渋々承諾する矢波。
その間に光が人の形を象っていく。
「え?」
思わず唖然とした、大神の声が漏れる。
なぜならそれは、先程まで悲惨な姿を晒していた北方棲姫によく似ていたからだ。
いや、似ているだなんてものではない。
若干人間らしくなった肌の色を除いてしまうと、その姿は北方棲姫そのものだ。
ただし先程とは異なり一切その身に傷はついていない、無傷の状態だ。
それに、悪しき怨念はこの子からは一切感じられない。
感覚としては問題ないと分かっているが、姿が姿だけに一瞬戸惑う大神。
連れ帰ってよいものだろうか。
その間に神谷が檻の鍵を開ける。
「神谷さん?」
「浄化はもう終わったし、霊力もプラス属性。外見はともかく中身は艦娘と変わらない。あとは大神君、君の管理範疇だろう?」
そう話している間に北方棲姫?が檻の外に抜け出し、大神の近くにとてとてと歩み寄る。
大神の袖をくいくいと引いて、見上げている。
「ぱ……」
「ぱ?」
「ほう、面白いもんじゃ。莫大な霊力によって構成体が怨念から霊力に代わることで、深海棲艦から艦娘への転化を果たしおった。反転と言うべきかの? 待てよ、ということは逆もまた然り」
独り言を呟く矢波をよそに北方棲姫?を見る大神。、
無邪気な瞳で大神を見上げるその姿、大神への無垢な信頼がそこにはあった。
「ぱぱー」
そう言って、北方棲姫?は大神に頬擦りする。
その様子を見て大神は決断する。
「この子は、華撃団に連れ帰ります」
この子を連れ帰り、華撃団で保護しよう、と。