大盛況のうちに観艦式は終わったが、コミケは未だ1日目が終わったばかり。
夕方以降、西1ホールをサークル用のスペースに入れ替え、サークルが前日搬入を行っていく。
そこには秋雲と大神の他、何人かの艦娘の姿があった。
観艦式で汗をかいたので、シャワーを浴び私服に着替えていたが、それでも気付くものは気づく。
「ねぇ、大神さん……」
「そうだね、明日は制服の方が良さそうだね」
「うん、その方がコスプレしてる人に埋もれそうだしね」
周囲でざわざわと声がしているのを聞いて、明日は制服、戦闘服を着た方が良いかと話し合う。
そんな彼らが行っているのは、勿論、明日のオータムクラウドのスペースへの新刊搬入である。
しかし、新刊を印刷するに当たって一つだけ問題となったことがある。
印刷数だ。
多すぎれば在庫になるし、かといって少なすぎれば瞬殺する。
まして、オータムクラウドはコミケ初参加、その辺りの感覚が今一つ分かっていない。
配置スペースもシャッター前、最大手サークル扱いである。
艦娘で絵師であることで多くの人が来ると見込まれているのだろうが、秋雲には現実感がない。
だから知り合いの大手サークルに「500冊も作れば大丈夫だよね?」と尋ねて大説教を貰った。
シャッター前配置で、全艦娘の直筆メッセージつきの新刊セットの搬入数がたった500。
サークル入場者にも全くいきわたらない数だ。
はっきり言って、争奪戦が、暴動が起きるレベルである。
とは言うものの、最低その10倍用意しろと言われても復活したばかりの秋雲にはそこまでの印刷費はない。
勿論夕雲たちにも。
迷った結果、秋雲は大神に印刷費を借りることにした。
あまりお金を使わない大神はいいよと即答したが、お金の問題がこじれて仲が悪くなったりすることは世には数多くある。
大神とそうなるのなんて絶対にイヤな秋雲は、ちゃんとした借用書を書くことにした。
しかし、それはそれで胃に悪い。
自分のスペースに積みあがったダンボールの山を見て、在庫が余ったらどうしようと、お腹の辺りをさすって考えてしまう秋雲。
「ううう、明日みんなウチに来てくれるかなぁ……」
「大丈夫だよ」
心配のあまり腹痛を起こしてしまいそうな秋雲の肩に手をかけて、話しかける大神。
「秋雲くんが寝食を削って作った、艦娘のみんなが手伝ってくれた本だ、みんな来てくれるさ」
「大神さん……」
「そうデース! アッキーは心配しすぎなのデース! 世はなるようになるのデース!!」
「……そうだね、なるようになるよね!」
大神と秋雲がいい雰囲気を作りそうな気がしたので、二人の会話に割り込んだ金剛だが言ってることは尤もだ。
金剛の言葉に納得した秋雲が笑顔を作る。
「あとは、明日の予定かな? 夕雲型と陽炎型のみんなには売り子をしてもらう予定なんだけど、大神さんは明日サークルを見て回るつもりなんだよね?」
「ああ、そのつもりだよ、最初は人混みがすごいって話だから12時くらいからになるけど、一つずつ回っていくつもりだよ」
大神の言葉に周囲のサークルがびくりと肩を震わせる。
そして、大神隊長がコミケでサークルを一つずつ見て回るらしい、とツイッターで拡散する。
「私たちもご一緒するデース!!」
「もちろん私も一緒です、うふふっ」
金剛型も鹿島も一緒らしい、と。
「それじゃお願い、大神さん! 12時までサークルの手伝いしてもらえない? 初めてのコミケだし、駆逐艦だけじゃやっぱり不安で……」
「ああ、分かったよ、何時に集合すればいいのかな?」
「えへへ、有明鎮守府だと時間の心配がないのっていいね、集合は朝食後、7時半に食堂前で!」
「了解だ、前日搬入はこれで終了かな?」
「そうだね、今日は観艦式、前日搬入やって疲れたからね、早く寝よーっと」
シャッター前のサークルスペースを後にする大神たち。
後ろのほうで、やっぱり艦娘と大神隊長だったじゃないか、声かけときゃよかったなどとざわめいていたが大神は聞かなかったことにした。
なんだかんだで大神も疲れていたのだ。
そして、翌日、大神たちは宣言どおり戦闘服で、艦娘の制服で集合し入場しようとしていた。
だが、遠目にはそれはコスプレイヤーのようにも見える。
コスプレのまま入場しようとする大神たちに、コミケスタッフが近づいて注意しようとする。
「ちょっと、皆さん。コスプレイヤーの方なら、コスプレ登録して、着替えてからにして下さい」
「いや、これはコスプレではなく実際の戦闘服なんですが」
「そうだよ、これも実際の陽炎型と夕雲型の制服だよ」
「実際のって……って事は、皆さんは!? かんむす……っ!!??」
「はい、身分証もここに」
大神が自分の身分証を提示する、紛れも無く大神一郎、大佐であることを示すものであった。
「いや……これってどういう扱いにすれば!? すいません、ちょっと待ってください! チーフ!!」
スタッフが慌てて自分達のチーフを呼びに行く。
艦娘本人がいると呼ばれて、慌てて大神たちの下にやってくるスタッフのチーフ。
「すいません、身分証を再度見せていただいてもいいでしょうか?」
「分かりました、どうぞ」
チーフが大神の身分証を再度確認する。
もちろん偽造などではない、本物の身分証である、『帝國の若き英雄』大神がそこに居る。
「悪いことしちゃった、私服にしとけばよかったね」
「いえ、本人である以上、私服でも顔がコスプレのようなものです! 気付かれれば一緒です! むしろ、本人と分かる衣装で居てくれた方がマシです! 確認は取れました、時間を取らせて失礼しました!」
「顔がコスプレ……不知火に何か落ち度が……」
本人なのだから、そのように言われると流石に少し傷つく。
不知火が憮然とした表情をしている。
「まあまあ、不知火くん、そんなに怒らないで上げてくれ、彼らだってやるべき事をしているだけなんだ」
「それは……そうなんですが」
「不知火くんたちが真似できない位可愛いから、そう言われたんだよ。俺だって君達が私服に着替えていてもすぐに分かるからね。褒め言葉みたいなものだと思えばいいんだよ」
「不知火は可愛い……ですか?」
顔を朱に染めながら不知火が大神に尋ねる。
「もちろん、可愛いよ」
「……っ!? 早く、入場しましょう!!」
大神の視線に耐えられなくなった不知火が踵を返してサークル入場口へと向かう。
「不知火姉さん、可愛いっ」
「秋雲、早く入りますよ!!」
先を行く不知火の後を追う秋雲たちであった。
入場後、秋雲と大神たちは先ず、サークルの領布物の準備を行う。
本の方は先も言ったとおり、艦娘マニュアルと、大神と秋雲の恋愛本の二つだが、その他にもおまけに紙袋を準備した。
それぞれの箱を何箱か開けて、本を机の上におき、紙袋はすぐ取り出せるようにする。
おつり用のお金も銀行で両替して準備している。
知り合いに言われて作ったお品書きも準備済みだ。
あとは、何か忘れてたような――
そう秋雲が考えているときに、
「すいません。サークル主催さん、いえ秋雲さんはいらっしゃいますか?」
「あ、はーい」
スタッフに呼ばれたので、そちらへと顔を出す。
「すいませんが、列整理についてお話がありまして」
「はい? 列? 整理?」
「ええ、既にサークル入場者であなたのサークル目当ての人数が不味いことになっていまして、コミケ開始したらもっと不味いことになると予想されます。つきましては最後尾札など準備していただきたいのですが」
「あーっ! 忘れてたー!!」
そうだ、忘れていたもの。
最後尾札の準備だ!!
話半分に聞いてたから作ってなかった!!
「す、すいません。どど、どうしたら、いいでしょう?」
「ダンボールか何かにマーカーで描いていただきますか?」
「分かりました!!」
そう言って、秋雲はマーカーでイラスト付きの最後尾札を準備する。
「あと、サークルの方にも列整理用の人員を準備していただきたいのですが……慣れてる方は居ますか?」
「夕雲姉さんと巻雲と、長波なら地方で経験ありますよ~」
「うーん……」
艦娘とは言っても、駆逐艦の外見。
何が起こるか分からないし、心許ない。
「万が一、艦娘の痴漢騒ぎなど起きたら困るのでちょっと、大人の方はいらっしゃいますか?」
「自分なら大丈夫と思いますが」
そう名乗りを上げたのはもちろん大神だ。
だが、大神が伝説のモギリと呼ばれていたことをスタッフは知らない。
それに昨日の歌唱任務後、真っ先に大神へと大元帥閣下が拍手を送られた。
そんな、帝國の若き英雄を、列整理の人員として用いる。
いいのだろうか、そんなことを依頼してしまって?
「大丈夫ですよ、こう見えても列整理とか、そういうのには慣れているんです。それに自分も今日はただのサークル参加者です。気を使わないでください」
スタッフの躊躇いを見てとった大神は自分から申し出る。
「そうですか、今日一日炎天下での作業となりますがよろしいですか?」
「構いません。深海棲艦との戦いに比べれば、大したことありませんよ」
笑って、大神はスタッフと握手する。
そして大神はホールの外側へと移動していった。
「ううう、本当にみんなウチに来てくれるかなぁ……」
そうすると、大神が居なくなったことで秋雲の不安がまた沸き起こってくる。
「最近の秋雲は、隊長さまがいないとダメダメですね~」
「んなっ!? そんなこと……あるかも」
「あらら、秋雲が言い返さない、重症だな」
「もう~、秋雲シャンとするの! 隊長さまが列整理に行ったんだから人は来てくれるよ~!」
そうこうしている内に、コミケ2日目の開催時刻が近づき、目の前のシャッターが開いていく。
「~!?」
一瞬目を瞑る秋雲。
しかし――
「マジ?」
秋雲の目の前には大勢の人が列を成していた。
そして、
「「「復活おめでとう、オークラ先生!!」」」
と開催に先立って秋雲の復活を祝福する。
「……ありがとう、みんなっ!!」
秋雲はそれに自分にできる最高の笑顔で返した。