第二話 1 剣客商売事始
深海棲艦による警備府襲撃の一晩が明け、朝日が降り注ぐ。
砲撃により損傷した警備府を直さんと、徹夜で修復に勤しんだ妖精さんたちも今は夢の中。
静かな風景に、鳥の鳴き声がやけに大きく響く。
警備府が動き出すには、まだいくばくかの時間を要するだろう。
そんな朝の日差しの中、軽巡洋艦である天龍と龍田は剣道場への道を歩いていた。
互いに自らの近接戦闘用の武器を模した木製の得物を持っている、練習でもするのだろうか。
「天龍ちゃんが剣の稽古したいなんて久しぶりよね~、いったいどうしたの~」
「うるせーな。良いじゃないか理由なんて、ただの気まぐれだよ」
若干慌てた様子ではぐらかそうとする天龍だったが、龍田にはお見通しだ。
昨日の今日で、剣を学びなおしたいだなんて実に分かりやすい。
「ふーん。じゃあ~、大神隊長を呼びにいかなくても問題ない?」
「た、隊長は関係ないだろ!? いつもの稽古だろ?」
「本当に~?」
龍田が分かっているわよとばかりにニッコリ微笑むと、天龍はバツが悪そうな顔をする。
やがて、龍田の笑顔から感じる圧力に屈したように白旗を揚げる。
「いや、確かに隊長にも来てほしいさ。だって人なのに刀一振りで深海棲艦を倒しちまうんだぜ? 実際に剣技見たくないかって言われたら見たいに決まってるだろ」
「そうよねー。うちの警備府で見たことあるのって、吹雪ちゃんに明石、あと6駆の子だけだもんね~」
「訓練のときに見せてもらえるよう、龍田、秘書艦として司令官に言ってくれねーか?」
「そんなことしなくてもー、直接頼んだら見せてくれるんじゃないかな~」
取り留めのない話をしながら、二人は剣道場まで歩き、鍵を使うことなく扉を開く。
訓練のメインはあくまで演習場であり、現在の警備府で剣道場を使う艦娘は自分たちだけ、気を使うことなんて何もない。
「あら~?」
そう思っていたのだが、今日は違っていたらしい。
そこには先客が何人かいるのだった。
「8駆に、11駆じゃねーか。どうしたんだよ?」
「天龍さん、昨日大神さんに剣の練習をする場所はないかって聞かれたので。私たちは――」
「ただの見学……吹雪が行こうって連れ出すから仕方なく……ねむ」
大口を開けてあくびをかきながら、心底面倒くさいといった表情の初雪。
同様に、吹雪にたたき起こされたのだろう、白雪と深雪も眠気を若干こらえているように見える。
続けて軽く息を整えながら、朝潮が答える。8駆の他の面々も同様に息を整えている。
「私たちは、朝のランニング中に吹雪さんたちを見かけたので。勉強になると思ってついてきました」
なるほど、6駆が見当たらないのも納得できる。
暁を筆頭に、比較的朝の遅い彼女たちはまだ夢の中なのだろう。
「で、その当の本人はどこにいるんだよ?」
「大神さんなら着替え中ですよ」
吹雪が答えるのと同時に、剣道着に着替えた大神が木刀を二振り持って出てくる。
サイズが小さいのか、裾から腕と足が見えていた。
「男性用っぽい剣道着はあったけどサイズが違うな、やっぱり普通の服じゃダメかい?」
「ちょ、おま!!」
天龍が叫び声を上げる。
「ああ、天龍くん。剣道場、先に使わせてもらってるよ」
「それは別に構わないけど……って、その格好は何だよ!?」
「ん? 剣道着だけど、これがどうかしたのかい?」
「そういうことじゃなくって!、なんで――ああ、もう、察しろよ!」
あたふたする天龍。だが、質問は核心を得ておらず大神の表情に疑問の色が浮かぶ。
これだけで意図を理解できる者がいるとすれば――
「大神隊長~、何で天龍ちゃんの剣道着着ちゃってるのかな~」
「えええ! これ天龍くんの剣道着だったのか!? すまない!すぐ着替えてくる!!」
大神は急いで着替え場に戻り、普段の服に着替えて出てきた。
慌てて着替えていたのか、ボタンが途中で一段ずれている。
「大神さん、ボタンがずれてますよ」
「いや、吹雪くん。自分で直すから!?」
クスクス笑いながら、吹雪は大神に近づいてボタンを付け直す。
「吹雪……いつの間にか女になって……」
「吹雪ちゃん、男の人にそんな事するなんて……」
「おおう、吹雪のやつ、やるじゃねーかー」
初雪たちの言葉を聴いて、自分がしていることの恥ずかしさに気がついた吹雪は赤面する。
大神も赤面しており、なんとなくではあるが天龍は面白くない。
「じゃ、オレたちも着替えてくるから! 覗いたりするんじゃねーぞ!!」
「しないって!!」
大神に期待と裏腹な釘をさすと、天龍は着替え場に向かうのだった。
大事なことに気づかぬまま。
「とっとと着替えるか」
着替え場で、いつもの剣道着に着替えようとする天龍。
が、何かいつもと感触が違う。これは――
「匂いか? 洗濯は忘れてないはずだけどな」
上着に鼻を近づけ、一息吸う。いつも使っている柔軟剤の匂いとは別の匂いが微かにしている。
何の匂いだろうか。確認するため、上着に顔を埋めて息を吸おうと――
「うわぁお。天龍ちゃん、大神隊長が袖を通した剣道着に顔を埋めて、何やってるの~」
「ブッ!――ゲホゲホ」
後ろからかけられた龍田の言葉に噴出し、咳き込む天龍。
「なっ!?――なっなっ」
「何言ってるんだって? だって天龍ちゃん、剣道着の洗濯あまりしてないんだもん~。天龍ちゃんが着ようとしているのは大神さんがさっき着た剣道着よ?」
「なんだってー!!」
天龍の絶叫が着替え場に響き渡る。
天龍たちが着替え終わったのは、大神が柔軟などの準備運動を終えた頃だった。
「天龍くん、龍田くん。時間かかってたみたいだけどどうしたんだ?」
「い、いやっ!? じ、時間なんて全然かかってない!! な、龍田?」
着替え場から出てきた天龍に声をかけると、やけに大神の言葉に過敏に反応する。
赤面しもじもじとしており、いつもの男勝りな様子はかけらもない。こんな天龍初めてだ。
一体どうしたのかと、8駆、11駆の面々は頭を捻った。
「大神隊長、お着替えは時間がかかるものなんですよ~。デリカシーがありませんよ~」
「ああ、すまない。そうだな、女の子だもんな」
「おっ、オレが女の子!?」
龍田の言葉に頭を下げて謝る大神だったが、天龍は大神の「女の子」発言で更に赤くなる。
一体何を意識しているというのか。
「あはははっ♪ 天龍ちゃん、真っ赤~。そんなに意識しちゃって大丈夫?」
「うっ、うう、うるさいっ! ほら、柔軟やるぞ、龍田!!」
楽しそうな龍田を急かし、柔軟運動をはじめる天龍。
「ん?」
「……っ!?」
が、大神からの視線を感じるだけでカチコチに固まる天龍。
剣道着が肌擦れを起こす度に、ビクン!と反応し、柔軟になっていない。
龍田の「天龍ちゃん固いよ~」というボヤキにも全く反応する余裕がない。
「もー、天龍ちゃん。柔軟ちゃんとやらないとダメだよ~」
「すまん、やらないといけないって分かってるんだが……」
「しょうがないな~。8駆のみんな、天龍ちゃんの柔軟手伝ってもらえないかな~。あと、大神隊長~、その間私と手合わせして貰えませんか?」
笑いながら、大神に頼み込む龍田。
しかし、目はあまり笑っているようには見えなかった。
吹雪の嫁度が上がり過ぎてるような気がしてならない。
いかん、他の艦娘の嫁度を上げなければw
あと、現在までに登場している艦娘の好感度一覧を活動報告に載せています。
物語にはあまり直結しないパラメータなのですが、サクラ大戦クロスとしては必須項目なので。