人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ   作:幼馴染み最強伝説

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不器用でも彼は責務を全うする

まさか許可が下りてしまおうとは。

 

ソファーに腰掛けた俺はキッチンに小町と一緒に立つ来栖を見て、内心で溜息を吐いた。

 

普通に考えれば、年頃の娘をクラスメイトの男子の家に泊まらせるって何考えてんの?男は狼なんだよ?色んな意味で食べちゃうんですよ、お父さん。そんな勇気は俺にはないけれども。

 

恋人になったとはいえ、なってまだ二時間程度しか経ってない。

 

いくら外の天気が酷すぎて帰れないとはいえ、男子の家に泊めるのは如何なものか。少し感性を疑う。

 

つーか、まだ実感が湧かん。

 

俺は孤高のエリートぼっち、比企谷八幡。

 

誰とも馴れ合う事はせず、嘘と欺瞞で塗り固められた青春を是としない素晴らしい感性の持ち主………だったはずだ。

 

好きだった相手には悉く振られ、やる事なす事全てが裏目に出て、中学二年生になって間もなく、黒歴史を生産してしまう程、女性運がどうしようもなく悪かった。というか、人間運が無かった。

 

だというのに今はどうだ。

 

折本かおりに振られた日に出会った少女。

 

誰にも愛されるまさに俺とは対極に位置する少女は今、俺のパジャマを着て、俺達の晩御飯を作っている。そして俺の家に泊まるのだ。

 

いやいやいやいや、これって夢ですか?凄い妄想するようになったな、俺。もう末期だ。救いようがねえよ。

 

「はーちまんっ」

 

「うおっ⁉︎な、なんだ?」

 

「ちょっと味見して欲しいんだけど…….いいかな?」

 

「お、おう……」

 

上目遣いで頼んでくるその姿は実にあざとい…………と言いたいが、彼女の場合、自然と無意識のうちに行っているため、あざといとかを既に超越してしまっている。

 

差し出されたのは小さなお椀。

 

その中にはちょうど良い大きさに切られたジャガイモと汁のみが入っていた。

 

今日は肉じゃがか。この狙ったかのようなチョイスはおそらく小町だろう。何か適当に入れ知恵をしたに違いない。

 

味見なので冷ましてから取り敢えず一口。

 

おおっ、流石は我が妹。俺の好みを的確に捉えた実に良い甘さを来栖に伝えているようだ。

 

ジャガイモも芯まで火が通ってるし、ホクホクしていてとても美味しい。

 

「……ん。美味いぞ」

 

「ホント?やたっ」

 

そう言って軽く跳ねる来栖。この子本当によく跳ねるね。さながらポケモンのコイ○ングの如く。ただ、あっちは何も起きないが、こっちは爆発的なまでの破壊力を保持しているけどな。主に男の理性を破壊するって意味で。

 

だが、一応ボタンを破壊した件もあるから少し控えめだ。揺れもついでに控えめだった。それでも眼福である。

 

「つーか、お前って料理出来たのな」

 

「ある程度はね。ほら、やっぱり将来的に考えると家事スキルは必須だから」

 

「そうだな。まぁ、このまま行けば、良い嫁さんになれると思うぞ」

 

「その時は八幡が私をお嫁さんにしてね」

 

「ごぼっ⁉︎」

 

飲んでいた汁がよそに走って噎せた。

 

この子すごいのをぶっ込んできたよ。

 

や、そう言われるのは悪くはないけども!

 

まさかノータイムノーロスで、切り返してくるとは思わなかった。

 

「ま、まぁ………そのうち……な」

 

「うわ。出たよ、お兄ちゃんのヘタレ」

 

キッチンから小町のそんな声が聞こえた。

 

ヘタレとは失敬な。紳士と言ってくれ。そういう事は心の中でしか言わないようにしてるの!

 

「後はじっくり煮込むだけなんで、お義姉………茜さんはお兄ちゃんとたっぷりいちゃいちゃしちゃって下さい。小町は火を見てますから」

 

「はひっ⁉︎そ、そんな……急に言われても……」

 

小町のあまりにも露骨ないちゃいちゃ要請に来栖はわたわたと混乱し始めた。

 

小町さんやもっと言い方あるでしょうに。いちゃいちゃしてくれって、そう言われて、はい、わかりました。って出来るはずないでしょうが。つか、火じゃなくて、こっちガン見してないキミ。煮込みすぎて煮崩れが始まるよ?

 

「取り敢えず座るか?」

 

「う、うん……」

 

このままだとショートしそうな勢いだったので、ソファーに座る事を勧めるとソファーの端っこに座り、其処からじりじりと距離を詰めてきた。というか、すぐ隣にいる。端っこに座った意味は⁉︎

 

「あ、あの……来栖さん?」

 

キミ、近くない?

 

「な、何……かな?」

 

と白々しく疑問の声を上げながらもそのまま俺の腕をとって包み込むように抱きついたっ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎

 

何この子、超大胆なんですけど!ダイ○ーン3だよ!日輪の力を借りて今必殺のメガ粒○砲だよ!

 

つか、この子今自分が下着着けてない事を忘れてませんかねぇ。

 

いくら冬用のパジャマ着てるからって、布一枚越しに感じる柔らかさが俺の理性を刺激する。助けて、エロい人!

 

出来れば色んな意味で俺がやばいから来栖には離れて欲しいのだが………

 

「えへへ〜♪」

 

………こんな笑顔で喜ばれると子どもから玩具を取り上げているような感覚になるから、離そうにも離せない。べ、別に腕を挟まれてるのが嬉しいわけじゃないんだからねっ!

 

しかし、まあ。

 

これが来栖の本来の姿なのかもしれないな。

 

子どものように無邪気で、完璧そうなのに所々抜けていて、好きな相手にはちょっとだけ大胆になる。

 

おそらく家族以外の誰も見たことがないであろうその一面を垣間見れた事は恋人の特権というものなのだろうか。まだよくわからないが、きっとそうなのだろう。

 

何時もならソファーに寝転がってアニメを観るところなのだが、アニメ鑑賞どころの騒ぎじゃない。凄いな、リア充共。こういう事をされていても普通にテレビが見えるなんて。俺なんて視線はテレビなのに全く内容が入ってこねえよ。何なら十秒前のキャラの台詞すら覚えてない。

 

そしてアニメが終わるまでの間、終始無言で微動だにせず、視線をアニメの方に向けたまま、俺は固まっていた。つか、他の事考えすぎて、気づいたらアニメ終わっちゃったよ!今回の話は結構気になる回だったのに!

 

「はーい、お兄ちゃん、お義姉ちゃん。ご飯できたよ〜」

 

「お、おう。わかった」

 

「うん、今行くね」

 

静寂を打ち破る小町の声に一瞬キョドる俺に反して来栖は思いの外、普通に反応して立ち上がった。離れる時、少しだけ名残惜しそうな表情をした気がしなくもない。多分気のせいじゃないと思うけど。そういう顔しないでね?罪悪感半端ないから。

 

因みに小町&来栖の作ってくれた肉じゃがだが、小町が俺達の方に気を取られていたせいで若干煮込みすぎたのだが、それでも美味かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えた後、俺と来栖は小町に今までの事を根掘り葉掘り事情聴取される羽目になった。

 

何時、何処で出会ったのか。何がキッカケで仲良くなったのか。連絡先はどうやって交換したのか。そもそも何故俺を見て仲良く出来ると思ったのか……おい、俺は外宇宙生命体か何かか。

 

他にも幕張メッセであったアニフェスのときはどうだったか、とか。話していない事なんて無いんじゃないかと思うくらい訊かれた。お前は俺の母ちゃんか。はい、妹ですね。

 

その度に小町は何ともオーバーなリアクションをするのだが、二回に一回は俺に対する罵倒が入ってる。そんなにイジメると八幡泣いちゃうよ?

 

ただ、その事に関して言えば全く辛くはない。

 

小町のそういうのにはもう慣れたし、まぁ照れ隠しみたいなもんだからな。気にしてない。

 

……照れ隠しだよね?

 

それよりも辛かったのは幕張メッセで来栖を助けた時のことを来栖がまるで英雄譚でも語るかのごとく話したことだ。あれはある意味地獄だった。恥ずすぎる。今までは罵倒されたり、貶されたりの悪い意味での地獄は色々と味わってきたが、誉め殺されるのは初めての経験だった。もう勘弁してください。

 

小町による地獄の事情聴取はそろそろ時計の針が十時をさそうとしていた為にお開きとなり、解散となった。その時に小町がまた後日などと意味不明な事を抜かしていた。もう話す事ねえよ。あるって言ったら俺の涙の暴露シーンぐらいだ。絶対に話したくねえ。

 

「今日は………色々あったな」

 

ベッドの上にドサリと倒れこみ、さながらバトルものの主人公の様にそうごちた。

 

突然変化した俺の日常。変えたのは紛れもなく俺自身であり、来栖だった。

 

来栖は気づくのが遅かったとか言ってはいたが、気づくのが遅かったのはおそらく俺の方だ。

 

彼女との繋がりを絶ってから、自分が彼女との日常を尊び、欲していた事に気づくのに二ヶ月もの期間を要してしまった。

 

彼女に二ヶ月もの間、偽りの笑顔を作らせ、苦しい思いをさせてしまっていた。

 

おまけに作戦だとかなんとか言って、一度しかないチャンスを危うくドブに捨てかけた。小町の言うとおり、俺はどうやらごみぃちゃんらしい。

 

後にも先にも、理性に感情が勝ったのは今日が初めてだろう。

 

今までは全てにおいて感情よりも理性を優先して行動してきた。

 

誰かを好きになった時も、誰かに告白しようとした時も、好きという感情を持ちながらも何処か理性的に行動していたような気もする。告白した時ですら、心の何処かでは振られるのをわかっていた。

 

感情に任せて行動した。

 

そういえば何処か退化したと思われるかもしれない。

 

理性的に行動をする事は良い事だ。

 

少なくとも、勢いで行動を起こそうとしたりはしないし、物事の良し悪しを判断することが出来る。

 

けれど、なんでもかんでも考えて、是非のみで判断してしまったとしても答えは出ない。

 

それでは過程も結論も導き出せるかもしれないが、原因はわからない。

 

必ず、人が行動を起こす要因となっているのは人の感情であるからだ。

 

人の感情が理解できなければ、結局感情をキッカケとしている問題を何一つ解決する事など出来ない。

 

推理は出来ても、理解は出来ても、何も解決できないのだ。そしてそれすらも計算で済ませようとする。

 

だからこそ、理性を優先し続けるというのは間違いだ。少なくとも、俺はそうだった。

 

どれだけ理性的に行動しても、計算を続けても出なかった答えがあった。

 

それは何よりも尊く、それを引き出したのは感情による咄嗟の判断と行動だった。

 

人は感情と理性の程よいバランスを保ち、時には躓き、時には挫折しながらもそれでも欲しいものを求め続ける。結局、俺の欲しかったものは俺だけの力では手に入らないもので、そうありたいと願った彼女の存在無くしては至れない答えだった。

 

過去の俺を否定するわけではないが、ああいう状況を生み出してしまう程の感情こそが誰かを好きになるということなのかもしれない。

 

そういう意味では俺が悉く振られ続けてきたのは来栖茜と出会う為だったのかもしれない………なーんてな。

 

そう思えば今日は俺らしくないことばっかしてんな。人間はそうそう変わらないとばかり思っていたが、案外ふとしたきっかけでどうとでもなるらしい。

 

コンコン。

 

「入るよ。お兄ちゃん」

 

「妹よ。せめて返事を待て」

 

「別にいいでしょ、減るもんじゃなし」

 

いや、確かに減るものなんて特にはないが、もしかしたらタイミングが悪いかもしれないだろ。何の、とは言わないが。

 

「ささ、茜さんもどうぞどうぞ。何もないところですけど」

 

「それ俺が言う台詞だからね?何でお前がさも自分の部屋みたいに上げちゃってるの?」

 

「し、失礼します……」

 

そしてその小町の了承に応じて、来栖はおそるおそるといった様子で部屋に入ってきた。

 

「じゃ。小町はこれでお暇させていただきます。おやすみなさい!」

 

びしっと敬礼した後、小町は凄まじい速さで俺の部屋から消えた。え?何?お前瞬歩でも使えんの?それとも響転?どちらにしたって凄まじい速さだ。

 

そして小町の策略に嵌り、俺の部屋に放置されることになった来栖はというと……

 

「え?え?小町ちゃん?これどういう事?」

 

絶賛パニック状態だった。どうやら理由も話さず、取り敢えず連れてこられたらしい。

 

「は、八幡。私、何が何だか……」

 

「今までの小町の言動から考えると一つの答えが導き出せる」

 

但し、それは俺としては実行したくない事だ。それは即ち俺の睡眠時間を犠牲にするということに他ならない。そしていくら俺がヘタレだとしても俺が彼女に何もしないなんて保証は出来ないのだ。

 

「時刻は十時過ぎ。俺達の話は就寝時間が迫ってきたからお開きになった。そして本来、小町の部屋で寝るはずだったお前はここにいる。そして小町はおそらく寝たという理由で部屋の鍵を閉めている」

 

俺がそう言うと来栖はふむふむと頷き、手をポンと叩いた。

 

「つまり、一緒に寝ろって事だね!………って、ええ⁉︎」

 

合点が言ったかのように満面の笑みでそう言った後、打って変わって驚きの声を上げる。

 

「因みに俺の部屋には俺のベッドしかない」

 

「あぅ……それってつまり……」

 

「添い寝しろって事だろうな、多分」

 

俺がそう言うと来栖はより一層顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。

 

「は、八幡は…………私と……一緒に……ね、寝たい?」

 

羞恥に顔を染めながらも何処か期待の籠った眼差しで問いかけてくる来栖。

 

はぁ………だから言いたくなかったんだ。

 

こうなる事はなんとなく、予想していた。というか、小町がこうなるように仕向けたんだからわかる。妹の事が理解出来ない兄など存在しないのだぁ!

 

それはさておき、幾ら何でも一緒に寝るのは色々とマズい。ついでに言うとこれをもし見知らぬ人間や何も知らない知人とかが聞けば確実に違う方と勘違いする。いや、勘違いじゃなくてもヤバイけどさ。

 

「……俺はソファーで寝るわ」

 

こればかりは容認できない。小学生ならばいざ知らず、俺達は中学生で多感な年頃なのだ。

 

異性の。それもかなりの美少女でスタイルも抜群の彼女と寝るのはダメだ。俺でなくとも理性が崩壊する。

 

そう言って部屋を後にしようとした時、不意に服の裾を引っ張られた。

 

「……来栖?」

 

「……いじわるな事言ってごめんなさい……………本当は……私が一緒に………寝て欲しいだけなの。だから………お願い。一緒に寝て?」

 

不安そうな表情で上目遣いに問いかけてくる彼女に俺は残念ながら対抗する術を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

彼女の懇願に打ち負けた俺だったが、それでも最後の提案として互いに背中合わせで寝る事を提案した。

 

境界線を作る事もしたかったが、来栖がそれを頑なに嫌がった為にそれは叶わなかった。

 

そうして背中合わせにして布団の中に入ってどれくらいが経過しただろうか。時計は俺の反対側に設置されているため見えず、携帯も机の上に置いているせいで時刻を見ることは叶わない。

 

ここで寝られるほど、図太い神経を持つことが出来ればどれほど幸せか。

 

あいにく、俺は図太い神経を持ち合わせてはいないし、神経も鈍感どころか鋭敏な方だ。この状況を気にせずに寝るという器用な真似はどうにも出来そうにない。

 

それにしても、来栖の方は如何なのだろうか。

 

こうして俺は心臓バクバクで眠ることが出来ないわけだが、来栖の方は特にこれといって反応が見られない。小さな呼吸音は聞こえてくるが微動だにしていないので、寝ているのか、それとも起きているのかの区別ができない。

 

と、ちょうどその時、触れ合っていた背中からその感触が消えた。

 

つまり、来栖が布団から出たのだ。

 

トイレか?それともやはり寝づらかったか。

 

どちらにしてもこれは好機だ。今のうちに眠っておかないと。

 

そう静かに意気込んで意識を沈めようとしとき、再度来栖は布団の中に戻ってきた。

 

但し、背中合わせではなく、俺の背中に抱きつくように。

 

俺の脇腹の下に無理やり腕を通し、上からは俺の腕と脇腹の隙間から腕を通す。

 

そうして俺の胸部に腕を回すと全身を押し付けるようにギューッと彼女は抱き締めてきた。

 

あばばばばばばばッ⁉︎

 

やばいやばいやばいやばいやばいぃぃぃぃっ⁉︎

 

今背中には押し倒された時以上の柔らかい感触がある。

 

それは俺の理性をゴリゴリと削り、眠気を一瞬にして奪い去った。

 

「は、八幡………起きてる?」

 

少なくとも、こんな状況で寝られるはずはありません。

 

「……起きてるぞ」

 

「良かった……ごめんね。八幡が言ってた約束破っちゃって……」

 

「…………別に気にしてない。始めから………なんとなくこうなるとは思ってた」

 

嘘ではない。彼女が境界線を作る事を拒んだときに何処と無くこうなる事は分かっていた。

 

それにあの不安そうな表情。まるで何かに怯えているようなそんな表情だった。

 

だから俺は苦渋の決断ではあったが、肯定せざるを得なかった。

 

リア充の言葉を借りるならば「そんな顔をした女の子を放っておけない」というやつだ。臭い事この上ない。

 

「……理由。聞いてもいいか?」

 

何故一緒に寝ようなどと言い出したのか。いや、そもそも何故泊まる事を肯定したのか。

 

あの時の来栖は妙に意気込んでいた。小町に提案されるまでその気を全く見せていなかったという事は、あの瞬間から泊まる気になったということだ。

 

それに「家に帰れないからしょうがないし、恋人だからアリ」みたいな事を小町は言っていたが、それにしたって同じ部屋で寝るのは論外だ。百歩譲って俺がリビングのソファーで寝て、来栖は俺のベッドで寝るくらいの区別はすべきだ。

 

「……不安……だったから」

 

来栖は腕の力を強めてそう答えた。

 

「八幡は………私の事を好きだって言ってくれた。私も八幡が大好きでお願いしますって言った。でも………でもね?もし、これが夢だったらどうしようって…………目を開けたら自分の部屋で一人だけ寝てて、全部が私の勝手な夢物語だったらどうしようって………そう思ったら、怖くて怖くて………不安がどんどん大きくなって、こうして八幡が此処にいるって…………これは夢じゃないんだって言い聞かせないと………もし、夢だったら、私はもう……壊れちゃうかもしれないから………」

 

未だに実感が湧いていないのは俺だけではなく、彼女も同じだった。

 

間接的に自分が原因で一時的に入院する事になった俺。

 

俺と関係を絶つ事で俺を救おうとした彼女はまだあの時の呪縛から抜けきっていないのだ。

 

目が覚めた時に彼女は自分が一人だけという状況に耐えられない。

 

俺は彼女に救われた。

 

裏切られ続けるだけの人生ならば信じる必要などないと断じた俺の心を変えてくれた。誰も信じられなくても、自分だけは信じるとそう俺に誓ってくれた。

 

けれど、その彼女を俺はまだ救いきれてはいなかった。

 

新たに関係を築けば過去の関係を無効に出来るなどという考えが浅はかだった。現に彼女は今も俺が告白し、恋人同士になったという現状に実感が湧かず、ひょっとしたらこれは全部夢なんじゃないか?と疑問を抱いている。

 

だからなのかもしれない。彼女が妙に大胆に、まるで悔いが残らないようにしているかのようにあれだけ迫ってきていたのは。

 

「……来栖。トイレだ、少し離してくれ」

 

「…………うん」

 

少し間を置いた後、離してくれた彼女を俺は布団の中で身を反転させ、今度は俺の方から強く強く抱きしめた。

 

「八幡………?」

 

「悪いな。気付いてやれなくて」

 

彼女の笑顔は本物だった。少なくとも、こうして寝るまでの間、彼女は本当に幸せそうにしてくれていた。

 

だが、それは巨大な不安を押し殺すためにそれ以上の安心を持って打ち消していただけだ。

 

だから心の底から笑っていても、きっと頭の片隅にはずっと不安がチラついていただろう。

 

来栖は俺を救ってくれた。ならば、俺も救わなければならない。他でもない、来栖茜の恋人として。

 

「これは夢じゃない。俺は今こうして此処にいて、お前を抱きしめてる。俺もお前と同じで、未だに実感が湧いてこない……けど、それでも現実なんだなって何処か頭の片隅で理解してる。色々と都合が良すぎて、人に話したら、ご都合主義過ぎて信じてもらえないレベルだが、それでも俺達は……お互いに好きだってそう通じ合ってる。俺にはお前がどういうものを求めているのかがまだわからない。もしかしたら、こういう状況だし、キスかそれ以上を求めてるのかもしれん。だが、わからなくても、お前が不安で不安で仕方ないって言うなら、こうしてやるくらいには鈍くない………と思う。なんつーか、上手くは言えないんだがな。お前が次に起きても、その次も、その次も、残念ながら俺はお前の恋人で、その事実は消えん。例え消したくてもな」

 

まぁ、元くらいはつくかもしれないがな。今日がエイプリルフールでもない限り、俺が来栖と恋人であったという事実は絶対に消えない。そんなに簡単に消せるのなら、元カレや元カノと再会した時にあんな気まずいみたいな事を言ったりはしないだろう…………ネットで。

 

「あ、あはは………もう……八幡はズルいなぁ…」

 

来栖はするりと腕を先程のように回すとまたギュっと抱きついてきた。

 

「分からないとかいって………私がして欲しい事をしちゃうんだもん。言い方だって………あんな持って回したような言い方して………一瞬何を言ってるのかわからなかったけど、わかったら、また八幡の事好きになっちゃったよ……」

 

「嫌か?」

 

「ううん………すっごく幸せ。ありがとう………大好き八幡」

 

そういった後、彼女は俺の胸に顔を埋めながら、静かに寝息を立て始めた。

 

このまま寝るのかよ………と突っ込みたいところではあるが、それが彼女の望みならば彼氏として答えてあげるのが責務というものだろう。彼女が起きた時に現実を実感させる役割を果たさければいけないのは俺なのだから。

 

すっごく幸せ……か。

 

俺みたいな人間が誰かを幸せに出来るなんて半日前までは夢にも思っていなかった。

 

けれど、そう言ってくれた人は俺の腕の中にいて、その人は俺を幸せにしてくれるといった。なら、俺も幸せにしてあげるのが当然の義務だろう。

 

「俺も幸せだよ。サンキューな………茜」

 

普段なら気恥ずかしくて、面と向かって言えたものではないが、今はなんとなくその場の勢いで言えた。

 

そうして俺達は互いの存在を確認し合うように抱きしめ合ったまま、眠りについた。

 

翌日。朝早くに起きた小町がその俺達の様子を写真に収めていて、騒ぎになったのはまた別の話。




とまあ、今回で告白兼お泊まり会は終わり。

なんとなく八幡ぽくなかったかもしれません。特に最後のあたり。

次回は二人が付き合ってる事を周囲が知る回。割と皆さんが期待している回なので頑張りたいと思います!

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