人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ   作:幼馴染み最強伝説

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都合のいい手段は案外残されている。

翌日から川崎沙希更生プログラムはスタートした。

 

放課後に奉仕部の部室へ集合したのは、相談を受けた俺、茜、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚の五人。

 

三人寄ればなんとやら、これだけ毛なみの違う人間が集まれば、そこまで難しいことはないだろう。

 

部活停止期間中は、どうやら生徒会と休みで放課後の校舎に残っている人は多くない。俺達の他に自主的に校内で勉強している連中と、遅刻指導で呼び出しを食らっている川崎くらいだろう。

 

本来なら船橋も残ると言っていたのだが、川崎弟の話が本当の場合、もし船橋がいた場合、話がこじれる可能性もある。

 

「少し考えたのだけれど、一番いいのは川崎さん自身が自分の問題を解決することだと思うの。誰かが強制的に何かをするより、自分の力で立ち直った方がリスクも少ないし、リバウンドもほとんど無いわ」

 

「そりゃそうだな」

 

それは不良に限った話では無い。自分の行いを他人にあれこれ言われるのはやはり腹立たしいものである。例え、親しい人間だとしても、それはあまり変わらない。例えるなら親に勉強しろって言われて、「今やろうとしてたのにー!」と言い返すアレだ。元々やる気も無いのに、一層反発してやってやらないという気持ちが生じる。

 

「で、具体的にはどうすんだ?」

 

「アニマルセラピーって知ってる?」

 

「動物と触れ合うことでその人の心を癒す…….っていう治療法の事だよね?」

 

「ええ。元々川崎さんは真面目で優しい人間と大志くんは言っていたのだし、効果的と思うのだけど……」

 

「それはいいが、アニマルは何処から調達するんだ?」

 

「それなのだけれど……、誰か猫を飼っていないかしら?」

 

雪ノ下の問いに戸塚はふるふると首を振って答える。最早、戸塚に猫耳つけさせたら、アニマルセラピーになるんじゃ無いかと思った。茜?アニマルセラピーじゃ済まねえよ。

 

「でも、川崎さんって猫アレルギーらしいよ」

 

「そうなの?」

 

「うん。船橋が教えてくれたんだ」

 

「じゃあ、犬はダメなの?うちは犬ならいるけど」

 

由比ヶ浜がそう言うと、雪ノ下は首を振る。

 

「犬はダメよ」

 

「なんでだ?別に大差無いだろ」

 

「私が苦手だからよ」

 

あまりにもあっさりと雪ノ下は言い放った。

 

こんなことを言うのはなんだが、雪ノ下のようなタイプは科学とかでは説明できないようなもの以外は余裕なタイプだと思っていたし、なんなら犬なんて目だけで躾けちゃうとすら思っていたので驚きだ。

 

ともかく、アニマルセラピーはダメ。

 

他の手段となった。

 

「じゃあ、平塚先生はどうかな?ご両親だと近すぎるから言えないこともあるけど、他の大人なら、言えることもあると思うんだ」

 

おずおずと手を上げて戸塚が言う。

 

不安げな声音とは裏腹に、内容はとても正当なものだ。確かに親が相手だから言えないこともある。

 

第三者……特に教師なら親と同じくらいに人生経験が豊富で頼り甲斐のある大人なので一肌脱いでもらうのに適している。

 

「でも、平塚先生だしなぁ……」

 

不安要素はそこにある。

 

あの先生。基本的にいい先生なのだが、はたしてあんな痛々しい大人を大人と呼べるのだろうか?完全に少年心を忘れなさすぎて極めてしまった人みたいになっている。

 

「平塚先生は生徒からの信頼は厚いから、私は大丈夫だと思うよ?先生が生徒に対する関心が高いこともあるけど、先生と生徒の心の距離が近いのもあるんじゃ無いかな。それに奉仕部の事も考えたら、平塚先生以上の適任者っていないと思うし」

 

あー、確かに近いな。精神年齢が。

 

「ところで、平塚先生の連絡先は誰か知ってるのか?」

 

全員を見渡して聞くが、全員が頭を横に振った。

 

割といい案だったのだが、そもそも連絡を取れないというそれ以前の問題が発覚した。

 

おまけに平塚先生は生徒指導の先生だ。なら、川崎と今お説教タイムに入っているから、直接呼びに行くのはダメだ。……となると、この案もダメだな。

 

「やっぱりバイト先に行った方が良いんじゃない?ほら、バイトだと休憩時間とかあるし、その時に話せば良いじゃん!」

 

「由比ヶ浜、お前……」

 

「え?なになに?あたし何か変な事言った?」

 

「普通な事も言えるんだな」

 

割と衝撃的だったのでそう言うと、由比ヶ浜は一瞬ポカンとして……。

 

「ひ、ヒッキー馬鹿にしすぎ!」

 

しばかれた。

 

「八幡、さっきのは言い過ぎだよ……。由比ヶ浜さんもちゃんと受験合格して入学してるんだよ?……多分」

 

「ええ。発言がアレなのはともかくとしてね」

 

「茜ちゃんもゆきのんも酷い!?」

 

仕方ない。由比ヶ浜のアホの子加減は天元突破し、最早常人では理解不能の域に達している。

 

バイト先……確かエンジェルがどうとかっていうところだったな。こう、名前からしてアレな。

 

とはいえ、そのバイト先とやらに思い当たる節のある人間はこの中にいないだろう。提案者である由比ヶ浜がバイトをしていたというのは部活中に聞いた事がないし、茜は生徒会、戸塚は部活動、雪ノ下は全く縁がない人間だ。そしてかくいう俺も。

 

そうなると後は普通にバイト先の名前を調べて、直接赴くほかない。

 

由比ヶ浜の提案自体は悪くないのだが、あまりバイト先に押しかけるのはよろしくない事。下手をすると川崎沙希の反感を買いかねない。

 

しかし、バイト中なら逃げられないという利点もある。その他だとさらりと流されてジエンドという可能性がある。

 

「失礼つかまつる……んむう?」

 

なんとも古風な言い回しで入ってきたのは、実に面倒くさいやつだった。今来るなよ。部活動の活動停止期間知らないの?

 

「うわ……」

 

由比ヶ浜が露骨に嫌そうな顔をした。顔はともかく「うわ……」はやめてあげろ。俺も同じ気持ちだけど、それだと聞こえてると本人泣くぞ。

 

「材木座くん?どうしたの?」

 

「もふん。実は新しく原稿を書き上げてきたので読んでもらおうと思ってきたみた次第……しかし、これは一体どういう集まりでーー」

 

「奉仕部の活動だ。だから、お前の原稿は見てやれん。悪いな」

 

別段、悪く思っていないし、雪ノ下や由比ヶ浜はホッとしているが、それはそれ。嘘は言っていない。

 

「これはしたり。では、八幡よ。我も力を貸そうではないか。いや、何。遠慮する事はない。主と我の関係を思えば、これぐらい瑣末な事よ」

 

何故か頼んでもいないのに材木座が手助けに来た。

 

いや、お前いても意味ないから。寧ろいると心にダメージ負っていくだけだよ?

 

「して、何の話を?」

 

「えーと、ね。実は……」

 

別に教える必要はなかったのだが、流石は茜に次ぐ二人目の天使戸塚は時々妙な返事をする材木座に怯えながら、全てを話した。

 

そして全てを聞き届けた時、材木座はより一層うざったらしい声をあげて、高笑いをした。

 

反射的にぶん殴りそうになった。いや、ウザすぎてつい、ね?

 

「なんだよ。何が面白いんだ」

 

材木座ではないが、怒りに疼く右拳を鎮め、苛立ちまじりに問いかける。

 

「いや何。ついに我が活躍する時が来たようだ、と思っただけの事よ。やはりヒーローは遅れて登場……」

 

「能書きはいいわ。心当たりがあるのなら、さっさと吐きなさい」

 

「あ、はい……」

 

睨みつけるように言う雪ノ下に、材木座は直ぐに素に戻った。相変わらず弱えなぁ……。

 

携帯を操作し、材木座はこれ見よがしに画面に表示されたページを見せてきた。

 

「……メイドカフェ……えんじぇるている?」

 

由比ヶ浜が首をかしげながら、その名前を復唱する。

 

……この時点で既に展開は読めたような気がするが、一応何故ここだと思ったのか、理由は聞かなければならない。

 

「……材木座。さっきの話を聞いて、ここが川崎のバイト先だと思った理由は?」

 

「るふん。何を当然の事を聞く八幡よ。ツンツンした女の子がメイドカフェで密かに働き、『にゃんにゃん♪おかえりなさいませ、ご主人様……って、なんであんたがここにいんのよっ!?』は最早宿命であろう?」

 

眼鏡をキラリと光らせて言う材木座は真性のバカだった。

 

確かに川崎のキャラは話で聞くと、そんな感じにとれなくもないが、俺にはわかる。あいつがメイドさんなんてやってる日には『あ?もう帰ってきたの、この穀潰しが』みたいな事を言われそうな気がする。そしていつしかそういう特殊な性癖を持つ人間が集められるオチしか見えない。

 

……だが、この材木座の妄言もそこまで捨てたものじゃないのは事実だ。

 

「よし。今のでわかった。そのメイドカフェとやらはフェイクだ。もう一個の方に、おそらく川崎はいる」

 

「え?でも、材木座くんが言う事も否定できないよ?」

 

「茜……残念だが、川崎はそんなテンプレキャラじゃないんだ……」

 

「なん……だと……っ!」

 

そんな馬鹿な、と茜は驚いた様子で言う。時々思うが、茜の感性もずれているところがある。そして材木座がいると少し酷くなるから、今度からは無条件で材木座を排除しよう。

 

「確証はあるのかしら?」

 

「あるわけじゃないが、確率論で考えるとこっちの方が高い。問題があるとすれば……」

 

今度は俺が携帯で調べて皆に見せる。

 

エンジェルの名を冠するもう一つの店。

 

ホテル・ロイヤルオークラの最上階に位置するバー『エンジェル・ラダー天使の階』。

 

千葉市内で朝方まで営業している店だという事も鑑みて、川崎のバイト先がここである可能性は最も高い。後、材木座の言う通りである可能性を考慮したくない。

 

問題があるとすれば、それはここがバーだということ。

 

こういう場所はものにもよるが、ドレスコードが存在するのだが、ホテル・ロイヤルオークラの最上階ということは十中八九、ドレスコードはある。

 

ましてや、大人数で詰めかけるのは論外だ。そういう場所ではない。

 

そんな俺の意図を察してか、茜が言う。

 

「これだと……二、三人で行った方がいいかも。大勢で行くと、一緒に行動できないし」

 

「そうね。そうなると……適任なのはあなたたち二人ね」

 

そう言って雪ノ下が指さしたのは俺と茜。

 

「「え?」」

 

疑問の声を上げると、雪ノ下が嘆息する。

 

「何故疑問を持つのかしら……あなたたちは恋人同士でしょう?なら、自然にそういう風に振る舞えるはずよ。それとも、普段は人に見せられないような事でもしているの?」

 

「そ、そんなことないよ!た、ただ、こういうところにはあんまり縁がなくて……」

 

茜の言う通り、普通の学生なら、まずこんなところに縁なんてない。

 

しかし、茜の心配をよそに雪ノ下は続ける。

 

「安心して。一日もあれば、必要最低限のルールくらいは身につけられるでしょう?」

 

「は、え、何が?」

 

流し目でこちらを見る雪ノ下に、俺はただ疑問の声を上げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の午後十時頃。

 

俺と茜はホテル・ロイヤルオークラの前にいた。

 

服装は親父のものを借りて、小町にコーディネイトしてもらった。茜も、雪ノ下の私物を借りて、化粧品なんかもしてもらったそうだ。なので超かわいい。マジ女神。

 

改めてホテルの前に立つと、その大きさに少したじろぐ。建物を照らす光にまで高級感が漂っていた。明らかに一介の高校生が入っていいようなものじゃない。

 

それでも、内心のドキドキを見た目には出さない。感情を表に出さないのは得意であるし、昨日の一日と、つい一時間ほど前まで雪ノ下の監督下で、俺と茜は色々と詰め込まれた。

 

なので中へ入ってすぐに足元の感触が違うことにも、ラウンジにいるマダムやダンディも、ちらほらと歩く外国人の姿にも動じない。

 

「……なんだか、こうしてると私達も偉い人みたいだね」

 

「……少なくとも、今はそうだろ」

 

エレベーターに乗り込み、最上階を目指す。

 

珍しく、俺たちの間に会話がないのは、緊張しているからだ。

 

ここに雪ノ下がいれば、幾分か余裕があったかもしれない。一人暮らしに高級マンションに住んでいるぐらいだ。余程のブルジョアジーだろう。

 

エレベーターはガラス張りで上へと昇るにつれて、東京湾が見渡せるようになった。航行する船の灯りと湾岸部を走る車のテールランプ、高層ビルの絢爛たる光が幕張の夜景を彩っている。

 

最上階に着くと、再び扉が開く。

 

その先には優しく穏やかな光。蠟燭の灯りのように密やかで、ともすればくらいとすら感じるバーラウンジが広がっていた。

 

二人揃って、ごくりと息をのむ。

 

庶民にとしては踏み入れてはいけないオーラに圧倒されているのだが、刷り込まれたことが功を制したのか、自然と背筋は伸び、顎を引いて、きびきびとした足取りで歩いていた。

 

右肘にほっそりとした形のいい指がきゅっと絡みついている辺り、茜も気圧されてはいるものの、雪ノ下の教えが刷り込まれているらしい。

 

開け放たれた重そうな木製のドアをくぐるとすぐさまギャルソンの男性が脇にやってきて、すっと頭をさげる。

 

人数や煙草の有無は聞かれない。そのまま、男性は一歩半先行し、一面ガラス張りの窓の前、その中でも端の方にあるバーカウンターへと俺と茜を導く。

 

そこにはきゅっきゅっのグラスを磨く、女性のバーテンダーさんがいた。

 

すらりと背が高く、顔立ちは整っている。このほのかな照明が灯る店内では、憂いを秘めた表情と泣きぼくろがとてもよく似合っていた。

 

……ていうか、川崎なんですが。

 

学校で受ける印象とは違い、長い髪は纏め上げられ、ギャルソンの格好をし、足音も立てずに優雅な動き。気怠げな感じはしない。

 

川崎はコースターとナッツを静かに差し出し、こちらに意識の焦点を合わせると……眉をピクリと動かした。

 

「……なんで、あんたがここにいるわけ?」

 

「まあ、色々と成り行きでな」

 

「はあ?」

 

「ともかく気にすんな。身の上話が出来ないのはお互い様だ」

 

十時を過ぎても、なお川崎が働けているのはおそらく年齢詐称をしているからだろう。ここに入るのにも、流石に高校生二人だけ、というのはダメだろうからお互い様だ。川崎もその辺はわかっているらしく、「何飲むの?」と聞いてくるだけだった。

 

「「じゃあ、MAXコーヒーで」」

 

綺麗にシンクロした事に少し川崎が目を丸くしたが、すぐにその準備を始める。

 

「そこのあんた。副会長でしょ。まさかと思うけど、デートしに来たってわけ?」

 

「うん。それも兼ねてるの」

 

それは初めて聞きましたよ、茜ちゃん。

 

「……ふーん、意外だね」

 

本当に意外そうに川崎は言った。いや、言いたい事はわかる。茜のレベルを持ってすれば、俺よりも相応しいと思える人間は他にもたくさんいるだろう。だが、所詮それは外野の意見だ。

 

「最近、帰るのが遅いんだってな。このバイトのせいとは言わんが、弟が心配してたぞ」

 

「そんな事言うためにわざわざ来たの?ごくろー様。あのさ、大して親しくもないあんたにそんな事言われて、私がどうこうすると思ったの?」

 

「違いない。俺も依頼って言ってもここまでする気は無かったんだがな……もう一人、お前の事が心配で依頼しにきたやつがいたんだよ……っていったら通じるか?」

 

「まさか……八千代の事言ってんの?」

 

「ああ」

 

「……あいつが何言ったかしんないけど、妙な詮索しないで。あんた達には関係ない事なんだから」

 

キッと俺たちを睨みつけてくる。関係ない奴はすっこんでろ、という意思表示か。言葉でも言っている分、迫力がある。

 

「そうしたいのは山々なんだが……そういうわけにもいかん。船橋に脅されてるんでな」

 

「は?何言ってんの、あいつがそんな事するわけないでしょ。あいつの上辺だけ見て、そういうでまかせいうの、やめてくれる?」

 

先程よりも、より一層苛立ちを募らせた声音で川崎は俺を睨みつけた。それだけでもわかる。川崎大志が言っていた事が本当である事が。

 

「……八幡。船橋くんの事は……」

 

「わかってる」

 

茜も俺の話した事に疑問を抱いているらしい。それもそうだ、何せさっきのあれは真にでまかせだ。

 

しかし、ここは引けない。

 

あまり褒められた行為ではないが、その想いを利用させてもらおう。

 

そう思って、次の言葉を告げようとした時、ぐいっと顔を横に向けさせられ、口を塞がれた。

 

それは一瞬の出来事であったが、すぐに茜がキスをしてきたのだとわかった。

 

「茜、いきなり何を……」

 

「八幡。それはしちゃダメだよ。川崎さんのためにも、船橋くんのためにも、八幡のためにも。それだけはやっちゃダメ。わかった?」

 

優しく諭すように言う茜に俺は呆気にとられたまま、頷くだけだった。

 

「ごめんなさい、川崎さん。八幡って、不器用だから。こういうやり方になっちゃって」

 

「……別に気にしてない。八千代がそんな奴じゃないって、私は知ってるから」

 

「ふふ。好きなんだね、船橋くんの事」

 

「な、何言ってんのよ!?あ、あたしは別に……あいつには昔から世話になってて……あたしのためにいろんな事してくれて……借りがあるってだけで」

 

「そう?じゃあ、私の勘違いかな?」

 

見透かしているとばかりにそう言ってのける茜に川崎は低く唸った。

 

川崎。残念だが、ここからは茜のターンだ。あの雪ノ下でさえも敵わない。まさしくジョーカーの出番だ。

 

「別に無理に言わなくてもいいよ。誰かを好きって他の人に言うのには勇気がいるから。それにその人に迷惑をかけたくないから、無理をしちゃうのもわかるよ。私もそうだったから」

 

そう言う茜の脳裏には一体どんな光景が浮かんでいるのだろうか。

 

あの時、俺に別れを告げに来た時なのか。それとも、それ以降の事なのかはわからない。

 

「だから、私達は無理に川崎さんにアルバイトを辞めさせようなんて思わないし、船橋くんは上手く説得するよ。ちょっとだけ捻くれてるけど、八幡はそう言うの得意だから、ね?」

 

「捻くれてるは余計だけどな。まあ、説得っつーより、言いくるめるって言った方が正しい」

 

それに船橋がいい奴であろうことは川崎の依頼が来た時からわかっていた事だ。ある程度、事情を話せば、船橋は身を引くだろう。

 

「……いいよ。別にあんた達がそう言う事しなくても。私から、大志にも八千代にも言う。言うつもりはなかったんだけど……あいつらが知る必要はないし」

 

「その事だけどね、川崎さん。川崎さんは普通にアルバイトしなかったの?」

 

「は?そんな事、教える必要ないし」

 

「そうか。じゃあ、当ててやる。学費だろ。それも大学の」

 

俺が投げかけた言葉に川崎は唇をきゅっと噛みしめる。

 

川崎は昔から真面目でいい子だったという弟のお墨付きがある以上、遊ぶ金である可能性は低い。かといって、この歳で借金もありえないだろうし、そうなると可能性が高いのは大学だ。

 

うちの高校は大半の生徒が進学を希望し、また実際に進学する。したがって、高校二年の今辺りから受験を意識するものも少なくなく、夏期講習については真剣に考える奴もいる。

 

そして川崎もまた、その人間の一人なんだろう。

 

金銭の問題は高校生にとって、かなりシビアだ。

 

なまじっか、アルバイトで金を稼げてしまう分、よりリアルにそれを感じる。私立大学の学費ともなると数百万というのが一体どれほど働ければ手に入れられるのか、計算できてしまう。

 

ここでぽーんと大金を渡せればかっこいいが、あいにくそんな大金はないし、それは奉仕部の理念にも反する。

 

「このままアルバイトやって学費稼いでも、その代わりに成績落としたら、結局本末顛倒だ。何の意味もない」

 

「……じゃあ、どうしろっていうつもり?私はこれ以上、八千代に迷惑かけたくない。多少、成績が落ちても、アルバイトを辞めるつもりないから」

 

「そうだな。でもな、川崎。アルバイトを今よりも楽なものにしつつ、かつ学費の問題を成績でカバーできる都合のいいシステムがあったとしたら……どうする?」

 

俺の問いかけに川崎は何を言ってるんだと言わんばかりに、疑問の視線を投げかけてくる。

 

その反面、茜は気づいたようにその手があったかと手をポンと叩いた。

 

「なあ、川崎。スカラシップって知ってるか?」

 

 

 


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