人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
茜から船橋と川崎の話を聞いた日の翌日。
俺は実に一年振りの遅刻をすることになってしまった。
昨日は夜遅くまで考え事をしていたし、今日は偶然にも小町は中学の、茜も高校の生徒会が今日に限って朝早かったらしく、起こせないとの旨を聞いていた。その為に起きたのは九時半。見た瞬間に諦めた。
しかし、それに関してはどうでもいい。遅刻なんて人生に一度や二度くらいはあっても支障はないし、なんなら百あってもお先真っ暗なことにはならない。
いやなのは、授業中に教室の扉を開けて入っていくことである。
あの一斉に向けられる物言わぬ瞳と、入った瞬間に訪れる静寂。そして「誰あれ?」と言わんばかりの視線。おい、クラスメイトの顔くらい覚えとけよ。
などと心で愚痴っているうちに、俺は教室の前にたどり着いてしまった。
扉の前で深呼吸。心を無にして扉に手をかける。クールだ。何も考えず、そして何も見ず、向けられる視線なんてものは全て受け流す勢いだ。
からりと開かれた扉。
予想通り物言わぬ瞳がこちらに向けられ、教室内に静寂が「ヒキタニくん、遅刻だべー!」なに?
無にしていたはずの心が想定外の事態に有に戻り、反射的に声のした方を見た。
「ヒキタニくんも遅刻するんだなぁ。俺なんか無遅刻無欠席の皆勤賞を更新中だから!」
戸部ェェェェ!
やたらテンションの高く、聞いてもいないことをこの場違いな空気で言い放ったのはやはりというかなんというか、戸部だった。
これが葉山に対してなら皆も口々に何か言っては現在の科目担当の平塚先生が「静かに」といって終わるんだろうが、俺に関して言えばなんかひそひそ話をされる始末。強いて言うなら、戸塚、由比ヶ浜、後葉山がこちらに手を振ってくるだけだ。
無駄に目立ってしまった……学校に来た途端に急に疲れがきて、思わず溜息をついてしまった。
だが、席へ着いた途端に追い打ちをかけるように平塚先生の声がかかった。
「比企谷。授業が終わったら私の元へ来るように」
教卓を拳でこつこつと叩きながら、平塚先生はそういった。
「はい……」
……詰んだな。おまけに授業が終わるまで後十五分しかない。
そして、無情な事にこういう時間は早く過ぎ去るものだ。俺は授業そっちのけで「遅刻の言い訳百選」を考えているうちにチャイムが鳴り響く。
「では、本日はここまで。比企谷はこちらに来たまえ」
先生にちょいちょいと手招きをされて、逃げ出したくなるような気持ちを抑えて、俺は前へと向かう。
「さて、一応言い分を聞こうか。あまりふざけた言い訳をすると、私もそれ相応の処分を下さねばならないから注意してくれよ」
腕組みをして、こちらを睨む先生。どうやら遅刻などにはお厳しいようで。
「え、えーと、世間には重役出勤という言葉があるじゃないですか。つまり、エリート志向の強い俺は今から重役になったときの為の予行演習をですね……」
「比企谷……そこまで私の拳を喰らいたいか?」
「すみません。ちょっと依頼のことで遅くまで考えてました。お願いだから殴らないで!」
咄嗟に出た苦し紛れの言い訳はあっさり覆し、本当の事を言った。そしてよくよく考えれば、初めから本当の事を言っていれば何も問題はなかった。
「全く……始めからそう言っていれば良いんだ。……そこまで大きな問題かね?」
「いえ、大きくはないんですけど、困った部分がありまして……」
と、その時、先生が待ったと手でジェスチャーをして、後方に視線を向けた。
「川崎沙希。君も重役出勤かね?」
「……」
気だるそうな声。
後ろから歩いてきたの少女は実に眠そうな表情にもかかわらず、目つきが妙に鋭い。睨まれたら思わず土下座しそうになるかもしれない。髪も淡く染められているし、服装もそれなりに着崩している。見る人によるが、不良認定される可能性は高いだろう。
おまけに平塚先生は声をかけたものの、川崎と呼ばれた女子は頭を下げるだけだった……うん?川崎?
ふと名前に引っかかるが、なんてことはない。
彼女は先日依頼人である船橋八千代が身辺調査を訪ねてきた件の生徒なだけだ。そして専ら俺の遅刻の原因保持者でもある。
……一つカマをかけてみるか。
「先生。さっきの話なんですけど」
「ああ。で、困った部分とは何かね?」
「それが船橋八千代ってのが来たんですよ」
川崎に明らかに聞こえる声で俺は船橋の名を口にした。
反応次第であの二人の関係性が垣間見える。
無反応なら下手をすると船橋がストーカー紛いの可能性があるので、願わくば何かしらの反応を……ひいっ⁉︎
何かしらの反応どころか、めっちゃ睨んでるんですけどこの人!
「そ、そそそそれでででしゅね。にゃにか悩み事がありゅみたいなんですよ」
やっべ。怖すぎて噛みまくった。睨み殺されそうな勢いだ。
しかし、俺がそう言うと川崎はほんの一瞬だけ心配そうな表情を浮かべて、踵を返して、席に着いた。
危うく睨み殺されるところだった……。変なことはするもんじゃないな。
「ほう。船橋がか……それが川崎と何か関係が?」
「え?」
「君は芝居が下手だな。あれだけ露骨ならわかるよ。船橋と川崎か………また随分と変わった依頼人のようだ」
「……まぁ、変わってはいますよね」
「ふむ。その様子だと、あの二人のことは知っているようだな、比企谷」
知っているというほどではない。
昨日、茜から聞いただけだし、何より俺の勝手な憶測も入ってるので、それを知っていると表現していいものかどうか。
しかし、船橋と川崎、思った以上に関係性は浅くなさそうだ。
四限目のホームルーム。
葉山が自らの運命を決定付ける選択をした翌日は奇しくも班決めの最終日だった。
教室の黒板には、クラスメイトの名前が羅列されていて、それぞれ三名ずつ一塊になって書かれたそれらは職場見学のグループを表している。
前から言い交わしている人間達は、黒板の前まで行きら自分達の名前を書き始める。
俺はといえば動かざること山の如しと、かの武田信玄のありがたいお言葉に因んで動かない。
最終的に情勢が移り変わって、ぼっちか二人組しか作れなかったやつの所に自然に入っていくスタイルだ。それまではこれの百八ある特技の一つ、狸寝入りを使う。
すると、俺の方が優しく揺すられた。
華奢な手は服を通してでもその柔らかさを感じさせる。
「は、八幡」と俺の名前を呼ぶ声は一瞬茜を連想させかけたが、それとは違う声であることでその思考を振り払う。
「……戸塚か。どうした?つーか、今名前で呼ばなかったか?」
俺が尋ねると、戸塚は体操服の裾をぎゅっと掴み、上目遣いでたどたどしく喋り始める。あー、この子もつくづく男心くすぐるよね……男だけど。
「と、友達だし……や、やっぱり名前のほうが良いかなぁ……って。それで、ね?グループ分けの事、だけど……」
友達だから……か。うん。言われて悪い気はしない。寧ろ爽快な気分である。未だにぼっち生活の長かった俺からしてみれば「友達だから」という言葉は釣るための餌に聞こえなくもないのだが、戸塚はそういう事は無いので安心できる。
「戸塚はもう決めてたんだよな。俺はまだ決まりそうも無い」
まだどころか終了するまで決まらないまである。
俺は体を伸ばすと同時に他のぼっちと仮初めのグループを作らなければと思い、教室内を見渡す。ぼっち同士で組めれば幸いなのだが、出遅れてしまうと俺のせいで元々仲の良いグループをぶち壊してしまいかねないので、早急に見つける必要がある。
あぶれ者を探すために黒板に書かれた名前をチェックした時、ちょうど今まさに名前を書いているグループがあった。見覚えのある三人組。戸部、大岡、大和の三人だ。
三人は名前を書いた後、互いの顔を見合って少し照れ臭そうに笑った。そこに葉山隼人の名は無い。
彼らの様子を見ていると、不意に声をかけられた。
「ここ、いい?」
「良くねえ……つっても座るだろ」
そいつは俺の返事を聞くでもなく、戸塚の隣に座る。いきなり現れた来訪者に戸塚はおろおろと俺を見る。やべぇ、超可愛い。動画撮って茜に送りたいな。
「おかげで丸く収まった。ありがとう」
そう朗らかに笑うのは葉山隼人。
「別に俺は何もしてねえ」
「そんなこと無いよ。ああ言ってくれてなきゃ、多分今もまだ揉めてただろうし」
葉山はそう言うが、その実俺は特に何もしていない。下手をすると別の理由で揉めてた可能性すらあった。
彼らがもめる原因「葉山隼人と一緒にいたいから」というものを葉山隼人を排除する事で有耶無耶にし、かつ済し崩し的に葉山を除く三人をグループにする。上手くいけば三人ば「友達の友達」から「友達」へとランクアップできる……というのが俺が出した案で、葉山はそれに乗った。
「俺は今まで皆仲良くやれればいいって思ってたけどさ、俺のせいで揉めることもあるんだな……」
「当たり前だろ。それが人間だ」
神でさえも、自分が原因となり争うことがあるというのに、人間にそんなことができるはずが無い。それが叶うのは相手も葉山隼人のような人間であるか、はたまた俺のように一度はぼっちを極めた人間にしか不可能だ。
「それでさ、比企谷。俺はグループ抜けたからまだグループは決まってないんだけど、一緒にどうかな?」
断る……と言おうと思ったが、特に断る理由が見当たらなかった。
いや、葉山自身が嫌だとかそう言う理由でもいいのだが、この状況、下手に拒んでも後が面倒くさくなるだけだ。
「……別にいいぞ。俺も誰とも組んで無いしな」
「え?あ、あの、八幡……僕は?」
葉山の提案に了承すると、戸塚が困ったように言ってきた。なんだ?
「え?戸塚はもう決めてるんだろ?」
「……最初から、八幡と一緒に行くって決めてた……って意味だったんだけど……」
なんという叙述トリック。流石にその展開は読んでなかった。
「えーと、じゃあ、戸塚くんも同じグループって事でいいのかな?」
「ああ。場所の方はもう決めてる」
「わかった」
俺が「行きたい職場」を言うと葉山が黒板に名前とその職場の名前を書く。
そして葉山が職場を書き始めた瞬間ーー。
「あ、あーし、隼人と同じとこにするわ」
「うそ、葉山くんそこいくの?あ、うちも変える変えるぅ!」
「あたしもそこにしようかなー」
クラスの連中が一斉に葉山の周りに集まり、そしてあれよあれよという間に皆が葉山と同じ職場を選び、黒板の名前の場所を書き換え出した。
書き加えられていく名前に埋もれて俺の名前が消え失せていく……が、それに気づいた戸部が「ヒキタニくんの名前が消えてるべ」とかいって、「ヒキタニ」と名前を書いて、こっちにサムズアップした。や、だからヒキタニって誰だよ。
俺の無言のバッシングも意味はなく、最終的にそれでいいかなと諦めの境地だった。
放課後。
依頼は受けているものの、部活動停止期間中であるため、奉仕部の部室には行かず、ついでに生徒会もテストが終わるまでの間は活動を停止しているため、茜と一緒にカフェに寄っていた。
幸い、混み合う前になんとか席にはつけたものの、やはり学生客は多い。考える事は皆同じだ。
因みに他の学生客は大半がテスト勉強の為だとかそういうのだと思うが、こちらは所謂放課後デートに等しかった。
「八幡はテスト勉強は捗ってる?」
「ぼちぼちだな。奉仕部で時間が空いてる時に由比ヶ浜に勉強教えたりしてた分、勝手にテスト勉強してた感じだ」
「あー……結衣ちゃん、ね。今回は大丈夫なのかなぁ」
由比ヶ浜の名前を出すと、茜は心配そうな表情になった。や、だからなんで君達は他の生徒の成績を普通に知ってるの?しかもそこまで深刻なの、由比ヶ浜?確かにアホの子だけども。
「茜はどうなんだ?」
「私もそれなりかな。今回は一位目指して頑張るぞー、って感じかな」
「そういや、前のテストじゃ僅差で雪ノ下に負けたんだっけか」
「うん。だから、今回はリベンジだね。それでね、八幡。お願いが……あるんだけど」
「ん?なんだ?」
「えーと、ね?今回私が勝てたら……ご褒美が欲しいなぁ……なんて」
恥ずかしそうに頬を赤く染めて、はにかむ茜。ここに今天使が降臨した。
「ダメ?」
「いいぞ。何がいい?」
考える時間など必要なかった。昔から
「そ、それは恥ずかしいから、その日に、ね?ここじゃ言いにくいし……あれ?」
もじもじとしながら、視線を横にやる茜だが、唐突に何かに気がついたように声を上げた。
「ねえねえ、八幡。あれって雪乃ちゃん達じゃない?」
茜の指差す方向。
列を成しているレジの方角には確かに雪ノ下と由比ヶ浜、そして戸塚の三人がいた。
そしてこちらが気づくとほぼ同時、並んでいた戸塚が気づき、何やら話をしていた雪ノ下と由比ヶ浜に声をかけて、二人もこちらに気づいたが、由比ヶ浜は俺達の様子を見て、気まずそうな表情を浮かべていた。
しかし、そんな由比ヶ浜の気まずそうな表情もどこ吹く風。茜は手を振って「こっちだよ〜」と三人に声をかけた。
「奇遇ね。あなた達も勉強をしに来たの?」
「大体そんな感じかな。そしたら、雪乃ちゃん達が見えたから」
「え?二人とも、てっきり放課後デートしてるんだと思ってた……」
「あ……僕、悪いことしちゃった……かな」
「バーカ。こんな目立つような場所でデートなんてするわけないだろ」
どうやら由比ヶ浜と戸塚気まずそうな雰囲気を察して茜はテスト勉強をしに来たという体裁にしたので、俺もそれに便乗する。
取り敢えず席を奥に詰めて、俺の隣に戸塚。向かい側に雪ノ下と由比ヶ浜が座る。
「ちょうどいいし、また皆でテスト勉強でもする?」
「それいい!皆頭良いし、これで泣きっ面に蜂だよね!」
「覚えたての諺使いたいのはわかるが、追い打ちかけられてんぞ」
つーか、前は普通に言えてなかったか?正しくは鬼に金棒、または虎に翼だな。
「あ、やっぱりお兄ちゃんだ、茜さんもいる」
と、不意に隣の席から聞き知った声がした。
声の方向を見てみると、いつの間にか、隣に座っていた他校の制服を着た女子グループから、見知った中学校の制服を着た男女に変わっていた……というか、片方は俺の妹だった。
「………お前、ここで何してんの?」
「や、大志くんから相談受けてて」
向かいの席に座っている男子はこちらを見るとぺこりと一礼をする。俺は知らず知らず警戒態勢に入っていた。というか、迎撃態勢に入っていた。
「この人、川崎大志君。お姉さんが不良になったって相談されたの」
何故に小町に相談したのか。
そんな事は決まっている。さてはこの小僧、小町を狙ってやがるな。
兄である俺が言うのもなんだが、小町はもうちょっと頭に栄養回したほうが良かったんじゃないの?というくらいに頭に栄養が回っていない。かといって、茜のようにあちらに栄養が回っているかといえばそうでもないので悲しいところだが、兎にも角にも小町に、姉の事で相談だなんて確実に裏があるとしか思えない。
「どうしたら元のお姉さんに戻ってくれるか相談されてたんだけど……あ、そだ、お兄ちゃん、茜さん。話聞いたげてよ。特にお兄ちゃん」
「そうか。でもな、まずはご家族でよく話し合ったほうが良いんじゃないか?流石に人の家庭に勝手に踏み込むのは良くないと思うしな、うん」
上手いこと綺麗事で丸め込まれてはくれないだろうか。そして早く小町から離れて帰ってくれないだろうか。
「それはそうなんすけど……、最近ずっと帰りが遅いし、姉ちゃん親の言う事全然聞かないんすよ。俺が何言ってもあんたに関係無いってキレるし……」
そういって大志は項垂れる。ふむ、こいつはこいつなりに思い詰めているようだ。
しかし、親の言う事を聞かない、弟の言葉にも耳を貸さないとなるといわゆる反抗期というやつだろうか。しかしながら、ただの反抗期だと俺達にしてやれる事なんてないどころか、何かしようとしても逆効果だと思うが……
「……もうお兄さんしか頼れる人がいなくて」
「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはねぇ!」
「おおっ、頑固親父みたいだね、八幡。ならここで私は「お父さん落ち着いてください」って言った方がいいのかな?」
「茜さん。乗らなくていいわよ。話がややこしくなるわ」
ノリノリで俺のセリフに乗ろうとした茜を雪ノ下が止める。俺達の隣にいた雪ノ下達を見て、小町はハッとして素早く営業スマイルを浮かべる。この子ったら本当昔から外面はいい。
「やー、どうもー。比企谷小町です。兄がいつもお世話になってます」
そう言いながらペコペコと挨拶をする小町と、軽く会釈して名前を名乗るだけに留める大志。
「八幡の妹さん?初めまして、えーと、八幡の友達の戸塚彩加です」
「あ、これはご丁寧にどうもー。うはー可愛い人ですねー、ね、お兄ちゃん?」
「ん、ああ、男だけどな」
「男の子だよね」
「ははー、愚兄はともかく茜さんまでご冗談を」
「あ、うん。僕、男の子、です……」
そういって戸塚は恥じらうように頬を染めて顔を背ける。まぁ、正しくは男の娘。某ラノベよろしく『戸塚』という性別が世間に認知されてもおかしく無い。
「え……ほんとに?」
小町は半信半疑で戸塚の顔をジロジロと眺めるが、戸塚が視線から逃れるために身じろぎをしているので、さっと小町を引きはがした。
「戸塚はどこからどう見ても男に見えんが男だ。それと、こっちが由比ヶ浜で、こっちが雪ノ下な」
「は、初めまして……ヒッキーと茜ちゃんの友達の由比ヶ浜結衣です」
「あ、どうもー。初めま……ん?んー……」
小町の動きが止まった。じーっと由比ヶ浜を見つめ、由比ヶ浜はたらたらと汗を流して目を逸らす。なに、蛇と蛙?というか、何時もの由比ヶ浜ならもっとテンション高めにアホっぽい挨拶をするはずなんだが……。
三秒ほど二人は見つめ合っていたところに声がかかる。
「……もういいかしら?」
律儀に待っていた雪ノ下の声に、由比ヶ浜と小町はそちらを黙って向く。いや、小町の場合は黙るというよりも息を飲んだ、の方が正しいかもしれない。その様子は傍から見るに、目を奪われたように見える。
「初めまして。私も戸塚くんや由比ヶ浜さんと同じく二人の友人の雪ノ下雪乃です」
「おおっ、お兄ちゃんてば綺麗な人達ばかりお友達だね。浮気しちゃうんじゃないのー?」
「しねえよ。する必要性が皆無だ」
このこのと肘で小突いてくる小町にそう返すとわかりきっていたとばかりに「だよねー」と返してきた。なら聞くなよ。
「えっと、大志くん?とは初対面だから自己紹介した方がいいよね。私は来栖茜。雪乃ちゃんに結衣ちゃんに彩ちゃんとは友達で、さっきのでなんとなくわかったと思うけど、八幡の恋人です」
そう言ってぺこりとお辞儀をすると、つられて大志もお辞儀をする。。
「え……と、皆さん、制服からして総武校の人、ですよね?あの、姉ちゃんも総武校の二年で……名前は川崎沙希っていうんですけど、最近不良になったというか、悪くなったというか……」
「川崎沙希。ああ、うちのクラスの人間だな」
「あー。あのちょっと不良っぽいっていうか怖い系の人でしょ?」
俺がそう言うとポンと手を打って由比ヶ浜が答えた。まぁ、怖い系だよな。今朝なんて睨まれてちびりそうになった。
「比企谷くん。川崎さんといえば………確か船橋くんも身辺調査を依頼してこなかったかしら?」
俺達にしか聞こえないような声音で雪ノ下が言う。一応依頼人のプライバシーの為に大志や小町には言わないつもりらしい。
それは俺も思っていたところだ。もしかしたら、船橋は川崎のその素行の悪化の原因について知りたいのかもしれない。
「なぁ、お前船橋八千代って知ってるか?」
「え?八千代さんっすか?知ってるも何もあの人近所に住んでて、昔から世話になってる人っす」
「それって川崎さんとは幼馴染みってこと?」
「あ、はい。そうなります」
茜に問われてたじろぎながらも大志は肯定する。
まぁ、中学生ならこんな天使な高校生に話しかけられたらたじろぐのが普通だよな。俺だって大志の立場ならたじろぐし、なんなら俺に殺意がわくまである。
「船橋くんとはよく交流はあるの?」
「えーと……ですね。よく家に来ますし、妹の面倒を見てくれますし、俺の勉強も見てくれたりします。少し前までは家で姉ちゃんが作ってくれた飯を一緒に食べてました。見た目は厳ついんですけど、滅茶苦茶面倒見良いんですよ」
「へぇ〜、廊下で見た時はなんかすっごく怒ってる感じがするのに……」
「なんか昔よく絡まれてたから、絡まれないようにしてるらしいっす。俺も最近は慣れたんすけど、最初はマジで泣きそうになりました」
「ぼくも……ちょっと共感しちゃう、かも」
言葉には出さないが、俺も多分あんなのと出くわしたら迷うことなく道を譲る。
「あの、八千代さんが何か?」
いきなり話の流れが変わったので大志が問いかけてくる。
とはいえ、真実を話して良いものかどうか。
「船橋くんと川崎さんって、結構仲良さそうだし、もしかしたら何かあるのかもって思って聞いてみたの。だよね、八幡?」
「そうだな。あの二人ってひょっとして付き合ってるのか?」
茜のさりげない話題の方向転換に便乗する。というか、完全に話は変わってしまったが。
「付き合っては……ないっすね。多分、姉ちゃんは八千代さんの事を好き、だと思うんすけど」
「て事は、好きな人にかまって欲しいから、みたいな理由かな?」
「どうでしょうね。結果的に気を引くという事は成功しているけれど、それならもっとわかりやすく、大胆にする方が効率的ね。おそらく、今回の事に船橋くんは関係ないわ」
「ってなると、思いつくのは家庭の事情かな?お姉さんが変わったのはいつ頃?」
「最近……高二になってからっすね。たまに顔を合わせてもなんか喧嘩しちまうし、俺や八千代さんがなんか言っても「関係ない」の一点張りで……」
困り果てた様子で大志は肩を落とす。
「家庭の事情、ね……どこの家にもあるものね」
そういった雪ノ下の顔は今まで見たことがないほどに陰鬱なもので、一瞬目の錯覚かと思うほどに、悲嘆さがにじみ出ていた。
そしてそれに気づいているのは色々な条件も相まって俺だけらしく、大志達は普通に話を続けている。声をかけようとしたら、まるで嘘のように元の表情に戻る。
「それに、それだけじゃないんす……。なんか、変なところから姉ちゃん宛に電話かかってきたりするんすよ」
大志の言葉に由比ヶ浜が疑問符を浮かべる。
「変なところー?」
「そっす。エンジェルなんとかっていう、多分お店なんですけど……店長から」
「それの何が変なの、かな?」
戸塚が問うと、大志は机をバンッと叩いた。
「だ、だって、エンジェルっすよ⁉︎もう絶対やばい店っすよ!」
「え、全然そんな感じしないけど……」
若干引きながら由比ヶ浜はそう言うが、俺と茜はうんうんと頷いていた。
何故なら俺と茜の厨二センサーが反応しているからだ。
因みに俺はエロスの方も反応しているが、そうでなくとも、エンジェルと名前がつくとなんかやばい薬を売ってる店というのが小説ではよくある。なんでエンジェルなのかは知らんが。
恐らくは大志もエロスの方に反応しているに違いない。なかなか見どころのあるやつよのう。
「まぁ、待て落ち着け大志。俺達には全て分かっている」
大志は理解してもらえたことが嬉しいのか、熱くなった目頭をぐいと拭う。
「お、お兄さん……」
「ははは、次お兄さんって呼んだらパロスペシャルな?」
「八幡、パロスペシャルはマズイんじゃないかなぁ………大志くん、両腕がパージしちゃうよ」
死にはしないが死ぬほど痛い。何せ、その当時は禁止令が出るほどに流行った某漫画の技だ。実行出来て痛くないはずがない。
「パロ……なんとかはどうでもいいわ。とにかく、どんなお店であれ、特定が必要ね。その様子だと、帰りはかなり遅いのでしょう?」
「は、はい。五時くらいです」
五時ってもう朝じゃねえか。
そりゃあ心配しない方がおかしいな。そしてなおのことそっち路線の可能性が高くなったな。
「んー、でもやめさせるだけだと、今度は違う店で働き始めるかもよ?」
「ハブとマングースですね」
「……いたちごっこと言いたいのかしら」
ああ、妹よ。頼むから比企谷家の恥を晒さないでおくれ……雪ノ下が思いっきり呆れてる。
「つまり、対症療法と根本療法、どちらも並行してやるしかないということね」
「ちょっと待った。依頼を受けるのはいいが、今は部活停止期間だぞ。いいのか?」
「いいのではないかしら?停止期間に入る以前に受けていた船橋くんの依頼の延長、というものなら」
………まあま、そう言う考え方もありか。
それに部長が許可を出した以上、これ以上言う事はない。
「わかった。取り敢えず、それでいこう」
俺がそう言うと、大志は歓喜の声を上げて高速でお辞儀する。
「は、はい!すんません、よろしくお願いします!」