人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
特別棟の四階、東側。
グラウンドを眼下に望む場所にあるその部室に、俺達は今日もいた。
しかし、本当にいるだけでその実、何かをしているわけではない。しているとしても、それは雪ノ下くらいのものだった。
手助けマンのごとく、困っている人間を救うのではなく、手助けをする事をモットーとしているこの部活動において、俺達が行動を移すような悩みは現状少ないと言える。寧ろ、多いと困る。
それゆえ、手紙にアドバイスを添えて返事をするだけでどうにかなる問題は、雪ノ下と、そして時々由比ヶ浜が内容を考え、相手の気持ちを考えて、平塚先生を通じて渡される。
当然の事ながら、部員ではあるものの、補佐という特殊な立ち位置の俺は雪ノ下と由比ヶ浜がお手上げとならない限り、特に何もしない。基本的にラノベを読むスタイルだ。
とはいえ、由比ヶ浜も雪ノ下の歯に衣着せぬストレートな言葉をオブラートに包むという微妙で、それでいてかなり重要な役割を担っているのだが、それ以外は基本的に安っぽいシャンデリアじみた携帯を弄っている。
と、その時、不意に由比ヶ浜が溜め息をついたのが聞こえた。
「どうかしたの?」
そう声をかけたのは俺ではなく、雪ノ下。
視線は返信用の手紙へと向けられたままではあるものの、雪ノ下もまた由比ヶ浜のおかしな様子に気づいたらしい。或いは溜め息の方に反応したか。
「あ、うん……何でもない、んだけど。ちょっと変なメールが来たから、うわって思っただけ」
「迷惑メールの類いかしら?」
「んー、ちょっと違う。内容がうちのクラスのことだから」
「その反応から察するに、誰かの悪口、といったところかしら?」
「そんな感じ。まぁ、こういうの時々あるしさ。あんまり気にしないことにする」
そう言って由比ヶ浜は携帯をパタンと閉じた。その様はまるで自分の心に蓋をするかのような重々しさがあったが、確かにそういうものは無視するに限るのかもしれない。
「………暇」
メールの内容が悪い方向性であった為か、暇つぶしアイテムである携帯を封じられた由比ヶ浜はだらーっとだらしなく椅子の背もたれに寄り掛かる。
「することが無いのなら、勉強でもしていたら?中間試験まであまり時間も無いことだし」
そう言うものの、雪ノ下には全然逼迫した様子が見られない。滅茶苦茶他人事っぽいが、雪ノ下にとっては中間試験などはルーティンワークの一つなのだろう。俺なんかは一人で黙々とするタイプなのでこういう場ではしないし、茜に教えてもらったりするのもせいぜい数学くらいだ。それ以外は一緒にいると勉強にならない可能性が高すぎるために別々にテスト勉強をしている。
由比ヶ浜とてその事は知っているのか、むむっと少しばかり気まずそうに視線をそらしてもにょもにょと口の中だけで喋る。
「勉強とか、意味なくない?社会に出たら使わないし……」
「そりゃそうだが、社会に出るために必要な要素の一つだ。出た後の事よりも、出るまでが重要っつー事だ」
由比ヶ浜のそれは、バカの常套句ではあるが、その実確かに的を射ている。
普通の社会人なら、まず方程式や化学式なんてものは使わないし、古文や漢文なんて遥か彼方に飛んでいく。必要性の欠片もない事ばかりだが、社会にとって、それらはその人間の優秀さを測る目安である。先程の台詞を由比ヶ浜が言えば「真面目に授業を受けていなかった言い訳」と取られる可能性があるが、逆に雪ノ下のような人間が言えば「努力をした上での結論」となる。例え、二人が同じ努力をした結果でも、あちら側が見るのは『過程』ではなく『結論』なのだ。途中の事など知った事ではないだろう。
「ヒッキーがなんか深い事言ってる………け、けど、高校生活短いし、そういうのにかけてる時間もったいないじゃん!人生一度きりしかないんだよ?」
「だから失敗出来ないんだけどな」
「超マイナス思考だ!」
「リスクヘッジと呼べ」
常にありとあらゆる最悪の事態を想定するのが社会人に至るための第一歩というものだ。目の前の事を見るのも大切だが、先々を見据えて行動するのもまた大切である。もっとも、俺の場合、ヘッジ出来てない部分が要所要所で存在しているので何とも言えないが。
「由比ヶ浜さん。確かに貴女の言う通り、今という時間を有効に活用する事は大切よ。けれど、八幡の言う通り、社会に出るためには必要な要素ではあるわ。それに勉強は自ら意味を見いだすものよ。それこそ、人それぞれ勉強する理由は別のところにあるでしょうけれど、かといってそれが勉強全てを否定する事に帰結するわけではないわ」
まさしく正論である。 それも大人の。
今現在大人になり掛けの者に通じないものではあるが、かっこつけでもなくそう真摯に思っている雪ノ下は、大人のように勉強というものの中に何かしらの意味を見出したのだろうか。
………まぁ、それはともかくとしてだ。
「ゆきのん……」
「何かしら?」
「今、ヒッキーの事、名前で呼ばなかった?」
由比ヶ浜の疑問に奉仕部内が静寂に包まれた。
俺の耳がショート寸前でなければ、確かに雪ノ下はさっき『八幡』と俺を名前で呼んだ。
「…………………気のせいでしょう」
かなり間をおいて、雪ノ下はそう答えた。
ひょっとすると雪ノ下自身も由比ヶ浜に言われるまで気づいていなかったのかもしれない。というか、絶対に気づいてなかったな、あれ。
「大体私が比企谷くんを名前で呼ぶことに何のメリットがあるのかしらいくら友人とはいえそれ以上それ未満でもないのだから本人の希望なく私が下の名前で呼ぶことなんてあり得ないわ仮に呼んだ可能性があるとしてもそれは茜さんが原因であって断じて私の意志ではないわ」
捲し立てるように言う雪ノ下。そして最終的に仮とはいえ認めちゃったよ、この子。
「そ、それはそうと!ヒッキーは勉強してるの!」
かなり無理矢理な方向転換の仕方ではあるが、まぁあれ以上あの話題を引っ張っても意味ないだろう。つーか、恥ずかしいから嫌だ。
「俺は勉強してるぞ」
「裏切られたっ!ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに!」
何を基準にそう思った。失礼過ぎるだろ。
「俺は国語なら学年三位だぞ……他の教科も数学以外は一桁だ」
「うっそ……全然知らなかった……」
因みにこの学校、テスト結果を貼り出したりはしない。本人にひっそりと点数と順位が返ってくるだけであるのだが、一位と二位の見当はつく。毎度毎度一つ上で激戦を繰り広げているのは当然のごとく、雪ノ下と茜しかいない。
「もしかして、ヒッキー頭いいの?」
「上の中、というところね。数学が足を引っ張っているのよ」
「……何故お前が答えたかは最早問わん」
なんで知ってるのかを問うたところで意味はない。某物語の委員長よろしく知ってる事を言っているだけだ。ただ、知っている事がやたらと多いだけで。
「うぅー。あたしだけバカキャラだなんて……」
「そんな事ないわ、由比ヶ浜さん」
「ああ、俺も同感だ」
冷静な声ながらも温かみのある表情をする雪ノ下の瞳には確信の色があった。おそらくは、俺と同じ事を思っているのだろう。
「貴方はキャラじゃなくて、真性のバカよ」
「お前のはキャラじゃねえ。本物のバカだ」
「二人揃ってバカって言った!うわーん!」
ぽかぽかと雪ノ下の胸元を叩く由比ヶ浜。そして俺には消しゴムを。避けると可哀想なので敢えて直撃してやった。なんでこういう時だけ精度高えんだよ。
「試験の点数や順位程度で人の価値を測るのがバカだと言っているのよ。試験の成績は良くても、人として劣る人間は世の中に五万といるわ」
「そういう事だ」
寧ろ勉強が出来る奴に限って人格に難ありな奴ばかりだ。雪ノ下のそれは比較的マシな部類ではあるが、好き嫌いのはっきり分かれるタイプである。因みに俺に関して言えば嫌われてる人間ばかりなので最早なにも言うまい。
「まぁ、どっちにしても勉強は必要って事だ。少なくとも、進路の幅は広がるからな」
「進路かぁ……あ、そういえば、ヒッキーとゆきのんて職場見学何処いくの?」
唐突な話題の切り替えはご愛嬌ではあるが、毎度毎度凄まじい連想ゲームを経て、由比ヶ浜の脳内では新たな会話の種が生み出される。これが友達が大量にいる人間の為せる技か………
「私はどこかシンクタンクか、研究開発職かしら。これから選ぶわ」
雪ノ下はどうやらまだ決めかねているらしい。取り急ぎの方向性だけを示した。
「意外だな。警察とか裁判所とかの方がイメージ的には合うんだが……ほら、悪が正義に断罪される部分とか」
「はぁ……貴方が私に対してどう思っているのか、少しだけ分かった気がするわ」
割と本気で言った所為か、雪ノ下は額に手を当てて溜息を吐いた。雪ノ下の性格から考えてその辺りが妥当だとは思ったんだがな……まぁ、突き詰めるといった点では研究開発職は雪ノ下らしいといえばらしい。シンクタンクの方は………考えないほうがいいかもしれない。雪ノ下がえげつない事を他の専門家向けて言い放っている姿しか見えん。なんで専門職より詳しいんだよ的な。
「ヒッキーは?」
「俺は………」
とはいえ、俺もさして決まっているわけでは無い。少し前までなら迷う事なく専業主夫への覇道を突き進んではいたのだが、現状において俺は働かざるをえない。天使に養わせるなんて俺には無理だ。俺が守ってやらないと。
「ブラック企業じゃなけりゃ何処でもいいからな。取り敢えずはどっか適当な企業にするわ」
「本当に適当ね……」
呆れた様子で雪ノ下が呟く。仕方ない、本当に決まってないんだから。
「へぇ~、意外だね。ヒッキーもゆきのんみたいに決めてるのかと思ってた」
いや、別に雪ノ下も決まってないんだが……それはいいか。
「仮に決まってたとして、何処に行くと思ってた?」
「うーん………あ、警察官とか!」
「なんでだよ……」
まさかの由比ヶ浜の回答に思わずつっこんでしまった。俺の何を見て、そう決めたのか。どう考えても、ドラマとかでよく置き物扱いされてる中年警官みたいになっちゃうよ?
「確かに警察官はありかもしれないわね」
「……その心は?」
「貴方、濁った目の割に目敏いじゃない。知恵も働くようだし、案外なんとかなるのではないかしら?」
「ならねえよ。つーか、私服で現場に行ったら、俺の方が犯罪者扱いされる勢いだっつーの」
「それもそうね。正義の味方……という風貌ではないものね」
ストレートにでは無いものの、毒を含んだ言葉を放ってくる雪ノ下。
多分、さっきの追求を根に持っているのだろう。雪ノ下は結構根に持つタイプらしい。
しかしながら、二人してそういうことを言われるとは思わなかったな。
………見学に行くだけなら、ありっちゃありかもな。選択肢にあるか知らんが。
「まぁ、大学はある程度絞って、国公立文系には決めてる」
「そうね。私も具体的に決めているわけでは無いのだけれど、国公立理系は志望しているわね」
「なんか頭いい単語が出てきた!二人とも、凄いなぁ……」
感心するように由比ヶ浜が呟く。なんていうか、国公立と名前がついてるから頭いい単語というくらいだ。おそらくは私立なんてついてた日には私立=バカでも余裕と思うに違い無いし、多分そうだ?
「と、いうわけで。今週から勉強会をやります」
そして由比ヶ浜の脈絡抜きの話題の方向転換がまたもや発動した。何が「と、いうわけで」なのか。前の会話を鑑みても、そう言う言葉のつながり方はしないはずなのだが………
案の定、雪ノ下も首をかしげていた。
「……どういうわけ?」
「テスト一週間前は部活無いし、午後暇だよね?ああ、今週でも火曜日は市教研で部活無いからそこもいいかも」
雪ノ下の疑問は素通りし、由比ヶ浜はてきぱきと段取りを進める。せめて疑問には答えてやれよ。
「とりあえず、プレナのサイゼでいい?」
「私は別に構わないけれど………比企谷くんは?」
「?お前ら二人で行くんじゃ無いのか?」
雪ノ下に話を振られて思わず聞き返した。なんだ、てっきり二人でテスト勉強しに行くつもりだと思っていた。
「ヒッキーも来るに決まってんじゃん!二人とも頭良いし、そうすればあたしも赤点回避どころか、頭良い人達の仲間入りできるし!まさに鬼に金棒だよ!」
おおっ、由比ヶ浜がマトモに諺を使えるとは、アホの子はアホの子だが、うちの妹よりも頭は良いらしい。
とはいえ、今の発言から察するに毎回赤点は何枚か輩出していると考えられるので、やはりアホの子であることに変わりは無いらしい。
「良かったら、茜ちゃんも誘っていいよ〜。皆でしたほうが楽しそうだし!」
勉強に楽しそうとかあるのか?好きか嫌いかに依存するとは思うのだが………まぁ、そう言うのなら、茜にも声をかけてみよう。他人に教えるのにも勉強になるというし、それもありかもしれない。
時は経ち、そして中間試験二週間前、一週間前から行われるはずだった勉強会(という名の由比ヶ浜頭脳改造計画)は思いの外、由比ヶ浜がアホである事で予定よりも早く、施行される事となった。
「ゆきのん、サイゼじゃなくてゴメンね。ミラノ風ドリアはまた今度だね。あ、あとディアボラ風ハンバーグがおすすめだったんだけど……」
「私は別にどこでも構わないわ。やる事は同じだもの。……それにしても、ハンバーグってイタリア料理だったかしら」
「細かい事は気にしないほうがいいよ、雪乃ちゃん。そういうのってよくある事だから」
俺達四人がやってきたのは当初予定していたサイゼではなく、ファミレス。正直食事をするわけでは無いので、サイゼを優先する必要は無いのだが、由比ヶ浜としては約束していたサイゼでは無いことがそれなりに問題だったらしい。
近くの席に四人で座り、ドリンクバーを注文する。
飲み物を取りに行くためにドリンクサーバーに向かったのだが……
「………お前、何やってんの?」
何故か雪ノ下はドリンクサーバーをしげしげと眺めながら、コップを右手に、左手に小銭を持っていた。
「………ねぇ、比企谷くん。お金はどこに入れるのかしら?」
「は?」
「もしかして雪乃ちゃん、ドリンクバー知らないの?」
「ええ。こういったお店に来るのは初めてね」
マジですか、雪ノ下さん。まさかの超上流階級のお方だったとは………
「お金はかからないよ〜。さっき払ったお金でお店出るまでは飲み放題だから」
「……日本って豊かな国よね」
「そうだね。だから、ケーキバイキングとかで体重が………」
ふっと何処か陰った笑みを浮かべ、なんか日本に来たばかりの内戦区生まれの人間みたいな感想を述べる雪ノ下と、女子特有の悩みを呟きながら遠い目をする茜。そういえば少し前にも体重が一キロ増えたと嘆いていたような気がするが、安心していいと思う。多分、また胸が大きくなっただけだと思うから。
念のため、茜が自身のドリンクを注ぎながら雪ノ下に解説をする。
音を立てて、コップの中に飲み物が入っていく様子を雪ノ下はキラキラした目で見ていた。
そんな様子を横目で見ながら、俺もエスプレッソマシンにカップをセットし、ココアのボタンを押すと「成る程……」と小声で雪ノ下が漏らしていた。君、ドリンクサーバーに感心しすぎじゃない?
危なっかしい手つきながらも雪ノ下がお目当てのドリンクを手に入れて、四人揃って席に着く。
「んじゃ、始めよっか」
由比ヶ浜の合図と共に、雪ノ下はヘッドホンを取り出し、装着する。俺と茜は一つのイヤホンを互いに片方ずつ耳につけ、音楽を流し始めた。
しかし、それを見て、由比ヶ浜が驚愕の表情をした。
「はぁ⁉︎なんで三人とも、音楽聴くの⁉︎」
「は?勉強の時は音楽聴くだろ。雑音消せるし、集中出来るし」
「そうね。音楽が聴こえなくなったら集中しているいい証拠になって、モチベーションが高まるもの」
「それに何曲進んだかでどれくらい勉強したかもわかるもんね」
「そうじゃないよ!勉強会ってこうじゃないよ!」
バンバンとテーブルを叩いて抗議する由比ヶ浜。危ねえだろ、ジュースこぼれたらどうすんだ。
「………では、どんなものが勉強会なの?」
「えっと、出題範囲確認したり、わからないとこ質問したり、……まぁ、休憩も挟んで、後は相談したり、それから情報交換したり。たまには……雑談もするかなぁ?」
「殆ど話してるね……」
これには流石の茜も苦笑していた。
茜は俺と付き合う以前からもテスト勉強は一人でやるタイプだったらしく、勉強会などには参加しなかったそうだ。なので、今回の勉強会に関して言えば、由比ヶ浜以外内情を知っている人間がいないわけだが、勉強会ぎゃなくて、雑談会にしか聞こえない。
「そもそも勉強というもの自体が一人でやるように出来ているのよね」
雪ノ下は悟ったようにそういうが、俺もそれは同意だ。つまりはぼっちになると勉強できるよ!ということである。バカな人達はとりあえずぼっちになるところから始めれば、賢くなれるよ!
最初こそ納得のいかない表情の由比ヶ浜であったが、そこから俺達三人がひたすら無言で勉強し始めたので、諦めたのかため息を一つついて勉強を始めた。
そうこうしているうちにどんどん時間は経っていく。
ふと顔を上げてみると、黙々と問題を解き続けている雪ノ下と茜に対し、由比ヶ浜は小難しい表情のまま、手が止まっていた。二人のあまりの集中力に声をかけることが躊躇われていると、不意に俺と目があった。
「あ、あのさ……この問題なんだけど……」
「『ドップラー効果』か。こういうのは難しく考えたほうが負けだ。自分と相手が近いか遠いかで音の高さが変わる………まぁ、あれだ。浮気みたいなもんだ。普通に付き合ってりゃ罪悪感は強いが、遠距離恋愛だと罪悪感は薄いどころか、寧ろ相手に非があるとか思うやつもいるくらいだ」
「例えが暗いよ!それに余計意味わかんないよ!」
やっぱりダメか。割と良い説明だと思ったんだがな。
由比ヶ浜は諦めたように教科書とノートを閉じると、ずずーっとストローでアイスティーを飲んだ、ら空になったグラスを手に立ち上がろうとした時、何かに気づいたように声を上げた。
釣られて俺と、片耳はフリーの茜が顔を上げてそちらを向いた。
そこには野暮ったい制服を着た、めちゃくちゃ可愛い、目に入れても痛くない美少女ーーもとい、妹がいた。
「あれ、小町ちゃんだ」
「だな」
我が愛しの妹、比企谷小町は楽しそうに笑いながらレジの前に立っている。横には学ランを着た男子。
もしや……彼氏か?
「悪い、ちょっと行ってくる」
「ダメだよ、八幡。もしかしたらデート中の可能性もあるんだから」
「そんな訳ない。小町に限って、あんな路傍の石みたいな有象無象の雑種と付き合ってるはずがない!」
「小町ちゃんが大好きなのはわかるけど、少しは応援してあげようよ……ホントに八幡てば、シスコンなんだから」
とほほ、と何故か残念な子を見るような目で茜に見られた。
妹の事が嫌いな千葉県民はいねえ!そしていまいちパッとしない感じのモブみたいなやつが小町の彼氏でたまるか!せめて最低でも葉山クラスを呼んでこい!
「比企谷くん。うるさいわよ、公共の場なのだから静かにしてちょうだい」
「雪乃ちゃんの言う通りだよ、八幡。今は勉強中だし、この事はまたお家に帰って聞けばいいから」
雪ノ下に怒られ、茜に窘められた俺に最早静かに座る以外の選択肢は存在していなかった。
渋々座ると、由比ヶ浜が苦笑しながら言う。
「しょうがないよ。小町ちゃん可愛いし、彼氏いても普通だと思うけどなー。ほら、ヒッキーが付き合い始めたのって中学生の頃からなんでしょ?なら、小町ちゃんだって十分あり得るよ」
そう言われれば返す言葉もない。
正直俺に彼女がいるという時点で奇跡的な確率なのだが、小町に関しては同級生の男子から当然のごとく告られまくっていてもおかしくないくらい可愛い。
「ん?っつーか、なんでお前妹の名前知ってんの?」
「え?あ、だ、だって、さっきヒッキーも茜ちゃんも言ってたし!」
何故か視線をそらしながらそう言う由比ヶ浜。
まぁ、確かにさっき名前で呼んでたからな。いかんいかん、妹を想うあまり、怒りで自分の言動を忘れるところだったぜ……
仕方がないので、俺は気になりながらも勉強に戻った。当然の事ながら全くの手付かずで俺の頭の中では幼い頃の小町との記憶が………別に死んだ訳じゃないんだけどな。
まぁ、その辺の事情は俺が勝手に詮索するのも野暮なので、結局は何も聞かなかった。
べ、別に無闇に詮索して嫌われたくないとかそういうんじゃないんだからねっ!