人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
「はぁ……眠いな」
「そうだね。完徹は久しぶりかも」
二人揃って欠伸を噛み殺しながら、俺達は奉仕部へと向かっていた。
原因は材木座に押し付けられたラノベの原稿。
ジャンルは最近の流行に則ってか、学園異能バトルもの。
日本のとある地方都市を舞台にし、夜の闇の中で秘密組織や前世の記憶を持った能力者達が暗躍し、それをどこにでもいる普通の少年だった主人公が秘められた力に目覚めて、ばったばったとなぎ倒していく一大スペクタクルである。
俺も茜もかなりの速読タイプだが、材木座のこれは初心者特有の『書きたい事を書きまくったら、凄い文字数になっちゃったぜ☆』的なもので、結局丑三つ刻までかかってしまい、寝るぐらいならと録画していたアニメを見て、密かに茜とフィーバーしていた。別にいかがわしい意味じゃない。
おかげで今日の授業だけは全部寝て過ごし、なんなら昼飯も食わなかったので、腹の虫が唸っている。
「ちょー!待つ待つっ!」
特別棟に入った辺りで、俺達の背中に声がかけられた。
振り返れば、由比ヶ浜が薄っぺらい鞄を肩に引っ掛けながら、追いかけてきた。
「ヒッキーも茜ちゃんも元気なくない?どしたー?」
「あんなの読んでたらそりゃ元気なくなるだろ………。眠くなるっつーの。っつーか、早くも名前呼びとか流石はリア充」
「や、こんなの普通だし。ね、茜ちゃん」
「そうだね。結衣ちゃん」
その言い分だとまるで俺が普通じゃないみたいじゃないか………うん、普通じゃないよな。社会不適合者だもんな、俺。これっぽっちもそんな事思ってないが。
「それはそうと、お前は眠くなさそうだな。なんであれ読んで元気なの?」
「え?」
由比ヶ浜はパチパチと目を瞬かせる。こいつ……まさか。
「……あ。だ、だよねー。や、あたしも本当はマジ眠いから」
「お前絶対読んでないだろ……」
隠す気があるなら、あ、とかいうな。しかも、冷や汗がダラダラと出てるし。嘘隠すの下手だな。
俺が部室の戸を開くと雪ノ下は珍しくうつらうつらしていた。
「おつかれさん」
俺が声をかけても、雪ノ下は穏やかな表情のまま、すうすうと寝息を立てていた。その微笑むような表情は隙の無い表情とは全く違っていて、そのギャップには彼女持ちの俺も少しドキリとする。
柔らかな表情を浮かべた雪ノ下にそっと近づいていく茜は寝ている雪ノ下の頭をそーっと撫でようとして………目を覚ました。
「……おはよう。茜さん、比企谷くん、由比ヶ浜さん」
「うぅ〜、惜しかった」
「?惜しい?」
「なんでもない、こっちの話だ」
咄嗟に手を引っ込めた事でどうやら雪ノ下には気付かれていなかったらしい。
雪ノ下はくあっと子猫のような欠伸をすると、両手を上に上げて大きく伸びをする。
「その様子じゃそっちも苦戦したみたいだな」
「ええ。徹夜なんて久しぶりにしたわ。この手のもの全然読んだことないし……。あまり好きになれそうにないわ」
「まぁ、好みは人それぞれだ。お前が好きそうなのだってある」
「私も雪乃ちゃんにオススメのラノベがあるから、また今度持ってくるね」
「期待しておくわ」
「あたしの分もー!」
「お前はせめて読んでからにしろ。ジャンル分けできねーだろ」
俺の言葉に由比ヶ浜はむぅっと唸ってから例の原稿を取り出す。
それは案の定、折り目の一つも付いていない綺麗な保存状態だ。由比ヶ浜はそれを異様に速いスピードでめくる。
本当につまらなさそうに読むなこいつ。まるでボツにする気満々で読んでる編集者のようだ。
「頼もう」
ちょうどその時、材木座が古風な呼ばわりとともに入ってきた。
「さて、では感想を聞かせてもらおうか」
材木座はイスにどかっと座り、偉そうに腕組みをしている。顔にはどこかしら優越感じみたものがある。自信に満ち溢れた表情だ。その自信がどこから出てくるのか、是非とも教えて欲しい。つーか、感想を貰う側の癖に偉そうなのは何故だ。
対して正面に座る雪ノ下は珍しいことに申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。私にはこういうのよくわからないのだけど……」
そう前置きをすると、それを聞いた材木座は鷹揚に答える。
「構わぬ。凡俗の意見も聞きたいところだったのでな。特に赦す」
そう、と短く返事をすると、雪ノ下は小さく息を吸って……マシンガンのごとき反撃が始まった。
「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」
「げふぅっ!」
一刀のもとに切り捨てられた。
がたがたと椅子を鳴らしながら、材木座が仰け反るが、どうにか体勢を立て直す。
「ふ、ふむ。さ、参考までにどの辺がつまらなかったのか、ご教示いただけるかな?」
「まず、文法が滅茶苦茶ね。何故いつも倒置法なの?『てにをは』の使い方知ってる?小学校で習わなかった」
「ぬぅぐ……そ、それは平易な文体で読者に親しみを……」
「そういうことは最低限マトモな日本語を書けるようになってから考える事ではないの?それと、このルビだけど誤用が多すぎるわ。『能力』に『ちから』なんて読み方はないのだけれど。大体、『幻紅刃閃』と書いてなんでブラッディナイトメアスラッシャーになるの?ナイトメアはどこから来たの?」
「げふっ!う、うう。違うのだ。最近の異能バトルではルビの振り方に特徴を……」
「そういうのを自己満足というのよ。貴方以外の誰にも通じないもの。人に読ませる気があるのかしら。そうそう、読ませるといえば、話の先が読めすぎて一向に面白くなる気配がないわね。で、ここでヒロインが服を脱いだのは何故?必然性が皆無で白けるわ」
「ひぎぃ!し、しかしそういう要素がないと売れぬという……展開は、その……」
「そして地の分が長いしつこい読み辛い。というか、完結していない物語を人に読ませないでくれるかしら。文才の前に常識を身につけたほうがいいわ」
「ぴゃあっ!」
材木座が四肢を投げ出して悲鳴をあげた。
肩がビクンビクンと痙攣し、目なんか天井を向いたままに白眼になっている。もう呪われた後にしか見えない。
オーバーリアクションもうざいし、少し可哀想なのでそろそろ止めたほうがいいだろう。
「その辺でいいんじゃないか?あんまりいっぺんに言ってもあれだし」
「まだまだ言い足りないけど……まぁ、いいわ。じゃあ、次は由比ヶ浜さんかしら」
「え、えーと……む、難しい言葉をたくさん知ってるね」
「ひでぶっ!」
「トドメ刺してんじゃねえよ……」
「死体にゲイボルグとはまさにこの事だね……」
作家志望にとって、その言葉は禁句だ。褒めるところがそれしかない。これを言われたらその小説は暗に『面白くない』と言われているのも同然だ。死体にゲイボルグは酷いどころか無意味な気もするが、ある意味それだ。
「じゃ、じゃあ、ヒッキーはどうなの⁉︎」
「ん、俺か?」
「は、八幡……お主なら……お主ならわかってくれるよな?」
懇願するような、捨てられた子犬(見た目的には子豚)のような瞳でこちらを見てくる材木座。
キモいことこの上ないが、期待された以上、応えるのが俺達の愛読するラノベの理念である。
「で、あれ何のオマージュが主体?色々混じっててわかんなかったんだけど」
「ごぶるぁっ!」
「八幡がエアぶっ放しちゃった⁉︎」
「貴方、私より酷いこと言うのね……」
期待されるとつい裏切りたくなるのもラノベの真髄。
ただ、ついにしては少しばかり酷いことを言ってしまったかもしれない。材木座なので良心の呵責なんてものは微塵もないものの、自分が作家なら由比ヶ浜のそれよりも言われたくないセリフだ。だって、それはお前には独創性あふれるアイデンティティーがないと面と向かって言われているようなものだ。それかパクるしか能がないのかみたいな。
「茜はどう思う?」
「私は良いと思うよ?」
「あの作品が?」
茜の返答に雪ノ下が驚きに目を見開く。雪ノ下の中では材木座のあれは黒歴史にも等しいらしい。
「まだまだ材木座くんは若いしね。確かに『てにをは』をちゃんと使えてないのは問題だけど、昨今のラノベ業界にはそれ以前の問題な文体な人もいるし、叫んでるって表現のために文字を大きくしたりする人もいるから、寧ろ材木座くんはマトモな方だよ」
「あれより酷いものがあるの?頭が痛くなってくるわ……」
「でも、確かに材木座のくんの話の内容は先が読みやすいね。多分このシーンでこういう事が起きるんだろうなぁって、思ってたら、寸分違わずその通りだったから。それにヒロインが服を脱ぐなら、やっぱり寝る時かお風呂に入る時が自然かな。無意味に脱ぐと逆に萎えちゃうし。後、ナイトメアスラッシャーだけど、最近は特殊なルビも何かを題材にしたもののほうがいいよ。ほら、ミョルニルみたいな」
相変わらず、茜のサブカルチャーに対する熱意には目をみはるものがある。厨二病は軽度だが、多分材木座よりもオタクだよな。可愛いは正義で、オタクの理想像が具現化したような女子だが。
「フ、フハハハハ!そうであろう!そうであろう!やはりわかるものにはわかるのだ。我の作品は偉大だ!………なぁ、八幡。ひょっとして茜氏我の事好きなんじゃね?モテ期というやつか?」
「んなわけねえだろ、ぶっ殺すぞ」
「ほむん。そ、そこまで真顔で言われると、冗談でも怖いぞ、八幡」
冗談ではなく、マジで殺してやろうかと思ったけどな。
「第一、茜は俺の彼女だっつーの。誰にもやるか」
「「え゛っ?」」
例え、葉山にだってやるつもりはない。そりゃ、奇跡的な確率で他の男に惚れたなんて言われた日には人間社会に復帰することはないだろう。自殺まではしないが、多分千葉から出て、自分探しに行くまでは容易に想像出来た。
つーか、勢いに任せてカミングアウトをかましたせいか、それを知らない由比ヶ浜と材木座が固まっていた。茜も俺が自分からカミングアウトするとは思わなかったらしく、目を瞬かせる。
「ひ、ヒッキー……今の……ほ、ホント?」
「ああ。付き合い始めて彼此四年目だ」
「よ、四年目……」
「ぷ、ぷじゃけるなぁぁぁぁぁ!ぼっちに彼女が出来るわけがない!」
「生憎だが、俺はぼっちじゃない」
男友達がいないだけだ。ほら、某吸血鬼になった少年も女子しか友達いないじゃん。
「そ、そんな馬鹿な……我と八幡は同志のはずだ……」
「残念だったな、同志じゃなくて」
この際、同志ではなくなっておこう。
公衆の面前で同じ認定されると痛い子を見る目で見られる。ぼっちに見られるのは結構だが、可哀想な子認定されるのは嫌だ。それはもう。
材木座はそれがよほどのショックだったのか、自らの心を落ち着かせるようにラマーズ法を繰り返し、手足をぷるぷると震わせる。今にも崩折れそうだった。
「え、えーと……茜ちゃん。ヒッキーが言ってたのって……」
「事実だよ?寸分違わず。というか、私も前に同じ事を言ったような……」
「あの時は厨二病モードだったろ。多分通じてないと思うぞ」
「あー、そういえばそうだったね」
俺には通じるが、他の人間には通じまい。いや、小町と……辛うじて折本か?雪ノ下辺りはなれれば理解しそうだが、由比ヶ浜は無理だろう。厨二病を生理的に受け付けてなさそうだから。
「そ、そうなんだ……あ、あははは……」
由比ヶ浜は居心地が悪そうというか、ともかく引き攣った笑みを浮かべる。
その様子に茜は何かを悟ったようにパンと手を叩く。
「ねぇねぇ、結衣ちゃん」
「茜ちゃん?」
ちょいちょいと手招きすると茜は由比ヶ浜に何かを耳打ちする。
それに由比ヶ浜は時折頷き、顔を赤くし、変な声を上げたりする。きっと一人百面相が出来るに違いない。
「茜さんは由比ヶ浜さんに何を言っているのかしら?」
「さあ?口の動きを見ればわかるんだがな」
「貴方、読唇術の覚えもあるの?」
「限定的にだがな」
「事情を知らない人間からしてみれば、かなり気持ち悪い発言よ、それ」
「限定的って言葉で人物を特定出来るお前もお前だよな」
こいつもつくづく茜の事大好きだな。百合展開はお呼びじゃないぞ、この作品。
「は、八幡?わ、我の事、忘れてないよな?」
「なんだ、まだいたのか」
「ぶ、ぶふぅっ⁉︎ふ……ふひ……ふひひ」
ふざけて言ったら、材木座が変な格好で変な声を上げていた。流石にダメージが大きかったらしい。
「今度は冗談だ。忘れてねえよ」
「わ、わわ、わかっておったぞ、八幡。何せ、我とお主は朋友だからな……」
そう言う割には目が泳いでいた。
死ねとかそういう言葉に耐性のある厨二病やぼっちだが、面と向かって「まだいたの」はなかなかダメージがデカいらしい。俺?俺は「まだ」じゃなくて、「いつから」の間違いだ。
「は、話は戻るが………また持ってくる。その時は読んでくれるか?」
思わず耳を疑った。というか、材木座の神経を疑った。
「お前……」
「ドMなの?」
雪ノ下は何処か嫌悪の眼差しで材木座を見た。いや、そうじゃねえだろ。それにドMだと思うならその視線は寧ろご褒美になるだろ。
「お前、あんだけ言われてまだやるのか?」
「無論だ。確かに酷評はされはしたし、もういっそ死んじゃおっかなーどうせ生きててもモテないし友達いないし、とも思った。寧ろ、我以外皆死ねと思った」
「そりゃそうだろうな。俺でもあれだけ言われたら死にたくなる。つーか、今すぐ屋上までダッシュして飛び降りる」
「だが。だがな、八幡。それでも嬉しかったのだ。自分が好きで書いたものを誰かに読んでもらえて、感想を言ってもらえるというのは。それに酷評以外にも、しっかりアドバイスももらった。だから………やっぱり嬉しいよ」
そういって、材木座は笑った。
厨二病を抜きにした、材木座義輝の笑顔。
それをみて気づいた。
材木座は厨二病だけじゃない。立派な作家病に罹っている。
ただ妄想を書きなぐるのでなく、伝えたいことがあるから書きたい。例え、それが認められなくても、誰かの心を動かせればと書き続ける。そんな状態だ。
だから、俺の答えは決まっている。
「ああ、読むよ」
読まないわけがない。
生半可な思いで書かれたそれを、材木座の突き詰めた答えを、俺は受け入れる。
そうして、俺も茜に受け入れられた。ならば、俺も材木座の在り方を受け入れよう。
「また新作がかけたら持ってくる」
そう言い残して材木座は俺達に背を向けると、堂々とした足取りで部室を後にした。
歪んでいても、幼くても、間違っていても、それでも貫けるならそれはきっと正しい。
誰かに否定されたくらいで変えてしまう程度なら、それは夢でもなければ自分でもない。借り物の理想で、ただの願いだ。
だから、材木座はあれでいい。自身の在り方を貫く姿勢だけは評価に値すると思う。
あの気持ち悪い部分は例外だが。