人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ   作:幼馴染み最強伝説

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前回糖分が足りない!と言われたので今回は前より多めかな?

次回は甘々のエロティックな展開になるので、ちょっとした溜め作りも含まれているので、あくまで前より多めとだけ言っておきます。




知らず識らず、雪ノ下雪乃は刷り込まれていく

 

ガラガラ……。

 

かれこれ一時間が経過した頃、そろそろ帰って来ねえかな、なんて考えていたら、雪ノ下雪乃だけが疲弊しきった様相で帰ってきた。

 

「……大丈夫か?」

 

「……これが大丈夫に見えるのなら、眼科に行く事をお勧めするわ」

 

よろよろと覚束ない足取りで雪ノ下は一時間前に座っていた椅子にへたりこむように座る。一体何があったのか、是非とも問いたいところだ。

 

「茜と何してた?」

 

「……延々と貴方の事について聴かされ続けたわ。カルト団体にでも連れて行かれた気分よ」

 

どうやら茜は一時間に渡って俺の事を雪ノ下に話していたらしい。その情景を思い浮かべるのは至極簡単だが………なんというか、恥ずかしい。

 

「はちま………んんっ。比企谷くん、私がいない間、誰か来た?」

 

「いや、誰も来てねえ。ところで茜は?」

 

「同じ生徒会の子に連れられて生徒会の方に向かったわ。………私はその人に感謝しないといけないわね」

 

それよりも今俺の事を名前で呼びかけたな、こいつ。茜の洗脳レベルの高さに脱帽だ。

 

「つーか、ここって誰か来たりするのか?そもそも認知されてるのか?」

 

「認知度はかなり低いでしょうね。まだ創って間も無い部活動ではあるし、先生方の間でも知っている人は少ないのではないかしら?」

 

「じゃあ、どうやって依頼者は来るんだ?」

 

「大体の場合は平塚先生が連れてくるか、この部の存在を教えて向かわせるそうよ。先生に相談する程の深刻な問題や悩みを抱えている生徒だからこそ、私達の手助けが必要という事でしょうね」

 

なるほどな。

 

確かに問題や悩みによりけりだが、先生では介入したり、手助けをしたりする事が出来ないものだってあるはずだ。つーか、高校にもなると寧ろ先生による介入が出来ない事態の方が圧倒的に多い。

 

そうなるとやはり解決をするのはその生徒同士。あるいは第三者の介入によるものだ。

 

この奉仕部の活動理念を鑑みるに介入というよりは解決する為の手助けをする事だが、孤立無援にも等しい状態の生徒が教員を頼り、その過程でここを訪れるというのなら、手助けだけだとしてもかなり心強くはあると俺は思う。同年代、或いは年齢が近いもの同士の方が本音を言いやすいというのもあるしな。

 

「基本的には誰も来ない方が望ましいのだけれど……」

 

「まぁ、誰も来ないって事はないだろうな、十中八九」

 

生徒の方から相談を持ちかけられるだけならば来ない日の比率の方が高くもなるだろうが、平塚先生のように問題児を見つけて引っ張ってくるという事も考えれば、来る比率の方が高くもなる。いくらここが県下有数の進学校とはいえ、イコール問題児ゼロという訳ではないのだ。

 

とはいえ、そこは俺として特に問題はない。

 

社会に出ればサビ残なんていう人格破壊+自殺へのカウントダウンという悪しき風習もあるが、高校の部活動は完全下校時刻を迎えてしまえば、例え依頼者が百人来ようが時間切れで明日に持ち越しが可能だ。

 

そして俺のこの奉仕部で得たものは経験として活かされ、あわよくば俺の輝かしい成績にさらに色がつくことになる。

 

社畜まがいの事をするのはごめんだが、それもこれも後々俺の為になると考えれば悪くはない。

 

「目安箱的なのを設置するのはどうだ?依頼者は圧倒的に増えるが」

 

「別にそうまでして呼びたいわけではないのだけれど………そうね。そういうのも悪くはないかもしれないわ」

 

「差し当たってはそれを何処に設置するかだが………極力人目のつかないところがいいな」

 

「設置するのであれば正面玄関が妥当でしょう?それでは設置する意味がないわ」

 

「確かにな。でも、ここに来んのは本当に周りに助けを求められないやつばかりだ。そういう奴らは誰にもばれない様に問題を解決しようって考えてる奴らばかりだ。正面玄関だと人目にはつくが、逆に人目につきすぎて、迂闊にそれに近づけん。バレるからな。だから、張り紙か何かを貼って、それのある位置を教えるだけでいい。そうすれば面白半分で入れるやつもいないだろうし、周囲の目を気にせずに問題を抱えた奴がこれに入れやすくなる。優先順位なんかは平塚先生辺りに任せれば、適当に仕分けてくれるだろ」

 

「……貴方、思ったよりもやる気があるのね」

 

「当たり前だ。やるからには常に全力が俺のモットーだ」

 

なんてな。心にもない事を言ってしまった。単に後々依頼がばらけるのも面倒で、面白半分で大量にぶっ込まれたら判別するのが手間だから。とは言えない。面倒ごとは早めに片付けるタチなんだ。気持ち的には最初に宿題を終わらせて夏休みを謳歌したい派だからな。燻ってる火種は早めに消化するに限る。大事になると無駄な労力が……

 

「つっても、俺はあくまで雪ノ下。お前の補佐だ。お前ほどの奴なら出来ん事の方が少ないとは思うが、基本的に俺は静観を決め込ませてもらう。それでいいな?」

 

「ええ。構わないわ、私からもそう言うつもりだったもの」

 

これで大体の方針は決まったな。

 

依頼者は目安箱に投函された者の中から優先順位の高いものを先生が選別、この部室に誘導する。

 

そして事の解決に対応するのは基本的に雪ノ下。それに補佐が必要であれば打開案などを俺が提示するか、或いは介入する。

 

俺達の目的はあくまで生徒達の自己改革を促し、悩み解決の手助けをする事だ。提示するわけではない。サッカーで例えるならシュートの打ち方は教えてやるが、点を取るためのアシストをしてやる訳ではない。

 

本来なら目安箱を設置するのは主義に反することになるが、小さな芽は早い段階で摘んでおくに限るだろう。その方が俺達にとっても、相手にとっても良い。

 

「大まかな活動方針は決まったところでそろそろ下校時刻よ。本格的な活動は明日からにしましょう。戸締まりは私がしておくから、比企谷くんは来栖さんのところに行ってあげれば?彼女、絶対に待ってるわよ」

 

「だろうな。じゃあ先に帰るわ」

 

「ええ。さようなら」

 

「ッ⁉︎」

 

「?どうかしたの?」

 

「いや、何でもない。また明日」

 

床に置いてあった荷物をとって、俺は足早に部室を後にする。

 

既に校内には殆ど誰もおらず、滅多なことで会わないが、俺は人目につかないように男子トイレに急いで駆け込んだ。別に便意を催したわけじゃない。

 

「……まだ治ってないか」

 

鏡に映った自身の酷い顔を見て、そう呟いた。

 

あの日、茜と一度関係を絶った日。

 

あの日の出来事は茜にも、そして俺自身に深い心の傷を残した。

 

というのも、俺はあの日以来「さようなら」という単語に過剰に反応してしまう。

 

その言葉を聞くと、あの時の泣きそうな表情で無理矢理笑顔を作っている茜の姿が脳裏をよぎり、背中に冷たい汗が流れる。

 

何とも情けない話だが、俺はまだあの日の出来事を克服しきれてはいない。

 

さようなら、と言われると大切なものを失ってしまうかもしれないという不安に駆られてしまう。

 

そんな俺の反応を知ってか知らずか、それとも茜自身もあの日の出来事を克服しきれていないのか、茜は別れる時も「また明日」と言う。

 

日が経つにつれて、面識の浅い奴に言われるのには慣れてフラッシュバックする事は無くなったが、少しでも親しくなった相手に言われるとフラッシュバックしてしまう。中学の時は折本で、ここでは雪ノ下でなるようだ。会ってまだ半日も経ってないのにな。やはり、なんとなく似ているからだろうか。

 

「……こんな顔してたら、茜が心配するな」

 

蛇口をひねり、出てきた水を手で掬い、顔を洗う。

 

タオルは持っていないが、ハンカチは常備しているので、それで顔を拭いて、茜が待っているであろう校門前まで向かう。

 

チャリ通をしている俺だが、日によっては身体が鈍らないように徒歩できたりもする。何時もの灰時間がかかるから、早起きしないとダメだが、それは別にいい。そうする事で朝飯も自分で作るから、主夫スキル向上にも繋がるのだ。

 

一応走ると怒られるので、早歩きで下駄箱まで行き、校門前まで走って向かうと其処には既に茜が待っていた。

 

「悪い。待たせたな」

 

「待ってないよ。私もさっき終わったばかりだし」

 

笑顔でそういう茜に俺はいつも通りだと安心する。

 

そうだ。俺の目が黒いうちはあの時のような痛ましい笑顔だけは絶対にさせない。

 

させる奴は例え俺だろうが許さない。そう誓っている。

 

「じゃ、帰ろう、八幡っ♪」

 

そう言って茜は腕に抱きつく。

 

指を絡め、腕も両腕と女性最強の兵器で一瞬でロックするという難易度割と高めの技だ。

 

因みに効果は対象者の理性を削り、周囲にも視覚的ダメージを与えつつ、気力限界突破して気力がMAX。魂と必中がかかるというス○ロボの中盤までの敵ならキャラしだいではボスすら即死に追い込める。因みに俺は取り巻きの雑魚なので即撃墜待った無し。変わりに打倒不可能の天使が舞い降りる。

 

それにしても俺はよくこんな平常心を保っていられるなと自らに感心してしまう。

 

相手は自分の恋人で、スタイル抜群の超絶美少女だ。おまけに俺に対する好感度メーターは振り切っている(本人談)。普通ならこんな涼しい顔をして帰路に着くことなど出来はしない。

 

まぁ、ムード次第なら襲うかもしれん。俺だって男だ。そういう雰囲気になって尻込みする程ヘタれた覚えは………ないわけではない。つーか、心当たりしかない。

 

…………しかし、まあ。

 

周りのリア充どもに影響されているわけではないが、そろそろそういう事をしたとしてもおかしくない年頃であるのは確かだ。付き合いだしてそろそろ三年目だしな。高二にもなると周りの奴らでそういう事をしてる奴らもぼちぼちいる。俺情報だとクラスには男女合わせて五人いると見た。

 

「どうしたの、八幡?」

 

「何でもない。気にすんな」

 

頭を撫でてやると、茜は気持ちよさそうに目を細めた。

 

言えるわけねえ………言ったら茜のやつは迷う事なく俺に迫ってくるだろうし、何よりそういうシチュエーションを作りそうだ。だって、茜のオヤジさん達超ノリが軽いだもん。や、良い人達ではあるけども!

 

因みにどれくらい軽いかっていうと互いの家に何時でも泊まれるように一週間分くらいの着替えが用意されてるくらい。放任主義のうちはともかく、そっちはそれでいいのかと素でツッコんでしまったのは記憶に新しい。

 

「そういや、こうして二人で帰るのって久しぶりだな」

 

「そうだね。二週間と三日と二時間ぶりだね」

 

「適当言うな」

 

「えへへ、バレちゃった」

 

ちろっと舌を出して言う茜はやはり可愛い。悶えそうになるレベル。

 

けど、大体二週間ぶりくらいではあるな。一緒に帰るのは。

 

最近は生徒会の方が忙しかったから、俺が先に帰ることが多かった。俺としては全然待ってて良かったんだが、茜としては俺を待たせていたら気になりすぎて仕事にならないんだとか。

 

今までも時々一緒に帰れないことはあったが、連続してこんなにも日が空いたのは初めてだ。

 

何時もならこんなにひっついては帰らない。周りの目があるところでは露骨な行為は極力避けるようにしていいる。理由は簡単。目立ちたくないから。

 

茜との関係が明るみに出るのは一向に構わない。信じるか信じないかはそいつら次第だが、どちらにしてもまた注目を集めてしまうことになる。あれは辛い。今まで嫌悪や嘲笑の視線に晒された事はあれど、純粋な好奇の視線に晒された事は全くなかった俺はそれが始まって三日目にしてストレス性胃痛に悩まされる事になった。またもし、同じような或いはそれ以上が来ればもう吐血するかもしれん。こんな所にもぼっち精神の反映が見られる。

 

提案した当初こそ、茜はむくれていたが、理由を説明すると納得してくれた。茜としては公然でもいちゃつきたいらしい。それは嬉しいんだけど、俺の胃痛がマッハだから勘弁ね?

 

とはいえ、今は殆ど総武の人間の姿はないし、二週間ぶりということもあるので、俺としてもこの状況はあまり悪くないし、俺が奉仕部に入った以上、バラバラに帰る日も無くなるだろう。

 

「ねぇ、八幡。今日、八幡のお家に泊まってもいい?」

 

「急にどうした?明日は休みじゃねえぞ」

 

「わかってるよ。ただ、今日、家は私一人だし、一人で家にいるよりも八幡と一緒がいいなぁ、って…………ダメ……かな?」

 

身長差もあってか、茜としては普通に問いかけているつもりでも俺から見れば上目遣いに懇願しているように見える。ほんと可愛いな、もう。小町と同等かそれ以上だよ。

 

「ダメじゃない。それにうちに来たら小町も喜ぶしな」

 

「八幡は?」

 

「………まぁ、嬉しいっちゃ嬉しいな」

 

嬉しくないわけがない。他の人間なら、状況次第だが、茜ならどんなタイミングであれ、嬉しい。

 

つーか、それ分かってて聞いて……ないな。うん。茜に限って、あざとい行動は出来ない。茜は頭は良いが天然だから。

 

「今日の飯当番は俺だし、帰りに何か買って帰るか?」

 

「うんっ。私もお泊まりするし、お手伝いするよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なぁ、茜」

 

「な、何かな、八幡」

 

「確か、俺達って晩飯の具材を買ってたよな」

 

「そ、そうだね……」

 

「俺の目の錯覚じゃないなら、具材を上回る量の菓子が入ってるように見えるが……」

 

腕に買い物袋の中を見て、茜に問いかけるが、茜は視線を逸らすだけだった。

 

「目・を・そ・ら・す・な」

 

「ほへんなはいっ!はらはえなはっはたんへふっ」

 

茜の頬を軽くつまんで引っ張ると、手をバタバタと振りながら、あっさりと自供した。

 

うーん。それにしても柔らかい。もち肌なんて実際にあるものかと思ってはいたが、茜の頬を引っ張ってるとその柔らかさと弾力性に優れた肌はもち肌と呼称するべきものだと感心する。

 

「はひまんっ、ほろほろはなひてっ」

 

「ん、あー、悪い」

 

感触を楽しんでいると涙目で訴えてきたので、離すと茜は頬をさすりながら唸っていた。

 

「うぅ〜、そんなにつねらなくても」

 

「いや、途中からはつねるというか楽しんでたな。お前頬っぺた柔らかいし」

 

「それなら普通に触ってくれればいいのに。八幡になら、何処触られても良いから」

 

なん……だとっ⁉︎

 

何処を触っても良いということは、つまり今君の装備している最終兵器を弄んでもいいと?

 

八幡、襲っちゃうよ?良かったね、二人きりじゃなくて。あやうく、大人の階段のーぼるー。になってたよ。君はシンデレラじゃなくて、エンジェルだけどね。

 

「……まぁ、菓子の件は別に良い。元は食材だけ買う予定でお釣りは返すつもりだったが、理由説明すりゃ、親父達も納得するだろ」

 

第一、気づいてたのにスルーしてた俺も共犯者ではあるしな。あまり人の事は言えない。

 

「優しいよね〜、八幡のお父さんとお母さん」

 

優しいのは茜と小町限定だけどな。俺に対する風当たりの厳しさといえば、さながら社会の冷たさと同じである。

 

「そういえば、聞き損ねてたけど、雪乃ちゃんとは仲良く出来そう?」

 

「……なんとも言えん。ただ、お前や折本とは全く違うタイプだし、ああいうズバズバ言うタイプは口は悪いが、信頼は出来る。歯に衣着せない奴は疎んじられる方が多いが、俺は好きだぞ、ああいうタイプ」

 

裏表がなくて、常に本音で話してくれているという事の裏付けでもあるからな。まぁ、その都度、トラウマやらを抉られるのは少々堪えるが、嘘で塗りたくられた心にもない発言をされるよりはマシだ。断じて俺がMというわけではない。そういう態度には好感が持てるな、という意味だ。

 

「うん。やっぱり、八幡と雪乃ちゃんは仲良くなれるって思ってた。雪乃ちゃんはオブラートに包まずにストレートな言い方をする分、人によっては距離を取られるんだけど、八幡はその方が好きだと思ったんだ。八幡の事を悪く言ったのは私も見過ごせなかったけど、それももう大丈夫だと思うから」

 

そりゃ、もう大丈夫だろうな。

 

何せ、うっかり俺の事を下の名前で呼びそうになるくらいだ。かなり芯の部分までおせ……せんの……影響を受けているに違いない。かなり軸のしっかりとしたタイプの雪ノ下相手にそんなことができるのは茜くらいだろうな。

 

「でーもっ!あんまり雪乃ちゃんとばっかり仲良くしてたら、私も奉仕部に入部しちゃうからっ!」

 

「中学の時は別にいいって言ってなかったか?」

 

「うん。私の知らない人なら寧ろ全然OKだけど、八幡と雪乃ちゃんが仲良くしてたら、凄く疎外感感じちゃうもん」

 

あー、他の女と仲良くしているという嫉妬っていうよりは仲間外れにされた感覚に近いってことか。つーか、知らない相手なら全然OKなんだ。茜さんマジパネェ。

 

「そういう事で。私にも全力で甘える機会を作る事を要求しますっ」

 

「機会も何も別に今日すりゃいいだろ。どうせ、小町のやつは妙な気を利かせて、お前が来ると途中から部屋に篭るんだし」

 

お前は俺の母ちゃんか!って言いたくなるくらい無駄に気を回してくる。

 

まぁ、どちらかといえば公園のカップルを見て「青春してるわねぇ〜」と話す近所のおばちゃん辺りの野次馬精神ではあるが。

 

そうこう話しているうちにマイホームへと帰宅した。あったかい我が家ではないが、落ち着く我が家ではある。

 

「「ただいま〜」」

 

「お帰りなさいっ、お義姉ちゃん!あ、後、お兄ちゃんも」

 

おい、なんで俺の方が付属品扱いになってんの?一応君のお兄ちゃんだよ?この家系に属する人間だよ?

 

いつからか忘れたが、茜はこの家に入る時は「お邪魔します」ではなく、「ただいま」になった。既に俺に嫁ぐ満々らしい。男冥利に尽きるとはこの事だ。

 

「ところでお兄ちゃん。今日の料理はなんですか?」

 

なんかノリがお椀コみたいだな。アメイジング!

 

「ハンバーグだ。今日は茜もいるし、新しいものに挑戦するのもありだと思ってな」

 

中学の時から茜は家事はそれなりに出来てはいたが、俺の家に通うに連れて、どんどんレベルが上がっていった。最近では休日に我が母親からおふくろの味を伝授されていて、着実に主婦レベルを上げてきている。

 

「うんうん。茜さんがお兄ちゃんの彼女になってからというもの、ぐだぐだのどーしようもないお兄ちゃんが、日々自分を磨き上げているから、妹としてもそろそろ友達が遊びに来た時に部屋に篭ってもらう必要がなくなりそうで嬉しいのです。あ、今の小町的にポイント高い」

 

「今の八幡的にポイント低いけどな」

 

なんなら、マイナスの域である。褒めてんのか、貶してんのか、全くわからん。

 

「少なくとも、お兄ちゃんの目の濁りが改善されて来てるのは確実だよ?このまま行けば、イケメンの仲間入りで小町も鼻高々なのです!」

 

「元々、八幡はイケメンだよ?」

 

「あ、そうでしたね。後は一人で笑う癖さえ無くせば、完璧なんですけどね……」

 

茜の諭すような言い方に小町は即座に意見を変えた。悲しいかな。すでにわが妹とは茜によって懐柔されているのだ。つーか、この家が既に茜によって懐柔されている。後、そんな影を落としつつ、深刻そうに言うな。仕方ないだろ、面白いんだから。

 

「さて、お二人とも。ご飯にします?お風呂にします?それとも……こ・ま・ち?」

 

「じゃあ小町で」

 

選択の余地はない。具体的に何をするかわからんが、選択肢に小町がいるならとりあえず小町で。

 

兄妹愛に溢れた俺の発言に小町はうへぇと苦々しい表情をしながら、ジト目を送ってきた。

 

「お兄ちゃん。其処は「いや、茜が選択肢にないからやり直し」でしょ?ポイント低いよ?」

 

いや、お前さっき俺と茜に訊いてきただろ。その返答はおかしいでしょ?

 

この子ったら、身体も残念なのに、頭の中もハッピーセットなんだから。でも、そんな小町を俺は応援してるっ!あ、今の八幡的にポイント高い。

 

「仕方ないなぁ。はい、お兄ちゃんも茜さんもこっちに来て」

 

しょうがないなぁとなんか地味に腹立つ表情でちょいちょいと手招きをする小町の元に俺と茜は靴を脱いでから近寄るとそのまま腕を掴まれ、脱衣所に連行された。

 

「お二人とも、汗の臭いがするので、ご飯よりも先にお風呂をいただいちゃってください。着替えはあそこに置いてあります。一時間くらいなら待ちますので、なんなら別のものをいただいちゃっても良いんですよ?それじゃあ、小町はこれで」

 

小町は俺の手から買い物袋をひったくるように取るとそのまま脱衣所からそそくさと退散した後、ドタバタと駆け回る音がして、ドア越しに「ごゆっくり〜!」と叫んできた。何をだよ。

 

「え、えーと、先に八幡が入る?」

 

「いや、茜は女の子だしな。先に入った方が良いだろ。俺はドアの前で待っとく………ん?」

 

「?どうしたの、八幡」

 

「……………………ドアが開かないんだが」

 

「え、ええええええええっ⁉︎」

 

小町のやつ何しやがった⁉︎つーか、何をどうやったら、あの短時間で扉を開かないようにできる⁉︎ル○ンもびっくりの手際の良さだよ!いや、この場合は不二子ちゃんか?

 

しかし、どうしたものか。

 

このままだと俺は脱衣所で待たなきゃならん。

 

視覚的には目を逸らしてたら全然問題ないが、聴覚的にはかなり問題。衣擦れの音とか何それエロいってなる。

 

如何にしてそれらを回避して、俺の理性を護るか、そう考えていた時、茜が俺の服の裾をちょいちょいと引っ張った。

 

「あ、あのね。も、もし良かったら………」

 

茜は何度か視線を虚空に彷徨わせた後、か細い声で呟いた。

 

「一緒に……入らない?」

 


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