魔弾の王と戦姫 ~凍漣の雪姫と死神~ 作:ジェイ・デスサイズ
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「突撃!」
およそ七千人分の鬨の声が、灰色の空に響き渡った。馬蹄の轟きが大地を揺るがし、雪を蹴散らす。舞い散る雪は人間達に触れるよりも早く、彼らの熱で蒸発した。
正面からの激突となれば、数の多いエリザヴェータの軍が有利に思われる・・・だが、戦意はレグニーツァの兵達が圧倒的に高い。自分達の公国を蹂躙されたという恨みを。彼らは武器に込めて敵に叩きつけた。
ここにあるのは、阿鼻叫喚に包まれたこの世の地獄だった。わずか半刻前の、雪と静寂に包まれた幻想的な銀世界を思い出すことは、もはや誰にとっても不可能だろう。
その中で先頭に立ってぶつかりあったのが、エレンとエリザヴェータだった。
「--
馬を走らせて距離を詰め、エレンは一切の躊躇なく
エリザヴェータもまた、躊躇うことなく己の馬を捨てた。鐙から足を離し、鞍を蹴って高く飛翔する。エレンの放った竜技は馬に直撃した。悲鳴をあげることなく、馬は骨までずたずたに引き裂かれた。
その上空で、エリザヴェータはドレスの裾をふわりと広げながら、短鞭をかかげる。
刹那、漆黒の鞭が金色の光を帯びた。それは大気を弾きながら蛇のようにのたうち、曲がりくねる。エリザヴェータがエレンを狙って振り下ろしたとき、彼女の手にあるものは長さが四十チェート(約4メートル)はあるだろう長大な雷光の鞭と化していた。
その尋常ならざる破壊力を、エレンはよく知っている。『異彩虹瞳』ではない、戦姫としてのエリザヴェータの異名である『
己の操る風でそらすことはできない。やむなく馬を捨てて地面へ跳躍、雪をまとわりつかせながら転がった。音に近い速さで光の鞭が大気を引き裂き、鋭い衝撃音を響かせる。
一転して立ち上がったとき、エレンの視界に飛び込んできたものは太い首を切断されて倒れる馬の死体だった。
「あまり抵抗すると、痛くなってしまうわよ、エレン?」
雪の中に軽やかに降り立ったエリザヴェータが、手首をひねって鞭で地面を叩く。それに応えるかのように、光の鞭が無数の小さな火花を大気に青く散らした。
「私も、この雷渦も手加減はとても苦手なんですから」
それがエリザヴェータの持つ
雷渦ヴァリツァイフ。『砕禍の閃霆』とも呼ばれる雷撃を操る鞭だ。
「その言葉、そっくりかえしてやる」
「はあぁぁ!」
クロは馬を走らせながら巧みに剣を操り、ルヴーシュの兵を次々に斬り捨てていく。剣聖の名にふさわしい姿だった。
―――エレオノーラはエリザヴェータと1対1をしているはず・・・なら、そっちが終わるまで時間を稼ぐ。被害を最小限に、効果を最大に―――
クロは馬から降り、自分の剣を地面に刺す。そして眼を閉じる。
「クロス・・・殿?」
リムは疑問の眼差しをクロに向ける・・・すると、クロの剣が淡い青い光を放ち始めた。次の瞬間、リムの視界に入っていた敵兵の姿が見えなくなった。
「
地面から凄まじい勢いで天に向かっていくように、土の壁が出来上がった。
「リムアリーシャ殿、囲いきれなかった敵兵はそちらに任せても?」
後ろを向き、リムに問いかける。リムは少し間は開いたものの承諾し、兵を率いて追いかけに行った。
―――あれが、【戦騎】の力ですか―――
戦姫二人の戦いも終盤にさしかかっていた。
「そのふざけた怪力は、一年そこらで身に付けられるものではない」
「でも・・・それでも、私が力で貴女を上回っているのは事実・・・ですわ」
「だからどうした・・・。勝ち誇りたければ―――勝ってみせろ」
エレンのかかげた銀閃が、周囲の大気を巻き取っていく。雪の欠片を含んだ冷気をもまとめて取り込み、氷の粒子が光を反射して彼女の身体は燦然と輝いた。頭上で唸り声をあげる嵐の刃は、先ほど放ったものより遥かに大きい。
エリザヴェータの雷渦もまた、主の意志に応えて眩いばかりの光を放つ。膨れ上がった雷撃が周囲の大気に悲鳴をあげさせ、無数の放電が生じた。
「---
「---
咆哮をあげて猛々しく襲い掛かる九つの稲妻と、触れるものことごとく引きちぎる嵐の刃が衝突した。『砕禍の閃霆』の生み出した雷撃は嵐の渦を食い破らんとし『降魔の斬輝』の織りあげた風の大鉈は雷火を吹き散らさんとせめぎ合う。
一瞬ごとにエレンの身体には赤い火傷の痕が走り、エリザヴェータは纏うドレスは暴風によってボロボロに引きちぎられ、白い肌にはかまいたちにも似た裂傷刻まれていった。
竜技が同時に消滅した。エレンは不敵な笑みで長剣構えていた、エリザヴェータは「互角」と言いかけて言葉を飲み込む。エレンは竜技を放った位置から動いていなかったが、自分は二歩後退していた。
「---私の負けのようですわね」
その光景を遠くに眺めて、エリザヴェータは歪んだ笑みを浮かべる。半ば虚勢だ。
「まだお前の首は落ちていないが」
エレンは銀閃をかざして一歩踏み出す。エリザヴェータは鞭を構えるでもなく艶やかに微笑むと、用意していたらしい言葉をゆっくり口から滑り出した。
「貴女には急ぎの用事があるのではなくて?エレン」
「何?」
一瞬、脳裏に一人の若者の顔がよぎる。
「テナルディエ公爵もガヌロン公爵も、とうに兵を動かす準備はできていた。これまではお互いに牽制しあっていただけ。でも―‐―少なくともガヌロン公は、兵を動かすことを決めましたわ。誰に向けてかは知りませんけど」
エレンは黙ってエリザヴェータの話を聞く。
「もうひとつ。ムオジネルがブリューヌへ攻め込んだそうですわ。何万という規模で」
一瞬、エレンの呼吸は止まった
―――ムオジネルが?
「今一刻を争うのは、私と貴女のどちらかしら?私の首が欲しい?私は続けても構わなくてよ―――私も、私の兵達も一刻や二刻で倒されてあげませんけどね」
―――そんな戯言に・・・!
「・・・だが、今貴様を討たねば、またいつ襲い掛かってくるかわかったものではないだろう」
「それなら誓約書でもかわしましょうか?」
「・・・誓約書?」
「アレクサンドラへの城塞の返還・・・無償とはいきませんけれど。海賊討伐の件についての交渉再開。とりあえず一年ほどの不可侵条約―――こんなところかしら」
楽し気な笑みを浮かべて、これ以上戦いを続ける意思がないことを示すようにエリザヴェータは雷渦の形状を短鞭へと変え、くるくる振り回した。
「・・・一つ付け加えろ」
「何かしら?」
「詫びろ」
簡潔で率直な要求には、膨大な感情が封じこまれている。それを、鋭い声音からエリザヴェータは感じ取った。正確には知覚された。
「這いつくばれ、とまでは言わん。真摯に、誠実に、謝罪しろ」
「・・・承知しましたわ」
エレンの声をしっかり聞いたといわんばかりに、耳に手を添え、答える。
「もしも違えることがあれば―――今度こそ潰す」
エレンがエリザヴェータの提案に乗ったのは、サーシャの言葉を思い出したからだった。
『もし、迷うようなことがあったら、ボクやレグニーツァにこだわらないで』
という、彼女のセリフはこの事態を予期してのものではないだろう。だが、このまま戦い続ければ、あの黒髪の戦姫は口には出さずともひそかに胸を痛めるだろうことを、エレンは分かっていた。
「それでは、私は行くぞ」
エレンは長剣を腰の鞘に収めると、彼女に背を向けた。いつのまにかだいぶ離れてしまっていた戦場へ足を進める。エリザヴェータは黙ってその背中を見つめていた
「朝早くからどこをほっつき歩いておったんじゃ」
「私は・・・私は、ついこの前までレグナスという名前で生きてきました」
「・・・それで、どうする、ティグル?」
「---行こう。ルテティアへ」
「次回、第18話「死神と明かされる真実」やっと俺の出番が戻ってきたぜ・・・さっ、盛大に行こうぜ!」