魔弾の王と戦姫 ~凍漣の雪姫と死神~ 作:ジェイ・デスサイズ
では、ごゆっくり〜
俺とミラは矢が飛んできた方向に視線を向ける。
1人の若者が、弓を構えた状態で立っていた。くすんだ赤い髪、手には黒い弓。
「ギリギリだったぞ、ティグル」
嬉しさを含んだエレオノーラの言葉に、ミラはきょとんとした顔でヴォルン伯爵を見た。それからエレオノーラを振り返る。
「なんだ、その顔は。まさか、もうティグルの顔を忘れたわけではあるまい」
エレオノーラの言葉を最後まで聞かなかった。こちらへ歩いてくるヴォルン伯爵に向き直ると、深い海の色の瞳に怒りをにじませて見上げる。
「私を騙したのね、ウルス」
顔色を変え、反応に窮したヴォルン伯爵を見て、ミラは静かに言葉を続けた。
「矢羽が同じだったのよ」
「…すまなかった」
頭を下げたヴォルン伯爵の頬を、ミラは容赦なくひっぱたいた。
「謝るくらいなら、今ここで私を助けなければよかったでしょう。あなたの弓の腕ならば、私が殺されるのを待ってからあの暗殺者を射倒すこともできたのではなくて?どうして私を助けたの」
鋭い眼光に射竦められて、ヴォルン伯爵は困惑したようにくすんだ赤い髪をかきまわす。
「お礼って事で、どうかな?」
「お礼?」
眉をひそめるミラに、そう前置きしてからヴォルン伯爵は続けた。
「ーーーあの紅茶はうまかった。お世辞とか一切抜きで、本当にうまかったんだ」
ミラはしばらくの間、じっとヴォルン伯爵の顔を見つめていた。感情の微妙な揺れ動きすらも見逃すまいというかのように。
やがて、ふっとため息をついて、ミラの身体から力が抜ける。
「ヴォルン伯爵。あなたは私に何を求めるのかしら?」
尊大な態度ではなく、楚々とした姫君らしい物腰でミラは尋ねた。
「あなたとともに、テナルディエ公爵を討つこと?」
ヴォルン伯爵は首を横に振った。
「中立を宣言して、動かないでくれればそれ以上望むものはないよ」
「…それだけ?」
納得いかないようで、ミラは美しい顔をしかめた。
「あなたは今、味方が欲しいのではなくて?」
「欲しいよ。でも、君は俺に味方しても何もいいことはないだろう。損をさせるためにつきあわせるわけにはいかない」
「それはつまり、あなた自身は栄達する気はないという事?」
「正直、俺にはアルサスだけでも広すぎるんだ。あそこが平和ならそれでいい」
ミラはまず驚きの表情を浮かべ、まじまじとヴォルン伯爵を見つめた後、苦笑を浮かべた。
「あなた、それ本気で言っているでしょう?」
「もちろん」
即答すると、ミラはうつむき、肩を小刻みに震わせて笑いだした。
ミラがあんなに笑ったのを見たのはいつ振りだろう。
「ヴォルン伯爵。誠意は大切なものよ。だけど、万能ではないわ」
そして、相好を崩してヴォルン伯爵に微笑みかける。
「でも、今回はあなたの誠意を買いましょう。このたびのブリューヌ内乱において、私は以後中立を宣言し、いかなる勢力にも協力しない。ーーーこれでいいかしら?」
「ありがとう。リュドミラ、もう1ついいかな?」
そう言うと、ヴォルン伯爵は笑顔をつくってミラに頭を下げる。
「ありがとう。エレンを助けてくれて」
「…っ」
その言葉にミラは自分の行動を自覚し、顔を真っ赤にして、視線をぐるぐると彷徨わせていた。そんなミラを前に、エレオノーラはなんとも気まずい表情で進み出る。
「…あ、ありがとう」
どもりながらも、礼を述べた。
ミラは過敏に反応し、唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「あ、あなたなんかにお礼を言われる筋合いないわ!」
「まったく…ミラはミラだな」
よろけながら立ち、ミラに声をかける。
「ジェ、ジェイ!あなた、傷が!」
俺の脇を見ながらミラが言う。
「あぁ〜ちょっと掠っただけだったん…だ…がな」
俺は支えきれずミラに崩れ倒れる形になった。
「ジェイ!」
ミラはとっさに俺の身体を受け止める。
「わ、悪いミラ…」
「そんな傷で出てくるからよ…まったく」
そう言い、ミラはエレオノーラに向き直る。
「エレオノーラ、今夜はこの城に泊まっていきなさいな。城門を開けるからあなたが中へ連れて来なさい」
そう言いながら、ミラは城へ俺を連れて戻る。エレオノーラとヴォルン伯爵、それに兵達も城の中へ入っていった。
「ジェイ、大丈夫?」
治療を終えた俺はミラに看病されていた。
「大丈夫だ。死神が死んでちゃ、格好がつかないんでね」
笑顔でそう答えると納得しないのか、人差し指で俺の脇を突っついた。
「っ⁉︎」
そして当たり前の如く、俺には激痛が走る。
「どこが大丈夫なのよ…ちゃんと休みなさい。良いわね?」
「あぁ、分かったよ」
そう答えると、ミラは俺の頬にキスをしてきた。
「でも、無事で本当に良かったわ」
そう言い残し、ミラは部屋を出た。
「…それは反則だぜ」
ミラside
ジェイの部屋を出た私はエレオノーラ達が食事をしている部屋へ戻った。すると、エレオノーラが気にしていた事を聞いてくる。
「リュドミラ。あのジェイノワールという男は何者だ?」
「…他の者に他言無用。約束してもらえるなら話してあげてもいいわ」
エレオノーラはリムアリーシャとヴォルン伯爵の顔を見て頷いた。
「分かった。後で兵にも言っておこう」
「…ジェイは私を守る『戦騎』よ。戦騎は戦姫を守る為に生まれたと言われているわ」
「なら、他にもその戦騎とやらはいるのか?」
「書物では1代目で亡くなったらしいわ。ジェイはその生き残りの一族よ」
「ほぉう…」
「それと。ジェイは私の恋人、愛し合ってる仲よ。あなたには到底無理だと思うけど」
「なっ⁉︎」
エレオノーラは口をパクパクさせて顔を真っ赤にさせていた。
「あなたに相手が現れるといいわねぇ〜。それじゃ、部屋は教えたところを使いなさい」
私はそう言い残し、部屋を後にした。
out side
プローネside
私が目を覚ました時には戦いは終わっていた。兵に話を聞くと一刻前に終わったらしい。
私は部屋を出て、そとを眺めながら葡萄酒を飲んでいた。そこに「銀閃の風姫」が来た。
「こんなところで飲んでいるのか?プロミネンス」
「エレオノーラ…ヴィルターリア」
私は彼女の名を言い、視線を空へ戻した。
「力に溺れた…か」
「お前は何故、そこまで力が欲しいんだ?」
エレオノーラが不思議そうに、そして興味があるような顔をして聞いてくる。
「私は、いつも兄様とミラ姉様に守られてばかりだった、だから力が欲しかった。私は認めてほしかったんだ、私の力を」
「だからあれほどに強者や戦いを求めたわけか…」
私は静かに頷く。
「なら、1度。自分を弱いと考えろ」
「え?」
自分を…弱いと?
「自分を弱い考えろ、そうすれば強くなるためにどんどん色々なものを得られるぞ」
そう言い残し、エレオノーラは部屋へ戻った。
「自分を弱者に…か」
私はエレオノーラに言われた言葉を考えながら、月を眺めた。
out side
ジェイside
俺はミラが持ってきてくれた食事を摂り、ミラと話をしていた。
「ごめん、ミラ。俺が少し油断したせいだ」
俺はミラに頭を下げ、謝罪した。するとミラは慌てて俺の肩に手をおき言う。
「ジェイが謝る必要はないわよ…あれは計算外の出来事だもの」
「ミラ。俺は弱いな…少し竜技に頼りすぎていた所があった」
「ジェイ…」
「俺はもっと力をつけないとな、相棒と共に」
俺は壁に掛けてあるヘルヘイムを眺めながら言った。
「それは私もよ。相手になってもらえるかしら?」
「もちろん…そろそろ寝るよ」
「そう、分かったわ」
そう言うと部屋を出るのかと思いきや、俺のベッドに潜り込んできた。
「なんか、よく甘えてくるようになったな」
「良いでしょ///」
「まぁな」
そして、俺達は眠りについた。
今回の戦における損害は、ミラがすべて負担することとなった。
「また、いずれ会いましょう」
ライトメリッツに近いオルミュッツの国境で、ヴォルン伯爵とミラは別れの握手をかわしていた。
「あなたには謝らなければならないことがたくさんあるわね」
「気にしちゃいないよ。俺も色々言ったと思うし、おあいこでいいんじゃないか?」
そう言い、俺にも手を差し伸べてきた。
「クロフォードさんも、迷惑をおかけしました」
俺は手を握りながら言った。
「気にしていない。それと、俺の事はジェイでいい」
「じゃあ。俺のこともティグルと呼んでくれ」
「分かった、ティグル」
「ヴォルン伯爵。あなたの戦いが終わったらオルミュッツに寄りなさいな。あなたがおいしいと言ってくれた紅茶、あれよりもっとおいしいのを淹れてあげるわ」
「あいにくだが、ティグルがオルミュッツなんぞに行くことはこれから一生ない。残念だったな」
「この女に飽きたら、いつでもいらっしゃい」
「ティグルは私のものだ!」
「エ、エレオノーラ」
叫ぶエレオノーラにプローネは声をかけた。
「ん、なんだ。プロミネンス」
「つ、次会ったら再戦してほしい!今より強く、私の力で」
「…フフ、楽しみにしているぞ。私の事はエレンと呼んでいいぞ」
「エレン…私の事もプローネでいい」
「そうか…では、次会う時を楽しみにしているぞ」
そう言い残すと、ライトメリッツへ向かって行った。
「さて、私達も戻りましょう」
「そうだな」
「あぁ」
俺達もオルミュッツとハーネスへ帰還した。
次は、物語ではなく新キャラの設定になる予定です。
私の友達と私が考えたキャラです。色々すごいことになってきましたw