剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
色々ありまして、更新がずっと滞っていました。一応この先5話ほどは書いているのでそこまでは更新していこうと思います。
なかなか話が進まないのは許してください。
誰にも会わされずに通された一室、入った瞬間に嗅覚を刺激する甘い香りがアゼルを迎えた。タンムズは相変わらず寡黙で必要なこと以外何も喋らない。
「イシュタル様、アゼル・バーナムをお連れいたしました」
ドアを閉めたタンムズが部屋の主、【イシュタル・ファミリア】の主神である美神イシュタルに声をかける。
「こっちへ来い」
声は部屋の中央にあるソファーから跳んできた。美の女神と聞いていたアゼルは、フレイヤのような宵闇を照らす月明かりの如く澄んだ声かと予想していたが、全く違った。
それは、全く違う美しさだった。まるで炎のように猛る音、奥底から人をざわつかせる音声。
「では、失礼します」
一言断ってからアゼルは部屋の中へと歩みを進める。
その部屋は一見応接室のようだったが、奥には天蓋付きのベッドがあった。娼館でのベッドの使用用途など決っている。豪奢な
「お前が、アゼル・バーナムか」
「はい。そういう貴女は、イシュタル様でよろしいんですよね?」
「そうとも。歓楽街の主、【イシュタル・ファミリア】の主神、美の女神イシュタルとは私の事だ」
ソファーに寝そべるその女神を見ながら対面のソファーへと腰を下ろす。一切の汚れのない褐色の肌、豪華絢爛な装飾品、惜しみなく露出しつつも芸術性を見せる衣服。部屋の雰囲気、身に付けている物が語る彼女の性質。
アゼルが彼女を見ているように彼女もまたアゼルを見ていた。自然と目が合った。
そして、アゼルは悟る。彼女の最も美しい部位は、その瞳だろうと。瑞々しい四肢でも、男を誘うその仕草でも、情欲を掻き立てるその声でもなく――その燃え盛るような瞳だ。
「お初にお目にかかりますイシュタル様。改めて、【ヘスティア・ファミリア】所属、アゼル・バーナムです」
「――ふんッ、噂は本当か」
鼻を鳴らしてイシュタルは苛立ちを露わにした。まだ部屋に入って歩いてソファーに座ろうとしていただけなのが、いかにして自分は彼女の気分を害したのだろうかとアゼルは僅かに困惑した。
「男神達からお前のことを聞いた。なんでもフレイヤに『魅了』されてる様子がなかったとなぁ」
言われて納得する。フレイヤにとってはそれこそが興味の対象になっているのだが、イシュタルにとってはそうではなかったというだけの話だ。
アゼルに『魅了』は通用しない。たとえそれが神であってもだ。
「私はあいつが大嫌いだが、神は神、人は人、女神の『魅了』が効かないなんざあり得ない。と思ってたんだが――チッ、気に喰わん」
イシュタルの目からはありありと苛立ちが滲み出ていた。
アゼルも呼ばれたから歓迎されている、なんて思ってはいなかった。だが、出会って数秒でここまで嫌われるとは、荒々しい神もいたものだと、感心すらした。
だが、神とは本来気ままな存在、アゼルが出会ってきた神々が偶々友好的だった、ということだ。
着飾っているものの、イシュタルは飾らず己を貫き通す。その在り方を、たとえ下界であっても曲げたりはしない。彼女は、自分が神であることを、アゼルが今まで出会ってきた神々の誰よりも自覚している。女神イシュタルは、アゼルが今まで会ってきた中で
「それは申し訳ない。でも、まあそういうものだと受け入れて下さい」
何故ならそれはアゼルがアゼルでいる限り仕方のないことなのだ。一振りの剣であろうとするその身は『魅了』の熱を邪魔だと斬り払うしかないのだ。
「そう言えば、気になっていたのですが、ハナはどうしたんですか? 私が近付いたら自分から襲い掛かってくるものと思ってたんですが」
「ハナ? ああ、ニイシャのことか。あいつは寝ているよ」
「寝てても起きそうなものですけど……」
「数日前、酷く傷付いて帰ってきた。傷自体は塞がったがそれからずっと、死んだように寝てるのさ。何をやっても起きやしない」
それは、『エルドラド・リゾート』の招聘状を手に入れるためにアゼルとフレイヤが夕食を食べた日のことだ。アゼルは突然襲撃してきたハナを迎え撃ち、そして退けた。
目覚めないことは不思議ではあるが、今に限って言えば好都合だ。ハナとアゼルが会ってしまっては話し合いも何もあったものではない。出会った瞬間斬り合いになることは明白だ。
「そのせいでアイシャまでつきっきり、商売あがったりさ。なあ、アゼル・バーナム」
「さて、私は身に降り掛かった火の粉を払っただけですから」
「くくっ、まあ、文句を言うつもりはないさ。ニイシャの力が生まれたのもお前のおかげのようだしな」
己の眷属が傷付き目覚めないというのにイシュタルは心配している素振りを見せない。その上、ハナがあのような常軌を逸した様になったことをあろうことか『おかげ』と言ってのける。
自分達の主神とは大分違うものだと、心優しい己の主神のことを考えてアゼルは思った。
「おかげ、ですか?」
「ああ、そうとも。あれは素晴らしい、あれは凄まじい。【ステイタス】には表示されない力、レベル差をひっくり返すことのできるほどのものだ。しかも、あれにはまだ先がある」
あれ、と彼女はハナのことを示した。彼女にとって眷属などその程度のものなのだろう。取るに足らない、自分の駒でしかない、彼女はそう思っているのだろう。
その在り方は主神というよりは――暴虐な王のようであった。
「お前だ、お前だよアゼル・バーナム。お前はあれの更に先の可能性を示した。レベル差? そんなものはもう些末事だ。お前は神の力の一端すら破ってみせた」
彼女の中に燃えるのは力への固執、更なる高みへの野心。
「なあ、神々をして神話と言わしめた傑物アゼル・バーナムよ。お前の力は、あれは――いいや、
「それを知って、貴女はなんとする?」
そんなことは決っているというのに、アゼルは聞いた。その身に宿る力が何なのか、超常の力を有する冒険者の中でさえ異常な力を一体どのようにして手に入れたのか彼女が知れば何が起こるかなど分かりきっていることだというのに。
「知れたこと、私が王となるために使う」
「おかしなことを言う。このオラリオに王なんていやしない」
「いいや、いる。誰よりも高い場所から世界を見下ろす、憎き神がなぁ」
ヘルメスが女神イシュタルは女神フレイヤに並々ならない対抗意識を持っていると言っていたことをアゼルは思い出した。あの女神が王かどうかはさておき、確かにこのオラリオで最も高い建造物である『バベルの塔』の最上階が彼女の住居であるのは事実だ。
「あそこに立つべきはあいつじゃない、この私だ」
燃える、燃える。嫉妬が、野心が、怒りが、憎しみが。イシュタルの中ですべての感情が燃えて、瞳からその熱が伝わってくる。
「そのためには力が必要だ。あの【ファミリア】を蹴散らすための力がな。策は幾つか用意しているが、幾つ用意しても足りはしない。だから、教えろ、お前の力の根本、お前の力の源泉、それは何だ?」
彼女は己の野心のためなら犠牲をいとわない。眷属を駒のように扱っても、人を殺める化物を飼いならし多くの血を吸わせても、それらの屍の上の王座に毅然として座るのだろう。
「いや、そう言えばフレイヤはお前にご執心らしいなあ。なら、教えずとも良い。だが代わりに――」
イシュタルの瞳が、欲望渦巻く強い眼差しが、アゼルを捉えた。それは激情だ、アゼルが今まで見てきたどんな感情よりもきっと猛々しいものだった。
「――私のものになれ、アゼル・バーナム。私好みに調教して、悔しがるあいつを見るのも一興だ」
断られるなど微塵も思っていない、自信満々の表情。女神は恐れを知らないわけじゃない、失敗を想定していないわけではない。ただ、自信がある。ただ、勝算がある。
だから、自分の思い通りに行くと信じている。
「我が敵を斬り裂く剣となれ、アゼル・バーナム。さすれば、我が快楽に溺れることを褒美として与えよう。何度でも、何度でもだ」
どうだ、と彼女は問うてきた。だが、彼女はアゼルが拒否するとは露程も思っていない。その肉体に誰にも劣らないと自負がある、否、誰よりも優れていると、信じ切っているが故に。
(嫉妬とはかくも厄介な感情か)
女の嫉妬ほど厄介ものはないとは、老師の言葉だっただろうか。
ベルの好む英雄譚を描いた絵本を描く傍ら、老師は私にその原型となった話をしてくれた。ベルが読むものはある程度剪定されていたのだ。
それもそうだろう、ベルのような純粋な少年に、女神の嫉妬やらでどろどろした話を老師も読ませたくはなかったに違いない。
己に絶対の自信を持つ女王の嫉妬は、国を滅ぼした。貴族の令嬢の嫉妬は一家を滅ぼし、嫉妬した相手の一族を皆殺しにまでして、そして愛する男すら殺した。
それは極端な物語ではあったが、アゼルに嫉妬という感情の厄介さを教えるには十分だった。
「さあ、我が手を取れ」
「断ります」
ばっさりと、それはもうあっさりとアゼルは斬り捨てた。一刀両断、一片の迷いすら感じさせない――明確な拒否。
「私の聞き間違えか? もういち――」
「断ります」
「――――」
数瞬の空白の後、怒りがイシュタルの表情に露わになる。その顔が、アゼルにはとても美しく見えた。激情に塗れ、嫉妬と憎悪を孕んだ彼女こそが、そう――最も彼女らしいと感じた。
「【フレイヤ・ファミリア】と戦うまたとない機会だぞ?」
「私は別にあの【ファミリア】と戦いたいわけじゃありませんから」
「じゃあお前は何時どうやって【
「さあ、その時になってみないとなんとも……それに、私がオッタルと望んでいるのは戦争じゃあない――死合ですよ」
そこには立場なんて関係ない、感情すら関係ない。剣を持って対峙したならば最後、どちらが死ぬことが必定な果し合い。そのために戦争などという大仰なものは必要ないのだ。
「あの女神に色々ちょっかいを出されて迷惑しているだろう!」
「まあ、少しだけ鬱陶しいとは思ってますけど、あの女神はあれで面白い」
アゼルにとってあの女神は付き合い方を間違えなければ魅力的な神だ。
イシュタルは絶句した。神からのちょっかいを面白いと言える人間は早々いないだろう。しかも相手があのフレイヤだ。ちょっかいの規模が他の神とはまるで違う。
「じゃ、じゃあ私の身体を――」
「その申し出が、私にとっては一番興味がない」
「んなッ!?」
イシュタルは信じられないという風に表情を歪め、背後に控えていたタンムズも驚く。彼は目の前の女神の寵愛を受けている身なので、尚の事信じられなかった。
だが、二人とも何も分かっていない。
「男であれば、否、女であっても、貴女の与える快楽は至上のものなのでしょう」
「なら――」
「――だが断る」
宴席でヘルメスに教わった神々に対する絶対的な拒否の言葉をアゼルは口にした。人にその台詞を言われてかなりのショックを受けたイシュタルは開いた口が塞がらないといった感じで数秒間放心した。
「忘れているのか、それとも知らないのか」
アゼルは立ち上がってイシュタルを一瞥した。確かにそこに存在するのに人には届かぬ世界に住む
「貴女達の前にいるのは、男である前に、そして人である前に剣士であると定めた者」
燃え盛る炎のような熱を持った戦意、すべてを押し流す濁流の如き嫉妬、目の前にあるすべてをなぎ倒す嵐の如き野心――圧倒的なまでの自己。
今まで出会ってきた神々が
「剣を振るうことしか能のない破綻者、剣にすべてを捧げた狂人、剣に生まれ剣に生き剣に死ぬ――」
自らの奥底からその願いを呼び覚ます、その熱を巡らせる。この剣士が望むのはたった一つ、斬撃なのだ。
「――
お忘れか、とアゼルは尋ねた。その瞬間、イシュタルが僅かに怯んだ。恐れたか、それとも驚いたか。たかが人間と、たかが剣士と侮ったかとアゼルは目で訴えかける。ならば、それこそが貴女の不覚だ、貴女の思い違いだ、と。
人が神に劣るなど、誰が決めたことか。
人が神に勝てないなど、誰が決めたことか。
「私が欲しいのは名誉でも、地位でも、金銭でもなければ財宝でもなく、ましてや安寧や快楽でもない。女神よ、貴女が私に差し出せるものがあるとすれば、それは貴女の命に他ならない」
女神があり得ないものを見たかのように目を見開く。
「何時かその身をこの剣で斬り裂いて良いと約束する、それくらいでなくてはならない」
アゼルは確かな殺意を持って女神と対峙していた。
心の底から神である彼女を殺してみたいと、剣を振るいその肉を、その魂を斬り裂き示してみたかった――神々よ見るが良い、我が剣、確かに貴方達に届いたぞ、と。
「ふざ、けるな」
見
「巫山戯るなァッ!!」
テーブルを強く叩きつけながらイシュタルが立ち上がる。女性としては長身、鋭い目線がぶつかり合う。
「人がっ、人でしかない剣士風情がッ!! 神を、この私を試そうとでも言うつもりか!!」
「風情と、剣士風情と言ったか、
剣士とは、剣に生きるその身は、アゼルの誇りである。それを風情と嘲られることはアゼルにとって不快ではあった。
だが、価値観の違いというものは必定であり、自分の価値観が大凡一般のものから離れているという自覚がアゼルにはある。だから、剣士風情と嘲られた程度で彼女のように激怒することはしない。
むしろ、彼の心は高ぶった。ならば魅せてやろうと、アゼルはイシュタルの嘲りを挑戦と受け取った。
「試すのかと貴女は問うたな。ああ、試すとも、人である私は、神である貴女を試すさ。この身は人なれど、この魂は人なれど、この心は、この想いは貴女達神々となんら変わらないのだから」
この女神は、真の意味で人を知っていない。人は自分の思い通りになると、神である彼女は勘違いしている。己が超越存在であるからと、美の女神であるからと、その『魅了』が誰も彼もを従えさせられると、思い上がっている。
「奪われることは許されない、支配されることは許されない、決してだ」
人の尊厳だとかそういったものを語るつもりはアゼルには毛頭ない。だが、言わずにはいられなかった、主張せずにはいられなかった。
「私は、私が斬りたいものを、私が斬りたいから斬る」
それを誰かに選ばせるなど言語道断、たとえ何か斬らなかった結果大切な何かが、誰かが死のうとも、斬りたいと思ったのなら斬るだろう。それこそがアゼルの心であり想いであり、背負った業なのだ。
剣戟に懸けたこの生を誰かのものにさせるなど、許せるわけがない。
「私は貴女のものにはならない。否、誰のものにもなりはしない。私は、ただ一人、私のものだ」
「――――――ッ!!!」
抜刀、そう心に囁く。その瞬間奥底から溢れていた力が勢いを増して吹き荒れる。イシュタルの神威を斬り裂くかのように剣気が放たれ、彼女の表情が強張った。
今のアゼルはただ立って彼女を見ているだけだが、その魂は抜き身の刃の如く鋭く危うい。
「なめた口をぉ!!!」
どこまでも己を磨き上げ頂を目指すアゼルと、人を支配し従え見下し王となろうとする彼女では決定的に話が合わない。方向性と度合いは違えど、両者共に自己中心的な生き方をしているのだ。
対面したのなら、ぶつかりあうこと明白だった。そしてぶつかればどちらかが折れるのだ。
「なめた口ですか……まあ、確かに私も人に説教をできるほどできた人間ではないでしょうけど。ええ、それでも言わせてもらいましょう――――女神よ、あまり人をなめるなよ」
「なんッ」
「人では神に逆らえないとお思いか? 人では神の意志に抗えないとお思いか? 否、断じて否。逆らってみせましょう、抗ってみせましょう。我が求道の妨げとなるのなら、我が剣技をもってすべてを斬り裂いてみせましょう」
今この場に白夜がないことがイシュタルの幸運だっただろう。もしアゼルが帯刀していたのなら、その刃は今頃イシュタルを斬り裂いていただろう。神を斬るまたとない機会、早々訪れるものではない。
「その先にこそ、私の目指す頂があるのですから」
アゼルとイシュタルはもう一度視線を合わせた。アゼルは静かな闘志を燃やした瞳、イシュタルは激しい怒りを燃やした瞳。視線を先に切ったのはアゼルだった。
「さて、交渉は決裂。これ以上話すこともないでしょうし、私はお暇するとします」
そう言ってアゼルは相手の返事を待つことなく動き始めた。イシュタルの横を通り過ぎ、後ろに控えていたタンムズにここまでの案内に一言感謝を述べ、そしてドアへと向かう。
「――待て」
それをイシュタルが呼び止めた。アゼルはそれを少し意外に思った。明らかに嫌われたし、嫌われるような言動を取っていたのだから、そのまま別れの挨拶もなく通されるかと思っていた。
「お前は、本当に神が殺せると思っているのか? 人でしかないその身で、人のものでしかないその剣技で」
アゼルは何を当たり前のことをと肩をすくめた。
「剣で斬れば死ぬ、当たり前のことです。それは、貴女達とて例外ではないことを証明してみせましょう」
鬼に逢えば鬼を斬り、神に逢えば神を斬る。そこに例外などなく、剣とは殺しの道具であり、剣技とは殺しの技術である。だから、斬れば死ぬ。斬ったのなら殺さなければ真に斬ったとは言えない。
「そうか。それだけだ、出て行け」
「ええ、さようなら。叶うなら、次会った時はもう少し有意義な時間になるよう努めますね」
では、と言ってアゼルは退出した。タンムズも我に返ってイシュタルに一言残してからアゼルの後を追った。夜も本格的に更けてきた今、そのまま帰らせてはアゼルをよく思っていない団員に会って殺傷沙汰になりかねない。
帰りもタンムズが裏道を案内して帰す手筈となっている。
一人残った部屋でイシュタルは荒々しくソファーに座り寝転がる。
「チッ」
怒りはおさまらない、おさまるわけがない。『魅了』が効かないことは分かっていた。それでも、彼女は自身が与える快楽の前で男であるアゼルが抗えるとは思っていなかった。
だが、結果はどうだろうか。イシュタルの誘惑など歯牙にもかけない態度は彼女にとって最大の侮辱とも言えた。
「殺す……必ず殺してやる」
もう、アゼルを手に入れようなどとは彼女は思っていなかった。憎しみが勝ったわけではない、怒りで我を忘れているわけでもない。
彼女は知っているのだ。彼女はアゼルのあの目を知っている、神を畏れても恐れはしないあの目を知っている。神殺しを為しうる英傑の目だ、それは正しく神話の再現だ。
だが、あそこまで虚仮にされて黙っているイシュタルではない。
「ニイシャを……いや、負けたばかりか……フリュネと二人で……無理だな。ニイシャが更に強くなれば……だが、それには血が必要だ」
ニイシャ・ベルナは血を吸って力を増す。その成長速度は冒険者の苦労をあざ笑うかのようなものだが、現状アゼルとニイシャでは明らかにニイシャが劣っている。それがどの程度なのか把握できない上【フレイヤ・ファミリア】との戦争の準備も着々と進んでいる。
正直、アゼルにかまけている暇はないのだが、怒りはアゼルを殺せと燃えている。
「……あるじゃないか」
そして、ふとした瞬間イシュタルは結論へと辿り着く――あまりにも愚かで、破滅的な結論に。
「極上の血が、ここに」
己の手を見ながら、彼女は美しく顔を歪めた。
その後、彼女は頼んでいた荷物の受け渡しに来たヘルメスから
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等ありましたら気軽に言ってください。
本当は歓楽街でアゼルがタンムズさんを待っている間にお姉さんに誘われて、そこにタンムズさんがきて「あら、お兄さんそっちだったの」と言われて去られる、なんていう小話も考えたんですが――カットで!