剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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 何気にフレイヤルートを望む人たちがいるということに気付いた。私も結構ありなんじゃないかと思っています。まあ、書くかは分かりませんが、想像してみると『この剣は貴方のためだけに振るわれる』みたいな感じでかっこいい。


そして彼は地に墜ちた

『ベル、今のところ一番強い冒険者のレベルはいくつなんですか?』

 

 その質問をベルに投げかけたのは、確かオラリオに来てすぐ、ヘスティア様の眷属となった次の日くらいだったと思う。

 私自身の【ステイタス】を見て、レベルという概念が少し分からなかったので、とりあえず現在の上限を知っておきたかった。

 

『えぇと、確か7だったと思う』

『7ですか。ということはそう簡単に上がるものではないということですか……』

『そのはずだよ、レベル7ってオラリオに一人しかいないから』

『それは……つまり世界に一人しかいないということでは?』

『たぶんね』

 

 オラリオで最強の名を得るということは、つまり世界で最強であるということに他ならない。

 

『名前は思い出せないけど、二つ名は確か』

 

 その名を口にするベルも少し緊張していた。それは、冒険者すべての頂点の名。

 

 【猛者(おうじゃ)

 

 

■■■■

 

 

「はあッ!!」

 

 震える身体に鞭を打ち、踏み込むと同時に腕をしならせながら勢いを付けて斬りつけた。相手から攻撃してくる気がないのであれば、最大威力の攻撃をもって相手を斬り伏せる。

 私のスキル【(スパーダ)】によって、斬撃はすべてが必殺となる。だからと言って、振るい方が雑だったり、斬るつもりのない斬撃を放つと斬れない。

 

・ 己の力への信頼の丈により効果向上。

 

 それはつまり、私が斬れると思ったら斬れると言い換えてもいい。そのために、より鋭い斬撃を、より疾く、より的確に刻み込む。それが私の築き上げてきた力だ。

 

「ふん」

 

 今までに聞いたことのないような軽い音だった。

 今までにないくらい、完璧な斬撃だったはずだ。攻撃してこない相手の前で、できうる限りに大振りで威力を出そうとした。その一撃はすべてを斬るはずだった。

 

「なっ」

 

 オッタルはそれを、右腕に装着したプロテクターで軽々と、本当に力など一切使わずに弾き返した。久方ぶりに感じた、剣を跳ね返された感覚だったこともあったが、何よりも私はそれを予想していなかったということが一番大きい。呆気無く、私は腕を跳ね上げられ無防備な胴体を晒していた。

 

「軽いな」

 

 放たれたのはなんの変哲もない左ストレート。別段腰で溜めを作ったわけでもなく、ありえない速さで放たれたわけでもない。

 しかし、それをくらった私は今までに感じたことのない途方も無い衝撃と共に吹き飛んだ。

 

「ガッ」

 

 気が付くと、倒れていた。飛ばされた先に檻があり、衝突した時に檻が壊れたのか、上から木材が降ってくる。

 

(何が、起こった…)

 

 声を出そうにも、喉から出るのは空気だけだった。続いて口から粘り気のある鉄の味をした液体が溢れてくる。

 

(斬れなかったのか……私は)

 

 たった一撃、私を戦闘不能にするために必要だったものだ。既に意識がなくなりそうなほど薄れていて、同時に激しい痛みが身体のありとあらゆる場所から感じられる。

 

 痛み。

 

 それを最後に感じたのはいつだったか。オラリオに来てからは、ほとんど感じていない。ダンジョンではほとんどの敵を一刀で倒すか、攻撃はすべて避けていた。戦闘において、未来を見る私は攻撃を防ぐ、避けるという点においてはかなり有利だ。

 

「この程度か……」

「こらオッタル、殺しちゃだめよ」

「死んではいないでしょう」

 

 自分の上に降りかかった木片越しに、すこしくぐもった声が聞こえた。フレイヤ自身も死んでいるとは思っていないのだろう、声が笑っている。

 

「ぐッ……」

 

 起き上がろうと、身体に力を入れる。しかし、その度に激痛が身体を走り抜ける。実は腕がもげているのではないかと思えるほどの痛みに耐えながら、私は剣を再び握った。身体に馴染み深い感覚が蘇ってくる。そう、剣を握ってこそ私は完全となる。剣なくして私はなく、剣も私なくしては振るわれない。

 剣を握ると、意識が鮮明になった。そして、振るう。

 

「あら、意外に元気ね」

 

 上にのしかかっていた木片がすべて斬り飛ばされる。そして、重りのなくなった私はゆっくりと、しかし確実に立ち上がり始めた。腕をだらりとぶら下げ、さながら幽鬼の如く私は立ち上がった。

 

「来い」

 

 強者(オッタル)は遥か高みから弱者(アゼル・バーナム)を眺める。

 弱者は、高みにいる者を見て何を思うか。それは恐れだろうか。それは嫉妬だろうか。それは羨望だろうか。

 

「く……くかか」

 

 否、それは悦びだ。

 足が覚束ない、立っていること自体が奇跡のようだ。腕に力が入らない。ならば身体全体を使って剣を振るえばいい。

 

「がぁッ!」

 

 腕をだらんと伸ばしたまま、身体を回転させることで腕を振るう。上手い具合に遠心力も掛かり、斬撃は予想以上の速度で放たれた。

 しかし、それでは無理だ。

 

「ふんっ」

 

 再びプロテクターに弾かれる。

 相手を見る。未来を見る。かつてないほどの魔力を注ぎ込み、次の動きを見る。動き自体は速くない。ならば、避けられないことはないはずだ。

 オッタルにとってこれは戦いなどではない、ましてや訓練と呼べるほどの物でもない。遊び、その言葉が一番適等だ。遊びに、本気を出すものなどいない。

 

「らぁッ!」

 

 腕の感覚が戻ってくる。激しい痛みは、無理やりねじ伏せて剣を握り締める。

 

 何度も、何度も斬りつける。下から上に、上から下に、左から右に、右から左に、斜め上に、斜め下に。ありとあらゆる剣閃を描かせながら、半ば無意識に剣を振るい続ける。しかし、そのすべてがオッタルのプロテクターにより弾かれる。斬撃を逸らされているわけでもない、ただ真っ向から弾かれている。

 

「くくく……はっはっは!!」

 

 自然と笑みが溢れてしまった。ああ、確かに貴方は遥か高みにいる。そして、私は地を這う虫のように無力だ。

 

「なぜ! なぜ斬れない! なぜだ!」

 

 それは、喜びから上げた声だった。

 私に斬れない者がいる、それだけの事実に私は歓喜している。オッタルという存在は、獣人だ。私も知っている存在なのに、斬れない。

 

 理解して尚斬れない存在。そんなもの、今までなかった。私の斬撃に鋭さが足りないのか? それとも疾さが足りないのか? 試さなければならない。

 こんなこと、剣を振るい始めてすぐの頃のようだ。来る日も来る日も剣を振るい、何が悪いのか、何が良かったのかを試行錯誤しながら完成させていた懐かしき日々のようだ。

 

 痛む身体など、とうに忘れていた。斬撃は、最初より鋭くなり、踏み込みもより疾くなっていた。剣戟の冴えが増し、刃が空気を斬る音が響く。

 

 それでも、まだ斬れない。

 何が足りていない。何があれば貴方を斬れる。考えようとしても、思考はまったく働かず、ただ剣を振るうことしかできない。

 

「無駄だ」

 

 そう言ってオッタルは腕を振るった。

 初めて、剣に対してオッタルはプロテクターを使い勢いを付けて弾いた。ただ、それだけで剣は私の手から弾き飛ばされた。

 

 剣がない、ならばこの身を使い斬ればいい。剣はイメージを確かなものにし己の力に対する信頼を底上げするための物だ。この身に宿る【(スパーダ)】は身一つで敵を斬り刻む事を可能とするものだ。

 

 剣の分のリーチがなくなったことにより、踏み込みを更に深くする。肉薄し、腕を一閃、オッタルの胸板をなぞるように手刀で斬る。しかし、斬れない。

 

「お前の刃は軽すぎる」

「ガッ」

 

 殴られるでも、蹴られるでもなく左手で首を掴まれ持ち上げられる。首が絞まり息ができるかできないかという絶妙な力加減。ヒューヒューと耳障りな音が呼吸している事を教えてくれる。

 

「く、くっく」

 

 私がなぜオッタルを斬れないのか。私は、彼を理解などしていなかった。同じ獣人という存在は知っていても、私はレベル7という次元を超えた強さを知らない。圧倒的である、ということだけは確かだ。私はまだその遥か高みを感じ取ることすら許されない弱者に過ぎなかった。

 

 私のスキルと剣技で、誰にも負けないと慢心していた。それはアイズ・ヴァレンシュタインというオラリオ最強の女剣士と言われる剣士と手加減されるも、彼女自身に剣技を褒められたことからだろうか。

 いや、もっと昔から。剣を握り、振るい始めた頃からだったか。周りの同い年の人間で私に敵う人間などいなかった。年上にも負けなかった。唯一負けたのは師である老師だけだ。それでも、きっと心のどこかで本気で殺しにかかれば勝てると思っていたのかもしれない。

 

 とんだ思いあがりだ。私は、強者などではない。

 剣の腕がアイズ・ヴァレンシュタインより上? だからなんだ。すべての物を一刀のもとに両断できる? だからなんだ。そのどちらも、私が強者であるという証にはなりえない。

 

「ぐうぅぅう」

「無様だな」

 

 腕に必死に力を入れる。たったそれだけのことに必死にならなければならないほど、私の身体はボロボロになっていた。徐々に腕は上がり、私はやっとの思いでオッタルの腕を掴んだ。

 

 強者とは、常に勝つ者だ。強者とは、遥か高みにいる者に相応しい称号だ。

 ああ、私は敗者だ。間違いなく、私は今敗北の味を噛み締めている。オッタルの浮かべるつまらなそうな表情。手加減などではなく、幼子と弄れるような動きで放たれた攻撃。ただ触れるだけで弾かれた剣の感触。

 

 私は今日負け、弱者となった。遥か高みから見下ろす絶対強者(オッタル)によって叩き落とされた羽虫のように。

 

 掴んだ腕に力を込める。それでも、びくともしない。それもそのはずだ、私には既にほとんど力など残っていない。意識を保っているだけでも辛かった。

 それでも、何か一つ。どんなに小さなことでもいい、一矢報いたいと思った。

 

「な、あ」

「なんだ?」

「あ゛んた、血は、あがいか?」

「ああ」

「ぞ、うか」

 

 首を締められ上手く喋ることができない。しかし、どんな小さな声でも、オッタルは聞き取った。

 そうか、血は赤いのか。ならば、斬れないことはないんじゃないか。少しでいい、私に私の力を信じさせる要素を見つけろ。

 

 刃などなくとも、この腕で、この指で、この身で私は斬り刻む。想像しろ、妄想しろ、盲信しろ、夢想しろ。この男を斬ることを、なんだっていい、どんなに小さな傷だっていい。想像できれば、信じることができるかもしれない。

 そうだ、私はこの男が斬りたい。

 

 それは、今まで考えたこともない欲求だった。

 強者と戦いたいと思ったことはあれど、斬り殺したいと思ったことはない。

 斬り結びたいと思ったことはあれど、斬り刻みたいと思ったことはなかった。

 しかし、この男は違う。

 

 この男を、斬り(殺し)たい。

 

――ゾリ

 

「ほう」

 

 本当に小さな傷。いや、傷とも言えないような小さな痕。細い、細い肌の切れ目から一粒の血が流れでた。私は、斬った。

 にやける顔がやめられない。首をしめられていなければ、大声を上げて笑いをあげ、どうだと言ってやりたかった。お前は見下していた弱者に傷を付けられたのだと、大声で言ってやりたかった。

 

「いいだろう。お前を明確な敵として認めよう。例え、それがほんの些細な傷だとしても」

 

 そう言って、オッタル私を地面に叩きつけた。痛みを感じることができなかった。それは、痛みが限界を越えてしまったからだろう。薄れていく意識の中、私はオッタルの声を聞いた。

 

「さあ、登ってこい」

 

 それは強者からの試練だったのか、私を挑発するための言葉だったのか。それともフレイヤの命令で言っているだけだったのか。ただ、なんだってよかった。その言葉は確実に私にある願望を植えつけた。

 暗くなっていく意識の中、私は確かにそれを見た。鉛色に輝く、この世で最も鋭く、すべてを斬る物。

 

 ああ、私は貴方を斬りに行こう。きっとその先に私の求める物がある。私が初めて斬れなかった、貴方を斬ることができれば。

 

 それは、きっと想像できないほど心躍る瞬間になるだろう。

 歓喜の思いを抱きながら、とうとう私の意識は暗転した。

 

 

■■■■

 

 

 戦闘が終わり、檻に入っていたモンスターを全部放ったフレイヤはアゼルの元へと向かった。

 

「よくやったわ、オッタル」

「ありがたきお言葉」

 

 動かなくなったアゼルの前で、フレイヤはしゃがみこんだ。そして愛おしそうに、その倒れる青年の髪を撫でた。その表情は恍惚としていた。頬は仄かに朱に染まり、吐息は熱をおびていた。

 

「貴方、輝いていたわ。思わず斬られたと思ってしまうほどに」

 

 フレイヤという神は、人の魂の本質を色として見ることができる。そして、気に入った人間を自らのファミリアに迎え入れる。そうやってフレイヤ・ファミリアはオラリオでロキ・ファミリアと並ぶほど力を持ったファミリアとなった。

 今回見初めたのは二人。奇しくも二人共同じ故郷で共に時間を過ごし、共にオラリオへやってきて、同じファミリアに所属することになった少年と青年だった。

 

 少年の魂は、見たことのないほど透き通っていた。その先がどうなるのか、見てみたくなった。

 青年の魂は、剣を思わせる鉛色をしていた。神である彼女ですら一瞬恐れをなすほど、その色は剣を表現していた。すべてを斬る剣の色。冷たく、鋭く、一切の感情を伴わない鋼色。それは、きっといつか神でさえ斬ってしまう。神を殺す子供、と考えた瞬間欲しくなった。今まで見たことのない子供の勇姿を一瞬想像した。

 そうして、彼女は動き出した。

 

「絶対に、絶対に私の物になるわ。貴方は逆らえない。ふふ、最初は誰を斬らせようかしら」

 

 彼が裏切ることになるヘスティアでも斬らせてみようか。自分のお願いであれば、何でも言うことを聞くのだから、それも面白いかもしれない。それとも、神々の間で永きに渡り戦っていたロキを斬らせようか。

 彼女の中で、想像は膨らんだ。

 

「とっても楽しみよ、アゼル。でも、今はお休みなさい。もっと強くならないと、迎えに来てはあげないわ」

 

 そう言って彼女は立ち上がり、後ろに控えているオッタルに声をかけた。

 

「貴方から見て、彼はどう?」

「……卓越した剣の腕を持っていますが、どこか慢心をしていた印象があります」

 

 それを思ったのは最初の一撃を弾いた時、アゼルは心底驚いた顔をしていた。それが油断となり、オッタルの一撃をノーガードでもらうはめになったのだ。

 その後は傷付いた身体を駆使して、オッタルでなければ反応できないほどの斬撃を何度も繰り出していた。

 

「己の力に絶対の自信があったのでしょう」

「でも、それを貴方は粉々にした」

 

 フレイヤは歌うように、嬉しそうな声で言った。

 

「ええ、しかし」

 

 そう言ってオッタルは自分の腕を見る。それは本当に小さな傷。既に血も止まり、数分もすれば塞がるであろうほど些細な傷。

 しかし、どんなに小さな物でも、それをなしたのが圧倒的弱者であったことをオッタルは内心驚いていた。あの瞬間、腕を掴んだアゼルの手から感じられた恐ろしい力の波動のような物。それでも、傷は付けられないだろうと高をくくっていたが、その力はオッタルの予想の上を行った。

 

「最後の瞬間、奴は自らの限界を超えた。いや」

 

 あの時オッタルのことを見ていた目を思い出す。それまでは、どこか冷めているような目をしていたアゼルはあの瞬間、燃えるような意志を宿していた。

 

「どこか吹っ切れたように見えました」

「そう。自分の感情に素直になったのかもしれないわね」

 

 そう、フレイヤはどこかで分かっている。あのような魂の色を出せる存在が、まともなはずがないと。どこかで破綻しているに違いないと。

 

「ああ、楽しみだわ」

 

 そう言って、フレイヤは暗闇へと消えた。オッタルはすぐに後を追おうとしたが立ち止まり、自分の腕に装備していたプロテクターを外し、それをアゼルに向かって放り投げた。そして、何事もなかったかのように歩き始めた。

 後に残されたのは、無様に地面に倒れる男が一人。

 

 

■■■■

 

 

 目が覚めたのは数分後だったのか数十分後だったのかは分からない。しかし、観客たちの喧騒が微かに聞こえることからそう長い間意識を失っていたわけではないらしい。

 

「ぐっ」

 

 意識が戻ったことにより痛みを認識したのか、それとも痛みで意識が戻ったのか。ここまで激しい痛みを感じたことが久しぶりだったので定かではなかった。

 体の節々からくる痛みを感じながら、身体の現状を確認していく。

 

 身体中が痛いが、手足は動かすと筋肉が悲鳴を上げるが動かないことはない。呼吸をすると内臓が圧迫されるからか、ずきりと痛む。恐らく最初に受けた一撃のせいだろう。

 そもそもオッタルの攻撃を受けたのは最初の一回と最後の叩きつけだけだ。そのたった二度の攻撃で、戦闘不能に陥るとは本当に恐ろしい。

 

「ぐッ、がぁッ!」

 

 気合を入れて、ゆっくりと立ち上がる。腕で身体を起こし、足で地面を踏みしめる。たったそれだけの動きのはずなのに、筋肉を一つ動かす度に痛みが波となって襲い掛かってくる。戦っている間は興奮して麻痺していたのだろう、戦闘後のほうが痛みをより鋭く感じる。

 

「ッ」

 

 立った途端バランスを失い尻もちを搗いて再び倒れた。何度かそれを繰り返し、痛いのも嫌になったので諦めて、仰向けに倒れていることにした。

 

 部屋を見回すと檻に入れられていたモンスター達は全員いなくなっていた。止めることはできなかった、という気持ちは少ないがあった。しかし、やはりというべきか、心を支配していたのは歓喜であった。

 私は、なんて人でなしだろうか。リューさんが嫌うわけだ。仲間であるベルが危険にさらされているだろうという時に、私はあの強者を斬ることばかりを考えている。

 

 脳裏に蘇る彼の纏う空気、声、腕の感触。すべてを頭のなかで再現していく。ふと、近くに鈍い茶色のプロテクターが落ちている事に気が付いた。彼の、プロテクターだ。

 手を伸ばし、それを掴む。私が斬る(目指す)べき相手、その一部。そして、自らの腕にそれを付ける。心臓の鼓動はより強く脈打った気がした。どす黒い感情が、心の奥底を這いずりまわるのが分かった。

 

 ああ、これはいけない。

 しかし、私はそう望んだのだ。

 私は斬りたいと、願ったのだ。

 弱者()は愚かにも、絶対強者を斬り伏せた先を見てみたいと、渇望した。

 

 その時、廊下を走りこちらに向かってくる足音が幾つか聞こえてきた。急いでいるのか、それはかなり早いペースで走っている。

 

「えっ。アゼル君ッ!」

「エイナ、さんじゃ、ありませんかッ」

 

 倒れたまま顔だけを横に向け、確認するとそこにはベルの担当アドバイザーでありギルドの受付嬢でもあるエイナ・チュールというハーフエルフがいた。

 彼女は傷付いた私に驚き、駆け寄ってきた。

 

「ど、どういうこと! 何があったの!?」

「おいおい、物騒やな」

 

 続いて色々な人が入ってきたがその中にはロキ様もいた。彼女は私を一瞥した後、周りで倒れている他のガネーシャ・ファミリアの団員を見て、顔を顰めた。

 

「アゼル君、何があったか教えて。モンスターを逃した人、分かる?」

「それは……」

 

 答えるのは簡単だ。しかし、答えていいのか正直分からない。犯人が神フレイヤであると説明する中で、当然その動機を話さなければならない。それはつまりベルが狙われていることを話すということだ。

 しかし、ギルドは中立の立場を尊重する。ファミリア間の問題も、そうとう大事にならないと介入してくれないのだ。今回の事件が大事であるかどうかは分からないが、そうでなかったとしたら、エイナさんに話したからと言って解決にはならない。

 そして、何よりも。

 それで解決してしまったら、私はあの男を斬れない。しかし、それは同時にベルを助ける可能性を潰すということでもある。

 

 どうしたものかと視線を泳がせていると、ロキ様が私を見ていることに気付いた。彼女は至って真面目な顔で指を立てて口に当て、黙っていろ、と素早くジェスチャーした。

 

「すいません、それが覚えてないんです。何があったかもさっぱりでして。起きたらこの状態でした」

「ほんとーに、ほんとーに! 何も覚えてない?」

「はい」

「そっか……ならしょうがないよね。誰か、彼に肩を貸して医務室まで運んで」

 

 エイナさんが男性ギルド職員にそう言い、その男性がその通りにしようとしたがロキ様がそれを止めた。

 

「ええ、ええ。君たちはここでもっと調べといて。うちが運んどくから」

「え、しかし」

「アゼルとは知り合いやから。なあ?」

「ええ、少しお世話になりました」

「ロキ様が、そう仰るなら」

 

 神の言うことには逆らえないのか、普段は色々と小言を言うエイナさんもあっさりと引き下がった。

 

「ほれ、立てるか?」

「ええ」

 

 そう言って、痛む身体を起き上がらせる。今回はロキ様に支えてもらうことで楽に立ち上がることができた。

 

「犯人は、フレイヤやな?」

「知ってたんですか?」

「阿呆、アゼル以外の子供等は皆『魅了』で骨抜きにされとったわ。神が見れば誰でも美の神の仕業って分かるで」

 

 部屋を出て廊下を少し歩くと、周りに人がいないことを確認した彼女は私にそう聞いてきた。聞いたと言っても、それは確認の意味が濃かった。

 

「で、アゼルはどうしてそんなボロボロなん? モンスターにぼっこぼっこか?」

「いえ、モンスターを放つ前に辿り着きはしたんですが、オッタルという獣人にぼっこぼっこです」

「そらそうやろ。そいつはオラリオ最強の冒険者やで」

「ええ、実感しました」

 

 痛む身体が、忘れさせはしない。身につけたプロテクターが蘇らせる。

 

「私は、弱者だ」

「……うちのアイズたんみたいな事言うんやな」

「圧倒的強者を前にして、誰しもがそう思ってしまうんでしょう」

「でも、アゼルはアイズたんと違って嬉しそうやな。おかしくない?」

 

 ああ、やはり私は嬉しそうに見えてしまうのだろうか。負の感情を抑えることが得意な人間はいるが、正の感情を隠すのは至難の業だ。

 

「おかしいですよね。でも、嬉しいんです」

「変なやっちゃなー」

「良く言われます」

 

 それから会話は生まれず、ロキ様は私を医務室に運び担当医に預けると颯爽とどこかへ走っていった。

 ベッドに寝かされた私は、装備をすべて外された。できるだけプロテクターを外したくはなかったが、下着にプロテクターのみという変態的格好を思い浮かべて断念した。

 ああ、ヘスティア様とベルにはなんと説明しよう。そもそも、ベルは無事だろうか。早く【ステイタス】の更新がしたい。新しい剣が欲しい。様々な考えが頭を埋め尽くした。

 しかし、一度プロテクターを視界に入れると蘇る敗北の味。疲れた身体に医師が薬を塗り包帯を巻く。その行為に身を任せながら、私は眠りについた。

 

 こうして、私は弱者となった。

 




閲覧ありがとうございます。
指摘や感想などがあれば気軽に言ってください。

これで一応1巻の内容は終わりになります。
2巻に入る前に外伝というか、語られなかった部分を少し補完するために三人称で別キャラの話を書くことにしました。まずはヘスティア様の神の宴です。

 なんだか別キャラの話を書いててもそうなんですけど、ロキ様がいい人過ぎて困る。やっぱり大手のファミリアともなると主神に貫禄が出てくるんですかね。いや、今回もわざとロキ様出してるんけじゃなく原作の流れ的にロキ様いるから出しだけです。もちろん好きですけど。

※2015/09/14 7:09 加筆修正

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