剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「はぁ……」
「おい、どうしたヘスティア。目出度い宴席で溜息なんて!」
「……ボクにも悩みの一つや二つくらいあるさ、ヘルメス」
溜め息を吐いたヘスティアはグラスに残った少量の酒を飲み干し周りを見た。
場所は豊穣の女主人亭だ。一日前にアゼルが思いつきで予約を入れ、そして実現した【ヘスティア・ファミリア】の祝賀会の会場である。
【ヘスティア・ファミリア】の団員、そして祝うためにやってきた【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達とその主神タケミカヅチ、【ヘルメス・ファミリア】の団長とその主神ヘルメス、自分の【ファミリア】から二人もの眷属が
現在は神であるヘスティア、ヘファイストス、タケミカヅチ、ヘルメスが眷属たちとは別の小さめの丸いテーブルを囲っている。その理由は、アゼルが持ち込んだ一瓶の酒だ。
祝賀会、何かの出来事や記念などを祝う会。
ここ数日間で注目を浴びることになった【ヘスティア・ファミリア】において、今回の祝賀会には多くの祝うべき事柄があった。
まず一つ目は【アポロン・ファミリア】との
人数差十倍以上の敵に見事勝利したことを祝わずに何を祝うというのか。その上多額の賠償金、分不相応な新しいホームまで手に入り、今となっては良い結果ばかりが残っている。最早ヘスティアは昔求婚してきて、今回はベルを狙った男神のことなど忘れてしまうほど喜んでいる。
二つ目は団員の増加。
ある者は友のためと駆けつけた、ある者は恩を返すためと駆けつけた、ある者は隣にいたいと駆けつけた。またある者は愛する人の傍にいたいからと寄り添い、ある者は大切な恩人のために戦いに馳せ参じた。
たった二人の眷属で始まった【ヘスティア・ファミリア】は今となっては六人になった。
三つ目は眷属のランクアップだ。
戦争遊戯を経た【ヘスティア・ファミリア】でランクアップを果たした冒険者は二人。一人は団長であるベル・クラネル。もう一人は最近【ヘファイストス・ファミリア】から改宗したばかりの鍛冶師、忍穂鈴音だった。
両人とも自分よりLv.の高い相手を打倒したことが共通しているが、鈴音に関してはそれ以外にも原因があるとヘスティアは睨んでいる。ベルに関してはLv.2からLv.3までの所要期間が僅か一ヶ月とアゼル共々尋常ではない成長を見せている。
こんなに目出度いというのに、ヘスティアを悩ませるのは相変わらず彼女の団員であるアゼルだった。
「ははーん、さてはアゼル君がまたとんでもないことをしでかしたのかい?」
「……ノーコメントで」
図星を指されたヘスティアはむすっとした顔をして黙秘することにした。だが、その表情と言葉だけでヘルメスの言ったことが当たっていることは誰にでも分かった。
「それは最早、はいそうですって言っているようなもんだね。いやー、それにしても
ヘルメスはいい笑顔と共に親指を立ててヘスティアに拳を差し出した。
「うるさい!」
そしてヘスティアはその親指を掴んで本来曲がらない方向へと曲げた。
「いだだだだだ!!」
「他人事だからっていつもいつもそうやって人を煽るなぁぁぁ!!」
「はっはっは、無理な相談だね! 俺の生きがいみたいなもんだあだだだだっ!!!」
まあまあ、と言いながらヘファイストスがヘスティアを止めなかったらヘルメスの親指は折れていただろう。流石に痛かったのかヘルメスは涙目になりながら隣に座りながらも助けなかったタケミカヅチを見たが、そっぽを向かれた。
「それにしても、本当にあっという間だったわね」
「……鈴音君のことかい?」
「私の手を離れてすぐにランクアップするんだもの。まあ、原因は分かってるけど」
少し離れた席で、頬を染めながらアゼルに飲み物を注いでもらっている鈴音を見てヘファイストスは微笑んだ。
「今更だけどさ、本当に良かったのかい? 二人も有望な眷属を改宗させてさ」
「そうねー……良かったか良くなかったかで言えば、良かったんじゃないかしら。二人共楽しそうにやっているし、悔しいことだけれどうちにいた時より活き活きとしてるわ」
【タケミカヅチ・ファミリア】の団長である桜花と飲み比べを始めたヴェルフと、いつの間にかアゼルにあーんを敢行しようとしている鈴音、少し前まで自分の眷属であった二人のそんな楽しそうな様子をヘファイストスは見たことがなかった。
「それに、あそこで送り出さなきゃ、私は彼等の主神だったと胸を張って言えなくなる。
決死の覚悟で成された鈴音のあーんを難なく受けきったアゼルはお返しとばかりに鈴音に同じように食べ物をフォークに突き刺して鈴音に差し出していた。既に瀕死の鈴音は、震えながらもアゼルのあーんを受けて、そして沈んだ。だが、その表情は幸せそうだ。
「――私だって、女だもの。あんなのを見せられたら、応援したくなるじゃない」
「……そうだね」
だが、ヘスティアはアゼルが普通の人間とは違うことを知っている。その欲求の多くは剣戟に注がれ、求めるものは平穏でも恋愛でもなく、死と隣り合わせの戦場だ。強すぎる願いを抱え、そして今は人を越えようとしている。
アゼル・バーナムに恋するということが、どれほど危険なことかヘスティアは分かっている。だが、恋というその感情が少女にとってどれほど抑えられない感情であるかということも彼女は理解できた。
「ヘスティア、あの子を見守っていてあげて。今の貴女になら、任せられるわ」
「ああ……ボクにはそれくらいしか、できないからね」
少し苦しそうな顔を見せながらも、ヘスティアはアゼルと鈴音を真っ直ぐ見つめた。
見守り、心配をして、そして受け入れる。共に戦場に立つことができない
「ほらっ、ヘルメスが言うことに賛同するのは癪だけど、宴席で辛気臭い顔は良くないわ。せっかくアゼルが持ち込んできてくれた
「おいおい、そこまで俺のことが嫌いなのかい?」
「ええ、まあ好きではないわね。色々何を考えてるか分からないもの、貴方」
「ひどいっ!?」
ヘルメスに辛辣な言葉を浴びせながら、酒瓶からこの世の物とは思えないほど澄んだ液体をヘスティアのグラスに注いだ。ヘルメスとタケミカヅチもグラスを差し出したので、注がないわけにはいかず二人の分もお酌をした。最後にヘスティアがヘファイストスのグラスにそれを注ぎ、四人はその水面を見つめた。
「これって、正真正銘の
「そうだね、香りと言い、見た目と言い、これはきっとこのオラリオで手に入る中でも最上の神酒だろうね。俺が保証しよう」
「……アゼルはどうやってこんなもの手に入れたんだ? 家を買うより高いって噂も聞くぞ」
今まで眷属の装備や
市場に出回っている神酒とは、神ソーマが真の神酒を酒造するにあたってできた失敗作でしかない。それでさえ、人々を虜にするほどの魔力を帯びている。今四柱の前に注がれた神酒は、その数多の失敗作の末にできた途方もなく貴重で高価な、完成された神酒だ。
人が飲めば酒を求める餓鬼ではなく、魂の抜けた廃人となるほどの代物だ。
「ソーマ本人からの贈り物、らしいよ」
「本人からぁ!?」
ヘルメスが語尾を上擦らせて驚く。
ソーマが変人、もとい変神であることは周知の事実だ。あまり他者と関わろうとせず、しかも会話になっても殆が短文でのやり取り。前髪が長く瞳が見えないことも相まって、いまいちどころかいまさんくらい何を考えているか分からない神だ。
そのソーマが人であるアゼルに、真の神酒を贈った意味がヘルメスには分からなかった。
「うーん、アゼル君曰く何か通じるものがあって仲良くなったって言ってたけど」
「……本当にアゼル君は色々ぶっ飛んでるね。ちなみに――」
「――飲めるよ。普通にほろ酔いだった」
ホームでアゼルが手酌で飲んでいる場面にヘスティアは遭遇した。その時のことを思い出しながら彼女はまた難しい顔をするはめになる。
場合によっては神ですら魅了してしまう酒を飲んで、なんともない人間、そんなものが人間であるはずがない。アゼルは普通の酒類では酔っているようで全く酔っていないのだ、酔うことができないと言っても良い。最上の神酒で漸く、心地よく酔える。
その所以は、すべての異常を斬り裂き打ち消してしまうアゼル自身にある。天界きっての美神であるフレイヤの肉体接触による魅了すら跳ね除けるアゼルは、神酒の魔力を跳ね除ける意志がなくともその殆どを打ち消してしまう。無意識の内に反応する防衛機能によって、常人を廃人にする魔力をほろ酔い程度まで減退させてしまうのだ。
「実際の所、アゼルって何者なの?」
「……アゼル君は、アゼル君だよ。それ以外の何者でもない」
「いやー、でもアゼル君が最終的にどうなるかっていうのは、興味があるね」
ヘルメスのその発言にヘスティアは睨みを利かせた。
「おいおい、最新の神話と例えたのは君じゃないか。つまり、そこには辿る物語があるってことだろう? それを楽しみにして、何が悪い」
「君が言うと悪意しか感じないだけさっ! 言っておくけどね、アゼル君にちょっかい出そうなんて思ってないだろうね君は! もしそうならただじゃおかないぞ、ボクは本気で怒るぞ! 本気と書いてマジだ!」
「そ、そこまで言うことないだろうっ!?」
内心笑みを浮かべながら、ヘルメスは両手を前にだしてヘスティアの疑いを否定する。誰からも疑われるという立場は、捉えようによってはヘルメスにとってかなり有利な立場だ。助ければ疑っていた分だけ恩を感じさせ、謀っても心が痛まない。
そもそも自身の娯楽のために謀るのだから心が痛むことはないのがヘルメスという自由奔放、娯楽大好きな神の性根だ。神は子供達の嘘は分かるが、神同士の嘘は見抜けない。
「俺は本当に見てみたいだけさ、アゼル君の剣がどこまで届くのかをね」
「おいおい、そういうのは俺の領分だろう」
ヘルメスの台詞に武神であり剣の神でもあるタケミカヅチがいち早く反応する。そもそもアゼルの第二の師としてアゼルの剣を見届ける義務があるとタケミカヅチは感じている。ヘルメスのように自分の興味のみのためではなく、タケミカヅチは彼の本領である武人としてもアゼルを気にしている。勿論、楽しみであることに変わりはない。
いや自分の方が見たい、いや自分が、と不毛な言い合いをしている二柱を脇目にヘスティアはおもむろにグラスが掲げた。
「取り敢えずっ! 乾杯っ!」
「乾杯」
「かんぱーい!」
「おう」
中身と同じように、澄んだ音が響き渡った。
■■■■
新生【ヘスティア・ファミリア】の誕生から一夜、前日の予約ではあったが支障なく席が確保できたので豊穣の女主人亭で【ヘスティア・ファミリア】や関係のある【ファミリア】を交えての祝賀会が執り行われた。
私は、その場にヘスティア様やタケミカヅチ様が喜ぶだろうと思って神酒を持ち込んだ。一応その場でミアさんからのお許しを得たので問題はない。ただ睨まれたので、絶対に神様達以外に飲ませてはいけない。
「相変わらず美味しいですねえ、ここの料理は」
「オラリオでも屈指の人気を誇る店ですからね。何より治安が良い」
「治安が良いのに危険というのも不思議な話ですけどね」
最初の方は神様達だけ別のテーブルで神酒の入ったグラスで乾杯をして少し話していたが、今はすでに神も眷属も混ざって飲み食いをしている。命さんは甲斐甲斐しくタケミカヅチ様に酒を注いだり、料理を取ったりとまるで妻のような立ち位置だ。
恥ずかしがりながらも私と飲んでいた鈴音は、一度はあーんをあーんで返したことにより沈んでいたが、今はヴェルフを交えてヘファイストス様と周りと比べれば静かに飲んでいる。あれは、ただ楽しむためだけに飲んでいるのではないということが一目で分かった。戦争遊戯での戦いぶりを見てからの別れの言葉を伝え、前主神として元眷属を心配しているヘファイストス様はまるで母親のような眼差しだった。親離れ、子離れ、そう言ってもいいだろう。
飲み始めた頃はヴェルフをいじって遊んでいた椿さんは今は桜花さんと飲み比べをしていた。だが、既にヴェルフさんと一勝負を終えた桜花さんはもうかなり出来上がっていた。勝負は火を見るより明らかだった。それでも引かない桜花さんのことを誰かが漢と呼んだ。
非常に残念なことだが、ヴェルフとの勝負がなくとも椿さんには勝てなかっただろう。そもそも酒豪として名を轟かせるドワーフの血が流れている椿さんに勝とうと思ったことが桜花さんの敗因だろう。
ベルはリリとヘスティア様に挟まれて喧騒の真っ只中にいる。これを食べろ、これを飲め、いや私が食べさせる、リリが注ぐ、と矢継ぎ早に両隣の女性が口を開く。どうすれば良いか分からないベルは周りに助けを求めるも、温かい目で見守っているというよりその三人を肴に飲んでいるヘルメス様が助けるわけもなく、私も巻き込まれたくはないので目が合った時は笑うだけだ。
加えて、時折シルさんがやってきてちょっかいを出すものだから場が収まることがない。あれは絶対に確信犯だ。リリとヘスティア様が争うように彼女が仕向けているに違いない。
そして、私はアスフィさんと向かい合って静かに飲んでいた。というより、私が少し離れて眺めていたら彼女がやってきた。たぶん普段の疲れを癒やしたいのだろう。騒がしいベルや椿さんの周りには行くわけもなく、間に入ることのできないタケミカヅチ様と命さんの所に行けるわけもなく、同じ理由で鈴音とヴェルフのところにも行けない。
そして、何よりヘルメス様の近くにいては休まるわけもない。消去法で彼女は私の近くに来た。
「そう言えばアゼル、『
「まだストックがあるので大丈夫ですよ」
「そろそろあの中身が何なのか、教えていただけませんかね」
「それは企業秘密ということで。あまり知られたくないことですからね」
「だが【
アスフィさんが周囲を気にして小声で私にそう言った。
リューさんはその正体を知られたくないので、あまり大きな声でかつての彼女の二つ名を言うことは憚られる。現在、リューさん自身が知る由もないだろうが、【疾風】リュー・リオンという冒険者の記録はギルドの管理している冒険者達の情報から抹消されている。
そんな彼女だが、戦争遊戯には助っ人として参加していたのにも関わらずこの祝賀会には参加していない。勝利に貢献していたことは確かなのだが、彼女が参加していてはあの時の助っ人と彼女を結びつける人もいるだろうということだ。それに加えてリューさんは今まさに祝賀会をしている豊穣の女主人亭のウェイトレスだ。当然仕事があるので、彼女は私達の飲み物や料理をいつも通り同僚と共に運んでいる。
「鈴音とヘスティア様も知っていますよ」
「……全員貴方に好意を抱いている、ということしか共通点がないのですが」
「さて、私は教えるつもりはありませんからね」
その法則で言ってしまうとティオナも私の能力を知っていることになるのだが、それはないだろう。アスフィさんが私とティオナの関係を知っているかは知らないが、あの三人が口を割らない限りアスフィさんが私の能力、そして試験管の中身に辿り着くことはない。
そして、三人共私の許可なく他人に話すとは思えないので大丈夫だろう。
「ん?」
私は、背後から視線を感じて肩越しに後ろを向いた。
「どうかしましたか?」
もう『停滞の檻』の中身が何なのか、私から聞くことを諦めたアスフィさんは目の前の料理を綺麗に切り分けて食べていた。私も食べ方が汚くはないが、アスフィさんはこの場にいる客の中でずば抜けて綺麗に食べる。どこか気品すら感じさせる食器の使い方だ。
彼女からしたら何もないのに振り向いた私が不思議だったのだろう。
「いえ、何でもありません。多分誰かが食器を床に落とした音でも聞こえたんでしょう」
「はあ」
「少し、お手洗いへ行ってきます。頑張って休んでくださいね」
「それは矛盾してますが、ありがとうございます……はぁ」
私は席を立って店の奥のあるお手洗いへと向かう、と見せかけてその途中で曲がり祝賀会をしている面々からは死角となっているテーブルへと足を向けた。
そこに座っていたのは、本来給仕にあたっているはずのウェイトレスの一人――鈍色の髪と愛嬌のある笑顔を携えた看板娘、シルさんだった。
「一回で気付いてくれてよかったです。流石アゼルさん」
「まさかシルさんから熱烈な視線を送られる日が来るとは……浮気ですか?」
「それこの前も言いましたよー、二度ネタはつまらないですっ」
「それで――私に、何か用ですか?」
「んふふー、アゼルさんのそういう直球なところ、結構好きですよ私。ベルさんの迷子な感じの方がもっと好きですけど」
そう言いながら、彼女は私に座るよう促した。訝しげに彼女を眺めながらも、私は彼女に従って座ることにした。目の前の少女が、無駄なことをするとは思えない。特にベルの前で、少しでも誤解を招くようなことは避けるだろうに、それをしてまでの用事があると見た。
「さて、先日うちでちょっと話題になったクレーズさんは覚えていますよね?」
「娘のアンナさんが攫われた、ヒューイさんとカレンさんのクレーズ夫妻なら」
「そうです、その二人です。あの事件の続報と言いますか、経過報告と言いますか。取り敢えず、アゼルさんにも関係していることです。いえ、むしろアゼルさん次第で事件は解決するかも」
「……続きを」
私がどう関わってくるか、さっぱり分からないが話を聞かないことには何も進まない。一応少しは関わっているので、結局あの後どうなったのか知りたくないわけではない。知ったところで何も私にはできないだろうが、聞くくらい問題はないだろう。
「あの後ですねー、予想通りリューがあの二人を助けるために動いたわけです」
「でしょうね。リューさんでは力不足だった、なんてことはないでしょう」
「力不足ではないですよ。ただ、少し厄介なことになったんです」
それからシルさんは大まかに何が困ったことなのか喋った。
リューさんはクレーズ夫妻がやってきたその夜にヒューイさんが賭博を行った場所へと赴き、相手の土俵で勝負をして見事勝利して情報を手に入れた。だが、それは決定的な情報にはならず、次は【ヘルメス・ファミリア】にアンナさんの居場所の特定を依頼した。アスフィさんがそれをリューさんに伝えたのが今日の夕方だったらしい。
その場所はカンナさんが予想した歓楽街ではなく、様々な理由によって都市外の国々が運営するオラリオの治外法権とも言える『
その場所の何が問題かというと、【ガネーシャ・ファミリア】および『エルドラド・リゾート』の人間が守衛をしていることだ。最も大きいカジノということもありその人数と練度は他のカジノに比べて非常に水準が高く、リューさんと言えどもたった一人で突破することは不可能だそうだ。
この情報を彼女はリューさんに報告をするアスフィさんを少し離れたところから盗み聞きしていたらしい。
「ええと、それが私と何の関係が?」
「いくらリューが強くてもあんなにたくさんの守衛がいたらカジノに入ることすらできない。でも、もし正式に入る方法があれば?」
「……貴女にそれが用意できると?」
「はいっ、もうお得意様の伝手で『エルドラド・リゾート』への招聘状を用意してもらってます」
親友であるリューさんの役に立てることが嬉しいのか、普段浮かべている笑みよりも柔らかい笑みを浮かべているシルさんを見て、結局私がどう関わるのか分からずじまいだが一安心した。兎に角リューさんによるアンナさん救出は続行できるようだ。
「それで、私は?」
「それでですねー……実は、そのお得意様が一つだけ条件を出してきてて」
「それが私、ですか?」
「そうなんです。明日の夜、二人っきりのディナーをご所望なんです。あ、支払いとかはあっちが持ってくれるのでアゼルさんは特に何も用意しなくていいですよ」
シルさんの説明を聞いて、リューさんのためであれば一食くらい誰かと共に食べることは吝かではないと思った。だが、問題はその『お得意様』とやらが誰なのかということだ。私の知っている人物か、それとも見ず知らずの誰かか。
認めたくないことだが、今の私は戦争遊戯で少し目立ったので有名になってしまっている。相手が一方的に私を知っていることは珍しくない。
「あっ! でも――」
紙に招待されている店の場所を記しているシルさんが突然何かを思い出したのか顔を上げて、身を乗り出して私の耳に口を寄せて囁いた。
「――あのお酒、持ってくと喜ぶと思いますよ」
ぞくりと、一瞬背筋が震えた。寒気や嫌気ではない、それは甘美な震えだった。私は寄せた顔を離していく彼女を見た。
「ふふふ」
携えた笑みは、とても美しく、それでいて少女のように可愛らしく、人々を魅了するような、魔性の微笑みだった。
「場所はここです」
「ありがとうございます」
「羨ましいなー、そこかなり高くて美味しい店なんですよ?」
「シルさんなら、その『お得意様』とやらがいくらでも連れてってくれるんじゃないですか?」
「そんなことないですよ。ほら、私って忙しいですから」
「私の目の前で堂々とさぼっていると思うんですけど」
「アゼルさんは誰にも言わないですよね?」
彼女はそう念押しをしてから私に店の場所を記した紙を手渡してテーブルから離れていった。私が言わなくともミアさんは気付いているだろうし、気付いた上で彼女の行動を許していたのだろう。この店の支配者はミアさんなのだろう、だがその上に誰かがいることは明白だ。
「まあ、いいか」
差し当たってその誰かが悪さをしているということもない。
私以外誰もいなくなったテーブルから立ち上がり、私は予定通りお手洗いへと向かう。シルさんの『お得意様』が誰なのか、もう見当はついている。シルさんがどのような関係なのか私には分からないが、繋がっていることは何となく前々から察していた。
「神酒、残ってるといいんですけどね」
それだけが心配だったが、四柱の神様達は私に遠慮してか、高価な酒だからだろうか、一杯ずつしか飲んでいなかった。別段明日持っていかなくとも相手が怒ることはないだろうが、誰かと共に飲める数少ない機会でもある。
進んで彼女と時間を共にはしたくはないが、リューさんのためとなるのなら喜んで食事でもデートでも付き合う。それに、どんなものが食べられるか楽しみではないと言えば嘘になる。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言って下さい。
シルさん、最早隠す気がない。