剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「わあっ! わあわあ!!! やったあ!! やったーー!!」
両手を振り上げてティオナはその溢れんばかりの感情を表現していた。その隣で姉であるティオネは鬱陶しそうな表情を隠さないが、今ばかりは許してやることにした。
「ねえ、見た!? 見たよね、ねえねえ!!!」
「ああっ、もうっ! 見たわよ、うっさいわねえっ!!」
姉にじゃれつきながら大はしゃぎをする妹を見ながら、その周囲は苦笑い。ただその中に一人だけ真剣な面持ちの人物がいた。
「リヴェリア、どうかしたのかい?」
「まあ、その、なんだ……アイズやティオナが気にかけている冒険者ということもあってだな、対戦相手を調べたんだが」
これを聞いたフィンですら、口にはしなかったがまるでお母さんだなという感想を抱いてしまった。
「ラオン・ジダールの装備、特にあのガントレットだ。あれは
「……それは、本当かい?」
ティオナとティオネが喧嘩一歩手前までいき、それを止めようと割り込むレフィーヤとアイズを余所にフィンとリヴェリアは思案顔で『鏡』の中で倒れているアゼルを見る。
「リヴェリアの考えでは不壊属性は斬れると思うかい?」
「……目の当たりにした後でどうかと思うが、不可能だろう」
「僕もそう思うよ。自分達の装備を信じるという意味でもね」
だが以前、アゼルは一度不壊属性を斬れると思うと言っていたことをフィンは思い出した。あれは出会ったばかりの頃、ロキ・ファミリアのホームに招いた時のことだった。アイズとの模擬戦の折、アイズのデスペレードを斬っては申し訳ないと言っていた。
「【ステイタス】の封印に不正があった、という線が一番論理的ではある」
「ああ、でもギルドがそんなヘマをするとも思えないし、ヘスティア・ファミリアに買収されたとも思えない」
「残る結論は、武器の性能か、それとも……いや、しかしそれはあり得ないだろう」
リヴェリアは武器の性能という可能性も考えたが、そうであれば何故最初から斬らなかったのかという疑問が残る。その上アゼルの武器を打っているのは忍穂鈴音というレベル1の鍛冶師だと以前椿から聞いた。
「はあ……勧誘、するのか?」
「んー、ティオナのためにも引き抜きたくはあるね」
盛大な溜息と共にリヴェリアはフィンに尋ねた。フィンもその様子には苦笑いを返し、頬を掻きながら自分の意見を述べた。
とうのティオナは未だ興奮が収まらず、アイズの肩を抱きながら今は大将同士の一騎打ちを観戦していた。親の心子知らずというべきか、団長と副団長の心労など知らないかのような喜びようだ。
「ほらほら、こっちも熱いよ! アルゴノゥト君大丈夫かな、ねえアイズ?」
仲間を一人ずつ減らしながら、ベルは玉座へと辿り着いていた。ヒュアキントスの命令通り、カサンドラはベルだけを通し付いてきたヴェルフとリリを足止めすることに成功していた。
つまり、これから起こるのは大将同士の一騎打ちだ。どれだけ他のメンバーが倒されようとも、大将が討ち取られては意味がない。戦争遊戯の勝敗を決めるのは、ベルとヒュアキントスなのだ。
「大丈夫」
「そっか、アイズが言うなら確実だね!」
一週間アイズとベルは猛特訓に勤しんだ。時間が許す限り、足が動く限りアイズはベルを打ちのめした。時々ティオナも加わりベルが可哀想に思えるくらい追い詰めた。しかし、それくらいしなければ一週間という短期間での成長は見込めない。何せベルが挑むのはレベルの一つ上の冒険者。
本来であれば挑んでも勝てない相手との戦いだ。しかし、勝たなければならない。ならボコボコにされる無茶くらいはする。
「ベルは、強いから」
アイズはベルの凄まじい成長速度を目の当たりにした。主神と会っていないので【ステイタス】の向上は見られない。しかし、ベルという少年は倒される度に強くなっていった。砂が水を吸い上げていくかのように、戦闘技術を向上させていった。元々の才能というものもあったのだろう、しかしそれ以外の要因が大きかった。
まず、相手がアイズだったということ。アイズは気付いていなかったが、ベルはアイズに好意を抱いている。そんなアイズの前で無様な見せられない。男としてそれはあってはならない。だから、倒れてもすぐに立ち上がって挑み続ける。
これは、アイズには分からなかった要因だ。しかし、アイズでも見て取れた要因があった。
ベルには覚悟があった、誇りもあった、意地があった。ベル・クラネルには心の強さがあった。
それは自分よりも、ロキ・ファミリアの団長であるフィンに似た強さだとアイズは思った。小さくともヘスティア・ファミリアという集団を背負っていく覚悟、ヘスティアとアゼルに団長を任せられた誇り、そして負けられないという意地。
確かにベルはまだ未熟も未熟だ。戦い方も拙い、戦闘力もアイズやフィンに比べて高いとは言えない、集団を指揮する能力も乏しい。言ってしまえば、ベル・クラネルは弱い。
しかし、そんな彼にアイズは僅かに憧れた。
戦う姿から滲み出る、誰かを守りたいという願い。
重ねた刃から伝わる、誰かを越えたいという叫び。
立ち上がる姿が魅せる、ベル・クラネルという少年の不滅の心。
もし、自分もこんなにも己を曝け出せたのなら、自分もこの少年のように強くなれるのかもしれないとアイズは思った。白い髪に赤い瞳、兎を連想させる可愛い見た目の少年だ。しかし、一度戦闘になるとその印象は変わる。
何度倒れても立ち上がる、負けることなど考えていない前のめりの姿勢、その時出せる全力を出し尽くす獣のような闘志。アイズはそんなベルに痺れた。自分はこんなにも感情的に強さを求めたことがあっただろうかと考えた。
「君なら、勝てるよ」
『鏡』の向こうにいるベルにアイズは語りかけた。
あの少年は何を求めてあんなに強さを渇望するのだろうか。それはきっとベルの力の根源で、それが何なのか分かれば、アイズはもっと強くなれる気がした。
応援するのは、自分のためか、それともベルのためか、少女の心は揺らいだ。
■■■■
団長に必要な資質とは何なのか、ベルはずっと考えていた。今までもヘスティア・ファミリアの団長は書類上ではベルだったが、それらしいことはしてこなかった。
なんせ二人しかいないファミリアに団長もあったものではない。しかも、どちらとも別々に行動するものだからベルに団長としての自覚など芽生えるわけもなかった。
だが、今その答えが問われている。
ベル・クラネル、お前は団長としてこの戦争遊戯に挑んでいる。ならば、お前にとっての団長とは何なのだ、どんな意味がある、どんな意義がある。
自分で自分に問い、何度も答えのようなものを思案した。だが、どれも実感が湧かないものばかりだった。すべてが合っているようで間違っている気がしたのだ。
王座の間へと辿り着いたベルを待っていたのはヒュアキントスただ一人だった。誰もが待ち望んだ大将同士の一騎打ちが待っていた。
ヒュアキントスと相対したベルは、その目を見て悟った。相手は自分のことを侮ってはいない。目の前の青年は、兎を殺すためでも本気を出す獅子だ。
覚悟はしていた、準備もしてきた。しかし、あと一歩のところで届かない。
ヒュアキントスはレベル3の冒険者だ、レベル2のベルが勝てる可能性は元々低かった。だが、それでも勝てると信じてアイズとティオナ相手に奮戦してきた。動きの速さではベルはヒュアキントスに勝っていた。だがそれ以外は拮抗か、苦しくも少し下回っているくらいだ。
どうしたって挑戦者であるベルが動き回らないと立ち回れない。それがベルの唯一の勝っている点なのだから当然だ。
「ぐああぁッ!!」
ヒュアキントスの攻撃がベルに殺到する。ヒュアキントスの
そして非情にも、冷酷にも、立て直す暇すら与えずにヒュアキントスは追撃する。
「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」
《魔法》の詠唱が始まった。
「ぐぅッ!」
ベルはそれを止めるようと必死に前へと脚を踏み出す。しかし、ヒュアキントスは傷付いたベルの緩慢な動きを容易に避けては詠唱を続けた。それに加えて避けた後に拳の連撃をベルの身体に叩き込んだ。
腹、胸、肩、拳が突き刺さり衝撃を殺せずそのまま受けてしまった。
「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」
燃えるように痛む身体を我武者羅に衝き動かしながら、ベルはなんとか立っている状態だ。意識は少し朦朧としていた。最早いつ地面に倒れてもおかしくない。それでもヒュアキントスは容赦しない。
自分に団長であることを望んだ仲間は、果たして何を自分に望んだのだろうか。自分の価値を正しく知らない、と言われることがあった。だが、やはり自分にそこまで凄い何かがあるとはベルには思えなかった。
自分なんかよりも、アゼルの方が凄い。そう思ってずっと育ってきたし、実際にそうだった。
自分では単独でゴライアスを討ち取ることはできないだろう、というのがベルの素直な感想だった。
だが、自分はそれで良いのだとベルは知った。
自分が凄いかどうかなんてことは、どうでもいいことだ。凄かろうが、凄くなかろうが
自分以外にいないのだ。アゼルではなく、自分が自分で選んで団長となった。
「【放つ火輪の一投――来たれ、西方の風】!!」
悠々とヒュアキントスは《魔法》の詠唱を最終段階へと移行させていく。『鏡』の向こうでは、誰もがベルの敗北を予感した。アポロンは斯くあるべきとばかりに毅然と眺めている、ヘスティアは唇を噛み締め叫び出すのを我慢しながら眺めている。
「【アロ・ゼフュロス】!!」
人の半身ほどある光の円盤が高速回転しながら空間を切り裂いてベルへと迫る。その光を見ながら、ベルの体内時間が限りなく引き伸ばされていく。
「これで沈むといい、ベル・クラネルッ!!」
負けられない、負けたくない。目の前の青年に、アポロン・ファミリアという敵に、自分の限界という幻想に、勝ちたい。
あの人の、こんな自分に戦い方を教えてくれたあの人の期待に応えたい。
こんな自分を信じてくれている人達が、確かにいるのだ。
「オオオオオオォォォォォッッッ――――!!!!!」
兎が吠えた。敗北の間際、血の流れる傷を無視し、形振り構わずその牙を敵へと向けて走り出す。負けられない戦いがある、血を流しても戦わなければならない時がある。
何事にも屈しない、そんな英雄になりたい。
ベルは身体を倒しながら腕をしならせて胴体の動きで無理やり振るう。手に持った短剣、牛若丸弐式が緋色の軌跡を描きながら、純白の輝きを放つ。
そして、迫り来る光円と短剣がかち合った。
一秒にも満たない
「なあッ!」
直線状にあるすべてをなぎ倒すような一撃が、短剣の一振りと共に放たれる。ヒュアキントスの《魔法》はその一撃によって叩き落され、そしてそれだけに留まらず床を破壊した。
ただの短剣が出せる威力ではない。
床が大きく破壊され砂煙が室内に立ち込める。その中を、ベルは疾走。
力があるとかないとか、頭が良いとか悪いとか、強いとか弱いとか、そんなことはどうでもいいのだ。否、そんなことを理由にしてはいけない。
ベル・クラネルの自らが選んだ道だ。それに御託を並べて負けた理由にするのは、果てしなく滑稽で情けなく、間違っている。
何があろうと、否、何もなかろうと――団長は負けてはならない。
故に想いは加速する。誰かを守りたいという願いが、誰よりも強くありたいという夢が、英雄になりたいという夢が――ベル・クラネルを強くしていく。
自分には何もないのかもしれない、それでも、その想いだけは誰にも負けはしない。だから戦え、ベル・クラネル。
「まだッ、まだぁぁぁぁッッ!!!」
「な、めるなぁぁぁ!!!」
紅の短刀と波状剣が何度も交差する。
その最中、ベルはヒュアキントスの波状剣の違和感を感じ取った。それが何なのか、分かると更に攻撃を加速させた。
「ああぁぁぁぁぁぁッッ――!!!」
雄叫びと共に鋭い一撃がヒュアキントスの波状剣へとぶちあたる。そして、ベルの感じていた違和感がその結果を見せる。
波状剣が半ばで斬り裂かれた。
(今だッ!)
「――ガッ!?」
だが、ヒュアキントスはその上を行った。刃を重ねていたベルが感じ取ることのできた違和感が、使用者であるヒュアキントスに分からないはずがない。それ故に、武器が壊れることを見越していた。
そして、ベルならばその隙に食いついてくるだろうことも分かっていた。
「認めよう、お前は凡夫ではない」
ヒュアキントスの拳が、踏み出そうとして無防備になっていたベルのみぞおちに突き刺さった。まともに受けてしまったベルは、肺から強制的に酸素を押し出され硬直。
「アッ、ガッッ」
「だが、勝つのは私だ」
そのまま拳を押し通し、ヒュアキントスはベルを殴り飛ばした。壁へと激突、僅かに残っていた酸素が背中への衝撃で吐き出され、ベルは地面へと崩れた。
(負けるのか……)
意識が薄れていくのが分かった。視界が狭まり、自分の呼吸音が煩く聞こえるほど荒い。心臓の音が聞こえるのに、周りの音は聞こえない。落ちて行く、暗闇へと落ちて行く。
(嫌だな……)
悔しいのに、涙が流れない。
拳を握りしめたいのに、身体は動かない。
(動けよ)
身体が動かないことが、信じられなかった。だって、その精神は、その心はまだ死んでいない。未だ燃え続けている闘志がベルにはあった。
(動けよッ!)
「ぅ、ぐ……ぁぐッ」
己を叱咤しながらベルが思い出していたのは彼の想い人――アイズ・ヴァレンシュタインとの会話だった。
『アイズさんは、その……団長に必要なものって何だと思いますか?』
第一級冒険者であり、自分より数多くの修羅場をくぐり抜けてきたアイズにベルはそう問うた。オラリオで最強を噂されるロキ・ファミリアの団長の元で戦ってきた彼女なら、何か自分より正解に近い答えを持っているかもしれないとベルは思ったのだ。
『……』
『あ、別に、答えたくないなら、いいんです。でも、僕――』
『仲間』
自分が何故そんな質問をしたのかを説明しようとしたベルの言葉を遮って、アイズはその言葉を口にした。
『仲間がいなければ、団長にはなれない』
それはまるで言葉遊びだった。二人しかいない上にどちらとも単独行動をしていたベルに団長としての自覚がなかった理由だ。そんなことは当たり前で、今更考えることではないとばかり思っていた。
だが、アイズ・ヴァレンシュタインは仲間がいなければいけないと答えた。
『団長がいてファミリアがある。でも、ファミリアがないと団長はいない』
それは、持ちつ持たれつの関係に見えて、酷く偏った支え合いだ。ファミリアという集団を一人で支える団長と、その団長を大人数で支えるファミリア。
だが、それがあるべき姿なのだ。団長とはそうであるべきなのだ。
今やっと、ベルはそう思えた。
『君は、団長になるの?』
そう問われた時は、なるというかなってしまった、などという情けない答えを返してしまった。しかし、今ならはっきりと答える自信があった。
――僕は団長になるよ
何時だったか、アゼルは考えた。
アゼルの歩む道はすべてを置き去りにする剣の道。ベルの道はすべてを背負っていく善の道。
すべてを背負ったベルはその重さに耐えられず圧し殺されるかもしれない。すべてを斬ったアゼルは空っぽに終わるかもしれない。
だが、そうはならないのだ。アゼルは間違っていた。
背負った人が、今度はベルを支えてくれる。そして、支えてくれる人がいる限りベル・クラネルは戦える。支えてくれる人の分だけ、強くなる。
団長とは皆を導くもの。その歩みには団員達の総意が宿り、団員達の重みが宿り、団員達の命が宿る。
団長とはファミリアそのもの。その背にファミリアの名を背負い、ファミリアの誇りを背負い、ファミリアの未来を背負う。
ベル・クラネルとは――ヘスティア・ファミリアそのもの。
「ぐッ、がぁ」
だから、決して背を向けてはいけない。
燃える、ベルの中の何かが燃える、
「ま、だッ」
だから、決して膝を屈してはならない。
夕焼けに染まる市壁の上で、向かい合った彼女を思い出す。
「負けられ……な、いッ!」
だから、決して倒れてはいけない。
背中が燃えるように熱くベルを衝き動かす。その情熱が、その憧憬が、その想いが、その身を灼きながら力を与える。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉッッッッッ――――!!!」
予備動作などなく、それはとても不格好な走り出しだった。それもそのはず、もう身体は限界を越えていた、体力も尽きていた。
では、その時少年を動かしていたものは何だったのか。
それは、想いしかない。
我武者羅に、ベルはヒュアキントスに向って一直線に駆けた。その他のことすべてを投げ出し、狭まった視界の中で捉えた青年だけは逃さないと、最早執念だけで追いかけた。
「無策とは、愚かな」
ベルがもう一度立ち上がったことに驚きながらも、ヒュアキントスは腰に刺してあったナイフを抜いて迎撃。言葉通り、策などなかったベルを避けながらとどめを刺そうとした。
だが、青年は少年を甘く見ていた。その勝利に対する執着、その憧憬に対する想い。最早想いだけで動くベルは、痛みを感じることすらない。
「なッ!」
ベルはヒュアキントスの斬撃を避けるそぶりも見せずその身に受けた。そして、そのままヒュアキントスに抱きつくように腰へと腕を回した。
「おおおおぉぉぉッッ!!」
そして、そのまま速度を維持して走る。やがて壁へと迫り、そして――突き破った。
「馬鹿か、貴様ぁッ!?」
抱きつかれていたヒュアキントスも、抱きついていたベルも、同時に外へと放り投げだされる。最後の最後突き飛ばされたヒュアキントスは、上から同じく落ちるベルを見た。奇しくも、見上げたベルは太陽を背にしていた。
そして、戦慄。
――リィン、リィン
ベルは右手を突き出していた。その手は白い光に包まれ、美しく輝く。背後に輝く太陽よりも鮮やかに、熱烈に、その想いを燃やしてベル・クラネルは己が願望に手を伸ばす。
最早ベルには勝利しか見えていなかった。自分が落ちているということすら眼中になく、心にあるたった一つの想いが彼を駆り立てる。
弱きを助け強きを挫く、そんな英雄に。
悪を倒し誰かを救う、そんな英雄に。
誰にも負けない、そんな英雄に。
「【ファイア――】」
誰かが憧れてくれる、そんな英雄に。
「【――ボルト】ォォッッ!!」
白い光が収束し、魔法名が告げられると共に爆発。轟々と燃える炎、青白く瞬く雷、見上げていた太陽の光をその二つが飲み込み、そしてヒュアキントスへと放たれた。
「我が神よ、申し訳ありません」
最早、降り注ぐ炎雷を避ける術はヒュアキントスにはなかった。だから、潔くそれを受け入れる。今から足掻くことが正しいという輩もいるだろう。しかし、それは美しくない。
そして、何よりも――
「――私は、美しいと思ってしまった」
あの白い輝きは何だったのか。太陽の煌めきにも劣らない、人の持つ何かを薪として燃えていたあの光が、敵であり少なからずベルを憎んでいたヒュアキントスの瞳にすら美しく映った。
それこそが、ヒュアキントスの心の敗北。
ヒュアキントスは一条の閃光に飲み込まれ、そのまま建物の屋根と床を貫通し地面へと激突。荒れ狂う炎と雷が大破壊をもたらし大爆発が起きる。煙が晴れ、意識を手放し瓦礫に埋もれたヒュアキントスが現れる。
勝敗は、ここに決した。
(どう、なったん、だろう……?)
ベルの途切れた意識が薄く蘇る。目を開けようとするが、どうにも動かない。目を開けることに労力が必要であることを、少年は初めて知った。全身の力を振り絞るようにして、ベルは瞼を上げた。それでも、本当に薄目にしか開かない。
「ぅ、ぁ」
「あ、皆さんベル殿が起きました!」
「ベル様ッ、ベル様ッ!」
「そう揺らすなよリリスケ」
音が、誰かの声が聞こえた。とても安心する、温かい声だった。
「それにしても、無茶をしましたねベル」
「お前も人のこと言えねえからッ!」
「おっと、そうでした」
昔からずっと一緒にいた幼馴染の声、自分が助けた少女の声、仲間となった鍛冶師と戦士の声。返事をしようにも、ベルは声を発することができなかった。
「誰か
「持っていますが、この状態では到底飲めないかと」
「なんだ。じゃあ、リリスケ、口移しで飲ませてやれ」
「んなッ、何を馬鹿なことを言ってるんですか!?」
何やら怪しい展開になりそうだが、ベルには入ってくる情報を処理するだけの気力が残っていなかった。今は、ただ声を声としてだけ認識していた。
(なんだか、凄く眠い……)
仲間の声で安心してしまったベルは身体から力が抜けていく。
「お疲れ様です、ベル」
意識が再び暗闇へと落ちる瞬間、聞こえたその声だけは意味が分かった。理解した瞬間、なんとか意識を繋ぎ止めていた緊張感が一気に緩む。
(僕は、勝ったんだ)
そして、ベルは穏やかな顔で意識を手放した。まるで、何か良い夢でも見ているかのように、それはそれは幸せそうな顔だったそうだ。
だが、ベルは気付かない。
自分が最後に望んだことは何だったのか、我武者羅だったが故に自己の矛盾に気付けない。
団長として戦場に立った。
団長として敵に立ち向かった。
団長として負けられないと思った。
でも、最後の最後成りたいと思ったものは――――一体、何だっただろうか?
ベル・クラネルは未だ知らない。自分がどれだけ欲深い人間であるのか、どれだけ愚かで、どれだけ夢想家で、どれだけ――英雄に憧れているのか。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。
これにて戦争遊戯は終了となります。ヒュアキントス力量5割り増しでお送りしました。奇襲なし驕り少なめにすればこれくらいやってくれるさ!
この後、後日談(後処理)と幕間(今後の展開を匂わせる予告のような何か)を挟んで7巻、ではなく恐らくグランカジノ編をやると思います。思ってはいるんですが……アゼルの入り込む余地があまりないので短くなると思います。
散々、お前が団長なんだ!って言ってますが個人的に、ベル君はあんまり団長に向いていないと思ってます。まあ、7巻でそれが分かると思いますが……。