剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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 お久しぶりです。はい、あれからもう3ヶ月本当にすみません。いつもより更新する話数は少ないですが、取り敢えずアゼル戦までは終わらせておこうと思って更新しました。明日もう一度更新してアゼル対ラオンは終わりになります。
 うん、展開が遅いですね! すみません!

 言い忘れてましたが明けましておめでとうございます!!(三ヶ月遅い)


変えられない生き様

 上段から振り下ろし、弾かれる。

 下段からの逆袈裟、弾かれる。

 相手の拳を避けすれ違いざまに一閃、弾かれる。

 ありとあらゆる斬撃がその鎧に阻まれ、ラオンさんには傷一つない。何度やっても同じ、何度やっても私の刃はその壁を斬り裂くことはない。

 だが、それで良い、それが良い。

 

「よっ」

 

 少し気の抜けた声とは裏腹な砲弾の如き拳が迫る。ガントレットを纏ったラオンさんの拳はそれだけで凶器だ。そろそろ建物が崩れるのではないかと心配になるほどラオンさんの拳が数多の壁を破壊しているが、そのガントレットは一向に傷が付いていない。

 頭部を狙った拳を一歩横に移動して避けると、今度はもう一方の拳がすかさず突き出される。一歩後退して拳の攻撃範囲から逃れながら白夜を走らせる。鎧に存在する僅かな隙間、鎧の関節部分を狙うが、相手もそれは想定済み。ガントレットを盾にして私の一刀を弾き、ラオンさんは恐れることなく踏み込みながら前蹴りを繰り出す。

 

「ほっ」

 

 反撃しようとするが、相手は突き出した足で次は力強く地面を踏む。激震、踏んだ石材は割れ床は陥没、反撃に転じようとしていた私の出鼻を挫く形となった。もう一度後退して体勢を立て直そうとすれば、背中が壁に触れそれ以上下がれなかった。

 

「もいっちょ」

 

 前蹴りからそのまま踏み込んだことによって腰が低くなり、ラオンさんはそのまま身体を僅かに捻らせるだけで強力な拳を突き出す構えになっていた。どうやっても今の私ではその拳を防ぐことができないと悟り、私は横に思いっきり跳んだ。

 

「よっとぉ!」

「――っ!」

 

 その直後、拳が壁に突き刺さり破壊した。轟音と共に崩れる壁はその向こう側にあった部屋に破片を撒き散らせた。自分達の砦なのに、自分の手で壊すというなんとも言えない行為をしているラオンさんは頭を掻きながら私を見ていた。勿論、ヘルメットをしていたので金属同士が擦れる音しかしなかった。

 

「なんで当たんないかねえ……」

 

 ラオンさんの疑問も考えてみれば当たり前のものだった。

 突き出される拳は【ステイタス】が封印された私には視認するのもやっとの速度、見てから反応していては到底対応できる攻撃ではない。しかし、今までされてきた攻撃も私に致命傷を与えるには至っていなかった。

 その最大の理由は、相手の戦い方だ。

 

「不可視の拳という訳ではありません。攻撃自体は見えずとも、予測はできます」

「いや、にしても限度ってものがあるだろ」

 

 ラオンさんの身のこなしは大雑把である。モンスター相手であれば問題なく立ち回ることはできるだろうが武人相手ではそうはいかない。何よりも、ラオンさんは自身が身に付けている鎧に信頼を寄せているので攻撃されても問題ないとばかりに大きく構えている。

 まったくその通りなのだから馬鹿にできない。

 

「なあ、もう止めね?」

「はあ?」

(あん)ちゃんは俺に勝てない、俺は兄ちゃんと戦いたくない。なら、戦う意味なんてないだろ?」

 

 私が彼に勝てないと面と向かって言われて、思うところがなかったわけではない。しかし、それは歴然とした事実であり、ラオンさんでなくともそう考えただろう。私だってそう思う。()()()()では勝てっこない。

 

「本音言っちまうと、戦うのは面倒臭えし、化物に立ち向かうのも御免こうむりてえ。だがよ、関わっちまったもんは仕方ねえ、家族と言われちゃ守らずにはいられねえ」

 

 守護、それこそが彼が戦場に立つ理由であり彼の根源的な欲求。拳を突き出すのは相手が己の敵だからではなく、家族を傷付ける存在であるから。戦いたいから戦っているのではない、言ってしまえばそれは成り行きでしかない。化物に立ち向かう家族を守るにはそうする他なかったというだけのこと。

 面倒臭がりでありながら他人を放っておくことのできない、そんな人なのだろう。 

 

「だから、戦うのは嫌いだが、こっから先に行きたいってえならぶっ飛ばすだけだ」

 

 そう言って、ラオンさんは拳同士をぶつけてから構えた。

 目の前の男には個人として私に立ち向かう理由がない。アポロン・ファミリアに盾突き、立ち向かう外敵としてラオンさんは私を迎撃しているに過ぎない。彼は戦士というより、アポロン・ファミリアの盾のようなもの。

 やる気がないと思われることもあるだろう。確かに、目の前の男から戦うことに対するやる気は見えない。しかし、その裏では家族を守りたいという高潔な願いがある。

 

 それが、ラオン・ジダールの戦う理由、拳を構える理由、全身に鎧を纏い敵に立ち向かう理由。では、私の理由とはなんだっただろうか。己の奥底、根底から湧き出る欲求とはなんだっただろうか。

 そんなこと、知れたことだ。

 

「ラオンさんは、剣士が剣を執る理由を知っていますか?」

「んなの、戦いたいからじゃねえのか? まあ、俺には戦闘好き(バトルジャンキー)の気持ちなんて微塵も分からねえが」

「違いますよ」

 

 断言する、私は戦いたいから剣を執ったわけではない。十の鍛錬より一の実戦、確かに戦うことが技術の向上に繋がるだろう。しかし、それは目的ではなく手段でしかない。

 人は日進月歩、変わらない人間などいるはずもない。だから、私は願うのだ。

 

「剣を執る理由はただ一つ――」

 

 いつか、この剣がすべてを斬り裂くに足る領域に達することを願う。誰よりも強く、誰よりも疾く、誰よりも相応しく、剣という範疇で追随を許さない剣士になりたいと願い続ける。

 

「――自分が何を斬れるのかを知るためです」

 

 剣技とは試行錯誤の繰り返し、一振り前より良い動きを目指し、一日前より鋭い剣閃を目指し、何時しか一切無駄のない一太刀を繰り出すための積み重ねだ。自分には斬れないものなどないのだと、何かが斬れないというのならそれは剣の問題ではなく己の問題だと信じた。

 木を斬った、動物を斬った、鉄を斬った、怪物を斬った、人を斬った――次は何が斬れるだろうか。命がある限り斬るものを求め彷徨う、それが私という剣士だ。私はただ私という剣士の果てが知りたいだけなのだ。

 

 目の前の男は化物でもなければ敵でもなく、戦士でもない。全身に金属製の鎧を纏い、家族を守ろうとしている盾だ。今の状況は確かに戦う意味がないと示しているかもしれない。敵わないと分かっている私と、戦いたくないラオンさん。

 だが、そんなことは本当にどうでもいいことだ。立ち塞がるのであれば、物であれ、人であれ、化物であれ、私はそれを斬らずにはいられない。

 

「私では貴方に勝てない? 元々勝ちに拘るつもりはありませんよ。私は貴方を斬る、それだけで良い」

「言ってることが滅茶苦茶だぜ……はぁぁぁ、ったく面倒くせえ。言っとくが、このガントレットとブーツは不壊属性(デュランダル)が付いてっから斬れねえぞ?」

 

 それを聞いて、私は更に心躍った。【ステイタス】を封印しての戦闘、集中状態ならまだしも相手の攻撃をかいくぐりながら成さねばならない斬鉄、その上不壊属性の付与された防具ときた。そうだ、研鑽とはこうでなければならない。

 既にできることを万回繰り返すのは当然のこと、その上で未知へと足を踏み入れ自分のものとする、それこそが研鑽、それこそが上達。

 

「斬れないなど、誰が決めたことか。今まで誰も斬れなかったというのなら、私が初めて斬る者となりましょう。不壊属性大いに結構、斬り甲斐があるのは良いことだ」

 

 昨日の私に斬れないものは、明日の私には斬れるかもしれない。一分前に斬れなかったもの、一秒前に斬れなかったもの、一太刀前に斬れなかったもの、そのすべてを斬り裂くことが楽しくて堪らない。

 この疾さでは斬れない、この角度では斬れない、この振り方では斬れない。理由など考えれば考えるほどあるに違いない。あるものを斬れる動きは、違う何かを斬ることができないかもしれない。だから、目指すのだ。

 

「目指すは万物を斬り裂く斬撃そのもの」

 

 今まで斬ってきたすべてを理解し、今まで振るってきた剣すべてを詰め込み、これから斬るであろうすべてに思いを馳せ一つの斬撃を目指す。

 材質など関係なく、硬度など関係なく、神秘など関係なく、すべてをものを一刀のもとに斬り裂く――そんな斬撃を夢見る。

 

 小さな火が、私の中に灯る。

 

(ああ、駄目だ。これは、駄目だ)

 

 その言葉を口にしてしまっては、もう止めることができない。求道は止まらない、壁が高ければ高いほど、強固であれば強固であるほど、その願いは燃え上がる。それこそ願いを抱いた私を焼き殺すほどの熱さで、私という器では収まりきらないほどの勢いで、私の命を燃料にして燃え上がる。

 

「私は少し露払いをするだけのつもりだったんですけどね……」

「なら引き下がればいいいだろう? ベル・クラネルを先に行かせることにはもう成功してるんだ」

「ええ、確かにそうでしょうね。でも――」

 

 心の中で私はヘスティア様に謝罪をした。私という剣士の異常性を目の当たりにし理解しながらも、私を家族であると、帰る場所はここにあるのだと言ってくれた、小さくも健気な私達の愛すべき主神。

 彼女の愛情を知りつつも、私はそれを裏切る。私はとんだ不孝者であり、ヘスティア様の好意に甘えきっているのだから始末に負えない。だって、彼女はそのことを承知で私を受け入れると言ってくれた。私の刃が彼女を傷付けると知りながらも、彼女は私を抱きしめてくれた。その愛情に、その優しさに、その安らぎに、人としての私は確かに居場所を感じてしまった。

 

 だが、それでも。

 

「――出会ってしまったのなら斬るしかないでしょう」

 

 そうだ、これは変えることができないことだ。求道を止めてしまっては私は私でなくなってしまう。アゼル・バーナムであるならば、私は他者を傷付けてでも己の道を行くしかない。

 今の自分で敵わないと言うのなら、更に力を求めることは至って自然な行動だろう。自ら使わないと決めた力だったが、状況も変わればその判断も変わる。使いたくはなかったが、斬ることを諦めることはもっと嫌だった。

 自分の中に相手を斬れる可能性があるというのなら、それを引き出さずにはいられない。

 

「出し惜しみなど、私はなんて馬鹿なことをしていたんでしょうね」

 

 何かを得るために何かを差し出さなければならない。私はこの血を、この命を糧に強くなることしかできないのだ。血を流さなければ扱えない力なんて真っ当であるはずがない。それでも、その力の先に私の求める未来がある。

 

「深淵の亡霊達よ、地に住まう人々よ、天に御座します神々よ――」

 

 白夜を構える。果てなき求道を知りながら私を求めてくれた少女の打った刃は、何時になく私に熱く応える。脚が、腕が、頭が、胴体が、身体のいたる箇所が疼く。斬り裂けと、心だけでなく身体までもが望んでいる。

 考える機能がないただの器であるはずの身体ですらそれを望んでいる。

 

「――この()がすべてを斬り裂く様を、どうかご照覧あれ」

 

 燃えるような感情が奥底から身体の内側を灼く。

 我が魂は刃。無骨な鉄塊はただ何かを斬るために在る。救うためでもない、守るためでもない。それは誰かを、何かを、すべてを斬るためだけの冷たい何か。

 我が身は鞘。器に入り切らない水が溢れるように、鋭利過ぎる刃はその器すら斬ってしまう。傷付き、血を流し、そして何時しか壊れる鞘。

 故に、解放のイメージは一つしかない。

 

――解き放て(抜刀)

 

 空気が震え、世界が軋んだ。人である私の魂が膨張し、変貌していく。人を逸脱した肉体に手を伸ばしてしまった、人ではない何かに魂を昇華させてしまった。されど、心は人のまま。

 人の心故に、人を化物を、果には神すら斬り裂きたいなどという愚かな願いを抱いてしまった。

 

「はっ」

 

 口の中に血の味が広がる。身体の内側、内臓のどれかが斬り裂かれたのだろう。内だけでなく外にも切り傷が走る。独りでに傷が増え、血が流れる。内側から血が滲み身に付けていた服も血で染まっていく。

 それと同時に、流れた血が皮膚の上を滑っていく。まるで意志でもあるかのように、血は全身を覆うように硬質化しながら広がっていく。血による刃の生成、その前段階の応用。硬く変化した血液を全身に巡らせ即席の鎧とする。

 腕が変色していく私を見てラオンさんが目を見張る。

 

「おいおい、なんだそりゃ」

「ラオンさんは『竜殺しのジトルク』をご存知ですか?」

「あ? そりゃ、知ってるが」

 

 熱が徐々に全身に浸透していき、そして更に外へと侵略していく。その熱は私の願い、剣士としての私の魂、すべてを斬り裂くという遥か過去より受け継がれてきた誰かの夢。

 感覚が鋭くなっていくと共に、まるで神経が通っているかのように周辺の情報が脳へと届く。魂がその器を破り外へと広がっていく。

 斬り裂けと叫ぶ魂は膨れ上がり私を殺していく、だが痛みはない。まるでアゼル・バーナムという存在はそうであるべきと感じられるほどまでに自然に魂は燃え上がる。神の課した枷なくして、最早私を止めるものはなかった。

 

「ジトルクが竜の血を浴び不死身の剣士となりました」

「……まさか兄ちゃんも、とか言わないよな」

「ははは、まさか。私が浴びたのは――」

 

 脳裏に浮かぶのは追体験してきた数々の死の記憶。その痛み、その嘆き、その恨み、そして斬った者の悦び。人を惑わし血を啜り支配し、死して身体を無くしてもなお生き続ける剣の怪異ホトトギス。私はそれを殺し、血を浴び、そして私自身がホトトギスとなった。

 

「――刃金に取り憑かれた、人という化物の血ですよ」

 

 それ故に、この身は不死身ではないけれど、全身が斬り裂くことを望む一本の剣である。

 

 

■■■■

 

 

「――嗚呼」

 

 ヘスティアは思わず声を漏らしてしまった。それは分かりきっていたことではないかと彼女は己の中で囁いた。だが、そうであったとしても彼女は我慢できなかった。本当であれば今すぐ駆けつけて叱りつけたいくらいだった。

 しかし、彼女は見守ると心に決めた。例え、死に向かっているとしてもそれが彼の道であるならば、それを突き進めと言ってしまった。自分を曲げるなと、他人の都合で可能性を諦めるなと、それが人のあるべき姿だと示してしまった。

 

「来たか」

「ここからが、お楽しみだな」

 

 隣で観戦していたタケミカヅチも我慢できないとばかりに立ち上がってアゼルの映る『鏡』に目を向けた。ヘルメスはいつもと変わらない胡散臭そうな笑みを更に深めた。

 

「来た? 何がよ?」

「……」

「ヘスティア、どうかしたの?」

 

 まるで何かを堪えるように表情を引き締めながら自分の眷属をみる神友に違和感を感じたヘファイストスは声をかけた。

 

「見ていれば、分かる」

 

 己の血を与えた眷属であるからこそ、ヘスティアはアゼルの変化に気付けた。武人としてタケミカヅチはアゼルの表情からその決心を読み取った。力を解放するなら今が一番良いと、最も盛り上がる場面でやってくれるだろうと確信していたヘルメスは期待を募らせた。

 そして、ヘファイストスは三柱の神が注目する冒険者へと視線を移した。

 

 アゼル・バーナム、ヘスティア・ファミリア所属のレベル3の冒険者。つい最近まで己の眷属であった忍穂鈴音の専属契約相手であり、僅か二ヶ月ほどでレベル3にまで至った剣士。期間で言えば未だ新人と言っても差し支えないが、その実力は単独でゴライアスを撃破するほどだ。

 しかし、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)においてはその【ステイタス】を封印しての参加。それはつまり冒険者になる以前の一般人としての力しか振るえないということ。異例のランクアップを果たしているが、それを可能とした力は【ステイタス】に依存する《スキル》や《魔法》だ。今のアゼルにはそれがない上【ステイタス】よる身体強化もない。

 

 そんなアゼルが、一体何をするのだろうか。ヘルメスは娯楽好きでなんでも楽しめる質の神だから、何やら楽しそうにしているのは理解できた。しかし、タケミカヅチは武神であり、ヘルメス程愉快な性格はしていない。そのタケミカヅチがまるで子供のように無邪気に何かを楽しみにしている。

 

 極めつけにはヘスティアの真剣な表情だ。情けないヘスティアを知っているヘファイストスだからこそ、その真剣度合いが分かった。

 何か、とてつもないことが起ころうとしている。それは、良いことなのか、悪いことのなのかヘファイストスには予想もできなかった。

 

「お前の剣を見せてみろ、【剣霊(ケンレイ)】」

 

 ケンレイ、それが何を意味するのか彼女には分からなかった。しかし、アゼルが普通ではないということだけはヘファイストスも知っている。

 そして、何よりもそんな男に己の眷属であった少女が心底惚れている。ヘファイストスはあまり深くアゼルと関わったことがない。アゼルの異常性の数々も人づてで聞いた程度だ。彼女のアゼルの印象は、神友を困らせるやんちゃな眷属だった。

 

 しかし、今一度その評価を改める必要があるように思えた。神々を騒がせる剣士の本質を見定めるため、鍛冶の女神は『鏡』を覗き込む。

 そして彼女は見た。人が神へと挑む、そんな今となっては誰もしないであろう愚行を、神を知らぬが故に神に挑んできたかつての愚かな子供達の姿を、人の子が神々の域に己の力のみで僅かながらも確かに足を踏み入れた瞬間を。

 

 血に染まりしその剣士に、神々は確かに神殺しの剣足りうる可能性を見た。

 

 

■■■■

 

 

 舞っていた粉塵を突き破りながらアゼルは突貫、全身に傷ができているというのに先程より更に速度を上げてラオンへと肉薄した。

 更に上がった速度に舌打ちをしたラオンは、冒険者としての身体能力を加減せず発揮することを決意した。

 

「死んじまっても知らねえぞっ!!」

 

 最早相手を【ステイタス】を封印した相手と思うことをラオンは止めた。そんな甘い考えで相対していては負ける、そう思わせるほどにアゼルの動きは常軌を逸していた。独りでに傷付いていく身体から鮮血が流れているにも関わらず勢いは止まらない。

 

 アゼルが白夜を振るう、しかし変わらずラオンの鎧に弾かれていく。ラオンはそれが意味のない行動であり、アゼルの振るう刃はどうあっても自分を傷付けることができないと分かっていても脅威を感じた。それほどまでにアゼルは鬼気迫っていた。

 流れ出る血と同じ色に染まった瞳が妖しく光っていた。携えた白夜も日中だと言うのに仄かに朱色に光を灯す。

 

 だが、ラオンにとっての脅威はそんな外見的なものではなかった。

 

――理解できねえ

 

 理解ができない相手にこそ、人は最も恐れる。理解しようと努力をしようにも、根底にある価値観がまるで違う。定規で重さを量ろうとするようなものだ。

 何がアゼルをそこまで駆り立てるのかラオンには理解できない。斬ることが叶うはずもないのに血を流しながら剣を振るうアゼルは、ラオンからすれば狂気の沙汰だ。アゼルがその無意味な剣戟の先に、どんな意味を見出しているのか想像すらできない。

 交わるべきではなかったのだ、出会うべきではなかったのだ。交わした僅かな会話からはアゼルに対する悪感情など生まれる余地がなかった。しかし、今はふつふつと心の底から湧き出てくる嫌悪が確かにあった。

 

――気味が悪い

 

 何度も拳を突き出し、蹴りを放ち、しかし今は掠れる気配すらない。何時しか、まるで未来でも見ているかのような速さと正確さでアゼルは攻撃を避けるようになっていた。そして何よりも、気配が変わっていた。

 気配だけで相手のことが分かるなどラオンは思っていなかったが、()()()()()()()()()()()()。獣と人では明らかに気配が違うように、今のアゼルは人のそれではなかった。

 見た目は変わっていないし、発狂しているわけでもない。直接相対していなければ分からないだろう。しかし、確実にアゼルという存在が変化していた。

 

 脚を振り上げてから鋭く振り下ろす、踵落としがアゼルに直撃した。これで勝負が決まった、誰もがそう思った。しかし、ラオンは思い知る。アゼルは回避できなかったのではない、回避しなかったのだ。

 

 アゼルは左腕でラオンの脚を受け止めていた。衝撃でアゼルの足は僅かに地面にめり込んでいて、ラオンの攻撃の威力を物語っていた。しかし、アゼル本人に傷はなく、受け止めた左腕も付けていた籠手も健在。

 

(あん)ちゃん、本当に人間か!?」

 

 本来であれば、籠手と左腕ごと折れていても不思議ではない一撃だった。【ステイタス】で強化された膂力に合わせ体重を乗せた一撃だ。同じレベル2の冒険者だって、否、レベル3の冒険者と言えども真正面から受ければただでは済まないはずだ。

 だが、目の前の男は易々と受け止めた。

 

 ラオンは目の前の存在が、自分と同じ人間だとは思えなかった。見た目がダンジョンにいるミノタウロスのような化物であれば、相手が化物であると断定できる。しかし、アゼルの見た目はラオンと何ら変わらない人間そのものである。それ故に、その異常性が浮き彫りになる。

 人の形をしながらも、人とは違う魂を持ち、人とは違う力を使う。故にこそ、本物の化物というのはアゼルのような存在を言うのかもしれない。

 

「私が人間か、ですか? 何を愚問を――」

 

 口の端から血を流しながら、口角の上がったアゼルが当然のように答えた。

 

「――私は剣士ですよ」

 

 それがアゼルにとってのすべてだった。

 冒険者である前に剣士であり、戦場に立てば人である前に剣士である。未知を知り尽くし富と名声を手に入れるために戦うのが冒険者であるなら、アゼルが戦うのは一振りの鈍色の金属の塊を真に理解するためだ。明日を夢見るのが人であるなら、アゼルが夢見るのは一つの斬撃だ。

 定めた生き方は貫き通す、その様は鈍色に輝く刃金のよう。故に、神であっても阻むのであれば斬り裂いてみせようと、剣士の求道は超越存在(デウスデア)に挑んでかかる。




閲覧ありがといございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

 作者は不壊属性のことを割りと凄いものだと思ってます。その事実を心に留めて次の話を読みましょう。
 男神ズがわくわくしてます。タケさんは目をキラキラさせてます。ヘスっちの胃には穴が空きそうです。
 血の鎧は鋼の錬金術師の強欲を想像して補填してください。ただ頭部は多いません、首で止まるタートルネックです。
 因みに所々に自分が好きなFGOの台詞が部分的にあったりなかったりします。

 因みにアゼルは血を飲まなくてもホトトギスの力で魂の解放ができます。でも、それはあくまで【ステイタス】がなく【聖痕】という縛りがないからです。血はブーストアイテムであり、【聖痕】破るためとか魂の具現化とかする時に必要になる感じです。
 そこら辺のもやっとした解説もいつか本文に入れようとは思ってます。

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