剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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 頑張って年内に戦争遊戯編終わらせるぞ、と気合い入れました。たぶんいけます。恐らく30日か31日くらいまで投稿します。後、魔法使いのお兄さんに来て欲しいので願掛けみたいな感じです。普段は女性鯖のピックアップしか本気出さないですが、お兄さんには本気出さざるをえない。


狼煙を放つ

 朝からオラリオは賑わっていた。常日頃から多くの人々が行き交う大通りには様々な屋台が出ており、料理や飲み物、宝石や小物を売る露天商、果てには武具を売る武器商人までが出張っている。どの店も総じて兎や太陽を模した商品が目立つ。つまるところ――オラリオはお祭り状態である。

 この日に限っては殆どの冒険者が休業し酒場やホーム、バベル前の中央広場等で今か今かと待ち焦がれている。最近面白いことがないと燻っていた神々がここぞとばかりに宣伝をしまくった結果だ。

 

 街の至るところに太陽の徽章と兎を描いたポスターが貼られ、これでもかと言わんばかりに今回のイベントを推している。開始時刻まで後数分、どんな勝負になるのかと興奮するもの、ある者の勝利を祈る者、どちらに賭けるべきか悩む者、多種多様な思惑が交差する中、刻限は迫る。

 

 ヘスティア・ファミリア、総勢七名。

 アポロン・ファミリア、総勢百余名。

 圧倒的戦力差の戦いが――戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「――頃合いかな」

 

 バベルの塔三十階、普段は神会(デナトゥス)の会場として使われる場所に今は神会の時以上の神々が集まっていた。皆戦争遊戯を楽しみにしていた神々であり、バベルの塔三十階に集まって面白可笑しく観戦しようという連中だ。

 勿論、眷属と共にホームで見る神もいれば、一般人と共に酒場で観戦する神もいる。だが、多くの神々がこの場に集まるのは神々の中だけで通じる言葉やネタというものがあるからだろう。

 

 ヘルメスはポケットに入れていた懐中時計で時間を確認してから宙に向かって声をかけた。

 

「それじゃあ、ウラノス、力の行使の許可を」

【――許可する】

 

 ヘルメスの声に答えたのは、ギルド本部の方角から響く神威のこもった宣言だった。オラリオ中の神々だけでなく人間たちもそれを聞いた。

 神々は一斉に指を鳴らし『神の力(アルカナム)』を行使し、都市の至る所に『鏡』が出現する。

 

 本来であれば下界での『神の力』の行使は禁止、破った場合は天界へと強制送還される。しかし、その例外がこの『鏡』だ。千里眼の能力を用いて遠方を映し出すことができる『鏡』で神々は下界の催し物を楽しむことが許されている。

 『鏡』にはアポロン・ファミリアの徽章である太陽の印がついた古城、そしてヘスティア・ファミリアの出発点である平野が映し出される。

 

「んん?」

「どうしたんだい、ロキ?」

「んにゃ、気の所為やったみたいや。うおぉぉぉ、わくわくしてきたわ!!」

 

 力の流れに僅かな違和感を抱いたロキは首を傾げたが、思い過ごしだと決めつけた。普段であればいざしらず、今は祭りである。そんな些事は忘れて楽しむのが神というものだ。

 質問をしたヘルメスはしかし、安堵していた。

 

 『鏡』は遠方を映し出すことができる。そして、『鏡』を出現させる場所に指定はない。きちんと場所を認識しているのであれば例えどんなに距離が離れていようとその地点に出現させることが可能だ。そもそも物質ではないのだから物理法則などあってないようなもの。

 ロキが感じた違和感とは、誰かが遠方へと『鏡』を出現させた時に発せられた僅かに強い力だっだ。

 

(色々予定は狂ったけど、これで彼女との約束も果たせるか。まあ、それもあの女神次第か……)

 

「さて、ドチビんとこの子等はどんな戦いしてくれるんかな?」

「ふん、今に見てろよ。ベル君とアゼル君にかかればちょちょいのちょいに決まってる!」

「おいおい、そんなこと言って大丈夫なのか? ……ん?」

 

 対戦相手に大変失礼なことを言うヘスティアをタケミカヅチが落ち着かせる。しかし、『鏡』を見て平原に佇むヘスティア・ファミリアの面々を見て、あることに気が付いて声をあげた。

 

「これは、どういう……」

 

 平野に佇む人影は七つ。総勢七人なので全員がその場にいることになる。それは、ヘスティア達の授けた作戦ではその場にいないはずの少女がいるということだ。

 ベルの隣、そこに小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデが立っていた。《魔法》で変身しているわけでもない、何時も通りの姿だ。

 

「何か、あったってことか……」

「そうだろうな。まあ、もう俺達には何もできん」

「そうだね。信じて見守るしかない、か」

 

 リリや他の面々に焦りや不安の表情がないことから、それが突然の出来事ではないことをヘスティアは理解した。何かがあり作戦を変更したということだろう。神であるヘスティアでも未来予知ができるわけではない。不測の事態が起こることは十分ありえる。

 

「さて、ヘスティア」

「なんだい、アポロン?」

 

 開戦まであと僅かというところでアポロンがヘスティアに近付く。互いにもうできることはないと分かっているのか、両者の表情は落ち着いている。すでに賽は投げられたのだから、後は自分の眷属たちに任せる他ない。

 

「お前は天界にいた頃と随分変わったな」

「そうかい?」

「ああ、もっと魅力的になったとも」

「言っておくけど、今求婚するのは流石に空気が読めなさすぎだぞ」

「ふっ、それも考えたが止めたよ。今私が欲しいのはベル・クラネルであってお前じゃない」

 

 アポロンは『鏡』を覗いて映し出されるベルを眺めた。

 

「良い表情だ。お前が大切にするのも分かる」

「何が言いたいんだい?」

「ん? ああ、そうだったな。お前も随分変わったな、良い神になったと言おうと思っていたんだ」

「……はあ」

「格上である俺との戦いに公平性を持ち出し、挑発までする。そして眷属を信じる純粋な心……昔のお前からは想像できない成長だ」

 

 ここにきて何故アポロンが自分を褒めるのか、まったく理由が分からないヘスティアは気の抜けた返事をした。周りにいた神々も「何言ってんだコイツ」と言いながら怪訝な表情を浮かべていた。

 

「故に、俺は全力でお前を相手にしよう――」

 

 そう言ってアポロンは『鏡』の向こう、自分の眷属が居を構えている古城に向かって手を振り下ろした。

 

 

 

 

「あの、団長様」

「なんだカサンドラ」

「ルアンさんが、見当たらなくて……」

 

 弱気なカサンドラは王座に座るヒュアキントスに報告を済ませるとそそくさと後ろに下がる。下位団員とは言え、色々と面倒事を頼んでいるルアンがいないというのはおかしい。昨日まではいたことをヒュアキントス含め他の団員も確認している。

 しかし、ヒュアキントスは頭を振るいその違和感を捨てる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「放っておけ」

「で、でも相手の作戦かも……」

「関係ない」

 

 一言でカサンドラの意見を斬り捨てたヒュアキントスはゆっくりと王座から立ち上がり、腕を掲げる。ほぼ同時に戦争遊戯開戦の銅鑼が辺りに鳴り響く。カサンドラやヒュアキントスを守るために古城の中に残った面々、外からの攻撃を警戒するために城壁に配置された面々が表情を引き締める。

 

「光栄に思うが良い、これがアポロン様のご意思だ――」

 

 元の作戦では、リューと命が城壁へと真正面から突撃、混乱に乗じてルアンに変身したリリがベルを城内へと導く手筈であった。しかし、リリは城内におらずベルの横に立っている。昨晩侵入経路や敵の配置情報を共有するために戻ったリリはそのまま城内へと帰らなかったのだ。

 その理由は簡単だ。

 

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 主神であるアポロンと団長であるヒュアキントスの腕が同時に振り下ろされる。

 

「「――蹂躙せよ」」

 

 圧倒的戦力差の戦争遊戯は、アポロン・ファミリアの総攻撃で始まった。

 

 

■■■■

 

 

「放て」

 

 城壁上にいるリュティの声を引き金に射手は矢を、魔導師は魔法を一斉に放った。そのどちらでもない冒険者達は城内から投石機を使い壊れていた城壁の一部等の弾丸を放つ。本来届くかどうかという距離だったが、魔導師達の風の魔法によりその飛距離を大幅に伸ばしベル達へと殺到しようとしていた。

 

 

 

「――させません」

 

 

 

 逃げることなく佇んでいたベル達の中からリューが躍り出る。フード付きのケープで顔を隠し、その上からマントを羽織り全身を隠した冒険者。全体的に柔らかいシルエットから女性としか判断できないその冒険者は、飛び出ると同時に懐から一本の長剣を取り出し直ぐ様横薙ぎに振るう。

 瞬間、空間を焼き尽くすような雷撃が発生した。

 

 突如出現した極大の雷撃は押し迫っていた弓矢と魔法、そして巨大な岩を破壊し尽くし吹き飛ばした。すべてが薙ぎ払われた空間には、未だに雷撃の残滓が漂いその一撃の凄まじさを示していた。

 

(これが『クロッゾの魔剣』。確かに、凄まじい威力だが――)

 

 魔剣、その中でもある鍛冶一族のみが打つことのできる他の魔剣とは比べ物にならない業物――『クロッゾの魔剣』。その末裔であり、血によって受け継がれる魔剣を打つ能力を有する鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾが打ったものだ。

 クロッゾの魔剣はその昔エルフ達の住処であった森林を焼き払ったこともあり、エルフ達から毛嫌いされている。しかし、現在その魔剣を振るっているのはエルフであるリューだ。

 

『ヘスティア陣営に加わった以上私は戦闘単位の一つでしかありません。魔剣を振るうことに思う所がないとは言いませんが、必要とあらば振るいましょう』

 

 エルフが魔剣を使うことに嫌悪感はないのかとヴェルフが尋ねた時、リューは至って冷静に答えた。そもそもリューはエルフという種にそこまで拘りはない。その閉鎖的な生き方が嫌になり里から出たリューだからこそ、その考え方ができるのかもしれない。

 だが、それだけではない。拘りがないからと言って、なんの戸惑いもなく数多の同胞を殺してきた魔剣を振るうことはできない。言うなれば、クロッゾの魔剣とはエルフにとって禁忌に近い。

 

「第二波が来ます!」

「了解です」

 

 一射目が不発に終わったことを理解したリュティは第二射の命令を下す。再び矢と魔法、先程より少ない岩の弾丸の雨がベル達を襲う。リリの警告を聞きリューは再び雷の魔剣で空間を薙ぐ。二撃目を放った魔剣に亀裂が走る。

 

 エルフであるリューがクロッゾの魔剣を振るっている姿を他のエルフが見たら憤りを感じる者も多いだろう。しかし、彼女にとってはそんなことはどうでもよかった。この時リューが感じているのは、魔剣を振るっていることへの嫌悪感でもなく、圧倒的破壊力を秘めた武器を振るっている優越感でもなく――飽くなき力への渇望だった。

 

(これでも倒せはしない)

 

 足りない、どう足掻いても足りない。アゼルであれば、魔剣など使わずに同じようなことができたに違いない。魔剣という魔法を内包した武器など使わずとも、彼は自分の内に奇跡を宿している。

 それに勝つには、この力では足りない。では、どのような力なら足るのかと聞かれてもリューは答えを持ち合わせていない。

 倒すと決めた、それは諦めていない。真っ向から挑んで剣を交え打ち倒すという道筋はできている。しかし、戦って勝つというイメージが全く湧かない。

 

「第三波、来ます!」

(それでも、勝たなければならないっ!)

 

 目の前とは関係のない戦闘のことを考え、リューはより一層力強く魔剣を振るった。彼女の心に呼応したのか、それとも壊れる寸前にその最後の力を振り絞ったのか、今まで放った二撃より一層眩い光と共に雷撃が飛ぶ。

 三度、アポロン・ファミリアの先制攻撃は失敗に終わった。

 

「アゼル様、お願いします」

「……本当に私がやるんですか? ベルの方が良いのではないですかね」

「ベル様は相手の大将を打ち取るという大役がございますので、ここはアゼル様が良いと言ったじゃないですか」

「いや、しかしですね」

 

 古城から冒険者達が出撃している。二射目からは投石機を操っていた冒険者達が出撃の準備をしていたのだろう。完全に先手を打たれた形になる。そもそも事前に準備をできたアポロン側に大いに有利な状況から始まっていたのだから、仕方のない状況ではある。

 しかし、それに対して何もしないリリルカ・アーデではなかった。

 

 敵がどこから出てくるか分かるなら、そこに向けて攻撃するのも敵を分断するのも可能だ。

 

「何か問題でもあるんですか?」

「私と言うより……鈴音に申し訳ないというか」

「鈴音様に?」

 

 魔剣を打ったヴェルフでも、団長であるベルでもなく、アゼルの専属鍛冶師である少女をリリは見る。彼女自身は何故自分が呼ばれたのか分かっていない様子だった。

 

「わ、私?」

「鈴音は私の専属鍛冶師てあって、まあ、何と言うか他人の打った武器を使うというのは……浮気のような?」

「……はあ?」

「いえ、誰に誓ったわけでもないですけど、私自身鈴音以外が打った武器を使うまいと少しは思っているわけで」

「…………」

 

 アゼルの言っていることの意味がさっぱり分からないリリはこめかみを揉んだ。リリとしては戦闘に求めるものは効率であり、どれだけリスクを減らして勝利できるかが肝である。根っからの剣士であるアゼルや冒険に憧れるベルとは若干相容れない思考をするのがサポーターであるリリだ。アゼルやベルは戦うことに情熱や憧れという、リリからすれば非効率的な感情を持ち込む。

 今回もその類である。強い武器があるならそれを使う、それがリリにとっての当たり前だ。もっと言ってしまえば武器に美しさを求めもしない。斬れれば良い、とそこだけはアゼルと意見が合いそうな考え方だ。

 

「まあ、なので鈴音の許しがあれば、私は構いません。そこまで厳密に決めていたわけではないですし」

 

 そう言ってアゼルは鈴音を見た。突然のアゼルの告白めいた発言に彼女は驚き、その言葉の意味を理解するまで落ち着きを取り戻すと次は頬を染めた。聞きようによっては男に操を立てる女のようにも聞こえるアゼルの発言、それを聞いて鈴音が喜ばないはずはない。

 むしろ嬉しすぎてアゼルを直視できず俯いている。

 

「よろしいでしょうか、鈴音?」

「えっ、あの、えっと……うぅぅ」

 

 思考がまったく纏まらない鈴音は意味のない言葉でもない声を出すことしかできなかった。色々、できれば二人きりの時に言って欲しかった、言う前に少しくらい予告して欲しかった等言いたいことはあった。

 しかし、そんな言葉浮かんだ先から熱に溶けていく。ダメだった。今の彼女はただ溢れる喜びに骨抜きにされていた。

 

「鈴音様、いちゃいちゃしてないで早くしてください!!」

「っひゃ!」

 

 そんな鈴音を現実に引き戻した、というより引っ張り戻したのはリリだった。城内から出撃した冒険者達はまだ距離があるとは言え、鈴音が落ち着くまでは待ってくれない保証はある。

 

「えっと……こ」

「こ?」

「……今回、だけ」

 

 消え入りそうな小さな声で鈴音はそう言った。しかし、早く答えを聞きたかった面々が黙っていたおかげで誰もそれを聞き逃すことはなかった。

 

 ()()()()

 つまり、今回アゼルが振るうのは鈴音以外が打つ最後の剣となるということ。リリも、ヴェルフも命も、この約束が本気のものとは思っていなかった。

 しかし――

 

「ええ、()()()()()()――」

 

 ベルは知っている。リューは分かっている。鈴音は信じている。

 

「――私はもう貴女の打った剣しか執りません」

 

 アゼルであれば、その約束を破りはしないだろうと。その剣に対する真摯な姿勢を誰よりもベルは知っている。アゼルにとって鈴音が特別な人間であるということをリューは分かっている。自分と交わした約束をアゼルは破らないと鈴音は信じている。

 

 アゼルにとって、この行為は彼なりの感謝の仕方だった。

 忍穂鈴音という少女をアゼルは良く理解している。彼女の打った刀からはその想いを常に教えられ、会えば花のように可憐に笑いかけ、切なさすら感じさせる彼女の声をアゼルは知っている。忍穂鈴音という少女は、アゼルのために生きると決めた。

 その覚悟、その想いは、確かにアゼルに届いていた。

 

(だから、これは些細なお返しです。自分のためにしか生きられない私ができる精一杯の感謝です)

 

 鈴音はアゼルにその身体も心も、魂をも捧げる。それに感謝せずして生きることなどアゼルにはできない。誰かが誰かのために生きることができるのか、彼は今まで疑問に思ったことはあった。しかし、その答えを目の前の少女は示した。

 故に、アゼルのお返しは等価ですらない。比べることすら烏滸がましい、本当に些細なものだ。

 

 アゼルは自分のためにしか剣を振るえない。そして、生きるすべてが剣の糧になるのだから、最早自分のためにしか生きていないとアゼル自身思っている。

 

「ほら、アゼル様早く早く!!」

「分かってますよ」

 

 急かすリリに赤い長剣を握らされる。言わずもがな、ヴェルフの打った魔剣だ。属性は炎、その斬撃は炎の激流を吐き出す。

 

「ふぅ……」

 

 一度やると決めたのなら、余計な感情は排除する。そのためにアゼルは呼吸を整え精神統一をした。

 

 そもそも、アゼルはこの作戦に乗り気ではなかった。リリはベルとアゼル、二人が目立たないといけないと言った。二人はヘスティア・ファミリアの純粋な団員であり、戦争遊戯を仕掛けられた時も二人しかいなかった。勿論、戦うために戦力を集めた。だが、そのおかげで勝ったと思われたくないのがリリとヘスティアの本心だった。

 ベルとアゼル、二人だけでも勝てたと思わせるのが最善だ。そのためにアゼルには目立ってもらわなければならない。

 

 アゼルからすれば、この戦争遊戯はベルの戦いである。自分が出しゃばるのは場違いのように思っていたのだが、それがヘスティアの意志であるからしぶしぶといった経緯があった。

 何よりも、自分の剣技ではなく魔剣で目立つというのがアゼルには嫌がられた。そんなことを言っている場合か、とリリに一刀両断されたのは当然だった。

 

「鈴音。これが私にできる、最大にして最小の貴女のための生き方です」

「ありがとう、ございます」

「こんなお返ししかできず、すみません」

「ううん――」

 

 背中越しに二人は語る。

 

「――そんな貴方が大好きです」

 

 場違いなほどに魅せつける。よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるものだと後々ヴェルフに茶化されることになるのだが、アゼルも恥ずかしくないわけではない。しかし、言う時に言っておかないと格好がつかない、その真の意味が伝わらない。

 何よりも、アゼルは剣でしか真に語れない。故に、今。

 

「一刀入魂」

 

 これが最後であるから、全力を注ぐ。

 この魔剣もリューが振るっていたものと同じく数度使えば砕ける。しかし、アゼルは数度も振るうつもりはなかった。アゼルに二言はない――この一撃を最後とする。

 

 魔剣を上段に構え、魔剣の周りに炎が渦巻く。たっだそれだけの行為に、鈴音は見惚れた。

 目の前の剣士は、どうしようもなく剣にしか生きられない。それなのに、彼には他者を思う心がある。それがどれだけ苦しく、どれだけ辛いことか、鈴音には想像することしかできない。今も、自分の生き方を変えられないと知りながらも、その末端を捻じ曲げ最大の譲歩をしてまで鈴音を選んだ。できる限りアゼルの邪魔になりたくないと願う鈴音の想いまで汲み取って、美しい絵に花を添える程度の譲歩だった。

 しかし、そこには確かに忍穂鈴音が存在することになる。

 

 アゼルの手には、何時だって忍穂鈴音の想いが燃え続ける。そう、アゼルは誓ってくれた。

 最小のお返しだとアゼルは言ったが、鈴音にとってはそれは何よりも大事なお返しだった。目の前の剣士は、剣に堕ちただけの獣ではない。堕ちて尚輝きを失わない、深淵にいてすら染まらない、最高の剣狂いなのだ。

 そんなアゼルが、自らが握る剣に自分を選んでくれた。そう思うだけで、彼女の心臓は跳ね上がる。体温は上がる、吐息は漏れる。熱に浮かされたように、もう彼女にはアゼルしか見えない。

 

「爆ぜろ、紅炎」

 

 静かに告げられる名と共に魔剣は振り下ろされる。魔剣を渦巻いていた炎が何倍、何十倍、何百倍にも膨れ空間を食い破り突貫。大地を食らい、壁を破り、空へと昇る。大轟音と大爆風を伴い、最早魔剣から放たれた魔法とは思えない一撃が放たれた。

 

「なっ!!」

 

 アゼルより後ろにいたヴェルフ達にも激しい暴風が襲いかかる。吹き飛ばされそうになったリリをすかさずベルが助けて難を逃れる。

 驚きの声を上げたのはヴェルフだった。

 

 最初から違和感はあった。それは、剣を渦巻く炎。魔剣にそんな機能はない。あくまで振るった時、名を告げた時にその魔法を解き放つのが魔剣だ。如何にクロッゾの魔剣と言えども、そこは変わらない。しかし、アゼルが構えると自然と炎が発生した。

 そして放たれた瞬間、ヴェルフは理解できなかった。確かに、魔法は放たれた。攻城戦に向けて威力の高い魔剣を打ってくれとリリに頼まれたのでなるだけ威力を高めるようにして製作した。しかし、今放たれた一撃は明らかに予想していたものより威力が高かった。もしかすると何倍も威力が増していた。

 

 剣は扱う剣士によってその姿を変えるということは分かっている。しかし、魔剣の威力まで変わるかというとそれはありえないとヴェルフは思っていた。しかし、現に目の前でそれが真実ではないと証明されてしまった。

 魔剣ですら、振るう者によってその姿を変貌させる。否、アゼルだからこそ、なのかもしれない。

 

「さ、行きましょうか」

 

 振り返るアゼルの手には粉々に砕けた魔剣の柄だけが残っていた。何度かの使用に耐えるように打ったはずだったが、たった一度の発動で砕けてしまった魔剣を見てヴェルフは何が起こったのかを理解する。三度で壊れる魔剣を一度で壊すにはどうすればいいか。そんなもの決まっている。

 一度で三回分の威力を出せばいい。

 

「ハッ」

 

 だが、現実でそんなことができるとは思っていなかった。製作者の意図を捻じ曲げ武器を使用することができるとはヴェルフは思えなかった。しかし、目の前の剣士はそれを【ステイタス】抜きで難なくやってのける。

 

「面白え」

 

 挫折とは違う、僅かな敗北感を感じたヴェルフはそれを払いのけ、そして新たな発想を得る。アゼルが根っからの剣士であるなら、ヴェルフ・クロッゾは根っからの鍛冶師だった。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

さて、始まった戦争遊戯。ハードモードで行こう。
というか、魔剣を用意してしまった手前どこで使おうか悩んだ結果これでした。
『鏡』に関しては独自設定です、許してください。

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