剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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刻一刻、戦は差し迫る

 ソーマ・ファミリアとの戦いから二日が経つ。今日は戦争遊戯(ウォーゲーム)の会場として指定されたシュリーム古城跡地へと旅立つ商隊に乗る手筈となっている。

 その間、タケミカヅチ・ファミリアから命さんがヘスティア・ファミリアへと改宗を果たした。タケミカヅチ様は神友であるヘスティア様をどうにかして助けられないかと思っていたらしく、命を救ってもらった恩を返したいと言った命さんの背中を押したらしい。

 

 あの後、ソーマ・ファミリアの団員が攻撃してこなくなったことでヘスティア様達は問題なくソーマ様の元までやってきた。部屋に入ってきた時地面に横たわるリリの横で酒盛りをしている私とソーマ様という意味不明な場面に遭遇はしたものの、その後の話し合いに支障はなかった。

 リリとソーマ・ファミリアの団長ザニスが事前に決めていた脱退の条件は一〇〇〇万ヴァリスという巨額のものだった。ヘスティア様は現状払えないので担保としてベルから預かったヘスティア・ナイフを渡した。戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝った暁にはアポロン・ファミリアから勝ち取った金額と引き換えということとなった。

 リリの改宗はその場で果たされ、彼女は無事ヘスティア・ファミリアの一員となった。残念なことにリリはその時のことをあまり良く覚えていないらしい。

 

「よく来たなアゼル」

「タケミカヅチ様に呼ばれれば、来ないわけにはいきませんよ」

「うむ、俺はお前の師であったな……お前は強すぎて教えることが殆どないが」

 

 そう言いながらタケミカヅチ様は笑っていた。子供のように無邪気な笑みは神としての彼ではなく、武人としての彼を映し出していた。武神故に、武で並ぶものなど早々いないタケミカヅチ様は私に期待しているのだろう。

 神々の座から彼等を引っ張り下ろし斬り裂くであろう私の武を、神であるタケミカヅチ様は楽しみにしている。

 

「言った通り、お前に教えることは殆どない。動きに関しても基礎は型の反復練習、今から奥義だの何の教えた所で付け焼き刃、になるとは限らないが、早々に習得されてもつまらないしな」

 

 来い、と言ってタケミカヅチ様は立ち上がる。向かう先は団員が修練を積む空き地だった。今は誰もいないが、命さんや桜花さんは日々ここで剣や槍を振るい研鑽を重ねている。

 

「ほれ、お前のだ」

「はぁ」

 

 壁に立てかけてある木刀を二振り手に取ると一方を私の方へと放る。その意図が未だ分からず、私は首を傾げる。

 

「教えることはないが、教わることはあるかもしれんぞ?」

「なるほど」

 

 目の前のタケミカヅチ様が木刀を構える。教えたくとも教えられないものもあるのだろう。言葉では当然のことながら、動きを真似しろと言われても無理なもの、そもそも目に見える動きはない技術もある。

 故に、盗んでいけと武神は私に言った。剣を打ち合えば私であればそれが何にしろ掴むことができると思っているのだろう。であるなら、応えないわけにはいかない。

 

「では、ご教授お願い致します」

「応、行くぞ」

 

 それを境に私達は口を閉じる。剣を握り向かい合ったなら、語り合うことなどない。伝えたいことはすべて剣に込める、それが剣士というもの。

 タケミカヅチ様は目を閉じゆっくりと呼吸をしていた。しかし、隙らしい隙は皆無、武神の見えざる領域が私には感じ取れた。あれに侵入した瞬間、タケミカヅチ様が私を感知するのは明らかだ。

 

「ふっ」

 

 短い笑みと共にタケミカヅチ様がその瞳を開く。いつもとは似ても似つかない獲物を見つけた獣のように獰猛な瞳、しかしその奥には静かに戦場を見据える武人の影が潜む。

 開眼と同時に踏み込みが開始、【ステイタス】を授かっていない一般人と変わらないはずの身体能力としては驚異的な速度でタケミカヅチ様は接近してくる。

 

――来るッ

 

 タケミカヅチ様の振るう木刀が一瞬霞み、その姿が消えかける。しかし、それと時を同じくして目の前の相手の存在が膨れ上がるのを感じた。その膨れ上がった何かが私へと襲い掛かってくる。

 

 歓喜に打ち震える。意志とは関係なく笑みが溢れる。

 私はそれを知っている、その膨れ上がったものを知っている。そして、それに対抗し得る手段は唯一つ。

 

 暴れだそうとする心臓の動悸を抑える。心臓を鷲掴みにされる感覚、鎖によって締め付けられる感覚、【ステイタス】が私に与えた枷が発動する。しかし、そんな物で抑えきれるはずもない。

 痛い、想像を絶する痛みが身体を駆け巡る。身体のどこが痛いのか、それとも身体とは関係なく何処かが痛むのかも分からない。この痛みは戒めだ、人でありながら人ならざる力を手に入れてしまった咎人への罰だ。だが、その痛みをねじ伏せる。

 今はただ、目の前の相手と剣を交えたい。咎にまた咎を重ね、アゼル・バーナムという人間は穢れに穢れていく。しかし、だからこそ振るう剣は輝くのだろう。

 

 恐れず前へと一歩、襲い掛かってくるタケミカヅチという神域に剣を振るう。木刀と木刀が重なり、打撃音と共に空間が爆ぜ風が巻き起こる。

 間髪を容れずにもう一歩。今度は私から斬り込む。踏み出す足、呼吸をする肺、振るわれる腕、放たれる斬撃、すべてに殺意()を込めて一閃。力は抑えている、その分想いを込めて剣を振るう。

 

「ヌンッ!」

 

 常人の反応速度を越えタケミカヅチ様は私の一刀を弾き落とす。弾くために振るった動きを無駄にせず攻撃へと転じる。考える暇などない、感じている暇も僅か、動き始めを見た瞬間に既に対処はされている。

 人の知覚を越えた、その攻防を私は望んでいた。

 

「ハッハッハ!!」

「フッ」

 

 声を上げながらタケミカヅチ様は木刀を振るう。所詮は常人の力で繰り出す木刀の一撃に大した威力はない。そのはずなのに、どうしてもその剣には死の予感を感じてしまう。技術でもなく、魔法でもなく、それは意志の力、器から漏れ出すタケミカヅチという魂の片鱗。

 つられて私も笑う。

 

 連続して木刀を打ち合う。目に見えないような速さというわけでもない、吹き飛ばされるような力というわけでもない。しかし、今まで受けてきたどんな斬撃よりも鋭く重い。一撃一撃受ける度に、私は思い知らされていく。

 

――神とは、かくも遠くにいるものなのか

 

 私は強くなどない。強いと少しばかり思っていたが、そんなものは驕りでしかない。ここにいるではないか、私より優れた斬撃を放つものが。ここにいるではないか、私では届かぬ領域の者達が。こんなにも、私が見上げる存在が溢れているではないか。

 ここ、オラリオには彼等がいるではないか。

 

――斬り落とされる首

――滴り落ちる血

――鳴り響く雷

――積み重ねられた無限に等しい時間

――研鑽の果てに辿り着いた武の境地

――人では決して届かぬ領域

 

 木刀を重ねる度、何かが私の頭の中へと流れ込み理解していく。魂とは、己とは何なのか。そんな根源的な質問に答えなどないのかもしれない。しかし、私は私なりにそれを理解しなければいけない。

 その答えを私は朧気ながら掴んだ、気がした。

 

(魂は――刃)

 

 想像するのは無骨な鉄塊の記憶媒体。鈴音が打った刀のような美しさなどない、剥き出しの刃。何かを、喜びや悲しみ、笑顔や涙を得る度にその身に傷を付けすべてを記憶している私の根源。傷に触れればその時の記憶と感情が蘇る。

 打ち合う度に流れ込んでくる情景、情報、感情は私が剣を通して見ているタケミカヅチという武神の存在()そのもの。数え切れないほどの傷に触れ、読み取っていく。圧倒されてしまうような様々な光景を前に、力を入れる。飲み込まれないようにと、己を奮い立たせる。

 

(身体は――鞘)

 

 触れるすべてを斬り裂く剣を鞘に収めることなど不可能。何かを得る度に傷を付け、傷が付けば付くほど斬れ味が増していく。そして、触れた鞘すら斬り裂く。

 

(私は――アゼル・バーナムという剣そのもの)

 

 私の理解は間違っているのかもしれない。自分の中に剣を見出すのは狂っているのかもしれない。しかし、私はそれでいい、そう信じ続ければ良い。

 対等ではないかもしれない。私とタケミカヅチ様では()の強度も斬れ味も、それを鞘から抜き放つ技も比べ物にならない程私が劣っているのかもしれない。だが、だからこそ私は今剣を重ねている。

 劣っているからこそ剣を振るい、感じ、覚え、身体に刷り込んでいく。鍛錬とは、研鑽とはそういうもの。

 

 だが、同じ土俵にいるというのなら食い付くことができる。これがまったく歯の立たない、私が土俵にすら上がれていない状況だったなら私も諦めて降参していたかもしれない。しかし、戦えるのなら戦う、剣を交えることができるのなら例え死んででも剣を振るう。

 

「ハアッ!」

「殺す気、かっ!」

 

 首へと吸い込まれていった突きをタケミカヅチ様は軌道を逸らして避ける。

 文句を言いながらもタケミカヅチ様は私の一太刀を尽く弾いていく。言葉とは裏腹に、顔は笑っている。

 

 普段は心優しく落ち着きのある武神も、根っこの部分では私と同類の存在なのだろう。己の鍛えた身体で、磨いてきた武技で、どれほど疾くどれほど強く、どれほど美しく相手を打倒できるか想像せずにはいられないのだ。

 もう止まるはずもない。

 

 技術ではどうしたって私が劣る。永き時を生きてきた武神に技術で勝ろうと考える事自体が間違いなのだが、それでもやはり悔しい。悔しさを噛み締めながらも、その完成に最も近い剣に私は見惚れた。それでもまだ完成には至らないのかと、感動を抱く。

 故に剣を重ねて我が物にしようとする。木刀がぶつかる度に剣の振るい方、足の動かし方、重心の移し方がぶつかり合う世界を通じて伝わってくる。

 

――もっとだ

 

 そして、相手は囁いてくる。

 

――もっと見せろ、人の子よ

 

 挑んでこいと手をまねく。

 

――お前の()をもっと見せろ!

 

 獰猛な笑みを浮かべて、まるで子供のように無邪気に剣を振るう相手に私は引くことができなかった。きっと、私も年甲斐もなく笑いながら剣を振るっていただろう。

 目の前の神は、目の前に自分を殺しうる可能性があるというのに楽しんでいる。下から自分を追いかけ、追いついた暁には斬り合いになるだろう相手を指導している。常人からしたらそれは理解不能なことだろう。

 

 だが、そんなことは私にとってはどうでもいいことだ。相手にどんな思惑があろうと、例え私を罠に陥れ殺そうとしていようと、私が剣を振るうことに変わりはない。疑心も憎しみも、期待も羨望も、私はすべてを斬り裂き己の糧とする。

 

(見たいと言うのならお見せしましょう)

 

 相手に勝てないと分かっていても、相手が己の愛する者であったとしても、相手が神であったとしても、人の抱いた願い()が神にも劣らぬと何時しか証明するため、私は歩き続けるしかない。

 何かを斬り裂く度に私の世界は定まっていく。枝葉を斬り捨て、その幹だけが残されていく。私の可能性などとうの昔に決まっているに違いない。

 

(剣に堕ちた人間の()を――!)

 

 そしてまた一歩踏み出す、踏み込み、堕ちていく。剣の世界へ、人成らざる人外へ、人の世から神の世へ歩幅は小さくとも着実に堕ちていく。ただすべてを斬り裂く、そのためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

「何をやっているんですかアゼル殿ぉ!!」

「いやー、すみません。つい」

「つい、で済まされる問題では! いえ、今は時間がありません、早く行きましょう!」

 

 私とタケミカヅチ様の打ち合いは、何時になっても商隊の集合場所に現れない私を命さんが呼びに来るまで続いた。タケミカヅチ様は木刀を下ろすと同時に地面に座り込む。大量の汗をかいて服が肌に張り付いていた。対して私はそれほどではなく、肩で息をする程度。冒険者とそうでない者との差は顕著であった。

 

 早く早くと急かされながら私はその場を去ろうとする。

 

「見えたぞ」

 

 そんな私にタケミカヅチ様が言葉を投げかける。疲れきった顔には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「お前の心、お前の魂、お前の剣」

 

 タケミカヅチ様は仰向きに倒れ、そして空を見上げた。

 

「アゼル・バーナムという剣士が、俺には見えたさ」

 

 打ち合う度に私がタケミカヅチという神を理解していったように、彼もまた私を知っていったのだろう。一体何を見たのか私には分からなかったが、浮かべる笑みから悪いものではなかったのだろう。少なくともタケミカヅチ様にとってはそうだったはずだ。

 

「人にして剣、剣にして人。お前はそれで良い、お前はそのまま突き進め。その先にお前の求めるものがあるか俺は知らんが、手を伸ばさなければ何も得られはしないだろう」

 

 お前はそれで良い、とタケミカヅチ様は無責任にも私に言ったが、結局選ぶのは私なのだから、その責任が他人にあるわけがない。だが、そう言われて、誰かが私をその道の先で待っているということが分かり、少し嬉しかった。

 見上げた果てには、まだ誰かがいる。それだけで私は幸せだ。飽くなき鍛錬、果てなき挑戦、その更に先へと行こうとする私への武神からの激励だった。

 

「人の子も業が深い、よもや神域を目指す者までいるとはなあ……だが、それでこそなのかもしれないな。愚かだからこそ、我武者羅だからこそ、お前達は輝く――例え、それが火花の如く儚いものだったとしても」

 

 永遠を生きる神々からすれば、私達の一生は正に瞬きのようなものなのだろう。時間という尺度が私達と彼等ではまったく違う。何を想い、何を信じ、何を感じ、どう生きるか、神と人では何もかもが違う。

 

「俺はお前の願いも、等しく美しいものだと思っているぞ」

 

 それでも、タケミカヅチ様は美しいと言ってくれた。人からすれば異端であろう私の願いですら彼等は美しいと思ってくれる。信じて良いのだと、歩んで良いのだと、彼等は言ってくれる。むしろ突き進め、魅せつけろと私の背中を押す。

 

「剣を執れ剣の子よ、すべてを糧にして磨き上げろ。それだけがお前を導く」

「――言われずとも。私には剣しかない」

「ハッハッハ、そうだったな」

「では、私は行きます。ご指導ありがとうございました」

「ああ、行って来い。命のことは頼んだぞ。時々相手をしてやってくれ、あいつにも良い刺激になるだろう」

「はい」

 

 一度礼をして歩き始める。建物の外では今か今かと出て来る私を待っている命さんがいた。私が出て来るや否や彼女は私の腕を掴んで走り始める。

 

「早く行きますよ! 商隊の皆さんを待たせているんですからね!?」

「すみません。じゃあ、急ぎましょうか」

「え、ちょっ、アゼル殿何をっ!?」

 

 命さんに付いていく形で私も走っていたが、私は更に速度を上げる。命さんを追い越す時に彼女を脇に抱え上げ更に加速する。

 

「こっちの方が早いので。どっちですか?」

「は、離してください!」

「どっちですか?」

「ぬぐぐぐぐ」

「あっちですかね」

「いえ、あっちです!!」

 

 私の腕の中から抜け出そうと頑張っていた命さんも私が適当な方角に向かって走り出そうとすると、それを遮るようにして方向を明示してくれた。数分間の努力の末、彼女は諦めたように私に運ばれることとなった。

 

 

■■■■

 

 

 アゼルがキャラバンに辿り着いた頃には商隊の隊員達も大分苛立っていたが、空から降ってくるようにして現れたアゼルと命に度肝を抜かれ怒ることを忘れてしまった。そのままアゼルが乗ると間もなくキャラバンは出発し、その中でアゼルは他の面々と向き合っていた。

 商隊のキャラバンに同乗している都合上荷物と同じ場所にアゼル達は乗せてもらっていた。アゼルの横には鈴音が身体を預けるようにして座り、その反対側にはリューが静かに座っている。向かい側にはヴェルフと命が腰を下ろしている。

 リリはある作戦のために既に戦場となるシュリーム古城跡に一足先に向かった。

 

「何をしていたんですか、貴方は?」

「いやー、タケミカヅチ様に少し稽古をつけてもらっていました」

「相変わらずですね……」

 

 時間ぎりぎりにやってきたアゼルの言い訳にもなっていない言い訳にリューは溜息を吐いて呆れ返った。同じく呆れていたヴェルフは目の前の剣士はそういう人だったと再確認し、気を取り直して早急にするべきことを始める。

 

「んじゃ、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の作戦の確認するか。つっても、()()()()()はもう決まってるな」

 

 ヴェルフは不敵な笑みを浮かべながらそう言う。

 

「アポロン・ファミリアの大将であるヒュアキントスをベルが倒す、これは譲れない。これは()()()()()()()()()()()

 

 ヴェルフの言葉に、誰も異論は言わなかった。勿論、勝利条件は大将の打倒だけだ。そこに誰が倒さなければならないか、などという制限がない。しかし、その場にいる全員がその勝利の道筋を望んでいる。否、その場にいない者達もそれを望んでいるに違いない。人々も神々も格下が格上を倒すというドラマを見たいのだ。

 

「考えないといけないのは、どうやってその状況まで持っていくかですね」

「……そう、んでその作戦をヘスティア様やリリスケが考えてくれた」

「アポロン・ファミリアは百人以上を抱える大規模なファミリア、ベル殿と相手の大将の一対一を実現するのは険しいでしょう」

 

 命は自分たちの置かれている状況を的確に捉えていた。ヘスティア・ファミリアの戦闘員はその場にいないベルとリリ、助っ人のリューを合わせて七人。対してアポロン・ファミリアは百人以上だ。数の差とはそのまま勝敗と言っても差し支えない。

 冒険者同士の場合はその限りではないのだが、今回に限ってはアゼルが【ステイタス】を封印しているので圧倒的な強者がリューしかいない。アポロン・ファミリアにもレベル2の冒険者はそれなりにいるのでレベル2の命とヴェルフではどうやっても圧倒はできない。

 

「私は手助けをする立場、そこまででしゃばるつもりはありません」

「大丈夫だ、させるつもりもねえ」

「まあ、単純に考えて私達一人一人が二十人ほど相手すればベルも気兼ねなくヒュアキントスさんと戦えますよ」

「無茶苦茶なことを言うなって言いてえが……一人で突っ込むとか止めろよ?」

 

 アゼルの言っていることも一人一人の負担が多いという意味で、的外れというわけではない。

 ヴェルフはアゼルに突出しないよう釘を刺した。だが彼、そしてその他の面々も今回は流石のアゼルも前線に出るとは思っていなかった。いくら強いと言っても【ステイタス】なしで暴れるようなことはしないだろう、と思っているのだ。

 

「基本的に相手の戦力を分散させ、中への侵入を容易にすることが狙いだ。数人が正面から敵の注意を引きつけその隙に別の場所から侵入する」

「そんなに上手くいくものですかね? 相手も驕っているとは言え馬鹿ではないでしょう?」

「そこを上手くいかせるのが作戦の要のリリスケだ。まあ、これはあいつに任せるしかねえ」

 

 今回の作戦の要となるのはアゼルでもリューでもなく、リリだった。策の重要人物とは得てして危険が伴うものだ。リリの戦闘力は皆無、冒険者相手ではリリは自衛すらままならないこともある。しかし、ヴェルフはリリが失敗するなど微塵も思っていないような表情をしている。

 

「ではリリを信じるとしましょう。で、編成は?」

「ベルは侵入隊で決まり、リリスケはその時居ねえから、残りは俺、アゼル、命、鈴音、そしてリューだ。リューには陽動隊をお願いしてえ」

「了解しました」

「敵の足止めをできる命も陽動隊で時間稼ぎだ」

「承りました!」

「俺とアゼルはベルの露払い。んで、鈴音は……」

 

 そしてヴェルフはどうしようかと悩んで口を閉じた。ヴェルフはアゼルやリューの実力は知っているが、鈴音に関しては殆ど情報がない。アゼルの契約鍛冶師で鍛冶の腕は秀でていることは知っているが、冒険者としての実力以前に鈴音が自分のように戦える鍛冶師なのかも知らない。

 

「どこがいい?」

「……えっと」

 

 だからヴェルフは本人の希望を聞くことにした。そもそも鈴音は戦争遊戯とは関係なく改宗をしたのだから、本来一緒に戦う義理はない。彼女の目的はあくまでアゼルの近くにいることである。なので、その答えは決まっているも同然だった。

 

「アゼルと、一緒がいいです」

「……んじゃ、侵入隊でもしもの時の敵の足止めだ」

 

 そう言えば鈴音がアゼルに滅法惚れていたことをヴェルフは思い出した。全員の配置が決まったのでヴェルフは次に一緒に持ってきた切り札をその場で開示する。布に包まれた棒状の物体を全員に見せるように布を取っていく。

 

「んで、これが切り札だ。急ぎだったから二振りだけだし質に期待はしないでくれ。すぐぶっ壊れると思う」

「これは……」

「凄い」

 

 リューは自身の種族と因縁深いその剣を、鈴音はその剣に秘められた力を感じ言葉を漏らす。

 

「これでまずでかいのを一発かます。その後は――」

 

 それからヴェルフはその場にいる全員に今回の作戦を説明した。本来はリリの役目なのだが彼女はこの場にいないのでヴェルフが代わりにすることとなった。アゼルは勿論作戦のことを知ってはいるが、細かいことはヘスティアとリリに任せていたので詳しくは知らなかった。

 

「さて、質問はあるか?」

「……質問というわけではないのですが、一つ」

「何だ?」

 

 リューは小さく手を上げて発言する。ヴェルフとしても失敗するわけにはいかないのでどんな些細なことでも言ってほしかった。

 

「アポロン・ファミリアのリュティという冒険者についてなのですが」

「ああ、あのアゼルに執着してる奴か」

「彼女はできれば私が相手をしたいのですが、良いでしょうか?」

「それは、こっちとしても願ってもないことだが……なんでだ?」

 

 アポロン・ファミリアの団長であるヒュアキントスと並ぶレベル3の冒険者の相手をするにはヴェルフと命では力不足、二人で立ち向かって五分五分といったところだろう。リューであればレベルもリュティより上であり、その実力も申し分ない。

 しかし、彼女はでしゃばらないと言いつつ、アポロン・ファミリアの次点を倒そうと言っている。

 

「アゼルに執着しているからです。己に降りかかる火の粉は自分で払うべきですが、今のアゼルでは敵わないでしょう。だから、私が代わりに倒します」

「お手数おかけします」

「いえ、少しくらい頼られるくらいが良いのですが。貴方のために戦えるのは、今回のような特殊な状況だけでしょうから」

「はぁ……じゃあリュティ・ユンペイは頼む。恐らくはヒュアキントスとは別、城の外の守りを任されてるだろう」

 

 大将を守るのであれば戦力を固めることも策の一つではあるが、ヒュアキントスの唯我独尊な態度からすると自分の近くに同等の強さの仲間を置くとは考えづらい。それなら敵の侵入を防ぐために外を警戒させていると考えるべきだろう。城の中の隊長がヒュアキントスであるなら、リュティは城の外の隊長の可能性が高い。

 

「あ、リューさん。リュティさんは幻惑系の《魔法》を使いますけど、何か対策でも?」

「アゼルから聞いていたので私なりに対策を考えてあります。そのためにはアゼルの協力が必要ですが」

「私のために戦ってくれるんですから、それくらいお安い御用ですよ」

「ありがとうございます」

 

 そしてリューはアゼルに近付き、その耳にどんな考えがあるのか小声で伝えた。何故そんなことをするのかアゼルは一瞬疑問に思ったが、何をしようとしているかを理解し納得した。あまり他人に聞かせる話ではない。

 

「分かりました。では、あちらに着いてから試しましょう」

「はい。余り時間がないので手加減は無用です」

「加減できないので、大丈夫です」

 

 一連の会話を聞いても何がなんだか理解できない他の面々は首を傾げていたが、リューとアゼルは今後の方針を固めた。興味津々といった風に伺っていた鈴音に、リューは後で教えてあげますと短く答えた。

 鈴音とアゼルには教えることができて、その他には教えることのできない事柄は何があっただろうかと他の面々は考えたがまったく思いつかなかったのは言うまでもない。

 

 

■■■■

 

 

 カサンドラ・イリオンは特別な夢を見る。本来夢とは、睡眠中に脳が情報の整理をするために行う行為なのだが、彼女の場合は違った。

 何故なら彼女は抽象的な表現が多いものの、()()()()()()()()()()()()()を夢に見る。つまるところ、カサンドラは予知夢を見るのだ。

 残念なことに誰もそれを信じないが、彼女が夢で見た未来はほぼ全て的中する。内容が抽象的過ぎる故に、的中の範囲が広すぎるのだが的外れであったことは一度もない。

 

 だが、その能力が彼女を幸せにしたかというと答えは否だろう。

 幼い頃から未来を見てはそれを誰にも信じてもらえず嘘吐き呼ばわりされ、いざ未来が成就してしまった日には悪者扱いされることもあった。カサンドラは何も悪くないというのに、予知した未来を知らせそれを回避しようとしただけなのに、まるでその結果を引き起こしたのが彼女の予知だったかのように批難される。

 彼女は塞ぎ込んだ。人を信じることが難しくなった。だが、予知夢は続き人を嫌いになりきれなかった彼女はまたそれを他人に伝え、また信じられないで未来を回避することはできない。

 

「うぅん……」

 

 季節は未だ春先、夜も寝苦しいほど暑いわけもないのにカサンドラは大量の汗を流しながらうなされていた。

 彼女は業火に焼かれていた。感覚を伴うほどまでに彼女は見ている夢に取り込まれていた。

 

 身を焦がすその炎は辺り一面を焼き払い、その灰から一本の木が生えた。それはなんとも緑が美しく、立派な月桂樹だった。焼き払われた大地に生える一本の月桂樹はまるで生命の拠り所のように聳える。

 ふと気付くと、月桂樹の根本から赤い何かが生まれた。それは、花であった。燃え盛る炎の赤とは違う、まるで血を吸ったかのような赤色。放射線状に広がる歪な花、血肉のような異質な赤色。それは美しくはあったが、どこかこの世のものとは思えない狂気を感じさせる花だった。

 

 月桂樹の根本から生えた次の瞬間急速に一面に広がっていく。やがて夢は赤に染め上げられていく。上も下も、右も左も、見渡す限り血のような赤。それは炎とはまた違った感覚でカサンドラに不快感を与えた。

 だが、カサンドラには縋るものがあった。生命の色を浮かべる月桂樹がまだある、と彼女はその方向を向いた。しかし、そこにはもう青々と葉を生やす月桂樹の姿はなく、葉は落ち枝はやせ細り今にも死んでしまいそうな木があった。

 そして瞬く間に、その木も赤い花に覆い尽くされ世界は赤に染められた。

 

「――――ッ!!」

 

 夢の中で泣き叫ぼうとする直前、カサンドラは目を覚ました。未だ月が空高く昇る深夜だったが、彼女はその夜は一人では寝れない気分だった。

 

「うぅ、ダフネちゃん……」

 

 ベッドからのそりと這い出て、隣のベッドで寝ている友の元へと向かう。夢見が悪いと周りから思われている彼女は時折こうして友人のベッドに忍び込む。普段は当たりの強いダフネも怯えきったカサンドラを突き放さなかった。

 だが、今夜の彼女はそれだけではなかった。先程見た夢が何を意味しているのか、まったく分からなかったが、何故かダフネの傍にいなくてはいけないという感情に襲われた。そうしていないと、どこか遠くへ行ってしまうような気がした。

 

「んんぅ……また、アンタは……」

「ごめんなさい、でも……」

「ったく、仕方ないわね。今回だけよ」

「うぅ、ありがとうぅ」

 

 だから、ダフネを抱きしめながらカサンドラは願わくば夢など見ないようにと祈りながら再び眠りについた。だが、どうしてもあの赤色がちらついた。あの花はなんだっただろうかと無意識に考えてしまい、そして思い至る。

 

 彼岸、あの世の名を冠する死を想起させ、死人に咲くと言われる毒花――彼岸花。

 

 カサンドラは一層力を込めてダフネに抱きついた。普段より更に怯えている友人を見て、ダフネもその背中を摩った。




閲覧ありがとうございました。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

今回の更新はここまでとなります。
次の更新で戦争遊戯を一気に駆け抜ける感じでやろうと思っています。

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