剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
どうも、今日も懲りずに更新です。筆がのっているので、とりあえず大量に書いています。課題とか、あったなあ……。
「せいッ!」
『キィイッ!!』
新しく買った安物のショートソードとロキ・ファミリアで貰ったショートソード、二本の剣を携えダンジョンへとやってきて四日目。
兎人間とでも言うべきか、二足歩行をする小人程の大きさの兎を一刀両断する。
仲間が殺されている隙に、もう一匹が
『キキィッ!』
『キィキッ!』
『キキィイ!!』
まだまだ敵はいる。
『アルミラージ』と呼ばれるそのモンスターは13階層から出現する中層のモンスターだ。上層で出現するモンスターに比べると頭が良く、集団戦に長けている。それに比べて私は一人。
『キッ!!』
先陣を切って飛び込んでくるアルミラージを、身体を横にずらしすれ違いざまに斬り裂く。二本の剣を一気に振りぬき敵を三分割する。
その間私の前後へと別れたアルミラージは同時に攻撃を仕掛けてくる。一匹は飛び上がり斧を振り下ろし、もう一匹は石の槍で突貫して来る。
「ふッ!」
横に一歩、それだけで斧の軌跡は私から外れ地面へと振り下ろされる。剣を振り上げ、その腕を斬り飛ばし、突っ込んでくるアルミラージにはもう一方の剣で迎撃する。
斜め上に斬り上げ、槍の先端を斬り、返し刀で斜め下に斬り槍は持ち手部分しか残っていなかった。そして、最後にもう一度刃を返しアルミラージの首を目掛けて一閃、絶命し地面へと倒れた。
『ギイイィッ!!』
腕を斬られた痛みに悶えながらも、アルミラージはその身体を武器にして再び攻撃を繰り返す。しかし、その攻撃が私に届く前に首と胴が切断された。
「ふぅ……」
かれこれ、三十分ほど戦闘をしていたからか、深呼吸をすると肩で息をするほど疲れていたことに気付いた。
現在、15階層。中層とも呼ばれるそこでは、それより上の上層と比べるまでもなく一度の戦闘が長く、そして戦闘自体が頻繁に起こる。なにより、敵の数と発生速度が格段に違う。決して、冒険者となって二週間やそこらの駆け出しが来るような場所ではない。
私とて、最初からここを目指していたわけではない。
最初の方は、大人しく6階層や7階層辺りで敵を斬滅していくつもりだったのだ。しかし、物足りないと思い下の階層へ。下の階層でも物足りないと感じもう一つ下へ、と繰り返していたらここまで来てしまったのが一日目のことだった。それからずっと中層をうろちょろしていた。
『オーク』などは動きが愚鈍で斬る的にしかならず、『インプ』は数が多いだけの的にしかならなかった。『インファントドラゴン』と呼ばれる竜種のモンスターはデカイ図体に長い首もあいまって、懐から首を一閃して殺すのが容易かった。火を吐くらしいが、そんなことをする前に殺した。
老師によって鍛えられた剣技と勘、そして未来を見る魔法とすべてを切断することを可能とする【
「そろそろ、帰りますか」
持ってきた食料と水が尽きたのが今朝のこと。ダンジョン篭もりをするために買った大きめのバッグに魔石やドロップアイテムが入りきらなくなってきたこともあるし、一度地上に戻るべきと判断した。
その後、火を噴く狼『ヘルハウンド』や丸まりながらその硬い表皮で攻撃する『ハード・アーマード』などを倒しながら私は上層へと歩き始めた。
■■■■
「おや?」
それは私が5階層の中腹あたりを歩いている時だった。モンスターの気配を後ろに察知し振り向くとモンスターの集団がこちらに向かって走ってきていた。先頭に立っていたフロッグ・シューターを斬り殺すも、他のモンスターは私を素通りし逃げていってしまった。
「これは一体……」
立ち止まり考えるが何か分かるわけもなく、気になってしまっては原因が知りたくなってしまうのは自然であった。私が来た道を戻ろうとした時だった、金色の髪がダンジョンの闇から歩いてきたのは。
「なるほど」
つまりモンスター達は彼女から逃げていたのだ。モンスターに怯えられる冒険者というのもなかなかすごい。やはり、モンスター達も恐れといった感情があるのだろう。そういえば、仲間を殺されると怒ったりする。
「こんばんは、アイズさん」
「あ……こん、ばんは」
少し落ち込みながら歩いていた彼女は私につい先程の光景を見られたのが恥ずかしかったのか若干俯きながら返事をした。
「お互い、荷物が多いですねえ」
「一日中いたから」
「私は四日で、これですから。やはりアイズさんは凄いですね」
アイズさんの荷物は私の荷物と比べると五割くらい大きい。荷物の多さが敵の倒した数と比例するとは限らないが、彼女は恐らく私より更に下層で探索をしていたに違いない。やはり、レベルの差というものはすごいものだ。
「四日も?」
「ええ、少し……思うところがありまして」
レベル1である私が四日間ずっとダンジョンにいたのが意外だったのか、彼女はその日数を聞き返してきた。
そして、私が思い浮かべるの四日前の事。
ベル・クラネル
Lv.1
力:H 120 → G 221
耐久:I 42 → H 101
器用:H 139 → G 232
敏捷:G 225 → F 313
魔力:I 0
熟練度上昇値トータル360という、他の冒険者の成長具合を馬鹿にするような値を私は見た。たった一晩、ダンジョンで決死の特攻をしただけでこれほど成長してしまった。
ヘスティア様もその異常性に何か思うところがあるのか言葉を慎重に選びながら、そのことをベルに説明していた。私も詳しいことは教えられてもらえず、ただスキルの恩恵であるということしか知らない。何が彼をそこまで早く成長させるのか、そのスキルを授かった経験は一体なんなのか気になった。
少しだけ羨ましいと思った。早く成長すればするほど、更なる強者と戦う機会が増える。しかし、ベルのスキルの根源的経験を私が知ったとしても、同じスキルを獲得できるとは限らない。むしろ、私は絶対にできないと感じていた。
ベル・クラネルという存在は、根本からしてアゼル・バーナムと違う。
「あ、私身体とか洗ってないんで、臭いかもしれません」
「遠征で慣れてるから。気に、ならない」
「それはよかった」
敵の攻撃は受けずとも、走れば埃は散り、火の近くにいれば服は焦げたりする。身体を動かせば汗をかくし、モンスターを斬れば返り血を浴びることもある。身体以外は全体的にボロボロ、それが今現在の私だ。
「そういえば。ここまでの道中にモンスターを檻に閉じ込めていた集団がいたんですが、あれはなんなんですか?」
「明日の、フィリア祭」
「フィリア祭?」
「うん、毎年やってる」
それ以上詳しい説明はしてくれなかった。祭りがあることを教えてくれただけでもよかったとしよう。帰ったらベルかヘスティア様に聞けばいいことだ。
それにしても、明日とは私もいいタイミングで物資がなくなったものだ。
「あの子、元気?」
「ベルのことですか? さあ、私はあの次の日からずっとダンジョンにいるので。でも、元気でしょう」
「そっか……」
どうやらアイズさんはベルのことを気にかけてくれている。ベルもアイズさんには並々ならぬ好意を抱いているようだし、引きあわせて見るのも面白いかもしれない。なにより、そうすればベルも更にやる気を出すだろう。
「ベルが、どうかしました?」
「この前、嫌な思いをさせたから」
「あれはベートさんが酔ったからでしょう」
「それでも……謝りたい」
何がそこまで彼女にそうさせるのか、私には分からなかった。そもそもミノタウロスからベルを助けたことは、感謝はされどアイズさんが謝る必要などないことだ。酒場での一件はベートさんのせいであったし。
「まあ、そこまで言うのなら。私からも今度会ったら逃げないように言っておきます」
「うん」
そもそも、ベルが走って逃げなければよかった話なのかもしれない。そんな、約束とも取れぬ約束を私はアイズさんにした。
■■■■
「では」
「さよなら」
ダンジョンから出て、バベルの出入口を出ると外はすでに暗かった。時間自体は把握していたが、やはり空のないダンジョンだと実感がない。
そこからギルドに寄り集めた魔石を換金した。受付にいたベルの担当アドバイザーであるエイナさんは私とアイズさんが一緒にいる所を見て驚いていた。
最初は黄昏の館まで送ろうと思っていたが、アイズさんが必要ないと言ったのでやめた。彼女に襲いかかって勝てる相手はあまりいないだろうし、大丈夫だ。
それから私は大衆浴場へと行き、ゆっくりと風呂に入り身体を綺麗にした。さっぱりして外にでると夜も更けてきたが、なにぶん朝から何も食べていなかったので落ち着いてきたら空腹感が押し寄せてきた。
丁度、この前の事をリューさんに謝りたかったので豊饒の女主人に行くことにした。お金も換金したばかりで持っている。
「どうも」
「……」
「あ、勘違いしないでくださいね。武器を持ってるのはダンジョンの帰りというだけですから。別に襲い掛かるとか、そういうつもりはまったくありません」
とは言ったものの、私のことをじっと見ているリューさんを前にするとやはり手合わせをして欲しいという欲求が膨れてくる。
「この前は、すみませんでした」
「いえ、私の方こそすみません。エルフのことはあまり詳しくなかったとは言え、不快な思いをさせてしまった」
彼女が謝ってきたのは少し意外ではあったが謝られて困ることではないし、ミアさんに怒られて反省したのだろう。そもそもの原因が私であることを考えれば別段謝る必要はなかっただろうが。彼女に不快な思いをさせたのは何も手を握ったということだけではないだろうが。
「今日はクラネルさんはいないのですね」
「ええ、ベルとは別行動中ですから。あの後、来ましたか?」
「はい、翌朝に代金を払いに一度」
「そうですか」
「ダンジョンには一人で?」
「ええ。一人のほうが気楽ですから」
もう客足が遠のいてきたのか、リューさんは私の横に立ちながら話をしている。私としては、話ができて嬉しいので、さぼっていいんですか? と聞いて追い払うことはしない。ミアさんに何も言われていないので問題ないのだろう。
「リューさんは、元冒険者か何かですか?」
「……なぜそう思うんですか?」
「強そうなので」
そもそも酒場での荒事を処理できるという時点で、冒険者を相手に取れるということ。それは冒険者にしか務まらない仕事だ。『
「はい、とだけ言っておきます」
「あまり聞かれたくないことみたいですね。今後気をつけます」
「そうして頂けると助かります。話は戻りますが、何階層まで?」
「確か15くらいまで行きましたね」
「なっ」
おっと、元冒険者と聞いたというのに言ってしまった。
「馬鹿ですか、貴方は。そのような無茶を」
「無茶とは思っていませんよ。その証拠に私は怪我らしい怪我をせずに四日間その辺りで過ごしました」
「悪いことは言いません。そんなことをしていると、いつか死にますよ」
「変な事を言いますね。私はどうせいつか死にますよ」
「冗談を言っているわけじゃありません」
少し怒った声で、私に忠告をする。
「そもそも、リューさんは私の事を嫌っているのでは?」
「嫌っているから死んでも構わないなどとは思いません」
「そうですか。優しいんですね」
「貴方は……認めたくないがクラネルさんに必要な人だ」
淡々と、彼女はそう言った。理解できない、という感情がありありと伝わってくる。それにしても、真正面から認めたくないと言われたのは初めてだ。
「クラネルさんは貴方の事を信頼していたし、感謝もしていた。少ししか話はできませんでしたが、それでも貴方の事を必要だと思っていることは伝わりました」
「だから、私が死んだら困ると? 随分ベルのことを気に入ったようですね」
「私の同僚の伴侶となる人ですから」
それはきっとシルさんの事なんでしょうね。いや、まさかそこまでベルのことを好いていたなんて。そして、その同僚のために私の事まで気にかけるリューさんはシルさんのことを本当に大切に思っているのだろう。
「まあ、プライベートをどうこう言われる筋合いはないので、やめませんが」
「忠告はしました」
「ギルドでも注意されましたよ」
「当然だ」
嘘をついて7階層に行ったと言って注意されたのだが。
運ばれてきた料理に手を付けようと思ったが、たぶん食べ始めたらリューさんも仕事に戻るだろう。その前に聞いておきたいことがあった。
「そういえばリューさん。フィリア祭というのをご存知ですか?」
「ご存知も何も、明日です」
「私はつい最近来たばかりなのでそれが何なのか知らなくてですね」
「
「調教とは、そんなこともできるんですね。確かに、それは迫力があって冒険者でない人にもウケそうな内容だ」
冒険者でない者はモンスターを見る機会がほとんどないと言ってもいい。時々外でも出会ったりするが、普通人がいるような所にモンスターはいない。森に迷い込んだり、逆にモンスターが人里に迷い込んだりしない限りは見ない。
そんな人達のための祭りなのだろう。
「それ以外にも屋台などの出店が多くあります」
「それは興味深い。明日もダンジョンに行こうと思っていましたが、行かないで祭りを満喫するのも良さそうだ。リューさんどうです? 一緒にデートでも」
「……了承するとでも思っているんですか?」
「いえ、まったく」
「そもそも明日も私は仕事です」
「それは、残念。デートはまた別の機会にしましょう」
知りたいことも分かったので料理を食べ始める。しかし、リューさんは私の横から動かず立っている。
「あの、暇なんですか?」
「ミア母さんが、この前の詫びとして接客をしろと」
「そうならそう言ってください。どうぞ、座ってください」
そう言って、私は向かいの席を指した。リューさんはその言葉に従い座った。接客ってなんだ、普通の酒場じゃないなあここも。
「貴方は、何を求めてやってきた?」
「唐突ですね。そうですねえ……最初は修行のために来たつもりだったんですが」
目の前に座るリューさんを眺める。金色の髪の女剣士を思い浮かべる。それ以外にも街ですれ違った強者の雰囲気を纏った冒険者を何人も思い出す。
しかし、それはすべて消え、脳裏に蘇ったのは銀髪の女神だった。
「今は、少し分からなくなっています。いえ、何故来たのか、私が剣を振るう意味を知ろうとしているのが現状ですね」
「信念を持たずに剣を振るうなど」
「必要と思ったことがなかったもので。でも、ここでは皆が剣を振るい身を削りながら何かを求めている」
ベルは出会いを求めて剣を振るう。金を求める冒険者も、名声を求める冒険者も、私には輝いて見えた。
『貴方もまだ輝ききれてない』
彼女の声が蘇る。
「私は、私という人間が本当に欲しい物を知らない。それは強くならなければ知ることのできないものだと、思ったんです。きっとそれは何かを斬った時に知ることができる」
「可哀想な人だ、貴方という人は」
「そうですか? 今までは剣を振るうだけで満足してたんですけどね。どうにも、私も都会に毒されてきたみたいだ」
そう、故郷にいる時は毎日剣を振るい、疲れた身体を休めることに満足していた。老師に手ほどきを受け、繰り返し、自分のものにする。それだけのことで満たされていた。
人間とは貪欲だ。これで満足したら、次の段階へ。そして、それも満足したらまた次の段階へ。無限に積み重ねられていく欲求の塔。そうして、人は己を高めていく。
「その道は修羅の道だ。身を戦いに投じなければ得られない答えなど、碌なものはない」
「碌なものでなくとも、それでも答えが得られるのならいいんじゃないでしょうか?」
「その先に何があるというのですか? 傷付き、傷付け、摩耗しきった先に」
「さあ? それが見てみたいんですよ、私は。自らの剣で斬り開いた道の先を」
その言葉を聞いた彼女は席から立ち上がり、カウンターの奥へと戻ろうとした。しかし、それを止めこちらに向けて言った。
「貴方が、どこで何をしようが構わない。しかし、クラネルさんを巻き込むようなことは」
「しませんよ、まったく。私とてベルのことはそれなりに大切に思っています。彼が私とは違うということも理解しています」
本当に、ベルという少年は人を惹きつける。ヘスティア様がまたヤキモチを焼いてしまうではないですか。ヘスティア様も、アイズさんも、シルさんも、そしてリューさんもベルのことを気にかけている。中心にはいつもベルがいる。
そのことに、一抹の寂しさを感じた。昔は、私とベルの二人だけ。何をやるにしても、ベルは私を誘ってきた。森に行きたいから一緒に行こう、夕飯も一緒に食べよう。笑顔で私にそう言う彼を私は邪険にできなかった。
でも、今は違う。彼は出会いを求めてダンジョンに来た。そして、見事出会いを果たしている。色々考えて、分からなくなってしまった私と違い、彼は確かな一歩を踏み出している。彼は自分の向かうべき場所、目指すべき物を見つけたのだ。
今思えば、故郷にいた頃の私は老師との稽古とベルの相手をするだけの生活だった。ベルの相手をするように言ったのも、厳しくしろと言ったのも老師であった。私とて最初は優しく指導するつもりだったのだ。
ただ老師の言うことを聞き、ベルを痛めつけた。それは、まるで剣のようではないか。老師という持ち手によって行動する刃のようではないか。
しかし、ここには老師はいない。持ち手を失ったのだ、導き手を失ったのだ。
持ち手を失くした剣が一本。地面に落ち、跳ね回り、当たるすべての物を斬る。その向かう先がどこか、跳ね回りながら、斬りながら考える。いつか、確かな意味を持ってその刃が地面に突き刺さり止まることを夢見ながら、考える。
気付いたからと言って、できることなど何もない。やはり、斬ることでしか分からない。例え、それが修羅の道だろうとも。
斬れば斬った分だけ、私は何かを知る。私が何を斬ったのか、なんで斬ったのかという小さな答えが無限に積み上げられていく。それが、いつか意味を持つのだと信じ続け、私は斬ることしかできないのだろう。
私はその積み上げられた物を、己と呼ぶことにした。
閲覧ありがとうございます。
指摘や感想などがあれば気楽に言ってください。
※2015/07/10 19:26 一部設定変更に伴い描写修正
※2015/09/14 7:08 加筆修正