剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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狂刃は踊る

 何も、彼女は狙ってその夜出掛けたわけではなかった。

 今までも外に出てアゼルに会いに行きたいと常々思っていたのだが、それはできなかった。暇さえあれば彼女の姉が心配して側にいたし、そうでない時も誰かが彼女に気をかけていた。

 

 だが、その晩はファミリアの多くの団員が出払っていた。主神であるイシュタルも、団長であるフリュネ、姉であるアイシャも用事があり都市外へと出掛けている。ニイシャも付いていきたかったが、一応病み上がりのような彼女をアイシャが行かせる訳もなかった。

 だが、それが彼女の大きな間違いだったのかもしれない。

 

 彼女は激減した仲間達の隙を見てホームから抜け出し夜の街へと躍り出た。

 二本の刀を携えていたが、惜しみなくその身体を晒す彼女に数人の男達が惹かれ、そのまま路地裏へと招き入れた。その行為が彼等の命運を分けた。

 ニイシャにはアゼルに付けられた刀傷があったが、それすら彼女の魅力を引き立てていた。男達はニイシャの露出の多い格好を見て下卑た笑みを漏らす。

 

「素直に付いてくるってことは、そういうことだよな?」

「に決まってんだろ……くひひ、凄え上玉じゃねえか」

 

 数人の男達が壁際にニイシャを追い込む。特に抵抗することなくニイシャは男達を見た。その真紅の瞳はつまらなそうに彼等を映し出す。

 

「でもよー、傷物じゃん」

「そこがいいんだろうが、ったく」

「まずは俺からだ」

 

 一人の男が前に出てニイシャに手を伸ばしてその肌に触れようとする。周りの男達はその男に特に抗議はしなかったが、表情に不満が見えた。しかし文句を言えないのは、その男が集団の中で最も力のある冒険者だったからだ。

 だが、その手がニイシャに触れることはなかった。

 

「――醜い」

 

 これから起こるだろう行為に興奮し無謀になっていた男の首を通り過ぎたのは、一閃の斬撃。

 

「――ぇ?」

 

 最後の言葉もなく、男の首は胴体と切り離され地面へと落ちて行く。死の恐怖を感じることなく、その男はこの世から去っていった。重たい頭部が地面に落ちて鈍い音を鳴らし、首がなくなった身体からは勢い良く血が噴き出る。

 誰もが言葉を発せずにいた。あまりにも唐突、あまりにも簡単に仲間の命が散ったその光景を彼等は信じられなかった。

 

「でも、悲しまなくていいわ――私の糧になるんだから」

 

 刀に付着した血をニイシャは舐めとった。その光景が恐ろしいと思いつつも、男達は目が離せなかった。美しかった。血で口元を汚し、微笑みを浮かべる女に彼等は魅了されたかのように見惚れた。

 

「さあ、血を頂戴」

 

 抵抗と言える抵抗をすることもなく、男達の意識は暗闇へと沈み二度と目覚めることはなかった。路地を満たすのはおびただしい血の斬撃と、その中で一人空を見上げながら恍惚とした表情を浮かべる女だけ。

 

「ああ、貴方に会いたい」

 

 彼女はただ一人の男を求めていた。心だけではない、身体にまで刻まれたその男の証を彼女は撫でる。回復薬(ポーション)で治るには治ったものの跡が残ってしまったその傷は彼女と男を繋ぐ唯一つの絆だ。

 常人であればその傷を嘆いただろう、目を逸らしただろう。だが、彼女は狂ってしまった。たった一度の邂逅、たった一度の斬撃、目すら合わせていないし相手の顔も見ていない。それでも、彼女は強くアゼルに惹かれた。

 

 満天の空を眺めながら、彼女は歌を口ずさんだ。少女が想い人に会いたいと伝える、切なくも甘い愛の歌。彼女はただ呼びかける、会いたいと、自分はここにいると歌に言葉をのせる。

 それがアゼルを呼び寄せなくとも、彼女は自分の想いを発せずにはいられなかった。夢見るは男との逢瀬、望むは男との斬り合い。彼女の心を占めるのは鈍色に輝く一振りの刃。

 

 接近してくる気配を彼女は感じ取った。その気配を、その存在感を彼女が間違えるはずがない。彼だ、彼が来たのだと彼女の心は高ぶった。歌には一層熱がこもり、身体にも熱が巡った。

 彼女が感じたのは飢え、渇き、物足りなさ。自分を完成させる最後のピースが欠落しているという不完全感。

 

――彼はそれを持っている

 

 だから、アゼルに会えばその欠落感の正体が分かると思った。刃を交えればそれが手に入ると思った。斬り殺せば飢えが、渇きが、物足りなさがなくなるだろうと思った。

 

 人影が少し離れた建物の屋根に着地した。彼女の歌も丁度終わりを迎えた。向き合う二人はどこも似てはいない。片方は男、片方は女。種族も違えば、声も、髪色も、背丈も違う。

 それなのに、二人はどこか似ていた。共通の何かを持っていた。表面に出るようなものではなく、もっとその存在の奥底に根付いている何か。

 

 

■■■■

 

 

 こちらは一刀、あちらは二刀。手数では私が圧倒的に不利だ。

 

「あはは、あははは!!」

 

 楽しそうに、それこそ幼さを感じさせるほど嬉しそうに彼女は笑った。ずっと待っていた想い人に出会った恋人のように熱っぽい視線が私を舐めまわす。

 

「凄い」

 

 だが、彼女の振るう剣戟は激しいの一言だ。そこに武はなく、力任せに刃を振り回しているだけだ。だが、それだけで相手を圧倒してしまえるだけの身体能力が彼女にはあった。暗闇の中動きまわる瞳が赤い残光を残しながら彼女は刃を振るう。

 

「凄い凄い!!」

 

 無茶苦茶な動きばかりだ。左の刀を振るい、直後右の刃が襲いかかってくる。どちらも避けると次は身体を回転させ踵が脳天目掛けて振り下ろされ、一歩引くとそのまま回転を続けて二刀が続けざまに振り下ろされる。

 重さを感じさせないほど軽やかに着地、間髪を容れずに飛び込んでくる。

 

「ああ、流石は私の愛しい人!」

 

 彼女が誰なのか私は知らないが、彼女はそうではないらしい。

 雨の如く襲い掛かってくる斬撃や蹴りを放ちながらも彼女は私に語りかける余裕がまだあった。攻撃を避けるばかりの私が本気を出していないと思っているのか、彼女も本気を出していない。

 月明かりという薄暗い光源のもと、高速で振るわれる刃は正に凶器だ。その間合いと速度を十全に計ることは必要だった。だが、速さには慣れてきた。間合いも大体分かった。

 

「では、こちらからも行きますよ」

「ええ、来て!」

 

 待ち望んだ邂逅、否、斬撃。一足で踏み込み白夜を振るう。その刃は阻むすべてを斬り裂き、その魂までをも斬り殺す必殺の刃。本来であれば、言葉通り刃を交えるということは起こらない。交えた相手の剣でさえ私が振るう白夜は斬り裂く。

 

 だが、予想と違い火花が散った。

 

「ッ」

 

 勿論、私に斬ろうと言う意志がない、つまり【剣心一如(カルデア・スパーダ)】の能力を意図的に使わないことを選べば相手の得物を斬らないこともできる。だが今回はそんなつもりはなかった。

 故に、彼女と刀と斬り結べたことが驚愕だった。

 

 弾かれた刃をもう一度振るう。風すら斬り裂くその刃は、相手の首を刈り取る軌跡を描く。月夜に照らされた剣閃は闇に銀の線を残し、そして再び火花を散らす。

 私の斬撃を防いだ方とは逆の刀を振るわれ、私は一度飛び退いた。

 

「未知……というほど強くは感じない」

「ええ、そうでしょう。だって貴方は私を知っているもの」

 

 彼女の動きであれば一秒もかからずに接近できる距離だというのに彼女は攻撃してこなかった。より近くで観察して、彼女の異常性が増した。

 傷があった。腰から乳房の下にかけて走る切り傷が月明かりに照らされて浮かび上がる。

 

「ふふ、綺麗でしょ?」

 

 そう言って彼女はその傷をなぞった。その時の彼女の恍惚とした表情は、否応無しに男を惹きつけ性欲を掻き立てるようなものだった。相手が血に濡れた刃を携えてなければ、少しは反応したかもしれない。

 

「貴女は、誰だ?」

「まあ、非道い――――貴方が作った傷なのに」

 

 その言葉だけで、すべての謎が解けた。

 月明かりでは分かりづらいが、目の前の女性は確かに褐色の肌だ。踊り子のような衣装も彼女の種族としては当たり前。顔立ちもどこか彼女の姉に似ているような気がした。

 

「でも名前を教えてなかったわね」

「ええ、そうですね。名も知らぬ戦闘娼婦(バーベラ)

「でも、ごめんなさい名前は教えられないわ。捕まっちゃうから」

「なら、なんと呼べば?」

 

 そう言えば彼女は私と会った時既に血が付着していた。私と出会う前に誰かを斬り殺してきたのかもしれない。

 

「ハナ。ハナって呼んで」

「分かりました。よろしくお願いしますハナ」

 

 挨拶を最後、私とハナはお互いに踏み出し接近した。

 目にも留まらぬ連撃は速いが捌けないわけではない。両の刃を同時に振るうことは至難の業、大抵の攻撃は左右の刃を交互に振るうことで成り立つ。

 一刀ではできない変則的な剣戟と速度はあるが、一秒を限りなく小さく斬り刻み、コマ落としのような世界で見る彼女の二刀は連続的な一刀でしかない。

 

 迫る斬る一刀を弾く。硬い感触を手に残しながら、刃と刃がぶつかり弾かれる。

 下から掬いあげるような軌跡で私の身体を縦に両断しようとする刃を見る。それは、確かに力任せの一斬だ。技もなければ志も感じない、ただの斬撃だ。

 

「せぁッ!」

 

 下から走る刀に向けて垂直に白夜を振り下ろす。ハナの刀は宙で叩き落とされ、再び暗闇の中火花がお互いの身体を照らす。

 すかさず白夜を横薙ぎに振るい彼女に斬りかかる。刃は薄くハナの胸を斬り裂く。少し後退した彼女を逃さず踏み込み、もう一刀。弾かれるのが分かっていたので間髪を容れずもう一刀。

 一刀対二刀なのだ、相手方が手数が多く防御に使える得物も多い。ならば、その防御を突き破るだけの斬撃を加えればいい。斬撃に次ぐ斬撃、瞬きすら許さぬ連撃を彼女に浴びせていく。

 

「良い、良いわッ!!」

 

 それでも彼女は笑みを絶やさない。むしろその笑みは刃を受かれば受けるほど蠱惑的にその魅力を深めていく。熱にうなされているかの如く熱っぽい目、血を流す度に深まる笑み。彼女は狂気に侵されていたのかもしれない。

 

「あははははは!!!」

 

 踊り狂う彼女を、何故か美しかった。

 彼女は武人ではなく狂人、振るう刃は狂っていて、だがどこか心地よかった。斬撃が心地よいと言えてしまう私も相応におかしいかもしれない。

 不思議と彼女と踊るのは楽しかった。特別強いというわけではない。技のない彼女の動きは非効率であり、まるで子供が玩具を振り回すような様だ。相手にするのは簡単で、刃が弾かれることがなければ数秒で勝負は決まっていただろう。

 それでも、私は心の奥底で彼女との立ち会いを喜んでいた。打ち合う度に何かが私の中に響き、更に彼女の斬撃を求めるように私を衝き動かす。

 

「はあっはあッ……」

 

 ハナは一度私から距離を取った。致命傷にまで至ってないものの幾つもの斬撃が彼女の肌を斬り裂き流れでた血は屋根を赤く染めている。激しい動きに合わせて出血もすれば、体力が底を尽きるのも時間の問題だっただろう。

 

「不思議ですね、貴女とは初めて会ったような気がしません。あ、いや、初めてではないんでしたね」

「そうね、あの時は貴方は私のことなんて気にも掛けずに、ただ斬って走って行ってしまったもの」

 

 あの時は悔しかったわ、と彼女は続けた。立ち姿はゆっくりと左右に揺れ、もう真っ直ぐ立っていることができないほど疲弊していることが見て取れる。それでも笑みを絶やさない彼女は、果して何を思っているのか。

 

「でも、今は違うわ。今貴方は私を見ている、私だけを見ている。私と刃を交えて、私と同じように惹かれて、惹かれ合ってここにいる」

 

 ゆらりゆらりと、揺れながら彼女は歩み寄ってくる。油断することなく、白夜を構えて彼女の出方を待つ。

 

「だって、私達は――」

『止まれ!!』

 

 突然のことだった。彼女との戦闘に集中するあまり周りを見ていなかった。

 通りには人だかりができていて、街の治安を守るガネーシャ・ファミリアの冒険者達も見えた。考えてみれば当然のことだ。

 ハナはここに来るまでに何人か殺しているだろう。その死体が見つかり、誰かがギルドに連絡を入れたのか、それとも直接警備にあたっていた冒険者に連絡したのかだろう。

 

『お前達は包囲されてる! 逃げたら地の果てまで追ってでもひっ捕らえっぞ!!』

 

 下から照明で照らしながら冒険者の中の一人が大声で怒鳴っている。

 

「あら、邪魔が入っちゃった……」

 

 そう言いながら彼女は逃げるために身を翻した。

 

「残念だけど、今夜はここまで――また会いましょう、アゼル」

 

 それだけ言い残して彼女は屋根を伝って逃げていってしまった。来訪も突然なら去るのも突然だった。

 

「はぁ……」

 

 一度深く息を吐き、心を落ち着かせる。

 私は何も悪いことはしていないし、罰せられる謂れはない。のであれば、正直にそう言えばいいし、オラリオには優秀な嘘発見器がたくさんいる。わざわざ嘘を言っているとは相手も思わないだろうし、疑われて神を呼ばれても真実を言っているのだから問題はない。

 

 白夜を納刀、ハナを追う足音を聞きながら私は彼女の走り去っていった方向を見た。南東、繁華街が広がる方向だ。戦闘娼婦なのだから、彼女の住居は色街にあるのだろう。

 

(そこに行けば会えるのか……確か18階層で襲ってきたのはイシュタル・ファミリアでしたっけ)

 

 今度訪ねようと思った。勿論、卑しいことはまったく考えてない。純粋に彼女が何者なのか、何故私と斬り結ぶことができたのかが気になった。

 

「そこのお前両手は頭の後ろ、抵抗するなら叩き伏せる」

 

 下からひとっ飛びして屋根に着地した冒険者の険しい声の指示通り私は抵抗することなく彼等に捕まることになった。

 

 

■■■■

 

 

 夜になっても帰ってこないアゼルのことをベルとヘスティアが心配しなかった、などということはない。しかし、ちゃっかりベルより断然しっかりしているアゼルのことだから大丈夫だろうという考えはあった。

 それに加えて、ベルはアゼルが豊穣の女主人亭で飲み直しているのではないかとヘスティアに言った。その時ヘスティアに治療してもらった傷を作ったのは酒場での乱闘騒ぎ、飲み直したいと思っても誰も疑問には思わないだろうし、アゼルは豊穣の女主人亭に行きたがっていた節があった。

 

 結果、彼等はアゼルがそのうち帰ってくるだろうと結論づけて先に寝ることにした。

 

 しかし、明くる日の朝アゼルは未だ帰っていなかった。流石にこれは心配だと感じたヘスティアは街を歩き回って探しに出掛け、ベルは用事もあったこともありギルドへ行って何か情報がないか聞きに行くことにした。

 

「あの、エイナさん。変なこと聞くかもしれないんですけど」

「うん、何かな?」

 

 そもそもの用事はベルの担当官であるエイナに現状の報告や今後の予定の打ち合わせをすることだった。面談用の個室に二人向かい合って座っていた。

 本来の用事も終わり、早速ベルはエイナにアゼルのことを聞くことにした。

 

「昨日からアゼルが帰ってないんですけど、何か知ってませんか?」

「…………うーん」

 

 沈黙の後何か悩むような仕草をするエイナを見て、彼女が何か知っていることをベルは理解した。しかし、ダメ元で聞いてみたのに本当に知っていたことにベルは驚いた。徹夜で飲み明かしている可能性も大いにある中、ギルドに情報が行くほどの何かに巻き込まれたのかもしれない。そうでなければエイナが知っているわけがない。

 

「まあ、アゼル君は君と同じファミリアに所属してるから無関係ってわけじゃないしね」

「あの、無理だったらいいですよ? 怪我してる、とかじゃないんですよね」

「え、うん。怪我はしてなかったけど……少し面倒なことに巻き込まれたみたいで、今ちょっと取り調べされてるとこ。あ、でも安心して、話聞いてるのはミィシャだから、こう乱暴されて白状させられるとかはないから」

 

 アゼルは警備隊、ガネーシャ・ファミリアの団員による事情聴取は詰め所で済ませていた。朝まで帰らなかったのは、そもそも事件が起きたのが夜遅く、事情聴取を始めた時間が遅かったから。そして何故あの場所にいたのかという理由がアゼルには特になく、しかし自分から走って向かったという目撃情報があったため、説明に思いの外時間が掛かってしまったからだ。最終的に考えうるすべての可能性を吟味した結果、本当に気分で向かったということを理解してもらえた。

 ギルドによる事情聴取は別段疑われているというから行われるのではなく、特徴を聞き早期に犯人を見つける。今回の犯人は明らかに冒険者であることが最初から分かっている。

 

「あ、あはは。流石にそんな心配してないですよ」

 

 そんなことが起こる前にアゼルなら拘束されていても相手を無力化できそうだ、とベルは思った。そんな考えが顔に出ていたのか、エイナは鋭く指摘した。

 

「あのねー、ベル君。【ステイタス】の刻まれた犯罪者の捕縛にはね、特別な薬品が使われるのよ?」

「薬品、ですか?」

「そ、『封印薬(ステイタス・シール)』って言ってね、問答無用で一時的に冒険者としての能力をすべて無効化する薬」

「そんなのあるんですか!?」

 

 しかし、考えてみれば当然だ。超常の力を持っている冒険者が暴れでもしたら大惨事、捕まえたところで束縛を力づくで解くこともできるだろう。

 

「まあ、それでもアゼル君を抑えることはできないかもしれないけど」

 

 どこか不貞腐れた風にエイナはそう言い、ベルもそれには大いに同意した。ベルは冒険者としてのアゼルより、剣士としてのアゼルの方を長年見てきたのだ。【ステイタス】という超常の力がなくともアゼルが強いことを知っている。

 下手をすれば、今のベルでも昔のアゼルに勝てないかもしれないと思わせる程にアゼルの剣技は凄まじい練度を誇る。

 

『本当に相手のこと知らないの? 顔も見てない?』

『知らないし見てないですって。私がミィシャさんに嘘吐いたことあります?』

『……ないけど。君は平気な顔でとんでもないこと言い出したりするからなぁ』

『それはミィシャさんが常識に囚われすぎなのでは?』

『いや、絶対にアゼル君がおかしいから』

 

 扉の外からそんな会話が聞こえてきた。丁度扉の外を通り過ぎたのだろう、ベルはエイナに出ていいか許可を取ってから扉を開けて外に出た。

 

「アゼル!」

「ん? ベルじゃないですか」

「『ベルじゃないですか』じゃないよ。今まで何してたのさ」

「少し夜遊びに興じていました」

「はいはーい、嘘おっしゃい」

 

 ミィシャは手に持ったファイルで軽くアゼルの頭を叩いた。いた、と声だけで痛がるアゼルを他所にミィシャはベルに事の次第を説明しだした。エイナの言った通り、ベルも無関係ではないかもしれないからだ。

 

「昨日、路地裏で殺人事件があってね。それにアゼル君が巻き込まれて、犯人に襲われたってわけ」

「はぁ!?」

「本当にねぇ……なんだろうね、君達ってこう厄介事を引き寄せる体質なのかな、ねえエイナ?」

「馬鹿なこと言わないの。犯人の目的が分からない以上、襲われたアゼル君の関係者ってことでベル君も狙われることがあるかもしれないから、気を付けてね」

「え、えぇぇ? い、嫌ですよ僕殺人犯に狙われるなんて」

 

 ベルはエイナの忠告に狼狽えた。十四年間の人生で、今まで犯罪らしき犯罪に関係したこともないベルにとっては青天の霹靂だった。まさか自分が殺人犯に狙われているかもしれないなど、どういう心境で生活をすればいいのか。

 

「あ、多分大丈夫ですよ。彼女、私に狙いを定めたみたいなので」

「女の人なの?」

「そうだよ。今分かってるのは、女性ってことと凶器が刀だってこと、後名前がハナ。夜で暗かったから顔も見えなかったし、特徴らしい特徴も分からなかったと。まあ、アゼル君が嘘を言ってなければの話だけど」

「だから言ってないですって」

 

 不自然ではあったが、殺人犯に狙われているにも関わらずその情報をギルドに渡さない理由を思いつかなかったミィシャはアゼルを疑わなかった。そんな思考がアゼルに当てはまらないと知っていれば、違う結論に至ったかもしれないが。

 アゼルは相手の容姿、そして所属も知っている。知っているが、教えてしまえば彼女と再び戦うことは叶わなくなってしまう。それはなんとしても避けたかった。

 

「と、とにかくアゼルが無事でよかったよ。帰ってこないから神様と心配してたんだ」

「それはすみませんでした」

「ううん、いいんだ、無事だったし」

 

 本当にそれだけのことだ。数日前天変地異とでも言うべき未曾有の危機に襲われたばかりだからか、ベルとしてはアゼルが無事でいるだけで嬉しかった。アゼルはただ一人、ベル達が倒したゴライアスと同等かそれ以上の力を秘めた化物と戦ったのだ。

 無事なだけでいいのだ。

 

 そのまま四人はロビーまで歩き別れようとしたが、ベルは何か気掛かりがあったのか出口の方を見て止まっていた。

 

「どうかしましたか、ベル」

「えっと、あの人達に見られてる、ような」

 

 そう言ってベルが視線で示したのは二人組の女性冒険者だった。

 吊り目に赤い髪という少し気難しそうな雰囲気の女性と、垂れ目に長い黒髪の女性だ。黒髪の女性は不安そうにベルとアゼルを見た後赤髪の女性を見た。その仕草がどこか幼く感じられ、見た目以上にあどけなさを出していた。

 

「新しい恋の始まりですかね」

「いやいや、流石にそんな陳腐なラブロマンスみたいな展開はないでしょ」

 

 くだらないことを言うアゼルにミィシャがつっこむ。少しだけ、以前より二人の仲が良いようにエイナには映った。

 そんな二人を他所に、二人の女性冒険者はこちらに近づいてきた。これは、と少し期待するアゼルの脇腹をミィシャが軽く小突く。

 

「ベル・クラネルで間違いない?」

「は、はい」

「で、そっちがアゼル・バーナムね?」

「ええ」

 

 予想通り、彼女等はアゼルとベルに用事があったようだ。

 

「あの、これを……」

 

 本人だと分かり、黒髪の女性はアゼルとベルに一通ずつ手紙を手渡した。否、それは招待状だった。上質な紙に封蝋が施されており、徽章が刻印されている。その徽章はつい昨夜見たばかりの弓矢と太陽のエンブレムだった。アゼルの物にはベルに渡されたのとは違い紫色の花まで添えられている。

 つまり、招待主はアポロン・ファミリアということだ。

 

「ウチはダフネ。この娘はカサンドラ。察しの通りアポロン・ファミリアの冒険者よ」

 

 自己紹介をされたものの、ベルはどう反応すればいいか分からずにいた。昨日殴り合いまでしてしまったファミリアの団員が自分に何の用だろうと困惑するばかりだ。まさか賠償など要求されるのではないかと思ったが、あれは相手がそもそもの原因だとベルは思っている。

 

「あの、それ案内状です。アポロン様が『宴』を開くので、も、もし良かったら……べ、別に来なくても結構なんですけどっ……」

「んな訳ないでしょうが。必ず貴方の主神に伝えて、いいわね? あと、アゼル・バーナム、貴方のはアポロン様からじゃなくリュティさんからの招待状」

「はい? あの、神の宴ですよね? 何故私が?」

「読めば分かる。アポロン様が二人しかいない眷属に確執ができないようにと、取り計らってくれた」

 

 それだけ言ってもう用は済んだと言って彼女等はその場を去っていった。

 

「ご愁傷様」

 

 去り際に言ったその一言が何故かアゼルの頭に残った。まるで同情しているかのような物言いだった。

 

「さてさて、どうなることやら」

 

 手紙に添えられた紫色の花を触れながら、やはり一波乱あるのだろうとアゼルは溜息を吐いた。

 

「ミィシャさん、リュティという冒険者については?」

「リュティ・ユンペイ、アポロン・ファミリアの冒険者。レベルはアゼル君と同じ3、二つ名はその花と同じ【陽光の花嫁(ヘリオトロープ)】。アゼル君はまた面倒事に巻き込まれたみたいね」

「そうなんですか?」

 

 そもそも神の宴に冒険者が呼ばれること自体が前代未聞だが、それは招待状を読めば分かると言われた。では何が面倒事なのかとアゼルはミィシャに聞いた。

 

「リュティ氏は……その、なんていうか、男性関係で悪い噂がある人なの」

「詳しく」

「うーん、なんて言ったらいいのかな……恋仲になった人が尽く不幸になるっていうか。不幸な人を恋人にしたがるというか……それでいて付き合い始めるとまるで坂を転がり落ちるように不幸街道まっしぐら、最後はぽいって感じ」

「……なるほど?」

 

 自分のどこらへんがリュティという冒険者のお眼鏡にかなったのか分からなかったアゼルは空返事をした。勿論、言い寄られても断ることは決まっていたし、アゼルを魅了するには、それこそ美の女神でもなければ不可能。

 何も問題はない。

 

「じゃあ、帰るとしますかベル。ヘスティア様に見せないといけないようですし」

「う、うん。今日はありがとうございましたエイナさん!」

「うん、頑張ってね」

「アゼル君も無茶しないでね」

 

 ギルドの外に出て、アゼルとベルは見下ろす太陽を見上げた。その見下ろす球体こそが、今回のいざこざの原因である神の象徴であるとも知らずに。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

取り敢えず今回の更新はここまでということになります。
続きはまだ完成していません。少し長くなりそうなので6章は恐らく三回に別けて更新します。

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