剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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戦闘シーンが終わらない


白兎は今日も跳びはねる

『もし英雄と呼ばれる資格があるとするならば――』

 

 優男のような神の声が引き金となり、過去の記憶が呼び覚まされる。

 懐かしい故郷での日々の記憶だ。当時のベルにとっては世界のすべてだったとても小さい世界。優しい祖父と兄のような幼馴染がいて、毎日が輝く宝石のようだったあの日々を思い出す。

 

『剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒やしをもたらした者でもない』

 

 桜花に庇ってもらったにも関わらず、黒いゴライアスの一撃で戦闘不能に陥った。もう殆ど意識も暗闇に飲み込まれそうなほど弱々しく、身体などもう動かないと思ってしまった。

 だが、過去の記憶が彼の心を強く打ち付ける。

 

『己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ』

 

 本当の親の代わりに自分を育ててくれた祖父の懐かしい声。優しく彼の中に響く祖父が紡いだその言葉。

 

『仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ』

 

 ベル・クラネルの始まりの言葉であり、心の奥底から彼を衝き動かす彼の憧憬の原初。仲間を守れる強さを、女を救える力が欲しいと願い始める切っ掛けとなった祖父の言詞(うた)

 

『折れても構わん、挫けても良い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる』

 

 倒れることが恥ではないと教えられたベルは、何度倒れても起き上がることを学んだ。辛くて目を逸らしてしまっても、いつかまた前を向けばいいとベルは学んだ。目から溢れる雫が時として人を強くするということを彼は知った。

 何度負けたっていいのだ。最後の最後、すべてを覆して敵を打ち倒せばいい。

 

『願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば――』

 

 どんなにみっともなくてもいい、どんなに足掻いてもいい。恐怖を感じない人間などいない、痛みを恐れない人間などいない。それでも、恐怖に打ち勝ち、痛みに耐え続け、歩みを止めない者こそが勝者となる。

 愚直なまでに己の願いを叫び続けた者だけが、それを叶えるに至るに違いない。

 

『――それが、一番格好いい英雄(おのこ)だ』

 

 嗚呼、だからベル・クラネルは今日も立ち上がる。傷だらけのその身体で、憧れを抱いたちっぽけなその心で、ただ真っ直ぐ、ただ愚直に、青臭いほど幼い憧憬を追い続ける。

 

 それこそが、ベル・クラネルの物語(みち)

 

 

■■■■

 

 

 負けられない。

 こんなところで負けるわけにはいかない。

 

 リュー・リオンの心がそう呟いた。

 

「沈めッ!」

 

 一心不乱に走り始めたゴライアスの膝を狙ってリューは木刀を薙いだ。予想外の攻撃に加え、巨体故に重心がぶれやすいゴライアスはその体勢を崩して地へと倒れた。倒れる身体を支えるように腕を突き出し、四つん這いになったゴライアスにリューは追撃する。

 

 最後の希望はベル・クラネルという少年に託された。

 

 見たこともない黒いゴライアスを倒すには一撃で魔石を破壊する破壊力が必要だ。それに加えて通常のゴライアスより遥かに強靭な身体をしているのだから質が悪い。そして、その堅牢な身体を突き破り一撃で魔石まで壊す破壊力を秘めている攻撃を放てる可能性があるのはベルだけだった。

 未だ14歳、しかもレベル2になったばかりの少年にとどめを刺すという大役を背負わせなければいけないことに情けなさを感じながらも、それ以上に彼女は己を許せない理由があった。

 

――アゼルなら一刀で終わらせている

 

 それは、この場にいないアゼルに対する希望的観測ではないと彼女は思った。リューは確信を持ってそう思った。

 最強の冒険者であるオッタルと渡り合った光景を見ている彼女には、アゼルが負ける姿など想像できなかった。その彼を自分が倒さなければいけないというのに、だ。

 

――私は、なんて弱い

 

 そう思うのは何度目のことだったか。何度も見たくない過去の夢を見て、救えなかった仲間の姿を眺め、その時の自分の泣き声を聞き、絶望の淵に立ちながら、何度そう思ったことか。

 自分に力があれば。救えなかった仲間たちを救えたに違いない。そう、自分にもっと力があれば。それは彼女の後悔だった。

 

――私に力をください、アリーゼ

 

 だが、今回は違う。彼女はその後悔を乗り越えた、思い出したくもない過去と彼女は向き合った。一人ではできなかっただろうと彼女は思った。一人の剣士によって後押しされ過去との折り合いは付き、彼女は救われた。

 だから、今の彼女が力を望むのは後悔からではない。

 

――彼の手を握っていられるだけの、力を

 

 救いたい人ができた。誰のためでもない、ただ自分のために救いたい人ができた。救いを求めない剣士を救う、そのために彼の剣を折るための力を彼女は欲した。

 握った彼の手が、握ったすべてを傷付けるというならそれに耐えられるだけの力を。抜き放たれた刃がすべてを斬り裂くというのなら、その刃に劣らぬだけの力を。

 

「【――今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々】」

 

 だから彼女は詠う。口から紡がれる言葉が、彼女の習得している魔法を呼び覚ます。魔力が彼女から吹き荒れる。

 だから彼女は踊る。詠いながら攻撃の手も緩めない。攻撃してくるリューを払いのけようとするゴライアスの腕や咆哮をすべて避け、隙をついて木刀で乱打しながらも彼女は詠う。

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

 魔法の詠唱と戦闘を同時に行う『並行詠唱』。通常であれば敵の攻撃をかいくぐりながら魔法を放つための技術だが、リューは詠唱をしながら高速戦闘をもこなす。それは、『並行詠唱』の極致だ。

 詠いながら踊る、その分野に関してだけは彼女はオラリオ最強の魔道士であるリヴェリア・リヨス・アールヴすら凌ぐ。

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】」

 

――私に力をください

 

 その時、彼女は誰にそれを願ったのか。それは昔の仲間達か、それとも昔の主神か。否、それは自分が打倒せんとする剣士にだった。卓越した剣技、常人ならざる精神、人ならざる者になろうとしている、彼女が想う剣士だ。

 

「【ルミノス・ウィンド】」

 

 風とは何かと今問われれば、彼女の答えなど決っている。風とは――――刃である。彼女の願いを届け、アゼルを斬り伏せる刃である。脳裏に過ぎるのは、アゼルの振るう剣だった。

 見ているだけで斬られたと錯覚するほどの鋭さ。それでいて洗練されていると分かる澄み切った剣閃。自分ではどんなに鍛錬を積んでもあそこまで純粋に剣を振るえるとは思えないと思わせるほどの圧倒的な技術。彼の剣は、感情さえも映し出す。

 

「はああぁッ!」

 

 詠唱が終わり空中に風を纏った大光玉が発生する。いつもであれば、その光の弾はそのまま射出され相手に破壊をもたらす。だが、今日の彼女は違った。否、昨日、彼女は変わると誓った。

 彼女の心には一本の剣が握られた。彼女の心は一人の剣士に見惚れてしまった。

 

 故に、彼女の魔法はそれに応えた。

 

 緑風を纏った大光玉は放たれると同時に形状を変化させ、刃と化した。勿論、形が変わっただけで魔法の効果自体になんの変化はなかった。

 風の刃はゴライアスの黒い体皮に激突、突き破りながら眩い閃光を連鎖させる。

 

『アアアアァァァァァァッッ――――!!!』

 

 それでも、彼女は誰かに後押しされたような気がした。

 いつもと変わらない身体、いつもと変わらない【ステイタス】、いつもと変わらない木刀。主神であるアストレアをオラリオから逃がしてから更新していない【ステイタス】に変化などあるはずがない。あの時から彼女の中の何かが停滞していたのだ。

 しかし、もうそれは動き出した。彼女の心は輝きを取り戻し、そして前を向いた。

 

 変わったのは彼女の中身()だ。今まで使い慣れていた魔法の形を変えるほどまでに、彼女の心は誰かに惹かれていた。

 

「す、すご」

「ルルネ、止まるんじゃありません!!」

 

 近くを走り回っていたルルネは思わずその歩みを止めて四つん這いになったゴライアスの惨状を見てしまった。巨人の全身を激しく打ち付けたリューの魔法は地に付いていたはずの両足を消しとばした。上半身は腕で防御を固め破壊は免れていた。

 空を飛ぶアスフィからの怒鳴り声で我に返ったルルネは再び走り始めた。

 

『ヴ、ウオオオォ』

 

 苦しみの声を漏らしながら、ゴライアスは憎しみを込めてリューを睨んでいた。しかし、それも数秒のことだった。後方より鐘の音が響くのを聞いたゴライアスは当初の目的を思い出し、そして雄叫びを上げた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!!!』

 

 大咆哮に伴ってゴライアスは自分の魔力を燃焼させ、そして数秒で両足を再生させ立ち上がった。

 

「【天より降り、地を統べよ――――神武闘征】――【フツノミタマ】!!」

 

 そこに命の魔法が発動、深紫の重力の檻がゴライアスを押しつぶしながら閉じ込めた。

 

(まだまだ、足りない)

 

 リュー・リオンの渇望は止まらない。心に刻まれた斬撃にはまだまだ及ばない。今のままでは絶対に勝てない。分かりきっていたその事実を、彼女は再確認した。故に、彼女は再び過去と向き合うことを決めたのだ。

 

「ぐッ……」

 

 元々レベルの差がありすぎた。命の魔法はゴライアスを閉じ込めたものの、そう長くもたないことは明らかだった。重力の結界を破ろうとゴライアスは中で暴れ、そして命は苦しい声を漏らしながら制御を続けた。

 しかし、それも時間の問題だった。

 

「破られますっ……!!」

 

 命の宣言通り、ゴライアスは力任せに結界を壊し身体の自由を取り戻した。そして今度こそ走りだすかと思ったが、新たな乱入者が登場した。

 炎を凝縮したように猛々しく、岩から削りだされただけのような無骨な刀身。それは一本の魔剣だった。飾り気のない剣はしかし、美しい光を放ちながら、その身に無数の罅を作りながらその魔法を解き放った。

 

「火月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 振り下ろされた魔剣から極大の炎撃が放たれた。すべてを焼き殺すその魔法は、もう既に魔剣から放たれる魔法という域を出て、正式魔法(オリジナル)すら越えようとしていた。

 これこそが『クロッゾの魔剣』。これこそがヴェルフ・クロッゾの秘めたる力。この世で最も美しく、強い魔剣を打つ鍛冶貴族の名をこの場にいる全員が覚えたことだろう。

 

 だが、その一撃ですらゴライアスを殺すことは叶わなかった。

 

 甲高い音を上げながら、たった一撃のために作られた魔剣はただ一度しかその名前を呼ばれずに――――砕け散った。

 

「――みんな、道を開けろぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 そして、少年は走りだす。

 

 

■■■■

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッッ!!」

 

 漆黒の大剣を携えながら少年は走る。仲間たちが切り開いてくれた活路を純白の光を纏い大鐘楼(グランドベル)を鳴り響かせながら、まるで地を翔ける流れ星の如き速さで疾走。

 彼はその瞬間その場にいるすべての冒険者達の希望となっていた。

 

 突如18階層へと降り立った黒いゴライアスという色々な意味での異常事態(イレギュラー)に対して少年の判断は早かった。

 

――戦おう

 

 何が彼をそこまでさせるのか誰にも分からなかった。しかし、彼は守ろうと言った。自分に悪意を向けた存在ですら彼は守りたいと言った。それは余りにも愚かで、余りにも無思慮で、しかし正しい行いだった。

 

――どこまでも付いていきます

――一発でかいのかましてやるか

――私もお伴します

 

 そのベルの判断に、仲間たちは賛同した。大きなバックパックを背負った少女、炎のような赤髪の鍛冶師、菫色の装束を纏った戦士、その他にもたくさんの仲間に助けられながら少年は戦った。

 その心には様々な感情が渦巻いていた。

 

 元々善人過ぎるくらい善人、お人好し過ぎるくらいのお人好しだったベルに危険に晒されている人を見捨てるという選択肢はなかった。それに加え、祖父が読み聞かせていた英雄達に憧れた少年は、ここで立ち向かわずしていつ立ち向かうのかと自分を奮い立たせた。

 強大な敵を前にして、少年はその場にいる誰よりも勇敢に立ち上がった。その姿が人々を感化し奮い立たせた。実力などまだまだない少年はしかし、確かにその時光を浴びた。

 

(アゼル、僕も戦うよ)

 

 そんなベルの心の奥底、誰にも知られないであろう彼の感情が呟いた。

 目の当たりにした階層主というモンスターを前にベルは一度全力で逃げた。それが正しい行いであったと誰もが言うだろうし、あの瞬間はそうするしかなかったことは事実だった。しかし、逃げたことに変わりはないのだ。

 

 もっと自分が強ければ、少年はそう願わずにはいられなかった。

 もし自分に階層主を倒せるほどの力があれば、仲間を守り通すだけの力があったならリリやヴェルフはあんなにボロボロにはならなかっただろう。

 

――力が欲しい

 

 ベルはアゼルがゴライアスを倒したと聞いても、その怪物がどれほどのものかまったく理解できていなかった。しかし、今ならその力の片鱗を味わい、言葉だけでなく身体でもってその力を思い知った。

 アゼルがどのような戦場にたった一人で立ってきたのかベルは朧気ながら理解しはじめた。違って当然だ。ベルにはアゼルの真似など到底できやしない。命が幾つあってもアゼルのようにベルは戦えない。

 一人で無理ならば、仲間と共に戦えばいい。ベル・クラネルの戦い方は他者を惹きつけ導く戦いだ。己の無力さを知っているが故に、一人でできないことが多くあると知っているが故に彼は仲間を頼るしかない。そして、仲間たちはそんなベルに力を、命を、想いを託して共に戦う。

 

(これは、皆が僕にくれた力だ)

 

 踏み出す一歩はベル一人だけのものではない。叫ぶ声はベル一人だけの声ではない。剣を振るう腕はベル一人だけの腕ではない。

 少年はそれを知っている。

 

(僕は弱いよ、知っているさ)

 

 踏み出す一歩、叫ぶ声、振るう剣、そのすべてに仲間たちの想いがこもっている。一人でだめなら二人で、二人でもだめなら三人で、三人でもだめならもっと多くの人を仲間にすればいい。仲間たちが後ろに居る限り、ベル・クラネルと言う少年には戦う理由ができる。

 

(それでも、僕は強くなりたいんだ――――ううん)

 

 いつか、力を貸してくれた人達を守るため、救いたいと思った人達を救うため、脳裏に浮かぶ金色の憧憬に手を伸ばすため、少年は力を欲した。

 

(強く、なるんだッ!)

 

 その少年の姿は誰もが一度は憧れを抱いた姿だった。何度倒れても諦めない不屈の闘志、他者を守りたいという純粋な想い、強くなりたいという真っ直ぐな願望。愚かで、泥臭くて、どこか青臭く、多くの人が忘れてしまったその憧れを追い続ける姿。

 

 

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッ――――!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッッ!!!』

 

 

 黒いゴライアスとベルの距離が縮まり、激突へと迫る。片や18階層へと降り立った型破りの迷宮の孤王(モンスターレックス)、片やレベル2になって一週間程の矮小な冒険者。字面だけならベルに勝ち目など到底ないだろう。

 しかし、彼には今、力が溢れていた。

 

(勝つんだ)

 

 思えば思うほど、両手に輝く白い光が強く瞬く。

 

(倒すんだ)

 

 願えば願うほど、身体の奥底から力が湧いてくる。

 

(僕は、なるんだッ)

 

 心を決めれば、皆を救いたいと思えば思うほどにベル・クラネルは己の憧憬に手を近づかせていく。

 

――英雄に、僕はなるんだ!

 

 純白の輝きを灯す漆黒の大剣を力任せにベルは振るう。黒いゴライアスもベルを叩き潰すためにその豪腕を振るう。まるで蟻と象にすら思えるほどの差を、しかしベルは覆す術を持っていた。

 

 強く願えば願うほどに応えてくれる逆転の力。望めば望むほど力を与える形を得た憧憬。守りたいと思えば思うほど輝きを増す純白の鐘。まるで願望を打ち鳴らす心臓のように、鐘の音はベルの強い想いに反応してその音を鳴り響かせる。

 

英雄願望(アルゴノゥト)

 

 小さきベル・クラネルが持つ、唯一にして絶対の資格。憧れを抱き、ひたむきに願い、一片の迷いなく突き進む彼にだけ与えられた『英雄の一撃』。

 無我夢中、故にその想いだけははっきりとベルの中にあった。

 

 

「――――――――――」

 

 

 誰もが声を発さなかった。もしかしたら呼吸をすることさえ忘れていたのかもしれない。音を掻き消すほどの大爆音と眩い白い光に呑み込まれた戦場に残される影は二つ。

 一つは佇む人間の影。手に持っていた漆黒の大剣は砕け、身にまとっていた衣服はボロボロ、身体も負けず劣らずボロボロの満身創痍の冒険者ベル・クラネル。

 もう一つは彼の目の前に佇む大きな影。しかし、その体躯はつい先程までと比べると小さくなっていた。右腕と上半身を失った巨人は、その身に宿す魔石を身体と共に破壊され灰へと還っている最中だった。

 

 腰から徐々に灰になっていく巨人を皆呆然と眺めた。それはその場にいる全員が見たかった光景ではあるものの、見れると思っていた者は少なかった光景だ。倒すまでの過程には色々あった。

 

 リューとルルネによる地上からの撹乱、アスフィによる空からの迎撃でゴライアスの攻撃対象を絞り、その間に18階層にいるほぼすべての魔道士による魔法の一斉砲撃を炸裂させること一回。ベルの強化された『ファイアボルト』がゴライアスの頭部を消し飛ばすこと一回。しかし、そのどちらもが失敗に終わった。

 黒いゴライアスは登場方法とポテンシャル共に異常だったが、自らの魔力を燃焼させて傷を回復させる様を見てアスフィすら震え上がった。消し飛んだ頭部を完全治癒するほどの回復力は早々目にすることができない能力だ。

 

 しかし、今。多大な苦難と危地を越え、巨人は倒された。たった一人の少年の一撃により、その身体の半分と魔石を破壊され死に絶えた。

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 大歓声が上がったのは必至と言えた。普段は睨み合うような者達でさえこの瞬間は喜びをともにした。この勝利には様々な要因があっただろう。アスフィという飛行能力を有する冒険者がいなければ、リューという歴戦の戦士がいなければ、リヴィラにいた冒険者達が立ち上がらなければ。勝利は綱渡りだったと言わずにはいられない。

 しかし、その勝利を我が手に掴んだのは他ならないベルだった。その決め手を、己が勇気を振り絞り、恐怖をねじ伏せ、限界を越えた彼が放った。その瞬間、ベル・クラネルは確かに英雄となった。

 

「ベル君ッ!」

「ベル様!」

「ベル!」

 

 そんなベルに仲間達も、仲間でないものも駆け寄り始めた。だがしかし、漸く激戦が終わったのだと身体を休ませる暇など彼等にはなかった。

 

「まだです!」

「へ?」

 

 強敵を倒した喜びを分かち合おうと駆け寄ってきていたルルネはアスフィの緊迫した声に首を傾げた。本来であれば喜ぶ自分に苦言を漏らすアスフィを想像していた彼女にはアスフィの心配事が理解できていなかった。

 いや、その場にいる誰もが彼女の言っている意味を理解はできなかっただろう。

 

「もう一匹います!」

「も、もう一匹!? ど、どこ!?」

 

 もう一匹いると言われて巨大なゴライアスを想像したルルネは辺りを見渡しその姿を探したが、当然18階層にはもうそんな影はない。

 

「い、いないじゃん。驚かせないでよアス――」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッ――!!!!!』

 

 ルルネがアスフィの名を呼び終わる前にその雄叫びは階層中へと響き渡った。本能的な恐怖を呼び覚まさせ、ともすれば先程まで戦っていた黒いゴライアスにも劣らぬ威圧感を与えた。否、姿を見てすらいないのに黒い巨人と同等の存在感を示すその咆哮の方がより一層、驚異的だった。

 

「一時退避します! 【疾風(リオン)】そちらをお願いします!」

「了解しました」

 

 そう言いながらアスフィはヘスティアを、リューは疲労困憊で動けなくなったベルを背負いながら走り始めた。

 

「あ、アスフィ君、アゼル君はどこだいッ?」

「……あの雄叫びの主と、戦っています」

「一人でかい!?」

「はい。私も居合わせましたが……ヘルメス様やヘスティア様を頼むと言われて。それに」

 

 それに私を見る目が邪魔者を見るような目だった、という言葉をアスフィは飲み込んだ。アスフィがあのモンスターから感じた強さは、黒いゴライアスと同等かそれ以上だった。そんな化物に進んで一人で挑んでいくのは自殺行為だとアスフィは思った。

 アゼルが一人であれと対峙したかったことを認めてしまうと、それはアゼルが異常者であると言うのと変わりない。ここにきて、アスフィはアゼルの異常性の片鱗を感じていた。自分であれば絶対にあんな化物とは、例え仲間と一緒であっても相対したくないと彼女は強く思った。

 

 しかし、アゼルは笑っていた。

 アスフィは生粋の冒険者ではない。彼女は魔道具製作者(アイテムメーカー)という側面の方が広く知られているし、彼女自身も冒険者より研究者の方が性に合っていると思っている。アゼルのあの時の笑みはアスフィが解読困難な資料を読み解こうとする時や製作が極めて難しい魔道具の製作の時に自分がするような笑みだったと感じた。

 つまり、あの笑みは生き甲斐を感じた時に浮かべる笑みである。そのことがアスフィには少し恐ろしく思えた。

 

「来ます!」

「くッ、戦えない者は速やかに退避してください! 生半可な実力では太刀打ちできない相手です!」

 

 危険を察知したルルネが声を上げ、アスフィが珍しく声を張り上げながら危険を知らせると蜘蛛の子を散らすように黒いゴライアスとの戦闘が終わったばかりの戦場から冒険者達が退避していった。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

戦闘シーンが終わりません。
できれば決戦パートは一気に投稿したいので、更新を遅らせるかもしれません。

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