剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
ロキ・ファミリアの野営地の一区画、そこは今回の遠征に付いてきたヘファイストス・ファミリアの鍛冶師達に与えられた区画だった。彼等の役目は59階層という未踏破階層へと足を踏み入れるロキ・ファミリアのために遠征中武器を最善の状態にしておくことだった。
目的であった59階層へとたどり着き、そこで何やら激戦を繰り広げた遠征も残るは地上への帰還だけ。18階層まで来てしまえば、レベル3以上しかいない遠征部隊にとっては朝飯前だ。
「おい椿、お前あっち行け」
「何を言っているヴェル吉、手前も白夜には興味がある。お主だけずるいぞ」
「俺はアゼルに整備頼まれてんだよ」
「見学くらいよいではないか、よいではないかー」
刀の手入れ道具を傍に置きながら赤髪の鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾはアゼルの刀の手入れを始めようとしていた。たまたま傍を通った椿は鈴音の打った永遠を誓う刀に興味もありヴェルフに絡んだ。
「にしても、凄えな」
水場での戦い、しかも水の中に浸かってしまった白夜をその鞘から抜きヴェルフはその美しさに感嘆の声を漏らした。約一ヶ月でランクアップするという驚異的な記録を保持するアゼルの武器なので専ら戦闘用の刀だと思っていたヴェルフは、鈴音の技術の高さを思い知った。
美しくも鋭い、冷たくとも燃えるような想いの込められた刃。波打つ波紋は僅かに赤く反射し、脈打つ血流を思わせる。その刃は人を魅入らせるに足る美しさを持っていた。それでいて白夜の硬度は鍛冶アビリティを用いない刀剣としては世界最硬を誇る。
「これ、呆けている場合か。早く手入れしろ」
「うっせえな、急かすんじゃねえ」
椿に急かされながらヴェルフは手入れ道具の中から目釘抜きを取り出した。柄から水を吸ってしまった柄巻と鈴を象った目貫を取り外し、目釘を抜く。人の物を扱っているので細心の注意を払いながら刃を柄から抜いた。
「ううむ、真に見事としか言い様がないのう」
「お前なら
「馬鹿者め、使わぬからこそ意味があるのだろうが、このたわけが」
「ちっ、分かってるっつうの」
鍛冶師であれば誰でも触れれば分かる、それ程までにその刃には執念があった。並々ならぬその想いに触れ、ヴェルフは少し悔しかった。自分ではこの刃に勝るものが打てないだろうと思わされてしまった。一瞬でその考えを振り払いはしたものの、やはり目の前の刃の存在感は凄まじい。
それは、身を捧げ死の淵に立ちながらも完成された一つの愛だ。
主神であり、鍛冶の神であるヘファイストスが打った武器に勝る物を打ちたいと思っている鍛冶師達とはそもそも刃に込める想いが違う。
「ぬぅ、きちんと銘切りまでしてあるとは恐れいった」
「銘切り? 普通だろそりゃ」
「考えてもみろヴェル吉。この刃はエテルニウムを使っているから硬度が凄まじい」
「……銘切りも一苦労ってわけか」
柄から抜かれた茎には銘が切られていた。表銘には製作者の名前が『鈴音作』、裏銘には注文者の名前が『為アゼル』と刻まれている。ところどころ荒く切られている銘はそれだけその工程が難しかったか、その時の彼女の疲労具合を語っていた。
しかし、その荒ささえもが彼女の想いの表れ。銘などなくとも刃は斬れる、体調を整えてからでも銘切りはできる。しかし、彼女はその時抱いた想いをその刃に注ぐことだけに集中した。
「アゼル、これ見てないんじゃないか?」
「それもまた良いではないか、秘められた想いというのも乙女なものよ」
「隠れてないんだが、その想い」
ヴェルフにしてみれば、白夜の手入れとは他人の惚気話を聞いているようなものだ。しかし貴重な刀であるし、頼まれた仕事はきちんとこなすのが鍛冶師としてのポリシー。溜息を吐きながらも、拭い紙で古い油や汚れを丁寧に拭き取っていく。
「まあ、アゼルの奴も鈴音の好意は知っているだろうがな」
「じゃあ何だ、付き合ってるかあの二人?」
「いんや、その気配はない」
今にしてみればホトトギスという刀にも多くの想いが込められていた。ホトトギス、時には鳥の名、時には花の名。血を吐きながら泣き続ける鳥をアゼルに例えたのかと椿は思っていたが、後からホトトギスの花としての意味を調べてみて彼女も溜息を吐いた。
ホトトギスの花としての意味は色々あるが、その中の二つ『永遠にあなたのもの』『秘めた恋』というものがある。
「鈴音の気持ちは、手前如きでは理解できんよ」
「おいおい、オラリオ最高の鍛冶師が何、言ってんだよ」
「はあ……ヴェル吉、その刀はのう、刀鍛冶忍穂鈴音の作品であると同時にそうではない」
「はあ?」
椿の言っていることの意味が分からなかったヴェルフだが、しかしその手は休まずに刀の手入れを行い続ける。刃に打粉をかけ、もう一度拭い紙で全体を綺麗に拭き取っていく。
椿・コルブランドは名実ともにオラリオ最高の鍛冶師として知られている。その彼女が己を卑下するような物言いをしたことにヴェルフは少し驚いた。勿論、椿が己の技術をひけらかすような輩ではないと知っているが、だからと言って軽んじるような人物ではないことも知っていた。
「少女がただ一人の男のために打った最高の刃、それは謂わば恋文のようなものよな」
「……ラブレターは刀ですってか。しゃれてるねえ」
色々な角度から刃を見て、錆や汚れがないか確かめながらヴェルフは己と鈴音の違いを知った。魔剣を越える武器を打つ、それがヴェルフ・クロッゾの夢である。己の血に宿ったその祝福とも呪いとも思ったことのある奇跡の力を、ただのヴェルフ・クロッゾの実力で超え、至高の武器に至ることこそが彼の目指す場所。それは、誰のためでもない、ただ自分のためだけの道だ。
しかし、忍穂鈴音は自らを捨てた。その身、その魂、その血の一滴までをも誰かに捧げることを決意した彼女の刃は、己のためではなくただ一人の男のためだけのもの。
純粋に誰かを想って鉄を打つということの凄さ、その身に培った技術を自分のためではなく完全に誰かのために扱うことに対する複雑な気持ちをヴェルフは知った。
ヴェルフはきっと誰かのために武器を打とうと、最終的には自分の技術の向上のためという目的に繋げてしまうだろう。しかし、それは製作者である鍛冶師の性、鍛冶師であれば当然のことだ。
鈴音は己の技術の向上すらアゼルのためと思うだろう。それはヴェルフの信じるところの鍛冶とはかけ離れていた。
「まあ、人の鍛冶にとやかく言う程、俺は偉くねえがよ」
「お主も恋の一つでもしてみたらどうだ?」
「お前に言われたくねえ」
そうは言ったものの椿はヴェルフが主神であるヘファイストスに恋慕の念を抱いていることをなんとなく知っている。むしろヘファイストス・ファミリアの男性団員の殆どがそうであるのだから、予想は簡単にできる。
「手前はなあ……男より鉄の方が好きだからなあ……」
「そうかよ鍛冶馬鹿」
「ここにはたくさんおるがな」
違いねえ、と呟きながらヴェルフは最後に新しい油を多過ぎず少な過ぎず、薄くムラのないように塗っていく。見ている椿から注意が飛んでこないので、自分の手入れが完璧であったとヴェルフは少しホッとした。ヴェルフも己の鍛冶の腕には誇りを持っているが、目の前の鍛冶師が自分の上を行っていることは純然たる事実だ。
「にしても、アゼルは大丈夫なのか?」
「もう歩けるくらいには回復したと聞いた。まあ、あやつの主神が横になるよう言いつけておったから、歩きまわっているかは知らんがな」
「相当危険な状態だったんだろ? もう歩けんのかよ」
「治療が良かったのであろう、その治療法は誰も知らんがな」
その場に居合わせていなかった椿が後で聞いた説明だと、ベルやヴェルフを探しに来た一行の中のフード付きのケープで姿を隠している人物が治療したらしいとのことだった。その治療中はわざわざ主神であるヘスティアまで外に出るよう頼んだとか。
「これは思わぬ好敵手かもしれんなあ」
アゼルに心底惚れている妹分のことを考えながら彼女は頬を掻いた。強さが人を惹きつけるのは世の常、ダンジョンのあるオラリオでは殊更その傾向があるだろう。椿から見てもアゼルの実力は恐ろしいの一言だった。
初めて見た時の一撃も剣に魔法を宿した魔剣の類だと思っていたが、白夜及び持っている武器に魔剣は含まれていなかった。アゼルが魔法のような結果を仮に技術で再現できるというのなら、それは驚くべきことだ。
ティオナとの手合わせで見せたレベルに見合わぬ身体能力、そして相手との速度差を埋める程優れた先読みの技術は長年ダンジョンで戦ってきた椿ですら舌を巻くほどだった。
「椿はアゼルの戦ってるとこ見たんだろ?」
「ん、まあ遠目からだがな」
「どんなだった?」
「うむ、真に強そうだったぞ」
「強そうって……もう少し具体的に何かないのか?」
茎が柄にしっかりと収まったことを確認し終わったヴェルフは目釘を打ち、柄巻と目貫を元に戻した。何度か柄を握りしっかりと柄巻が巻かれていることを確かめ、白夜を鞘へと収める。
「具体的に……あれは怪物相手に剣を振るってきた人間ではないな」
「人相手ってことか?」
「うむ、当然モンスター相手でも申し分ない実力だったが、対人であればレベル5の冒険者に引けをとらない実力だったぞ」
「……アゼルってレベル2だよな?」
「ランクアップしていなければ、な」
一ヶ月というそれまでの記録の十二倍の速さでランクアップを果たした人物だ、レベル2からレベル3にランクアップする速度も異常でも何もおかしくない。レベル3であっても、レベル5の冒険者と戦えることが異常であることに変わりはないのだが。
「ほれ、終わったのなら早く届けてやれ。その刀はお主よりあやつの手にある方が輝く」
「うっせえな。誰が好き好んで人のラブレターを持ち歩くかッ」
最終チェックを終えたヴェルフは白夜を刀袋に収めた。椿からもアゼルが恐ろしく強いということしか聞けなかったヴェルフは、結局は自分の目で見て確かめるしかないということを悟った。
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アゼル・バーナム
Lv.2
力:E 478 → D 558
耐久:D 502 → D 576
器用:C 687 → A 801
敏捷:C 632 → B 744
魔力:F 387 → E 438
剣士:H → H
《魔法》
【
《スキル》
【
【
【
「ぬぅ、また凄い上がってる」
「戦ってばかりですからね」
「はあ……もう少し自分を大切に、なんて言っても君は素直には聞いてくれなさそうだね」
「善処します、としか言えないですね」
「神々の間じゃ『善処します』は『やらない』と同義だよ。何度その言葉をつか……惑わされたことか!」
そう言えばヘスティア・ファミリアができる前はヘファイストス様のところに居候をしていたことを思い出した。ヘスティア・ファミリアができたのも、ヘファイストス様の堪忍袋の緒が切れてヘスティア様を追い出したおかげなのかもしれない。
「にしても、アゼル君も罪な男だねえ」
「何がですか?」
「トボけたって無駄だぜ、あのアマゾネス君は君にゾッコンじゃないか」
「ああ、ティオナですか」
「デートまでしちゃって、このこの」
私の脇腹を軽く肘で突きながらニヤニヤと笑った。しかし、私としては心苦しいというべきか、申し訳ないと言うべきか。彼女の想いに応えられないということは私が一番良く分かっているのだ。
「デートはせめてものお詫びというか、彼女には色々と借りもありますし。勿論、一緒にいて好ましい女性だとは思ってますけどね」
「……つまり君も少なからず好意を抱いてるってことかい?」
「そうですね……それが恋愛であれ友愛であれ、好意を抱いているのは確かでしょう、でも――」
そう、心が痛むのは私が少なからず好意を抱いているからに違いない。彼女のその純粋な想いに迷わず決まった答えしか返せないことを心苦しいと感じることこそが、彼女の想いが私に届いているという証明だ。
だが、その事実は私を変えることはできない。
「私に剣を捨てさせるほどではない」
私が望んで剣を捨てることはないだろう。右腕がなくなれば左腕で剣を振るうだろう。両腕がなくなれば口で剣を噛み締め敵を斬るだろう。剣が折れ、握る術がなくなったとしてもこの身に宿る剣を私は振るうだろう。
最早、剣とは私の人生であり、心であり、存在そのものだ。それを捨てるということは、私が私でなくなるということに他ならない。自己の喪失に対して抗うことの、何がおかしいと言うのか。
「確かに私は罪な存在でしょう。人の想いを知りながらも、私はいつだって自分のことを優先する」
しかし、それのどこかいけないというのか。愛されたから、愛さなければいけないのか。行くなと言われて、進むのは許されないことなのか。
否、断じて否。向けられた感情に対して返さなければいけないのは真摯な答えだ。人に言われたくらいで止められる道ならば、私は最初から歩んでなどいない。
「それは、僕のこともかい?」
「ええ」
「そうか……ふふ、アゼル君にも子供らしいところがあるじゃないか」
「子供らしいですか?」
「うん」
【ステイタス】の更新に使った道具を片付けながらヘスティア様は喜んでいた。私の新たな一面でも見つけたかのように、嬉しそうに頭を揺らして髪を縛っている紐に付いている鈴を鳴らす。
「少しくらい我儘な方が
「その結果誰かを傷付けても、ですか?」
「誰も傷付けない存在なんて、いないよ」
私を見上げながらヘスティア様はそう言った。微笑みながら、私の両手を優しく握りながら彼女は私に言い聞かせるように続けた。
「自分であれ他人であれ、皆何かを犠牲にするんだ。それは僕達神々だって同じだよ」
「それは結果論でしょう。私は傷付けるということを知りながら、自分を止められないんです」
「知りながらやっている方が辛いじゃないか。そこは君の子供らしくないところだね、うん」
だめだぞ、とヘスティア様は背伸びをしながら私の額にチョップした。体勢を保てず転倒しかけた彼女を私は抱きとめた。
「まあ、あれだ。君はまだまだ若いんだから、色々求めたっていいんじゃないかな?」
「……ヘスティア様に言われるとなんか変な気分ですね」
「なんだとぅッ!」
ぷんぷんと可愛い音が聞こえそうな感じで怒るヘスティア様の頭を撫でながら彼女の横を通り過ぎる。
いつも忘れがち、というより私はいつもそこまで意識していないがヘスティア様は神だ。長い年月を生きてきた年長者であり、下界の子供達を愛する存在だ。ふと、聞きたいことが思い浮かんだ私は振り向いて問いかけた。
「ヘスティア様、人と神の違いとは何なのでしょう?」
「それは、また何というかざっくらばんと言うか広義な質問だね。でも、そうだね……私見だけど、何を大切にするか、かな」
「
人と人ではない者の違いを彼女は身を持って知っているはずだ。他でもない彼女が人ならざる神であり、ベルや私と言った人間と共に過ごしている彼女が知らないわけがない。
ヘスティア様の微笑みに少しだけ影が差した気がした。もしかしたら、これは聞かれたくなかったことなのかもしれない。それでも答えてくれるのは私故なのか。
「僕達はね『今』を大切にするんだ」
「では、私たちは過去を? それとも未来を?」
「神と人じゃ生きている時間が違うからね……例えばだよ、君がバイトをしてお金を稼ぐとしよう。その時、君はなんのためにお金を稼ぐんだい?」
「……生活のためでしょうか?」
「まあ、そうかもしれないし、欲しい物を買うためかもしれない。どちらにしろ、それは未来を思ってお金を稼いでいるんだ」
「まあ、そうでしょうね」
バイトなどしたことはないが、それを戦うことに置き換えてみればしっくりくる。私が戦うのはさらなる高みへと登るため、それも未来を思っての行動だろう。
「でもね、僕達は違う」
「お金を稼ぐのも、『今』を思ってのこと何ですか? 働くのが大好きってことですか?」
「僕を見てそう言ってるなら、ってこれは自分で言うと悲しくなるね。まあ、当然違うよ」
「じゃあ、何をもってして『今』を思うんですが?」
その問に答える前に、彼女は出ていこうとしていた私に近付き手を握ってきた。やはりその微笑みにはどこか寂しさが含まれていた。
「アゼル君、僕達はね死なないんだ。どれだけ傷を負っても【
「そう、なんですか?」
「そうなんだ。そんな僕達がどうして下界で生きていきたいか、君はもう知っているんじゃないかな」
「――私達ですか?」
「ああ、君達と一緒にいること、それが僕達にとっての大切な『今』なんだ。長い、永い時間を生きる僕達にとって君達と一緒にいるのは、本当に一瞬みたいなものなんだ」
だから、と彼女は続けた。握る手の力が少しだけ強くなった。確かに、
「その一瞬を、『今』を大切にしたいんだ」
「なるほど」
「だからね、アゼル君は『今』じゃなくて『明日』を見るんだ」
「『明日』を、見る」
私にとっての『今』が剣を振るっている瞬間だというなら、『明日』は私の目指す場所、すべてを斬り裂くという目的だ。それならば、私が『明日』を見続けるということが当たり前のように思えた。
もし、仮に私が『今』を最も大切に思ってしまったなら、それはオッタルと戦った時の暴走状態のようなものになってしまう。
「君は『明日』を見てていいんだよ。自分のことを優先して、したいことをしていいんだ」
それは神故に子供の生き方を尊重しているからなのだろう。私の成したいことを聞けば、彼女が私を止めようとするのだろうか。私の夢は、人を傷付け、己を傷付け、すべてを斬るのだから。
それでも、少し気が楽になった。言うことが終わったのか、ヘスティア様は私の手を離した。私も今度こそテントの外に足を向けた。
「ありがとうございましたヘスティア様」
「うん? どこか行くのかい?」
「はい、少しアスフィさんに呼ばれていまして。これからヴェルフに預けている白夜を取りに行ってから会いに行く予定です。出発までには帰ってくるので、大丈夫ですよ」
一礼してから私はテントを出た。外では忙しそうにロキ・ファミリアの冒険者達や援軍としてやってきたヘファイストス・ファミリアの鍛冶師達が帰り支度をしている最中だった。
「ん?」
ふと、どこからか視線を感じその方向を見てみたが誰もいなかった。何かの勘違いの可能性もあったし、確認するほどのことでもなかったので私はそのままヴェルフの元へと行き白夜を受け取ってからアスフィさんに呼び出された中央樹の西、階層の端の方にある
何故呼び出してまで話がしたいのかは分からなかったが、一応とは言え協力関係にあり、相手が依頼主なのだから特に何も言わずに従った。
中央樹の西で階層の端という位置情報、木に登る前に敵襲等なく一度も迷わずに私はアスフィさんが待つ広場まで辿り着いた。
「おはようございます、アスフィさん」
「……ええ、おはようございますアゼル・バーナム」
「なんか疲れてます?」
「ふふ……そうですか? そう見えますか? ふふふ」
「いや、なんかすみません」
「いいんです、別にいいんです、そういう星の下に産まれたのだと諦めてますから」
盛大な溜息を吐きながら、どう見てもあまり大丈夫そうじゃないアスフィさんを目の前にして少しだけ違和感を覚えた。雰囲気は当然ながらどこか疲れているのだが、少しだけピリピリとした緊張感があるのを見て取る。
話すだけなら、何も緊張することはないはずなのだが。
「で、私に何か話があるとか」
「そうでした。一つお聞きしたいのですが、【
それは
「それは秘密です」
「そう、ですか」
「後、何か別に用事があるなら言っていいですよ?」
「――なんのことですか?」
私の台詞を聞いたアスフィさんの緊張感が高まったのが分かった。
「私も当事者ではありますが、実際に治療をしたのはリューさんですからね。聞くなら私より彼女でしょう。そして、何よりもそんな質問わざわざ呼び出してまですることじゃないですよ」
「もしかしたら、もう彼女に聞き断られ、仮にその手段が分かった場合独り占めしたいと思っているかもしれませんよ?」
「それを言っている時点で、そうじゃないと言っているようなものですが。まあ、あれです」
アスフィさん自身が少し前に言ったことだが、彼女は私に接近戦では勝てないと言っていた。彼女がどれくらい強いのか私は知らないが、彼女がそう思っているのならそうなのかもしれない。
「理由もなく、攻撃をしたりはしませんよ。ましてや不意打ちは好きじゃないので」
「つまり理由があれば真正面から斬ってくるということでは?」
「まあ、その通りですけど。じゃあ、攻撃しないので本当の目的を教えて下さいよ」
「……いいでしょう。もう目的は達成しましたし」
そして、その目的をアスフィさんが口にしようとした瞬間だった。
「――ッ!」
「なッ!」
地面を揺るがす激しい揺れが広場を襲った。まるで何かが下の階層から天井を突き上げたかのような震動に、アスフィさんは姿勢を崩しながらも受け身を取ってなんとか立ち上がった。
「あれはッ」
(これは――)
アスフィさんは天井を、私は足元を見ながら状況を把握しようとしていた。天井から光が降り注ぎ明るかった階層が、突如暗くなった。その直後、巨大な何かが天蓋を突き破り18階層へと降り立った。
「何故ゴライアスがッ!?」
「――アスフィさん、下からも何か来ますよ」
「はいぃ!?」
どうやら17階層から天井を突き破ってゴライアスが出現したようだが、それよりも私は下から押し寄せてくる存在の方が気になった。上から来るより下から来る方が難しいなどという理由ではなく、その存在の向ける敵意がアスフィさんには感知されていなかったことだ。
「『タラリア』!!」
私は一足で後退、アスフィさんは何事か唱えると空へと飛翔し退避した。間髪を容れず地面が盛り上がり、何かが猛スピードで18階層へと突貫すると同時に爆発、砕けた岩を吹き飛ばしながらそれは登場した。
「ヴウゥゥ」
体躯はオッタルほど、人としては大きいがモンスターとしてはミノタウロスなどの中型モンスターとそう変わらない。隆起の激しい灰色の身体は並々ならぬ膂力を秘めているだろうことを語っていた。地面まで伸びる灰色の長髪は頭を覆い隠し、僅かな隙間から紅々と輝く目だけが覗いている。
「ミ、ヅゲダ」
「――嘘、でしょう」
そのモンスターが言葉を発したことで、殆ど分かっていた正体が確定しアスフィさんは絶句した。そのモンスターは私がヘルメス様から捜索と観察を頼まれていたモンスターに違いなかった。
「アカ、ガミ」
「本当に私を探していたんですか?」
「アカガミ!!」
その視界に私を捉えたそのモンスターはおびただしい殺気を発した。地面が、空気が、空間そのものが悲鳴をあげるほど濃厚な殺気だ。私を殺そうとした襲撃者達とは比べものにならないほどの、モンスターならではの純粋な殺意。
「アスフィさんはヘルメス様のところに戻ってください」
「し、しかし」
「貴女のするべきことはヘルメス様とヘスティア様、タケミカヅチ様を守ることですよ。それに、わざわざ私に会いに来てくれたんです、私が相手をするのが筋でしょう」
「分かりました……無茶はせず、なるべく早く援軍をよこします」
「その前に終わらせるよう努力しましょう」
チラチラとゴライアスの降り立った方向を見ていたアスフィさんを行かせる。神々を守ってもらわなければ困るのも事実だったが、私が一人で戦いたかったというのが本音だ。何故か、目の前のモンスターに見覚えがあった。その殺気を以前どこかで感じた覚えがあったのだ。
身体がうずくのを自覚しながら、腰に挿した白夜を抜刀する。
「アカガミ、ケンシ!!」
「お前が何なのか、私は知りません。ですが、私を殺すというのなら――」
灰色の人型が大きく息を吸い込んだ。頭を揺らした際に髪の毛が流れ、その表情が伺えた。そのモンスターは確かに獰猛な笑みを浮かべていた。そして、きっと私もそうなのだろう。
「ヴオオオオオオオオォォォォォオオオォォッッ――――!!!!!」
「――――斬るッ」
衝撃波と化したその咆哮を私は斬り裂いて相手の懐に飛び込んだ。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。
いやー、リューさん効果すごいなあ。いつもより感想が多かった気がします。
刀の手入れは色々調べて書いたので、もしかしたら間違っているかもしれません。ご容赦ください。