剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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恋というその感情

 18階層に存在する冒険者の街、世界で最も地底深くに存在する街リヴィラは階層の西部付近、大きな湖沼の中央にある。そこに行くには橋を渡る必要がある。

 

「よお」

「ヴェルフさんでしたね。ベルがお世話になったようで」

「さん付けはよしてくれよ、そっちの方が年上な上にレベルも上じゃないか」

「じゃあ、そうさせてもらいますねヴェルフ」

 

 見渡せば視界に広がるのは湖沼を囲む木々と地面から生える結晶(クリスタル)の数々。それはダンジョンの中とは思えないほど美しい光景だったのだろう、ベルは目を奪われていた。

 そんな橋の上で話しかけてきたのは新しくベルの仲間となったヴェルフだった。ヘファイストス・ファミリアに所属する鍛冶師であり、その髪は主神であるヘファイストス様の髪色に似た赤、黒い着流しを着用した男性だ。

 

「改めて自己紹介させてくれ。俺はヴェルフ・クロッゾ、ベルの専属鍛冶師だ」

「クロッゾ……魔剣鍛冶師の一族ですか」

「お前は知ってるんだな、ベルはまったく知らなかったんだが」

「剣士として、知っていて当然ですよ」

 

 クロッゾという家系は生れながら魔剣を打つことのできる家系だ。その昔その類稀な才能を買われ国のために魔剣を打ち続け、その魔剣で戦争に何度も貢献したとされている。

 現在ではその才能も失われてしまったと、その昔老師に教えてもらったことがある。

 

「なあ、アゼル」

「なんです?」

「俺が魔剣を打てるって言ったら、お前は打って欲しいか?」

「魔剣をですか?」

「ああ、お前にとって魔剣ってのはどういう物だ?」

 

 仮に、ヴェルフの言っていることが本当で、彼が生れながら魔剣を打てるのならそれは他者には真似のできないことだ。本来であればレベルを上げ、派生アビリティである鍛冶を取得した上で更なる研鑽を重ねた鍛冶師にしか製作できない代物だ。

 しかも、話に聞くクロッゾの魔剣は通常の鍛冶師が打った魔剣より遥かに強力な物だと聞く。

 

「魔剣とは、その刃に魔法を宿した剣のこと。誰でも魔法を使えるようになり、その絶大な力を得ることができる」

「ああ、そうだ。だが、宿った魔法を使い切ると刃は砕け散り、二度と復元できなくなる」

「そうでしょうとも。人の身に余る奇跡をその()に宿すのですからね――――砕け散ることは、避けられないでしょう」

 

 きっと、この私も同じなのだろう。この身体に巣食う奇跡は、いつか私を飲み込むのかもしれない、身体に罅が入り壊れ砕け、人という器を破壊しつくすのだろう。

 

「ですが、私には不要な物ですよ」

「……本当か?」

「ええ、魔剣など私には過ぎた品です。この身一つ、剣一振り、それだけあれば私は戦える。それ以上を望むのは、剣士の領分を超えてしまいますからね」

「お前は、強いな」

「強い? いえ、私は強いんじゃないですよ」

「おいおい、期待の大型新人が何言ってんだよ」

 

 私はただ試したいことがあるだけに過ぎない。ただ自分の力で目指したい場所があるに過ぎない。この身に宿った奇跡ならいざ知らず、他人に与えられた奇跡など私は手にしたくない。

 

 ヴェルフはどこか安心したような、嬉しそうな表情をしていた。

 

「それでな、会ってそうそうなんだが、後で一つ頼みたいことがあるんだが」

「私にできることであれば」

「椿から聞いたんだが、その刀、使ってる金属がエテルニウムなんだよな?」

 

 そう言ってヴェルフは私が腰に差している白夜を指差した。

 

「ええ、そうらしいです」

「是非、後でいいからじっくり見せて欲しいんだ。言っちゃあなんだがあの金属を使った武器なんてお目にかかれる機会は殆どないんだ」

「いいですよ。その代わり少し手入れもしてやってください」

「おう、任せな!」

 

 私の背中を叩きながらヴェルフは笑った。話に聞く所によると、ヴェルフはそれなりに戦えるらしい。そもそも鍛冶師として成長したいのであればある程度戦えないとランクアップできないのだ。

 椿さんはヘファイストス・ファミリアの団長だけあって鍛冶の腕は言わずもがなだが、腕っ節もロキ・ファミリアの面々に劣らないらしい。本人曰く、試し切りをしていたらいつの間にか上がっていたとのこと。

 

「うーん、この罠に誘い込む感じの歓迎メッセージがリヴィラっぽいですね」

 

 橋を渡りきり街へと入る。すると私達を迎えたのは『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』という歓迎を示す大きな看板だった。当然ながらリヴィラが歓迎しているのは冒険者ではなく、金を落としていくカモだ。

 

「流石にこの人数で移動するのは周りに迷惑だ。ここからは自由行動、各自行きたい場所へ散らばろうじゃないか」

 

 リヴィラに初めて来たベルやヘスティア様にティオナやティオネさんが説明をし、ヘルメス様の提案によって各自好きな人と街を回ることとなった。

 

「さ、では私達も行くとしますかティオナ」

「えへへー、行こ行こー!」

「そいつのお目付け役頼んだわよ、アゼル」

「べ、別に私問題なんて起こさないよ!」

 

 ティオネさんに茶化されながら私とティオナは各々好きなメンバーで好きな場所に行く面々と別れた。

 後ろからヘスティア様に呼び止められた気がしたが、彼女もできるだけベルと一緒にいたいだろうと思い無視することにした。後で聞いた話だが、ベルと二人きりになりたがっていたが、どうやらアイズさんも付いてきてしまったようだ。私からは頑張れとしか言えない、ベルにもヘスティア様にも。

 

「アゼルどっか行きたい場所ある?」

「私は特には。ティオナの行きたいところでいいですよ」

「えっとねー……じゃあ、本屋!」

「本屋なんてあるんですか?」

「あるんじゃない? 読みたい人がいればリヴィラ(ここ)の商人なら売るでしょ」

 

 確かに金の亡者と言っていいリヴィラの商人たちなら、需要さえあれば仕入れそうだ。無駄に説得力のあるティオナの言に従い、私とティオナは街を歩いて本屋を探すことにした。

 

「何か欲しい本でもあるんですか?」

「うーん……」

「言えないような本ですか?」

「ち、違うよッ! ……わ、笑わない?」

「きっと」

「そこは絶対って言って欲しいなあ」

 

 素直過ぎる私の返事にティオナは頬を掻いた。

 

「私ね、お伽話とか童話とか、英雄譚とかそういうのが好きなんだ」

「……それのどこに笑う要素が?」

「だ、だって、その……アマゾネスだし、しかも女で、もう十六だし私」

 

 ティオナは恥ずかしそうに、身体の前で人差し指同士をつつかせながらそう言った。

 ロキ・ファミリア団員のベートさんはティオナのことをバカゾネスと言っていたが、世間一般の解釈で言えば彼女達は脳筋が多いのも事実。細かいことは気にしない大雑把な性格に持ち前の身体能力を前面に出した戦闘は、暴力の嵐の如く。その最たる例としてティオナは【大切断(アマゾン)】という二つ名で呼ばれている。

 お伽話等を女性が好むことが恥ずかしいことかということは議論の余地が大いにあるが、確かに英雄譚等は男児の方が好む傾向がある。

 年齢も童話や御伽を楽しむにしては高いかもしれない。だが私の近くにはベルという大の英雄譚好きがいるので、大して気にはならない。

 

「ティオナ」

「は、はい」

 

 少し真剣な声で彼女の名前を呼ぶ。

 

「人は自分が一番したいことをしている時が一番美しいと、私は思いますよ」

 

 それは、私にとっての真実だ。剣を振るっている時の自分が最も自分であると私は胸を張って言える。剣なくしてアゼル・バーナムは語れない。それは、他の人達もそうだろう。

 忍穂鈴音はその身を捧げて鉄を打ってこそ忍穂鈴音であり、リュー・リオンは正義を志してこそリュー・リオン足りえる。自分のしたいことを、目指したいものを目指している者を笑う道理などない。

 

「だから、恥ずかしがることなんてありません」

「そ、そうかな……えへへ、そう言って貰えると、なんだか嬉しいな」

「それにしても、どんな切っ掛けで?」

「んー、暇潰しで読んでたんだけど、それがハマっちゃってね」

「私の剣と似てますね」

「え……?」

 

 想起するのは遥か昔の自分。田舎にいる、ただの少年であった自分はなんとなしに剣を握ったのだ。暇潰し、それもそうだろう。誰にも構ってもらえず暇をしていたのは事実だ。そこに剣があったから握ってみただけのこと。

 そして、それに()()()()しまった。

 

「ちょっとハマったの度合いが違うかな」

「あはは、そう思いますか?」

「戦ってる時のアゼル見れば分かるよ。うん、言われてみればそうだね」

「?」

 

 ティオナは少しだけ歩みを速め、私の前へと躍り出た。

 

「アゼルは剣を振るって戦ってる時が、一番格好いいよ」

「――それは良かった」

 

 ほら行こ、と私の手を引いてティオナは早歩きになった。普段から少女らしいあどけなさを思わせる笑みは、今は更に幸せそうな雰囲気を醸し出していた。笑っているだけで周りまで幸せにしそうな笑みだった。

 レベル5の冒険者で数多くいる冒険者の中でも上位に入る実力者、戦う姿はアマゾネス然とした暴力の塊、歩けば【大切断】と冒険者達から恐れられる彼女も、その芯では一人の少女でしかない。

 

「『恋する女性は美しい』、老師の言った通りですね」

 

 老師に教わったその言葉を小さく呟いた。

 彼女の私に向ける感情は分かっていた。分かりやす過ぎるくらい分かりやすい人なのだティオナは。彼女の姉も、仲間であるレフィーヤさんもそれに気付いているに違いない。

 彼女はただただ真っ直ぐで、純粋で、自分に嘘が吐けない性格だ。

 

「ん、なんか言った?」

「気にしないでください。ただ今日のティオナは一段と可愛いと、思っただけですよ」

「ふぇッ」

 

 ただ堕ちるだけのこの私に、何故彼女が恋をしたのか私には分からない。しかし、それが彼女の感情であるなら当然のことなのかもしれない。

 

「も、もうっ! 何言ってんの!?」

「からかってるだけですよ」

「そ、それくらい分かってるよっ! 別に、本気になんてしてないもんッ」

 

 剣を振るっている私が一番輝いているというのなら、私は剣に恋をしたと言うべきか。しかし、この表現は少し希望に満ち溢れすぎているかもしれない。

 身を捧げる恋があった。身を焦がす恋があった。身を滅ぼす恋も、きっとあった。ならば私の恋はきっと、身を堕とす恋なのだろうか。

 人は、恋をしていないと生きていけない、何かに惹かれてないと生きていけない。そんな言葉をどこかで読んだ気がする。もしかしたら、それも老師から聞いた言葉だったのかもしれない。

 

「実は嘘です」

「へ?」

「本当に、そう思いましたよ」

「――――もうッ! 早く行くよ!!」

 

 額までも赤くして、ティオナは私から顔を逸らして歩を進めた。

 私が彼女の恋心が分からないように、他人には私の剣に対する想いは理解できないのかもしれない。そも、完全に他人を理解することなどできやしないだろう。しかし、それでも誰かに理解して欲しいと思うのは人故なのだろう。

 

――私は、誰かに理解して欲しいのだろうか

 

 自問する。

 

――否、そんなはずがない、私自身が唯一の理解者を斬り裂いたのだ

 

 自答する。

 

――なら、何故私はリューさんに見ていて欲しいと思ったのか

 

 再度自問する。

 

――分からない

 

 しかし答えは得られず。

 誰かが見ていようと見ていまいと、私がすることは何も変わらないというのに、あの時私は見ていて欲しいと言った。いなくなったホトトギスを、私の一部となった彼女をリューさんに記憶していて欲しいと願った。

 しかし、それは何故だったのか。

 

「あ、本屋ありましたよ。あそこに本の看板があります」

「本当だ」

「本当にあるもんですね」

 

 果たして、この問に対する答えを得るには何を斬ればいいのか。

 

「私もなんだか本が読みたくなってきましたね」

「どんなー?」

「そうですね、恋愛小説なんてどうでしょうか」

「本当に言ってる?」

 

 心底意外そうにティオナは振り返った。まだ少し頬が赤かったが指摘しないでおいた。言ったらまた赤くするに決まっている。

 

「偶にはいいでしょう、そういう本も」

「……じゃあ、私も読む」

「またなんで?」

「教えなーい。あ、今似合わないって顔したでしょ!」

「まったくしてませんよ」

 

 していないとも、むしろ似合っていると思ったくらいだった。恋する少女が恋愛小説を読んで何が悪いというのか。いや、何も悪くない。最終的に何の参考にもならないと知りながらも、読んでしまうのは恋をしているからだろう。

 

 結局、誰しも知りたいのだ。

 自分を突き動かすその感情の全貌を。

 

「欲しいのがあったら言ってくださいね、私が払うので」

「ええ、別に大丈夫だよ? 借金してるけど、私ならすぐ稼げるから」

「私が、何か贈りたいんです。色々お世話になりましたから」

「じ、じゃあ、買ってもらう」

 

 私を先導するようにティオナは本屋へと入っていった。入った瞬間、本の匂いが鼻をくすぐった。どうやら本屋と言っても古本屋の類のようで、置いてある本は殆どが誰かに読まれた物ばかりだった。

 

「アゼルも英雄譚とか詳しいんだよね?」

「ベルほどではないですが、まあそれなりには」

「じゃあ、どの話が一番好き?」

 

 その質問に私は即答しかねた。そもそも老師やベルに聞かされていた英雄譚を好き嫌いで別けたことがなかった。しかし、言われて見れば賢者よりも、王よりも、狩人よりも剣士の話の方が覚えている。

 その中で、今一番印象にあったのは。

 

「『竜殺しのジトルク』だと思います」

 

 ある国の農村に産まれた男が、冒険をして数々の偉業を重ね、そして最後には国を脅かす悪竜さえも倒してしまう話だ。

 

「ああ、あれね! うん、確かに言われてみればアゼルっぽいかも」

「そうですか?」

「うん、無茶苦茶なところが」

「言ってはなんですが、英雄譚の殆どは無茶苦茶ですよ」

「うっ」

 

 だが、私らしいと言われればその通り。

 竜殺しの英雄ジトルクは竜の血を浴びて全身が甲羅のように硬い剣士だ。その身体は如何なる攻撃も受け付けず、ジトルクはそれ故に不死身の剣士と言われる。

 ただ一つの弱点は、一枚の葉によって血を浴びなかった背中の一点だけ。

 

「まあ、オラリオじゃ竜殺しなんてたくさんいるけどね」

「そうですね……そう言われると、オラリオでは英雄譚はできなさそうだ」

「あはは、皆強すぎるからね!」

 

 笑いながらティオナと私は本棚を物色した。本に囲まれたその空間は、ヘスティア様の眷属となった時の本屋を思い出させた。私にとっての大きな転換点であったあの日を思い出す。そう、あれは始まりなどではなかった。始まりはもっと昔、剣を握った日だ。

 

「あった」

「何がですか?」

「へっへーん」

 

 本棚から一冊の古ぼけた絵本を抜いて、ティオナは得意気に私に見せつけた。少し色あせた表紙には、禍々しい竜と相対する黒い鎧を着込んだ剣士が描かれていた。その題名は『竜殺しの英傑ジトルク』。

 

「英雄譚って色々違うのがあるから飽きないんだよね」

「そんな読み方はしたことはないですが、確かに飽きそうにありませんね」

 

 ティオナが今回手にとったのは絵本だが、大人向けの長編小説にされているものもある。老師がベルに読み聞かせていたのは主に絵本だったが、自分の読み物として小説も持っていた。

 

「ということで、これ買う」

「分かりました。他にもないか、探しましょうか」

 

 その本を受け取って、更に十分程店を見て回って欲しい本を手に取った。最終的に私は下層で取った宝石樹の宝石を物々交換した。快く応じてくれた店主を見るに、恐らく大幅に値段を超過していたのだろう。

 

「どうぞ、私からの贈り物です」

「えへへー、ありがと! 大切にするね」

「ええ、そうしてやってください」

 

 満開の花のように笑みを浮かべながら、ティオナは浮かれていた。そこまで喜ばれると本を贈った甲斐もあるというものだ。ティオナが抱えるように抱いている絵本を一瞥する。

 

 竜殺しの英雄ジトルク、その身はどんな刃も通さず、不死身と恐れられる英傑。背中にただ一つだけの弱点を持った剣士。英雄譚として知られているのは彼の華々しい偉業の数々を纏めた、言うなれば彼の話の一部分でしかない。

 老師は英雄譚として語られない、ジトルクの物語をすべて綴った本を持っていた。そして老師に聞かされた英雄譚ではないジトルクの話には結末がある。

 ジトルクは最後、その背中の弱点を貫かれて死んでしまうのだ。

 

 そんな、背中にある一点という些細な弱点でさえ英雄を殺しうるなら。

 

(私は弱さなどいらない)

 

 ジトルクは背中に落ちた葉を払うべきだったのだ、その全身に竜の血を浴びるべきだった。

 

(私は、血にまみれた)

 

 その血は人ではない何かの血だった。私を人から、何か違う存在(モノ)に変貌させるほどの神秘を内包した血だった。

 

(なればこそ、私に弱さなどない)

 

「あ、ヘスティア様だ! アイズも一緒じゃん」

「……修羅場ですかね」

「行こ行こッ」

「そろそろ合流したほうが良さそうですしね」

 

 リヴィラの端、崖から風景を望める広場にベルとヘスティア様、そしてアイズさんはいた。何やらアイズさんに突っかかっているヘスティア様に、どう反応していいか分かっていないアイズさん。それを少し心配そうに眺めるベル。

 

「アーイズ!」

「ティオナ」

 

 突然後ろから抱きついてきたティオナに、アイズさんは少し驚きながら名前を呼んだ。名前を呼ばれてもティオナは一向に離れず、むしろ戯れは増していく。そんな少女たちの戯れを見て恥ずかしがるベルと、ベルがそんな二人を見ていることを良しとしないヘスティア様。

 

「ねえ」

「はい? ティオネさんじゃないですか」

「あの子のテンションが振り切れてるんだけど」

「うーん、プレゼントを買ってあげたせいですかね」

「はあ……」

 

 ヘルメス様や他の面々を連れてやってきたティオネさんはジト目で私を見た。もう一度自分の妹を見て溜息を吐いた彼女は、しかしどこか嬉しそうだった。

 

「いいじゃないですか、元気で」

「元気なのはいいけど、元気過ぎるから鬱陶しいのよ」

「あ、ティオネ、見て見て!!」

 

 ティオネさんがやってきたことに気が付いたティオナは私の横にいる彼女の前に立って、本を見せた。

 

「へへー、アゼルに買ってもらった」

「アンタねえ……仮にも年頃の女が絵本買ってもらって喜ぶって、どうなの?」

「別にいいじゃん、ね、アゼル?」

「ええ、趣味は人それぞれですからね」

「はあ……アンタ、そろそろ本で部屋の床抜けるんじゃない?」

「え、や、流石にそんなには………ないと思うんだけど」

 

 ないない、と適当に結論づけたティオナを見て再度ティオネさんは溜息を吐いた。結局帰ったら整理させられることになったティオナだったが、言い争いをする姉妹は、始終どこか嬉しそうだった。

 

 

■■■■

 

 

 機嫌がすこぶる良くなったティオナの提案によって、女性陣は水浴びへと出かけていった。場所は以前と同じ清流だろう。何でもティオナはわざわざ18階層まで来て水浴びを楽しむほど好きらしい。

 ヘスティア様やリリ、意外なことにもアスフィさんまでもが水浴びに行ってしまった。やることのなくなった私は、リューさんにでも会いに行こうと森に入ったのだが。

 

「迷いましたね」

 

 見渡す限り木が乱立し、同じような景色がずっと続く森を適当に歩いていれば迷うのも当たり前だ。リューさんはなんでもないように歩いていたのでできるのではないかと思ったが、やはり剣以外のことは早々上手くはいかないようだ。

 

「あ、木に登ればいいのか」

 

 別段森の中を通るからと言って地面を歩く必要はない。木を伝っていけば目的地も見えやすいだろうし、迷わずに済むことに今更ながら気が付いた。

 早速木に登ろうと一本の木に近づいた。

 

「……」

 

 しかし、僅かな違和感を覚え木の前で立ち止まる。辺りを探るように神経を研ぎ澄ませていく。その違和感の正体を掴もうと、嗅覚、聴覚、触覚を総動員させる。

 

「――遅い」

 

 そして、それを掴んだ瞬間、既に刀は鞘から抜き放たれ振り抜かれていた。澄んだ鈴のような音と共に、目の前の木、そしてその向こうを斬り裂く。

 

「な、んで」

「化物がぁッ!!」

 

 結果を見届けずに振り向きざまにもう一閃横薙ぎを放つ。なんの抵抗もなく、迫っていた双剣の刃が両断される。追撃するためにもう一歩踏み込もうとした瞬間、横から投げナイフが投擲され阻止された。

 相手も攻撃を一端止めたので、私も一度構え直す。後ろを一瞥すると、そこには背中から血を流し重体の人物が倒れている。刀の振りぬかれる直前に少しだけ逃げることができたのだろう、思っていたよりも軽症に見えた。

 

「出会い頭に化物とは……私も有名になったと言うかなんと言うか」

「何故分かった」

 

 その質問を投げかけてきたのは、全身を緑の布で覆い隠した人物の一人だった。木の上から、木の後ろから、色んな所から同じ格好をした彼等が現れる。気が付くと囲まれ、逃げ場がなくなっていた。

 

「まあ、色々ありますが一番は()()ですかね」

「馬鹿を言うな。匂いは消したはずだ」

「こんな自然の中、少しでも香水の香りをさせていたら分かりますよ」

「……噂通りの化物か」

 

 予想外というべきか、突然の襲撃者は女性であると声で判断できた。

 少し鼻がいいだけで化物扱いされる日が来るとは思ってもいなかったが、どうやら彼女等は私のことを知っているらしい。

 

「一応名乗っておきますね。ヘスティア・ファミリア所属、アゼル・バーナムです」

「お前に名乗る名などないッ!!」

 

 台詞と共に手に持っていた長い柄の付いた刀剣、以前鈴音に朴刀(ぼくとう)と教えられた武器、を振りかぶってその人物は襲いかかってきた。それと同時に他の襲撃者達も一斉に各々の武器を持って踏み込んできたり、魔法の詠唱に入ったりする。

 

「死ねえッ!!」

 

 差し迫るその刃、突き刺さるその殺意。初めて向けられる憎しみに満ちたその目に私は――

 

「それは残念」

 

――――心躍った。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら言ってください。

本屋くらいあるさ、きっと! あることにしてください。
ただイチャイチャしたかっただけ。
英雄譚の元ネタは気にしないでください、まる分かりですので……

連日投稿はここまでにします。
この続きがなかなかの書き進められていないのです。
続きは5章が全部書き終えたら、また一気に放出するとこにします。と言っても後4、5話なのでそんなに間は空けないと思います。

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