剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
感想で誤字をした方、本当にすみません。言い訳をさせてもらいますと、スマホのフリックで返信をしていたので誤字が多いのですが、まあそんなことはどうでもいいので読んでくださってありがとうございます。
「邪魔ですねえ」
そう言って、ショートソードを無造作に相手に斬りつける。なんの抵抗もなく、まるで紙をはさみで斬るかのように、モンスターの身体は二分された。
『グェコッ!』
射出されたモンスターの長い粘着質の舌を真っ向から横に一閃。斬られた舌が痛いのか、モンスターは醜い叫びをあげた。
「遅い。遅すぎる」
一歩踏み出す。視界に映る未来には、頭部への刺突によって事切れたモンスターの未来しか見えない。
そして、その未来の通りに、私は接近したモンスターの頭部にショートソードを突き刺した。
「はあ……」
『フロッグ・シューター』と呼ばれるそのモンスターは長い舌を使い中距離から攻撃してくるダンジョン5階層から出現するモンスターだ。
長い舌を回避しないことには、何も始まらないのだが、その遅すぎるとも言える攻撃は私にとってただの障害物くらいにしかならなかった。
「足りない。これが欲求不満というものですか」
今までであれば、モンスターとはこんなものか、と納得していれたのだが。アイズさんと戦ってから上層に出現するモンスターでは物足りなく感じるようになってしまった。
故郷にいた頃は、大抵暇を持て余していた老師に相手をして貰えていた。初めての感覚に戸惑う私であった。
「ううむ、これは由々しき事態ですね」
昨日のアイズさんの剣戟が脳裏に蘇る。まだ十数時間前の出来事だというのに、既にもう一度戦ってみたいと思ってしまっている。
どうやら、人間相手に修練を積んでも【ステイタス】は成長するらしい。【
私の場合モンスターを倒すよりも、彼女と斬り合っていた時のほうが断然【ステイタス】の伸びが良かった。特に器用さの基礎アビリティは五十程上がっていて、ヘスティア様に驚かれた。
「ああ、どこかに気兼ねなく斬り合える人はいないものか」
欲を言えばアイズさんと斬り合いたい。しかし、ファミリアの問題もあるし、彼女は忙しそうだ。私から会いに行くこともできない。
「そういえば、ベルは大丈夫でしょうか」
自分より何階層か上でモンスターと戦っているであろう友人のことを思い出す。今日は随分張り切って朝早くからダンジョンに向かっていったので、私は置いてけぼりだ。ヘスティア様と侘しい朝ごはんをもさもさと食べながら朝を過ごし、午後からダンジョンに来たのだ。
「ああ、でもモンスターを倒さないことには【ステイタス】を伸ばす方法もない。つまらないが、斬るしかないか」
アイズさんとの試合で感じたこと。それは圧倒的な地力の差であった。手加減をしている彼女にすら追いつくのがやっとだった事を思うと、本当に彼女に申し訳なくなってしまう。
もっといい試合をするためには、まず私が地力を上げていくしかない。その機会がいつになるかはまったくの無計画だが、いずれ申し込もうと思っている。ギルドにでも張り込んでいれば出会えるだろう。
――ビキビキ
石が割れる音がして、壁に罅が走る。
いつ見ても、異様な光景だ。その罅は徐々に広がり、壁の中から一匹のモンスターを産んだ。ボトリと落ちてきた所を狙って剣を縦一文字に振るう。発生して数秒、モンスターは呆気無く消滅した。
「しまった、魔石まで斬ってしまいました」
ダンジョンはモンスターを産む。それはつまり、この地下に伸びるダンジョンが実は生きているということに繋がる。
下層に行けば、ダンジョンが行き成り道順を変えたり、穴を開けたりと、冒険をより困難なものにするらしい。敵の胃袋の中で戦っているようなものだ。
「さて、次は何が来るか。まあ、何が来ても斬りますが」
しかし、そんな事実私にとっては些細なことでしかない。大切なことは、無限に生み出されるモンスターを倒すことで、私がまた一回り強くなれるということ。
強くなってどうするのか、という質問をされた。強くなって更に強い敵を倒す、と答えた私にあまりいい顔をしなかった主神だった。
それの何が悪いのかと、少し悩んだ。冒険者とは、未知を楽しむ者達。私にとっての未知とは、私が斬れるか、斬れないかという二つの分類に分けていない物のことだ。未だ斬れないのカテゴリーに入ったものはない。
「それは修羅の道、でしたか」
ヘスティア様にその時言われたその言葉を思い返す。いつも笑っている彼女の悲しそうな顔が印象的だった。
しかし、それの何が悪いのか。たまたま通った道が修羅の道だったというだけのこと。最初から修羅の道を歩みたくて歩んでいる訳ではない。
もし、それがそんなにも悪いというのなら。
「それすらも、私は斬ります」
剣を翻し、モンスターを斬り裂いていく。
■■■■
「相変わらずアゼル君は器用と敏捷以外はあんまり伸びないね」
「まあ、あまり使っている記憶がありませんから」
時間が進み夕方。ダンジョン探索を切り上げた私は上層でベルと偶然合流して共にホームへと帰ってきた。そして、今は上着を脱ぎヘスティア様に【ステイタス】の更新をしてもらっている。
私に跨るように座り、自分の血を一滴背中に垂らし
「にしても、やっぱり【
「でしょうね」
なにせ、それは力を使わずに相手を斬る事を可能としてしまうスキルだ。刃を当てれば斬れる、という当たり前の事象を、
「はい」
アゼル・バーナム
Lv.1
力:H 150 → H 161
耐久:I 67 → I 71
器用:G 201 → G 245
敏捷:H 186 → G 201
魔力:I 98 → H 105
《魔法》
【未来予想】
《スキル》
【
「……トータルで70くらいですか」
私は初期の【ステイタス】が高かった。それは長い間老師に剣術の指南を受けていたからだろう。成長度合いとしては、普通の冒険者のそれと言える。レベル1から2に上がった最速記録の保持者はアイズ・ヴァレインシュタイン。期間は一年だったらしい。
彼女はその期間かなり集中的にモンスターを狩っていた。私とは比べようもないほどの時間を一日ダンジョンで過ごしていたのだろう。
「一応、君には教えておこうと思うんだけど」
「はい」
「ベル君には内緒だからね? 絶対だぞ。それと他人にはもっと秘密だ」
「察するに、ベルの飛躍とも言えるほどの成長についてでしょうか」
「……そうだよ」
私の前に【ステイタス】の更新を行ったベルは、上昇値トータル120オーバーというでたらめな数字を叩き出した。私より浅い階層で、恐らく私より少ないモンスターを倒したベルのほうが【ステイタス】が上昇したのだ。
初期の【ステイタス】でかなり差を付けていたが、今では殆ど並ばれてしまった。
ヘスティア様は私の背中から離れ、私も上着を着直した。
「ベル君のあれは、スキルによるものだ。だから、その」
「別に焦ってダンジョンに潜ったりはしませんよ。焦ってはね」
「言い方に何か悪意を感じるよ。なんだい?」
「いえ、これから少しの間、ダンジョンに篭ってみようかと思っていまして。ベルがスキルで成長するというなら、私は質と量で勝負をしてみようかと」
「だめだ」
私の言った予定にヘスティア様が口を挟んでくる。
「では、私一人だけ遅い成長をしろと? それで私がベルを羨むばかりに、焦ってダンジョンに行って死んでしまったらどうしますか。もっと非道い時は嫉妬してベルを斬ってしまうことだって、あるかもしれません」
「そ、そんなことをするのかいッ!?」
「いえ、しませんが」
そもそもベルを羨んだとしても、私は私をしっかりと認識し、自分なりに成長すればいいと思える。しかし、成長したいのは何もベルを羨むからじゃない。
もっと、斬り合いたい。私が唯一楽しめること。大食漢が食べ物を望むように、好色家が女を望むように、剣士である私は剣を望む。
「私も、成長したい理由があるということです」
「……無茶だけはしないこと。いいね?」
「ええ、無茶はしません。ちゃんと自分のできることとできないことは知っています」
そう、私は斬れる。むしろ、私にはそれしかない。剣で一瞬二分した景色に意味を見出すことも、そこに何かを感じることもできない。ただ、斬る。
「じゃあ、許可はしよう。でも、ちゃんと定期的に帰ってきてくれよ? 僕もベル君も寂しいからね」
「ヘスティア様はベルがいれば満足そうですけどね」
「なっ、何を言っているんだい!?」
慌てるヘスティア様を置いて、私は外へ繋がる階段に向かった。
「君もベル君と食べに行くのかい?」
「ええ、ヘスティア様こそ、バイト仲間と食べに行くのでしょう?」
「……君は分かっていて言っているんだろう。まったく、罰当たりな子だ」
不貞腐れるヘスティア様を地下に残し、私は教会の地上階へと上り、そして外へと出る。そこにはベルが待っていた。
「お待たせしました」
「お疲れアゼル。【ステイタス】どうだった?」
「ぼちぼちと言った所でしょう。貴方と比べると幾分か遅いですが」
「そ、そっか。やっぱり、僕の上昇値変だよね」
「気にすることはありません。上昇する分に困ったことはないでしょう」
そう言って、私とベルはオラリオの街へと歩いて行く。
なんでも、ベルは朝食を食べずに出かけたため途中で腹が減り、道中出会った酒場のウェイトレスからお弁当を受け取ったらしい。なんだそれは、と思うかもしれないが、事実だ。
その代わり、ベルは今晩そのウェイトレスの働く酒場で夕食を食べるという約束を交わした。ついでに私もその酒場で金を落としていけということらしい。
ヘスティア様は、その日に出会った女性とそんな約束するベルにやきもちを焼き、咄嗟にバイト仲間と夕食を食べるという偽情報を言ってしまい、寂しい夕食を過ごすことになってしまった。
というのが、今晩のあらましだ。
■■■■
「ここですか」
「うん、たぶん」
そうしてやってきたのは『豊饒の女主人』という酒場だった。かなり賑わっていて、中から人々の笑い声が聞こえてくる。
「おお、店員が全員女性ですよベル。これはなかなか華々しい所ですね」
「そ、そうだね。アゼルは、その、緊張とかしないの?」
「緊張ですか? いえ、まったく。今から殺し合う訳でもないので」
「それは、なんかおかしいような」
どうやらベルは店員が全員女性、しかもよく見ると全員が美人美少女であるので竦んでいるようだ。ダンジョンに出会いを求めるという、大胆な夢を掲げる彼は、その反面かなり
「ベルさんっ」
店の中から一人の少女が出てきてベルの名前を呼ぶ。若葉色の給仕服に身を包んだ、薄鈍色の髪のヒューマンの少女だった。
「し、シルさん」
「来てくれたんですね!」
「や、約束したので」
俯きながらぼそぼそと話すベルを見て、シルと呼ばれた女性はくすりと笑っていた。かなり可愛らしい仕草だ、両方共。
「こちらの方は?」
「あ。僕と同じファミリアの人です」
「どうも、アゼル・バーナムと言います。ベルとは同郷、幼い頃から共に過ごしてきた少し歳の離れた幼馴染です」
「私はシル・フローヴァです。この『豊饒の女主人』でウェイトレスをさせてもらっています」
はきはきとした明るい声。自分の職業に喜びを感じている者の声だ。そう言って、シルさんはベルの手を掴み、ベルは私の手を掴み酒場へと連れて行かれた。
「お客様二名入りまーっす!」
大声でカウンターに向かってそう言った彼女に驚いたのか、ベルはおろおろしている。私も、少しばかり酒場の活力にあてられ驚いてしまった。
冒険者もたくさんいるというのに、この酒場は平和だ。冒険者という人種には乱暴者が多い。当然集まれば喧嘩をすることも多々ある。しかし、ここではそんなこと起きそうな雰囲気がない。
「では、こちらにどうぞ」
私とベルが案内されたのはカウンター席だった。ちょうど角の席で、目の前にはこの酒場の女将と思しき大柄の女性が位置する。かなり、いい席だ。
「アンタがシルのお客さんかい? 冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」
確かに、ベルはかなりなよっとした容姿だ。目の前にいる女将のほうが断然冒険者らしいと誰もが思うだろう。
「なんでもアタシ達を泣かせるほどの大食漢なんだってねえ! 期待してるよ!」
「ぶっ」
思わず吹いてしまった。ベルが大食漢、などということは長年一緒にいる私も初耳だ。恐らくベル自身も初耳だろう。
「ベル、どうやらハメられましたね」
「え、ええぇぇええ! ちょっとシルさん!」
「……えへへ」
ベルはシルさんに文句を言おうとして、シルの可愛らしい仕草に惑わされずに、ちゃんと言えたようだ。まあ、言えたからと言って何ができるという話なのだが。
結局、ベルが大食漢ということは決定事項となり、大量の料理を食べる未来は回避できなかった。
どん、と勢い良く女将さん、ミアお母さんとシルさんが呼んでいた、パスタや魚の丸焼きなどの料理を置いていった。どれもこれも香ばしい匂いがして、食欲がそそられる一品であった。
ある程度、料理を食べ酒を飲んでいるとシルさんがサボりに来たのか、それとも客の相手をするのも業務の内なのか、ベルの隣の席に座り話しかけていた。その表情はとても楽しそうだった。
そんな楽しそうに話している若い二人の邪魔をするわけにも行かず、取り敢えず私はお手洗いに行くことにした。
「あ、店員さん」
「なんでしょう?」
もちろん初めてきた酒場のお手洗いの場所など分かるはずもなく、一人のウェイトレスを捕まえ場所を聞くことにした。
聞こうと思ったのだが。ビリッときた。今剣を持っていないのが惜しいと思えるほどだった。気付いたときには腰、いつも剣の柄がある場所に手が伸びていた。
「……」
「いえ、これは」
そんな不審な動きをした私を、そのウェイトレスは鋭い目つきで睨んできた。決して、一般のウェイトレスがするような目ではなかった。
シルさんと同じような若葉色の給仕服に身を包んだ、エルフの女性。緑の混ざったような形容しがたい金の髪とそこから覗く二本の尖った耳。何よりも目立つのが、その空色をした二つの瞳。
「随分、腕が立つように見えたもので」
「……護身術程度です」
「それが、護身術とは。出身は大変治安の悪いところだったみたいですね」
話せば話すほど、彼女の纏う空気が濃く鋭くなっていく。それが心地いいと思えた。それは、まるですべてを斬り裂く剣のような冷たさを含んでいた。
「お客にゃーん。あんまりウチの子にちょっかい出してると、追いだしちゃうにゃよ?」
気が付くと、私の横に猫耳を生やした店員がいた。つい、目の前のエルフの女性に集中しすぎて意識が散漫としていた。
「これは、失礼しました」
実に楽しい場所だ。こんな酒場ですら殺気をこの身に受けることができるとは、思ってもいなかった。私は、視線を彼女から外して尋ねた。
「お手洗いは、どちらでしょうか?」
「右手の奥、男性は左手にあります」
「ありがとう、美しいエルフの方。もし、宜しければお名前を」
エルフは皆美しい容姿をしているが、彼女はそれとは隔絶した美しさを持っていた。剣としての、鋭さを孕んだ危うい美しさ。扱いを間違えればこの身を斬り裂く、刃の如し鈍色の美。
「……リュー、と申します」
「私はアゼル。以後お見知り置きを」
そう気障ったらしく言って、私は店の奥へと向かった。後ろで猫耳店員が、二度と来るにゃ、といったのも聞こえたが、これは通ってしまいそうだ。
なるほど、ここで争い事が起きない理由が分かった。それは至って簡単なことだった。店員が全員、そこいらにいる冒険者より遥かに強いのだ。きっと女将であるミア母さんは、その筆頭なのだろう。争い事などしようものなら、問答無用で放り出されるに違いない。
「くは、ふふふ」
ああ、旅に出て、この街に来て正解だった。これだけの強者が蔓延るのは世界広しと言えど、ここくらいのものだろう。目指す者が、超えるべき者が、斬り合いたいと思える者がこんなにもいるなんて。
「ありがとう、ベル。貴方のおかげだ」
ベル・クラネルという少年との出会いは、それこそ本当に幼い頃だった。しかし、その出会いが今を生み、私を形作っている。ベルを育てた老師に教えを請い、ベルと共にこの街へとやってきた私がいる。
ああ、この出会いに祝福を。ベル・クラネルという少年は、私にとって掛け替えの無い存在だ。私に強者を呼んできてくれる、まるで呼び鈴のような存在。彼の側にいれば、それだけで人々は集まる。ベル・クラネルという少年にはそういった魅力がある。私も、その内の一人なのかもしれない。
私はベルを利用し、ベルも――気付かずとも――私を利用している。
老師が、そう仕向けたのだろう。私という、なってはいけない存在。彼が目指してはいけない剣の担い手。反面教師とでも言うべきか、きっと私が私でいる限り、ベルは私のようにはならない。心優しい彼が、そもそも私のようになりえるかは疑問ではあったが、力を望まなければいけないここオラリオで力に飲まれないとは限らない。
『お前は、英雄足り得ない。アゼル、お前は英雄を英雄足らしめる要素を持っていない』
記憶の奥底、幼い頃に言われた言葉。その時から、老師は私の辿る道をある程度把握していた。
『だが、それも悪くない。お前には、お前の道がある』
悪くないと言いつつ、老師の顔はそれほど優れてはいなかった。
しゃがれた声が、私の頭の中を反芻した。鞘から抜いた、剣の音色のようだ。鋭く、私の中へと斬り込まれていく。血は流れずとも、きっと私は傷付いた。
ただひとつ、老師に認めてもらえなかった思い出だった。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘があれな気軽に言ってください。
ステイタスについてですが、まあこれくらいかなと思っています。本当の所普通はどのくらい上がるのか分からないので疑問ですが。ベル君トータル600とか行く化物ですね。
たくさんの感想ありがとうございます。ゆっくりですが、返信はしていきたいと思っていますが、先の展開に関わるような質問にどう返信すべきか少し悩んでいるので遅れると思います。
※2015/07/05 1:55 「切」を「斬」に修正
※2015/07/10 19:22 一部設定変更に伴い描写修正
※2015/09/14 7:06 加筆修正