剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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招かれざる客

 結局、何の説明もないままティオナとの模擬戦はお開きとなった。謝りながら、情報を整理した後必ず説明するというフィンさんの言葉に、別段攻撃されたことを気にしていなかった私は大人しく引き下がった。

 むしろ、あのまま戦い続けていたら私は間違いなくティオナを斬っていただろうことを考えるとアイズさんの横槍はありがたいことだったのかもしれない。

 

「えっと、私に何か用でしょうか?」

 

 一人で素振りでもしようと森へと入っていく私の後ろを拠点から複数の人間が追っていることは分かっていた。モンスターの如き敵意を孕んだ気配が幾つか、そして気配を隠そうとしていない人間が一人。

 私は、その気配を隠そうとしていない人物に声を投げかけた。

 

「アイズさん」

 

 私が声をかけると少し離れた木の後ろからアイズさんは姿を現した。その表情にはもう敵意はなくなっていた。腰にサーベルを携えているのは、常在戦場の精神だけではなく未だに疑念だけは捨てきれていないからかもしれない。

 

「……」

 

 アイズさんは私に歩み寄ると頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「別に、気にしてませんよ」

「それでも、危なかったから」

「あれくらい、どうってことありませんよ」

「……それはそれで、おかしいような」

 

 首を傾げながらそう呟いたアイズさんに私は少し笑ってしまった。言われてみれば彼女の感想は尤もなものだ。アイズさんがどれほど本気だったかは知らないが、レベル6の彼女の攻撃を避けれたのは一重にホトトギスの力を解放していたおかげだろう。

 

「それに、言っては何ですが私もアイズさんに斬りかかったことありますし、お相子ということで」

「それは、そうかもしれないけど」

 

 そう言いながらも、やはりアイズさんはどこか申し訳無さそうにしていた。私がアイズさんに斬りかかるのと、アイズさんが私に斬りかかるのでは脅威度は天と地ほど違う。言わずもがな、私がアイズさんに斬りかかったところで相手になりはしなかった。

 

「それで、私に何か用でもあったんですか? 謝罪だけなら、私は少し素振りでもしていこうと思っているですが」

「ううん」

 

 まだ聞きたいことがあるという態度をとったアイズさんは、私の目を見てその質問を投げかけてきた。

 

「あの力は何?」

 

 その金色の目に宿る疑念、どこか切羽詰まったような雰囲気。アイズ・ヴァレンシュタインという少女の一端を見たような気がした。

 

「貴方は、何?」

 

 奇しくも、その質問は彼女の仲間であるリヴェリアさんとほぼ同じだった。ただアイズさんの質問は私が人ではないという確信があったようだ。

 

「『何者』ではなく『何』ですか」

 

 その考えは、正に的を射ていた。少なくとも自分が人でなくなってきているという自覚がある。しかし、それが他人に分かるとは思っていなかった。レベル2の私がオッタルと斬り結ぶという場面を見ていたリューさんでさえ、私を人だと信じた。

 それを、アイズさんは短い時間で見抜いた。

 

「アイズさんの目には、私は何に見えましたか?」

「……」

 

 アイズさんは一瞬口を開きかけたが、何か気掛かりがあったのか一度俯いて何かを悩んでいた。この話題は、私の核心を突くようなものでもあったが、もしかしたら彼女にも何か関係しているのかもしれない。

 そこに、私が攻撃された理由があるような気がした。

 

「――精霊」

「……はい?」

「貴方から、感じた」

 

 その、あまりにも自分とかけ離れた印象に素っ頓狂な声を出してしまった。自然の権化、意志を持った自然、神の分身とも言われる精霊。それは人を越えた存在であり、人よりも神に近い何か。

 しかし、私はそんなものではないはずだ。正しくは、時を重ねて生き続けてきたホトトギスという怪異は、人々に祝福を与えるような存在ではない。

 

「私が、精霊ですか」

 

 そう言いながら自分を見下ろす。何時もと変わらない手足があり、今はホトトギスとしての力も解放していないので至って普通の身体だ。

 

「見えますか?」

「ううん」

 

 問いかけるとアイズさんは首を横に振った。でしょうね、と言いながら私は少し考えてみた。仮に、人を超えるということが神に近付くということなら、より神に近い精霊に近付くことと同義である可能性はある。

 しかし、精霊とは自然の権化。火や風、水と言った世界の始まりからあるものに意志が宿ったような存在達だ。ホトトギスとは謂わば人の執念によって発生した人工の怪異だ。方向性がまったく逆である。

 

「でも、確かに感じた……穢れた精霊と同じ気配」

「穢れた、精霊?」

 

 初めて聞く単語に私はオウム返ししてしまった。言っては何だが老師とベルから御伽や英雄譚を多く聞いてきた私は、それなりに精霊等本に出てくる存在には詳しい。それでも、穢れた精霊という言葉は今まで聞いたことがなかった。

 私の返しにアイズさんは頭を左右に揺らしていた。何時もと同じ無表情だったが、悩んでいるということは伝わってきた。

 

「言えないのであれば構いません。しかし、穢れた精霊ですか……」

 

 それがどんな存在であるかは、語感からなんとなく察せた。精霊の多くは善性の存在として語られる。『穢れた』と形容するのなら、善性であるはずの精霊が悪性へと転じたものを指すのだろう。

 ホトトギスは精霊ではないが、善性か悪性か問われれば後者だろう。

 

「見えますか?」

「ううん」

 

 先ほどと同じやりとりをする。否定したアイズさんは、どのように形容していいかうんうん唸りながら、最後に漸く言葉足らずに語った。

 

「二つが、混ざり合ってるような……」

「――――」

「ぶつかり合っているような」

 

 納得がいったとまでは行かないまでも、なんとなく理解できた。アイズさんの言う穢れた精霊が、何と何を混ぜ合わせたものなのかは分からなかったが、確かに私には二つのモノが混ざっている。

 人としての私。そして、ホトトギスとしての私。もしくは二つなんてものじゃないのかもしれない。ホトトギスという怪異の成り立ちは、人の身に余る願いを実現させるために人の血を魂を吸い力を付けるという特性にある。今まで啜ってきた魂の数は人知れず、その数だけの意志があるだろう。その記憶を私は見続けているのだ。

 

「くく、くはは」

「アゼル?」

「ああ、いえ、すみません。別に馬鹿にしている等ではないので」

 

 身振り手振り語ろうとしている自分を私が笑ったと思ったのか、アイズさんは僅かに眉をひそめた。感服するほど、呆れるほどに彼女は鋭い。それが彼女の剣士としての才能なのか、それとも彼女にも何かあるのか私には分からなかったが、彼女は私の中に何かを見つけたのだろう。

 

「多くは語りませんが」

 

 そう、多くは語らない、語るべきではない。言葉にすればするほど、物事は陳腐になっていく。人ではないと口にして何になるというのか。そんなこと誰でもできることだ。私は剣士故に、剣で語る者。

 私は真に人ではなくなったのならば、剣がそれを語るだろう。

 

「私が、もし人ではない何かであったなら――」

 

 この血に通う願いは誰も救わない、誰も祝福しない。物を斬り、敵を斬り、己を斬り、そして世界さえも斬りたいと願う我が身は誰にも望まれていない存在かもしれない。願ってはいけない、手を伸ばしてはいけないものを抱いてしまったのかもしれない。

 

「――それはきっと精霊なんて真っ当な存在(モノ)じゃないですよ」

 

 しかし、抱いてしまったのだから仕方ないだろう。願ってしまったのだから、叶えたいと思うのは当然だろう。私は、ただ身に余る夢を抱いてしまっただけに過ぎない。人では辿り着けない極致に至る術を手にしてしまっただけに過ぎない。

 そのために私は堕ちたのだ。それでも彼女は私が高次の存在(精霊)のように感じたと言った。

 

 私は果して登ったのか、堕ちたのか――もしかしたら、それは些細な違いでしかないのかもしれない。

 

「それは」

『ぐぬあぁっ!?』

 

 それは突然のことだった。静かな森の中にいたおかげか、それともその声が大きかったのか、聞き覚えのある声が耳に届いた。しかし、それはこの場にいることがこの上なく不自然な神の声だ。

 

「今のは?」

「少し、見に行ってきます」

「私も」

 

 話の途中であったが、聞きたいことは聞けたのだろう。アイズさんは話を中断してその声の元へと急ぐ私の後を付いてきた。

 

 

「あ、あんな巨大なモンスターがいるなんて聞いてないぞっ!?」

「あっはははははは! 死ぬかと思ったー!」

 

 

 18階層に転がり落ちてきたベルと同じように、17階層へと繋がる連絡路の近くの芝生に彼女は転がっていた。その近くに、つい最近知り合った男神も同じように地面に寝ていた。

 何事かと集まってきたロキ・ファミリアの人垣をかき分けながら私は彼女達の元へと足を早めた。

 

「二人共大丈夫か?」

「なんでタケは大丈夫なんだ……」

「あれくらいの勢いなら受け身を取れて当然だろう。仮にも俺は武神だぞ?」

「そうだった……」

 

 埃を払いながら連絡路から一人の男神が歩いてくる。他の二人と違い連絡路の途中で受け身をとって体勢を立て直したのだろう。

 

「ヘスティア様、ヘルメス様、タケミカヅチ様」

「アゼル君!?」

「アゼル君じゃないか! いやー、運が良かった。これで帰りは安心だ!」

「ん、アゼルか」

 

 ヘスティア様は驚き、ヘルメス様は良く分からない返事をして、タケミカヅチ様はこれと言った変化はなかった。三者三様の受け答え。しかし、共通することが一つ。

 彼女等は神だ。

 

「もう嫌……帰りたい。なんで私が囮なんですかぁ」

「逃げるの得意でしょう?」

「得意ですけどッ、アスフィも手伝ってくれていいのに!」

「私はヘルメス様他の護衛があるので」

「ヘルメス様とヘスティア様を18階層に投げるのがアスフィの護衛なの!?」

「連絡路を転がったくらいじゃ死なないから大丈夫よ」

 

 神々に遅れて17階層から降りてきたのはアスフィさんと褐色の犬人(シアンスローブ)の女性冒険者だった。犬人の女性の抗議を鬱陶しそうに聞き流すアスフィさんは私を見るとどこか安心した表情を見せた。

 

「タケミカヅチ様、大丈夫ですか!」

「千草落ち着け。タケミカヅチ様ならこれくらい受け身を取ってどうにかする」

 

 自分の主神の心配をして降りてきたのはタケミカヅチ様の眷属(ファミリア)の桜花さんと千草さんだった。二人は私を見ると少し驚いた。

 

「全員、無事のようですね」

 

 そして最後に降りてきたのはフードの付いた緑色のケープで身を包んだ女性だ。余裕を持ったその佇まいは他の者達と一線を画する雰囲気だった。

 フードを深く被り、顔の下半分を黒い布で隠した彼女が誰であるか一瞬では分からなかった。しかしつい最近戦った人物の身のこなしだった。

 

「リューさん?」

「……」

 

 しかし、その空色の瞳を見て彼女がリュー・リオンであると理解した。特徴的な目であるし、その美しい色を見間違えることはない。

 つい名前を呼んでしまった私に対して彼女は人差し指を立て口に当てた。そう言えば彼女はあまり自分の正体を知られたくないのだと思い出した。

 

「知り合い?」

「ええ、ほぼ全員知り合いです」

「どうする?」

「まあ、大体の理由は分かるので……取り敢えず拠点まで連れて行きましょう」

「……分かった」

 

 神がダンジョンに降りてくるという異例の事態にその場は騒然としていた。まずはこの場の最高責任者であるフィンさんに会わせるのは筋だろう。彼等を安心させるのは、その後で良い。

 

「ということでヘスティア様、まずは責任者の所まで行きましょう」

「ま、待つんだアゼル君! 僕はそんなことをしている場合じゃ」

「ベルなら大丈夫ですよ。そのことに関してもロキ・ファミリアのお世話になっているのでまずは責任者の所まで行きましょう」

「な、何ぃぃぃぃ!!!! そ、それは本当かい!?」

「本当です、本当。だからあまり叫ばないでください、目立つので」

「す、すまない。でも、本当に良かった……先にベル君に会いたいんだが」

 

 ベルが18階層まで来たことは予定していたことではないことは分かっていた。彼のアドバイザーは慎重この上ないエイナさんだ。いきなり18階層まで行かせるわけがない。そんなベルが傷付いて18階層までやってきたとなれば、何か予期せぬ事態に陥ったということ。

 そしてその後にヘスティア様が来れば、流石に分かる。

 

「後、命さんもいますよ桜花さん」

「――本当?」

 

 そして、タケミカヅチ・ファミリアの来訪もヘスティア様と同じ理由だろうこともなんとなく分かった。私の言った言葉に千草さんが反応した。

 

「ええ、命に別状なく、普通に元気です」

「……よか、った……よかったよぅぅぅッ」

「アゼル、すまないが命を呼んできてくれるか」

 

 命さんの無事を知って千草さんは泣いてしまった。桜花さんは安心して倒れそうになった千草さんを抱きとめながら、少し涙ぐんでいた。

 

「えぇと」

「私が言っておく」

「助かります」

 

 タケミカヅチ様の頼みを聞こうにも、私では頼める相手がいない。そんな私にアイズさんが助け舟を出してくれた。彼女は近くにいた団員に命さんをフィンさんのいるテントまで呼んでくるよう指示を出してくれた。

 

「では、行きましょうか」

 

 何の用があって来たのか分からないヘルメス様は放っておいて私は彼女等を先導する。色々と問題のある面々を連れているのに、なんの障害もなくことが運べたのは私の横に幹部であるアイズさんがいたおかげだろう。

 

 

■■■■

 

 

 ロキ・ファミリアのテントの一つ、そこでティオナは地面に寝転がりながら不貞腐れていた。その場にはティオナの他に彼女の姉であるティオネ、ロキ・ファミリア団長であるフィン、幹部であるリヴェリアと一緒に観戦していたレフィーヤと椿がいた。

 

「うううううぅぅぅぅ」

「はあ……もう、すねるのもいい加減にしなさい」

「だって、だって私と戦ってたのに………」

「アンタねえ……感じなかったの、アゼルのあの雰囲気」

「雰囲気って……」

 

 ティオナは戦っている時のアゼルを思い浮かべた。圧倒的強者であるはずのティオナに一歩も引かず、むしろ攻めてくるその度胸。迷いのない踏み込みと揺るぎのない剣閃は己に対する絶対の自信の表れ。

 何よりもその表情が、ティオナの身体を火照らせた。

 

「楽しそうだったなあ」

 

 獰猛な笑みを浮かべならも、その眼差しは真剣そのものだった。その瞳が、戦っている最中ずっと自分を見ていることが彼女には分かった。あらゆる動き、小さな呼吸、そして見えないはずの思考までもが見られているような、自分の奥底まで探られるようなその目。

 その目が、ティオナには堪らなく嬉しかった。その瞬間だけは、アゼルが自分だけを見ていると確信を持てた。

 

「ああ、また戦ってくれないかなあ……」

「止めときなさい、次やったら負けるわよ」

「別に負けてもいいもん」

 

 あの視線を受けてしまったティオナとしては、最早手合わせの勝敗は関係なかった。戦っている間だけ、色々な女性と関わっているアゼルは、ティオナだけのアゼルになるのだ。だから戦えればそれだけでいい。

 

「はあ……アンタって負けず嫌いじゃなかったっけ?」

「それはそうだけど、アゼルと戦ってる間は私の勝ちだもん」

「はあ?」

 

 誰に勝っているのかという重要な部分を抜いたそのセリフにティオネは首を傾げた。

 ティオナが現在把握しているアゼルの女性関係は椿の妹分である鈴音という女性鍛冶師、そしてアゼルをダンジョンから救ったらしいエルフの女性の二人だ。あんなに強いのだ、他にもアゼルに想いを寄せている女性がいても、ティオナには不思議ではなかった。

 しかし、戦っている間はアゼルは他の女性に見向きはしない。剣士故に、アゼルは戦いには真摯に向き合う。

 

「にしても、アイズってばなんでいきなり飛び込んできたのかな」

「なんでって、ヤバイ雰囲気だったからじゃないの?」

「ええ? それだけで魔法まで使って攻撃する?」

「……それは、確かにそうね」

 

 言ってしまえば、アイズのあの対応はモンスターに対する反応に近かった。ティオネも底冷えするような気配をアゼルから感じ取ったが流石にモンスターと思わせるものではなかった。

 しかしアイズの行動は早かった。まるで強敵を前にした時のように、思考よりも身体が先に動いてしまう時のようだった。

 

「リヴェリアとフィンは何か知らない?」

「さあ? 尋常じゃないことは分かったけどね」

 

 アイズとアゼルの攻防は一瞬で二度斬る、それくらいの速さで行われていた。そんな高速戦闘をじっくり見ていたわけではないティオナ達はアゼルの異常性の決定的瞬間を見ていなかった。

 しかし、誰よりも速く近くまで駆け寄っていたフィンはそれを見た。アイズの剣戟を真っ向から素手で弾くという最早離れ業という言葉でも足りない異常事態を見た。

 

「あれ、というかアイズは?」

「アイズならアゼル君に謝りに行ったよ」

「アイツなら逆に喜んでそうですけどね」

「アハハハ……ありえるから怖いね」

 

 アイズが斬りかかってきたことに対してアゼルがどのように思っているかティオネは大体予想ができていた。そもそも攻撃されたにもかかわらず文句ではなく挑発めいた言葉を発していた時点で、アゼルが戦いたがっていたことは明白だ。

 

「謝りに行ってまた戦いになってたりしないかな」

「流石に、それはないだろう。あの子も突然のことだったからあのようなことをしてしまっただけだ」

「うーん、でもなんて言うか外が騒がしいんだけど?」

「ん?」

 

 ティオナが指摘したことでテント内にいた全員が耳を澄ませた。確かに団員達に落ち着きが無いように感じられた。

 

「少し、見てこようか」

「はあ……また何か問題でも起こしたのか」

「そうとは限らないだろうリヴェリア。溜息を吐くと幸せが逃げるぞ」

 

 苦笑しながらフィンはテントの外へと歩いて行く。それに続くようにリヴェリアも外へと出る。外に出ると17階層の連絡路方面から多くの団員達が帰ってきて何事か噂をしている最中だった。

 

「何かあったのかい?」

「え、あ、団長。それが、その」

 

 近くにいた団員に声をかけるが、どう答えていいものか団員は戸惑うばかりだった。これは本当に何か厄介事が起こったのではないかとフィンは静かに不安を募らせた。

 

「あ、フィンさん!」

「……アゼル君」

 

 背後から名前を呼ばれ、声でそれが誰か当てたフィンはゆっくりと振り返った。運命の悪戯か、それとも悪戯好きの神の眷属だからか、フィンの悪い予感というものは往々にして当たることが多い。

 

「連れているその人達は、誰だい?」

「ああ、なんと言いますか」

 

 横を歩くアイズと、アゼルの後ろを歩く数人の来訪者達。その中には明らかに冒険者ではない者達が混ざっていることをフィンは鋭く見抜いた。

 

「うちの主神であるヘスティア様です」

「――もう一度頼む」

「こちらは命さんの主神であるタケミカヅチ様です」

「――うん?」

「後、最後になんで付いてきたか分からないヘルメス様もいます」

「僕だけ適当過ぎやしないかな、アゼル君?」

 

 その人物、否、神達の名前を聞いてリヴェリアは更なる溜息を吐き、フィンはこめかみを優しく揉んだ。

 

「まあ、ここでは話もできない。あそこのテントで取り敢えず話を聞こう」

 

 数秒間で平静を取り戻したフィンは、自分が出てきたばかりのテントを指してそう言った。しかし、その顔にはどこか疲労が見られたが、それは遠征だけが原因ではないことは誰が見ても明らかだった。

 

「また厄介事か……本当に、今回の遠征は異常事態(イレギュラー)が多いな。まさか神々がダンジョンに降りてくるなんてね」

「言っておきますけど、私は関係ないですからね?」

「それは、分かっているさ。大丈夫、僕達も神々を無下にはできない。それが助けた冒険者の主神ともなればね」

 

 面倒を見たのだから最後まで見るのが筋ということだろう。フィンが苦労するのは団長だからだけでなく、その性格故に厄介事を抱えてしまうからかもしれない。だからこそ団員達の信頼を得ているのだろうが、苦労の絶えない人だと多くの人が思った瞬間だった。




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