剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「行かせてくださいタケミカヅチ様!!」
「駄目だッ……!」
早朝、バベルの治療院の一室で男二人が睨み合っていた。片方はタケミカヅチ・ファミリアの団長である桜花。もう片方はそのファミリアの主神である神タケミカヅチだ。
「今も命は戦ってるんだ!!」
「知っているッ」
「ならすぐに助けに行かせてください!」
「それは……許可できん」
「何故ですか!?」
ベッドには一人の少女、千草が心配そうに見つめながら横になっている。命がモンスターをおびき寄せ桜花達を逃したおかげで、彼女は無事、傷の治療を終えたのが深夜を通り越して、今朝方のことだ。
それからすぐに助けに行こうとする桜花をタケミカヅチは止めた。止めなければならなかった。
「お前達だけで中層に行かせて死なせるわけにはいかないッ」
「しかしッ!」
命という戦力をなくしたタケミカヅチ・ファミリアの団員達ではどうやっても中層での戦闘は不可能だ。中層でまともに前衛を務めることのできる人間が桜花しかいない状況では戦闘などできるはずがない。
「
「そんなことをしている間に命が死ぬ可能性だってあるんですよ!!」
「そんなこと分かっているに決っているだろうッッ!!」
拳を硬く握りしめながら、タケミカヅチは自分の無力さを呪った。
命はタケミカヅチにとって特別な子供だ。自分の
しかし、だからといって他の団員を犠牲にするわけにはいかない。タケミカヅチに眷属に優劣を付けることはできない。
「俺だって今すぐ助けに行かせてやりたいに決まってるだろう!! でも、そんなことをしてお前達まで死なせてしまったらどうする!?」
強く握りすぎて爪が皮膚を突き破り、拳から血が滴る。その痛みすら感じられないほどタケミカヅチは心が乱れていた。助けたい、でも助けられないというジレンマに苛まれながら、それでも答えを導き出そうと必死に考えることしかできない自分を恨んだ。
「話は聞かせてもらったぜ、神友」
「ヘル、メス?」
「急いで支度をしろ、このヘルメスが力を貸そうじゃないか!」
突然部屋に一人の男神が入ってくる。鍔広の帽子を被った優男が一人の女性を連れてタケミカヅチの元へと足を進める。
「実はお前以外にも眷属の捜索願いを出している神友がいてね、人手が必要なんだ。お前のとこの団員も捜索隊に加わってくれると助かる」
「それは、誰だ?」
「ヘスティアさ。ベル・クラネルが昨日から帰ってきていないらしい。今冒険者依頼が出された。俺は自分のとこの団長と団員を一人連れて行く」
タケミカヅチにとっては神友であると共に、眷属の一人と師弟関係にあるファミリアの主神の名が出て彼は驚いた。しかし、その話は、言い方に問題はあるかもしれないがタケミカヅチにとっては願ってもいないことだった。
「
「ああ、俺はリトルルーキーのファンでね……早く会ってみたくてしょうがないんだ!」
「ヘルメス様!?」
ヘルメスの言動に僅かな違和を感じたタケミカヅチが言及すると、男神は簡単に口を割った。それを聞いてタケミカヅチも一つの決心をした。
「俺も連れて行け」
「タケミカヅチ様!?」
「――本気か?」
「ああ、本気だ! 桜花達だけ行かせて俺がここで待ってるだけなんてあっちゃあいけない!」
「オーケー……そうだな、なら少し待ってくれ。もう一人、助っ人を呼んでくる。昼には出るぞ」
「ああ、恩に着るッ!」
「何、うちは色々と商売に手を出しているからな。恩を売るのも仕事みたいなものだ。アスフィ、気配散らしの羽衣を何枚か用意しておいてくれ」
「はぁ……もう、何を言っても意味はないんですね、そうなんですね……分かりました」
颯爽と現れて、そして颯爽とヘルメスは部屋から去っていった。普段であれば邪険にしているその神にタケミカヅチは返しきれない恩ができてしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「桜花、準備をしてこい!」
「はい!!」
主神の一声で桜花は部屋から走り去っていく。その表情には命の生還を信じ続ける意志が宿っていた。
「タケミカヅチ様、私もっ、私も行きます」
「何を言っている千草、お前は怪我をしたばかりだ」
「待ってるだけは、嫌です……私も、命ちゃんを助けに行かないと……そうじゃないと、私は胸を張って命ちゃんの家族って言えなくなっちゃいそうです」
「千草……そうだよな、待ってるだけは嫌だよな」
文字通り決死の覚悟で自分を助けるために敵へと立ち向かっていった命を、千草はただ待っているわけにはいかなかった。ここで立ち止まってしまったら彼女は自分が許せなくなってしまう。
「お前の気持ちは分かった。一緒に命を助けに行こう」
「はいっ!」
千草とタケミカヅチ。生きている年月も、性別も、種族も違う二人はしかし同じ感情を共有していた。それこそが、家族なのだろう。
タケミカヅチ・ファミリア団長、カシマ・桜花。
タケミカヅチ・ファミリア団員、ヒタチ・千草。
タケミカヅチ・ファミリア主神、タケミカヅチ。
ヘルメス・ファミリア団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。
ヘルメス・ファミリア団員、ルルネ・ルーイ。
ヘルメス・ファミリア主神、ヘルメス。
豊穣の女主人亭ウェイトレス、リュー・リオン。
ヘスティア・ファミリア主神、ヘスティア。
人と神で混成された計八人のベル・クラネル、リリルカ・アーデ、ヴェルフ・クロッゾ、そしてヤマト・命の捜索隊が結成された。
■■■■
「でりゃああ!」
豪速で迫り来る大双刃を体捌きだけで避けていく。その小さい身体のどこからそんな力を出していのか疑問に思うほどの早さ、鋭さ、重さを備えた斬撃が真横で地面へと突き刺さる。そのまま土の重さなどないかのようにティオナは刃を横に振るう。
身を屈めながら飛ばされた土の弾幕だけを斬り裂く。相手の武器には決して剣を重ねない。
「ぬぅ……なんで当たらないの!?」
「当たったら痛いじゃすみませんよ」
二つの刃の交差する柄を巧みに扱い、ティオナは大双刃を回転させる。それだけで彼女の周りの地面に刃が食い込み、そしてなんの抵抗もなく斬り裂いていく。武器の両端に刃をつけた双刃、その刃を大剣のそれにした物がティオナの大双刃だ。
長さは槍ほどあり、振り回すだけで周りを巻き込みながら剣戟を繰り広げる。それを彼女は力任せに振り回している。
「まさか未来とか見えてるんじゃないの?」
「まさか……見えていませんよ、今は」
「え?」
言葉の通り、私は現在【
「アゼルも攻撃してきてよ」
「そうですね、そろそろティオナの速さにも慣れてきたので――行かせてもらいます」
「いいよいいよ!」
ティオナが一足で数
それこそが、彼女の強みなのだろう。何を目指すでもない、ただその瞬間を楽しむことを大切にしている彼女は強い。
「一応言っておきますけど、気を付けてくださいね」
「へっへーん、誰に言ってるのアゼル。まずは私に傷一つ付けてからだね」
それもその通りだろう、と心の中で呟く。
以前と違い、私の身体強化は大幅に弱体化している。最高潮だったオッタルとの戦いの時と比べるとかなり見劣りする。ティオネさんと戦った時はホトトギスの力に振り回されている感覚はあったものの、現在よりも強い力を扱えていた。
手合わせが始まってから数分間、私がティオナと渡り合えていたのは彼女が本気を出していないこと、そして彼女の剣筋が素直で次の攻撃が予想しやすいからだ。
「ではまず一刀」
一歩踏み込む、その瞬間意識を切り替える。
意識が狭まっていくにつれ集中が深まっていく。自身の心音すら耳障りに聞こえるほど、情報という情報を消していく。
「――ッ」
ティオナの間合いに踏み込んだ瞬間、大双刃による横薙ぎが飛んでくる。しかし、それは
「おわっ」
動きと動きの間、その僅かな時間を狙って放たれた斬撃をティオナはその卓越した身体能力で避ける。しかし声を出したところを見ると意表はつけたようだ。
「シッ」
ティオナが避けながら大双刃を振るい追撃を阻止しようとするが、それも
煙のように不確かだったその感覚が、確かに自分の中に蓄積されていく。
「こんのぉッ!」
「――それも分かっていました」
攻め手をすべて私に潰されているティオナは無理矢理攻めに転じようと大双刃を力任せに振り回して私を退かせようとする。柄の回転、それに加えて身体も回転させて自分を中心にしてすべてを巻き込んだ旋風のようになったティオナの大双刃に、私は一歩も退かなかった。
――分かる
一歩横、そして前。それだけで通り過ぎる刃の脅威から逃れる。
――感じる
そのまま一瞬、頭をずらす。斜めに切り上げられる大双刃が頭のすぐ横を通り過ぎる。
――同調しろ
反転して身を翻す。今さっきまでいた場所が大双刃の餌食となっていく。ティオナの動きに逆らわない。大双刃を自分の刃で止めることはない。
――同化しろ
身を屈めて上を通り過ぎる刃の風を感じながら、心は落ち着いていく。
相手の動きを自分の動きに、自分の動きを相手の動きに取り入れる。そしてその変わり目、動きの合間を見定める。
――即応、適応しろ
その空白を狙って――
「――斬る」
ティオナのありえないものを見る顔が分かった。猛攻の後の一瞬の隙、一秒にすら満たないであろうその空白を狙って、屈んだ私は突きの構えを取っていた。
「うそぉッ!!」
「ハァッ!」
「んにゃろお!!」
ティオナが身体を無理に捻って体勢を変える。それに伴って大双刃の分厚い刃が突きに激突する。ティオナの無理な動きまでは感じ取れていなかった私は、刃の激突によって流れを遮ってしまったことを理解した。
仕切りなおすために私は一度飛び退く。
「はぁぁぁぁ……」
――もっと
「いけるか……」
――もっと力が必要だ
それはオッタルと戦った時と同じ欲求だった。より強大な目標を斬り裂くためには、それ相応の強さが必要になる。それは、本来長い年月を掛けて獲得するべきものなのだろう。しかし、私は奇しくも人ならざる者の力を手に入れてしまった。
その力に手を伸ばし、一度飲み込まれてしまった。しかし、もう二度とそうならないと私は誓った。
「この身に宿る身に余る力、御してみせよう」
■■■■
剣の鬼とロキ・ファミリアの面々が聞いてまず頭に浮かんだ感想は大抵同じものだった。
『それなんてアイズ・ヴァレンシュタイン』
ロキ・ファミリアに所属するアイズ・ヴァレンシュタインの二つ名は【剣姫】。しかも無類の戦闘好きとして認知されている彼女には【戦姫】という渾名まで存在する。【
「とりゃああ!!」
「――ッ!」
そのイメージを払拭しようと立ち上がったのは僅か一人。アゼル本人がアイズの二番煎じと言ってしまっているのに払拭も何もないだろうとその人物の姉は語った。
そしてその人物であるティオナ・ヒリュテも、何故そのようなことをすればそのイメージを払拭できるのかという根拠もなく行動を開始した。彼女がしたことは至って簡単。
「うりゃ!」
アゼルを引き連れて開けた場所へと行き、適当な武器を渡して戦闘を開始した。アゼル本人も以前約束していたこともあり快くその申し出を受け突如ロキ・ファミリアの拠点の外れで二人の冒険者の戦闘が始まった。
戦えば大抵のことは理解できると思っている辺りティオナは無自覚な戦闘狂である。もちろん、本心ではアゼルと戦いたくて仕方なかったということもある。
「アゼルもっと本気出しなさいよ!」
「ティオナさんそこです、そこっ!」
「あれでレベル2とは末恐ろしいのお」
「……」
「……あれほど騒ぎを起こすなと言ったのだが」
「まあ、いいんじゃないかな?」
今ではそれを観戦している冒険者もいる始末だ。毒に侵された仲間達の治療も一段落というよりもこれ以上は治療のしようがない状態となり、アゼルと同じファミリアに所属し何かと縁のあるベルの治療も終わった現在ロキ・ファミリアには漸く余裕が出てきた。
少し前に戦った時より身体能力が落ちていることに気付き本気を出していないと勘違いしたティオネ。なんだか現在進行形でアイズが目で追っているアゼルが気に入らないレフィーヤはティオナを応援し、隣で椿は自分の妹分の想い人の凄まじさを実感していた。
「あれは……」
椿の隣では命も自分と同門となったアゼルと第一級冒険者の手合わせを観戦していた。そして、その戦いの速度は桁違いだが本質は自分との手合わせと変わっていないことに気が付いた。
それはつまり、アゼルがそれだけ『相手の意識を感じ取る』という常人離れした技術の練度を上げているということだ。たった数日見なかっただけでアゼルは激変を遂げていた。
「男子三日会わざれば刮目して見よとは言いますが……」
「君は、アゼル君とはどういった関係なんだい? タケミカヅチ・ファミリアと言っていたが、アゼル君は神ヘスティアの眷属のはずだ」
数時間前18階層へと命からがら逃げてきたベルと命についてフィンはあまり情報を得ていなかった。ベルに関しては色々と縁があるため、ある程度は知っていたが、命に関してはタケミカヅチ・ファミリアに所属する最近ランクアップした冒険者という情報しかない。アゼルが命のことを姉弟子と言ったと聞いたが、どうみてもアゼルより見劣りしてしまう。
「は、はいっ」
「そう緊張するな。私達も、アゼルについて知りたいだけ。後々君のファミリアに金を請求したりはしない」
「い、いえ。そのような心配は一切していません」
フィンに質問された命は緊張で固くなってしまっていた。オラリオ最強の一角であるロキ・ファミリアの最高幹部であるフィンやリヴェリアは言ってしまえば冒険者達の憧れの的だ。
そんな二人を前にして緊張するなという方が無理な話、何時もと変わらない態度で接することのできていたアゼルが特殊なだけだ。
「アゼル殿は、私の主神であるタケミカヅチ様に師事されています」
「何?」
「他神の眷属を弟子にするとは、そなたの主神は心が広いと言うか何というか……」
「タケミカヅチ様は武神。それ故に人に己の武を継承させることを是としているのです」
「なるほどね」
命の説明にフィンは納得した。武神が故に武人らしくすることは、確かに言われてみれば当たり前のことだ。ロキが己を『悪戯好き』と称することと同じだ。
「と言っても、アゼル殿が同門となったのは一週間程前のことです」
「ふぅん……一週間で
「――はい」
ティオネは己の野次が聞こえているだろうアゼルが一向に以前見せた身体能力を発揮しないことを見て、何かあるということを理解した。そもそもアゼルは出し惜しみをするタイプではない。
しかし、その身体能力を抜きにしてもティオネが
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』。人の成長の早さを言い表す言葉だが、もしやあれを以前味わったのかい?」
「四日前のことです。あの時は、まだ攻撃に使ってはいませんでしたが」
「あれはなんなのだ?」
「私もあまり理解はしていないのですが、本人は『相手の意識を感じ取り』『その流れに逆らわず動く』と言っていました」
椿の疑問に命はアゼルから言われたことをそのまま答えた。椿の本職は鍛冶師、目の前の戦闘が異様であることは理解できてもその理由までは分からなかった。フィンやティオネと言った前衛職の面々も分かってはいなかったが。
「相手の力を利用するという戦法を極限まで引き出そうとしているのか」
「言うは易く行うは難しだね。言われて理解はできるけど、意味が分からない」
「い、意識って、見えたりするんですか?」
その人智を超えた技術に理解に苦しむ面々。しかし、命はそれに少しだけ補足をした。
「恐らくですが。アゼル殿の相手の女性冒険者はとても素直、真っ直ぐな方故、分かりやすいのだと思います。私も、同じことを言われたので」
「まあ、素直で馬鹿なのは事実ね。だからと言って意識なんてもの、感じ取れるとは思えないけど」
「それは……その通りなのですが」
元々大雑把な性格と冒険者としての身体能力もあり、専ら戦闘に武術を用いないティオネには理解不能。魔道士であるリヴェリアとレフィーヤは言葉として理解するだけだ。椿も取り敢えず凄いことをしている、くらいの認識だ。
その異常性を真に理解できたのは、実際にそれを体験した命だけだ。フィンですら見ているだけではどのような技術なのか理解できていなかった。
「お、今の一撃もうちょっとで入ったわね」
「ティオナさんにですけど……」
観戦者達の視線の先で突きをかなり無理をして防いだティオナからアゼルが一度飛び退いた。
「前より動きが遅くなっていても、技でその差を埋めてるってわけね。まあ、ティオナも本気の本気ってわけじゃなさそうだけど」
「要するに攻撃のすべてがカウンター気味になっているということ。相当やりにくいだろうな娘っ子は。その上攻撃が尽く読まれて当たらないとなると……」
「まあ、あの子は長く戦えると思ってるから喜んでいるみたいだけど」
以前戦ったことのあるティオネは現在のアゼルの戦闘力をはかる。
攻撃が当たらなければ戦いが長引くことは必至、できるだけ長い時間アゼルと戦っていたいティオナにとってはアゼルに攻撃が当たらないことは僥倖だった。もちろんわざと当てていないなどということはなく、本気で当たらないのだから彼女は更に喜んだ。
ティオナもアマゾネスの例に漏れず、強い男が好みである。
「動き、止まりましたね。どうかしたんでしょうか?」
「呼吸を整えてるだけじゃない?」
飛び退いてから構えを取って動きだそうとしないアゼルを不審に思ったレフィーヤ。他の面々も次に何が起こるのか見逃さないようにアゼルを見ていた。
「ッ」
アゼルの変化に最も早く反応を示したのはアイズだった。
「【
「えっ」
そして、その反応は他の者達からすれば過剰と言えるものだった。アイズは帯剣していたデスペレートを抜刀、即座に己の魔法を解き放った。
「待つんだアイズッ」
しかし、その声をまったく気に止めること無くアイズはレベル6としての【ステイタス】に加え、風属性の付加魔法による加速で音を置き去りにしながら飛び出した。
立ち止まったアゼルから溢れ出る存在感が、あまりにも異質だったのだ。
そして、その異質さ、その禍々しさにアイズは覚えがあった。18階層に来る前に激戦を繰り広げた化物の雰囲気とアゼルの醸し出す雰囲気が似ていた。
神の分身と言われる精霊の成れの果て、ダンジョンに汚染されてしまった穢れた精霊。『
それはアゼルが敵であると疑うには十分な要素だった。
特にアイズは敵である地下勢力に個人的な関わりがあった。自身のことを『アリア』と呼ぶ女、いるはずのない精霊がモンスターと化していた59階層を経て、アイズは増々彼等との接敵を望んでいた。
それを抜きにしても、アイズと精霊とは切っても切り離せない関係だ。彼女には精霊の血が流れている。汚染されたとは言え、精霊のような存在感を出したアゼルに反応してしまったことは仕方のないことだった。
■■■■
――感覚を鋭く、刃のように研ぎ澄ます
刃に映る鈍色の世界を思い浮かべる。自分と剣、そして斬るべき相手しか存在しないその完結した世界は私の慣れ親しんだ景色で、とても分かりやすい。
――私は斬る、そのためだけの命だ
自分の奥底、存在の理由を思い浮かべる。それは一振りの刃、一人の男の思い描いた夢物語。すべての剣士が目指すことを忘れてしまった、目指すべき頂。馬鹿馬鹿し過ぎて、人の身には余り過ぎる業を抱いた私は人でなくなればいいという簡単な結論に至った。
私はすべてを斬り裂く――――刃と成る。
――
静かに、自分の中から熱が湧いてくる。
タケミカヅチ様に見せてもらったあの剣閃に手が届いたならば、私はまた一つ高みに近付くだろう。目の前の女性に勝てれば、私はまた一つ強くなったという実感を得るだろう。
そのために、力は出し惜しみしない。どう思われようが、気味悪がられようが、疑われようが私にとっては些末事でしかない。
手に持つ刀の刃に映る自分の瞳を覗き込んだ。それは何時もと変わらない緑の瞳であった。私は私で居続ける、それだけでいい。力に飲み込まれることも、慢心することも許されない。ただ全力で、ただ全身で、ただ全霊で自分であり続ける。
「少し、本気で行きますよ」
「――もう、どこまで強いのアゼルってばッ!」
より鮮明に、より鋭利に相手の意識を感じ取る。次の攻撃、次の足の動き、次の思考までをも読み解いていく。その読み解いた流れを乱すこと無く、刃を斬り込ませていく。
相手の中に己を見出だせ。己の中に相手を見出だせ。
私の攻撃を受けようと身構えているティオナに向かって飛び込むために力を溜め、そして踏み出す――その直前。
突如飛来した意外な人物によって私とティオナの手合わせは中断された。
豪速で迫り来るその刺突を避けるために大きく後退するも、着地した瞬間にその人物は身体能力だけでなく、また別の力を用いながら超加速し、すぐに追いつかれた。
「ちょっ、アイズ!?!?」
金色の長髪が吹き荒れる風によってなびく。金色の双眸は私を鋭く射抜いていた。その瞳には僅かな敵意、そして疑念が宿っている。
「その力は、何?」
「……ご自分で確かめてみたらどうですか?」
「――じゃあ」
行くよ、と言いながらアイズさんは神速の突きを放つための構えを取った。次の瞬間、思考する間もなくアイズさんは私に斬りかかってきた。
構えから予想できた真っ直ぐ過ぎるその突きを避けることはそれ程、苦ではなかった。しかし、突きを避けた直後予想外の突風が発生し、吹き飛ばされた。
「ぐぅ、魔法ですか」
地面を転がりながら受け身を取って体勢を立て直す。頭を上げた直後アイズさんの鋭い剣戟が殺到するが、なんとかそのすべてを弾いていく。弾くたびに、風を纏った剣戟はその見た目以上の衝撃を私に与える。
以前手合わせした時は純粋な剣だけの勝負だったが、今回のアイズさんは魔法まで使ってきている。
――集中しろ
敵意、警戒、疑念、様々な感情を含んだその金色の瞳を覗き込む。それはとても真っ直ぐな感情故に、とても感じやすい、心地良いものだった。
――相手を見ろ
身体を駆け巡る熱がより鮮明に相手の意識を感じ取っていく。相手の視線が自身に突き刺さる感覚が分かる。どこを見て、どこを警戒しているのかが手に取るように理解できる程、感覚は鋭敏になっていた。
「ハッ!」
「――ッ」
高速の突きが再び襲い掛かってくる。それに合わせてアイズさんのサーベルの上を滑るように刀を振るう。当たるか当たらないかという絶妙な間を開けながら、私の刃はサーベルを持つアイズさんの手を斬り裂くはずだった。
「フッ」
高速の突きを、それを上回る神速の動きでアイズさんは太刀筋を変えた。前に突き進んでいた突きは、上方向へと振り上げられた。私の刀は掬い上げられるようにアイズさんの剣にかち上げられる。
アイズさんは再びサーベルを振るい、私の手を狙う。狙いは恐らく武器を私から取り上げることだ。アイズさんの動きが速すぎて、浮いてしまった剣を立て直す時間がまったくない。
甲高い音と共に、アイズさんの狙い通り私の手から刀が吹き飛ばされた。しかし、想定通りであったその出来事で私は動きを止めない。
武器がなくなった。だが、そんなことは関係ない。
「ハァッ!」
手を手刀にし腕を横薙ぎに振るう。身体から湧き出る熱が、肌を突き破り僅かな血を流す。その血が、手を伝い覆い尽くす。
「ッ」
ただの手刀ではないと察知したのか、アイズさんは迷わず私の手に向かって剣を振るった。金属同士がぶつかる音が響き、手が弾かれた。すかさず身体を回転させ後ろ回し蹴りで相手の首を狙う。
何が起こっているのか理解できていなかったアイズさんは一瞬反応が鈍った。恐らく手刀に対する反応は無意識だったのだろう。腕と剣がぶつかり、ありえない音を出したことで意識してしまったようだ。
そして、私の蹴りがアイズさんの首を刈り取ろうとした――
「ストップ」
――が、突然後ろにアイズさんが倒れたことによって空を切った。
気が付くとフィンさんがアイズさんの足を払って強制的に転ばせたようだ。少し遅れてティオネさんやリヴェリアさん、レフィーヤさんが駆け寄ってくるところを見るとフィンさんは全力疾走で来たのだろう。
「全員、剣を引くんだ」
「でも」
「引くんだ」
「…………はい」
完全に攻撃態勢に入っていたアイズさんにフィンさんは少し睨みをきかせた。そこにいるのがフィン・ディムナではなく、ロキ・ファミリア団長フィンであると理解したアイズさんは素直にその指示に従った。
「ティオナも」
「ええええぇぇ!?」
「アゼル君もだ」
フィンさんに言われて数秒間考えた後、私は素直に納刀することにした。その状態で高ぶっていた心を落ち着かせていく。
「少し、消化不良ですが仕方ないですね」
燻ぶる熱を抑えこんでいく。色々とお世話になったフィンさんの前で、その指示を無視して戦うことはあまりしたくなかったということもあるが、それよりも何故いきなりアイズさんが攻撃してきたのかが気になった。
「そ、そんなぁ……」
情けない声を出しながら両手を地面につけてティオナは項垂れていた。
これからという所で止められて、一番ショックを受けているのはティオナだったことは間違いない。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。
はい、こういう流れになります。大雑把に言うと、捜索隊の出発が半日早くなりました。そもそも何故原作であのタイムラグがあったかは定かではありませんが、皆急いで行きたいだろうから急がせました。原作ではリューさんとアスフィだけで戦力十分だったし、ルルネもいれば大丈夫、たぶん。
流れとしては
1.朝アスフィがヘスティアのクエストを発見→ヘルメスに報告
2.早い段階でヘルメスがヘスティアの所に行く
3.ヘルメスが人員のためにヘスティア・ファミリアと親しいファミリアに声掛けをしている間にタケミカヅチのことを聞く
4.ヘルメスがタケミカヅチのところに行く
5.その後リューさんに助っ人を頼みに行く
6.昼には出発
な感じです。
ベルに手出しすることをフレイヤに報告するシーンは、そもそもアゼルに関与しようとした時点で済ませてる方向で。