剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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ゆっくり放出すると言ったな! あれは嘘だ! (何時もこんな感じな気がする……)感想が来ると嬉しくて投稿したくなってしまうんです作者というものは。


アンダーリゾート

「うっひゃー! 気持ちいいー!」

「はあ……はしゃぎたい気持ちは分かるけど、少しは抑えなさいよ」

 

 岩の間から流れる細い滝に頭を突っ込んでいたティオナは、引き抜くと共に頭を振り回して水を飛ばす。隣にいたティオネは少し鬱陶しそうにしながら文句を漏らした。

 無事18階層へと辿り着いたロキ・ファミリアの面々は毒に蝕まれ苦しんでいる団員達を簡易テントに休ませた。現状毒の進行を遅らせることしかできず、満足に治療するには『ポイズン・ウェルミス』の毒への特効薬が足りないのでそれをベートに地上まで走り取ってきてもらうことに決まった。

 一段落すると今度はまだ行動できる面々の休憩が始まる。

 

「あの男に会えてそんなに嬉しかったのか、その娘っ子は?」

「見りゃ分かるでしょ……ただいま絶好調って感じじゃない」

「まあ、お主のフィンに対する態度もあんな感じだがの」

 

 最初に水場を使い身体を清めることになったのはロキ・ファミリアの女性陣だった。

 主神であるロキが大の美少女美女好きであることから、眷属の多くは女性だ。おまけに幹部級の団員の半分以上が女性冒険者であり、ファミリア内の立場は圧倒的に女性の方が上だ。水浴びを女性陣に譲るというのは最早暗黙の了解となっていた。

 

「あのー……アゼルさんって何なんです?」

「何って?」

「一度ホームに来たことは知っているんですけど……」

 

 ヒューマンのリーネがおずおずとティオネに質問をする。後ろからリーネに抱き着いている猫人(キャットピープル)のアキも興味ありげに視線を向けていた。

 ロキ・ファミリアとアゼルの出会いは一ヶ月ほど前の話だ。前回の遠征の帰りにロキ・ファミリアの逃してしまったミノタウロスに襲われているところをティオナとティオネが助けた時に武器を壊してしまい、その代わりとなる武器を渡すためにホームに招いたことが始まりだ。

 その際アイズと手合わせをしたが、リーネとアキはそれを見ていなかった。

 

「うーん……なんて言えばいいのかしらね」

 

 単純にアゼル・バーナムが誰なのかと言えば、ヘスティア・ファミリアに所属するレベル2冒険者というだけのことだ。しかし、フィンやリヴェリアが一目置いている姿を見ている団員達にそのことを言っても何の説明にもならないだろう。

 

「……変な奴よ」

「は、はい?」

「なにそれー」

 

 本当に何と言っていいのか分からなくなったティオネは適当なことを言っておいた。

 

(レベル2でレベル5()と戦えるとか言ってもね)

 

 実のところレベル5どころかレベル7であるオッタルとも渡り合い、現在武神から剣技を習い、神々から【剣鬼(クリュサオル)】という二つ名を授かっていることをティオネはまだ知らない。

 

「鈴音の奴が惚れ込むくらいだ、強いのだろう?」

「その根拠の意味は分からないけど、確かに強いわよ……恐ろしいほど、ね」

「ティオネさんが強いって言うってことは……」

 

 いつも後方支援をしながらティオネやティオナの戦闘を見ているリーネはその凄まじい戦闘力を知っている。硬そうなモンスターも何のその、両手に携えたククリナイフで斬り裂き、大質量の大双刃(ウルガ)で両断していく二人はモンスターよりモンスターらしいと思わせるほどだ。

 そんな彼女が強いと言うのなら、本当に強いのだろうとリーネ達は思った。そして椿は一流の刀鍛冶がその身も心も捧げる剣士が弱いはずがないと確信を持っていた。

 

戦闘狂(バーサーカー)か何か?」

「アキ……アンタが私のことどう見てるかよく分かったわ」

「えー、だって事実じゃないですか」

「はっはっは! そうであるな!」

「椿はうっさいわよ! しょうがないでしょ、戦ってると、こう、高ぶっちゃうんだからッ! というかアンタ達もティオナとアイツが暴れてるの見てたでしょうが!?」

 

 23階層でアゼルに助けられ18階層に辿り着くまで、ティオナとアゼルは殿を務め追ってくるモンスターを片っ端から倒していた。結局何体倒したかの勝負はティオナが勝利し、鬱陶しいほど機嫌が良い現在に至る。

 

「あの状況でそんなじっくり見てる余裕なかったんですよー」

 

 レベル4の準戦闘員であるアキは二人の仲間を抱えながら18階層まで登ってきた。二人抱えながらでは後ろを見ることは難しい上、心身共に限界に近づいていた彼女にそんな余裕はなかった。

 

「リーネは?」

「えっと、何というか……モンスターがわざと攻撃を外しているくらい不自然に攻撃が当たっていなかった印象が、あります、はい」

「へえ」

 

 リーネのその感想に、ティオネは少し興味が引かれた。レベル的に言えばリーネの方がアゼルに近い。アゼルは本来ティオネの目線から見るべき人物ではないのだ。

 そんなリーネが不審に感じた所は、アゼルの回避能力であった。ティオネも以前に比べて動きが遅くなっている割に以前より速く敵の攻撃を掻い潜るものだと少し驚いた。

 

「確かに、あれはどんな絡繰なのだ?」

「私が知るわけないでしょ」

「なんだ役に立たないのー」

「アンタだって分かってないでしょうが!?」

 

 同列のはずなのに役立たず呼ばわりされたティオネは椿に水を飛ばした。全身余すことなく水浸しになった椿は丁度良いと言って笑うだけだった。

 

「アイズは?」

「なにが?」

 

 他の人はどうだったのか気になったティオネは近くにいたアイズとレフィーヤにも質問を投げかける。そもそもなんの話をしていたのか分かっていなかったアイズは突然の質問に首を傾げた。

 

「アゼルが戦ってるの見た?」

「うん……?」

「何か、感じなかった?」

 

 質問の意図が理解できなかったアイズは首を傾げた。しかしティオネが質問を言い直すと少し神妙な顔をした。少しそのことに違和感を抱きながらもティオネはアイズの答えを待った。

 

「特に、なにも」

「……そう。なら、いいわ」

 

 普段から表情の薄いアイズが僅かでも感情を顔に表したのだから何かあるとティオネは感じていたが、無理に聞くことでもない。結局アゼルはまだロキが興味を持った他ファミリアの冒険者でしかない。

 

(後で他の人にも聞いとこ……その後は団長に報告ね!)

 

 それがどんな意味を示すか彼女には分からない。しかし、それがアゼルの抱える異常性に繋がっていることは理解できていた。フィン以外の男性にほとほと興味のないティオネだったが、アゼルのことだけは知っておこうと思った。

 

「あ、そういえば地上じゃ神会(デナトゥス)終わってるはずだよね! アゼルの二つ名何かな!!」

「はあ……だから少し落ち着きなさいって言ってるでしょうが。アイツに笑われるわよ?」

「アゼルはこんなことじゃ笑わないから大丈夫!」

「……まあ、確かに戦うこと以外じゃ笑いそうにないけど」

 

――なにせ大切な妹の想い人なのだ

 

「私もアゼルと戦ってみたいなー! ティオネとアイズだけずるいよ!」

「……ごめん」

「アイズさん別に謝らなくてもいいですよ!」

 

――悪い虫を寄らせるわけにはいかない

 

 ロキは眷属に加えるためにアゼルについて知りたいと言った。フィンは親指が疼くと言ってアゼルのことに興味を持った。リヴェリアは乗り気なロキとフィンの分だけアゼルを怪しんでいる。ガレスはあまり細かいことは気にしていない。

 ティオナはただアゼルのことが好きで知りたいと思っている。

 

 ならば、ティオネ・ヒリュテはどうなのか。

 別段同じ眷属になって欲しいとは思ってはいない。アゼルがいると何か面白いことが起きるという予感もない。信じられないほど強いが、特別怪しいとは思っていない。しかし、気にしないわけにはいかない。

 彼女は姉として、妹の見初めた相手を見定めることにした。

 

――アゼルは恐ろしく強い

――アゼルには何か秘密がある

――アゼルは物事にあまり動じない

――アゼルは戦うことが大好きだ

――アゼルには何かと女性が絡んでいる

 

 自分の知っている数少ないアゼルに関しての情報を思い浮かべながら、しかしティオネはそれらすべてかき消す。

 最も大切なことは、アゼルがティオナのことを大切にできるかどうか――それだけだ。

 

(でも、ちょっと望み薄よねー……)

 

 アイズとアゼルの二つ名がどんな名前なのかと話してはしゃいでいる自分の妹を一瞥しながらティオネは溜息を吐いた。一度戦ったことのある彼女には、アゼルの異常性の一端が理解できた。

 それはアマゾネスが強い男を望むほど当たり前の、本能と言ってもいい部分に根付いた異常性だ。アゼルの根底に絡みついた根は彼の常識を尽く破壊するほど根を伸ばしていた。

 

――アイツは剣しか愛せない

 

 戦っていた時の笑みを、その笑い声を思い出す。傷付きながら、吹き飛ばされながら、血を吐きながら、それでも剣を振るい続けたアゼルの姿を思い出す。

 アキの言った『戦闘狂』という言葉は的を射ているようで射ていなかった。

 

――そんな言葉でも足りない

 

 狂ったということは元が正常であったということに他ならない。だが、あれは違うとティオネは確信を持って言えた。あれは戦うことを当然と思っている、生きるとはつまり剣を振るうことと本当に思っている人間だ。

 何かの目的があって剣を振るうのではなく、剣を振るうこと自体が目的となってしまった人間だ。そういう生き方をしてきた、そういう生き方しか知らない、それは狂っているとは言わない。

 

「剣士、ね」

 

 仲間であり、オラリオ最強の女剣士であるアイズですらアゼルの前では剣士としての生き方は霞む。

 強くなりたい、アイズ・ヴァレンシュタインは剣を振るいながらそう想うだろう。

 剣を振るいたい、アゼル・バーナムは剣を振るいながらそう想うだろう。

 

 決定的に何かが()()のだ、アゼル・バーナムという男は。戦えば分かる程、明確に何かが違うというのに、それが何なのか分からないほど深淵に沈んでいる。それを理解することは誰にも叶わないだろう。

 

(まあ、ティオナを泣かせたら――ぶっ飛ばすだけね)

 

 唯一の肉親故に、ティオナを守ることは当たり前だ。

 唯一の肉親故に、ティオナに笑っていて欲しいのは当たり前だ。

 その邪魔となる存在がいるなら排除することは、当たり前だ。

 

 ティオネ・ヒリュテはティオナ・ヒリュテの姉なのだから、それくらいやって当然だ。

 

 

■■■■

 

 

「厳重な警備なんですね」

「あ、当たり前じゃないっスか……覗けると思って軽い気持ちで行ったら殺されてしまうっス」

「それは恐ろしいですね……でも、そっちの方が戦闘に持ち込みやすい、かも」

「へ、変な気は起こさないで欲しいっス! 後で怒られるの俺っスからね!?」

 

 慌てて私の前に立って行かせまいと通せんぼをするラウルさんを見て笑う。ラウルさんと会ったのはこれで二度目になるが、見ている限り彼はフィンさんに期待されているため色々苦労をしている人のようだった。

 主に下位団員のまとめ役という立ち位置にいて、団長であるフィンさんじゃなくてもできる野営のために設営の指示出し等をしていた。ゆくゆくはフィンさんの後釜になる人らしい、ティオナ曰く。戦闘力は高いがそれ以外は割りとからっきしの彼女からすると指揮を執ったり、交渉事ができるラウルはそれだけで尊敬できるそうだ。

 

「嘘ですよ。流石にあれだけの数を相手にしたら負けますって」

「問題はそこっスか!?」

 

 多勢に無勢だ、流石の私も全方位から魔法を浴びせられたら一溜りもない。前衛であるティオナやアイズさんも手加減できる相手では決してない、むしろ本気になっても勝てるかどうかも分からない相手だ。

 まあ、そもそも覗きに行くということなど頭になかった。女性に興味がないかと聞かれれば、当然あると答える私だが、覗きを働き反感を買ってまで女性の裸体を見たいという程ではない。

 

「はっはっは、大丈夫ですよ。フィンさんにはラウルさんの言うことを聞くように言われてるので、ラウルさんが行けと言わないかぎり行きません」

「誰がそんな事言うと思ってるんスか!?」

 

 色々と大声を出しすぎて息を荒くするラウルさんを余所に私は今後の予定を考えた。偶然ロキ・ファミリアと遭遇し18階層まで同行してしまったが、そもそも特に目的の階層があるわけでもない私にとってはそこまで問題はない。この後地上へと戻る彼等とはすぐ別れることになるだろう。

 

「アーーゼーールーー!!」

「ん?」

 

 別れた後、単身でどこまで下層に行くか考えていると森の方から大声で名前を呼ばれて思考を中断する。沐浴をしていたティオナ達が帰ってきた。私の名前を呼びながら走ってくるティオナ、呆れながら後ろを歩くティオネさん、レフィーヤと何事か話しながら後ろに続くアイズさん。

 

「お帰りなさい、本当に元気ですねティオナ」

「えへへー、そうかな? そうかも!」

「鬱陶しいくらい元気なんだけど、どうしてくれんの?」

「私にはどうしようもありませんね、これは」

 

 むしろ私が何かしたら逆効果でしょう、と続けるとティオネさんは同意した。ふと視線を感じ、そちらを見てみるとアイズさんと目が合った。

 少し遅れて森から帰ってきた極東を思わせる服装をした褐色の女性が私に近付いてくる。

 

「挨拶がまだであったなアゼル・バーナム!」

「そうですね。そちらは私のことを知っているようですが」

「うむ、手前の名前は椿、椿・コルブランドだ。ヘファイストス・ファミリアの団長を勤めておる」

「鈴音の知り合いということですか?」

「然り、鈴音は手前の妹分だ。今は手前が鍛えてやっている」

 

 ヘファイストス・ファミリアの主神の同じように眼帯で左目を隠した椿から手を差し伸ばされたので握手を交わす。その手の感触だけでも相手の力量が理解できた。その手は武器を打つための槌だけではなく、武器それ自体も握り慣れている手だった。天は人に二物を与えないと言うが、最近はその例外という人ばかりに出会っている気がする。

 

「なるほど、だから鈴音はあんなに変わっていたんですね」

「その言い様だと地上で会ったようだな? 元気にしていたか?」

「数日前は体調を崩していましたが、もう大丈夫だと思いますよ」

「体調を? ダンジョンで無理でもしたのか? 鈴音らしくない」

「少し――いえ、かなり無茶をして鍛冶をした反動ですよ」

「ん?」

 

 私は腰に差した白夜の鞘を撫でた。私の手を追って目を動かしていた椿さんは白夜を見て、そして少し怪訝な顔をした。

 

「ホトトギス、ではないのか?」

「何故その名前を?」

「あの刀を打った時、手前は鈴音の手伝いで立ち会っていたからの」

「なるほど……ええ、これはホトトギスじゃありません」

 

 そう言って鈴音の姉貴分である椿さんに白夜を見せるために抜く。澄んだ鈴のような音と共に、僅かに赤みを帯びた刃が姿を現す。椿さんはひと目見てその材質に気付き、感嘆するように息を漏らした。

 

「なるほどのお……まさか()()を使うとは」

「あれ、とは?」

 

 実際の所、私もその材質については教えられていない。特殊な金属であるとはヘファイストス様から教えてもらったが、金属に関しての知識がない私ではそう言われても思い浮かぶものはなかった。

 ティオナやティオネさんも「あれ」と言われてピンとくる金属がないらしく首を少し傾げていた。

 

「永遠の名を冠する、鍛冶師殺しの金属だ」

「え、でもあれってアクセサリーとかに使うものじゃないの?」

 

 その金属の異名を言われて何か分かったのかティオナは自分の疑問を口に出した。

 

「通常はの。しかし、武器にできないわけではない。できる鍛冶師が極限られ、扱える鍛冶師もそんな苦労をするくらいならもっと他のことに労力を使うという結論に至る故出回ることはないだけだ」

「ふーん、そうなの……にしても、あれ使ったアクセサリーって大抵『永遠の愛』とかそう言う意味があるわよねー?」

 

 ティオネさんもそれがどの金属なのか理解したのか、ニヤニヤしながらそんなことをティオナに言った。そして私はその発言を聞いて、納得した。

 

――永遠に沈まぬ太陽

――尽きない炎

――冷めない熱

――燃え続ける想い()

 

「なるほど……そういう事ですか」

 

 この刀を手に持った時点で、私は既に鈴音の気持ちを受け取っていたのだ。この白夜こそが彼女の感情そのもの、溢れた心が染みこんだ彼女の映し身に違いない。

 憎しみや悔恨が妖刀を生むというのなら――――全てを捧げる愛もまた妖刀を生み得るだろう。

 

 その全身全霊を万物を両断する刃に捧げた男の打った妖刀がホトトギスであるなら、その全身全霊をすべてを斬り裂くと誓った私に捧げた鈴音が打った白夜もまた妖刀と言えるだろう。

 何も特殊な能力はないかもしれない。意志を持った何かが宿っているというわけではない。長い年月を重ねてきた歴史はないかもしれない。

 それでも、どうしようもなく私を突き動かすこの刃は――

 

「――妖刀に違いない」

 

 私にすべてを斬り裂けと囁くのは、私の心だけではないのだと教えてくれる。例え自分が間違っていたとしても、自分の道を歩んでいいのだと言ってくれる彼女等の姿をその刃に映す。

 

「そ、そう言えばさ!」

 

 白夜を見ながら思いにふけっていた私にティオナは詰め寄りながら話しかけてくる。私は思考が中断されて安堵した。あのまま考え続けていたら、きっと何かを斬らなければ心が落ち着かなくなっていた。私はまだここにいなければいけない理由がある。

 以前安全階層(セーフティポイント)であるはずの18階層でモンスターと激戦を繰り広げたとフィンさんは言った。多数の団員が動けない現状でそれを私に言うということは、一人でも多くの戦力が欲しい、遠回しな援軍要請ということだろう。

 

「何ですか?」

「アゼルもランクアップして二つ名決まったよね?」

「ええ、色々と呼ばれ方が増えましたよ」

「へえ、言ってみなさいよ」

 

 そういえばティオナ達ロキ・ファミリアの団員達は遠征で神会の時ダンジョンにいたのだった。そうであれば私の二つ名やベルの二つ名も知らないのは当然だ。

 

「ロキ・ファミリアの腰巾着」

「はあ?」

「と、呼ばれることもありますね。まあ、完全に否定できない辺り間違ってはいないんですが」

「いやいや、間違ってるから」

 

 頭を激しく振りながらティオナはその異名に却下を下した。

 

「【巨人殺し(タイタンキラー)】という渾名も付けられましたよ」

「なんかまたロキ・ファミリア(うち)繋がりな感じの名前……」

「まあ、レベル1でゴライアスを倒したんだから当然と言えば当然の名前かもしれないわね」

「二つ名は何なのだ?」

「ああー……」

 

 椿さんの質問に少し戸惑った。私の二つ名の読み方は完全にアイズさんの二つ名と被っている。一つ目、二つ目とロキ・ファミリア繋がりの異名だっただけに三つ目までそうなると、なんというか面白みがない気がした。

 

「剣の鬼――――【剣鬼(クリュサオル)】」

「……え」

「なんと言いますか……アイズさんの二番煎じのような二つ名ですよ」

 

 自分の二つ名を呼ばれたのかと思ったアイズさんは一瞬戸惑ったものの書き方が違うということに気付いて納得していた。

 

「それが、なかなかどうして私にぴったしの名前なんですよね」

「剣の鬼……確かにアンタに似合う名前だわ」

「あ、そう思います?」

「贈った神のしたり顔が思い浮かぶわ」

 

 ドヤ顔って言うのよね、とティオネさんはロキ様から教えてもらった神々の言葉で言い直した。恐らく贈ったフレイヤはしたり顔ではなく、いつもの様にすべてを愛しているが故に美しすぎる微笑みを浮かべていただろうが、黙っておいた。

 

「……ずるい」

「ティオナ?」

「アイズとかティオネとか、皆ばっかりずるい!?」

「そう言われましてもねえ……この名前を決めたのは私ではないですし」

「なんでもっと大双刃とか使って戦わないのー!?」

「何故と言われても……まあ、使えないことはないでしょうけど」

 

 話題から外れ、鞘に収めた白夜の柄を撫でながら私はティオナに答えた。

 

「もう、刀以外を振るうことはないでしょう。そう、誓ったんです」

 

 それは忍穂鈴音という少女にだっただろうか。それとも花椿という怪異にだっただろうか。それともホトトギスという一人の人間だっただろうか。そのどれもが正解だろう。しかし、それ以前に私は――私自身にそう誓った。

 この腕が振るうのは、その原初の想いを宿す刀でなければいけない。美しく反り、鋭さが空気を冷やし、刃に映す風景を鈍色に染め上げた片刃の剣以外を振るうことはないだろう。

 

「うぅぅ、アゼルの意地悪っ!」

「えぇ……」

「アイズともティオネとも戦って、アイズとは二つ名までお揃いになって! 私だけ何もしてもらってない!」

「えっと、すみません?」

「そうじゃない、そうじゃないでしょー!!」

 

 私に抱き着いて胸板を叩こうとするティオナをティオネさんが羽交い締めにして止めてくれていた。個人個人違いはあれど、【ステイタス】に基づいた身体能力を発揮するときは意識を切り替える。そうでなければ日常生活に支障が出てしまう。

 しかし極端に感情が揺れ動いている時、動揺や怒りを感じている時はそのタガが外れる。恐らくティオナをそのままにさせておいていたら、私の胸は潰れていただろう。

 

「私もアゼルと戦いたいーー!! お揃いの二つ名欲しいーー!!」

「無茶言わないでくださいよ」

「私と戦うのは無茶じゃないでしょ!」

「今の状況を考えなさい、お馬鹿」

 

 ティオネさんに頭を叩かれティオナは数秒間考えた。考えた後、いい笑顔で言った。

 

「別段問題ないね!! だから私と戦おうッイタ!!」

「動けない仲間がいて、安全階層とは言えダンジョンの中。しかも、水浴びをした直後に誰が戦うのよ」

「私!」

「黙らっしゃい!! ほら、行くわよ! ラウル、次は男共の休憩よ」

「了解っス!」

「待って、アゼルーー。約束だからね! 絶対私とも戦おうね!」

 

 ティオネさんと椿さんに連れて行かれるティオナの声を聞きながら、私はラウルさんに付いて水場へと行く。

 

「熱烈っスね」

「代わります?」

「御免こうむるっス」

「まあ、戦うのは吝かではないんですがね」

「アンタも同類っスね!?」

 

 ティオナと同じ戦闘狂だと私を認識したラウルさんは少し引きながら、私を先導する。私はラウルさんの後ろを歩き、白夜に触れながらティオナと戦うことを考えてしまっていた。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

うーん、このまま連日投稿で5章最後まで行けるだろうか……
無理そうだったら半分ずつくらいに別けて連日投稿するかもしれないです。

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