剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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久しぶりの更新。新章かと思いきや、幕間があったんでした。うん、期待を裏切ってしまっていたらすみません。でもそろそろベルとヴェルフが出会っているという事実くらいは書いておかないとね……
アゼルのぶっ飛んだダンジョン攻略は次ということで。


幕間 少年の憧れ

「はっええな」

「ランクアップして間もないから加減ができていないのでしょう」

 

 11階層でリリと新しく仲間に加わったベルの専属契約鍛冶師であるヴェルフはベルの戦いぶりを眺めて感嘆の声を上げた。兎と冒険者や神々から形容されているのは白髮と赤目の容姿だけでなく、その戦い方にも要因があったのだとヴェルフは納得した。

 素早く跳び回り敵を斬り刻んでいく様は確かに跳びはねる兎のような俊敏さだった。

 

「そういやヘスティア・ファミリアにはもう一人とんでもねえのがいたな」

「アゼル様のことですか?」

「そうそう、調べてみたらもう専属契約してたわ」

「鈴音様ですね。一度だけお会いしたことがあります」

「で、そっちはどんななんだ? ベルくらいぶっ飛んだ奴なのか?」

「……アゼル様に比べればベル様のぶっ飛び具合なんてなんでもないくらい、常識という言葉が尽く通用しないお方ですよ」

 

 ヴェルフの質問にリリは少しつまらなそうに答えた。

 リリは今までアゼルがしてきたことを大体調べていた。ベルと同じファミリアに所属しながらもパーティーを組まないことに、何か理由があるのではないかとアゼルについて調べ始めたのが始まりだった。

 その結果、レベル1でありながら中層へと足を運ぶアゼルの情報を掴み、その後はゴライアス討伐、果てにはオラリオ最強の冒険者オッタルに手傷を負わせるなどの情報も彼女の耳に入った。

 

 アゼルの活躍に比べてしまえばベルの偉業は霞んでしまう。推奨レベルを越えた敵の討伐を散歩のようにやっていたアゼルにとって、『ミノタウロス』は上層にいる『ゴブリン』や『コボルト』と大して変わらないに違いない。

 別段本人にその意図がなくとも、リリルカ・アーデにとってアゼル・バーナムという存在はベル・クラネルの光を鈍らせていた。

 

「ああ……確かゴライアス倒したんだったか」

「ただ倒しただけではありません。()()()()倒したんです」

 

 リリはその事実を恐ろしく感じた。ベルは決死の覚悟で『ミノタウロス』へと立ち向かった。リリはそこに、ベル・クラネルという少年の物語を見た。必死に、ただ純粋に強くなりたいと願う一人の少年を見た。

 しかし、アゼル・バーナムにそれはなかった。アゼルは良くも悪くも変わらない。何を斬り、何を倒しても後に引く興奮や物語がない。彼はどこか完結してしまっている存在のようにリリは感じた。できて当然、斬れて当たり前とアゼルが思っているようにリリには見えた。

 それが、彼女にとってはどうしようもなく恐ろしかった。

 

「どんな奴なんだ?」

「アゼル様は、とても不思議な方ですよ」

「不思議ぃ?」

「ええ、ベル様に聞いても、どのようにして()()なったのか私には理解できません。ベル様も、分からないと言っていました」

「ああ?」

 

 リリはアゼルと交わした会話を思い返していた。

 

――斬ることしかできないんです

――斬ることしか望めないんです

 

 聳え立つバベルを見上げていたアゼルの顔はいつも通りだった。悲しそうでも、嬉しそうでもなく、まるで当たり前のことを語るようにその言葉を口にした。

 

――差し出された救いの手ですら私は斬ることしかできない

 

 だから自分のことを救おうとするなと言っているようにも聞こえたそのセリフを、リリはベルには教えていない。そんなことを言ってしまえばベルはアゼルを救おうとするだろう。だがアゼルが語ったその言葉は本当であるとリリは思っていた。

 

――私はね、誰かのために剣を振るうという事ができないんです

――誰かのために戦うという意味を知らないんですよ

 

 そう言ってのけたアゼルならば、最強の冒険者すら傷付けたアゼルなら、きっと本当に差し伸べられた手すら斬り裂くだろうとリリは思った。

 

「剣の鬼、二つ名の通りのような方です」

 

 剣に傾倒し過ぎたアゼルは、リリには最早人にすら思えなかった。数多くの冒険者達を観察し、利用し、時には利用されてきたリリは人間というものを、その闇も光も知っている。だが、アゼルは今までリリが見てきた冒険者とはまったく違っていた。

 結果的にベルもリリが今まで関わってきた冒険者とは違っていた。ベルは自分がどれだけ傷付こうと救おうと決めた者は救う。何度転んでも起き上がり、死にそうになっても、裏切られてもベルは人を救う。アゼルはその逆だった。

 アゼルは人の事情に興味がない。どこに行っても、どれほど時間が経ってもアゼル・バーナムという剣士は揺るがない。

 差し出された手を彼は斬るだろう。

 誰かのために戦うことを彼は知らないだろう。

 

「アゼル様は、斬ることにしか興味がないのです」

 

 言ってしまえばそれだけのことだ。最終的には、何を斬るかということはアゼルにとっては些末事に違いない、何故斬るかということはアゼルにはさして大きな問題ではないに違いない。結果的に斬るのだから、その過程などあってないようなものにリリには思えた。

 

「いえ、斬る事にしか興味が持てないのかもしれません」

 

 興味がないことと興味が持てないことは同義のようでまったく違う。斬ることにしか興味が持てないということが、リリには少しだけ可哀想に思えた。自分にそんなことを思う資格などないと知りながらも、冒険者達の街にいるが故にその異質さは際立つ。

 アゼル・バーナムは可能性など求めていない。可能性に満ち溢れたこの街で、彼だけはそれに興味を示さない。それは、可哀想なことではないだろうか。

 それは、目の前にベル・クラネルという可能性の塊のような少年がいるから感じたことかもしれない。何故なら彼を前にして憧れずにはいられないとリリは思ったのだ。ただ自分の未来を信じて止まないベルを見て、自分もそうありたいと思わない人間がいるとは彼女には思えなかったのだ。

 

「つまり首切りお化けみたいなもんか?」

「そんな節操無しな方ではありません。普通に理性的で、それなりに紳士的な方です」

「要するに、剣以外は普通の奴なんだな?」

「リリもそこまで仲が良いわけではないのでなんとも言えません。もっと知りたいならベル様に聞いてください」

 

 思いの外役に立たないという考えがヴェルフの漏らした溜息から察せたのか、リリはヴェルフを睨んだ。しかしヴェルフは、おお怖い怖い、とリリをちゃかすだけ、ベルと違いヴェルフは睨まれたくらいで取り乱したりはしなかった。

 ベルがどれほど純粋で分かりやすい男性であるか、リリは再確認した。

 

 

 

 

「【剣鬼(クリュサオル)】はベルの兄貴みてえなもんか?」

「アゼルね」

 

 ベルとヴェルフは休憩を取っていた。サポーターとして同行していたリリは二人が倒したモンスターから魔石を取り除くことに勤しんでいる。

 

「にしてもお前のファミリアはどうなってんだ? 前代未聞の世界最速記録保持者(レコードホルダー)とその次点がいるファミリアが無名っておかしくないか?」

「どうなってるって言われても……僕自身なんでこんなに早く成長してるか分からないんだ。神様は成長期だって言ってるけど」

「なんだろうな、ヘスティア様が小さい分お前等が成長してるとかか?」

「それはないかな」

 

 ヴェルフの冗談に苦笑いを漏らすベル。

 確かにベルの主神であるヘスティアの最も顕著な特徴と言えばその小ささと、身長に不釣合いな大きさの胸だが、流石に論理的ではない。

 

「でもよー、実際どうなんだ? レベル1でゴライアスを倒したとか言われても、俺はなかなか信じられねえんだが」

「……アゼルならやっちゃうかなって、僕は思うよ」

「そら、またなんで?」

 

 ベルの単独による『ミノタウロス』の撃破ですら冒険者達からしたら眉唾ものだ。今回はそれよりも信じられないレベル1冒険者による単独階層主撃破という話が浮上し影が薄れている。しかし、レベル2になり日常的に『ミノタウロス』や他のレベル2認定されたモンスターと戦っている冒険者達からすればどちらも信じられない話だ。

 そんな信じられないことをした張本人であるベルですら、自身の偉業を霞ませるような出来事を当たり前のように語る。

 

「憧れ、だからかな」

「なるほどな」

「昔から、ずっとアゼルの背中を見てきたんだ僕」

 

 男同士であるが故に通じる話だ。仮にリリが聞いたとしてもその真意は理解できなかっただろう。

 憧れ故に、ベルはアゼルに強くあって欲しい。自分の前を歩いていて当たり前の背中が、変わらずあると思うとベルは安心するのだ。

 それが、自身の弱さであると彼は知らない。

 

「でもよ、悔しかったりしねえのか?」

「悔しい? なんで?」

「なんでって、そりゃ、自分より目立ちやがってとか思ったりしねえのか?」

「うーん……二つ名はちょっと羨ましいと思ったけど、別に目立ちたいわけではないし」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ」

 

 ベルはアゼルが自分より強いことを当たり前の事実として受け入れてしまっている。自分より年上だから、自分より長く戦いに携わっているから、自分を導いてくれる、兄のような人だから。様々な理由があったが、結局は一つに帰結する。

 アゼル・バーナムはアゼル・バーナムだからベル・クラネルより強くて当たり前だ。

 

 誰よりも近くでアゼルの成長を見てきたベルだからこそ、その途方も無い才能を思い知っている。何度も挑み、その回数だけ倒されたベルだからこそ、その剣を知っている。そして、その剣に自分が追いつけないという事も彼は知ってしまった。

 だが、それは別段悔しいことではないとベルの祖父は言い聞かせた。アゼルの剣が強いのは、アゼルがそれだけ自分の可能性を剣に吹き込んでいるからに過ぎないと祖父は言った。だから人より優れている部分もあれば、人より数段劣っている部分もあると笑いながら語った。

 実際、アゼルは剣以外のことは良くて人並みだった。料理の腕は普通、絵心は壊滅的、読み聞かせはずっと同じ声だった。

 アゼル・バーナムが人であるということを、ベル・クラネルは知っている。

 だから、その強さの分だけどこかで弱さを抱えているということも知っている。それはアゼルにとっては取るに足らない弱さかもしれない。言ってしまえば極々くだらない弱点かもしれない。

 それでも、ベルはアゼルの弱さを知っている。

 

「でもよ、アゼルに勝ちたいとか思ったりしないのか?」

「勝ちたいって言っても、僕じゃかないっこないよ」

「戦う前からんなこと言うなよ」

「でも、本当のことだよ」

 

 だから、ベルより少ないものを望んだアゼルがベルより強いということはベルにとって当たり前のことだった。

 

「僕はアゼルとは戦いたくないな」

「負けるからか?」

「ううん、違うよ。僕はね、アゼルと戦いたいんじゃなくて」

 

 何よりも、ベル・クラネルは望んでしまった、願ってしまった。

 

「僕はアゼルを追っていたいんだ」

 

 自分の前にいて欲しいと、その背中を追わせて欲しいと思ってしまったのだ。それは敗北からか、憧れからか定かではない。今となっては切っ掛けなど差した意味を持たない。

 

「おいおい、男ならそこは『追い抜きたい』くらい言っていこうぜ!」

 

 ヴェルフはそう言ってベルの背中を力強く叩いた。そうだね、と短く答えながらベルも自分の中にある僅かな違和感に気が付いた。

 

(僕は、憧れたんだよ、ね?)

 

 同じく憧れを抱いたアイズ・ヴァレンシュタインには足掻いてでも追いつきたいと思った。釣り合わないと銀髪の狼人に言われた時、自分が情けなくて駆け出してしまった。

 でも、アゼルに対してはそんなことを感じないのは何故なのか。

 

(僕の憧れって、なんだっけ)

 

 そう思った瞬間、脳裏に浮かぶのはアゼルの剣閃ではなかった。ベルが初めに憧れたのは、実際に存在する人間ではなかったではないか。

 ベル・クラネルが憧れたのは『英雄』であり『勇者』であり、この世には存在しない『理不尽を跳ね返す』『人々を救う』『何よりも強い』そんな姿だった。

 

(じゃあ、なんで僕はアゼルに追い抜きたいって感じないんだろう)

 

 それは考えて分かるようなことではないのかもしれない。だがベルはその違和感を放っておくことができそうになかった。しかし、そんな彼をヴェルフは遮った。

 

「おい、ベル。()()、なんだ?」

「……えっ」

 

 ヴェルフの声、そして指で差した先を見てベルは声を漏らした。そこには白い粒子を纏いながら光る自分の拳があった。リン、リンと小さく鈴のような音を鳴らしながら、脈動するように拳は光っていた。

 

「な、なに、これ」

「俺に聞くなよ」

 

 それが何なのかベルは知らなかったが、少し考えて心当たりが一つだけあった。

 ランクアップを果たしてベルが獲得した【英雄願望(アルゴノゥト)】というスキル。その根源は、英雄になりたいと言う子供のように純粋な想いという十四歳にもなって英雄に憧れていると主神に知られてしまう原因となったスキルだ。

 効果は『能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権』というものだった。

 

(これが、僕の憧れ?)

『――――――――ォォォォォオオオオオオッ!!!』

 

 日光のように温かいその光を見つめていたベルの耳に怪物の雄叫びが轟いた。素早くその音の方向を見ると琥珀色の長い尻尾に鋭利な爪、無数の牙を携えた小竜が現れた。

 

「『インファント・ドラゴン』!!」

 

 その名をベルは知っていた。11,12階層に生息する希少種(レアモンスター)であり、四M(メドル)を越えるその体躯に見合った力を持っている、上層の階層主と言ってもいいモンスターだ。希少種なだけあって出会う事自体が稀有、出会った下級冒険者達を蹴散らしていく凶暴なモンスターだ。

 

「リリスケ、逃げろぉッ!!」

 

 ヴェルフの鋭い叫びの先にはモンスターから魔石を回収していたリリの姿があった。離れた所で、突如現れた『インファント・ドラゴン』から必死に逃げようとしているリリがいた。しかし、レベル1のサポーターであるリリの脚力は小竜の移動速度に比べると遅すぎた。

 

――助けないと

――救わないと

――倒さないと

 

 想いがベルの中を駆け巡った。幼い頃、本を読んで憧れた英雄たちのように立ち向かわなければとベルは思った。【英雄願望】とは、本当にそのままの意味だ。

 

――英雄に僕はなりたい

 

 その憧れを実現させたいから、ベル・クラネルは戦う。救いたいと思った者を救い、一緒にいたいと思った者と一緒に冒険をする。

 ただ一つの憧れを手にしたいがために、ベル・クラネルはその手を伸ばす。

 

「【ファイヤボルト】!!」

 

 その手から極大の炎雷が白い光と共に迸る。空間を埋め尽くすような爆炎、すべてを射抜くような雷撃が『インファント・ドラゴン』に殺到し、そしてその身体を一撃で抉り殺した。

 

「……」

 

 その場にいた冒険者全員が言葉を失った。まさか一撃の魔法で小竜を屠るような猛者がいるとは誰も思っていなかったのか、誰もがベルを見ていた。

 しかしベルは自分の手を眺めるばかりでその視線に気がついていなかった。

 

(これが、僕の憧れ、僕の願望)

 

 炎雷を放ったその拳を握って、ベルは己の力を理解した。

 

(これは逆転の力)

 

 憧れとは、なれないからこそ抱くものだ。今の自分ではなれないと知りながらも足掻く、その原動力を憧れと呼ぶのだ。

 

(理不尽を覆す、僕の力)

 

 勝てない敵に勝ちたいと願ったベル・クラネルの一撃。圧倒的強者を倒す一発逆転の反逆の力。それは正しく【英雄の一撃】だった。そこには今まで読んできたお伽話の英雄たちの影がちらついた。

 しかし、アゼルはその中にはいなかった。

 

(憧れじゃないのか?)

 

 己が抱いていた感情に、自分が誤った名前を付けていたのではないかとベルは思った。

 

(僕は憧れてなんていなかったのか?)

 

 アゼルに逆転の一撃というイメージはなかった。アゼルにあるイメージ、それは圧倒的強者しかない。

 挑む方ではなく、圧倒的に挑まれる方。

 倒す方ではなく、圧倒的に倒される方。

 足掻く方ではなく、圧倒的に立ちふさがる方。

 

(なんで)

 

 ベル・クラネルは自覚してしまった。幼いが故に、純粋な心を持っていたが故に勝手に解釈してしまったその感情に気付いてしまった。

 

(アゼルは英雄じゃなくて――)

 

 苦しい顔を見せない強さを持った少年。周りの人間が気味悪がるほど剣に傾倒してしまった少年。純粋過ぎるまでに剣のことしか頭にない異常者。

 兄と慕いながらも、ベル・クラネルはどこかで理解していたのだ。

 

 アゼル・バーナムのようにはなってはならない。何故なら彼は――

 

(――化物の役目なんだ)

 

――アゼル・バーナムは人と()()のだ。

 

 だから勘違いをしていた、していたかった。その感情が憧れで、どうしたってその背中は追い越せないと勘違いをしていたかった。その背中を追い越すということの意味を、ベルは知りたくなかった。

 

 ベル・クラネルが『英雄』に憧れ、それに手を伸ばすというのならば。アゼル・バーナムという存在は倒さねばいけないことになる。

 

――それは、嫌だな

 

「ッ」

 

 それは幻視だったのか、それとも妄想だったのか。ベルの頭の中に一つの光景が浮かんだ。折り重なる死体の山の上、一人ただ悠然と立ち尽くす一人の剣士の光景を見た。何人足りとも触れることさえ叶わないその剣戟。冷たく、鋭く、すべてを斬り裂くその剣閃。

 それが完成する時、一体どれほどの死体が積み重ねられるのだろうか。

 

――違う

 

 ベルはそれを否定した。

 

――アゼルは化物なんかじゃない

 

 自分にそう言い聞かせた。今まで接してきたアゼル・バーナムという人間を精一杯思い出しながら、自身の感情を否定した。

 

――アゼルは人間だ

 

 彼には優しさがあった。彼には感情があった。彼には――人を構成するすべてがあった。しかし、果してそれがアゼル・バーナムが化物ではないという証明になるだろうか。

 

――絶対に、違う

 

 そう心で叫びながらもベルの憧れは止まらない、アゼルの求道は止まらない。人の身であるからこそ『英雄』は英雄足りえる。脆弱で矮小な存在であるからこそ、その逆転、その伝説には意味がある。

 しかし、アゼル・バーナムはそんなもの求めていやしない。

 

――アゼルの剣が見たい

 

 記憶の中、故郷で眺めていたアゼルの剣戟は当時のベルにとっては美しく目に映った。本人は納得していなかったが、その寸分違わぬ剣筋、空気を斬り裂く音、日光を反射する刃は幻想的ですらあった。

 あれには人の努力が詰まっていた。あれこそが、アゼルという人間を表していた。原初にして、あの剣こそがアゼルの根源であるとベルは思った。

 

 

 

 ただベルは知らないだけなのだ。

 その純粋過ぎる想いが魔物を生んだということを。遥か昔から、人の欲こそが闇を生み、そして今に受け継がれていることを。

 『英雄』を光とするなら、そこには必ず影が生じる。人々はその影を『魔物』と、『諸悪』と、『化物』と呼んだ。それが人であってはいけないなど――誰も言ってはいない。




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