剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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稽古

『そうだ! アゼルさんに付き合ってもらえば?』

 

 シルさんのそんな一言でこの出来事は始まった。

 朝、まだ日も昇らないほど早い時間に私は豊穣の女主人亭の裏手にある内庭で木刀を構えていた。

 

「――シッ」

 

 僅かな声と共に迫り来る一撃を難なく弾く。木刀同士がぶつかり小気味良い音と共にこちらも木刀を振るい攻撃する。相手もそれを苦もなく弾き、一度距離を取るために後退する。

 逃がさないために後ろに跳んだ相手へと駆ける。相手は追撃を阻止するために身の丈ほどある長い木刀を横薙ぎに振るい私を妨害しようとするが【未来視(フトゥルム)】でそれを予見していた私は姿勢を低くしてそれを避ける。

 

 返し刀で更に下へと横薙ぎが振るわれることも予見していた私はしゃがんだまま勢い良く地面を蹴って加速する。長い得物は総じて懐に入られると威力が半減してしまう。

 私が懐に飛び込んでくると分かった相手は長い木刀の持ち方を変えまるで双刃とのように扱い始める。真剣ではできないことだが、木刀であれば可能な戦闘方法だ。もしかしたら彼女は日頃から木刀を使っているのかもしれない。

 

 持ち方を変え、違う武器として扱うことによって長い得物の弱点をなくした相手は再び攻勢に転じた。先程より威力は低いものの手数が増え私は防御に徹するはめになった。

 

(やはり、思い通りに動かない)

 

 身体に巡る熱が弱い。これ以上出力を上げようとしても何かに塞き止められ、思い通りに力が扱えないのだ。桜花さんとの戦闘でも起こったことだったが、どうやらこれが『魂の束縛』ということなのだろう。

 ホトトギスという人ならざる力は【(グレイプニル)】によって抑え込まれてしまっている。

 

 獲得してしまったスキルはしょうが無いのだが、やはり一度完全解放を味わってしまうと今の状態は物足りなく感じてしまう。しかし、このスキルも結局は私の経験から発現したもので上手く付き合っていくしかないのだ。

 そう言う意味で言えば、彼女の申し出は僥倖だった。

 

『明日の朝、内庭に来ていただけますか?』

 

 以前であれば絶対に私と手合わせなどしないと言っていた彼女が誘ってくれた訓練はいつも私が寝こけている時間だった。しかし、念願が叶うということで即答で了承しいつもより早く寝て早く起きた。

 

 どうやら彼女は双刃としてより長い木刀として扱う方が得意のようで、できるだけ私と距離を離そうと戦っているが、わざわざ相手の得意分野で戦うほど私も愚かではない。彼女と剣を交えることは嬉しいが、戦うのであれば勝ちに行く。

 訓練という都合上、打ち合いができなくてはならないので【(スパーダ)】での切断は意識的にしないようにしている。

 

「ハッ」

 

 思わず笑ってしまった。前々からかなり腕が立つとは思っていたが、少し前に聞いたレベル4に見合うだけの【ステイタス】と洗練された動きは並大抵の相手であればその素早さに翻弄され直ぐ様勝負が付いていただろう。

 かくいう私も【未来視】とホトトギスの力がなければ彼女との攻防は実現していなかっただろう。

 

 オッタルのような力で相手を圧倒するタイプではなく、素早さと手数で攻めていく戦闘スタイルは平地での戦闘より視界の悪い森の中を想定しているように見えた。縦横だけではなく木々に囲まれていれば空中までが彼女の戦闘域になる。

 

(今度はそういう場所でも戦いたいですね)

 

 止まらない連撃をすべて弾きながら離れていこうとする彼女に肉薄する。突き放すように鋭い一撃が振るわれる。避けながらその軌道を見切り振るわれる速度と方向に合わせて手を滑らせるように軌道に上から重ねる。

 

「ッ」

 

 そして振り切られる前に木刀を掴み力任せに引っ張る。彼女も私の常識はずれの行動に一瞬息を呑んだが、次に襲いかかる私の一刀を防ぐために木刀を立てて盾のようにして横薙ぎを防いだ。

 その反応速度に舌を巻きながら、吹き飛ばされた彼女を追いかける。

 

「まだ、ですッ!」

 

 空中で姿勢を整えた彼女は綺麗に着地し、そのまま一直線にただ速さだけを追求した突撃を繰りだす。その高速の一撃も私は見切ってぎりぎり避け、彼女は私の背後でもう一度方向転換して突撃してくる。

 まるで暴風のような攻撃だった。次は避けられる気がしなかったので私は振り向きながら木刀を振るい攻撃を防ぐ。

 

「ぐっ」

 

 勢いが殺せず少しだけ後ろに押されながらも木刀は拮抗する。私も彼女も鍔迫り合いの状態からどう相手が動くのか伺うように膠着状態を続ける。

 真っ直ぐ彼女の目を見る。その空色の瞳は今喜びを映していた。今まで見たどんな目よりも綺麗だった。

 

「――ッ」

 

 ずっと同じ状態では埒があかないと思ったのだろう、彼女が動き出そうとした瞬間都市の壁から朝日が覗いた。

 それは訓練の終わりを知らせる光だ。

 

「……終わりですね」

「はい」

 

 お互い木刀を下げ脱力する。かれこれ数十分ほど彼女との戦闘は続いていた。冷たい朝の風が心地よかったのか彼女は目を閉じて呼吸を整えていた。

 

「やはり誰かとする稽古は、いいですね」

 

 唐突に彼女はそう言った。見てみると彼女は昇ってくる朝日に向かって少し微笑んでいるようだった。争い事が嫌いそうな彼女だったが、訓練は好きなのだろう。備えあれば憂いなしと言う言葉もある。

 事が起きた後に力がなかったと嘆くのは、もう嫌なのだろう。

 

 なら誰かを誘えばいいと最初は思っていたが、終わってみて理解した。朝からこんな激しい戦闘をしたがる人はそういないだろう。特に彼女の知り合いはこの後から仕事があるのだ。

 私なら喜んで付き合うのだが、それは私が冒険者という自由のきく職業に就いているからだろう。……果たして冒険者が職業かどうかは置いておく。

 

「バーナムさん、良ければ店員用のシャワーを使って行ってください」

 

 彼女と同様汗をかいている私に気を使ってくれた発言だったが、言ってから着替えを持っていないと思った彼女はしまったと言いたげな表情をした。

 

「大丈夫ですよ、シルさんに言われて着替えは持って来ているので」

「それはよかった」

 

 恐らくシルさんは私がボコボコにされて服を汚すだろうと思って言ってくれたのだろうが、服は大して汚れなかった。汗を吸ってもう一度着たくないだけだ。

 肌を撫でるような風はゆっくりと身体を冷やしていく。それと同時に巡っていた熱もゆっくりと沈んでいった。自分の胸に触れ脈打つ心臓を感じる。自分が何を求めているのか常に思い出すために、心臓は脈打つ。

 私は戦いたい。自分が終わるその瞬間まで、斬って斬って、すべてを斬り裂き終焉を迎えたい。しかし、それと同時に思ったのだ――――こんな朝があってもいいだろう。

 

 その朝、私は漸くリューさんとの手合わせを実現させたのだった。

 

 

 

「食ってけニャ!」

 

 シャワーで汗を流し終え着替えを済ませた私はアーニャさんに引っ張られ店内へと連れて行かれ朝食を食べていくように言われた。

 

「そこまでお世話になるわけには」

「気にしなくていいニャ。オミャーがリューの相手をしている限りこっちに誘いがかかることはなくなったニャ」

「そうニャそうニャ。うちらはいつも、いつ無理矢理稽古を付けられるかビクビクしていたからニャー。これは駄賃みたいなものニャ!」

「アーニャさん後ろ」

 

 安堵するクロエさんとその理由をリューさんが後ろにいることを気付かずに言ってしまったアーニャさん。そんなアーニャさんを呆れた顔で見るリューさんとシルさんが朝食を運んできていた。

 

「まったく……私は一度も無理強いをしたことはありません」

「でも、いつも付き合ってくれないかなーって思ってるでしょ?」

「それは……そうかもしれませんが」

 

 シルさんの指摘に図星を付かれ不満気にリューさんはそう言った。その仕草が先程剣を交えていた女性とは大きく違い少し笑ってしまった。

 

「まあ、でもこれからはアゼルさんが相手してくれるみたいだし。よかったねリュー」

 

 シルさんに返事をしないでリューさんは朝食の用意を進めていく。そんな彼女を見てシルさんや他の店員たちはにやにやと笑っていたが、リューさんはそれも無視した。

 

「あんたら早く食って仕事しな!」

 

 店の奥からミアさんの声が響いてきた。しかし、それはいつもの事のようで急ぐ素振りを見せず朝食が始まった。

 

「私は仕事ないですけどね」

「アゼルさんは夜も来てくださいね。それが仕事です」

「それ仕事しても私がお金落とす方じゃないですか」

「今夜来るともれなくリューが付いてきます!」

「人を景品のように言わないで欲しい」

 

 軽口を叩きながら朝食を摂る。いつもは多くて三人で朝食を摂っているので騒がしく感じた。特に目の前に座るアーニャさんが騒がしかった。ミアさんにまで聞こえていたのか、静かに食べろと怒られてアーニャさんは漸く大人しくなった。

 まるで一つの家族のように彼女らは楽しそうだった。何故彼女らがミアさんのことを『ミア母さん』と呼ぶのか、なんとなく分かった気がした。

 

 十分程で全員が食べ終え片付けを始めた。私は片付けをしないで帰っていいと言われたので帰ることにし、外までリューさんが見送ってくれた。

 

「迷惑ではありませんでしたか?」

「何がですか?」

「朝稽古です。アーニャやルノアは一度付き合ったきり相手をしてもらえなくなったので」

 

 二人からはリューさんが加減を知らないから相手をしたくないと言われたようだ。確かに朝からあんな速度で斬りかかられるのは堪ったものではないだろう。

 

「迷惑じゃないですよ。むしろ誘ってもらえて嬉しかったです」

「そう、ですか」

 

 ダンジョンではあまり対人戦を想定しての訓練ができない。そうなると地上で人と戦うことが一番望ましいのだが、私がある程度本気を出しても戦える知り合いはかなり限られている。そんな折シルさん経由でリューさんの朝稽古に誘ってもらえたのは幸運としか言えない。

 

「リューさんなら実力も申し分ないですし。何より私があの力を気兼ねなく使えるのはリューさん相手だけですよ」

「そうでしたね」

「それよりも私はリューさんが相手をしてくれたことの方が驚きでしたけどね」

「それは……それは、魅せられたからです」

 

 確かに、私と彼女の関係は数日前大きく変わった。お互いに自分の事情を話し、心の中を打ち明けたあの夜彼女は私を、私は彼女を少しだけ理解した。

 

「貴方はただ真っ直ぐで、自分の感情にすら譲れない何かが、どんな痛みに耐えてでも掴みたい何かが貴方の中にあって。貴方の生き方は一面から見ると非情で不誠実で、人を蔑ろにしているように見えました。しかし、その実貴方は誰よりも自分の生き方に誠実だ。貴方の振るう剣を見て、私はそう思いました」

 

 私は彼女に生き方を示した。ありのままの自分を受け入れ、そして貫き通すというただそれだけの生き方だ。

 

「誰に何と言われようとも、どんな目で見られようとも貴方はずっと貴方であれる。いついかなる時も、誰に対しても貴方は平等でいられる」

 

 そう言ってリューさんは私の手を握った。力を入れず、触れているだけのように弱くではあったが、確かに私と彼女は触れていた。

 しかし、私が誰に対しても平等でいられるのは、私以外のすべてが等価値であるからだ。人も怪物も、神も私にとっては等しく斬る対象であるからだ。それは、決して良い意味ではないだろう。斬る理由があれば斬るだろうし、なければ斬らない。斬ることによって自分が傷付いても斬る、それが私だ。

 

「私はそんな生き方がしたかった。自分たち以外の種族を見下し、卑しい者達だと思っているエルフ(じぶん)が私は一番嫌いだったんです。人に肌を触れさせることも嫌がる、そんな種族です」

 

 昇った朝日がリューさんの横顔を照らしていた。金に染められた髪は光の当たり具合でその中に潜む緑色を色濃く照らし出し、浮かべていた微笑みを穏やかに映し出す。

 

「変わりたいと思い里を出て、オラリオに辿り着いた私は結局変わることができませんでした。それが悔しく、自分が嫌いになりました。そんな時、私を変えようとしてくれる人がいたんです。この手を握り、私を引っ張ってくれる人がいたんです」

 

 目を閉じ、その時のことを思い出していたのか握られた手に微かな力が入った。僅かに涙を浮かべ、そのことに気付いたリューさんは急いでそれを拭った。

 

「貴方は、私は変われると、変わって良いのだと言ってくれました。それが嬉しくて、安心したんです」

 

 その空色の瞳が私を見ていた。会ったばかりの頃は射抜くような鋭い目付きだった。この前の夜は縋るような弱々しい目付きだった。そして今は、優しくどこか柔らかさを含んだ目付きだった。

 

「バーナムさん、私は貴方に救われた」

「……それは違います」

 

 握られた手を握り返す。そこから伝わる熱が、彼女に通っている血を私に思い浮かばせる。脈打つ心臓から送り出される熱く、赤い血だ。

 私は、誰も救いなどしない。

 

「私はただ貴方に生き方を語っただけです。そこから考え、結論を出したのは貴方です。正しくあろうと決断したのはリューさん、貴方です。貴方を救ったのは、貴方の心だ。私じゃない」

 

 刃が誰かを救えるはずがないのだから。救えたとしても、私の刃は誰かを救うためにあるものではない。

 

「ふふ、そういう事にしておきます」

「そこ笑う所じゃないですよ」

「いえ、貴方はいつもそうやって自分にはできないと言い張ると思いまして」

「事実ですよ」

 

 彼女の手を離す。これ以上話していると心がざわつきそうだった。彼女の見ている私と、本当の私との間に存在する擦れ違いが僅かな苛立ちを産む。しかし、それを正そうとは思わなかった。人間関係とはそんなものだ。

 信じたいものを信じていればいい。それが真実でなくとも、その人にとっては本当になるのだから。

 

「すみません、朝から湿っぽい話をしてしまいましたね」

「気にしてませんよ。こういった話はリューさんとしかしませんから」

 

 他者が私を理解できないように、私も他者を理解することは叶わない。私とリューさんがお互いに覗き込んでいるのは深淵ではなく、表面に映る像でしかない。感情ではなく、見ているのは行動で聞いているのは言葉でしかない。

 

「バーナムさん、また相手をしていただけますか?」

「喜んで。あ、もっと強い私が良いなら血を飲ませてもらえれば」

「だめに決まっているでしょう」

 

 いつか断つ関係を築いていくことの無意味さを知りながらも築いていく。それはきっと彼女の瞳が綺麗だからだろう。覗き込みたくなるからだろう。

 朝日は、その空色の瞳をより一層輝かせた。そんな朝だった。

 

 

 

 

 豊穣の女主人亭で朝食を摂ってから数時間、昼を過ぎ良い頃合いになったので私はタケミカヅチ・ファミリアのホームへと足を運んだ。

 昨日と違い普通に挨拶をして中へと通してもらえた。どうやらファミリアの団員は探索を休んでいるらしく、タケミカヅチ様の他に桜花さんと命さんがいた。

 

「今日はよろしくお願いします」

「よし、では早速身体をほぐしてから少し素振りを見せてもらおうと思う」

「了解です」

 

 桜花さんと刃を交えた更地まで移動をして、関節を伸ばしたり軽く走ったりして身体を温めていく。そう言えばいつもは弱いモンスター相手に準備運動と称した虐殺をしていてしっかりと準備運動をするのは久しぶりな気がする。

 

「いいか、戦いでしっかり生み出した力を活用するには身体の状態が大切だ。関節一つで大分変わってくる」

 

 そう言いながらタケミカヅチ様も準備運動をしていた。逆に桜花さんと命さんは端のほうで座ってこちらを見ている。千草さんは今度の探索のために買い出しをしに行っているらしい。

 

「ええと、あの二人は?」

「ああ、気にするな。あの二人は見稽古だ」

「分かりました」

「それにしてもお前は誰に剣を習ったんだ? さぞかし高名な剣の使い手だろうな」

「いえ、田舎にいた老人です」

「何? まあ、いいか。誰でも良いが、その歳でそれだけの技を身につけるのは尋常じゃない。才能はあったんだろうが教え方がよかったんだろう」

「と言っても、刀を使い始めたのは最近ですけどね」

「そうなのか……まあ、これからどの程度なのか見る」

 

 タケミカヅチ様に木刀を渡され構えるように言われる。そこから上段、中断、下段と素振りをさせられる。まずは私の腕を見たいだけなのか何も言わずにじっと見られているだけだった。

 しかし一度素振りが終わると矢継ぎ早に直すべき箇所を指摘される。

 

「もっと力を抜け。自然に背筋を伸ばせ」

「体幹を意識しろ、少し右にずれている」

「手が力み過ぎだ、もっと優しく刀を持て」

「力で振るうな、流れに任せろ」

「足幅が良くない、それだと移動した時に重心がずれる」

「前のめり過ぎる、そのままだとバランスを崩すぞ」

 

 色々言われたが、その一つ一つを矯正していく。ただ愚直に、呆れる程素直に木刀を振り上げては振り下ろす。鍛錬とは反復することで技術を身に染み込ませていく作業だ。

 一度振れば間違えが分かり、もう一度振れば間違えが正される。しかし、もう一度振るうと新たな間違いが出てくる。試行錯誤の末にしか完成した剣技は存在しない。最初からできては高めていく楽しさが感じられない。

 

「ふむ、止め!」

「――ふぅ」

 

 息をゆっくり吐いてリラックスする。どのくらいの時間素振りをしていたか自分では分からなかったが、空を見上げると来た時よりも太陽が傾いていたのは確かだ。

 

「前に片手剣を扱っていた癖がまだ残っているな」

「流石にすぐは抜けませんよ」

「流れるように刀を振るえ。余計な力はいらない」

「はい」

 

 いつの間にか帰ってきていた千草さんが飲み物と汗を拭く布を手渡してくれた。桜花さんの方を見ると険しい顔で何か考えていた。命さんはその横で信じられないものを見るような目で私を見ていた。

 

「あの、本当に刀を持ったのは最近、なんですか?」

「ええ。細かく言うと……三週間くらい前ですかね」

「さっ」

 

 予想外なほど最近だったのか千草さんは目を見開いて驚いた、ような気がする。身体を動かすことに関しては鍛錬をしてきた年月の分だけ慣れている。それは思い通りの動きを繰りだすためには必須な技能だ。

 だから言われた通りの動きを再現するのは難しくない。難しいのはその後、言われた通りの動きをすべて一度に再現することだ。一つ一つが難しくなくとも、合わされば動きの調和が乱れたり、そもそも忘れてしまっていたりする。

 

「す、凄いです」

「私なんてまだまだですよ」

 

 私に剣を教えた老師の剣捌きでさえ完璧とは程遠かった。見つけようと思えばいくらでも直せる動きが存在するのだ。しかし、私はそれを超えたい。

 

「アゼル、次は色々な型を試していく。重要なのは型を覚えることではなく、全体的な重心移動や力の入れ方、身体の動かし方だ。桜花、命頼めるか?」

「はい」

 

 タケミカヅチ様に呼ばれた二人は木刀を持って構えを取ると私に分かりやすいようにゆっくりと言われた型を繰り出してくれた。向い合って木刀を弾いての横薙ぎ、木刀を打ち落としてからの逆袈裟、一歩踏み込んでからの上段。

 もちろん型であるからには決まった動きをしているだけだ。実戦で使えるかというと疑問視されるが、全体的な動きを覚えるにはうってつけであるしそもそも知っておかないと応用することもできない。

 

「覚えたか?」

「はい」

「じゃあ桜花、付き合ってやれ」

 

 命さんと私が替わり型の練習に入る。ゆっくりと一つ一つの動作を確認するように動く。桜花さんもスピードを合わせてゆっくりと私の木刀を受けたり、弾いたりしてくれる。桜花さんと命さんの動きを頭の中でイメージして、それを自分の身体で再現していく。

 何度か繰り返すと、形だけは真似することができた。しかし、そこから速度を上げずより細かい動きに感覚を研ぎ澄ませていく。足運び一つ、腕の振り一つとていい加減にやって良いわけがない。

 

「桜花さん、見本見せてもらっていいですか? 私が受けるので」

「……ああ」

 

 桜花さんに頼んで今さっきまで自分のしていた動きと同じ動きをしてもらう。その動きを頭の中に入れ、再び自分の動きと合わせて微修正を加えていく。より適切な足運びの距離、腕を振り上げる角度、呼吸のタイミングなどすべてを模倣していく。

 だが、今はそれだけだ。模倣できてもまだその技術は私の身に染みていない。ここからこの動きを数千数万回繰り返しやっと身に付くのだ。

 

 気が付くと空は茜色に染まっていた。私も桜花さんも汗をかき、背中を見せるわけには行かないのでシャツを脱ぐこともできず肌に張り付いている。

 

「アゼル、今日は終わりだ」

「もうそんな時間でしたか」

 

 ゆっくりと動いていたのにも関わらずダンジョンで探索するより疲れたのはそれだけ集中していたからだろう。没頭すると時間を忘れてしまう癖もいつまで経っても治らない。

 

「最後に一度だけ見せておく」

 

 桜花から木刀を取りタケミカヅチ様は構えた。私にも構えるように言って向かい合う。

 

「これがお前の目指す領域だ」

 

 それは一瞬の出来事だった。私も、外から見ている桜花さんや命さんにもその瞬間は見えていなかった。瞬き一つ、その短い時間で木刀は私の首へと到達していた。

 

 その技は一度オッタルにやられていた。しかし、あれは武人としての研鑽と冒険者として積み重ねてきた強力無比な【ステイタス】があったからこそ実現できたことだ。如何に意識の合間を縫っても、遅くては意味が無い。

 そのはずだ。

 

「……もう一度、お願いします」

「ああ、次はちゃんと見ておけ」

 

 そうしてタケミカヅチ様はもう一度離れて構えた。私と変わらない正眼の構えで、無駄な力を一切感じさせず隙もない。だがそれなら桜花さんも練度の差はあれどあまり変わりはない。

 次の瞬間、目が合った。いや、正確に言えば合ってはいなかったが、一瞬その目に飲み込まれそうな感覚が私を支配した。まるで私を包み込むようなその目は、私を見ているわけではない。

 

「――ッ」

 

 無意識に私は踏み込んで攻撃をしようとしていた。しかし、視界の中で私はタケミカヅチ様を捉えられていなかった。私の無意識の攻撃も考慮した動きが、否流れが見えた。遅くなった時の中で、唯一人いつも通りの速さで動いているようだった。

 流れる水のように静かで、一切の淀みもなく、動き始めてから動き終わるまでのすべてが見えているような剣筋だった。

 

 木刀は鈍くも光ることはない。しかし、その一瞬私にはタケミカヅチ様の木刀が通った軌跡が光っているように見えた。まるで世界のすべての可能性を考慮した上で、最高最善の一刀を世界に切り込んでいる様。

 それが、私の目指すべき剣だ。

 

 正に神域の人外こそが描ける剣閃は、人間の範疇から踏み出していない桜花さんや命さんには見えていなかっただろう。私も、はっきりとした動きとしては捉えていなかった。

 目に焼き付けた剣閃は瞬く光のように、あやふやで次の瞬間消えてしまいそうだ。

 

「見えたか?」

「……ぁ」

 

 そして、木刀は再び私の首へと到達していた。ただの木刀であるのに、今はそれが真剣のようにひんやりと冷たいようにも感じられた。気が付けば背中は汗で湿っていて、呼吸も荒くなっていた。

 

「どうやら、少しは見えたようだな」

「い、今のは」

「恐ろしい子供だ。どうやってそうなったかは知らないが、望むのなら与えよう。見たいのなら見せよう。目指すかどうか決めるのは、お前だ」

「――はい」

 

 きっと、その判断は神として間違っているとタケミカヅチ様は自覚していただろう。私が剣を極めるということは破滅を意味する。稽古の間、私を見るタケミカヅチ様の表情は険しかった。私がどのような存在なのか見極めるように、一挙手一投足すべてを見られていた。

 そして、出した結論がこれだ。

 

「お前を、最強の剣客に育ててみせよう」

 

 その笑みはどこか老師に似ていた。

 




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