剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

4 / 97
 連続投稿はここまでだと思います。これから少し忙しくなるので、貯めている分を少しずつ放出しつつ課題を消化して、執筆をします。
 この話までがプロローグ感あります。


剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン

「あの、アイズさん。できれば手加減お願いしますね」

「……頑張る」

 

 頑張らないと手加減ができないというのも難儀な事でしょう。今更だがレベル1という彼女からしたら格下である自分が相手で少し申し訳なく思えてしまう。

 

「アイズ! そんな雑魚さっさとぶっ殺せ!」

「殺してどうすんのよ! この馬鹿狼」

「というか、ただの使い心地の確認だからね」

 

 着いたのは黄昏の館の中庭。館の中心にできたそこは、戦うには丁度いいくらいの広さだ。床が所々傷ついていることから、そういった用途として使われていることも分かる。

 

「じゃあ、開始の合図は私がしよう」

 

 そう言ってリヴェリアさんが一歩踏み出し、片手を掲げた。シンプルに、振り下ろしたらスタートということだろう。

 

「アゼル君、アイズ。準備はいいか?」

 

 頷くことで返事をする。既に私もアイズさんも戦闘態勢に入り、口を動かすことを止めていた。

 

「一応言っておくが、相手を殺すような攻撃はなしだ。特にアイズ、お前は気を付けろ」

 

 それに対してもアイズさんは頷いて肯定した。私の攻撃はそもそも彼女に届くかというのが最初の問題ですからそこまで注意する必要がないのでしょう。

 

「では」

 

 もうすぐ始まる。そう思うだけで腕が疼く。

 目に精神力(マインド)を集める。より先の景色を、より鮮明に見るために。しかし、それには一つの弊害がある。未来とは、決定されたものではない。先を見れば見るほど、未来は分岐する。

 視界に何人かのアイズさんが霞んで見える。そのどれもが、私の攻撃を受ける姿だ。どうやら、彼女から攻撃する気はないらしい。それが分かっただけでも僥倖。

 

「開始!」

 

 リヴェリアさんの手が振り下ろされた、その瞬間。

 全力を込めて踏み込む。しかし、私の全力でさえ彼女にとっては緩慢な動きだったに違いない。目線を見れば分かる、完全に捉えられている。

 勢いを殺さないまま斬り払いをする。横薙ぎに振るわれた剣は、通常であればその通り道にある物すべてを斬り裂く必殺の刃だ。そう、それが通常であれば。

 

 心地よい音が響いた。金属同士をぶつけたにしては軽い、まるで鈴を鳴らしたかのような音。

 剣と剣がぶつかった時の音としては、久しぶりに聞く音。老師と稽古をしている時によく聞いていた音と同じだ。

 横薙ぎに振るったはずの剣が、斜め上に軌跡を変えていた。

 完璧に逸らされている。

 

 両刃である事を活かし、斜め上に払われた剣を再び彼女を目掛けて振るう。しかし、また身体を少し動かしサーベルで巧みに剣戟が逸らされる。

 それは、絶技だ。洗練されたその動きはすでに芸術の領域。美しい、そう思った。そんなことを、表情一つ変えずに行うその女性に、私は心から賞賛した。

 

「くッ」

 

 何度も同じことを繰り返す。斬っては逸らされ、斬り返してはまた逸らされる。

 攻撃が自分の意志とは違った軌跡を辿る、それだけでこちらの体力は大幅に減っていく。普段している無駄のない体捌きも、自分の思った通りに剣が振るえるからこそできるもの。

 

「はあ、はあ」

 

 一度後退し、剣を構え直す。

 しかし、彼女は追ってこない。相も変わらず、凛とした立ち姿で私の攻撃を待っている。しかし、それじゃ足りない。それはお互いを高め合うには足りない。私はこの時当初の目的を完全に忘れていた。

 剣先を、くいくい、と私の方へと傾け、来い、とアイズさんに伝える。

 

「……行くよ」

 

 小さく、そう呟いたのは彼女なりの優しさだろう。

 次の瞬間、未来の彼女が複数人目に映る。数秒先、という過去最高の未来視。その数ある未来から、一つだけを選ばなければならない。

 彼女の初動を見る。いくつかの未来が消える。

 彼女の動く方向を見る。また、いくつかの未来が消える。

 そうして、眼前に本物の彼女が迫る。その速度はあの時とは比べ物にならないほど遅いものだったが、それでも私にとってはやっと追いつけるものだった。

 

 私と同じような斬り払い。否、私を真似たのだろう。

 

 ならば、私も真似よう。

 剣と剣がぶつかる。その瞬間アイズさんの振るったサーベルを下から掬うようにショートソードを滑らせる。

 アイズさんが逸らした時よりも鈍い音が響く。しかし、なんとか彼女が振るった剣を逸らすことができた。

 

 次の剣戟もなんとか逸らす。しかし、彼女の速度に完全には付いて行けていない私では、何度もできる芸道ではない。そして剣戟を重ねる毎に剣を逸らす音がだんだんと剣をぶつける鈍い音になっていく。

 

 何度目かの剣戟。遂に、斬撃をいなすことができなくなり、刃と刃がぶつかる。お互いの勢いを殺せず、激しくぶつかった刃は火花を散らす。

 

(あ、まずい)

 

 そして、途端に感じる、何かが斬れる感覚。相手のサーベルを斬ってしまう。それはまずい。貰っているものでもないのに斬ってしまう訳にはいかない。

 一瞬剣を握る力が緩んでしまったのは、そんなことを思ったからだろう。

 

 アイズさんは力を入れたままだ。当然ながら、私の剣によって押さえられていた彼女の剣が私に向かって振るわれることになる。

 

「あ」

 

 完全に私に落ち度がある。例え、私の剣が彼女のサーベルを斬ったとしても彼女ならそこから斬撃を避けるなど容易いことだっただろう。

 私が力を緩めてしまったばかりに。

 

「ッ」

 

 彼女も自分の剣を止めようと努力するが、刹那の出来事でそれは叶わなかった。ならば、自分で防ぐしかない。

 剣を握った手とは逆、左手を手刀にしてサーベルに向けて振るう。この際仕方ない。残念だが、そのサーベル、斬らせてもらいます。

 

 甲高い、金属を素早く擦り合わせたような音。そして、少し遠くに落ちるサーベルの刃。私の思い描いたとおり、サーベルは中程で綺麗に切断されていた。

 

「どう、やったの?」

 

 自らの握った、破損したサーベルを見てアイズさんは首を傾げた。やはり、そう思うのか。私としては、できて当たり前のことだったのだが。

 

「斬った、と言っておきましょう。つい熱くなってしまいました」

「アゼル君。一応聞くが、大丈夫か?」

 

 試合が終わってリヴェリアさんがこちらに近づいてきた。

 

「はい、この通り。無事ですよ」

 

 振るった左手を見せる。手の側面が少し赤くなっているが、思いの外当たりどころがよかったのかそれ以外の傷は見えない。

 

「それにしても、これは」

 

 斬られたサーベルの断面をまじまじと見るリヴェリアさん。アイズさんも一緒に見てまた首を傾げている。

 

「剣を内包する。つまりはこういうことか」

 

 それを見て、リヴェリアさんは私という剣士の一端を理解したようだ。

 一応補足しておくと、私は斬るという意志がなければ斬れないので、日常生活で突然何かを斬ってしまうということはない。今回はつい斬り合いに夢中になってしまっただけだ。

 

「おもろいもん見せてもらったでアゼル。ほんまあのロリ巨乳には勿体無いくらいおもろい奴や」

「それはどうも」

 

 それはあまり嬉しくない褒められ方というか。神の言う面白いは人間の面白いとは少し違う意味合いな気がする。

 

「サーベル、壊してしまってすみません。この剣もお返ししたほうがいいですよね」

「ええ、ええ。持ってきな。それくらいなら別にええ。あっちのも気にせんでええで」

「本当ですか? ではありがたく受け取っておきます」

 

 剣の使い心地の確認という名目で試合もできたし、そろそろ帰るとしますか。なんの連絡もしていないのであの神様のことだ、心配されているかもしれない。

 

「では、私はそろそろお暇しようと思います。本日は本当に、色々ありがとうございました。助けられたもう一人の仲間の分も感謝させてください」

「本当に礼儀正しいやっちゃな! さっきの戦いからは想像できへんわ!」

「礼儀をもって接すれば大抵の相手は無下にしませんからね。稚拙ですが、処世術というやつです」

 

 そう言ってショートソードを鞘に入れ、ベルトに差す。

 

「んじゃ、誰か案内してやってくれ」

「あ、私案内するー」

 

 嬉しい事に立候補してくれたのはティオナだった。親しみ易い性格だし、これはいい気分で帰れそうです。これがもし、ベートさんやティオネさんだったら、追い出されるように帰る羽目になっていたでしょう。

 

「さ、アゼルこっちだよ」

「ここまでの道くらいは覚えているんですが」

「いいのいいの!」

「それでは、本当にありがとうございました」

 

 ロキに対して礼をして、ティオナの後を追った。

 

「それにしても、すごかったよ」

「そうですか?」

「それはもう! レベル1だなんて信じられないくらい」

 

 廊下を歩きながら、ティオナと会話する。

 

「しかし、アイズさんもかなり手加減をしてくれていました。少し申し訳ないですね」

「いやあ、手加減してもアイズは強いよ」

「それに始終押されっぱなしでしたし。と言っても、勝敗を決するような試合ではなかったですが」

「そんなことよりさ、最後のあれどうやったの? 剣を内包するって? 私には分からないな」

 

 ベートさんが言っていたバカゾネスという呼び名。あながち間違いではないのかもしれない。あれを見せれば大抵の人は気付くと思うのですが。

 

「つまり、私は剣という概念を身体に宿しているという訳です」

「剣を宿す? なんかかっこいいね」

「分かってないですね……」

「ぶ~、もっと分かりやすく」

 

 もっと分かりやすく以前に、そもそも自分のスキルを違うファミリアに教えるというのも褒められた行動ではないことに気付いた。

 

「これ以上はダメです」

「ええ! なんで!」

「普通、自分の【ステイタス】を他のファミリアの団員に教えることはありませんから」

「それは、そうだけどさー。気になるし」

 

 口を尖らせながらぶーたれるティオナに連れられ、私達は黄昏の館の出口までやってきた。

 

「まあ、知りたければ後でリヴェリアさんにでも聞いてください。たぶん少し分かっているでしょう」

「そうする」

 

 一度、止まり黄昏の館を一瞥する。本当に、心躍る試合だった。多分今夜夢に見るだろうな、と思いながら再び歩き始める。

 

「では」

「うん、ばいばーい」

 

 こうして、私の激動の一日は終わり、後はベルとヘスティア様のいる教会に戻るのみである。

 

■■■■

 

「で、どやった?」

「強かった」

「やろうなあ」

 

 場所は戻って応接間。そこにはロキ・ファミリアの面々が再び集まっていた。丸テーブルの上には二つに切断されたサーベル。

 

「それにしても、見事に斬られてるね」

「ほんまにおもろいなあ。剣を内包する、つまりは『切断』という属性を自分の身体で生むことができる。そんなもんがあるとは……これだから子供達はおもろい」

 

 集まった面々は、ロキの言葉を自分なりに噛み砕いて理解した。

 『切断』という属性を身体が持つ。しかも、肉を裂くのではなく、斬鉄をやってのけるほどの鋭さ。

 

「ううん。そうじゃない」

「うん?」

 

 しかし、アイズ・ヴァレンシュタインが注目したのはそこではなかった。

 

「剣技、私より強かった」

「嘘やろ?」

「本当」

 

 アゼル・バーナムという青年と唯一剣を交えたアイズ・ヴァレインシュタインだからこそ分かったこと。

 アゼルは、始終アイズの地力に押されていた。レベル1とレベル5の地力の差は天と地ほどある。手加減していたとはいえ、それは生半可なものではない。

 その中、アゼルはアイズの動きに喰らいついていた。僅かながらも、攻撃を逸らせるほどには付いてきていたという事実すら驚愕に値する。

 

(もう一度……もっと強い彼と)

 

「あ」

 

 そして彼女はある大事な事を思い出した。

 

「あの子の名前、聞いてない」

 

 自分の助けた少年の名前を聞きそびれていた。

 

 

■■■■

 

 

「只今戻りましたー」

 

 オラリオの人気のない路地を何本か入った所に建つボロい教会。その隠し部屋が私の所属するヘスティア・ファミリアのホームだ。黄昏の館の後に来ると、かなりの格差を感じてしまうのは、私が悪いわけではないだろう。

 

「アゼル」

「アゼル君! もう、どこをほっつき歩いてたんだい?」

 

 入ってきた私の元へと走り寄って来る二人の人物。

 一人はベル・クラネル。処女雪のように真っ白な髪にルビーのような赤い目。アイズ・ヴァレインシュタインが助けた、私の同郷の友にして現在は同じファミリアに所属する仲間だ。老師によって育てられた子供である。

 もう一人は不思議な作りの白い服を着た、背の低い女性。ヘスティア・ファミリアの主神、ヘスティア様である。背は低いのに胸は大きいという、まさに不思議体型をした神だ。黒いツインテールにリボンも相まって子供にしか見えない。

 

「いえ、少し面倒事に巻き込まれてしまいまして」

「君もなのかい? まさか、ミノタウロスに襲われた所を助けられて血だらけになった、とかではないだろうね?」

「いえいえ、血だらけにはなっていませんよ。ただ、ミノタウロスに襲われた所を助けられたというのは事実ですが」

「君もなのかッ! まさか、僕は疫病神なのかな……」

「悪いことばかりではありませんでしたよ」

 

 そう言って、私は腰に差したショートソードを見せる。

 

「そんな上等な剣、どうしたんだい? はッ、まさか盗んだんじゃないだろうね? そんな子に育てた覚えはないよ!」

「貴方に育てられた覚えはないですし、これは貰い物ですよ」

 

 ぷんすか怒るヘスティア様を押しのけて、部屋の中に入りボロボロのソファに座る。ヘスティア様はベッドに腰を掛け、ベルは俺の横に座る。

 

「貰った? 誰から」

「ロキ・ファミリアから頂きました」

「「ロキ・ファミリアァ!!」」

 

 私の言った事に相当驚いたのか、ベルとヘスティア様両人が大声を出しながら飛び上がった。

 

「な、なんて君はタイムリーなんだ。ろ、ロキに貸しなんて作ってないだろうね!」

「作ってませんよ。この剣も、私の持っていたものを団員が壊してしまったから頂いたものです」

「な、ならいいんだ。あいつに貸しなんて作った日には……」

「それにしても、タイムリーとは?」

「あ、ああ。ベルくんもどうやら【剣姫】に助けられたみたいでね。それで、ほいほい惚れてしまったんだ……はあ」

 

 ヘスティア様が盛大な溜息を吐く。

 この神、かなりベルに好意を寄せている。昔からベルはモテるやつだったが、その全部に気付かないほどの鈍感野郎でもあった。それに、目移りが激しく、特定の相手が好きになったというのは聞かなかった。あの子可愛い、あっちの子も可愛い、と何度も言われた過去が私にはある。お返しに、この剣はここが良い、こっちはここ、などと延々と剣談義をしてあげたらやめてくれた。

 そのベルが惚れた相手があの【剣姫】アイズ・ヴァレインシュタインだとは。おもしろい。

 

「あ、アイズさんとはその、会ったりした? ま、まさか話したりなんて、ことはないよね?」

「少し、手合わせをしてもらってきましたよ」

「えええええぇぇぇぇぇええぇぇえッ!!!」

「うるさいですよベル」

 

 先ほどとは比べ物にならないほどの絶叫。どこからそんな声量を出しているのか、疑問に思えるほどであった。

 

「て、手合わせって。あ、あの手合わせ? 手を合わせる」

「ベル、落ち着きなさい。それは手合わせではありますが、それではなく、斬り合うという意味での手合わせです」

「き、斬り合うッ。じゃ、じゃあアゼルはあ、アイズさんと戦ったってこと!?」

「戦った、という表現は少し適切ではないでしょうね。剣を交えたのは事実ですが」

「いいなあぁぁぁッ!」

「そう言われましても、成り行きだったので。あ、後ヘスティア様」

「なんだい?」

 

 ベルが他の女性に惚れたのが相当ショックなのか、ヘスティア様は私の問に力なく答えた。

 

「ロキ様に少しばかり【(スパーダ)】のスキルを知られてしまいました」

「なんだってッ! アゼルくーん! 何をしているんだい君は! ダメだよそんなことしちゃ!」

「いえ、成り行きと言いますか。手合わせをしてもらう上で、つい少し言ってしまったというか」

「もうッ! 過ぎたことはしょうがないけど、もう二度と軽々と喋っちゃだめだからね! 特にロキになんて言っちゃダメだよ! 後で何をされるか分かったもんじゃない!」

 

 手合わせのため、という嘘を混ぜた言い訳をしておく。こう言っておけば納得してもらえるだろう。なにせ相手はオラリオで最強と言われる女剣士だったのだから。

 頬を膨らませながら怒るヘスティア様の頭を撫でながら、横でブツブツと呟いているベルに顔を向ける。

 

「まあ、どうやらダンジョンに出会いはあったようですね。私も、良い修練になりました」

 

 私達二人の求めたものは、ダンジョンにあった。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

誤字の報告ありがとうございます。できるだけ減らしているつもりなのですが、もう何度か読み返すことにします。

たくさんの感想ありがとうございます。なるべく返信はするつもりですが、先の展開のネタバレになったりする答えしかできない時などはできません。後、返信は少し遅くなると思います。

※2015/07/05 1:54 「切」を「斬」に修正
※2015/09/14 7:05 加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。