剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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滴る血より生まれしモノ

 神々の会合――『神会(デナトゥス)』。

 

 

 それは三ヶ月に一度開かれる会合である。会合と言ってもまったく堅苦しいことはなく、ただ集まって騒いでいるようにも見えるが、子供達は皆神々が真剣に会議をしていると思っている。

 最近の出来事について話し合いをしたりもするが、神会の最も重要なイベントは冒険者達の命名式と言っても過言ではない。ランクアップを果たした冒険者に、成した偉業やスキルから名前を考えて授けるのだ。

 ベルがミノタウロスを倒してランクアップした日、アゼルがオッタルと戦った日から三日が経ったその日。その二人の主神であるヘスティアは、数多の神々が集まる神会へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 昨今の神々を騒がせている出来事についての連絡が終わり、混沌とした命名式も終盤へと差し掛かっていた。ヘスティアは初参加で、その滅茶苦茶具合を目の当たりにしてかなり体力を消耗していた。ヘスティアの横に座るヘファイストスは幾度もの参加で慣れたのか普段とあまり変わらない。

 

「うぅ……ここは地獄かー!」

「今日はまだマシな方よ」

「なんでこんな神々(バカ)達が僕より大きなファミリアを持っているのか甚だ疑問だよ」

 

 ヘスティアが机に突っ伏しながら文句を言っている最中もとあるファミリアに所属する隻眼の美人射手に【鷹目の超絶射手(ホークアイ・フッド)】か【隻眼の恋天使(ワンアイ・クピド)】と名付けるかで争っている。恐らく同じことを天界でしていたらラグナロクが起きていただろうほどに言い争っている。

 その言い争いを司会であるロキが治め、結局ロキが新たに提案した【一射必殺百発百中(アブソリュートキラーガンマン)】に決まった。「我ながら天才やな!」と言っているロキを見てヘスティアは舌打ちをした。

 

「さてと、次はっと! おっ、アゼルやんけ!」

「アゼルっつうと、あのヤベー奴か」

「ああ、マジヤベー奴だ」

「なるほど、俺がガネーシャだ!」

「ここにもやばい奴いるわ!! だっはっはっは!!」

 

 ロキがアゼルの名前を呼ぶと、神が各々配られた資料を捲りその冒険者の情報を見る。

 

「……ねえヘスティア、これ本当?」

「はは……認めたくないけど、本当だよ」

 

 乾いた笑いを出しながらヘスティアもアゼルの資料に目を通し始める。

 

 

【アゼル・バーナム】

所属:【ヘスティア・ファミリア】

種族:ヒューマン

職業:冒険者

到達階層:18階層(ランクアップ時)

武器:刀剣類

 

所要期間:約一ヶ月。

モンスター撃破記録:二三〇九体。

 

【冒険記録(一部抜粋)】

 冒険者となって数週間は上層で『コボルト』や『ゴブリン』等、低ランクのモンスターを討伐する。同ファミリアに所属する冒険者ベル・クラネル(ベル・クラネルに関しては別紙参照)がいるものの両人ともにパーティーは組まずソロで活動する。

 数週間の後、単独で中層へと進出。なんの問題もなく中層に出現するモンスターを討伐する。一度だけサポーターを連れて探索をしたものの性に合わなかったのかそれ以後サポーターを連れての探索はしていない。

 中層で探索をし始めて数週間経つと武器を剣から刀へと変更。この頃には既に到達階層を17階層最奥まで進めていた。新しい刀を受け取った日に17階層最奥にてゴライアスの単独撃破を達成。この偉業をもってランクアップを果たす。

 

 

「なんだよ新しい刀受け取った日って!?」

「ちょっとはしゃいじゃいましたてへぺろ、て事じゃね?」

「ちょっとはしゃいだだけの冒険者に殺されるゴライアスたん可哀想」

「俺がぁぁぁぁぁぁ、ガネーシャだあああああ!!」

「お前ははしゃがなくていいから!」

 

 そこに書かれている内容は、ギルドが公表することを禁止したアゼルの冒険記録である。ヘスティアより長年ファミリアを運営しているヘファイストスですらその内容に絶句した。

 

 レベル1で中層へと進出、難なく攻略するどころか数日間居続ける。17階層にて階層主ゴライアスを単独撃破をしてランクアップを遂げる。所要期間、約一ヶ月。

 

(言えない、実はもうレベル3にランクアップしそうなくらい成長してるなんて絶対に言えない。ううぅ、ちょっと胃が痛い気がしてきた)

 

 その上、ベルとアゼルの二人が傷付いてダンジョンから帰ってきた次の日アゼルから聞かされた驚愕の事実の数々もヘスティアの胃にダメージを与えていた。

 彼女はその時のことを思い出す。

 

 

 

 

「はあああああああああ!? 【猛者(おうじゃ)】と戦っただってええええ!」

「まあ、はい、そうなります」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」

 

 ヘスティアは蟀谷を揉み込みながら手でアゼルがそれ以上発言するのを制止させ思考した。

 

(【猛者】って言うとフレイヤのところのオラリオ最強の冒険者だろう? レベルはえっと……すごく高かったはずだ)

 

 バベルの治療室の一室、ベルと比べるとほぼ無傷と言っても過言ではなかったアゼルもホームである廃教会の地下では衛生環境があまり良くないという理由でそこで一晩過ごした。

 久しぶりにベッドでぐっすり寝て、今は伸びをして身体をほぐしている自分の眷属を見てヘスティアは唸った。

 

(でも、殆ど怪我はしてなかったし……いや、見た限り服は割りと無残なことになっていたし凄い血まみれだった……分からない。そもそもなんで戦うことになったんだ?)

 

 その疑問をアゼルに投げかけると更に驚くべき情報を吐いた。

 

「今回でオッタルと戦ったのは二回目になります」

「……僕、聞いてないんだが」

「ええ、言ってませんでしたから」

「そういうことはちゃんと言ってくれよー!!! 他にはないだろうね、僕に言ってない重要なこと!?」

「えーと。割とあると思います」

「……教えてくれるよね?」

 

 顔は笑っていても目が笑っていないヘスティアを見てアゼルは一瞬怯んだ。いつもの純真無垢な少女のようなヘスティアとのギャップが激しかったせいだ。

 

「そもそもオッタルというよりフレイヤと確執があります」

「はい!?」

 

 それからアゼルは自身とフレイヤの間に起こったことを話した。夜のバベルで最初出会った時のこと、コロシアムでオッタルと最初に戦った時のこと、フレイヤに監視を付けられていたこと、この前アイズさんを闇討ちしようとした集団がフレイヤの差し金であったこと。

 そして恐らくフレイヤの目的がアゼルの引き抜きであるということを伝えるとヘスティアはベッドに倒れこんだ。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるかい?」

「あまり」

「だろうね!? なんでもっと早く言ってくれないんだい?」

「勧誘は私が断ればいいことですし」

「でもフレイヤには『魅了』があるじゃないか」

 

 フレイヤにかかれば男女問わず『魅了』を使ってしまえば傀儡にできてしまう。そうなると勧誘など赤子の手をひねるほど簡単だ。

 

「私には魅了が効きませんからね。まあ、それも彼女が私に拘る一因なのかもしれませんが」

「君にそんな能力あったかい?」

「【(スパーダ)】の応用で、精神的な異常を斬り裂けたんです」

「君といると常識ってなんなのか分からなくなるよ……」

「あ、後」

 

 まだ何かあるのかと俯かせた顔を上げたヘスティア様にアゼルは笑いかけた。しかし、ヘスティアはその笑みに悪い予感しかしなかった。

 

「フレイヤはきっとベルのことも狙ってますよ? こちらは理由がさっぱりですが」

「なんだってええええええええええええ!?!?」

 

 それ聞いたヘスティアは猛スピードで隣の治療室へと走り去っていった。

 

 

 

 

「頭おかしいだろ、マジ笑えるんだが」

「というかロリ神んとこもう一人いなかったっけ?」

「これがロリパワーか……」

「誰がロリだ! 誰が!!」

「「「「お前だ」」」」

「うっ」

 

 威嚇するように身を乗り出しながら文句を言うヘスティアと違い、ロキはその場にいるある女神を見ていた。毎度華々しい土産話を持ってくるその女神は、今日は何も発言しようとしない。オラリオ最強とまで言われるロキ・ファミリアと対をなすフレイヤ・ファミリアの主神フレイヤは静かにアゼルの資料を眺めていた。

 赤い髪と翠の瞳をしたその男の写真をまるで愛でるように撫でるその姿を見て、ロキは確信した。

 

(あの色ボケ、アゼルを狙ってやがるなッ)

 

 心の中で盛大に舌打ちをした。全面戦争であれば勝負は分からないが、こと根回しや交渉においてフレイヤに勝てる女神はいない。男神共は軒並み骨抜きにされフレイヤの傀儡となってしまうのだ。

 

「盛り上がるんはええけど、早いとこ二つ名決めるぞ! 後ドチビうっさい」

「なんだとッ! 君の方がでかい声を出してるじゃないか!」

「うちは司会やからいいんですー」

 

 自分の眷属がフレイヤに目を付けられていることを気付いているのか気付いていないのか分からないヘスティアを見てロキは不安に駆られた。フレイヤの手に渡ってしまうと、ロキがアゼルを眷属にできるのは一年先になってしまう。【改宗(コンバート)】できるのは、一度してから一年と決まっているからだ。

 その上、あのフレイヤが手に入れた男を手放すとは到底思えない。まだヘスティアのファミリアに居るほうが手に入れられる可能性が高い。

 

(しっかりせえやドチビ!)

 

「ほな、何か案ある奴おるか?」

「ふむ、では僭越ながら私からいいかな?」

「なんやポセイドン、お前が真っ先に反応するんは珍しいな」

「何、この冒険者にぴったりの名前が思いついてね」

「言ってみ」

 

 海と地震を司る神、天界での強さで言えばロキでも及ぶことのないほど強いがオラリオでは中堅ファミリアを運営する主神だ。エンブレムはポセイドンの象徴である三叉の矛(トリアイナ)と荒々しい波が描かれたものだ。

 

「私の息子の一人にな、びっくりすることに産まれた時から剣を持っていた奴がいたんだが覚えてるか?」

「ん、ああ、おったなそんな奴も」

「まあ、今ではその剣から糸を垂らして釣りをする毎日を過ごしているんだがな!」

「んなことはどうでもええわ!?」

「何を! あいつのおかげでうちのエンゲル係数は大助かりだったんだぞ!」

「もっとどうでもええ情報ありがとうな!!」

 

 ツッコミながら、まあ付ける名前としては妥当な理由だとロキは考えた。しかし、いずれ手中に収めようという冒険者の二つ名を【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】などという痛い名前にするわけにはいかない。ふざけた名前であれば即却下しようと身構えた。

 

「んで、そいつの名前はなんて言うんや?」

「ああ、そいつの名前は――」

 

 驚くことに、ポセイドンの告げたその名前で満場一致で可決となった。

 

 

 

 

「おい、ドチビ」

「ろ、ロキッ?」

 

 神会も終わり、神々も各々のホームやこれから行われる慰め会という名の宴会などに向かっていった。痛い名前を付けられた冒険者の主神がお互いを慰め合い、そして途中から必ずそれを付けた神が乱入してくるという地獄のような宴会だ。

 そんな中、ロキはヘファイストスと共に帰ろうとするヘスティアに声をかけた。ロキから話しかけられるなど露ほども思っていなかったヘスティアは狼狽えた。

 

「気ー付けときや」

「な、何をだい?」

「阿呆、お前の頭ン中はお花畑かッ。フレイヤに決まっとるやろうが」

「……本当に狙ってるのかな?」

「ハッ、今日の神会見りゃ分かるやろ」

 

 アゼルの二つ名を決める際、ロキはてっきりかなり激しい戦いになると思っていた。何せ歴史上初とでも言うべき偉業を成し遂げた冒険者だ。その冒険者の二つ名を自分が決めたと他の神々に自慢できるのはかなり美味しい。

 しかし、結果はまったくの逆だった。

 

 ポセイドンの案は受け入れられ、その後その名前の表記の仕方も直ぐ様決まり、すべてが滞り無く進んだ。その光景にロキは覚えがあった。毎度のことランクアップする冒険者を輩出するフレイヤ・ファミリアの冒険者の命名式で稀に起こることだ。

 フレイヤは特に気に入った冒険者の名前を自分で決めたがる。主神としては当然のことだが、それを実行できるのは限られた神しかいない。ロキのように力で脅す神もいるが、フレイヤの場合根回しをしておくのだ。

 

「あの色ボケ女神が根回ししてまで名前を贈ったんやぞ?」

「そっか、本当なんだね」

 

 つまり事前に男神共に、この名前にしたいのだけど協力してくれないか、と言っておくのだ。バカな男神は二つ返事、普通の男神は特にデメリットはないと判断して協力する。命名式は特に決まってはいないが殆ど多数決のようなものだ。賛成が多ければその名前になる。

 神会に参加する半数以上が男神であるから、本気を出したフレイヤに勝てる神はいない。今回は他ファミリアの冒険者相手だからだろう、できるだけ自然に見せようと名前に縁のあるポセイドンに発言してもらっていたが、その時のフレイヤの微笑みを見てロキは確信していた。

 

「うちが決めようと思っとったのにぃッ!」

 

 そして何よりも悔しかったのが、その名前をロキ自身それなりに気に入ってしまったことだった。

 

「い、言っておくけどアゼル君は僕の眷属()だぞ!」

「知っとるわこのドチビ!! なんで、よりにもよってドチビの眷属やねん!!」

「まあまあロキ、ここは先輩として後輩を見守ってあげましょ」

 

 ヘスティアに理不尽な怒りを感じるロキを宥めるヘファイストス。その光景を見てもヘスティアはロキが何故そこまでアゼルに拘るのか疑問に思った。

 

「ハッ、まさか君のとこの女と恋仲になっているとかじゃないだろうね!?」

「そうなっとったらもっと熱烈に勧誘しとるわ!!」

 

 まさか二人いる眷属の両方が同じファミリアの女性に好意を持っていたら、と思ったヘスティアは思わず叫んでしまった。ロキも負けずに叫び返す。

 

「ロキ、言っておくけどアゼル君は僕のファミリアから離れないと約束してくれた。フレイヤの色香にも惑わされないらしいし、フレイヤに取られるつもりもない」

「その惑わされへんのが問題やねん、たく……アゼルはええとして、もう一人も狙われとんぞ」

 

 ロキが思い出すのは彼女がヘスティアにアゼルとベルの二人があまりにもランクアップ所要期間が短いことについて説明を求めた時に擁護したフレイヤだった。その後も立ち去りながら、ベルに可愛い名前を、と男神達にお願いしている様はアゼルの命名の時ほど露骨ではなかったものの、見るものが見れば贔屓していることが分かる態度だった。

 

「それもアゼル君から聞いたさ」

「ならええわ。じゃあな! うちは帰って浴びるほど酒飲むことにするわ。あ、後で慰め会に顔出すからそん時はよろしゅうな」

 

 自分の眷属からその情報を聞いたと言ったヘスティアの事を若干情けなく思いながら取り敢えず狙われているという認識があることにロキは安心した。

 それだけ言ってロキはぶつぶつフレイヤとヘスティアに対する不満を漏らしながら去っていった。その姿はさながら不良のようであった。

 

「ふふ、なんだかんだ言ってロキも貴方には甘いわね」

「どこがだよっ、たくガミガミと声が大きいのは昔から変わらない」

「あら、真正面からアゼルのこと狙ってるって言ってくれるあたり凄く優しいと思うわ」

「うっ、それは、まあそうかもしれないけど。いや、でもそもそも僕からアゼル君を取ろうって考えているところが優しくないだろう」

「ふふ、それだけアゼルが魅力的ってことでしょう? 主神として誇っていいことよ。私も狙っちゃおうかしら、うちの鍛冶師と仲いいみたいだし」

「へ、ヘファイストスまで!」

「嘘よ嘘。でも、これから注目を集めるだろうから気をつけること」

 

 行くわよ、と言いながら先に歩いて行くヘファイストスを一度見てヘスティアはまだテーブルの上に置いてあるアゼルとベルの資料を見る。

 

「分かってるさ」

 

 これから色々な神々からちょっかいを出されることをヘスティアも理解していた。ランクアップした冒険者は悪い意味でも良い意味でも注目されるのだ。特にアゼルとベルの場合前代未聞のランクアップだから注目度に拍車がかかる。

 ランクアップは嬉しくもあったが、心配事が増えるということでもあった。

 

「さて、僕も一回帰るとするか。ベル君が首を長くして待っているだろうし。アゼル君は……あんまり興味なさそうだな」

 

 しかし、取り敢えず今はホームで帰りを待つ眷属の喜ぶ顔を思い浮かべた。

 

 

■■■■

 

 

 腕を斬られる。

 脚を斬られる。

 腹を斬られる。

 

 夢の中でありとあらゆる斬撃を私はこの身で体験する。ただの記憶として眺めるのではなく、痛みが伴い、叫び声を上げそうになる。しかし、夢の中の私は叫び声を上げることができず、ただ延々と繰り返される斬撃の記憶を蓄積していく。

 

 刃をどのようにして振り、斬られたかを知り、その刃にどんな想いを込めたのかを感じる。それによって斬撃は私のものになっていく。

 寝る度に繰り返されるこの夢の意味を私は知らないが、私はだんだんと近付いていっている気がした。だんだん沈んでいく気がした。覗き込んだ穴の奥底、深淵に繋がる暗闇の中へと落ちていくのだ。

 

 底の見えない深淵にも、きっといつか終わりが来るだろうことを信じて私はその痛みを受け入れた。

 

 振るわれた刃は、私の首を斬り裂いた。

 

 

 

 

 意識が浮上する。目を開けると見慣れた地下室の天井が視界に広がる。この夢を見るようになって三日目となり、慣れてしまった私は寝汗一つかくことなく覚醒する。神々の会合に出向くヘスティア様を見送ってから私はいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 

 リューさんに肩を借りてダンジョンから地上まで戻ったのが三日前の出来事だ。リューさんは怪我が殆ど治っている私を念のためバベルにある治療室に連れて行ってくれた。そこでリヴェリアさんとアイズさんに出会ったが、何故か驚かれた。聞いてみるとベルも同じく大怪我をして治療室で寝ているらしい。リヴェリアさんに「仲が良いんだな」と言われた。

 ついでにそこでリューさんのために回復薬(ポーション)を買った。リューさんは係員の手を借りずに自分の怪我の治療をして包帯で傷を隠した。確かに付けられた歯型は他人に見せたいものではないだろう。バベルに出てきてから包帯で隠すまでリューさんもどことなく恥ずかしそうにしていた。

 そうこうしているとヘスティア様が部屋の中に走りこんできて、リューさんにその日起きたことを説明するのはまた後日ということになった。

 

 

「よっと」

 

 身体を起こしてソファに座る。

 オッタルと死闘を繰り広げてから三日、ホトトギスとなって死にかけて何かが変わるかと思っていたが、特にそれといって変わったことはない。体調も良好であったし、ベルはいつものベルで、ヘスティア様もいつものヘスティア様だ。

 ソファの前にあるテーブルに一枚の裏返しにされた紙が置いてある。手を伸ばして表面に書かれている内容を見る。

 

 

アゼル・バーナム

Lv.2

力:G 254 → E 478

耐久:G 251 → D 502

器用:E 401 → C 687

敏捷:F 369 → C 632

魔力:G 251 → F 387

剣士:I → H

《魔法》

未来視(フトゥルム)

《スキル》

(スパーダ)

地這空眺(ヴィデーレ・カエルム)

(グレイプニル)

・ 魂の弱体化。

 

 二日前に更新された自身の【ステイタス】だ。流石はオッタルと死闘をして死ぬような経験をしただけあってか基本アビリティの上昇はトータル千を超えていた。その上昇具合にヘスティア様、そして私も絶句した。

 追加された新たな《スキル》についてヘスティア様は彼女の見解を教えてくれた。恐らく器と中身の強さの違いが大きすぎる故に(中身)の弱体化が必要になったのだろうと彼女は言った。ヘスティア様はその原因が飛ぶ斬撃にあると思っているようだ。

 

 私は、自分に起こったことを彼女にはまだ言っていない。自分がホトトギスとなり、人智を越えた異能を獲得したことをあまり人に喋りたくなかった。誇って誰かに話せることでもないし、何よりも最初にこのことを話すのはリューさんと決めていた。

 

 ホトトギスとなって何か【ステイタス】に変化が出ると予想していたが、何も変化はなかった。推論でしかないが、恐らくホトトギスから受け継いだ異能は経験に起因するものではないからだろう。つまり【経験値(エクセリア)】とはまったく関係ない能力、種族特性のようなものなのかもしれない。【経験値】を強さへと変換する【ステイタス】に表れないのはそのあたりが原因に思えた。

 仮に【ステイタス】に種族欄があったとしたら私はヒューマンではなくなっているかもしれない。

 

 胸に手を当てる。以前と変わらない心拍が身体中に血液を巡らせているのが感じられる。しかし、そこには血液以外にも熱が篭っていた。遥か昔より紡がれ、私へと受け継がれた一つの願いがその心臓には宿ったのだ。

 この心臓から全身に巡る血液には彼等の願いが流れている。

 

「早く、斬りにいきたい」

 

 答えが返ってこないと知りながら語りかける。そこに意味などなく、理由もないただの自己満足の行為だ。それでも、彼女の存在を私だけは忘れまいと思った。

 壁に立てかけられている刀を見る。折れてしまった刃は布に巻いて保管してあるが、もう刀としては使えないだろう。単純にくっつけて熱すればいいと言うものじゃない。

 

「明日あたりに会いに行きますか」

 

 まずしなければいけないのは武器の調達だ。折れてしまったという報告をするのは心苦しい限りだが、折れてしまったものはしょうが無い。

 

「武器を壊してしまうとは、私もまだまだ未熟ですね」

 

 そもそも刀の扱いがまだまだなっていない。流石に独学や直感だけで扱うのにも限界を感じるようになってきたので誰かに師事することも視野に入れた方がいいかもしれない。その場合誰に師事するかはまったく見当がつかないが。

 その後は【鎖】の弱体化が具体的にどのような効果なのかを確かめるために中層辺りで一度調子を見る必要もある。

 

「ただいまー」

「ベル、お帰りなさい。どうでした?」

「だめだったよ。もうギルドは人が多すぎて入れなかった」

 

 ベルは早く二つ名が知りたいと言って神会の結果がいち早く届くギルドへと出掛けたが、どうやらそれは叶わなかったようだ。ホームで待っていればヘスティア様が戻ってきて結果を教えてくれるというのに。

 

「あ、後これ」

「ん、何ですか?」

 

 ベルは近づいてきて私に一通の封筒を差し出してきた。揺すってみても特に音はしなかった。不審に思いながらその封筒を開けた。

 

「帰る途中にアゼルに渡してくれって言われて」

「誰に貰ったんですか、これは?」

「ダークエルフの人。僕は知らない人だったけど、アゼルの知り合いじゃないの?」

「……知り()()ではないでしょうね」

 

 中身を見てみれば自ずと差出人も分かるだろうと思って開封する。中身は文章が一つだけ書かれた手紙だった。

 

「なんて書いてあるの?」

「『名前は気に入っていただけたかしら』とだけ」

「どういう意味?」

「そのままでしょう」

 

 手紙をテーブルの上に置く。こんな意味深な手紙を送ってくる知り合いに一人しか心当たりがなかった。

 

「たっだいまー!!」

「お帰りなさい神様」

「ああ、ベル君が出迎えてくれるなんて、ここは天国か!」

「も、もう大げさですって神様」

「いいや! あの空間の後だと本当にそう感じるね!」

 

 扉を勢い良く開けて入ってきたヘスティア様はそのままの勢いでベルに抱きついた。私は気付かれないように手紙を握りつぶした。ヘスティア様にはフレイヤが私を狙っていることは教えているのでわざわざ見せる必要はない。

 

「お帰りなさいヘスティア様」

「ああ、ただいま」

 

 疲れた、と呟きながらヘスティア様もソファに身を預けた。そして横に座る私をじっと見つめた。

 

「どうかしましたか?」

「……色々教えてくれてありがとう。おかげで今日確信が持てたよ。フレイヤが君達二人を特別視しているのは間違いない」

「そうですか……」

「まあ、それについてはまた後日話そう。今日はお互いこの後用事があるわけだし」

 

 ベルに聞こえないようにヘスティア様は私の耳元に口を近付けて小声で言った。現状フレイヤは直接ベルに接触はしていない。私とヘスティア様は確信を持ててもベルは実感がわかないかもしれないと思いヘスティア様は話していないようだ。

 

「そうだ! 二人の二つ名が決まったぞッ! 痛くない名前で僕は嬉しいよ!」

「本当ですか! ああ、かっこいい名前だといいなあ!」

「ふっふっふ、まあそう急かすんじゃない」

 

 そう言ってヘスティア様は一枚のリストを取り出した。そこには今期ランクアップした冒険者とその二つ名がずらりと書かれている。その中の最後の方、ヘスティア・ファミリアの横に書かれた二人の冒険者の名前が連なっている。

 

【リトル・ルーキー】ベル・クラネル

剣鬼(クリュサオル)】アゼル・バーナム

 

「ハッ、剣の鬼とは言ってくれる」

 

 鬼とは極東の言葉で化物の意味だ。剣の化物、私にぴったりの名前だろう。握りつぶした手紙をより一層強く握る。

 

「ちなみに……クリュサオルは神ポセイドンの息子の一人の名前だよ」

「……何か私に関係してるんですか?」

「生まれた時から黄金の剣を持っていた、とか。後――」

 

 ヘスティア様は一瞬言葉にするのを躊躇したが、私が教えてほしそうに見ていることに気付いて続きを言った。

 

「――母親の首が斬られた時の血が海、もしくは大地に滴ったことで産まれたとも言われている」

「……ふっ、ふふふはっ」

「あ、アゼル君?」

 

 あの女神はどこまで自分のことを見ているのか、本当に底の見えない女神だ。笑いを堪えようとしても溢れてしまう。

 

(ええ、気に入りましたとも。本当に、本当に私にぴったりな名前だ)

 

 剣を握ったことで自分を完成させ、剣を振るうこと以外に能がなく、生き残るためにホトトギスの首を斬って生き延びた私は、その名に相応しいだろう。

 だから、いつかそのお礼にフレイヤを斬りにいこうと心に決めた。

 

 

 

 

 両名とも前代未聞の短時間でランクアップを果たした大型新人として、今後注目されることを彼等はまだ知らない。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あれば気軽に言ってください。


日常パートって難しいですね……どうしても会話が増えてしまう。

二つ名はシンプルにしました。シンプルにし過ぎた感もありますが、結構悩んだ末の二つ名なので許してください。

これにて三章は終わりです。

そして最後に、俺がガネーシャだ!(大嘘)

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