剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「はあ? あの野郎がフレイヤのとこのガリバー兄弟をぼこぼこにしただあ!?」
「はい」
「……それホンマ?」
「見た限りでは」
フレイヤ・ファミリアの冒険者に闇討ちされたアイズはロキ・ファミリアのホームである黄昏の館まで帰ってきた。そして、帰ると何故か『第一回どうやればアゼルをゲットできるか会議やで!』という張り紙をされた談話室へと足を運んだ。
そこでは主神であるロキ、団長であるフィン、幹部であるリヴェリアやガレスに加えて、ティオネとティオナのアマゾネス姉妹、ベートにレフィーヤまで座ってロキの話を聞いていた。ちょうどいいと思い、アイズは先程見てきた光景を話した。もちろん自分がベルに稽古をつけていることは一切触れなかった。
闇討ち自体はよくされるので、今回は珍しくオラリオ内で襲ってきたと言うと全員が納得したのはアイズにとって幸いだった。
アイズの情報にティオネ以外のメンバーは声を上げて驚いた。一人だけ驚いていないのを不審に思ったフィンがティオネに聞いた。
「ティオネは驚かないんだね」
「あの時のあいつならできるんじゃないかと思いまして」
「そういやティオネは二日前アゼルとバトったんやったな。そない凄かったんか?」
「凄い、ね」
ティオネはその時のことを思い出すように目を閉じた。迫り来る剣閃、自分が速度を上げる度に同じように速度を上げてくるアゼルの動き。
「まるで底が見えなかった。確かに、凄かったけど。私はむしろ恐ろしいと思いました」
「恐ろしい? どうしてだい?」
「だって、おかしいじゃないですか。レベル2のはずなのに、レベル5の動きについてくるなんて。私達の積み重ねてきた努力を嘲笑うかのようにもの凄い勢いで成長するなんて」
「……もし、成長じゃないとしたらどや? 例えば魔法とか」
ある可能性をロキが提示する。つまり、アゼルの見せた異常なまでの身体能力は成長ではなく何かしらの技または魔法であるという可能性。
「それはありえんだろう。レベルを上げる魔法は確認はされているもののかなり稀少だ。その上レベルを3つ上げるような効果があるなど、ありえない」
魔法の専門家であるリヴェリアがその可能性を即座に否定する。
「仮にあったとしても、そう安易に他人に見せる魔法じゃない」
「確かになー……じゃあ、なんやろ」
「ま、まさか強化種とかじゃ」
恐る恐るレフィーヤが残された可能性を口にする。現在ロキ・ファミリアが敵対している地下勢力に存在を確認された人ならざる人、人の形をした化物を彼等は『強化種』と呼んでいる。その身体に魔石を埋め込み、常軌を逸した回復力と膂力を発揮する化物だ。
「それはないよ、だってアゼル怪我してたもん」
「で、ですよね」
しかし、その可能性も怪我をしているアゼルを見たティオナによって否定される。レフィーヤはむしろ否定されたことに安堵した。
「結局、ここで考えていては分からんのではないだろうか?」
「んー、ガレスの言う通りやけど……教えて言うて教えてくれるわけないし」
「やっぱり戦って確かめるしかないよ! 私が行く!」
嬉しそうにその提案をしたのはティオナだった。次は自分と約束したので、自分が戦いにいけると思って喜んでいる。
「戦うんは、まあ、問題やけどアゼルは気にせえへんやろうしむしろ嬉々として戦ってくれそうやけど……そうやな、アゼルを誘う形でいってみよか」
「つまり、今は暇だから一緒に訓練しよう。でも主神に言わないのが条件、と言うのか?」
「そんな感じや。強いやつと戦えてアゼルにも得、恩も売れるし見極めもできてこっちには一石二鳥やん! やっぱうちは天才やな!」
「はあ……で、問題は誰が戦うかなのだが」
蟀谷を押さえながらリヴェリアは溜息を吐いた。割りと無理なことをしているのに主神は見ての通り軽い気持ちでしているのだ。確かにアゼルは気にしないだろうが、もしアゼルの主神に知られたら何を言われるか分かったものじゃない。
「私! 私私ッ!」
ティオナがぴょんぴょん跳ねながら手を挙げる。
「アイズがいいんちゃう? 同じ剣士やし」
「だ、だめです! アイズさんは私と訓練してくれる約束してるんですからッ」
「ねえ、私は?」
「リヴェリアは頭ええけど、アゼル相手じゃ無理やし……ガレスは逆やな」
「ハッハッハ! 難しく考えるのは苦手なのでな!」
ガレス・ランドロック、【
「ねえ、私ー!!」
「しゃあないな……ホンマはそんなよくないんやけど――」
ロキもその決断を本当はしたくなかったのか、溜息を吐きながらその人物の名前を言った。
「ティオナ、じゃ戦っても楽しんで観察できへんやろうし。フィン、頼むわ」
「えええええええええええ!!」
「……分かったよ」
ティオナの叫び声にかき消されながらフィンは返事をした。すぐさま近所迷惑だと言われティオネに頭を叩かれたティオナは、意気消沈してそのまま部屋へと帰っていった。
■■■■
フレイヤ・ファミリアの冒険者と戦った翌日。朝起きてからヘスティア様に怪我の具合を嘘偽りなく報告して、今日も目出度く留守番を言い渡された私は昨日と同じく散歩をしていた。
そんな私に意外な人が声をかけてきた。
「やあ」
「えっと、おはようございます、フィンさん」
ロキ・ファミリアの団長であるフィンさんだった。
「先日はティオネさんとティオナに助けられました。ありがとうございました」
「いいさ、彼女たちも好きでしたことだ。怪我の調子は大丈夫かい?」
「ええ、殆ど治ってはいるんですが。まだほんの少し痛むので主神から留守番を言い渡された次第です」
「そうか……」
何かを考えるように目を閉じて考えるフィンさんを見て、実は何か目的があって私に話しかけたのではないかと考える。というより、フィンさんのような忙しそうな人が気まぐれで私に話しかけるとは思えない。
「実は今日はオフを貰っていてね、暇なんだ。他の面子は各々の訓練でいなくなってしまって、相手を探してるんだけど。アゼル君、どうかな?」
「ええと、はい?」
「もちろん主神には秘密にするのが条件だ。見たところ武器も持っているようだし」
「……」
フィンさんの申し出に驚きながらも、私の中で返事など出ていた。
「じゃあ、行きましょうか」
第一級冒険者が訓練をしてくれるなど早々ある機会ではない。その機会を活かさない手はない。
「それにしてもいいんですか? 私なんかよりティオネさんと過ごしたほうがいいんじゃないですか?」
「まあ、将来の仲間の実力を知っておきたくてね」
「私、
「そうかい。言っておくけど、ロキはしつこいよ?」
「説得してくださいよ」
「それは無理というものさ」
そうして私はフィンさんに連れられダンジョンへと向かって歩いて行った。どれだけ激しく周りを壊しても文句を言われないのもダンジョンの良いところである。
「さて」
ダンジョン5階層の奥の方にある大きな空洞へとやってくる。そこにいたモンスターをフィンさんが数秒で残滅し、その後壁を破壊し始めた。最初は意味が分からなかったが、壁を壊しておくと壁が再生する間モンスターが産まれないらしい。
「じゃあ、始めようか」
「組手形式でいいんですか?」
「ああ、僕は刀剣類に関しては詳しくないからね」
そう言ってフィンさんは槍を構えた。私もそれに応じて構えを取る。
「この槍はスペアだから、気にせずかかってきていい」
「それを聞いて安心しました」
静かに集中していく。フィンさんと戦えるという興奮を抑えこむように深呼吸をして、意識をホトトギスを抜き放つ右手に向ける。
その状態のまま数秒、そして数十秒が経つ。目の前にして漸くフィンさんの強さを垣間見る。まったく隙がない。飛び込めばそのままカウンターを食らって負ける未来が見える。
「そちらから来ないなら、僕から行かせてもらうよ」
私が向かってこないことを見るとフィンさんは構えた状態から更に踏み出すために脚へと力を込めた。目に魔力を注ぎ【
「ハアッ!!」
槍の軌道に合わせて一刀目を抜き放つ。狙いは槍の先端部分、穂の下辺りを狙って刃を走らせる。
「シッ」
しかし、その一刀目はフィンさんの突き出した槍に掠ることもなかった。刃が槍に当たる直前、フィンさんは穂先を少し下に向かせて軌道を逸らしたのだ。目で捉えるのも難しいはずの斬撃を的確に捉える恐るべき動体視力だ。
空振りに終わった一刀目から切り返し、二の太刀で追撃をする。しかし、その斬撃もフィンさんが槍を巧みに振り回し柄の後ろ半分、石突付近で左に弾かれる。
次に襲いかかってきたのは槍の真骨頂である突き。弾かれた勢いを殺さずに身体を左に倒れこむように回転させ突きを避けながら左足で後ろ蹴りを放つ。その蹴りも難なく避けられ、フィンさんは一度後退した。
そのことを不思議に思いながら、そういえば組手だったと思い出す。呼吸を整えて、もう一度構える。
「それは、君の本気かい?」
「……ええ」
ホトトギスの力を抜きに考えれば今日の調子はすこぶる良い。昨日ホトトギスの力を使って分かったことなのだが、あれを使うと凄く疲れる。あの後ホームに帰って私は倒れるようにソファで寝た。朝起きて心配されるほどだ。
しかし、試したい気持ちはある。
「昨日、アイズがフレイヤ・ファミリアの冒険者に闇討ちされるのを助けてくれたらしいじゃないか」
「もしかして」
「その前はティオネと善戦したと本人から聞いたよ」
「それが目的ですか?」
冒険者は皆力を求めている。より深くダンジョンに潜るため。金を求める者、名声を求める者、力を求める者と目的は人によって様々だ。だが、結局強さなくしてそれらは叶わない。第一級冒険者であるフィンさんが更なる強さを求めるのはなんら不思議なことじゃない。
そして、私はレベルを無視するような力を見せてしまった。
「僕も、久しぶりに好奇心が抑えられなくてね」
「秘密にしてください、と言っても無駄なんでしょうね」
構えをといて自然体になる。溜息を吐きながら、自分が実は大きな過ちを犯しているんじゃないかと考える。考えるが、もう止められはしない。そもそも見て私が何をしたのか理解できるとは思えないが。
「アイズとティオネの言っていることが本当なら、ここからは先は組手じゃ済まないかな?」
「ええ、そうですね。フィンさんも遠慮しないで、それこそ殺す気でやってください」
「ははは、流石に殺しはしないさ」
笑いながらもフィンさんは私を睨むかのように見ていた。きっと私が何をするのか見逃さないためだろう。しかし、別段モーションが必要なことじゃないのだ。
(いきますよ、ホトトギス)
『ええ、斬りましょう』
考えれば想いが伝わる。ホトトギスから熱が伝わってくる。身体中を巡り、やがて心臓へと到達する。一際強く心臓が脈動するのが分かった。
「ああ」
麻薬を使ったことはないが、きっとこんな感じなのではないだろうかと思う。使う度にその良さを確認し、何度も何度も使いたくなる。例え身体に多大な疲労を残すと分かっていても、この力に身を任せたくなる。
だが、剣に振られる剣士ほど滑稽なものはない。意識的に己を保つことを忘れない。そんなことをしていられるほど目の前の冒険者は甘くないだろうと思いながらも、私はホトトギスの誘惑に抗う。
■■■■
そもそも、何故ロキは団長であるフィンにアゼルの相手を頼んだのか。本来であればもう少し位の低い団員に頼みたいところだったのだが、話に聞くアゼルの相手をできる面子は限られる。その上戦いながらアゼルの行動を観察するほどの余裕がなければいけない。
そして、もう一つ。ロキはアゼルが『強化種』である可能性を捨て切ってはいなかった。『強化種』とはロキ達にとって未知の存在であり、怪我が治らない個体がいてもおかしくない。だからこそ、何事にも対処できるフィンを起用した。
(これはッ)
激しい火花と共に迫る刃を槍で弾く。決して刃を交えてはいけないことを念頭に、角度を付けて弾くことが思いの外苦行ではあったものの、先程までは余裕を持ってできていた。
(まだ速くなるのか!)
しかし、現在はそれも難しくなりつつあった。
フィンがアゼルに本気を出せと伝えた直後、まるでランクアップをしたかのように向上した身体能力で踏み込み斬りこんできたアゼルの刃を弾いたことを発端にアゼルの斬撃は速くなる一方だった。
(これは、確かに悪夢のようだな)
ティオネの言っていた恐ろしいという感覚をフィンは漸く理解する。ある程度は予想していたが、話に聞くのと実際に体験するのとでは雲泥の差があった。そして、フィンもギアを少しずつ上げていく。
(本当に、君は面白い!)
フィン・ディムナは正しく冒険者であった。彼は冒険を好んだ。危険と隣合わせの緊張感を、仲間と共に戦う喜びを、未知を知っていく楽しさを愛していた。それは、彼の本来の目的を忘れさせるほどにフィン・ディムナという存在を魅了した。
だからこそ、目の前の未知を知りたくなった。目の前の剣士と戦いたくなった。
最初の頃とは比べ物にならない速度で槍を振り回す。穂と石突そして柄、槍のすべてを使って攻撃を弾き、逸らし、そして反撃をする。
だが、攻撃のすべてがアゼルによって回避されていく。まるで幽霊でも相手にしているような感覚をフィンは覚えた。どこに攻撃をしても、まるでそれを分かっていたかのように人間の反応を越えた早さで察知して避けられている。
(それもまた、君の力か)
本当に、底が知れない。そして、何よりもアゼルの笑みを見てフィンは震えた。
アイズが認めるほどの剣の腕を持っている。ティオネが恐ろしいと感じるほどの身体能力を持っている。フィンが舌を巻くほどの回避能力を持っている。しかし、そんなこと関係なくアゼル・バーナムは正しく剣士であった。
どんな戦いでも、自らの剣を信じてすべての敵を打倒する。それを生き甲斐とする剣の申し子であった。
(ああ、これはまずい。
そしてフィンも自らの心が震えているのを自覚し始めていた。仲間になるからその実力を知りたい? おかしいほどの能力を有しているから見極めたい? そんなことはどうだってよくなっている。
純粋に、アゼルとの戦いを楽しみたいと思い始めてしまっていた。
ロキ・ファミリアの団長ともなると理知的で冷静、いつでも余裕を持って状況を見ているというような印象を持たれがちだが、それだけじゃない。ロキ・ファミリア団長、つまりはファミリアの頂点であるフィン・ディムナは誰よりも強いのだ。
強者になればなるほど、心が震えるような戦いを好まない冒険者はいない。戦いを好まない冒険者は、真に冒険者ではないのだから。
「だから、終わらせよう――」
――これ以上やると殺してしまいかねない。
それがフィンの決断であった。相手が他ファミリア、しかもまだまだ成長途中の冒険者であることを忘れてはいけない。アゼルにはまだまだ成長の余地があるのだ。もっと強くなったアゼルと戦いたいという思いが芽生えた。
だからフィンは本気を出した。一瞬で決着を付けるために。
「フッ!」
人の域を越えた踏み込みは、瞬間移動のように見えるだろう。しかし、アゼルはその動きを的確に捉えていた。その事実にまた心を震わせながら、フィンは地面を踏みしめ急停止、更に方向転換をしながら走りだす。アゼルは刀を振るったが、斬り裂いたのはフィンの残像だった。
「本当に恐ろしい!」
次に姿を現したのはアゼルの背後だった。一瞬でそのことを知覚したアゼルは振り向いて迎撃をしようとしたが時既に遅し。フィンは石突で振り向くアゼルの動きを予測しながら寸分違わず鳩尾を突いた。
「ぎッ」
鳩尾を突かれて一瞬呼吸をできなくなりアゼルは気を失うようにして地面に倒れた。その事を確認したフィンは取り敢えず安堵した。
「……ロキにはなんと報告しようか」
相手をしたフィンでも何が起こったか理解できなかった。ただ一つ言えるとしたら、ティオネの時と違い意識的に身体能力の強化をしていたということだろうか。それ以外で特徴と言えば、目が銀色になっていたこと。組手をしていた時は銀ではなく、翠だった。
「――ッ!!」
考え事を中断してフィンは槍を構えた。否、反射的に構えてしまっていた。まるで背筋に氷を突っ込まれたかのような殺気をその身に浴びた。
「嘘、だろう」
「ふふふ」
ありえない、そう思いながらも目の前の現実はそれを否定した。ゆらりと、まるで幽鬼のようにアゼルは立ち上がった。その瞳は未だ銀色に、つい先程までより一層美しい銀色に染まっていた。
「殺させはしない」
「なに?」
「アゼルは、私たちに必要だから。だから――」
アゼルの口から紡がれる言葉に違和感を覚えながら、殺気が一気に膨れ上がるのを感じたフィンは戦闘態勢になる。ぞくぞくと悪寒を感じる背中には嫌な汗が流れる。明らかにレベル2の冒険者の存在感ではなかった。
「――貴方を斬るわ」
気絶させたはずなのに、アゼルの踏み込みの速度はまったく衰えていなかった。むしろ先程より僅かに速くすら感じられた。
「くッ」
ありえない状況に追いつかない思考を放棄して刃を受けた、受けてしまった。
「しまっ」
槍の先端部分が予想通り斬り捨てられた。手で金属を斬り裂くのだ、刃で斬れないわけがないと思っていたフィンの予想は当たっていた。
「ああ、やっぱり素晴らしいわ」
「君は、誰だ?」
「やっぱりアゼルしかいない。私達の担い手に相応しいのは、アゼルしかいない」
会話が噛み合っていない。しかし、フィンはなんとなく状況が飲み込め始めていた。明らかに、雰囲気が違うアゼルを見て飛躍した結論に至る。
(もう一人いるのか? 二重人格か、それとも。いや、それは今重要じゃないな)
フィンは思考を巡らせようとするが、それを中断する。何よりも先決なのは目の前のアゼルをもう一度戦闘不能にさせることだ。
「すまないアゼル君。少し痛いかもしれないが――」
槍を反転させて石突を前にして構え、そして跳び出す。アゼルも真正面から来るフィンに対処するために刀を振るう。フィンの予想通り、アゼルの刃はフィンの突きを予測して武器破壊を狙っていた。
だから、それに抗うことをやめた。フィンは斬られる槍を手放して、素手でアゼルの懐に入り込んだのだった。
「――許してくれ」
そしてもう一度鳩尾に、今度は自らの拳で一撃を叩き込む。また立ち上がられては厄介なので容赦はしなかった。
しかし、それでも。
「ぎぃ、ぐぅぁ」
「沈め!」
何故か意識を保っていたアゼルにとどめの踵落としを頭に落とす。痛みに苦しんでいたアゼルはその一撃を避けることは叶わず、そのまま地面へと物凄い勢いで倒された。
「……ちょっとやり過ぎたかな」
自分の踵落としで若干凹んだ地面を見てフィンはアゼルの無事を確かめ始めた。今度こそ、気絶したことを確認してからフィンはアゼルの治療を開始した。もちろん負わせた怪我は
■■■■
「うっ……あれ、私は……」
「目が覚めたかい?」
「フィンさん? ああ、そう言えばフィンさんと訓練をしていて……」
「すまないね、少し熱くなりすぎて」
「あ、いえ。こちらこそ、すみませんでした」
眠りから覚めるように、ゆっくりと覚醒していく。ぼやけた視界と思考が徐々にクリアになっていき、何をしていたのかを思い出す。
「気絶したんですか、私」
「ああ、言葉じゃ止まりそうになかったからねお互い」
「はっはっはっ、確かに。というか怪我が全部治ってるんですが」
「気にしなくていいさ。怪我をさせたのは僕だからね」
そう言ってフィンさんは回復薬が入っていたであろう瓶を仕舞った。なんだかロキ・ファミリアの人達に返しきれないほどの恩がある気がしてきた。
「有意義な訓練だったよ。僕もまだまだ修行が足りないようだ」
「私もまだまだでした。フィンさんの動きに付いて行くのがやっとでしたから」
「それは本来修行でどうにかなるものじゃないんだが。まあ、詮索はしないでおくよ」
「しないんですか?」
「ああ。どうせ教えてはくれないだろうしね」
そう言ってフィンさんは立ち上がった。横になっていた私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。思っていたよりも体力が回復していて、ふらつかずに立ち上がれた。
「さて、じゃあ帰るとしようか」
「そうですね」
そうして私を先導するようにして歩くフィンさんの後ろを歩く。
(ん?)
そしてフィンさんが手に持った槍を見て何かが引っかかった。よく観察すると槍の先端部分がなくなっていた。断面を見るに斬られたようなのだが。
(斬った覚えがないんですが、私)
気付かないくらい熱中していたのだろうという結論にして、私はそのことを忘れることにした。
■■■■
「もう一人ぃ?」
「ああ、そうとしか言えない」
昨日に続けて『第二回どうやればアゼルをゲットできるか会議やで!』が談話室の扉に貼り付けられたその日の夜、フィンはその日起きた事をロキに報告した。
メンバーは昨夜と同じだ。フィンの報告にいち早く反応したのは、信じられないと言わんばかりに眉を釣り上げていたベートだった。
「つまり二重人格と言うことか?」
「いや、僕もその可能性を考えたんだけど。気絶させたのに起き上がって人格が変わっているのは果たして二重人格なのかな」
「確かに意識がないと人格の入れ替えは起きないようにも思えるが……私達の中に二重人格者がいるわけじゃないから確証はないな」
提示された可能性について真剣に審議をするリヴェリアとフィン。その二人の議論を中断させたのはロキの笑い声だった。
「くっくっくっくく、くはっ! あはははははっは!」
「何が面白い?」
「ひー、ひーっはっは。いやあ、ホンマ下界はおもろいなあ!」
「もしかして、分かったのか?」
突然笑い出す主神に不本意ながら慣れてしまったリヴェリアがロキに聞いた。
「まあ、うちの考えも可能性の一つでしかないんやけど」
「聞かせてくれ」
「フィンの言ったとおり、二重人格やと説明がつかん。やったら二つなんは人格やない。アゼルが持ってるんは二つ目の意識、アゼルとは別の、せやな魂って言ってもええ。アゼルが二人いるんちゃう、アゼルの中にほんまにもう一人いるんや」
「でも、それは」
「そう、つまりは二重人格なんかやなくて、魂の共生やな」
ロキの導き出した答えに全員が息を呑んだ。論理もへったくれもない、飛躍しすぎた答えだったが、確かに気絶しても戦えたアゼルの説明はつく。
「で、でも、そんなことが本当に可能なんでしょうか?」
「可能か不可能で言ったら、可能やと思うで。まあ、できるかはやってみんと分からんけど」
「そうなると、どこかで何かしらの神が関わってるんじゃないかな」
「せやろなー。ドチビにそんなことはできへんやろうし……チッ」
「心当たりがあるのか?」
「まあ、一人だけな」
ロキが思い浮かべたのはオラリオで唯一ロキ・ファミリアと同格として扱われるファミリアの主神だった。
(そういやアゼルは魅了されてなかったなあの時。目付けられるには十分な理由やな)
アゼルがフレイヤと対峙したであろう現場に、すべてが終わった後ロキは訪れた。他の人間が魅了され骨抜きにされている中、アゼルは血まみれになりながらも自意識を保っていた。何らかの方法でフレイヤの魅了を跳ね除けたのだろうとロキは予想した。
「でも、魂? 意識? がもう一つあるからって強くなるものなの?」
ティオナは思ったことを率直に言った。魂の共生は気絶しても戦い続けたアゼルの説明はするが、異常な身体能力の説明にはならない。
「確かにそうじゃな」
「ティオナにしては良い指摘ね」
「私にしてはってどう言う意味!」
「そのまんまよ」
いつものようにいがみ合いを始める姉妹をよそにフィンが話し始める。
「もし」
フィンは気絶した後のアゼルと対峙した時のことを思い出した。底冷えするほどの殺気と、本能が恐れを感じる異様な雰囲気を思い出す。
「もし、人ならざるものの魂だったらどうかな」
「人ならざるもの?」
「ああ」
「どうしてそう思うんや?」
フィンのことを愛するティオネですら明らかに訝しむその発言に、ロキは説明を要求した。
「あの時、僕は恐怖したんだ。ロキ・ファミリアの団長、レベル6の第一級冒険者である僕が。数多くのモンスターを倒し冒険をしてきた僕が、レベル2の冒険者にだ」
「……団長」
「あれはまるで――」
そしてフィンはロキを見た。
「――
その一言にロキを除く他のメンバーは息を呑んだ。それもそうだろう、神は
しかし、ロキだけは口角を釣り上げ笑みを深めるのだった。この世にまだ自分が知らないことがあるのだと、その可能性を示す子供がいるのだという事実に彼女は心を躍らせた。
「ハッ、昔もおったな、数々の試練を乗り越えて、神々の座に加えられた傑物は」
彼等は知らない。アゼルの持つ妖刀に宿るもう一つの存在がいるということを。その存在が、一滴とは言え神の血でできた存在だということを。そして、アゼルはその存在を己の中に取り込むことで尋常ならざる力を発揮しているということを。
深淵を覗きこむ時、深淵もまた彼を覗き込む。そして、彼等はお互いに引かれ合い、重なりあい、やがては。
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