剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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月下踊る剣の獣

 怪我をして共に宿へと帰った私達を待っていたのは激怒するティオナだった。留守番を頼んで一向に戻らない自分たちを心配していたというのに、していたことが激しい戦いであったからだ。私に対しては怪我をしているのに無理をしたことに怒り、ティオネさんにはそんな私相手に更に怪我を負わせたことを怒った。

 

「本当に大丈夫? ホームまで送ってこうか?」

「流石にそこまでしてもらうわけにはいきませんよ。ここまで戻ってきてはダンジョンに行くという選択肢はないですし」

 

 朝起きてから宿を出て、怪我をしている私に無理をさせないようゆっくりと地上まで戻ってきた時には既に夕方に差し掛かる時間だった。よくよく計算してみるとダンジョンに入ってから三日目だったようだ。ティオナは心配症だな、と思いつつその原因が自分であるから言わなかった。

 

「ほらほらティオナ、しつこい女は嫌われるわよ。さっさと帰りましょ」

 

 そう言ってティオネさんは「じゃあね」と一言言って歩いて行ってしまった。どこにいてもマイペースな女性だ。

 

「ティオナ、本当にありがとうございました。私にできることがあれば何でも言ってください。ティオナは命の恩人ですから」

「そ、そんなつもりで助けたわけじゃないからッ」

「助けられたことには変わりません」

「……じゃあ、次は私の番ね」

「ええ、その時はお手柔らかにお願いしますよ」

「うん! じゃあ、私も行くね!」

 

 ティオナも手を大きく振りながら離れていく。ティオネさんに追いついたティオナは文句を言い、ティオネさんはそれを軽くあしらいながら帰っていった。

 

「さて、私も帰るとしますか」

 

 ヘスティア様の待つホームへと。私の怪我を見て心配しながらも怒るであろう主神のことを思い浮かべながら、私は軽い足取りで帰るのであった。

 

 

 

 

「君という奴はああああ!!」

「いやあ、すみません」

 

 帰ってきたヘスティア様に【ステイタス】の更新をしてもらった後、危惧していたとおり彼女は怒りはじめた。泣かれるよりはましだが、毎回こんなことになるのかと考えると少し憂鬱である。尤も原因が自分なので甘んじて説教は受けることにしている。

 

アゼル・バーナム

Lv.2

力:H 124 → G 254

耐久:H 102 → G 251

器用:G 213 → E 401

敏捷:H 187 → F 369

魔力:H 122 → G 251

剣士:I → I

《魔法》

未来視(フトゥルム)

《スキル》

(スパーダ)

地這空眺(ヴィデーレ・カエルム)

 

「今度は何をしてきたんだ! 吐け! 今すぐ言うんだああ!」

 

 私の異常に上昇した【ステイタス】を見て最初にヘスティア様が言った言葉だ。

 

「まあまあ」

 

 流石に死ぬような目にあったとは言いづらい。それを他ファミリア、しかもヘスティア様が目の敵にしているロキ・ファミリアの主要メンバーである第一級冒険者達に助けられ、あまつさえ戦ったことなど口が裂けても言えない。

 

「しかも、今回は怪我までしてきて!」

「もう治療もしてあるので大丈夫ですよ」

「……待てよ、その治療は誰がしたんだい?」

「……もちろん、私です」

「今の間はなんだっ! あと、僕達(神々)には嘘が吐けないんだぞ! 白状するんだ」

「そう言えばそうでした」

 

 結局私は起こったことを洗いざらい話す羽目になった。

 無謀にも20階層に一人で踏み込んだこと。数多くのモンスターを斬り殺したが、数に押されて怪我を負ったこと。運良く通りかかったティオナとティオネさんに助けられたこと。その後治療をしてもらったが、結局はティオネさんと戦ってまた怪我をしたこと。そして、共に地上まで帰ってきたこと。

 

「君って奴はっ、本当に!」

「いやー、私としては仲良くできているので問題ないかと思ってるんですが」

「そんなことはどうでもいい! いや、どうでもは良くないけども! 20階層なんて、なんでそんな無茶を……って言っても君は必要だったからと答えるんだろうけど」

 

 勢い良く怒っていた顔から一転して悲しそうな顔になったヘスティア様は包帯の巻かれた箇所に優しく触れた。ティオナが使った回復薬(ポーション)が良かったのだろう、傷はほぼ塞がっていた。

 

「君は、本当は僕のファミリアなんかよりロキとか他の強いファミリアに行ったほうがいいと思うんだ」

「それは」

 

 その続きを言おうとして私は言葉をつまらせた。今まで考えたこともなかったことだったからだ。私にとってファミリアとは、主神とは【神の恩恵(ファルナ)】を与えてくれるものでしかなかった。ベルが勧誘されたファミリアに私も入ることになり、私とヘスティア様は出会った。

 

「それでも……それでも、僕は君にここに居て欲しい。ベル君とアゼル君は僕の初めての家族(ファミリア)だから」

 

 僕はわがままなんだろうね、と彼女は儚い笑みを浮かべて呟いた。そんな彼女をどう励ませばいいか、慰めればいいか私には分からなかった。だから、私は自分の思ったことを言うしかない。真摯に、素直に向き合うしかない。

 

「確かに、そうかもしれません。強い仲間に囲まれ、より強い敵を倒せる環境の方が私の望んでいるものかもしれません」

 

 私の傷を我が子を心配する母のように撫でるヘスティア様の手を握る。

 

「でも、私はヘスティア・ファミリア(ここ)にいます」

 

 私の台詞を聞いて見上げるようにして私の目をまっすぐ見つめるヘスティア様を、私も見返す。その無垢な瞳に吸い込まれそうになる感覚を感じながら、彼女の頭を撫でる。

 

「だって、私達は今喧嘩の真っ最中ではないですか。勝負から逃げるなんて――」

 

 私は剣を極めるために、ヘスティア様は私を本当の家族にするために、お互いの譲れない想いをぶつけた戦いの真っ最中なのだ。

 

「――私らしくない」

 

 真っ向から挑んでこそ剣士である。愚直なまで真っ直ぐ斬りかかってこそ剣士。敵に背を向けて逃げるなど、恥でしかない。

 

「だから、私はまだここから離れません。あの喧嘩に勝負が着くまでは、絶対に」

「そ、そうか。それを聞けて、僕は嬉しいよ。すごく、嬉しい」

 

 そう言ってヘスティア様は私の胴に腕を回して抱きしめた。若干痛かったが、ここは我慢した。

 

「でも、無茶はしないでほしいな」

「あー、それはなんと言いますか……善処します」

「まったく……はあ、僕は身内には甘いところが玉に瑕かな」

「玉に瑕って自分でいうものですか?」

「うるさいなー、そもそも君が原因なんだぞ」

 

 そう言ってヘスティア様は笑った。その笑顔を見て、私も自然に笑ってしまった。そして、笑みの温かさと同時に、胸を刺すような痛みを感じた。私は、きっとこの笑顔を壊してしまうだろうから。

 

 

 

 

 それからは私のいない間に起こったことをヘスティア様に聞いた。

 なんでも最近朝起きてもベルがいないらしい。今までも朝早くからダンジョンに行くのが日常ではあったが、朝食をホームで食べる日がほとんどだ。

 

「うーん」

「何か分かるかい? ほら、昔からの習慣とか」

「いえ、別にはそういうのはないと思いますけど……まあ、思いつくのは」

「のは?」

「女性じゃないで」

「そんなわけあるか!?」

 

 女性という言葉に即座に反応して頭ごなしに否定してくるヘスティア様。

 

「しかし、ベルも十四歳ですし。そういうお年頃であるのは確かですから」

「ぼ、僕というものがありながら……うそだああああ!」

「ベルは罪な男ですね」

 

 そもそも現在進行形でアイズさんに片想いをしているのはファミリア内では知れていることだ。それを頑なに否定するのはファミリア間のお付き合いがどれ程難しいことかヘスティア様が知っているからだろう。本当に恋人になるのであれば改宗(コンバート)の必要があるが、それには当然主神であるヘスティア様の同意が必要になる。

 今の様子を見ていると絶対に改宗などさせなさそうである。

 

「頼むっ、アゼル君! ベル君が何をしてるのか見てきてくれないかな」

「少しは信用してあげましょうよ」

「信用はしてるさっ! でも、その……心配なものは心配だろう? ベル君はあんな性格だし、すぐ騙されちゃうし」

「はあ……分かりましたよ。私自身、色々心配をかけているでしょうし、少しくらいヘスティア様のストレス軽減に協力しましょう」

「ありがとう!」

 

 その後ベルがダンジョンから帰ってくるのを待ち、下層で稼いできた私の奢りで外食をした。ヘスティア様もロキ様と変わらないくらい酒を飲んでいたが、神は皆酒が好きなのだろうか。

 

 

■■■■

 

 

「いってきます」

 

 誰も起こさないように小声で外出の挨拶をして地下室から駆け上がっていくベルを確認して私は起き上がった。

 

「ふぁあ、本当に早いですね」

 

 街の人々が起き始めて仕事の準備をする時間帯ではあるものの、この時間に活動を始める冒険者はまずいないだろう。冒険者の多くが、自由を好み自堕落に生活しているのだ。

 

「さてと、私も行きますか」

 

 急いで身支度をしてから私もベルの後を追うために地下室から地上へと登った。

 辺りはまだ薄暗く、ひんやりとした空気が寝起きの身体を徐々に覚醒させていく。ベルに気付かれないように私は建物の屋根を伝って追跡をすることにした。

 

「ん? こっちは」

 

 目下を走るベルを追うこと数分。ベルは大通りから一本の路地に入り、入り組んだ道をまるで毎日通っている散歩道かのように突き進んでいった。上から追っているからいいものの、もし普通に追っていたら私は道に迷っただろう。

 

「しかし、こっちは市壁しかないはずですが」

 

 オラリオには都市を囲う大きな壁がある。なんのために存在するかは知らないが、話を聞く限りだと隣国から攻められることがあるそうなのでそのためだろう。もちろん巨大であるためその上に登ることが可能であるし、壁の中には部屋もある。

 ベルが目指しているのはそういった場所に行くための通路口であった。

 

「こんな所で何をするんですかね」

 

 昨日はヘスティア様に軽々しく女性だろうと言ったが、わざわざ人が極端に少ない早朝、しかも人がまったくこない市壁まで来て会うような女性を私は思い浮かべられなかった。もしかしたら、本当に何かしらの事件に巻き込まれているのかもしれない。

 そう思っていた矢先だった。

 

「おはようございますっ」

「おはよう」

 

 違う路地から現れた人物にベルが挨拶をしていた。目的はやはり誰かと会うことだったようだ。

 

「今日もよろしくお願いします」

「うんッ」

 

 その人物が誰なのか見ようと屋根から身を乗り出した瞬間だった。その人物は私の視線に感付いたのかいきなり空を見上げた。

 

「どうかしたんですか?」

「……ううん、なんでもないよ」

 

 それが自分の勘違いだと思ったのか、それとも何もしてこない私を見逃したのかは分からないがその人物は数秒私のいる方向を見つめた後ベルを連れて市壁の上へと登って行った。

 

「……まさか本当に女性との逢瀬だったとは。しかもその相手がアイズさんとは」

 

 一瞬で私の視線に気付いたのはベルが絶賛片思い中のオラリオ最強の女剣士アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 市壁上へと辿り着いた二人は遠目からでは詳しくは見えなかったが準備運動をしはじめた。そういえば、二人共武器を持っていたことに気付く。そして、準備運動を終えた二人は向き合うとベルがいきなりアイズさんに向かって走っていき手に持ったナイフを振るって襲いかかった。

 アイズさんは難なくベルの猛攻を捌き、お返しとばかりにサーベルで切り返してきた。その早さは遠目で見ている私でも剣の軌跡が見えたので手加減していることが見て取れた。しかし、驚くことにベルは突き出されたサーベルを時には回避し、時にはナイフで防いで凌いでいた。

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 その光景を見て、私は昔の自分と老師の訓練を思い出した。要するにベルはアイズさんに鍛えてもらっているのだ。どのような経緯でそうなったかは不明だが、別にやましいことは何もなかったようだ。ベルに限ってやましいことなどないとは思っていたが。

 

「これは報告しない方がいいですかね。お互いのためにも」

 

 もし、これを報告したらヘスティア様は怒る。そしてベルはアイズさんとの訓練を止めさせられるだろう。それは両者にとって不利益しか生まない。黙っていればヘスティア様はこのことを知らずに済むし、ベルも訓練を続けてもらえる。

 

「そうしましょう」

 

 ヘスティア様に報告しないことを決意して私はホームへと戻ることにした。是非私も訓練に参加させて欲しかったが、ベルのためにも自重することにした。

 

 

 

 

 

 怪我が完治するまでダンジョンに行くのは禁止と言い渡された私は手持ち無沙汰になっていた。一般的な冒険者はあまり連日でダンジョン探索をしないと聞くが、この暇な時間は何をして過ごすのか私には分からなかった。

 武器の手入れをしようにも、何故かホトトギスは刃こぼれ一つ起こさないしいつの間にか刃に付着した血もなくなってしまっているので錆びる心配もなさそうなのだ。

 

『今日は斬りに行かなかったのね』

(ええ)

 

 そして、そのホトトギスはティオネさんとの戦闘の後から自発的に話しかけてくるようになった。その理由ははっきりとは分からないが、話せるようになったので気にしないことにした。

 

 今はホトトギスを腰に差して散歩をした帰りである。適当にオラリオを歩きまわり、屋台で昼を食べながらぶらぶらと気が向くままに歩いた。そして、気付けばもう太陽が沈み、夕方も過ぎ夜となっていた。

 

『なんで? アゼルはこんなに斬りたいと想っているのに。あの小さいのに言われたから?』

(小さいのって……まあ、そうですよ)

 

 流石に一人で喋っていたら不審者扱いになってしまうので頭のなかで会話をする。私の頭に直接語りかけてくるように、私の考えたこともホトトギスは読み取ってくれるらしい。

 

『そう、優しいのねアゼル』

(優しい、ですか……)

 

 果たして、これは優しさと言うのだろうか。私は自分に怪我をしているから休むべきだという言い訳をしている。自覚してしまう程に、その考えは私の本当の気持ちではない。

 ヘスティア様の言葉がなければ怪我をしていてもダンジョンに行ってモンスターを斬りたい。だが、それなら私は何故ヘスティア様の言ったことに言い訳までして従っているのか。何度も自分の行いで傷付けているというのに。

 

(私は、優しくなどない)

『そう?』

(宙ぶらりんで中途半端で。それが一番非道いことだと知りながらも、傷付けるのに傷付けたくないと思い)

 

 お互いが傷付くことを知りながらも、私は戦うことを止められない。そしてヘスティア様も、そうなのだろう。どう考えても、世間一般から見れば私の方が悪者になるのだろう。自分でも、そう思ってしまう。

 

『アゼル、知ってる? 刃はね何度も金属を叩いてできるのよ』

(それが、どうかしましたか?)

『だから、アゼルもそうなんじゃないかしら? 何度も傷付き、その度に起き上がり、その度に強くなっていく。そして最後には一振りの刀となる』

(……私は、剣ではなく剣士ですよ)

『あら、私は剣であり剣士になれたわ』

(貴方は例外中の例外でしょう)

 

 しかし、ホトトギスの説明に私はどこか納得してしまった。鍛冶師が鉄を打って剣を作るように、私は自分を傷付けてその度に強くなっていく、洗練されていく。傷付けば傷付くほど、痛いほどに自分の望みを自覚する。

 

「ん?」

『あら?』

 

 ふと、甘い匂いを感じ取った。ホトトギスも何かを感じ取ったのか同じように反応した。急いで上を見上げると星空を黒い影が四つ一瞬通り過ぎていくのが見えた。そして跳んでいった方向を見る。

 それはベルとアイズさんが訓練をしていた市壁の方角だった。

 

『追いかける?』

(ええ、力を貸してくれますか?)

『アゼルが望むのなら、いくらでも』

 

 ホトトギスの柄に触れる。そこから熱が伝わってくる。以前と違い、その熱は一瞬で身体中にめぐり力が溢れてくる。

 

 私も、ヘスティア様もあの斬撃を【ステイタス】に依存しない魔法、奇跡と形容した。ならば、レベルの差を縮めてしまう程の身体能力も奇跡ではないだろうか。

 そして、それを可能とするホトトギスこそが『奇跡』なのだ。何故なら、この熱は【ステイタス】の【魔法】の欄にも【スキル】の欄にも出てこなかったのだ。

 

「ふッ!」

 

 地面を蹴って跳び上がる。建物の屋根に跳び乗り、黒い影が跳んでいった方向を見る。異常なまでに強化された視力で闇の中を走るその影を補足して追いかける。

 今までの二倍かそれ以上の速度を出しながら建物の屋根を伝って走る。相手も相当な速度で走っていて差は縮まらなかったが、ある場所に到達すると彼等は立ち止まった。それを見逃さず、私は一気に接近した。

 

「なッ」

「こんばんは」

 

 一人が接近した私に気付き持っていた槌で私を迎撃しようとしたが、私はそれを難なく躱す。暗いから相手の狙いも悪かった上、今の強化された感覚でその攻撃を捉えることは簡単だった。そして、槌が振り切られたその時私はすでにホトトギスを抜き放っていた。妖しい赤い光を灯した刃は槌を両断した。

 

「なんだこいつッ!」

 

 他の三人も私に気付き各々の武器を取り出しながら私に攻撃を加えてくる。剣、槍、斧をそれぞれ携えて突然の襲撃にも関わらず一糸乱れぬ連携だった。

 しかし、視覚も聴覚も触覚も、そして嗅覚すらもがその攻撃を私に教えてくれる。闇の中で僅かな月明かりを反射する刃が見えた。突き出される槍の穂先が斬り裂く空気の音が聞こえた。斧を振り回した時に乱れる空気を肌が感じた。僅かな匂いだけで相手の位置が手に取るように分かった。

 

「こんばんは、フレイヤ様はお元気ですか?」

「てめえ、アゼル・バーナムかッ」

「まあ、そんなことは本当はどうでもいいんです。取り敢えず」

 

 悠然と四人の前に立つ。ああ、これはいけない。何故か、負ける気がしなかった。慢心は剣士を殺すというのに。

 

「斬ります」

『斬りましょう』

 

 ホトトギスは危険である。甘美なまでに私の願いを叶える。その力に身を任せてしまいたいと思わせるほどに温かく、優しく私を包み込む。

 

――深淵を覗きこむ時、深淵もまた貴方を覗き込んでいる

 

 ええ、その通りでしたよリューさん。ホトトギスは私の欲しいものが分かっている。だからこそ、こんなにも溺れてしまいそうになるのだ。

 だから、脳の片隅で思い出すのだ。老師と交えた剣閃を、ベルが語ったお伽話を、ヘスティア様が零した涙を。己を保つために、己を思い出す。

 

『そうでなくては。それでこそ相応しい』

 

 ホトトギスの言葉を聞きながら私は跳びだした。

 

 

■■■■

 

 

(くそッ、どういうことだ)

 

 金髪の女剣士、アイズ・ヴァレンシュタインの剣戟を槍で巧みに弾きながらアレン・フローメルは心の中で悪態を吐いた。

 

(ガリバー兄弟め、どこ行きやがった!)

 

 ガリバー兄弟とはアレンと同じくフレイヤ・ファミリアに所属する【炎金の四戦士(ブリンガル)】の名を冠するレベル5の冒険者である小人族(パルゥム)四人兄弟の名前だ。剣、槌、槍、斧の四つの武器を扱う四人の冒険者は単体でも比類なき強さを発揮するが、その真骨頂は優れた連携にある。連携したガリバー兄弟はレベル6すら圧倒する。

 

(フレイヤ様の命令を無視するわけない)

 

 アレンとて自分一人でアイズ・ヴァレンシュタインを抑えられるとは思っていない。相手も自分を倒すために戦っているなら別だが、今の彼女にとって最優先はベル・クラネルの安全である。アレンとの戦闘を一時放棄してベルを助けに行っても不思議ではない。

 そうさせないために、アレンとガリバー兄弟で囲み逃がさないようにするのが本来の作戦だった。今一番知りたいのはベルの実力なのだ。

 

「行かせるかよっ!」

 

 アイズが退こうとするのを瞬時に見抜いたアレンは即座に壁を駆って後ろに回りこんで槍を向ける。

 

「邪魔」

「邪魔をするのが俺の仕事だ」

 

 暗闇の中でも金に輝く双眸で睨まれるが、アレンも負けず睨み返す。そして、視界に建物の屋根の上から降りてくる影を捉えた。

 

(やっとか……?)

 

 アイズも上から誰かが降りてきたのを察知し、一瞬の判断でその人物に斬りかかった。しかし、当然と言うべきかその一撃は弾かれた。

 降りてきたことで少しだけ舞っていた埃も晴れ、その人物の全貌が明らかになる。そして、まず気付いたことは小人族より身長が高いということだった。つまり、ガリバー兄弟ではない。

 

(誰だ……ッ!)

「待ってくださいアイズさん、私です私」

「……アゼル?」

(嘘だろ!)

 

 降りてきた人物はベルと同じくヘスティア・ファミリアに所属する冒険者。ついこの間ランクアップを果たした、女神フレイヤが興味を持つ冒険者の内の一人であるアゼル・バーナムであった。

 

「すまないアレン」

「ガリバー兄弟か」

 

 アレンの後ろにまた誰かが上から降りてくる。一人降りてくると続けざまにもう三人降りてきた。その全員が武器を持っておらず、身体も所々傷ができていた。

 

「どうしたんだテメエ等」

「あいつにやられた。油断していた。瞬く間に武器も全部斬られた。何者だあいつは」

「は?」

 

 アレンは視線をアゼルに向けた。アゼルは傷らしい傷もできていない。今はアイズに場違いな他愛もない挨拶を交わしている。

 

(あいつがガリバー兄弟を圧倒した?)

 

 アレンも過去アゼルと戦ったことはある。その時は油断していた故に傷を付けられたが、ガリバー兄弟を圧倒するほどの強者ではなかったはずだ。技術面だけを見れば同等と言っても良かったが、所詮はレベル2の冒険者だ。レベル5、しかも四人揃うとレベル6相当の冒険者に敵うはずがない。

 

「あれ、アレンさんじゃないですか。こんばんは。追ってきて正解でした。是非あの時の続きをしましょう」

「テメエ、何しやがった」

 

 ありえない。アレンの思考と経験はその答えを導き出している。しかし、目の前に立つアゼルを前にすると何故だかアゼルがやったのだと納得してしまっていた。

 それほどまでに異質だった。纏う空気が、携えた刀が、そして何よりもその目が。

 

 アゼルの目は、夜空に浮かぶ月のように、この世で最も美しい銀色に染まっていた。

 

(その色は)

 

 その色をアレンもガリバー兄弟も知っていた。自分たちが最も敬愛する女神の色である、知らない訳がない。だからこそ、理解が不能であった。何故、眷属でもないアゼルの目がその色に染まっているのか。そもそも何故眼の色が変わっているのか。

 だが、アレンが理解したことが一つあった。

 

「おい、撤退するぞ」

「いいのか?」

「……ああ。あれが何か分からない上、お前等でも倒せなかったんじゃこっちが不利になる」

「すまない」

 

 全員が悔しそうな顔をしてその場を去っていった。

 

 

■■■■

 

 

「アイズさんッ! って、アゼル!?」

「おや、ベルにヘスティア様まで」

 

 アレンさんと小人族の冒険者達がその場を去ってすぐ、ベルとヘスティア様がやってきた。どちらも肩で息をしているので走ったのだろう。ベルに関してはナイフを抜いているので戦っていたのかもしれない。

 

「はあっはあ。アゼル君はなんでここに?」

「アイズさんを襲おうとしていた冒険者を逆に襲ってました」

「君は何をしてるんだああ! あっ! それと君、朝僕に何もないって言ったじゃないか。あれは嘘だったんだな!」

「いえいえ、嘘じゃないですよ。私は、何もやましいことはありませんでした、と言っただけですから。ヘスティア様に嘘を吐けないじゃないですか」

「どこがやましくない、だ! 二人っきりで何をしてたかなんて分からないだろう!? も、ももももしかしたらヴァレン何某がベル君を誘惑しようと……」

 

 頭を抱えて色々呟いているヘスティア様を放っておいて、私はアイズさんに向いた。

 

「ベルがお世話になったようで」

「ううん。私が、言ったことだから」

「そうだったんですか。よかったですねベル」

「うぇっ! う、うん、ありがとうございました」

「怪我はない?」

 

 アイズさんはベルを心配して彼の元へと歩いて行った。心配するアイズさんと心配されるベルがどこか姉弟のように見えて微笑ましかった。

 

(もういいですよホトトギス)

『分かったわ』

 

 ホトトギスに語りかけると瞬時に身体を巡っていた熱が収まる。高ぶっていた精神も、一気に落ち着き、遅れてどっと疲れが襲いかかってくる。

 

「ぐっ……」

 

 壁に寄りかかり身体を休める。そのまま空を見上げ、夜空を照らす月を見た。銀色に輝く美しい月だった。

 

「ッ」

 

 背筋がぞっとする程強い視線を感じた。慣れたと思っていたが、突然その視線に晒されるとやはり驚く。バベルの塔の最上階から彼女は見ていたのだろう。戦うベルの姿も、私の姿も。

 ヘスティア様の気苦労は増える一方だな、と思いながらホトトギスを納刀する。疲れと共に、充実感が身体を満たす。自分の求めていた答えが返された。私はただ求めればよかったのだ。

 

 何も考えずただ斬ることを、戦うことを望めばよかった。共に、一つの願いに向かっていけばいいだけだったのだ。

 

「アゼル君も、帰るぞ」

「ええ、今行きます」

 

 アイズさんとベルの方も話し終えたのか、ヘスティア様と共に表通りへと向かっていった。

 

「感謝しましょう、美の女神よ。これはきっと貴方のおかげなのだから」

 

 小さく呟く。その声が彼女に届くとは思わなかったが、それが私の本心だったのだから。

 

『楽しかったわね、アゼル』

「ええ、とても」

 

 何故なら、ホトトギスの声は覚えのある銀の雰囲気を帯びているのだから。甘く澄んだ、何時までも聞いていたくなるような声なのだから。

 




閲覧ありがとうございます。
感想、指摘等ありましたら気軽に言ってください。

試せる機会があれば試す、それがアゼルです。

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