剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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楽しんだ者勝ち

「アゼルってば無茶しすぎだよー」

「いッ」

 

 そう言いながらティオナは応急処置として巻いた包帯を取っていく。

 ティオナとティオネさんは最近二人で鍛錬をしているらしく、今回は20層付近でどちらがより多くのモンスターを倒すことができるかという勝負をしていたらしい。それと合わせて行き帰りもどちらが早く目的地に到着できるかという競争もしていたので、本来は18階層にあるリヴィラで一泊する予定などなかった。

 

「本当にすみません。態々一泊までさせてしまって」

「いいっていいって。好きでやってることなんだから!」

「何が好き、なのかしらね?」

「う、うるさいティオネ!」

「いっっつ!!」

「ああっ! ごめんねアゼル大丈夫!?」

 

 現在私達三人はリヴィラにある宿の一室にいる。物価がおかしいことになっているリヴィラで宿に泊まることはなるべく避けたいことだが、日帰りを予定していた二人は当然ながら野営の準備などしているわけもない。

 別に地上に着くまでならずっと歩いてても大丈夫と言う私にティオナは「何が起こるか分からないから」の一点張りでリヴィラに滞在することを押し通した。ティオネさんは始終ニヤニヤしていた。

 

「いえ、この程度の痛みなら」

「あら、そう?」

 

 そう言いながら笑みを浮かべたティオネさんが近づいてきて傷の近くを指でつつく。

 

「ちょっ、ティオネさん痛いですって! いや、本当に!」

「この程度なら大丈夫なんじゃないのー? ほらほら」

「ちょっとティオネ!」

「あら怒った。何よ、いつもベートとかには怪我している時に率先して弄るくせに」

「ティオネだってフィンが怪我してて、私が傷つついたら怒るでしょ!」

「取り敢えず一発殴るわね、本気で……というか、ティオナ貴方それってつまり」

「え……あっ」

 

 ティオネさんにとってのフィンさんとティオナにとっての私を同列に扱うということは、つまりその向けている感情も同じなのではないかと言うティオネさん。それが本当かどうかは私には分からないが、とりあえず私は顔を赤くして今にも爆発しそうなティオナから離れることにした。

 

「ち」

「ち?」

「ち、ちち違うから!! べ、別にアゼルのことが、その、す、す好きとかじゃなくて。あ、でも嫌いじゃなくて! その、あの、うぅ」

 

 恐らく自分でも何を言っているのか分からなくなっているのだろう、頭を抱えながら思考を纏めようとしても纏まらないティオナをティオネさんと一緒に眺める。

 

「あら、私は団長のこと大好きよ」

「わ、私だってアゼルのこと――」

 

 そもそもまったくと言っていい程、対抗意識を燃やす台詞ではないのだが、混乱しているティオナは途中まで言葉を口にして自分が何を言おうとしているのか気付いた。

 

「なっ、無しっ! 今の無し!」

「まあ、待ってください。どう見てもティオネさんがからかってるのは見ていて分かりますから」

「ああ、愉快愉快」

「あの、できれば包帯を巻き直してもらえませんか?」

「ああ、ごめんね。今すぐやるよ」

 

 私の横でケラケラと笑うティオネさんは治療には一切手を貸していない。なんとなく、この姉妹の強弱関係を理解した。

 回復薬(ポーション)を染み込ませた綺麗な布を傷に宛てがいながら包帯を巻いていく。若干滲みて痛かった。やはりというべきか、第一級冒険者ともなると包帯の巻き方も綺麗だった。言っては悪いがティオナはこういう事が得意そうには見えなかったので少し驚いた。

 

 

 

 

 

「じゃ、私は少し買いたい物があるから」

「オラリオに戻るまで待てば? ここじゃ高いじゃん」

「どうしても今欲しいのよ。それじゃ、留守番頼むわねー」

 

 私の怪我の処置も終わり、各々が武器の手入れをしていると一足早く終わったティオネさんが颯爽と部屋から出て行った。ティオナが座っている場所からは見えなかっただろうが、私は見えた。ティオネさんは笑っていた。

 

「はあ……気を利かせてるつもりですかね」

 

 いい姉なのだろう。しかし、ティオナが指摘した通りリヴィラで好き好んで買い物をする冒険者などいない。その上あの笑みを見てしまえば退出の意図などすぐに理解できる。

 ティオネさんは自分の恋路には積極的だが、どうやら妹の恋路にもなかなか積極的である。そう考えると彼女なりに私の事を認めてくれている、のかもしれない。ただ面白いからしているという可能性も大いにあり得るが。

 

「そういえばさー」

「何ですか?」

「アゼル、最近調子悪いの?」

「……なんでそう思ったんですか?」

「うーん、なんとなく」

 

 ティオナの予想通り、私の調子は悪い。身体的な調子ではなく、恐らくは精神的な面で私は参ってしまっている。

 私は今まで剣に関して躓いたことがなかった。習得が困難な剣技等は当然あったし、それこそ月単位で修練をしてやっと辿り着いた剣技もある。しかし、そのどれを取っても剣を振るう度に何かが積み重なっていくのを感じた。少しずつではあるが完成に近づいていく感覚があったのだ。

 しかし、今はまったくない。いくら剣を振るっても、敵を屠っても小さな一歩すらあの斬撃に近づけた気がしない。

 

「なんとなくって」

「なんて言うの……ぴりぴりしてるっていうか。皺が寄ってるっていうか……」

「皺」

「うん、おでこに」

「眉間の間違えですね」

「あぅ」

 

 指摘されて自分の眉間を指で触る。しかし、別段皺が寄っていることはなかった。

 

「なんて言うのかなー、フィンとかリヴェリアが作戦考えてる時みたいな、難しい雰囲気だった」

 

 確かに最近ホトトギスについてあれこれと考えていた節はあるが、果たして一見しただけでそれを見抜けるだろうか。

 

「たぶん、アゼルらしくないって思ったんだと思う」

「私らしくない、ですか」

「うん、私の見てきたアゼルはさ、何故か余裕があって何事にも動揺しない。そんな人だったから」

「それは、少し買いかぶり過ぎですよ」

「えへへ、そうかな」

 

 今まで接してきて何となくは分かっていたことだが、ティオナは頭脳派ではなく感覚派だ。物事を難しく考えず、自分の思うままにする女性だ。しかし、いや、だからこそ自分の中のどこかで正解をしっている。どう動けばより早く走れるか、どう振ればより攻撃力が増すか、動いている内に分かってくる。

 私もどちらかと言えば感覚派の人間である。

 

「実は今、少し剣で行き詰まってるんです」

「えっ、そうなの!?」

「なんでそんな驚くんですか?」

「えー、だってアゼル平気で下層まで来てモンスター倒してるから。あ、でも今回みたいな無茶はもうしちゃだめだよ?」

 

 言われてみれば、ギルドの説明ではレベル2がパーティーを組んで中層を安全に探索できるらしいので、レベル2である私が下層を一人で探索してモンスターを倒している様はおかしいだろう。

 

「色々考えてしまって、反応が遅れたりするんです」

「へえ?」

 

 ティオナは私の言葉に首を傾げた。彼女にはない悩みなのだろう。そもそも、冒険者にとって技術は大切ではあるが、レベルを上げていけばいくほど重要度が下がっていくのかもしれない。その余りある身体能力だけでも第一級冒険者は驚異的な殲滅力を発揮するだろう。特にティオナのような前衛はその傾向があると思われる。

 

「じゃあ、解決方法は簡単じゃん!」

「……それは?」

「ふっふっふ」

 

 ティオナは椅子から立ち上がり、得意気に胸を張りながら私に解決方法を言った。

 

「考えなければいいだけのことだよ!」

「……はあ」

「ああ! 何その反応、馬鹿にしてる!?」

「いえ、馬鹿にしているというか。その、どうやって考えずにするかが難しいんじゃないですか?」

「そう? こう、ワーって感じでガーってやればいいと思う」

 

 今度は頭が痛くて眉間を指で撫でた。

 

「なんて言うかさ、こう……もっと楽しまないと!」

「楽しむ?」

「そう、楽しむの! 身体を動かしてさ、モンスター倒して、昨日より強くなっててさ。わくわくしない?」

 

 その時の彼女の笑顔が純粋過ぎて、私には少し眩しく見えた。でも、ああ確かにそうであった。何故、そんなことを忘れてしまっていたのか。

 

「ハッ」

 

 何故、私が今までずっと剣を振るえてきたのか。

 何故、辛い鍛錬を積み重ねてこれたのか。

 何故、血反吐を吐いてまで剣を握り続けてきたのか。

 何故、誰かを傷付けてまで剣士の頂きに登りつめたいのか。

 

「ほら、好きこそものの上手なれって言うしさ。楽しんで、好きだから強くなれるんじゃないのかな? ってアゼル、聞いてる?」

「ああ」

 

 この心を衝き動かしたその原初の感情を何故忘れてしまっていたのか。

 偶然剣を握って振るってみたのが始まりだった。気まぐれでその次の日も次の日も振るってみた。その時、私は楽しいという感覚を初めて味わったのだ。

 だから次の日も剣を握った。手に豆ができても、親に叱られても、気絶するまで疲労しても、私は剣を握り続けた。

 

「アゼルー?」

「くはっ、ふふ、はっはっはっ」

「え、ええと、大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ええ、大丈夫ですとも」

 

 そうだ、楽しいからだ、心躍るからだ。登りつめた時、私は何を見るのか、何を考えるのか、何を斬るのか知りたいから、どうしようもなくわくわくする程知りたいから私は剣士となったのだ。

 断じて、一つの斬撃を放つためにこの剣は振るわれるのではない。あの斬撃がなくとも私は剣士であり続ける。私は、私の剣が目指すべきものを見誤っていた、いや見失っていた。確かにあの斬撃は魅力的である。だが、それは剣を振るう理由としては間違っていたのだろう。

 

「ちょっと外を歩いてきますね」

「えっ、じゃあ私も付いて行くよ」

「いえ、少し一人で考え事がしたいので」

「えー、つまんない」

 

 口を尖らせて駄々をこねるティオナを見て私は笑った。その少し子供っぽい仕草が彼女に似合っていた。だから、私は手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

 

「ありがとうございますティオナ」

「ふぇ」

「おかげで、大切な事を思い出せました」

「ぅ、うん」

「では、行ってきますね。留守番お願いします」

「はい、いって、らっしゃい」

 

 顔を赤くして言葉もどこか片言になりつつあるティオナの頭から手を離して、私は部屋から出た。

 その後ティオナはベッドで悶えることになるのだが、それは私の知ったことではない。

 

 

 

 

 街を抜けて森へと入る、目指すは18階層中央に聳える巨大な樹だ。そこに19階層へと続く穴が空いている。

 久しぶりに身体が疼いてきた。剣を振るえと、敵を斬れと身体が訴えかけてくるのが分かった。久しく、感じていなかった気がする。

 

「はーい、そこのアンタ少し待ちなさい」

「何ですか、ティオネさん」

 

 通せんぼをするように私の前にティオネさんが現れる。私がホトトギスを腰に差しているように、彼女もまた武装していた。

 

「流石にその身体で行かせるわけにはいかないのよね」

「……どうしても、ですか?」

「ええ、どうしてもよ」

「はあ、じゃあしょうが無いですね」

「分かってくれた?」

 

 ティオナとティオネさんには色々とお世話になっている。今回の宿泊代も彼女たちが出してくれている上、命の恩人なのだ。ここは言うことを聞いておくべきだろう。

 

「ええ、分かりました。だから力づくで通ります」

 

 それでも、止められない。だから私は一歩を踏み出す。流石に命の恩人を斬るわけにはいかないので峰の状態で抜刀する。

 

「やっぱりそうくるわよねッ!」

 

 彼女もそれを予想していたのか、一対のククリナイフを抜き放ち私の一刀を弾いた。刃を交えると武器を斬られると理解しているのか、上手く角度をつけて刃を弾いている。

 続けざまにもう一本のククリナイフで私の脚を斬りつけようとするが、私は跳んでそれを回避した。また彼女との間に距離が開く。

 

「一度アンタとやり合いたいと思ってたのよねー」

「それは、光栄なことです」

「まあ、ここから先には行かせられない代わりと言っては何だけど。お姉さんが相手をしてあげるわ。言っておくけど、怪我してるからって手加減はしないわよ?」

「怖いお姉さんですね。では、胸を借りるつもりで全力でいかせてもらいます」

「私の胸は団長のものだから貸してあげない」

 

 軽口を言う彼女に向かって今度は刃で斬りかかる。

 

「シッ」

「なかなか速いわね」

 

 だが、斬撃はすべて捉えられていた。元々速度で負けている私が、一本の刀で繰りだす斬撃を彼女は二本のククリナイフで捌いているのだ。攻めきれない。

 

「でも、遅いッ!」

「ッ!」

 

 ティオネさんが攻撃に転じる雰囲気を感じ取り目に魔力を集めて未来を見る。縦横無尽に繰り出される斬撃を予見しながら体捌きで避け刀で弾いていく。こちらも、防ぎきれない。

 

「ほらほらッ! どんどんいくぞ! 立ち止まったら死ぬと思え!」

 

 先程は怪我をした身体でダンジョンに行かせないと言いながら今は怪我をした私に容赦なく攻撃をしているティオネさんを見て私は笑った。きっと彼女は私と同族なのだ。

 この身体を動かし、戦い、傷付き、そして勝利することに己をすべてを投じる戦闘狂なのだろう。戦い始めると、それまでの経緯もそれからの影響も考えられなくなるのだ。

 

 思考など放棄する。考えてから攻撃していては当たるわけがない、考えてから防いでいては防げるわけがない。ただ感じるままに、思うがままに身体を動かすのだ。

 だからこそ感じる充実感がある。

 

「ハッハッハッ、口調変わってますよ?」

「ちょっと油断するとこうなるのよね。はあ、治らないかしら?」

「そっちの方がいいと思いますよ、私は」

「ありがとう、でも団長以外にそんなこと言われてもなんとも思わないのよね。あら、それにしてもアンタ随分息が荒いわね。まだまだこれからなのに、そんなんで大丈夫?」

「ハッ! 何を言っているのやら」

 

 最初から怪我をした身体だったのだ、無理が利くわけもないし体力の消耗が早いのは当然のことだ。だが、今はそんなことどうでもよかった。

 剣を振るうということが楽しいのだ。敵うはずもない相手に向かっていくのがどうしようもなく興奮するのだ。どれだけ自分が強くなれるのか知りたい、ただその一心であった。

 

「まだまだ」

 

 刀を構える。そして、いらない情報を消していく。自分の意識が鋭くなっていき、ただ目の前にいる相手に集中していく。

 その最中、手から熱が流れ込んでくるのが分かった。それは私の集中を妨げるどころか高めていった。

 

「これからですよ」

 

 その熱に促されるまま踏み込む。しかし、その動きもティオネさんにとっては緩慢なものだったのだろう。余裕を持って避けられる。もう一度地面を踏みしめて方向転換をして彼女を追う。

 追ってくる私も彼女は二本のククリナイフで攻める。右から左から、私が反応できるだろうぎりぎりの速度で斬りこんでくる。

 

「そうよね。まだ始まったばかりだものねえッ!」

 

 より疾く刀を振るうために、痛みなど感じるのは邪魔である。手から伝ってきた熱が私の思考を読んだのか、傷から感じる痛みがすべてその熱によって感じなくなった。

 

『力を貸しましょう』

 

 踏み込む力がまったく足りていない。

 

『この身に宿す、幾百幾千の命が今貴方を支えましょう』

 

 ティオネさんの攻撃を捌くにはもっと鋭い感覚が必要である。

 

『何故なら、貴方こそが担い手に相応しい』

「ああ、だから」

 

 熱が全身へと行き渡るのが分かった。そして手から流れ込んでくる熱はまったく途絶えていない。むしろ勢いを増してきている。

 

「斬るッ!」

「ッ!」

 

 先程までとは桁違いの力で踏み込む。激しすぎる速度の差によってティオネさんは戸惑いを示したがそれも一瞬のこと。

 

「ハアッ!」

「ラァッ!」

 

 踏み込みの速さにも斬りこむ斬撃の速度にも焦ることなく対応される。これが第一級冒険者、これがレベル5。奇跡を起こす力を使いながらも敵わない、傷を負わせることもできない。

 だからこそ面白い。

 

「ちょっとちょっと、どういうことよ」

「さあ? 私にもさっぱり。でも、一つだけ言えることは――」

 

 お互いの斬撃を避け、弾きながらの会話。先程までの私では到底できなかったであろう余裕があるからこそできる行為。

 

「――私はまだまだ戦える。まだまだ斬れる」

「ハッ! 掛かってきなさい! 私も面白くなってきたわ!」

 

 きっとお互い獰猛な笑みを浮かべていたのだろう。この時だけ、私とティオネさんは通じ合っていたのかもしれない。いつまでも戦いたいと。この甘美な時間をもっともっと味わいたいと。

 更に速度を上げたティオネさんの斬撃が少しずつ捌ききれなくなり、身体に傷ができはじめる。それでも、私は笑っていた。

 

 ならば次はその速度を捌き切ろう。そのために戦おう、高めよう。この瞬間を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとあんまり触らないで」

「私をこんな状態にしたのは何処の誰ですかね」

 

 戦っていた時はまだ明るかったが、今はもう夜となり暗くなっている。そんな中、私はティオネさんに肩を貸してもらって歩いていた。

 

「うっ、悪いとは思ってるのよ、少しは」

「……別に気にしてませんよ。結局は私の実力不足だったんですから」

「レベルの差を実力不足で済ませるアンタが恐ろしいわ」

 

 あのまま数時間もの間、私とティオネさんは戦った。私の動きが良くなる毎にティオネさんは私よりも少し速い動きをした。そして私がまたそれに追いつき、彼女がまた動きを速くしていく。その繰り返しだった。

 私がもっと速く動きたいと思えば思うほど、身体に流れ込む熱がより熱く反応するのだ。しかし、それは身を焦がすような熱ではなく、心地よかった。ずっと身を任せていたいと思えるほどに心地よく、だからこそずっと戦っていたかった。

 

「それにしても、アンタやっぱおかしくない? 私のナイフ、一本おじゃんにしてくれるし」

「ですかね」

「絶対おかしいわ」

 

 しかし、最後は私の腹の傷が開き血を流しすぎて身体が動かなくなって終わりとなった。少しだけ消化不良ではあったが、私にとっては得るものが多い戦いだった。ティオネさんも特に不満そうには見えない。

 

「もう、早く寝たいです」

「その前にまた傷の手当ね。いやー、いい仕事したわ」

「ティオナの機嫌を良くするために私に怪我をさせないで欲しいんですが」

「いいじゃない、どうせ私達二人共怒鳴られるんだし」

 

 何がいいのか分からなかったが、反論する気は起きなかった。別段怪我をしたことも、この後ティオナに怒られることも気にはならなかったからだ。

 

「まあ、そうですね。楽しかったですし、それに――」

「それに?」

「……いえ、なんでもありません」

 

 それに――彼女は応えてくれた。

 

 腰に差したホトトギスに触れる。ゴライアス戦の時と違い、あの熱を、あの感覚を、あの喜びを今ははっきりと覚えている。

 

(楽しかったのですか?)

『ええ、とても』

(それは良かった)

 

 頭に直接語りかけてくる彼女と会話をする。それだけの事なのに、私は嬉しくなって笑ってしまった。

 

「ちょっと何笑ってるのよ? もしかして叱られて喜ぶタイプ? ちょっとそういうのはやめてよね、あの子純粋なんだから。そういえばアンタ戦うのは格上ばっかりね……もしかしてマゾ?」

「そんなわけないじゃないですか……まあ、強い相手と戦うのは好きですが。それはティオネさんもでしょう?」

「まあ、そうね」

 

 この後ティオナに長時間怒られるのは目に見えているのに、私とティオネさんは笑っていた。別段なにかが面白かったわけでもなかったのに。

 ただお互いの刃を交えた時間を思い出し、笑っていた。

 




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