剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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これにて2巻は終了です。幕間も調子が良ければ明日更新できると思います。


剣はただ己の為

 ベルの一大決心から一夜。ベルはまだ日の登らない早い時間から外に出ていった。私は今日から漸くダンジョン探索を再開できることもあり、普段より早く起きたがベルには負けた。

 遅めの朝食を済ませ、私は数日間ダンジョンに潜る準備をするために北西の大通りにある道具屋などを数軒回り、携帯食料や最低限のポーション類を購入した。そのままバベルに向かうため大通りを歩いて行くとギルドが見えてくる。

 

 ミィシャさんはちゃんと報告をしてくれただろうか、と少し心配しつつ通り過ぎる。久しぶりにダンジョンに行けるという喜びで足が徐々に速くなっていく。

 見覚えのあるハーフエルフの女性の横を通り過ぎ、そのままバベルへと入りダンジョンに降りようと思ったところ後ろから声をかけられた。

 

「アゼル君!」

 

 急ブレーキをして声をかけてきた人物を見る。先程通り過ぎたハーフエルフの女性、ベルの担当アドバイザーのエイナさんだ。今日はギルドの制服に合わせて青いスカーフを巻いていた。彼女は私に声をかけて安堵したような表情をした。

 

「よかった。急いでベル君を追ってほしいの」

「嫌です」

「頼んだわ……って、なんでよ!」

「どうせ厄介事に巻き込まれているから、とかでしょう?」

「知ってるなら尚更追いなさい!」

 

 何故エイナさんがベルの事情を知っているかは知らないが、私は今回の件はベルに任せ、ベルも私に助力を請わなかった。なら私が出る幕などない、と彼女に説明しても理解はされど納得はしてもらえないだろう。

 冒険者は冒険をしてはいけないと常々言っている彼女は危険な事はなるべく避ける、リスクは出来る限り減らすスタンスを好む。

 

「行きなさいっ!」

「弟分の躍進に兄分である私が登場するのはよくないと思うんです。特に今回は」

「なら陰ながら見守ってあげなさいっ! ほら!」

 

 エイナさんを納得させるには時間がかかりそうだ。なら、ここは取り敢えず行くと言っておいた方がいいだろう。まあ、出会うかは分からないが私も中層を目指しながらそれとなく周りを見ておくことにしよう。

 

「分かりましたよ。まあ、無駄でしょうけど」

 

 もう止めておくのが精一杯だった足は弾かれるように動き出し、数秒で今出せる最大速度まで加速する。レベルが上がった実感をやっと感じることができた。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 道中の敵を片手間で斬り裂いていく。レベルアップしたからだろう、モンスターの動きが以前にもまして遅く見えるようになった。【未来視】を使わないでも敵の攻撃が簡単に予測できるようになっていた。

 

 10階層に到着し、霧の中へと身を投じる。些細な物音だけでモンスターの位置が分かるようになっていたので霧の中とは言え奇襲されることはなかった。

 流石のベルも10階層に進出はしていないだろうと思った矢先、遠方で炎が弾ける音が微かに聞こえた。

 

『ファイアボルトォ!』

 

 ベルが数日前に覚えた魔法が炸裂していた。

 その声には必死さがあった。何が何でも、どれ程足掻いても助けるという意志が宿っていた。その声を聞いた私は、助けるわけにはいかなかった。

 

 ふと、霧を斬り裂く銀の閃きが視界を通り過ぎモンスターを斬殺していくのが見えた。驚く事に霧の中を颯爽とやってきたのはアイズさんだった。

 その場を静観し、ベルはアイズさんの開けた包囲網の穴を強引に押し通り9階層へと、きっとリリを追って行った。それからアイズさんが周辺のモンスターを狩り尽くすまでそう時間はかからなかった。

 

「お疲れ様です」

「ん」

 

 私がいた事に気付いていたのかアイズさんは驚かなかった。

 

「なんで助けなかったの?」

「色々あるんですよ、ベルも男の子ですから」

「……分からない」

 

 そう言って彼女は少し離れた所に落ちていたベルのエメラルド色のプロテクターを見つけ拾い上げた。そしてそれを私へと差し出してきた。

 

「……これ」

「ありがとうございま……良い事思いつきました」

「……?」

 

 差し出されたプロテクターをアイズさんに押し返す。

 

「それ、アイズさんがベルに返してください。話しかける切っ掛けになりますよ」

「……また逃げられたら、どうしよう」

 

 首を折りながら不貞腐れるアイズさん。これだけ落ち込むってことはそれだけベルのことを気に掛けているということだ。これは、ひょっとするとひょっとするかもしれない。

 

「アイズさんって天然ですよね」

「……?」

 

 私の発言に首を傾げたアイズさん。そう言った所がまさに天然な感じです。

 

「あのですねアイズさん。逃げるなら、追えばいいだけの話じゃないですか」

「……確かに」

「アイズさんの【ステイタス】なら、絶対に逃げられません」

「……そっか。ありがとう」

 

 これでベルも逃げ場をなくしただろう。

 

「さて、もっと下に行きますか」

「あ……ゴライアス、倒したって、本当?」

「フィンさんから聞いたんですか?」

「うん」

 

 それを言ったアイズさんの目は確かに私を捉えていた。いつものような不思議そうに見る目ではなく、真剣な眼差しだった。

 

「どうやって?」

「剣でズバーンと」

「どうやってそんなに強くなったの?」

「それは……」

 

 アイズさんの質問に少し考える。

 【ステイタス】の成長という意味であれば、それは確実に成長促進効果のある【地這空眺(ヴィデーレ・カエルム)】のおかげだ。

 技術という事であれば、それは剣しか知らなかったからだ。家族の愛も、友人と遊ぶ楽しさも、すべてを犠牲にして剣を振るってきたからだ。

 

「私は……強くなりたい」

 

 それ以上強くなってどうする、なんて聞けなかった。私も同じ気持だからだ。

 

「それは」

 

 言えません、と言おうとした時だった。何かがいる、そう直感が告げた。10階層の空気が変わったと感じる程の何かが。

 話の途中だったにも関わらず腰に差したホトトギスを抜き放つ。時を同じくしてアイズさんも自分の剣を抜いた。

 

「……これは驚いた。【剣姫】ならまだしも、そちらの冒険者にまで気付かれるとは」

 

 そして少し離れた所に黒い人影が現れる。どこからともなく、音すら立てず。

 

「君には用はない。少し眠ってもらおう。なに、起きた時には私のことは忘れている」

 

 そう言って黒い人影は私に手を向け、小さく何か呟いた。

 

「ぐっ」

 

 たったそれだけで私は意識が朦朧としはじめ、刀を杖にしてやっと立ち上がっている状態になってしまった。何かが私の中を蠢いている。それは私の頭へと向かっているのが分かった。恐らく記憶を消すための魔法か何かだ。

 

「アゼルッ」

「危害を加えるつもりはない。彼には聞かせないほうがいい話なだけだ。むしろこれは彼の安全確保のためにしていることだ。下手に首を突っ込まれると面倒だからね」

「っ!」

 

 思い出せ、私は意識を乗っ取られかけたことなど何度かあるだろう。一度目はフレイヤに、二度目は鈴音さんの結晶に。その時の感覚を呼び覚ませ。自らに宿す概念で、身体を侵す異常を斬り裂け。

 身体の中で何かが揺らめいたような感覚があった。次の瞬間、意識ははっきりとしていた。立ち上がることもできるようになっただろう。しかし、私は身体を固めた。その感覚は、ゴライアスと戦った時のあの感覚と同じだった。

 忘れるな、と身体に念じる。しかし、どれだけ強くそう願ってもその感覚はすぐに薄れ、まるで最初から何も感じていなかったかのように消えてしまった。

 

「寝たかな?」

「残念ながら、ぴんぴんしてます」

「……これは驚いたね。抵抗(レジスト)されたのか、いや、そんな感じではなかった」

 

 人影の顔に当たる部分、その奥にある目が細まった気がした。警戒か、好奇心か、ともかくあまり心地の良い視線ではなかった。

 

「いいですよ、私は先に下に行くので」

「それは助かる。本来であれば私の存在も忘れて欲しいのだが、効かないのならしょうがない」

「てっきり効かないのならしょうがない、殺すかと言われると思ってました」

 

 ホトトギスを鞘に戻し歩き出す。しかし警戒は怠らない。いつでも抜刀できるよう、動き出せるように準備をしておく。

 

「君の事は一応知っている。惜しい人材を失うことになる」

「どこで、なんて聞いても答えてはくれないんでしょうね。まあ、殺されないならいいです。では、アイズさんさようなら、黒いお方も」

「ばいばい」

「夜道は気を付け給え」

 

 貴方が言うと冗談にならない、と言おうと思ったが彼なりの冗句だったのだろう。私がアイズさんとその謎の人影の視界から消えるまで彼等は一言も喋らなかった。別に出歯亀するつもりのなかった私は素直に10階層から11階層へと降りた。

 

 出会うモンスターを片っ端から斬り殺し、先程感じた身体の中で何かが揺らめくような感覚を掴もうと集中したが、それは結局私が地上に戻った二日後まで叶わなかった。

 しかし、やはりレベル2になって基礎となる身体能力が飛躍的に向上していた。踏み込む速度とその重さ、それでいて軽い足運びも可能となり、剣を振るう速度も格段に上がった。これは確かに手加減していたとしてもレベル5のアイズさんに追いつけないわけだ。

 度重なる戦闘で私はレベルという物がどれ程差を作るのかを知った。

 

 

■■■■

 

 

 地上へと戻るとリリの件は片付いていた。ベルはあの日10階層で助けてくれたのが誰だったのか分かっていなかったようだ。霧が濃い階層だしアイズさんの動きはかなり速かったからだろう。

 ベルはリリとまた一度パーティーを結成し、探索をすることにしたと嬉しそうに報告してくれた。そこで今後一緒に探索することもあるかもしれないということで後日三人で探索をしようと言われ、途中までならと答えておいた。私としても、ベルがどれ程強くなったのか見てみたい。

 

 今日はそのリリとヘスティア様の初対面となる日だ。団員でありリリとも知り合いである私も一緒に来るように言われた。

 ヘスティア様と共に目的地であるオープンカフェへと向かう。そこには既にテーブルに座っているベルとリリがいた。

 

「おーい、ベル君っ!」

「あ、アゼルに神様。こっちですよ」

 

 ベルに手招きされテーブルへと近づく。しかし私とヘスティア様の分の椅子が足りない。ベルが店員に椅子の追加を頼みに行くというので椅子を運ぶために付いて行く。

 椅子も人数分集まり、漸く話し合いが始まる、かと思いきやヘスティア様はベルの腕に抱きつき、リリも対抗するように逆の腕に抱きつき始めた。平和なカフェが修羅場と化した。

 

 ヘスティア様とリリ、ついでにベルを落ち着かせ椅子に座らせて今度こそ話し合いを始める。具体的に言うとリリの今後についてだ。

 リリはソーマ・ファミリアで色々と問題を起こしたので居づらいし、もし復讐でもされたら堪ったものではない。なのでベルは彼女をヘスティア・ファミリアに改宗(コンバート)しないかと持ちかけたのだ。確かに同じパーティーで探索をしていくなら同じファミリアに所属している方が何かと楽だ。

 

 しかしリリはその提案を断った。なんでもソーマ・ファミリアは改宗をする場合多大な金がかかるらしい。今回の事件で財産を失ったリリと零細ファミリアであるうちでは逆立ちしても払えない額だそうだ。

 私が頑張れば払えなくもないかも、とも思ったがリリに関してはベルに任せることにした。たぶんベルもファミリアに十分なヴァリスがあっても、それは皆のお金だからと言って渋るだろう。私だけで払ったらそれこそ怒り出すかもしれない。

 結局リリはヘスティア・ファミリアには入らず、昔世話になった宿に泊まって暮らすことにする予定らしい。

 

 リリの今後も決まり、話し合いは終わった。ベルはそのままギルドに行って、この件で心配をかけたエイナさんに報告しに行った。ヘスティア様はバイトの時間が迫っていたのか急いでバベルへと走っていった。

 

「あの、アゼル様」

「なんですか?」

 

 そしてその場に残った私とリリ。彼女と最後に話したのは賭けの話をした時だ。

 

「色々ご迷惑をお掛けしました」

「別に私は何もしてませんし、されてませんよ」

「でも、ファミリア間の問題に巻き込んでしまいました」

「本当に、気にしないでください」

 

 頭を下げるリリは本当に申し訳無さそうな声をしていた。色々と悪事を働いていたようだが、根は優しい女性だったみたいだ。まあ、だからこそベルは必死に彼女を救おうとしたのだろう。

 

「それよりも、これからベルのことをお願いしますね」

「そ、それは任せて下さいっ」

 

 ばっと上を向き宣誓するように言った。その目に偽りは一欠片も映っていなかった。

 

「じゃあ、私は行きますね。今後一緒に探索することもあると思うので、その時はよろしくお願いします」

「あ、あの、アゼル様!」

 

 去っていこうとする私の背中にリリは言葉を投げかけた。まだ何か話があるのかと不思議に思いながらリリの元へと戻る。

 

「アゼル様は、以前ベル様の事を英雄だと、すべてに勝つ英雄だと言いました」

「ええ」

「でも、私は違うと思ったんです。いいえ、絶対に違います」

 

 リリは真っ直ぐ私の目を見た。

 

「ベル様はただの少年です。女の子が大好きで、ダンジョンに出会いなんていうものを求める程に純粋で、馬鹿で、お人好しで。ベル様は、英雄に憧れるただの少年です」

「私には違いが分かりませんね」

 

 私のそんな言葉にリリは笑った。

 

「だって、ベル様はあんなに弱いです。すべてに勝つ英雄なんて大それた者ではありません。何かを、誰かを救おうと足掻いて、傷付いて、挫けて。それでも立ち上がって」

 

 リリは自分の胸を押さえた。脳裏に浮かぶベルの姿が彼女を苦しめるのだろう。彼女はベルを裏切ったのだ。それなのに、リリはベルに救われた。そんな自分が許せないのだろう。

 

「そんなベル様に、リリは救われたんです。ベル様が英雄だから、運命で救われたんじゃありません。ベル様が、リリのために戦ってくれたから救われたんです」

「いまいち理解できませんが。まあ、言おうとしていることはなんとなく?」

「もうっ! なんでですか!」

 

 リリの話も終わったので、若干怒っているリリに背中を向けて歩き出す。

 何故理解できないのか、その理由を私は知っている。

 

「リリ」

「はい」

「私はね、誰かのために剣を振るうという事ができないんです。誰かのために何かをすることはできても、絶対に、絶対に剣だけはだめなんです。理解ができない。だから、私は」

 

 英雄譚はいつも誰かを救う話だ。皆が憧れるのは人々を守る存在だ。皆、誰かのために戦うのは正義だと言う。守るものがあれば人は強くなれると言う。何度も何度もその言葉を見聞きしてきた。

 

 この剣は自分のためだけにある。でも、もし誰かのための剣になれたとしても。

 

「誰かのために戦うという意味を知らないんですよ」

 

 私は強くなれる気がしないのだった。




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