剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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2巻も残ることこの話を入れて2話です。


何故兎は跳ねるのか

 ギルドにランクアップの報告をした私はやることがなくなった。もう体調は戻っているが、万全を期すためにダンジョンに行くのは明日からにした。と言っても明日は中層で調子を確かめるのと、あの飛ぶ斬撃を放った時の感覚がなんだったのか確かめるだけにするつもりだ。

 ぶらぶらとオラリオを歩く。日常に対する物足りなさは少し薄れてきていた。それはきっと私の居場所であり続けると、私と正面から勝負をしてくれると言ったヘスティア様のおかげだろう。それでも少し居心地の悪さのようなものを感じてやまないが。

 

 そう言えばベルが読んでしまった魔道書(グリモア)は豊饒の女主人に置いてあった物だった。その経緯を調べるのも、いい暇つぶしかもしれない。

 

「ということで、こんにちは」

「何がということで、ですか」

「まあまあ、そう言わず」

「……はあ。それにしても、昨日も昼に来ましたね」

「ええ」

 

 店に入りそばにいた店員に席へ案内され、丁度近くを通ったリューさんに声をかける。若葉色の給仕服に身を包んだエルフの女性は今日も美しい佇まいだった。ダンジョンに行けない私にとっては良い刺激だ。

 私は基本的に夜にしかここには来ない。まあ、酒場という性質上それが正しいような気もする。だから昨日今日と昼に来ている私を不審に思ったのだろう。まだ腹部に巻かれた包帯は健在だが、服を着ているので当然私が負傷しているかなど分からない。

 

「ちょっと怪我をしましてね。その療養中なんです」

「療養なら酒場に来ない方がいいかと」

 

 至極真面目な顔で、至極真っ当な事を言われた。ここで「貴方に会いにきたんです」とでも言ったらどんな反応をするだろうかなど考える暇もなく、何を考えていたのか見透かされ睨まれた。

 

「そういえばリューさん」

「先に注文をしてください」

「注文したら戻ってしまうでしょう?」

「よく分かりましたね。今は仕事中ですから」

「少しだけでいいですから。ベルに渡った本に関しての話なんです」

「……あの本がどうかしましたか?」

 

 一瞬悩んだ末に質問を聞くことにしてくれた。しかし表情には面倒くさいという感情は浮かんでいなかった。もしかしたらリューさん自身、あの魔道書のことが気になっていたのかもしれない。なんにせよ、積極的に話してくれるのは助かる。

 

「あの本に関してはクラネルさんから謝罪を受けました。結局、こんな所にあんな貴重な物を置いていった持ち主が悪いという事になりました」

「それは良い事を聞きました。まあ、そうじゃないんです。あの本どうやってここに辿り着いたんですか? 正直あんな物を酒場に持ってくる人がいるなんて思えません」

 

 なにせ何千万もする物だし、作れる人も限りなく少ない。それを冒険者が暴れないとはいえ酒場に持ってくる人間の正気を疑う。しかも、あれは存在感を薄くする細工までされていた。

 絶対にあれは忘れ物などではない、そんな確信があった

 

「昨日、気が付いたら置いてあった物です」

「嘘、じゃないんですよね。ちなみに場所は?」

「あちらの隅の席です」

 

 そう言って示されたのは私とベルが一緒に初めて来店した時に座った席だった。色々、偶然が重なりすぎている気がしなくもない。しかし、人為的な事だったとしても動機が思い当たらない。

 

「何か不自然な事はありませんでしたか?」

「何かと言われましても……そう言えば」

 

 リューさんは横目で一瞬ミアさんを見た。

 

「ミア母さんが本を持つシルを見て苦々しい顔をしていました。そして忘れ物なら誰かが取りに来るだろうと店に置いておくように言ったんです。それが少し気になりました」

「……」

 

 苦い顔など誰でもするのだが、リューさんにとってそれは不自然なことだったのだろう。確かにいつも豪気なミアさんが苦い顔をした所は見たことがない。

 もしかしたらミアさんはこの本の持ち主を知っているのかもしれない。それなら持ち主に返せばいい。それをしなかったということは、そもそも本は店に置かれる予定だったということ。苦い顔をしたのだから飾りというわけではなかったのだろう。

 

「バーナムさん、そろそろ注文を」

「え、ああ。すみません。お話ありがとうございます。えっと、それじゃあランチセットの一番高いの一つで」

「かしこまりました」

 

 注文を聞き早々とリューさんは去っていってしまった。離れていく彼女の背中を眺めながら考えを纏めていく。

 

 本は元々店に置いておく物だった。そしてそれを豊饒の女主人にあたかも忘れ物かのように置いていった人物をミアさんは知っていて、恐らく苦手な相手だ。苦い顔をしながらもそれを店に置く事をミアさんに強いることができる存在がいるということだ。

 ミアさんは昔一級冒険者だったらしい。今もその実力は健在で、そのおかげでこの酒場で荒事の類は滅多に起きない。リューさんも強いが、そのリューさんが強いと思う相手がミアさんなのだ。そんな彼女に命令できるような存在は限られる。更に強い冒険者、あるいは。

 

「あるいは神、か」

 

 そして本はベルに渡り、ベルは念願の魔法を習得した。もし、そこまでが計画だったとしたら、どうやって本がベルに渡るように仕向けたのだろう。運任せにするには貴重過ぎる品だ。魔道書を何個も無駄にしていい程には金銭に余裕があるという可能性もあるが、あの本は存在感を薄くする細工がされていた。

 私はその薄すぎる存在感に違和感を覚えたから気付いたに過ぎない。

 

 あの本は匂いがまったくしなかった。

 

「匂いか」

 

 その一言で頭に浮かんだのは一人の女神の姿だった。世界のすべてを魅了する微笑みを浮かべた一人の神。

 あの女神は私の動向をアレンさんに探らせていた。私がこの酒場に頻繁に来ているということは知っている事は想像できる。彼女の事を警戒していることも、その探知方法が匂いだということも知られている。

 

「考え過ぎですかね」

 

 頭を掻いて考えるのを止める。すべて確証が無いことの上、別に持ち主が分かった所でもう何もできやしない。事は既に成ってしまっているのだから。

 それでも、私はバベルの最上階のある方向を一瞥した。あの女神ならこれくらいやりかねない。ベルにちょっかいを出すためにモンスターを街に放つくらいの相手だ。

 

「お待たせしましたアゼルさん!」

「……ありがとうございますシルさん」

「何を見ていたんですか? も、もしかしてうちの店に幽霊でも!?」

「いえいえ、ぼーっとしていただけですよ」

 

 オーバーリアクションなシルさんに笑いかける。

 

「もうびっくりさせないでくださいよっ」

「シルさんが勝手に驚いただけじゃないですか」

「ぶー、ベルさんならすぐ謝ってくれるのに」

「今度連れてきますよ。そろそろ色々と落ち着くはずなので」

 

 やった、と喜びながらシルさんはトレーの上に置かれた皿や食器類をテーブルに置いていく。

 

「そうえいば、あの本。ベルに渡したのは貴方ですよね」

「え、はい。そうですけど、なんで分かったんですか?」

「そんなことするのシルさんくらいしか思いつきません。仮にも人の物なんですから」

「……ベルさんの役に立ちたくて、その」

「別に咎めてませんよ。取りに来なかった方が悪い、これも事実ですから」

 

 コップに注がれた水を少し飲む。一度視線を外した方向がやはり気になる。

 

「もし、本当に忘れ物だったなら、ですけど」

「……もうこの話はやめにしましょう。私だって反省してるんですよ?」

 

 シルさんはトレーを身体の前に抱えながら上目遣い、しかも少し涙目で私の事を見てくる。とても自然で、いつもやっているような仕草だ。

 

「そうですね。もう過ぎたことです」

「そうですそうです! 零れた水はもう戻らないんです!」

「だからって開き直らないでください」

「あぅ」

 

 少し不貞腐れた顔でシルさんは背中を向けてカウンターに戻ろうとした。

 

「アゼルさん」

「はい?」

 

 シルさんが戻っていくので料理に手を付けようとしていた私に彼女が話しかける。

 

「ベルさんの事、よろしくお願いしますね」

 

 それだけ言って今度こそ戻っていった。いつものような笑顔、いつものような仕草。それでも、私にはどこか底の見えない少女に、一瞬だけ見えた。

 

 

■■■■

 

 

「あの、神様」

「なんだい、ベル君? そんなに話しにくそうな態度で……もしてしてっ! 告白かい!?」

「こ、告白? ち、違います。相談というか」

「なぁんだ」

 

 夜、ホームで最近漸くジャガ丸くんからグレードアップした慎ましい夕飯を三人で食べ終えると、各々が本を読んだり、装備の点検をしたりする時間になる。

 ベッドに寝転がり、何度も読んで面白いのか聞き質したくなるほど読み返している本を今日もまた読んでいるヘスティア様に話しかけた。

 

「で、相談ってなんだい? 面倒事かい?」

「……」

「はぁ……まあ、言ってみな」

「最近一緒に探索をしているサポーターの女の子の事なんですけど。なんだか厄介事に巻き込まれているみたいで……うちで保護とか、できないでしょうか」

 

 セリフの最後の方は既に聞こえるか聞こえないかというくらい声が小さくなり、自分でも無茶な事を言っているという自覚があることが伺えた。

 ファミリア同士はあまり関係を持たない。主神同士の同意があれば共同で事にあたることはあるが、団員同士が勝手に行動するのはあまりよろしいことではない。何が不和の元になるかわからないからだ。ロキ・ファミリアと仲良くしている私が言える立場ではないのだが。

 

 ベルはリリとの出会い、それとそれから起こった事や今リリが厄介事に巻き込まれていると思った原因、なんでも今朝、リリを嵌めて金を巻き上げるからそれに協力しろと言い寄ってきた冒険者がいたことを話し始めた。

 その中には当然ベルのナイフがなくなった話も含まれている。

 

「ベル君」

「はい」

 

 ヘスティア様に名前を呼ばれ顔を上げるベル。じっと、ヘスティア様はベルの目を見てその奥にある少年の心を読み取ろうとした。否、ベルの心など最初から分かっている。ただ、それがどれだけ真っ直ぐか、それを見たかったのだろう。

 

「そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」

「え……」

 

 当然の質問だ。ベルのナイフがなくなった時、それを持っていたのがリリであった。それだけで疑われるには十分なことだ。ましてや冒険者に恨みを買うようなサポーターを信用しろという方が難しい。

 

「私からしてもリリ、そのサポーターの女性は怪しいですね」

「アゼルまで!」

「君は件のサポーター君に会ったことがあるのかい?」

「ええ、ついでにナイフがなくなった事件に関わっていた人物とも話をしました。私は十中八九そのリリが犯人だと思ってますよ」

「で、でもリューさんは持ってたのは小人族(パルゥム)の男だったって」

「ベル、私達は何も探偵ではない。別に事件のトリックを理屈で推理する必要などありません。犯人が冒険者であれば簡単に解決できる。魔法ですよ」

 

 私も話に口を挟む。ベルは人の善意を信じている、なにせ本人が善意の塊のような人間だ。誰かに悪意を向けられることも、悪意を向けることも経験がない。どこまでも愚かで、純粋な少年だ。

 だからこそ、ベルは自分に悪意が向けられていたという事実を感じ取ってもらう必要がある。その悪意を向けられ、傷付けられ、裏切られ、それでもリリを救いたいと言うのなら、ベルはベルが信じる英雄へと一歩近付けるだろう。

 

「で、でもそんな都合良く」

「ベル、何も悪人が人を騙す魔法を手に入れたんじゃないんです。都合が良いというのは語弊があります。その魔法を手に入れたから、彼女はその道を選んだ。これはね、彼女の選択ですよ」

「……リリが、自分の意志で人を騙してるって言うの? アゼルも会ったでしょ! そんな、そんな事をするような女の子じゃないよ!」

「……はあ」

「まあ落ち着きなよベル君」

「で、でも!」

 

 ベルは怒鳴るような声でそう言ってテーブルに拳を振り下ろした。冒険者として成長した【ステイタス】によって補正されたその拳は呆気無くテーブルを破壊した。

 腕を振り上げた瞬間それを察知した私はヘスティア様を抱え安全な場所まで退避した。

 

「それでも……僕は信じたいんだ」

 

 地面に座り込み、俯きながらベルは涙を流していた。

 それはきっと悔しいからだろう、助けたいと思った人を完全に信じることのできない己が。助けたいと言う確固たる想いを絶対に実現できるという力がない己が。

 

「僕は、リリを助けたいんだ!」

 

 それは心の叫びだった。優しそうに微笑んでいるヘスティア様を見る。彼女は最初からそれを許すつもりだったのだろう。しかし、今ベルは自分の想いを告げた。泣きながら、己を曝け出した。

 

「なら、そうすればいい」

「え」

「誰も助けるななんて言ってないでしょう。ねえ、ヘスティア様」

「そうだね」

「で、でも、リリが犯人だって」

 

 私の言葉に瞠目するベル。驚きすぎて涙が止まっていた。

 

「それが彼女の選択であったと言うのなら、そんな彼女を何が何でも救う、それが貴方の選択ということですよベル」

 

 座り込んだベルに近寄り頬を流れた涙を指で掬う。人を想って流す涙は何故こうも美しいのか、私には分からなかった。

 

「ベル、しかし貴方のそれは偽善です。盗みを働かざるをえない人を救いたいという、同情のような感情です」

「違う」

「なら、女性だから助けるのですか?」

「違う!」

「ならば、何故?」

 

 もう、瞳に涙などなかった。きっと蒸発してしまったのだろう。ベルの瞳には揺らめく(おもい)が燃え盛っていた。その目に強い意志を感じた。もしかしたら、私も戦っている時はこういう目をしているのだろうか。

 

「僕は……リリだから」

 

 

 

「リリだから助けたいんだ。僕の、大切な仲間を助けたい。悲しそうに笑う彼女を守りたい。一人だった僕といつも一緒にいてくれたアゼルみたいに、行く宛のなかった僕達を助けてくれた神様みたいに」

 

 自分の心から本音を絞りだすように胸を押さえ、漸くその答えに辿り着く。

 

「なら、迷う必要などないでしょう。助けたいのなら助ければいい、その結果を貴方が受け止めるというのなら」

 

 自分のために剣を振るい続け、仲間を傷付けていく私。

 他人のために己を削り続け、仲間を危険に晒すベル。

 

 それは正反対のように思える生き方。しかし、何も変わらない。ただ、己の信じた道が違っただけの話だ。

 

 片やすべてを置き去りにしていく剣の道。片や助けたすべての人を背負っていく善の道。

 全てを斬った私は空っぽになるのかもしれない。全てを背負い込んだベルは圧し殺されるのかもしれない。結局、道の果てなどそんなものなのかもしれない。

 それでも、それが私の求めた道の先だと言うのなら、空っぽな私は満たされるのだろう。圧し殺されたベルは満たされるのだろう。

 

 こんなにも同じだというのに、私にはベルが眩しく見えた。

 

「神様、僕は……」

「ああ、君は自分の信じた道を行け」

 

 そうして、兎は自分の跳ねる理由を知る。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあればお気軽に言ってください。

不評だからと言って文章を修正するのはあまりしたくなかったのですが、考えてみれば作者のキャラクターに対する理解が足りなかった部分もあったので修正しました。今後も温かい目で見守ってもらえると嬉しいです。

原作との違い
1.テーブルが壊れた
2.原作ではリリの何故助けたのかという質問に対して、リリだからが女の子だからの後に来ますが、この作品では最初からリリだからになる(本文には出てこない)

※2015/09/23 09:47 他人を仲間に変更

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