剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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原作シーンはダイジェスト風味でお送りします。

一応2巻が終わるまでは連日投稿するつもりです。3巻はまだあまり考えてないので少し間が空くと思います。


あるギルド職員の受難

「へぶにゅ!?」

「かっ、神様ぁー!? ご、ごめんなさいっ、怪我はないですか?」

「面白い声出てましたよ」

 

 鈴音と今後の予定の話などをして、することもなくなったので私は潔くホームへと帰った。ベルも今日はダンジョンに行かなかったため地下室にいるのは知っていたが、帰ると本につっぷして寝ていた。日々の探索で疲れが溜まったのだろうと思い起こさず放っておいた。

 

 ヘスティア様がバイトから帰ってきて慎ましい夕食を食べたあと、ベルは【ステイタス】の更新を頼んだ。成長促進スキルを有しているベルは数日探索しただけで大きく熟練度が上昇するのでこまめに更新をしている。

 そして現在、ヘスティア様が何か呟きベルがそれに対して驚き、ヘスティア様が背中に乗っていることを忘れたのか起き上がった。結果としてヘスティア様は後頭部を床に激突させ、奇声を上げた。

 

「どうしたんですか?」

「いったたぁ……魔法だよ。ベル君に魔法が発現したんだ」

 

 溜息を吐きながらヘスティア様はそう言いテーブルの上に【ステイタス】の書かれた紙をぞんざいに放った。

 

「神様、アゼル。僕魔法が使えるようになった」

「おめでとうベル。これで念願の魔法剣士を目指せますよ」

「待って、それを目指した覚えはない。でも、確かにっ、目指せる!」

 

 見るからに上機嫌なベルは、踊り出しそうな程喜んでいた。自分のことではないのにこちらまで嬉しくなってしまうくらいだった。

 そんなベルを宥めながらヘスティア様の魔法解説が始まった。私は【未来視(フトゥルム)】が発現した時、つまり入団時に受けた説明だ。

 

 ベルの魔法【ファイアボルト】の備考欄に書かれた文章はたった一つ、速攻魔法だった。私の【未来視】も詠唱いらずの魔法だったが、どうやらベルの魔法もその類らしい。字面から判断すると超短詠唱の攻撃魔法だ。

 炎の雷撃。本来交じることのない二つの属性が交じり合うという神秘、それが魔法。人の身ではけっして辿り着くことのできない領域、そのはずだ。

 しかし、私はその領域を侵したらしい。人の身でありながら、たった一つの刃を片手に。

 

 何気なく【ファイアボルト】と言葉にしかけたベルの口をヘスティア様が手で塞ぐ。曰く、何がトリガーとなって魔法が発動するか分からない。明らかに攻撃魔法なのだから、ここで不用意に魔法名を言葉にするのは危険とのことだった。

 確かにこの一室が焼け焦げてしまったらホームなしのファミリアになってしまう。そうなったら宿暮らしだろう。未だ貯蓄の少ない零細ファミリアにとってそれは無理というものだ。

 

 結局、魔法の効果や発動条件の確認は明日ダンジョンでするようにヘスティア様は言って、歯磨きを済ませベッドへと飛び込んだ。働いて疲れていたのか布団に包まるやいなや小さい寝息が聞こえてきた。きっと私の事で疲れたということもあるのだろう。

 

 私も回復したとはいえまだまだ体調は元通りには程遠いままだ。自分のソファに寝っ転がり薄い布団を被り寝ることにした。寝ると決めたらすぐ寝入ってしまい、途中誰かが動いていた気配を感じたがすぐにまた深い眠りへと落ちてしまった。

 

 

■■■■

 

 

「うぐぅ~~……っ!」

「何をやってるんですかベル?」

 

 朝起きてからベルはずっとこの調子だ。クッションに顔を押し付け悶えるような声を出すばかりで事情を説明してくれない。頬が紅潮しているので、まあ何か嬉しい事か恥ずかしい事でもあったのだろう。

 

「アレかい、おねしょでもしちゃったとか?」

「違いますよぉ~」

 

 ヘスティア様のからかいに律儀に答えながらもクッションに顔を押し付けるのを止めないベル。もう自分専用だと言わんばかりにぐりぐり押し付けている。

 

「はあ。何があったか知らないけど、君も本当に多感な子だよなぁ……あ、そうだ。ベル君、昨日のあの本見せてくれよ。今日は昼まで暇なんだ」

「あ、はい。いいですよ」

 

 子供のような身体のヘスティア様だが読書は大好きらしい。今の生活になってからは本を買うお金がないので読んでいないようだが、以前は相当読んでいたらしい。そういえばヘスティア様がファミリアを設立した経緯をまだ聞いていない。

 

「ふぅん、見れば見るほど変わった本だ、な……ぁ?」

「……その本は」

 

 昨日はベルが頭を乗せて寝ていたので気付かなかったが、その本は豊饒の女主人に置いてあった存在感のない本であった。どんな経緯を辿ればベルの手に渡るかは分からないが、厄介事の気配がした。

 

「……コレは、魔道書(グリモア)じゃないか」

「ぐ、ぐりもあっ?」

「簡単に言っちゃうと、魔法の強制発現書……」

 

 魔道書は、ランクアップの時に発現する派生アビリティである【神秘】と【魔導】を持った人物しか作ることのできない特別な書物らしい。値段にすると【ヘファイストス・ファミリア】の一級品が買えるくらいするとか。つまり何千万という、現在のヘスティア・ファミリアではどう足掻いたって払える値段ではない。

 しかも効力は一度読むと失われ、ただの重い本になってしまう。

 

 ベルはそれをとある人物から借りてきたらしい。たぶんシルさんだろう。だが返したとしても、物だけで中身は二度と返せない品物だ。ベルは謝りに行こうとしたがヘスティア様はそれを掴んで止めた。謝って、もしも弁償しろなんて言われた日には雨風を凌ぐ場所さえ失ってしまうからだろう。

 それでも正直者のベルはヘスティア様の腕を振りほどき外へと駆け出していってしまった。

 

「ベル君の正直者ぉ……」

「美点のはずなんですけどね」

 

 項垂れるヘスティア様を慰めるために私は言った。

 

「まあ、そんな貴重な物を酒場に置いておくほうが悪いですよ」

「酒場?」

「ええ、行きつけの酒場に置いてあったのを昨日見ましたから」

 

 それなら言い訳ができるな、と立ち直ったヘスティア様を見て私は地下室を後にした。今日はギルドに言ってランクアップの報告をしなければいけない。

 

 だからベルに魔法が発現したのか、と一人納得する。しかし、そんな貴重な物を酒場に置いておく人間がいるかは大いに疑問だ。しかし、考えた所で何になるというわけでもないので考えるのは止めた。

 

 

■■■■

 

 

「ふむ」

 

 ギルド本部に着く。そもそもギルドとは冒険者とファミリアを管理する大きな組織、神が頂点にいるので大きなファミリアと言ってもいい。しかし、そのメンバーに【恩恵(ファルナ)】を授かっている者はいない。冒険者やファミリアに対してできるだけ干渉をしないギルドの方針に合わせているのだろう。

 

「誰に報告するべきか」

 

 普通に考えれば、私が単独階層主撃破をしたと言っても誰も信じてくれない。ランクアップ自体は背中を見せれば分かるが、その経緯までは本人しか知らない。私はベルと違って専用アドバイザーを割り当てて貰う提案を断ったから特に親しい職員というのがいない。

 

「まあ、ここはエイナさんでいいか」

 

 一応ベルを通しての知り合いということで顔見知りではある。

 エイナさんのいる受付へと足を運ぶ。未だ朝ということもあり、ギルドの混雑はそこまででもなかった。これが夕方となり冒険者達がダンジョンから帰ってくる時間帯になると受付も換金所ももの凄く混む。

 

「次の方どうぞ。ってアゼル君」

「おはようございます、エイナさん。そういえば、以前闘技場で助けてもらったお礼を言ってませんでしたね。あの時は見つけてくれてありがとうございました」

「別に私があそこに行くって決めたわけじゃないから、いいよお礼なんて。それで、本日はどのような用件でしょうか?」

「えぇ……ちょっと内密な話があるんですけど」

 

 声量を落として用件を伝える。ランクアップ自体は内密にする内容ではない。しかし、その異例の早さと異常な討伐記録は不用意に人に話すなとヘスティア様にお願いされている。

 

「えっと、じゃあ別室に行ったほうがいい?」

「できれば」

「あぁ、そうなるとごめんね。私この後外せないミーティングが入ってて」

「そうですか」

「他の人でもいい? それならすぐ呼んでくるから」

「大丈夫です」

 

 そう言ってエイナさんは受付から一旦下がって、事務所の方に行き一人の童顔の女性を連れてきた。エイナさんと違って耳が尖っていないヒューマンの女性だった。髪の色は明るい茶色で背が低い。

 

「はい、ミィシャ後お願いね」

「え、えぇ……そんないきなり」

「大丈夫大丈夫」

「もうっ、今度何か奢ってね」

「しょうがないわね。アゼル君、こちらミィシャ・フロット。私の同僚」

「私はアゼル・バーナムです。よろしくお願いしますフロットさん」

「あ、名前でいいよ。こちらこそよろしくねアゼル君」

 

 そうして私はミィシャさんに連れられ個別指導室へと案内された。ベルも時々ギルドに行きエイナさんからダンジョンの様々な知識を学んでいるように、冒険者は希望すればギルド職員によるダンジョン教育を受ける事ができる。この部屋はそう言った用途で使われる場所だ。

 

「で、内密な話だっけ? と言っても冒険者の事情はギルドに持ち込んでもあんまり意味ないよ」

「あんまり他の人に言うなって言われてる話なんです」

「それは、聞きたくなくなる情報だな~」

「そう言わずに聞いてください」

 

 ミィシャさんは苦い顔をした。どうやら思ったことをはっきり言うタイプのようだ。もしくは言いたいことを我慢できていないだけかもしれないが。取り敢えず話しやすい人だ。

 

「ま、話してみなさい」

「凄く簡単な話なんですけど。言っても信じてもらえるかどうか」

「ちょっと、私ってそんなに信用ない?」

「ミィシャさんと話したのが今日が初めてなのでなんとも言えませんが……」

 

 なかなか言い出さない私にむっとしたミィシャさんは少し睨んできた。その顔が怖いというより可愛いのでまったく威圧などされなかったが、言わないことには何も始まらない。

 

「じゃあ、言いますよ?」

「どんと来なさい」

「実はですね」

「うん」

「あ、絶対驚かないでくださいね」

「早く言いなさい」

 

 言っても無理だろうな、と思いつつ一応忠告はしておいた。もう一度呼吸をし、決心して私は口を開いた。

 

「ランクアップしました。二日程前に」

「うん? それのどこがおかしいの? おめでとうって言うしかないよ」

「エイナさんに渡された資料、見てください」

 

 そう言ってミィシャさんはエイナさんが渡した私に関する資料を上から下まで読もうとした。しかし、ある一点で目が留まった。

 それは冒険者登録日の項目だ。そこには今から約一ヶ月前の日付が記載されていた。

 

「……ちょっと、待ってね。うん、うん。何回見ても同じか」

 

 目を擦ってもう一度資料を見るミィシャさん。

 

「えええええええええええええぇ!?」

「ちょっ、ミィシャさん!」

「むぐ、むぐぐむ!」

 

 大声で叫び声を上げたミィシャさんの口を急いで手で塞ぐ。それでも声を出すのをやめようとしない程に彼女は驚いていた。数秒して、彼女も落ち着きを取り戻し私の手を掴んで口からひっぺがした。

 

「ご、ごめんなさい」

「まあ、こうなると思ってました」

「だ、だって、ええ?」

 

 ミィシャさんがもう一度資料に目を落とす。

 

「それ本当? 君の妄想とかじゃなくて? 嘘とかでもない?」

「嘘を吐く理由がありません」

「ほ、ほら。気になる私に構って欲しくて、とか」

「私最初にエイナさんに報告しようと思ったんですけど」

「じゃあ、気になるのはエイナなの!?」

「……はあ」

 

 溜息を吐く。どうしても認めたくないようだが、流石にランクアップを偽るほど馬鹿ではない。最終手段ではあるが、話が進まないなら背中を見せるのも必要かもしれない。

 

「ランクアップの確認がしたいのなら背中見せますけど」

「ごめん、私は神聖文字(ヒエログリフ)読めないんだ。でも、それは確認すれば分かることだろうから、嘘じゃないん、だよね?」

「はい」

 

 ぎこちなく頷きながら持っていた手帳に私の名前とランクアップしたという事実を書き記すミィシャさん。若干手が震えて字が所々読めなくなっている。

 

「で、内密な話ってこれ? た、確かに大声で叫んじゃったから部屋にいてよかったけど」

「むしろその後の方が内密な話です」

「ちょっと待って、これを言った後にもっと驚く事って何!?」

「私のランクアップまでの経緯の殆ど、ですかね」

 

 それから私は自分の今までの活動記録を話した。上層でミノタウロスに襲われたこと。その後は中層をうろうろしていたこと。

 ミィシャさんはもう考えることを止めたのか、ただ私の言った情報を紙に記す存在となっていた。途中、はは、という乾いた笑いが漏れていたが気にしないことにした。

 

「で、ランクアップの切っ掛けなんですけど」

「……ここで切るってことは」

「ええ、最も驚く情報です」

「も、もう驚かないわ」

 

 笑いながら胸を張ってミィシャさんはそう言った。あ、これはダメだなと思ったのは秘密である。

 

「17階層の階層主、迷宮の孤王(モンスターレックス)ゴライアスを単独撃破したんです」

「………………」

「あれ、ミィシャさん? ミィシャさーん?」

 

 ミィシャさんは笑ったまま固まっていた。笑顔はあどけなく可愛いのだが、その状態からまったく動かない。

 

「う」

「あ、動いた」

「うう」

「いやあ、よかったですまた大声で叫ばれたらどうなるかと思ってました」

「うわああああああああああああああん!!!」

 

 今回は叫び声ではなく泣き声だった。

 

「なんでこんな処理しにくい情報を私が聞かないといけないのよお!! エイナのバカァ!!」

 

 たぶんまだギルド内にいるエイナさんに聞こえるのではないかという程大きな声だった。

 

「この資料を班長に見せたらどんな顔されると思ってるの!? 絶対! 絶ッッ対正気を疑われる!」

「すみません」

「うぅ……もうやだ」

「そう言わないで下さいよ」

「もう何もしたくない」

「仕事してください。しないと怒られるのはミィシャさんですよ」

 

 何を言っても机に突っ伏した姿勢から動かなくなってしまった。

 

「お願いしますから、動いてくださいよ」

「嫌よ。アゼル君が直接班長に話してきてよ」

「嫌ですよ、こんな誰も信じないような話を何度もするのは」

「……じゃあ、これはアゼル君の妄想ってことで処理しよう、そうしよう」

 

 涙ぐみながらミィシャさんは活動記録を書いたページの最後に「単独でゴライアス討伐」と書き足した。文句を言いながらもミィシャさんはちゃんと仕事をする。

 

「まあ、これも仕事だと思ってやってください」

「鬼畜!」

 

 弱々しく机に項垂れるミィシャさん。これからその班長という人に報告しに行くことを想像したのだろう。

 でも、これからもこんな感じの報告はする可能性が高く、その度に違う人に報告して驚かれるのも面倒だ。報告する時は全部ミィシャさんにしよう。

 

「まあ、頑張ってください」

「はい……」

「じゃあ、私行きますね」

「うん、ばいばい」

 

 そう言って部屋から退出しようとする。後ろでミィシャさんも重い腰を動かし付いてくる気配がしたが、やはり足取りは重そうだ。

 

「あ、今後も報告はミィシャさんにするつもりなので、よろしくお願いしますね」

「聞きたくなーい、聞きたくなーい」

 

 耳を手で塞ぎながらミィシャさんが隣を歩く。そうしつつも明確な拒否はしないので了承したと受け取っておいた。まあ、流石に今回以上に驚くような報告は早々ないと思いながら、ミィシャ・フロットというギルド職員の受難は今後も続くだろうと容易に想像できた。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

ということでミィシャ・フロット参戦。参戦しょっぱなから泣いている。この人の性格こんなんだったっけ……たぶん滅多に出てこない。
エイナさんにはベルの時に驚いてもらう必要がありますからね。

幕間に書いて欲しい内容などがあれば活動報告に要望板を作っておいたのでそちらにコメントお願いします。

※2015/09/22 14:15 ミィシャとのやり取りが一部理不尽とのことだったので修正

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