剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
ということで二巻の内容に入っていきますが。一巻同様アゼルはかなりベルと離れて行動しているので、ぶっちゃけリリはあまり出てきません。リリにとってアゼルは、年に一度正月に会う伯父さん程度の感覚になる気が……。どうにかしないと。
束の間の休息
アゼル・バーナム
Lv.1
力:H 161 → H 199
耐久:I 71 → H 104
器用:G 245 → F 314
敏捷:G 201 → G 243
魔力:H 105 → H 126
《魔法》
【
《スキル》
【
【
・ 早熟する。
・ 全アビリティ弱体補正。
・ 条件クリアにより弱体していた期間に比例する全アビリティブースト発動。
・ 条件:強者と相対する。
・ 【絶対強者】を倒さない限り効果持続。
「これは」
熟練度上昇値トータル200を超えた自分の凄まじい成長ぶりに驚いた。四日間のダンジョンでの集中的なモンスター狩りと、数日前敗北したオッタルとの戦闘。その【
自分の感覚ではあるが、恐らくモンスターを倒したことよりオッタルとの戦闘のほうが質のいい【経験値】をもたらし、より多くの成長を促したのだろう。
「君は……何をしたんだい?」
ヘスティア様が厳しい顔で私を見上げた。
後から知ったことだが、祭りを一緒に回っていたベルとヘスティア様はフレイヤが放ったモンスターの一匹、巨大な猿の化物『シルバーバック』に追い回されたらしい。そして、そのシルバーバックをベルがなんとか撃退し、九死に一生を得た。
その後、過労で倒れたヘスティア様の介抱のため豊饒の女主人の二階を使わせてもらったらしい。私のことなどつゆ知らず、二人はその後私を探してギルドに行きエイナさんから私が事件に巻き込まれた事を知った。
なので、ヘスティア様とベルは私の身に起こったことを知らない。ましてや、今回の事件の首謀者が神フレイヤで、その目的が私とベルであることも知らない。
「少し、ボコボコにされてきました」
「本当に、ベル君と言いアゼル君と言い、無茶をし過ぎだッ! もう怒ったぞ! 武器は預かる! ダンジョンなんかに行くんじゃないぞ! ちゃんと休むことっ!」
「そんな殺生な、せっかく新しいスキルが出たというのに」
そう、【ステイタス】の書かれた紙を見て私を最も驚かせたのは新しく発現したスキルであった。【
その効果は弱体を対価とした一時的アビリティの上昇と成長促進だ。強者、というのがどれほどの強者でなければいけないのか分からないが、そこは私の個人的感覚なのだろう。把握しなければならないのは、どれほど弱くなるのか、それとどれほど上昇するのかだ。
「新しいスキルが出たからだ! 言っておくけど、自分を弱くするスキルなんて危険極まりないんだからね。【ステイタス】には反映されていないけど、アビリティの熟練度だって数値より低くなってるんだから」
それは大した問題には感じられない。元々低い【ステイタス】で戦ってきたのだから、今更少し下がったところでどうなるという話だ。
「いいかい? 今日一日は絶対にダンジョンに行っちゃだめだからね! 絶対だぞ! 破ったら怒るからね!」
怒るヘスティア様は可愛いので破ってもいいのだが、そうすると怒ると同時に悲しみもするだろう。一日休んだだけで主神のご機嫌取りができるならいいか、と思い私は武器を持たずに街へと歩き出した。
■■■■
『ギギッ!!』
『ギィイッ!』
そして現在ダンジョン7階層、『キラーアント』と呼ばれる巨大な蟻を目の前に私は武器を持たずに構えを取っていた。
行きたいという欲求が勝ってしまい、結局は来てしまった。7階層なので私の到達階層からしたら休んでいると言ってもいい、かもしれない。
「シッ」
キラーアントは多くの新米を死なせるモンスターらしい。その硬い甲殻で攻撃を弾き返し、攻めきれない冒険者を鋭い爪で刺し殺す。このモンスターが出るまで硬い表皮をしたモンスターというのは出てこないからだ。
『ギャッ!』
しかし、硬い甲殻など私にとっては何も意味を成さない。むしろ動きを阻害する物となって、より倒しやすい敵にしているだけだ。
腕を振り下ろしキラーアントの頭を斬り落とす。首から血を吹き出しながら一度大きく痙攣して動かぬ屍となった。
『ギギギ』
『ギィギ!』
横から振るわれるキラーアントの爪を手刀で斬り飛ばす。間髪入れず、空いた手で頭に手を突き入れて絶命させる。
物足りない。残ったキラーアントは私に襲いかかった仲間が一瞬で殺されていく様に恐れをなしたのか、ゆっくりと後退していた。
「見逃すと思いましたか?」
そんなこと私が許すはずもなく、既に戦闘の意志をなくしたモンスターを斬殺していった。今は、例えどれほど小さな経験だろうと糧にして成長しなければならない。腕に装備したプロテクターが身体にそう語りかけていた。
「うーむ」
数時間ダンジョンに潜りモンスターを倒した私は、少し物足りないが地上へと帰ってきた。帰りが遅くなれば疑われるかもしれないし、地上にいたというアリバイを作っておく必要もあるかもしれない。
「身体の違和感は、あまりない」
むしろ、身体の調子は今までにないくらい絶好調であった。それはきっと伸びた【ステイタス】の分なのだろうが、弱体化したかどうかというのが分からない。この分だと、前回の更新した時のステイタスより低くなっているということはないようだ。各アビリティワンランクダウンくらいだろうか。
「おや?」
アリバイついでに豊饒の女主人で時間でも潰そうと歩いていた私は、エイナとベルが一緒に歩いているのを見つけた。
「そういえば、今日は誰かと出かけると言っていましたね。デートだったとは、ベルも隅におけない」
これは後でヘスティア様に何か言われるのだろうと思いつつ、私はそのときのベルの困ったような顔を思い浮かべた。こちらに助けを求めてきても、私は知らぬ存ぜぬを貫き通すと心に誓った。
■■■■
「おや、リューさんお出掛けですか?」
「なんで貴方が裏口にいるんですか?」
それはたまたまであった。最近ではオラリオにも慣れ、路地裏を通ったほうが人も少ないし移動に時間が掛からないことを分かった私は一人の時は大抵入り組んだ路地裏を通って移動していた。
豊饒の女主人の裏口付近を通ったのは本当に偶然だったが、これは運命と言ってもいいかもしれない。むしろ、そうであれ。
「お出掛けなら私とデートでも」
「これから買い出しですので、お断りします」
「では、私も買い出しに付いて行きましょう。荷物持ちがいれば買い出しも楽というものですよ」
「一人で大丈夫です」
行く、来るな、という問答を数分繰り返した私とリューさんだったが、早く行かないといけないので折れたのはリューさんであった。私は折れないことに定評があるので当然といえば当然だ。
「私から三十
「分かってますよ。私、女性が嫌がることはしないので」
「なら、付いてこないでください」
「ほら、荷物持ちがいるほうが効率的ではないですか? 効率的、なんていい響きだ」
「……はあ」
ため息を吐くリューさんの少し後ろで、私はその歩く姿を見ていた。均等に付いた筋肉によって、体幹がかなりしっかりとしている。重心がまったくブレず、いつどこで攻撃されても迎撃できるような隙のない歩き方だった。
――パシンッ
そして、飛んできた平手を私は掴むのではなく叩き落とした。掴んだらまた怒られてしまう。もう既に怒っているかもしれないが。
「そのような目で私を見ないでほしい」
「おや、これはすみません。いや、でも別に厭らしい目で見ていたわけじゃないですよ?」
女性の後ろ姿、しかも下半身をジロジロ見ていたから勘違いされたのだろう。それは、違う。私は決してそんな邪な気持ちで見ていたのではなく、戦って欲しいなあ、と思っただけで。
「獲物を見るような目で見ないでほしい、と言っているんです。正直落ち着きません」
「よかった、勘違いしてなかったんですね」
「邪な目であれば、即刻蹴り飛ばしています」
獲物を見るような目なら厳重注意で許してくれるくらいには心を許してくれたようだ。まったく許されている気がしないが、邪な目で見るよりはマシな扱いだ。
「でも蹴ってくれたほうが戦いに持ち込み易いのか」
「……」
もう何も言わずにスタスタと歩いて行ってしまった。しかも早歩き。
「待ってくださいって。冗談です冗談」
「貴方が言うと冗談に聞こえない」
「非道いなあ。私をそんな戦闘狂のように思ってるんですか?」
「事実です」
反論を許さないような冷たい声だった。しかし私が思うに高レベルの冒険者は皆どこか戦闘を好む輩ばかりでしょう。逆説的に、私は良い冒険者になれる素質がある、と思えば少しは戦闘狂と言われるのも嬉しいかもしれないですね。
その後リューさんは私をこき使い、買い出しの荷物を全部持たされた。帰りも路地を歩いて、人気のない道を歩く。
「なぜ貴方は私に構う」
「それを聞きますか? 当然貴方のことがす」
「冗談はよしてほしい」
好きと言いたかったのだが、そんなに私に言われるのが嫌なのだろうか? 今度好きだと連呼でもしてみよう。そしたら殴りかかってくるかもしれない。
「そうですねえ……美しいと思ったからでしょうか」
「殴りますよ?」
「本当ですよ。貴方の雰囲気が、目がとても美しかった。とても鋭く、全てを斬り裂く鉄の塊に似ていた」
武人は、相手の雰囲気だけで力量を測れるという。私は、相手が剣士かどうかが分かる。その大凡の実力も分かる。しかし、それ以上にどのように剣と向き合ってきたのかがなんとなく分かる。
「貴方は何を斬った? どれほど斬った? どんな想いで? それが知りたいと思ったんです。接してみるとなかなか愉快な人であるというのもありますが」
「……非常識な人だ」
「詮索はしません。教えて貰えるだなんて思ってもいませんから」
「では、なぜ未だに私に構っているんですか?」
「いや、ですからすいったッ!」
好きだから、と言おうとしたら足を踏まれた。殴ってこなかったのは買い出しの荷物のおかげだろう。ありがとう、荷物。
「行きますよ」
「待ってくださいよ、足痛いんですけど」
私の言葉などお構いなしに歩いて行ってしまうリューさんの後を必死で追いついた私は、聞いてほしくないであろう彼女に問いかけた。
「リューさん。斬った先に、答えはありましたか?」
「……あったとでも思っているんですか?」
それは本当に悔しそうな、泣きそうな声であった。それと同時に怒りを含み、嘆きを含み、絶望した少女の泣き声のように、私には聞こえた。その姿を美しいと思った私は、やはりどこかおかしいのだろう。
■■■■
「まったく、ベルも困った奴ですね」
「アゼルにリューさん?」
路地を数分歩き、曲がり角を曲がった先でリューさんが立ち止まったので荷物を動かして見てみると、ベルが少女を男性冒険者からかばっている場面に直面した。
「次から次へと……!? 今度は何だァッ!」
「貴方の危害を加えようとしているその人……彼は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。手を出すのは許しません」
ベルはリューさんの台詞に唖然としている。確かにいきなり同僚の伴侶となる方だ、と言われたらそうもなりますか。
「どいつもこいつも、わけのわからねえことをっ……! ブッ殺されてえのかあッ、ああ!?」
そう叫んだ男性冒険者は、自分に出せる最大限の威圧感をリューさんに向けた。だが、そんなものに意味などない。
「吠えるな」
たった一言。それだけで男性冒険者は動けなくなった。彼の発していた威圧感が消えてなくなり、それを上書きするようにリューさんから殺気とも呼べるほどの威圧感が生じる。
「手荒なことはしたくありません。私はいつもやり過ぎてしまう」
それでも、男性冒険者は諦めずに目だけはリューさんに反抗しようとしていた。しかし、彼女が最終忠告として腰に差した短い刀、後で聞いたが小太刀というらしい、へと手を伸ばし柄を持つと逃げ出していった。
逃げていく男を尻目にリューさんはいきなりその小太刀を抜き放ち、後ろにいる私へと振った。
「ちょおおっ!」
私はそれを首を逸らしてなんとか避けたが、林檎を二個落としてしまった。これ私のせいじゃないですよね。
「殺気を向けないで欲しい。武器を持ったくらいで」
「ああ……すみません。つい」
本当についだ。剣を持った人を見ると、つい。それがリューさんほどの実力者となると、抑えるのが難しいほどだ。
「えぇと、二人共どうして?」
突然斬りかかったリューさんに驚くも、私が難なく避けたように見えたからか、ベルはあまり動揺していなかった。決して、私の心配をしていないなどということではない、と思いたい。
「少しリューさんとデーどッ」
「黙りなさい」
デートと言おうとしたら腹を殴られた。
「あの、リューさん? 一応荷物持ってるんですが」
「貴方が不要な事を言うからだ。林檎二つ、買ってもらいます」
「えぇえ……?」
それ、リューさんが斬ろうとしたから落とした林檎ですよ、分かってます? 分かってて言ってるんですよね。
「はあ……分かりましたよ。今回のデー……荷物持ちの料金とでも思っておきます」
荷物持ちをしたのに金を払わねばならない、ということは気にしないことにした。世の中金を払ってでもしたいことはたくさんあるが、荷物持ちをしたいという人間は私くらいだろう。
「それにしても、ベル。エイナさんとデートとは、貴方も隅に置けませんね、このこの」
「ええぇぇええ! で、デートなんかじゃ! というかなんで知ってるの!?」
「偶然見かけまして」
「クラネルさん、付き合っている女性がいるんですか?」
「い、いません! あれはデートじゃなくてッ! 買い物! 買い物です! ほら、新しい装備!」
そう言って自身の身体を見せるようにして立ったベルは確かに新しい装備をしていた。白のプレートアーマー。
それは、面積をかなり少なくして素早さをできるだけ殺さないようにし、且つ重要なところを攻撃から阻むようにできた一品だった。
「おお、いいですね」
「でしょっ!」
「で、そのプロテクターはエイナさんからのプレゼントですか?」
「だからああぁぁッ! なんで分かるの!?」
「一つだけ毛色の違う防具ですからね」
腕に装備しているそれは、白と黒で統一されているベルの装備のなかで一つだけエメラルドという目立つ色だ。ベルならかっこいいからと言って、買うとしたら黒か白にするだろう。エイナさんはそういう所がないので、性能で買ったんだろう。
「本当に、付き合っていないんですね?」
「ひゃ、はい」
結構な迫力で聞いてきたリューさんに若干怯えながらベルは最終的にデートでないという事にしたようだ。本人はああ言っているがエイナさんはどう思っているのか。見ていれば分かるが、彼女は完全にベルに気がある。
「あれ、というか女の子は?」
「もう、どっか行っちゃいましたよ」
「ええっ。気付いてるなら言ってよ。でも助かったならいっか」
助けた少女と仲良くなる、なんていうロマンスを考えていたのか、残念がっていたベルだが根が優しいので助けられたことで満足した。
「ベル、私は豊饒の女主人で夕飯を食べるので」
「分かったよ。神様には言っておくね」
「助かります」
そう言って、ベルはホームへの道を走っていった。私は当然ながら荷物を豊饒の女主人まで持っていかなければならないので、ついでに夕飯も食べることにした。
「帰ってもよかったんですよ」
「いえいえ、今は少しヘスティア様に会いたくないので。それに女性に荷物を持たせるというのも」
「……何をしたんです?」
「行くなと言われていたダンジョンに行ってしまったんです、武器を持たずに」
「……はあ、本当に貴方は、馬鹿ですか」
「ほら、まあその分お金は持ってますから」
腰に下げている財布を揺らして見せる。
「食べ終わったらさっさと帰ってください」
「それ店員としてどうなんですか?」
歩き出した彼女の後を追う。垣間見た彼女の実力に震える心を抑えるように、両手の荷物を強く持った。
■■■■
「アゼル君ッ!」
「……はい」
「君、ダンジョンに行ったね」
「いえ」
「バベルの人に見かけたって人がいた」
「……はあ、行きましたよ。でも、しょうがないでしょう。私は冒険者だ、力を求めずして何をしろと言うんですか?」
私はそうヘスティア様に言った。
豊饒の女主人で夕飯を食べて帰ってくると、怒ったヘスティア様がいた。奥には、何故怒っているのか分からず困惑しているベルもいた。
「だからって武器も持たずに」
「武器が無くともあの階層程度であれば問題ないと判断しました。何より、武器を取り上げたのはヘスティア様だ」
「流石の君もそんな馬鹿なことはしないと思ったからだ! もう二度とこんなことはしないでくれ」
ヘスティア様は俯いて、泣いていた。私がした事は、神を泣かせるほどの所業だったのだろうか。私にはどうにもそう思えない。自分のできることをしたまでだったのだ。
だから、きっとこの約束はできない。
「すみません、約束はできません」
「……だろうと思ったよ」
彼女はそう言って、悲しそうに笑いながら私を見上げた。
「今日、君の目撃情報を集めたんだ。そうしたら、どこで君を見たって人がいたと思う?」
「さあ……」
「17階層だ」
「え」
ベルがそのありえない階層名を聞いて素っ頓狂な声を出した。それもそうだろう。私とベルは共にレベル1の冒険者な上、私は成長速度ではベルに劣っている。
「言ったはずです。無茶はしないと。私はできると思ったからやったまでです」
「これは、聞かなかった僕の落ち度だ」
「落ち度も何も、何も起こってませんよ」
「まだ、起こってないだけだ」
そう言って彼女は私を強く睨んだ。それは激情だ。何か熱い決心をそこに見た。
「もう、二度とこんなことはしちゃだめだ」
「無茶はしません、とだけ言っておきます」
「しちゃだめだ!」
ヘスティア様が私の服を掴んで縋ってくる。怒ったり泣いたりと忙しい神だ。
「君に何かあったらどうするんだ! 一人じゃ絶対死んじゃうぞ!」
「そこで死んだというなら、私はその程度の人間だったということです」
「僕達がどう思うと思ってるんだ! 毎日君の心配をすることになるんだぞ!」
「しなくて結構です。今まで通りにしていてください」
「知ったからにはそんなことできっこない」
今日のヘスティア様はやけに突っかかってくる。今までこんなにお互いの意見をぶつけたことはなかった。
「では、言いましょう。ヘスティア様やベル、いえ誰でもです。誰が私の心配をしようと、私はやめない。強くなるために、私は歩みを止めるわけにはいかない」
そう、オッタルを斬るその瞬間まで立ち止まることなどありえない。
「そうか……」
「神様……あ、アゼルももうちょっと考えてみようよ」
「いえ、これだけは譲れません」
「いいんだ、ベル君。こうなるだろうって思ってた。これは、僕が招いた事態でもある」
ヘスティア様はベッドの下から布に包まった一つの物体を取り出した。そして、それを私に差し出した。
「アゼル君、これを君に」
私はそれを受け取って中身を確認した。
それは、籠手だ。黒塗りの、とても軽い籠手だった。
「君のために作ってもらった、僕からのプレゼントだ」
「えっと、あの?」
「アゼル君。君が一人で中層に行くのは、本当はやめて欲しい。でも、君はやめないと言ったから。僕は、神として君の意見を尊重する。今まで無傷に帰ってきたから信用もする」
その時、私は初めてヘスティア様を神として見た気がする。埃にまみれた地下室で、彼女は儚く微笑んでいた。それは、とても美しく、この世のものとは思えない笑みだった。
「だけど、忘れないで欲しい。僕は、ここにいる。ここで君を待っている。だってここは君の家だ。君の帰るべき場所だ。忘れないで欲しい。僕は、ちゃんと君のことを見るよ。もう、逃げたりなんかしない」
何かが変わったのだろう。ヘスティア様は真っ直ぐと私の目を見た。その双眼に私は吸い込まれるような錯覚を感じた。
「僕は、君のことも大好きだと、言えるようになる。約束だ」
彼女の言葉が私の中へと突き刺さってくる。今まで感じたことのない、向けられたことのない感情だった。それが、なんなのか私はよく知らない。でも、不快なものではなかった。
「それはプロポーズですか?」
「ち、違うよ! もう、せっかく良い事を言ったのに! 台無しだ!」
そして、少しからかうとヘスティア様はいつも通りに戻っていた。ぽかぽかと私を叩く拳は弱かったが何かが私の中に響いた。
「この籠手、大切にしますね」
滑らかな表面を触ると、冷たいはずの装備が温かかった。それは、私の中へと溶けこんでいく。まるで氷を溶かす温もりのように、まるで毒のように。
「肌身離さず持っておくように!」
「はい」
ただ、ヘスティア様との距離が縮んだ気がした。その晩、ベッドで三人川の字になって寝た。
私は彼女の涙の意味を知らない。それでも、彼女が私の中に響かせた何かは私を少し変えたのかもしれない。
それが私の強さの糧になるか、それだけが私の懸念だった。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘があれば気軽に言ってください。
つかの間の休息(大嘘)
久しぶりにリューさんが出て作者のテンションマックス。
安易に成長促進を出していいか悩みましたが、それくらいの渇望はあると思った。
そして、頑張れヘスっち回。
※2015/07/10 19:28 一部設定変更に伴い描写修正
※2015/09/14 7:10 加筆修正