剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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 要望があったので書いてみました。
 作者のヘスティア像は概ねこんな感じです。


幕間 神々の宴

「おーい! ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」

 

 その声を聞いたヘスティアは固まって口を引くつかせた。最も会いたくない相手と言っても過言ではない神の声が、何やら彼女を不愉快な呼び名で呼んでいるからだ。

 

 場所はガネーシャ・ファミリアのホーム『アイアム・ガネーシャ』と名付けられたかなり恥ずかしい建物の中。ガネーシャ・ファミリアが開いている神の宴に招待されたヘスティアはある神友に会いに来た。

 

「あっ、ロキ」

 

 その会いたかった神友が横にいる、燃えるような赤い髪に右目を顔の半分覆うであろう大きな眼帯で隠した神だ。名はヘファイストス、鍛冶を司る神で現在はヘファイストス・ファミリアの主神兼社長を務めている。

 その横にはもう一人、愛と美の神フレイヤもいた。彼女が歩くだけで多くの存在が彼女に魅了される。銀の髪に、今宵は金の刺繍が施されたドレスに身を包み、美と愛をその身体で表現する女神。

 

 そしてやってきたのは、黒のドレスで身を包んだ女神。現在オラリオ最強とも言われるロキ・ファミリアの主神にして、ヘスティアが嫌う相手だ。いつもは男物の格好をしているが、今夜は珍しくドレスを着ていて周りの注目を浴びている。

 

「何しに来たんだよ君は」

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? 『今宵は宴じゃー!』 っていうノリやろ? むしろ理由を探すほうが無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

 

 会って早々失礼な事を言うその神にヘスティアは殴りかかる寸前だった。ヘファイストスが止めていなければ確実に拳が出ていただろう。

 

「くっ、ろ、ロキッ」

「なんや、ドチビ?」

 

 ヘスティアはロキと口も聞きたくないのか、かなり無理をして口を動かしているため辿々しい喋り方となっていた。

 

「君の【ファミリア】に所属しているヴァレン何某について聞きたいんだけど」

「あ、【剣姫】ね。私もちょっと話を聞きたいわ」

「うぅん? ドチビがうちに願い事なんて、明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか? ハルマゲドーン! ラグナロクー! みたいな感じで」

 

 言われたその言葉に文句を言いたそうなヘスティアだが、質問が相当大事なのか文句をすべて飲み込んで言った。

 

「……聞くよ。その噂の【剣姫】は、付き合っているような男や伴侶はいるかい?」

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらん。うち以外があの子にちょっかい出してきたら、そいつは八つ裂きにする」

「ちッ!」

 

 その質問の真意、それはヘスティアの眷属の一人ベル・クラネルがその【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに恋心を抱いているからだ。もし、付き合ってる男や伴侶がいるならそれをベルに言い諦めさせるつもりだったのだ彼女は。

 

「こっちからも質問ええか? ええよな」

「な、なんだい? 君から質問っていうのも珍しいじゃないか。明日は」

「ドチビんとこのアゼルなんやけど」

「最後まで言わせろ!」

 

 仕返しをしようとしていたヘスティアの台詞を途中で遮ってロキは発言した。

 

「アゼル? ヘスティアが前言ってた眷属のうちの一人?」

「そ、そうだよ。赤髪の、剣士だよ。それがどうしたんだいッ」

 

 普段糸目のロキの目が薄く開いているのに気付いたヘスティアは一瞬言い淀んでしまった。それは怒りにも似た感情が見えたからだった。

 

「お前、ちゃんとアゼルのこと見てるんか?」

「し、失礼なッ! ちゃんと見ているとも!」

「じゃあ、もう一人のベルとかいう冒険者との関係は? ちゃんと把握しとるんやろうな?」

「同郷の幼馴染だ! それくらい知ってる! というかなんでベル君も知ってる!? ま、まさか狙ってるとかじゃないだろうね!」

「はッ、アホか。そんなんやからあんなことになんねん」

 

 その意味をヘスティアは理解できなかった。あんなこと、とはどんなことなのか。そもそも、何故ロキがそう断言できるほどアゼルとベルの関係を知っているのか、何も理解していなかった。

 

「お前は随分ベルとかいうのに入れ込んどるから気付いとらんみたいやけど」

 

 

 

 

「このままやと、アゼルはいつかぶっ壊れるで」

 

 

 

 

 そう、なぜならアゼル・バーナムという青年はベル・クラネルという少年を成長させるためにいるようなものだから。

 

「き、君に何が分かるッ!」

「『試練ていうものは越えられる者にしか与えられない』。アゼルが言った言葉や。そら、もう自覚してなかったみたいやけど、辛そうな顔やったで」

「ッ」

 

 既にロキの目はヘスティアを睨んでいた。

 

 思えば、ヘスティアはアゼル・バーナムという青年のことをあまり知らない。

 ベルと同郷の幼馴染で幼いころからベルの祖父から剣の手ほどきを受けてきた。その剣の腕は一流であるとベルからは聞いたが、実際目にしたことはない。

 ベルの爆発的な成長を見ても、嫉妬もせず焦りもせずただあるがままに受け入れていた。しかし、ベルというかなり特殊な存在がいたから注目しなかったが、アゼル・バーナムという青年の成長もかなりハイペースだ。

 

(君はどこで何をしているんだ)

 

 そう、何も知らない。それは、ヘスティアが何も聞かないからだ。

 

「あんな、お気に入りの子がいるんわ仕方ないことや。うちもアイズたんお気に入りやし。でもえこ贔屓はあかんやろ」

「べ、別に贔屓していたわけじゃ」

「お前がそういうつもりはなくてもな、子供達は分かんねん。うちらが子供達の心が分かるように、子供達もうちらの事よう見てるんやで」

 

 再びいつもの様に糸目に戻ったロキはニヤニヤと笑い始めた。

 

「その調子やと、奪っちまうで」

「なッ!」

 

 その発言にヘスティアとヘファイストスが驚愕する。フレイヤは一瞬ロキを睨もうとしたが、止めた。

 

「ロキ、そんなこと言っちゃだめでしょ?」

「アンタにだけは言われとうないわフレイヤ」

「ふふ、ロキはその子の事気に入っちゃったのかしら」

「心配なだけや。うちにいる方がよっぽどええに決まっとる」

 

 それは確信であった。

 アゼルが苦しむ理由は、正直な所ロキにはまだ分からない。酒場で得た少ない情報からはその答えを導き出すことはできなかった。しかし、その原因は明らかだ。それはベル・クラネルという冒険者にある。

 なら、その二つを別けてしまえばいい。

 

「そんなことさせるもんかっ! アゼル君は」

「ベルに必要な子、か?」

「ッ」

 

 ヘスティアは息を呑んだ。

 ロキに何を言おうとしていたのかを予想されたこともそうだったが。何よりも、自分が何を考えていたのかに気付いてしまった。恋は盲目というが、自分はなんてことを考えていたんだと、心を後悔が蝕む。

 

「アゼルはお前の心に気付いとるで。気付いた上で一緒におるんや。でもな、それはアゼルがそれ以外の生き方を知らんからや。誰かの犠牲になるように生きてきたからや。そら、辛くもなるやろ。自分を分からなくもなるやろ。本人は分かってへんみたいやけどな、辛いもんは辛いんや。その苦しんでる子を見放してどうすんねん」

 

 ロキはそう言うと背を向けて歩き出した。

 

「ええか、ちゃんと見てやれよ」

 

 それだけ言うと、颯爽と雑踏へと消えていった。残されたヘスティアは悔しさと情けなさで押しつぶされそうな気持ちだった。

 

「ヘスティア」

「僕は……主神失格だよ」

「はあ……ほら、帰るわよ。今晩はうちで飲みましょ」

「ヘファイストス……だめだ、早く帰って会わないと」

「今のアンタと会ったってその子が困るだけよ。話、聞いてあげるから」

「ごめんよ」

「そういう時は感謝するものよ」

「……ありがとう、ヘファイストス」

「フレイヤって、もういないし」

 

 気づくとフレイヤもその場から消えていた。神というのは自由奔放な性格な輩が多い。ヘファイストスはそこまで気にせずヘスティアを連れて会場から立ち去った。

 

 

■■■■

 

 

「それで」

「……うぅ」

 

 場所は変わってヘファイストスの私室。そこにはソファの上に体育座りをするヘスティアとその横に腰を掛けるヘファイストスがいた。

 

「その子、アゼルだっけ」

「アゼル・バーナム。ベル君の幼馴染だ」

「それで、アンタは贔屓してたの? 正直に言ってご覧なさい」

「う……してた、かもしれない」

 

 いつも、アゼルは気付いたらいなくなって、そして気付いたら帰ってきていた。元来そういう生活をしていたのだろう、幼馴染であるベルが気にしないから次第とヘスティアも気にしなくなっていた。

 アゼルは、悩む素振りをまったくしない。ベルは、ずっと何かに悩み助けて欲しいという空気を醸し出していた。だからだろう、ヘスティアが無意識にアゼルを放っておきベルを助けていたのは。そして、アゼルはそのことに不満を言わなかった。

 

「アゼル君は、いつも怪我一つせずに帰ってくるんだ。だから、大丈夫だろうって」

「あのねヘスティア。何も子供達はずっと冒険をしているわけじゃないのよ? 怪我をしていないから大丈夫、だなんて言えないでしょ」

「うぅ、不甲斐ない」

 

 ヘスティアは思い返す。アゼルは何かに悩んでいたのだろう。ロキが教えてくれたように、何か自覚しないまま、心の奥底で、それこそ主神でさえ気付けないような隠れた悩みを抱えていたに違いない。

 

「アゼル君は、僕を頼ってくれないんだ」

「貴方が頼りないからじゃない?」

「ヘファイストスぅ、君は僕を慰めてくれるんじゃなかったのか?」

「誰がそんなこと言ったのよ。話を聞いてあげるって言ったの」

 

 そう言ってヘファイストスはテーブルに置かれたグラスを口まで持って行き少し口へと流し込んだ。何を言ってやろうかと、悩んでいた。

 ヘスティアとヘファイストスは天界にいる頃からの神友だ。ヘスティアはとても自堕落で、天界から下界に降りてきた後もファミリアを作らずにヘファイストスに世話になっていた。その彼女が喜んで家族ができたと報告しに来た場面を彼女は思い出していた。

 

「貴方は逃げたのよ」

「逃げた?」

「そう、ベルっていうもう一人の子供が分かりやすい子だったから。その子に入れ込む事でアゼルって子を見ないようにした。まあ、ベルって子を好きっていうのは本当なんでしょうけど。何か心当たりはある?」

「……ある。でも、言えない」

 

 ヘスティアの心当たり、それはアゼルの所有する【(スパーダ)】というスキルだった。最初こそヘスティアはレアスキルという事実に喜んだ。しかし、その神聖文字(ヒエログリフ)をそっと触った途端、彼女を恐怖が襲った。

 それは【剣】だ。すべてを斬ることができる【剣】。つまり、それは自分達神でさえ斬れてしまうかもしれない代物。それを、彼女はスキルに触れて理解してしまった。超越存在(デウスデア)と呼ばれる者達を屠る唯一つのスキルなのかもしれない。

 それが、そもそもの原因だったのだろう。アゼルの人となりを知ると恐怖は和らいだが、それでもそのスキルに触れると蘇るのだ。

 

「それは、どうにかできないの?」

「どうにも、できないよ」

 

 そうだろう。それはアゼル・バーナムという人間が培ってきた【経験】の集合体。それだけを消すことなど不可能なのだ。

 

「じゃあ、もっと頑張らないといけないわね」

「え」

「だって、そうでしょう? どうにもできないなら、その原因も受け入れて愛してあげないと」

「それは、そうだけど」

「もう、そんな顔しちゃだめでしょ」

 

 ヘファイストスはへこたれるヘスティアの頬を掴んで伸ばした。柔らかい頬は思いの外伸びたのか、少しだけヘファイストスは楽しそうだった。

 

「ふぁふぁめろぉ」

「いつもの貴方はどこへいったの? 底抜けに明るくて、悩んだら当たって砕けろと言わんばかりに突っ走って、私をいつも心配させてた貴方は」

 

 頬を離しヘファイストスはそっとヘスティアを抱いた。

 

「傷付くことを恐れちゃだめよ。子供達のためなら傷付いたっていい。それくらい思ってなきゃだめ。それが、子供達に可能性を与えた私達の責任」

 

 ヘスティアもヘファイストスをしっかりと抱きしめた。

 

「……うん。そうだね。うじうじするなんて僕らしくないよね」

「そうよ。もし辛くなったら私に言いなさい。一晩くらい付き合ってあげるわ」

「分かった」

 

 意を決したヘスティアはヘファイストスから離れて、いきなり頭を下げた。

 

「お願いだヘファイストス。あの子達に、装備を打って欲しい!」

「……貴方、私にどれくらい借りがあるか知ってる?」

「分かってる! それでも、僕は力になりたいんだ! ううん、今力になるって決めた! 僕はアゼル君も、ベル君も愛してみせる! 頼むよ、この通りだ!」

 

 勢い良くヘスティアは土下座をした。それはタケミカヅチという男神がヘスティアに教えた最終奥義だった。

 

「はあ……まあ、やる気にさせたのは私だし。しょうがないわねえ」

「打ってくれるのかいヘファイストス!」

「打ってあげるわよ。でも、ちゃんとお金は払うこと! 何年かかろうともよ」

「うん! うん!」

「まったく」

 

 疲れたような顔をして、抱きついてくるヘスティアの頭を撫でるヘファイストス。昔から、ヘファイストスはヘスティアの涙に弱かった。今回は嬉し涙であったが。

 

「で、何を打つの? その子たちの得物は?」

「ベルくんはナイフだけど……アゼル君は何を使うんだろう」

「それも知らないの?」

「し、しょうがないだろ、聞いたら何でも使えますって言ったんだ!」

「じゃあ、何打つのよ」

 

 うーん、と唸りながら頭を抱えるヘスティア。しかし、それも一瞬。

 

「何か、守る物がいい!」

「盾とか?」

「盾、ううん。もっと軽い物かな」

 

 そう、アゼルの【ステイタス】は器用と敏捷に偏ったテクニックタイプの剣士だった。力がないといけない盾はあまりいい案ではなかった。

 

「じゃあ、籠手とか?」

「それだ!」

「でも、籠手は時間掛かるわよ?」

「何日掛かったっていい! 僕も手伝うから!」

「当然でしょ」

 

 そう言ってヘファイストスは壁に架かっている槌を持ち上げた。

 

「君が打ってくれるのかい!?」

「当たり前でしょ。私の個人的な依頼に子供達を巻き込むわけにはいかないわ。何、不満?」

「そんな訳ないだろう! 僕は君が打ってくれる装備が一番好きなんだ! ありがとう!」

「まったく……」

 

 曇り一つ無い笑顔を向けられたヘファイストスは、自らも笑っていることに気付いた。いい気分で打てそうだ、そう彼女は感じていた。

 

 ヘファイストスがヘスティアに付き合わされたのは、一晩では済まなかった。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘があれば気軽に言ってください。

どうだったでしょうか。書いてたらロキ様とヘファイストス様がマジイケメンになってしまうという事件がありましたが、自分は割りとヘスティア様は泥臭いベルに似たかっこよさがあると思っています。

※2015/09/14 7:09 加筆修正

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